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どなたか講座派理論について詳しく教えてもらえませんか?
いまいちよくわからなくて。

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A 回答 (2件)

 講座派とは、日本におけるマルクス主義経済学の理論グループの一つです。

戦前刊行された『日本資本主義発達史講座』というシリーズの執筆者が多く含まれていたため、この名があります。主要な研究者や理論的特徴については、Wikipediaで「講座派」および「日本資本主義論争」はひいてください。また、より詳しく知りたい場合は、岩波書店または大月書店からでている「経済学事典」で同様に引いてみてください。

 ただ、Wikipediaなどでは、「講座派」は戦前の政治的弾圧によってなくなったともとれる記述になっていますが、もともとなにか明確な組織があったわけではなく、あくまである種の「学派」です。個々の研究者には戦後も「日本資本主義発達史講座」の内容をふまえて研究を続けた方もあり、またその弟子もいますので、講座派の理論は今日でも発展的に受け継がれているといえます。

 「講座派」の理論はすでに指摘があったように日本共産党の政治理論にも影響を与えています。ただし、「講座派」およびその流れをくむ研究者のすべてが同党と近い関係にあったわけではありません。また、「講座派」の理論内容は基本的には日本資本主義の経済的分析であり、直接的に革命理論を提供したわけではありません。これは、「講座派」と理論的に論争関係にあった「労農派」と日本社会党との関係についても同じです。

 参考になれば幸いです。
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日本資本主義についていろいろな人がいろいろなことをいった時期がありました。

中でも講座派は共産党運動の主流派になったことで有名です。
ほかに労農派や共産党非主流派も各種意見出した。

日本社会党は労農派だけというわけじゃないが政権に付くとそれまでの平和非武装路線放棄する首相出すくらい「口先だけ」でした。
共産党非主流でも学生運動指導部は右翼からお金もらっても恥じないくらい下品でした。

残る共産党主流派はまだあるから意見書きにくいが、大まかには自民党と東大同窓会の内輪争い程度の差です。
美濃部都政などがいい例だが警察官増加職員退職金暴騰に手を貸しただけ。美濃部退陣まで知らせる人もいなかったが当時革新都政に協力する人を局長にしたのでなく乱造(局長人数増加)して作っただけ。これは後の都財政困窮になり鈴木時代にやっと解決。
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