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警固はいつの時代からあったのかを探しています。
文献とかそのいわれをどなたか教えてください。
また、警固と警護は同じ意味を持つのでしょうか?
あるいは、途中から変わったのか?

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A 回答 (2件)

どうもこんにちは!福岡在住の者です。


「邪馬台国」じゃないですが、ちょっと身贔屓な話なので、参考程度に読んで下さい。

No.1さんの回答にありますように福岡には警固という地名や神社が存在します。
警固神社の謂れには、「仲哀天皇9年(西暦200)に…今の鴻臚館跡に警固三柱大神を祀られ、これが警固神社の創建と伝えられています。」
「慶長6年(1601)藩祖黒田長政公が福岡城築城のため、一時小烏神社に合祀、慶長13年(1608)神殿が御造営され、現在地に御遷座となりました。」とありますのでかなり由緒ある神社だと思われます。
http://www.kegojinja.or.jp/

ここに出てくる鴻臚館というのは、古代における外交施設(迎賓館)のことで、今の福岡城跡(かつて平和台球場があった辺り)にありました。
鴻臚館は平安時代には、この太宰府鴻臚館のほかに、平安京(京都)、難波(大阪)の3ヶ所に設置されていましたが、遺跡が現存するのは福岡だけのようです。
http://inoues.net/ruins/kourokan.html

大和朝廷は、663(斉明7)年に白村江の戦いに敗れたあと、唐・新羅の報復を恐れたため、それまで博多湾岸の那の津にあった太宰府の前身である那津官家を内陸部(現在の太宰府政庁跡)に移し、周囲に防衛施設を巡らせました。
今も地名として残る大野城や、遺跡が多く見られる水城を築き防人を配備したのです。


つまり太宰府は九州全体の統括のみならず、外交・軍事を担当する特別な地方官庁でした。
先の太宰府鴻臚館が設置されたのはこの頃と思われますが、その役割は外国施設をもてなすの迎賓館だけではなく、武装兵馬を常備して軍事的機能をもっていました。
この防衛施設を「警固所」と言ったそうです。
現在では「警護」の方が一般的ですが、古代における防衛は、「固関(こげん)」などのように「固」の字が多く使われています。
太宰府天満宮の「鬼すべ」に登場する「鬼警固」もここから来ています。

因みに今年も「鬼すべ」行ってきました。
松明の燃えさしも持って帰って玄関に飾って?ます。

そんな訳で、ちょっと気になったので、お邪魔した次第です。
長々と失礼しました。

参考URL:http://toumyou.hakata.net/history.html
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太宰府天満宮の祭事


午後9時すぎ、鬼すべ堂前に積まれたわらや生松葉の束に火がつけられると、炎が10メートル以上の高さに燃え上がった。鬼をいぶり出そうと、鬼を追う「燻手(すべて)」が「鬼じゃ、鬼じゃ」と大うちわで堂内に煙を送り込んだ。対する鬼を守る「鬼警固(けいご)」が、堂内から木づちで板壁をたたき破ると、大きな音が響いた。
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/lifestyle/20070 …
鬼を燻(くす)べる役の燻べ方と、鬼を警護する警固方とに分かれ、燻べ方は天満宮の祓殿にこもる鬼を追い出すために青松葉とわらの山に火をつけていぶり出そうとする。一方、警固方は鬼を救おうと堂の板を小槌で打ちこわそうとして互いに争う。やがて鬼は堂内を七度半回る間、神官が卯杖で鬼面を打ち、豆を投げて鬼を外に追い出す。松明の燃え残りや灰は家に持ち帰ると厄除け、火防のまじないになるといわれる。
福岡市内中心部には「警固神社」があります。何らかの関係有り?
柳田国男先生の著作なんかに民間伝承として書いてある様な希ガス。
後はご自分で、、、
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