支那という表現は軽蔑的なのでしょうか。
調べたところ日本政府が戦前に軽蔑的意味を持って使っていたと言うことですが、
元来この言葉自体に軽蔑的意味があるのでしょうか?

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A 回答 (6件)

 おおむね皆さんが書いておられますが・・・一言!



「支那」を中国人が蔑称と考え始めたのは、日本が侵略を始めてからだと思います。

 今でも蔑称と考えない台湾/中国人が一部に居られることも確かで
これは戦時中、子供まで使っていた「チャンコロ」と言うような蔑称とは起源が違うからです。

 戦争に駆り出された無知な日本人は、中国で学問や仕事をしようとする人たちと違い、「中国人」の北京語読みの「チョンコンレン」を、「チャンコロ」といかにも犬を呼ぶような意識で使った蔑称とは違います。

 しばしば、石原都知事は「シナ」を連発しますが、彼の使い方は戦前人の癖なのか、恣意的なのか私には理解できません。

 ただ私は、歴史的に見て昔は自ら中国人も使っていた呼称でも、今の日本人が「シナ」と言う事に対し中国政府がアレルギー以上の拒絶の態度を持っているのはたしかです。

・・・これは、あくまでもEivisの私見です。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
犬のように軽蔑する表現があったとは少し驚きました。
そちらはもっとタブーなんでしょうね。

お礼日時:2001/01/13 13:27

皆さんの回答のとおりです。


支那は古来日本が鏡としてきた国です。四書五経を教養として学びました。
ところが日清戦争であまりにたやすく勝ったので、日本人は西洋を尊重するようになり、支那の教養・文物の価値が急落しました。
ランク付けという方が的確かと思います。一部に軽蔑していた人も勿論あると思いますが。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
とても参考になりました。

お礼日時:2001/01/13 13:28

支那という言葉自体に差別的表現はありません。

皆さんの回答にあるとおりです。
戦前日本は、文明開化を行わない中国に苛立ちを覚え見下すようになり、支那自体に軽蔑的表現が加わったとみるのが適当かと思われます。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
とても参考になりました。

お礼日時:2001/01/13 13:28

日本共産党のペ-ジ(URL は下記)によると,



「シナ(支那)」ということばは、中国古代の王朝の一つ「秦(シン)」が語源といわれ、英語の「チャイナ」も同じ出所だとされています。日本にも、仏典を通じてこの名称が伝えられ、江戸時代にしだいに普及し、明治時代にも引き継がれました。
このように、「シナ」は、外国人が中国を呼ぶ用語として、それなりの歴史的根拠をもっています。

という事のようです。これに軽蔑的な意味が付いてきた理由は他の人が回答している通りです。

参考URL:http://www.jcp.or.jp/Day-akahat/9904/990429_faq. …
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
とても参考になりました。

お礼日時:2001/01/13 13:24

もともとは一般的な固有名詞でした。

Chinaのフランス語発音からきています。
しかしながら日本人は中国人を見下しており、中国人を支那人と呼んでいました。
別に支那という言葉が軽蔑的だったわけではなく、中国人自体を軽蔑していたの
です。ですからこの言葉自体が軽蔑的な意味を持つわけではありません。
ただこの表現を使うと、当時の日本人の軽蔑的な態度を思い起こす中国人が多数
いるため、現在はあまり使われません。
なお東シナ海、南シナ海という言葉は、地理的固有名詞であり、使用に全く問題は
ありません。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
起源が判ると某首相の発言の意味がどのようなものか良く理解できます。

お礼日時:2001/01/13 13:21

サイト検索結果からの引用です。

(アドレスは下記)

「支那」という言葉は、中国の辞書「大漢語詞典」によりますと
唐の義浄『南海寄帰内法傳・師資之道』
「西国の大唐を名づけて支那と爲す者の如きは、ただ是れ其の
名のみ、更に別の義無し」
などを引いてあります。

「近代日本またかつて中国を支那と爲す」と付け加えてもあります。
辛亥革命前の革命派(厳復など)もしばしばこの語を使っています。
清国と対置させていたのでしょう。

「支那」という語に差別的な意味は、確かにありませんでした。
しかし、日清戦争以来、在日の中国人を蔑視した日本人が、
辛亥革命後(つまり中国成立後)もこの語を差別的に使用したため、
在日中国人には、差別語と感じられたのです。

それを中国本国に知らしめたのは、たぶん
郁達夫の『沈淪』だと思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

とのことです。諸説あるようですので当該サイトをご覧ください。
私も勉強になりました。

osapi124でした。

参考URL:http://marukyo.cosm.co.jp/BBS/OLD-LOG20/5780.html
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この回答へのお礼

ありがとうございます。参考にさせていただきます。
使われ方に問題があったんですね。

お礼日時:2001/01/13 13:19

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嫁入り前になんかある というのは一応問題になったようですね
ただそれがために(嫁入り前に男性とことを起こしたために)
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「支那事変(china incident)は事変(incident)であって戦争(war)ではない。よってハーグ条約・ジュネーブ条約などの戦争法規を遵守する必要はないので、捕虜の裁判無しの殺害や毒ガス戦、無差別爆撃を行っても問題ない。」

という論は、当時の国際法的に認められるものなのでしょうか。

Aベストアンサー

そこにお悩みになるとは思っていなかったので、自分の考え及び俄か学問の成果を書かせて頂きます。

戦争になると、国際法上、平時では違法とされる事でも、合法となる事が多くあります。例えば、相手の国の都市を占領しても合法なのは、戦争だからです。戦争でないのなら、ただの「押し入り強盗殺人」になってしまいます。従って、いわゆる『支那事変』が合法的だ、と主張する為には、「あれは戦争だった」と言わざるを得ないのです。

後は「戦争だけど、宣戦布告はしていないから、交戦法規は適用されない」と言えるかどうかですね。国家間の紛争は、国家に対して強制力を持つ機構が無いので、そう主張する国があったとしても少しも驚きませんが、それではそもそも交戦法規の意味自体がなくなってしまいます。ですから、宣戦布告のあるなしに関わらず、「事実上の戦争」(de facto war)状態になれば交戦法規は適用されるべき、と考えるのが一般的です。(それを皆が守るかどうかは、また別)

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参考URL:http://kokusairinri.org/database/11.html,http://www.geocities.co.jp/Bookend-Ryunosuke/ 8312/page015.html

そこにお悩みになるとは思っていなかったので、自分の考え及び俄か学問の成果を書かせて頂きます。

戦争になると、国際法上、平時では違法とされる事でも、合法となる事が多くあります。例えば、相手の国の都市を占領しても合法なのは、戦争だからです。戦争でないのなら、ただの「押し入り強盗殺人」になってしまいます。従って、いわゆる『支那事変』が合法的だ、と主張する為には、「あれは戦争だった」と言わざるを得ないのです。

後は「戦争だけど、宣戦布告はしていないから、交戦法規は適用されない...続きを読む

Q支那という表現は軽蔑的?

支那という表現は軽蔑的なのでしょうか。
調べたところ日本政府が戦前に軽蔑的意味を持って使っていたと言うことですが、
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 おおむね皆さんが書いておられますが・・・一言!

「支那」を中国人が蔑称と考え始めたのは、日本が侵略を始めてからだと思います。

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これは戦時中、子供まで使っていた「チャンコロ」と言うような蔑称とは起源が違うからです。

 戦争に駆り出された無知な日本人は、中国で学問や仕事をしようとする人たちと違い、「中国人」の北京語読みの「チョンコンレン」を、「チャンコロ」といかにも犬を呼ぶような意識で使った蔑称とは違います。

 しばしば、石原都知事は「シナ」を連発しますが、彼の使い方は戦前人の癖なのか、恣意的なのか私には理解できません。

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・・・これは、あくまでもEivisの私見です。

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tax_sos さん、こんにちわ。

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時代が下るにつれて、たくさんの儒学者が体系化に対して自分の解釈を入れたりして、ますますその傾向が強まりました。特に統一を果たした中国の為政者である各王朝の皇帝によって政治的に利用されるようになります。
詳細は下記のURLを参照ください。


儒教
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