『ボヘミアン・ラプソディ』はなぜ人々を魅了したのか >>

こんにちは。
質問:還俗は気軽にできるものなのですか。簡単に還俗している時代、逆に還俗などほとんど考えられない時代はいつですか。

質問をした理由:昨日、大河ドラマの「風林火山」を見ました。今川義元が出家していたなんて知らなかったのですごく驚きました。今川義元の兄役の人が坊主頭のままぶんぶん刀を振り回していたのも面白かったです。
一方で、漫画の大奥(よしながふみさん作)を見ていたら還俗することはとても珍しいことであるかのように描写されていました。
そこで還俗する時のハードルの高さの変遷に興味を持ち、上記のような質問をさせていただきました。

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A 回答 (6件)

こんにちは。


還俗し易い時代・し難い時代ということですが、とても大まかに言ってしまうとやはりどんな身分であろうと変動が激しかった戦国乱世と,
身分がかなりかっちり分けられていた江戸時代では相当感覚に差があったと思います。
戦国時代は単純に家の当主や跡継ぎが命を落す確率も高い訳ですが、「血のスペア」である次男以降何人も兄弟を養っていくとなれば当然経済力が必要ですし、安全の面からも別に暮らすほうが都合が良いということでお寺さんなんかに預ける(=出家させる)訳です。跡継ぎの場合なんかは何人も家にいたらそれだけで争いも起きてしまいかねませんし、お寺さんなら色々学ぶこともあります。お寺さんのほうでもそうやって繋がりを持つことはいざという時の安全やら色々便宜をはかってもらったりとメリットがある訳ですよね。
ですが、天下統一がなされて秩序優先の時代になると戦国のように「血のスペア」が必要な状況はずっと限られてきますし、身分が色々かわったり妙に有力なお寺さんなんかと仲良くなられるのも支配者側としては余計な争いを生みかねない秩序に反する行為ということになってしまいます(支配者側であればまた事情も違ってきますが)。それに江戸時代は檀家制度でお寺さんに戸籍管理のようなことをさせていた訳ですから尚更です。
そんな訳で江戸時代には一部を除いてぐっと「還俗」というもののハードルは高かったのではないでしょうか。
非常に大雑把ですが何かの参考にして頂けたら幸いです。
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この回答へのお礼

日本史の知識は中学生レベルの私にも、簡単にイメージできるご説明をありがとうございました。
皆さんスペアという言葉をお使いになるのですね。要らない時は邪魔にならない場所で暮らしてもらって無駄な争いを防ぎ、必要になったら戻ってもらう。合理的に感じられます。

お礼日時:2007/02/07 19:57

まず、「出家」と「入道」は別なことを指します。


武田信玄は「出家して僧侶になった」のではなく「入道した」ので、「武田信玄などは出家した後も武田家の舵取りをしていたし女も欲望の赴くままに抱きまくっていました」という「批判」は当たりません。入道した大名が、政務も取らず戦場にも出ず子供も作らない(戦国大名にとっては男の子も女の子も多いほど良い)のでは戦国大名家は潰れてしまいます。
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa2574066.html の4番で私が回答していますので読んでください。

今川義元やその弟、あるいは太原雪斎 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%AA%E5%8E%9F% … は、「出家」して仏門に入り、(タテマエ上は)戒律に服する本物の僧侶です。

一度出家して僧侶になった人が還俗することは普通ではありません。実際、太原雪斎は還俗せずに最後まで僧侶として「今川義元の参謀長」として働いています。後世になりますが、関ヶ原の合戦に6万石の大名として千人ばかりの兵を率いて出陣した安国寺恵瓊 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%89%E5%9B%BD% … は、「還俗して武士になり大名になった」のではなく、「僧侶がその身分のまま領地を与えられて大名になり、総大将は僧侶、それ以外はみな武士という軍団を率いて出陣したもの」です。恵瓊は合戦に敗れて捕らえられて処刑されるまで「僧侶」でした。

出家するのはそれなりの理由と動機があってのことですから。今川義元や足利義教、足利義昭が還俗して武士に戻り、守護職や将軍職についたのは「レアケース」です。これらは「あなたが還俗して政務について頂かないと皆が困る。どうか還俗してください」と例えば家臣代表が嘆願し、「やむを得ず還俗する」という形を取ったものでしょう。実際の還俗者の心境は「大名(将軍)になれる!バンザイ!」だったと思いますが。

有力寺院やその塔中(大きな寺院に属する寺院)の住職に就くのが、僧侶としての能力よりもその僧の出身に依存するところが大きかったのは、No4さんが解説されている通りです。

延暦寺、興福寺、金剛峰寺のような大寺院は、広大な領土を持ち多数の人民を支配下(領民、奴婢)に置く大名と同然の社会的存在です。僧侶は、一向宗(本願寺系)以外は公式には結婚して子供を作れませんから「世襲」はできませんが、大寺院の幹部僧侶は、皇族・公家・有力武家から僧侶になった人が概ね独占していたようです。
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この回答へのお礼

武田信玄について、年表で「出家した」とあるのにはそんな特別な意味があったんですね。

今川義元の
「やむを得ず還俗する」というポーズは還俗がそれなりに「ありえないこと」とされていたことの裏返しの様でもあり面白いですね。

お礼日時:2007/02/07 20:02

平安時代後期~江戸時代の天皇家や公家は、後継者でない子供を幼少


の頃から寺に入れるのが一般的でした。室町時代になると、貴族化し
た足利将軍家も、同様になります。今川家がどうだったのかは調べて
いないのですが、武家の中では将軍家に次ぐ家柄ですので、今川家で
も義元に限らず、後継者でない子供を幼少の頃から寺に入れるのが慣
例だったのかもしれません。
で、寺に入れられた上流階級の子供たちですが、当時は寺に入っても
俗世の身分がものを言うのが一般的でした。つまり、お寺の中でも上
流階級の出身者はそれ相応の処遇を受けた訳です。京都には○○門跡
という肩書きのついたお寺がたくさんありますが、当時は「門跡さま」
になれるのはその寺の一番修行を積んで徳の高いお坊様ではなく、こ
れら上流階級の出身者で、寺ごとに家もだいたい決まっていたんです
ね。(△△院門跡は□□家の出身者が代々門跡を継承する、とか)
ですから、当時の上流階級の出家とは、信仰に目覚めてとか、仏に救
いを求めて、とかいう本来?の出家とは、ちょっと異質のもので、乱
暴に言うと、家を継げない子供たちの為の「就職先」と言うか、形を
変えた「分家」というか、そのようなものでした。
(だからと言って、全く信仰心がなかった、という訳ではありません。
また、どのお寺でも上流階級を受け入れていたという訳ではありま
せん)
そして、状況が変わって家を継がせる必要になると「還俗」させて呼
び戻すということも、しばしば行われました。ですから、本人の意思
とかで気軽に還俗できるという訳ではないが、上流階級出身者の場合
は、実家の要請があればいつでも、という慣例はあったと思います。

蛇足ですが、明治維新後の神仏分離にあたり、出家していた皇族は全
員還俗させられ、新しい宮家となりました。その後も皇族の出家の道
は閉ざされたので、新しい宮家の創立だけでは追いつかず、臣籍降下
した××伯爵家とかの設立ラッシュとなりました。明治時代に宮家が
いきなり増えた背景は、こんな理由もあったのです。

この回答への補足

現代の方が純粋に宗教的な出家をしているようにも感じられますね。
宮家のお話、普段は考えもしないことなのでとても興味深いです。
ありがとうございました。

補足日時:2007/02/07 19:53
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宗教としてでなく、社会制度として考えるとわかりやすい。



奈良時代においては、得度するとは、国家公務員として仏教担当をするということであった。そのために、私度僧は厳に禁じられていた。
国家公務員で無くなった段階で、私度僧OK、つまり自己都合で僧になるのがOKならば、自己都合で還俗もOKとなりました。

今川家の場合、本家である足利家をまねて、次男・三男を嫡男のスペアとして僧にしていました。得度・還俗が目的ではなく、嫡男のスペア作りが目的ですので、嫡男がいなくなれば、自由に還俗させました。

大奥の場合、将軍が死んだ場合、前将軍の嫁達を前将軍の菩提を弔わせるために得度させました。前将軍の菩提を弔わせることが必要でなくなることは無かったので、還俗ができなかったと言うことになります。
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この回答へのお礼

国家公務員!なるほど、わかりやすかったです。
前将軍は生き返らない、だから還俗しないということなのですね。
大奥に入るって大変なんだ・・・

お礼日時:2007/02/07 19:52

 足利将軍家をはじめ室町時代の守護大名たちは家を継ぐ人物などを除くと出家する例が多くありました。


 このようなときに前将軍や前当主が不意に亡くなると出家していた弟たちの出番となります。安く将軍候補あるいは大名候補を教育し育てるための仕組みです。分家させたり、養子にやったりするのは当時の大名たちにとっても大変だったのでしょう。
 江戸時代になると将軍も大名も子供たちを出家させることが少なくなり、不足な事態が生じたときの後継者は捨扶持をあてがわれ一生を暮らすことが多くなりました。また、御三家のように各大名も特別な家を作るようになりました。
 たぶん、鎌倉室町時代は土地の所有が分家させる条件だったのに、江戸時代になると米、お金等の所有に変わってきたため、出家させてまで財産を守る必要がなくなったためなのかなと思います。
 
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この回答へのお礼

産業の発展が分家の条件にも影響するんですね~
想像だにしていませんでした。

なんというか今でいうポートフォリオっぽいですね。
ありがとうございました。

お礼日時:2007/02/07 19:47

時代によって「出家」「還俗」の感覚も違うのでしょうが


例えば武田信玄などは出家した後も武田家の舵取りをしていたし
女も欲望の赴くままに抱きまくっていました。
また足利義昭は幼年より仏門に入っていましたが
幕府重臣(三好家vs細川家)の後継者争いに
狩り出されて仕方なく還俗しました。

出家や還俗は政治的アピールであったり、傀儡政権を構築しようとする
実力者たちの手によって強制的にさせられる場合もあったです。
また法体になれば命を狙われることも少なくなるため
保身のために行われたことも多くあるようです。

今川義元の場合は、上記の足利義昭に近いモノがあると思います。
また太原崇孚雪斎(大河で伊武雅刀が演じていた役)のような
坊主だか策略家だか分からないような人もいましたし、
下克上の代表である斎藤道三も、子供の頃は寺に入っていました。
金地院崇伝や南光坊天海のような、まるで悪だくみをするために
生まれてきたような僧侶もいます。
僧侶=聖職とはなかなかいかなかったのが実情のようですね。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
出家というと世俗の争いに飽きて、文字通り世を捨てるものだと思っていました。(源氏物語で得たイメージなのかな・・・?)
政治と切り離せない時代もあったんですね。とても面白いです。

お礼日時:2007/02/07 19:44

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Q「引導を渡す」という言葉について

「引導を渡す」という言葉について、教えていただけますか。
この言葉は、(とどめを刺す)様な意味で使われることはあるのでしょうか。
例えば、
「(壊れかけの)会社の車に、おれが引導を渡してやった。」
とかいう使い方をすることがあるでしょうか。
(壊れかけの車を、ごまかしごまかし使っていたのを、もう諦めて、廃車にする)
ような意味では使われるような気がするんですが、
ここでは、単に(とどめを刺す)という意味で使えるかどうか、
教えていただけますか。
なんとも分かりづらい質問で、申し訳ありません。

Aベストアンサー

 
「引導」というのは、元々中国で古くから使われていた言葉で、特に「道教」では、一種の気息術か、呼吸法で、大気を吸い込むことを言いました。しかし、普通の言葉として、「手引きする」「案内する」というような意味をあいます。

仏典を漢訳するとき、サンスクリット語 parikarsana の訳語に、この「引導」を選んだのです。「法華経」では、人々を導いて仏道に入らせる意味で使われています。また、死者を済度する意味でも使います。

後に、死者の葬儀の時、導師が、棺の前で、法語や仏教の教えの詩(ガーター)を語って、死者を、迷界から浄土へと導くよう試みる儀式のことになります。

これを、「引導を渡す」と言います。「迷界から浄土へ導く」とは何かと言うと、これは、死者に、「死んだ事実」を確実に認識させ、現世への執着を棄て、悟りの仏道へと進むよう説くことだとも言えます。

つまり、「お前は間違いなく死んだ」ということを、死者に宣言する儀式にもなります。民主主義的とか何とか関係なく、端的に「事実」を語り、事実を宣言する儀式だとも言えます。死の不可逆性を悟って、始めて、浄土への道も開かれるからです。

最初に、こういう「引導を渡す」という形の儀式をしたのは、中国黄檗集の祖、黄檗希運で、彼は9世紀頃の人です。

仏教用語から転じて、「最終的な宣告をして、諦めさせる」という意味があるようですが、これは「最終的な宣告をする」にウェイトがあります。引導を渡しても、相手が納得するとか、諦めるとは限らないからです。

仏教なら、「お前は死んだのだ、そのことを知り、成仏せよ」と引導を渡しても、死者が納得せず、この世への未練から、亡霊などになったり、輪廻に落ちるということは、別に珍しいことでもないからです。

他方、「止めを刺す」というのは、殺したはずの相手を、生き返る余地などないように、念を押して、首を突くとか心臓を刺して、死を確実にすることです。ここから転じて、念を入れて、終わらせるという意味になります。

「敵の攻撃に止めを刺した」というのは、単に攻撃を撃退するだけでなく、もう攻撃できないよう、念を入れて撃退・壊滅させることでしょう。またこれで、最後の最後だということで、「日本画のあの分野では、現代ではA氏がとどめを刺した」という風に使います。

>「(壊れかけの)会社の車に、おれが引導を渡してやった。」

これは用法としてあると思います。「引導を渡す」というのは、かなり転用されます。

>ここでは、単に(とどめを刺す)という意味で使えるかどうか

「引導を渡す」と「とどめを刺す」では、意味が元々違います。しかし、或る場面だと、二つの言い方で、どちらでも使える場合があります。「総務にかけあって、あの車は、おれがとどめを刺してやった」というのは、同僚などに語る場合は使うと思います。

そもそも車に向かい、「お前はすでに死車だ、そのことを知り、迷わず成仏せよ」などというのはおかしい訳です。この場合の「引導を渡す」は、「もう無用の車だと宣言する」ということでしょう。車に擬人的にこう言っているのだとしても、車に同意や納得を求めている訳ではありません。

だから、もう壊れかけ、実は廃車となっているはずの車に、最後の止めを刺して、実質廃車にした、という意味で、「止めを刺した」はありえると思います。

会社か総務の方針かなどで、とっくに廃車(死者)になっている車が、迷って、この世にいるのを、お前はもう廃車だ、この車はもう廃車だ、と宣言することが、「引導を渡す」であり、またそのことは「とどめを刺す」ことにもなるからです。

(もっと偉い人が、車を廃車にしない総務の担当に、廃車にしなさいと、引導を渡す、ということはあります。しかし、担当にとどめを刺すとは言いません。担当に引導を渡し、車にとどめを刺した……というような言い方になるでしょう。無理に例を作ると)。

「引導を渡す」と「止めを刺す」は、元々の意味が違いますから、特定の場面でしか、この二つの表現は成立しません。それも、かなり口語的で、「砕けた表現」の場合に、両方使えると思えます。

だから、この場合は、あれは廃車だと思っている同僚に向かい、軽く言う場合は、「おれが引導を渡した」「おれがとどめを刺した」は使えますが、上司に向かい、「課長、私が、あのぼろ車にとどめを刺しましたよ」というのは、酒の席だとかで冗談めかして言うならともかく、ちょっと使わない方が適切です。

>ここでは、単に(とどめを刺す)という意味で使えるかどうか

ここでは、話す相手や場面によりますが、「引導を渡す」は、「止めを刺す」という意味で使えると思います。しかし、この二つの表現は、本来起源が違うので、一般的な使用の慣習などで、判断しなければならないと思います。

口語調で、少し乱暴に言う場合以外は、基本的に、違う表現・言葉だと考えた方がよいと思います。
 

 
「引導」というのは、元々中国で古くから使われていた言葉で、特に「道教」では、一種の気息術か、呼吸法で、大気を吸い込むことを言いました。しかし、普通の言葉として、「手引きする」「案内する」というような意味をあいます。

仏典を漢訳するとき、サンスクリット語 parikarsana の訳語に、この「引導」を選んだのです。「法華経」では、人々を導いて仏道に入らせる意味で使われています。また、死者を済度する意味でも使います。

後に、死者の葬儀の時、導師が、棺の前で、法語や仏教の教えの詩(...続きを読む

Q『更迭』と『罷免』の意味

皆様、こんにちは。

最近何かとよく耳にする『更迭』と『罷免』ですが、意味が同じように思えてなりません。(他にも『解任』などもあったりして)

どちらも、『人を辞めさす』という意味で間違いないと思いますが。
gooの国語辞典で調べると、『罷免』は単に辞めさす事。
『更迭』は他の人に変える事とでてきます。
だとしたら、『更迭』の用法としては『○○を△△に更迭する』という形となると思うのですが、新聞やTVなどメディアでは『○○を更迭』と使っている気がします。
これは単にメディアがきちんとした使い方をしていないという事なのでしょうか?

なんだかうまくまとまりませんが、『更迭』と『罷免』について分かりやすい用法や明確な違いをご存知の方がいらっしゃれば是非教えて下さい。
よろしくお願い致します。

Aベストアンサー

罷免--免職と同じで、辞めさせる事. **を罷免する。はやくいえば首
解任---任を解く  課長の任、地位を解く。**さんを解任するはその人の任(地位)を解くで、**さんを辞めさせるという事ではない。結果的には首もあるでしょう.
更迭---人を変える。**を更迭する。--に***を更迭でもいいし、**を更迭するでも、どこへ行こうが更迭をされる事実がわかれば、いいのだから、**を更迭でもかまわいと思います.地位を下げられる人もあり.

Qリベラルとは?

・左派、革新、社会主義
・右派、保守
という分類ができると思うのですが、
リベラルや自由主義は、どう考えたらいいのでしょうか?
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 政治思想は、下記のXY軸に表す事が出来ます。(リベラルを日本語に訳したのが「革新」あるいは左派です。)

 Y軸 Libertarian(自由・市場主義 = 小さな政府) - Statist(統制主義 = 大きな政府)
 X軸 Liberal(革新) - Conservative(保守)
 真中 Centrist(中間主義)

 各派の解説は下のURLの解説部分を参照してください。
   http://meinesache.seesaa.net/category/719933-1.html

 自由主義と言うとリバタリアンの範疇になりますが、アメリカの政治に例えると、レーガン大統領より前の共和党政策が旧保守主義(右派リバタリアン)で、それ以後を新保守主義(ネオコン)といい保守と名乗っていますが、実態は左派リバタリアン(左派が保守に転換し、現状を保守する為に革新的手法(戦争など過激な改革を許容する)を執ると言う主義)です。

 自由主義の反対となる統制主義も左派だと共産主義や社会主義、比べると右派に成るイギリスの「ゆりかごから墓場まで(高福祉政策)」などが有ります。

 簡単に言うと、積極的に変えようとするのが左派で、変わらないように規制するのが右派です。そして変える方向(変えない方向)が自由か統制かで分類できます。

 日本には明確に保守を謳う政党が無いので、イメージがわき難いのかも知れませんが…。
 (自民・民主党は中道で、共産党は左派統制主義ですから…。)

 政治思想は、下記のXY軸に表す事が出来ます。(リベラルを日本語に訳したのが「革新」あるいは左派です。)

 Y軸 Libertarian(自由・市場主義 = 小さな政府) - Statist(統制主義 = 大きな政府)
 X軸 Liberal(革新) - Conservative(保守)
 真中 Centrist(中間主義)

 各派の解説は下のURLの解説部分を参照してください。
   http://meinesache.seesaa.net/category/719933-1.html

 自由主義と言うとリバタリアンの範疇になりますが、アメリカの政治に例えると、レーガン大統領より前の共...続きを読む

Q出家について

武田信玄とか上杉謙信等は出家した後も
それまでと同じように武将として活躍して
ますが、出家とは俗世間と縁を切る事では
ないのですか?そんな事を寺が許したので
しょうか?

Aベストアンサー

 NO.3さんの>「その人物になりきって、ものを考える」の考え方や、その内容について賛成。権力者は権力を維持するためにはなんだって利用します。
 最近でも、大東亜戦争(太平洋戦争)で大勢のお坊さんが出征されました。そして戦功を挙げた僧侶兵士も存在します。
 「殺生」を禁じている仏教の教えと、どう折り合いをつけるのか僧侶兵士の方は苦しんだと思いますが、「無益な殺生はいかぬが国民を守るためにはやむを得ない」として出征されたのだと思います。そして戦いながら毎日お経を唱え、自分の心を静まらせたのでしょう。
 仏門に入った戦国大名も同じことだと思います。支配者として、領民の庇護者として、領民の生活の安寧を守るため外敵とは戦わざるを得ません。また領土を拡大すれば、ますます領民の生活の安寧化は深まります。戦国大名も「無益な殺生はいかぬが」と整理したんじゃないでしょうか。理屈や折り合いは何としてでもつけられます。
 領内のお寺さんも、治安がよくなれば布教もやりやすくなりますし、仏教界が大名に物言いをつけることはなかったと思います。また実際問題怖くてクレームはつけられんでしょうな。

 NO.3さんの>「その人物になりきって、ものを考える」の考え方や、その内容について賛成。権力者は権力を維持するためにはなんだって利用します。
 最近でも、大東亜戦争(太平洋戦争)で大勢のお坊さんが出征されました。そして戦功を挙げた僧侶兵士も存在します。
 「殺生」を禁じている仏教の教えと、どう折り合いをつけるのか僧侶兵士の方は苦しんだと思いますが、「無益な殺生はいかぬが国民を守るためにはやむを得ない」として出征されたのだと思います。そして戦いながら毎日お経を唱え、自分の...続きを読む

Q目処(めど)と目途(もくと)

目処と目途の使い分けについて教えてください。
送り仮名に違いがありますか。
PC辞書で「めど」の変換を探すと目途が入っているのもありますね。
これは明らかに誤用ですよね。

Aベストアンサー

めどはやまと言葉ではないでしょうか。もしそうなら漢字は当て字であり、どちらが正しいというものでもなく、世間で一般的にどう使い分けされているかということに過ぎないと思います。

広辞苑ではめど(目処)もくと(目途)と分けて記載されているだけで説明がなく
不親切です。朝日新聞社の漢字用語辞典では、めど(目処、目途)とあり、私のPCでも、めどで両方が転換できます。

解決のめどがつくとか、目標達成のめどが立ったなどと使われるので、
ものごとがその完成、実現にちかずいたということを意味し、目標とは若干ニュアンスが異なると思います。目標は高くとは言いますが、目途(目処)は高くとはいいませんね(この部分は蛇足です)

Q書類送検と逮捕の違い?

書類送検と逮捕とはどう違うのでしょうか?
書類送検の方が、拘束されないだけ罪が軽いような気がします。
書類送検でも前科となるのですか。
どういう場合に書類送検となるのでしょうか?
どうも分かりません。

Aベストアンサー

既に適切な回答があるので蛇足かもしれませんが、刑事手続きがどうなっているのかを知ればその違いが自ずと分かるので刑事手続きの概要を必要最小限(のつもり)説明しておきます。長いですので覚悟してください。

刑事手続きの大雑把な流れは、
捜査->起訴(公訴提起)->公判->判決->刑の執行
というところ。全部話をするわけにもいきませんしその必要もないので質問に関するところ(主に捜査)だけ説明します。

犯罪が犯罪として処罰の対象になるためには、まず裁判に先立って、その犯罪の存在を捜査機関が知り、必要な証拠を集め、被疑者(=容疑者)の身柄の確保をしないとなりません。これを捜査と言います。
被疑者の身柄の確保というのは、「後で裁判になった時に被疑者の出廷が必要」なので逃げられては裁判ができなくて困るというのが第一点。それと「自由にさせておくと証拠を隠滅するかもしれない」というのが第二点。
ですから逆に言えば、「逃げも隠れもしない、証拠隠滅のおそれも無い」のであれば身柄を確保する必要はありません(一定の軽微な犯罪につき、更に例外あり)。入院しているような人間なら逮捕しないことはよくあります。この身柄の確保のための手続きが、「逮捕」であり「勾留(起訴前勾留)」です(起訴前と言っているのは起訴後というのがあるからですがここでは関係ないので説明しません)。
「逮捕」というのは、被疑者の身柄を確保する手続きの内、「短時間のもの」。具体的には、身柄を拘束し最大48時間拘束し続けることです。この制限時間が過ぎると釈放しなければなりません。
しかし、それでは困る場合には、引き続いて身柄を拘束することができます。これが「勾留」です。勾留は最大10日間身柄を拘束できます。なお、勾留は1回に限り最大10日間延長することができますから、都合20日間まで勾留できることになります(例外として25日可能な場合もあります)。

ところで勾留の申請ができるのは検察官だけです。ですから警察官が逮捕した場合には、検察官に勾留申請をしてもらうかどうか決めてもらう必要があります。そこで48時間の逮捕の制限時間内に検察官に証拠物、捜査書類と一緒に身柄を送致しなければなりません(刑事訴訟法203条1項)。これを「検察官送致、略して送検」と言います。無論、警察限りで釈放する場合は必要ありません。
検察官送致を受けると検察官は24時間以内に釈放するか勾留請求をするかしなければなりません。ですから、警察官が逮捕した場合の身柄拘束は48時間+24時間の最大72時間に及ぶ可能性があることになります。このような身体を拘束した被疑者を送検することを「身柄付送検」と言う場合があります。これはなぜかと言えば、質問にある「書類送検」と明確に区別するためです。ただ、一般には単に「送検」と言えば「身柄付送検」を意味します。

さて、では「書類送検」とはなんぞや?ということになりますが、まず前提として犯罪捜査は常に被疑者の身柄を拘束するわけではないということを知っておかなければなりません。全犯罪件数から見れば、身柄を拘束しない事件の方が多いです。身柄を拘束していない場合には、先に述べたように「(203条1項による)検察官送致」をする必要がありません。と言うか、身柄を拘束していないのでできません。たとえ逮捕した場合でも、警察限りで釈放すればやはり検察官送致の必要はありません。
しかし、それとは別に、警察は犯罪の捜査をしたら原則として必ず検察官にその捜査についての資料、証拠などを送らなければなりません(刑事訴訟法246条本文)。これを「書類送検」と呼んでいます。書類(証拠物、捜査資料、捜査報告書などなど)を検察官に送致するということです。正確には送致しているのは「事件」なのですが、実際に何を送るのかと言えば「書類」であるということです。
つまり、「(身柄付)送検」と「書類送検」は同じ送検でも別の条文に基づく別の手続きです。と言っても、(身柄付)送検をすればそのとき書類も一緒に送っているので、重ねて書類送検を行う必要はないので、(身柄付)送検は書類送検を実際には兼ねていますが(と言っても、身柄付送検をすれば書類送検をしなくていいのはあくまでも246条本文に「この法律に特別の定のある場合を除いては」と書いてあり、身柄付送検が「特別の定」だから)。

というわけで、「逮捕」と「送検」というのは次元の違う話であることがわかると思います。
まとめれば、
1.「逮捕」とは、捜査において被疑者の身柄を確保すること。
2.警察が「逮捕」した場合は、刑事訴訟法203条1項により、釈放しない限り48時間以内に被疑者の身柄を検察官に送致しなければならず、これを「(身柄付)送検」と呼ぶ。
3.「書類送検」とは、警察が捜査した事件について刑事訴訟法246条本文に基づきその証拠、捜査資料を検察官に送致すること。
4.「(身柄付)送検」は「書類送検」を兼ねている。
5.警察が「逮捕」した場合でも、釈放すれば「(身柄付)送検」はできないので、その場合は「書類送検」を行わねばならない。
ということです。

そして、「書類送検」するということは「身柄付送検」をしていないということですからつまりは「身柄を拘束していない」ということになります。身柄を拘束していない場合というのは大概は相対的に軽微な犯罪であることが多いのでその意味では、逮捕した事件(これを身柄事件と言う場合があります)に比べれば罪が軽いことが多いのは確かです。しかし、それはあくまで結果論であって、書類送検だから、逮捕したから、と言うわけではありません。既に述べたように逮捕しても身柄付送検せずに釈放すれば書類送検ということになりますし。

なお、先に述べたとおり、「捜査した事件はすべて検察官に送致する」のが原則(全件送致の原則)ですが、例外として検察官送致にしないものが幾つかあります。例えば、検察官が指定した事件について、月報でまとめて報告するだけの微罪処分ですとか、あるいは報告すらしない始末書処分などがあります。ちなみに、交通反則通告制度については、微罪処分の一種とする文献もあるにはありますが、多少なり疑問のあるところではあります。
そういうわけで、どういう場合に書類送検となるかと言えば、「刑事訴訟法246条前段に当たる場合」ということになります。もう少し具体的に言えば、「微罪処分等で済ませることのできない事件で、かつ、身柄付送検等もしなかった事件」ということになります。

ところで、前科というのが何かと言えば、これは法律用語ではないということになっているのですが、法律的に見れば「有罪の判決を受けたこと」を言うと思ってください。ですから、前科が付くためには、「裁判を経て有罪判決が出なければならない」ことになります。しかし、最初に述べたとおり「検察官送致」というのは単なる捜査手続きの一部でしかなく、この後で検察官が起訴するかどうかを決め、起訴して初めて裁判になるのですから、検察官送致だけではまだ前科は付きません。その後どうなるかはその後の話です。無論、逮捕だけでも前科は付きません。逮捕=有罪ではありません(そう勘違いしているとしか思えない報道が多いのは事実ですが、有罪判決が出ない限りは被疑者、被告人はあくまでも「無罪」です)。
ちなみに、捜査したが起訴しなかった犯罪事実について「前歴」と呼ぶことがあります。

既に適切な回答があるので蛇足かもしれませんが、刑事手続きがどうなっているのかを知ればその違いが自ずと分かるので刑事手続きの概要を必要最小限(のつもり)説明しておきます。長いですので覚悟してください。

刑事手続きの大雑把な流れは、
捜査->起訴(公訴提起)->公判->判決->刑の執行
というところ。全部話をするわけにもいきませんしその必要もないので質問に関するところ(主に捜査)だけ説明します。

犯罪が犯罪として処罰の対象になるためには、まず裁判に先立って、その犯罪の存在を捜査機...続きを読む

Q出家して尼になるための、心の準備

こんにちは。

29歳未婚女性です。
もうすぐ30歳、人生を半分、自分の思うまま、自由に過ごしてまいりました。仕事はしておりますが、自分が好きなことをやるんだと意気込み、農業を始めましたがそれだけでは生活できず、レジのアルバイトをしております。それだけではお金がたまらないので、あと二つ、アルバイトをしています。(笑)

目下のところ生活に不満はありませんが、やはりこのまま老いて、なんの役にもたたずに人生を終えることにむなしさを感じる日々です。

結婚し子供を産み育て、親を喜ばせることすらできておりません。

私は生まれてきたことを大変うれしく思いますし、私を育ててくれ、雇ってくれ、頼りにしてくれる社会に感謝しています。少し間違うと気持ち悪い偽善的考えですが、本当にそう思います。

ですが、私は周りに、何の恩も返せていないわけです。このまま老いるだけでは社会のお荷物、そんな思想にずっととりつかれております。

いつかご恩返しがしたい、でもそのやり方がわからないと思っていた矢先、図書館で仏教の本をよみました。外国人にわかりやすく日本の文化を紹介するための超軽い本でしたが、心の中にずしっと残るものがありました。それは二年前のことです。25歳あたりからこういうことを考えていました。べつに病んでるわけではありません。毎日元気です(^^;

まだ足を突っ込もうかどうしようか考えている途中ですが、もし、皆様方の中に、出家するにあたり読んでおいたほうがいい文献をご存じの方がいらっしゃいましたら教えていただけないでしょうか?サイトや、HPでも結構です。できれば浄土真宗がいいです。実家はそこの檀家(っていうのでしょうか、浄土真宗では)ですので。

これから数年かけて、自分に何ができるのか考えていきたいと思っております。なかなか今の快適な(自由すぎる)生活を変えられないかもしれませんが、長くて遠い目で人生を見ていきたいのです。

軽薄な意志で出家を望む、小娘への叱咤でもかまいません。


よろしくお願いいたします。

こんにちは。

29歳未婚女性です。
もうすぐ30歳、人生を半分、自分の思うまま、自由に過ごしてまいりました。仕事はしておりますが、自分が好きなことをやるんだと意気込み、農業を始めましたがそれだけでは生活できず、レジのアルバイトをしております。それだけではお金がたまらないので、あと二つ、アルバイトをしています。(笑)

目下のところ生活に不満はありませんが、やはりこのまま老いて、なんの役にもたたずに人生を終えることにむなしさを感じる日々です。

結婚し子供を産み育て、親を喜ばせる...続きを読む

Aベストアンサー

今どき、出家と言っても「世を捨てる」というほどのことはありません。そこらの坊さんを見ていれば分かることです。
それに、浄土真宗は、「非僧非俗」と言って、最初から「世を捨てた坊主ではない」と宣言していますから、得度して僧侶の資格を取ってしまえば、あとは心の持ちようだけで、普通のサラリーマンと変わらない生活ができます。

しかし、得度して、坊主としての資格を得るために一定の修行をするについては、これは昔ながらの厳格な修行をします。
浄土真宗とて同じ。
浄土真宗の坊さんの多くは髪の毛を生やしていますが、出家時にはみなきちんと坊主頭になります。
ま、女性はそこまでしていませんが、形だけでも髪を剃る儀式をきちんとします。

そしてその後は、厳格な僧侶の生活が待っています。
それを数ヶ月から数年重ねて、ようやく坊主と名乗ることができるようになります。

お寺の出身者ではない質問者さんが、その先どうなるかはNo.1さんのおっしゃるように、未知数です。

で、坊さんになって、何がしたいのですか。
得度して坊さんになったからといって、社会にどんな貢献ができますか。
もう少し具体的なビジョンがあれば別ですが、質問を読む限りは坊主になって何がしたいか全く見えてきません。

出家さえすれば、私心がなくなって、慈悲の精神に溢れた人間に生まれ変われるわけではありません。
また、坊主だからといって、皆に喜んでもらえる社会奉仕がし放題にできるわけではありませんよ。

このことは、世の中の坊さんを見渡してみれば分かることです。
どれだけの坊さんが奉仕の精神、無償の愛(と仏教に使う用語ではないですが便宜上使います)を持って人々に接しているか。
少なくとも日本の坊さんを見れば、坊主になったからといって社会の役に立つ人間になれるとは、私は思いません。

社会の役に立ちたいというお気持ちは尊いものです。
ですが、そんなことは何も坊主にならないとできないことではありません。
坊主になったらできるようになると思ったら大間違いですよ。

ご自身のその役に立ちたいという気持ちを、そのまま素直に、今、表現すればいいのです。
困っている方は日本中、どこにでもいます。
特に今は、震災のために不自由な生活をしている人、悲しい気持ちで居る人など、助けを求めている人はたくさんいます。
そういう人のためにボランティアをすれば、それで解決するのではないですか。

今、そういう社会に役立つ活動ができないのなら、出家してもできないでしょう。
誤解を恐れずに言えば、出家のための修行は、ボランティア精神を養うための学校でもないし、社会の役に立つ人材を育てるための学校でもありません。

ちなみに体験修行のようなものは、あんまり参考にならないと思います。
金儲けのための客寄せですから。
永平寺あたりの禅寺で、数日泊まり込んでみっちり体験できるものは別ですが、一泊二日程度のものは本当におままごとみたいなものです。

浄土真宗の門徒さんだそうですが、別に永平寺で体験修行をしてはいけないということはありませんから、一度、永平寺へ行ってみては如何ですか。
あそこなら、修行とはどんなものか分かると思いますよ(それでも客寄せ用ではありますけれど)。

今どき、出家と言っても「世を捨てる」というほどのことはありません。そこらの坊さんを見ていれば分かることです。
それに、浄土真宗は、「非僧非俗」と言って、最初から「世を捨てた坊主ではない」と宣言していますから、得度して僧侶の資格を取ってしまえば、あとは心の持ちようだけで、普通のサラリーマンと変わらない生活ができます。

しかし、得度して、坊主としての資格を得るために一定の修行をするについては、これは昔ながらの厳格な修行をします。
浄土真宗とて同じ。
浄土真宗の坊さんの多くは髪の毛...続きを読む

Qイデオロギーって何ですか???

イデオロギーとはどんな意味なんですか。
広辞苑などで調べてみたのですが、意味が分かりません。
どなたか教えてください。

Aベストアンサー

イデオロギ-というのは確かに色んな解釈をされていますけど、
狭義ではそれぞれの社会階級に独特な政治思想・社会思想を指します。

つまり分かりやすく言えば、人間の行動を決定する根本的な物の考え方の
体系です。一定の考え方で矛盾のないように組織された全体的な理論や思想の事を
イデオロギ-と言うんです。

例えば、人間はみんな千差万別であり色んな考えを持っています。
だから賛成や反対といった意見が出てきますね。
しかし、イデオロギ-というのはみんなが認める事象の事です。
イデオロギ-には賛成・反対といった概念がないのです。

例えば、環境破壊は一般的に「やってはいけない事」という一定の考えに
組織されています。つまりみんなが根本的な共通の考え(やってはいけない事)として組織されているもの、これがイデオロギ-なんです。
しかし、社会的立場によってはその「やってはいけない事」を美化して
公共事業と称して環境破壊をする人達もいますけど。
ここでイデオロギ-という概念に対して色んな論説が出てくるわけです。
一応これは一つの例ですけど。

というかこれくらいしか説明の仕様がないですよ~~・・。
こういう抽象的な事はあまり難しく考えるとそれこそ分からなくなりますよ。
この説明で理解してくれると思いますけどね。

イデオロギ-というのは確かに色んな解釈をされていますけど、
狭義ではそれぞれの社会階級に独特な政治思想・社会思想を指します。

つまり分かりやすく言えば、人間の行動を決定する根本的な物の考え方の
体系です。一定の考え方で矛盾のないように組織された全体的な理論や思想の事を
イデオロギ-と言うんです。

例えば、人間はみんな千差万別であり色んな考えを持っています。
だから賛成や反対といった意見が出てきますね。
しかし、イデオロギ-というのはみんなが認める事象の事です。
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Q煩悩ってどういう意味ですか?

煩悩(ぼんのう)ってどういう意味ですか?
辞書で調べても難しくて理解できません。
具体的に、わかりやすく教えてください。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 
  煩悩は、仏教の用語で、元々、かなり難しい思想的意味を持っていましたし、煩悩とは何かというので、色々な議論もありました。
 
  しかし、それはともかく、具体的な例の話で、日常語での「煩悩」の使い方というか、意味を考えてみましょう。
  「煩悩」は、「煩」と「悩」から出来ています。「煩」は、「わずらわしい」という意味で、「わずらわしい」と入れて変換すると、「煩わしい」と出てきます。また「悩」は、「なやみ」のことで、「なやみ」と入れて変換すると、「悩み」と出てきます。
 
  煩悩とは、わずらわしく、悩みになることだ、ということになります。しかし、そんなに煩わしく悩む、困ったことなのかというと、日常の用法では、ちょっとニュアンスが違います。ここは、仏教のお坊様に出てもらって、具体的な使い方の説明をしましょう。
 
  仏教では、覚りを開くため、修行する人が、元々「坊様」だった訳です。従って、元の仏教の「戒め」では、修行者は、例えば女性となれなれしく口をきいてはならないとか、女性の姿もまともに見てはならないなどとなっていました。女性の美しさなどは、「迷い」の元だというのです。
 
  しかし、坊様がすべてそうではないでしょうが、すけべな坊様もいる訳で、道で通りがかりの、和服の美人を見て、ほわ、と口を開けて見とれ、なんちゅう、綺麗なべっぴんさんや、いや目の毒じゃ、これも「煩悩、煩悩」などと云いながら、女性の後ろ姿を見送ったりします。別に和服でなく、洋装でも構わないのです。また、坊様も、そんな女を見るとすぐ見とれるような人は珍しいでしょうが、やはり、坊様も男ですから、美人と道ですれ違うと、ふと、心が動くこともあるのです。
 
  あるいは、仏教では、イスラム教と同様、精神の安定や、日常の心の状態を興奮させたり、おかしくする飲み物などは禁じています。例えば、麻薬などは無論駄目ですし、煙草やお酒も駄目なはずです。しかし、日本の坊様は、何時頃からか、「般若湯(はんにゃとう)」と称して、酒を店で買って飲んでいたりします。坊様が、良い酒を味わいながら飲みつつ、何という味わい、この酔い心地、さすがに銘酒は違う。極楽じゃ。しかし、考えてみれば、これも「煩悩、煩悩……仏様よ、お許しあれ、南無阿弥陀仏、いやもう一杯、何ともうまい」などと云っていると、どこが、煩い、悩みの煩悩か分からないでしょう。
 
  また仏教では、生き物のいのちを大切にせよと教え、殺生を禁じ、従って、動物の肉は無論、鳥の肉も、魚も食べてはならないことになっているのですが、それも何のことかです。酒のさかなに、コイのあらいを食べつつ、いい気分になって来て、坊様が、いや、浮き世もまた楽しいぞよ、酒はうまいし、ねえちゃんは綺麗だ……などと歌っていると、「生臭坊主」ということになるのですが、以上は極端に戯画化しているので、日本では、昔から、坊様が、妻帯し、子供がおり、酒は飲み、魚も食べ、それで別に社会から糾弾などされていません。
 
  大酒を飲み、酔っぱらって、寺の本堂で乱交パーティを開くような坊様は、それは別に坊様でなくとも、普通の人でも社会から糾弾されます。
 
  仏教の坊様にとっては、女性と触れたり、メイクラヴすること、酒を飲んだり魚を食べたりすることは、仏教の教えに反することで、こういう「欲望」を、修行の妨げになる「煩悩」と呼ぶのですが、煩悩というのは、多くの坊様の日常生活から云うと、自然なことのようです。
 
  もう一つ、坊様ではありませんが、一般に、「子煩悩」という言葉があります。これは、別に、子供が煩わしく悩みの種で、何かの邪魔になるのかと云えば、そうではなく、子供が可愛く、何時も子供のことを考え、細かいことにも、子どものためにと、あれこれ気も身も使う親のことを、こう呼びます。別に、子どもが、何かの「妨げ」になっているのではないのです。親にしてみれば、ふと、思うと、「ああ、おれは、何と子どものことばかり思っているのか。これも煩悩か」などとなります。
 
  「煩悩」というのは、仏教の教えとか、人間の生き方はいかにあるか、などということの前では、何か安楽な、気持ちよい、楽しい方にばかり気が向くようで、困ったことだという考えもある他方、「自然な欲求」「自然な望みのおもむく方向」であって、煩悩だが、しかし、これもまた良しなどというものです。
 
  これは、仏教の教義として、煩悩に迷う人の姿こそ、すなわち、仏の姿に他ならないという考えもあるのです。
 
  煙草をやめないと、肺ガン確実と云われていて、それでも吸いたいという人の場合、煩悩とは云いません。また、大学受験中なのに、異性のことに意識が向いて勉強に集中できない高校生も、それを煩悩とは云いません。(ただし、高校生の親が、寺の住職だったりして、子どもに、そんな煩悩は振り払え、と説教するかも知れません)。
 
  煩悩というのは、本来の仏教の教えでは、たいへん厳しい、覚りの道にあって、克服せねばならない誘惑や欲望だったのですが、「煩悩すなわち仏」というような考えは、人間は自然に振るまい、自然に生きるのがやはり一番であるという考え方でしょう。
 
  肺ガン寸前の喫煙者や、受験勉強に必死な高校生にとっては、喫煙や、恋愛は、自然のままを楽しもうなどということではないのです。
 
  人間は、欲望が強すぎると、色々不都合なことが起こることが、或る程度分かっているともいえます。分からない人、自制がきかない人は、酒に溺れて身を滅ぼすとか、守銭奴になって、世人の顰蹙を買うなどとなり、そういう人自身は、煩悩も何もないでしょう。しかし、そういう人を横目で見ていると、酒を飲み、恋愛をし、ギャンブルで小銭を失い、自堕落な生活を少々しても、歯止めがかかっていて、ああ、これが煩悩というものか……で片が付きます。
 
  「わかっちゃいるけどやめられない」というのは、確か古い歌の言葉ですが、そういう心境の「分かっている」のが、煩悩だと分かっているということで、度を超さなければ、やめる必要もない訳です。本格的な修行をしている坊様にとっては、厳しいことでまた別ですが、普通には、煩悩はまた楽しいことなのです。本来しない方がよい、というのをするのは何とも楽しいことなのでしょう。
 
  世界中の文化がそうだとは分かりませんが、日本は、煩悩を楽しむ文化です。
 

 
  煩悩は、仏教の用語で、元々、かなり難しい思想的意味を持っていましたし、煩悩とは何かというので、色々な議論もありました。
 
  しかし、それはともかく、具体的な例の話で、日常語での「煩悩」の使い方というか、意味を考えてみましょう。
  「煩悩」は、「煩」と「悩」から出来ています。「煩」は、「わずらわしい」という意味で、「わずらわしい」と入れて変換すると、「煩わしい」と出てきます。また「悩」は、「なやみ」のことで、「なやみ」と入れて変換すると、「悩み」と出てきます。
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Q「以降」ってその日も含めますか

10以上だったら10も含める。10未満だったら10は含めない。では10以降は10を含めるのでしょうか?含めないのでしょうか?例えば10日以降にお越しくださいという文があるとします。これは10日も含めるのか、もしくは11日目からのどちらをさしているんでしょうか?自分は10日も含めると思い、今までずっとそのような意味で使ってきましたが実際はどうなんでしょうか?辞書を引いてものってないので疑問に思ってしまいました。

Aベストアンサー

「以」がつけば、以上でも以降でもその時も含みます。

しかし!間違えている人もいるので、きちんと確認したほうがいいです。これって小学校の時に習い以後の教育で多々使われているんすが、小学校以後の勉強をちゃんとしていない人がそのまま勘違いしている場合があります。あ、今の「以後」も当然小学校の時のことも含まれています。

私もにた様な経験があります。美容師さんに「木曜以降でしたらいつでも」といわれたので、じゃあ木曜に。といったら「だから、木曜以降って!聞いてました?木曜は駄目なんですよぉ(怒)。と言われたことがあります。しつこく言いますが、念のため、確認したほうがいいですよ。

「以上以下」と「以外」の説明について他の方が質問していたので、ご覧ください。
http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?qid=643134


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