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今年は参拝もネット参拝が少々話題になりました。

あくまでも大げさな今後ですから実際こうはならないと思いますが、仮定の話で少しみなさんの考えを教えてください。
参拝など全てネット参拝になり、実際に神社などがなくなる。
御輿も実物はなくなり、どこかに置いてある機械で担ぐと映像が全国で繋がり担いでいる気分になる(ならないとは思いますが場所がなくなる等で)
物を大事にする精神が完全になくなるなど。(今でも結構無駄にしてるもの多いですし)
景観を無視してビルなどを建てる(神社の横とか)

仮にこうなってきたとして
・そもそも興味がないからどうでもいい(もともと良いものとは思っていない)
・できるだけ昔の形のまま残すべき
・大昔の文化とか残ってないんだし、どうせ消えるんだから消してもいい
という意見が友人や親戚に聞いたら出てきました。
でも数が少ないですし、できるだけ大勢の意見を聞きたいと思いまして。

みなさんは古き良きものとか伝統はどこまで守るべきだと思いますか?
別に廃れてもいいと思いますか?

私は多生生活が不便になっても残すべきかなぁと考えています。

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A 回答 (13件中1~10件)

神社などの問題は私も気になってるんです。


京都の景観をぶち壊しにする建造物なども話題に上がってますし。

私はこういった日本独自の文化は絶対に残すべきだと思います。
生活を便利にすることはいいのですが、先人たちが築いてきた伝統や文化を蔑ろにしてまですることはないと思います。
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残す派が多いようですね。


私も「残せる範囲で」がんばってほしいと思います。
でも、私が所有しているわけではないし。

近所に古くて立派なレンガ造りの工場がありましたが、稼動していなかったせいか売却され、最上階が見えないぐらい背の高いマンションが建ってしまいました。
また「残していると税金が払えない」という、都会の固定資産税は莫大で収益を上げないと地主さんが困るという記事も見ました。

東京・国立市の大学通りの高層マンション問題とか、京都市のよくあるマンション問題とか、福山市・鞆の浦とか、開発vs保全という感じの景観論争という言葉はよく見聞きしますね。
その建設活動が、どれだけ社会性・公益性があるかも大事と思います。
(ご質問の趣旨に違うようならスルーして下さい)
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私は歴史的価値やその他の理由から、積極的に残していくべきだと考えています。


 昔から神社の果たす役割は信仰だけではありませんでした。地固め、災害時の避難所。最も大きな目的は地域住民の親睦の強化です。
 阪神でも新潟でも「祭り」など積極的に行なってきた地域とそうでない地域の救出人数には顕著な差があったと、複数の専門家が講演で語っています。
 「別に神社の祭礼でなくても対策は出来るでしょう」という人は多いですが、残念ながら今のところ実証はありません。今後はどうなるかは判りませんが、かなり困難でしょう。
 上記のほかに癒しの場としても神社の役割は重要でしょう。参拝者の浄財で地域の保全管理がなされている訳ですから、公有地にするより経済的にも有意義だと思います。(これには今後多少の問題がありますが)
 また、地域の歴史を知るためには寺社の存在は大変有意義です。
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こんにちは。



守るべき という守勢のニュアンスではなくて、
~したい という攻勢というか意欲&平和裏に無理なくできるとよいなとおもいます。

何年か前からお遍路さんに注目しています。
あるときヘリコプターを使ってお寺の上空から拝むことがあると言われていたけれど、
最近よくみるのは、自分の足ですすんでいる光景。
その光景は何十年か前はそれが普通だったそうです。

でも、自分の足でするというのは、
なにかを狙いにした「~べき」という姿勢ではなくて、
いまの人たちが真摯に思う「~したい」の姿勢なのかなとおもうし、
こうして伝統?古くからのやり方は継がれていくのかなとおもうと、
めちゃ自然に受け容れられます。
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出来る範囲で。



絶対とまでは思いません。
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私は「残せる余裕があるなら残す」という考えです。


生活と伝統文化は別物と考え、非日常に伝統に触れるから
伝統の素晴らしい部分だけを楽しみ、良い思い出として残すことができる。
この形が私としては理想ですが、こんなやり方をするためには日本は少し狭いかなと思います。
だって人口が多すぎるから。
人口が多すぎてどんな所にだって住まなくちゃいけない。
それで伝統が残っていたら住みにくいから伝統が薄れていくんだと思います。

楽しい生活、便利な生活、『今』を犠牲にしてまで『昔』を残す意味はないなと感じます。
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基本的には残せる物は残して欲しいです。


私は京都の街が好きで10回以上旅行していますが、つい最近久しぶりに訪れてガッカリしました。
町並み自体は手をつけられていないように見えて、よく見ると昔ながらの商店などは軒並み姿を消していました。
背の高いビルもめっきり増えて、十数年ぶりに清水の舞台から京都の街を見下ろしたらその景観の変化にもの凄い脱力感を覚えました。
しかしこれも京都が好きな理由のうちなのです。
千年以上のも間、京都はずっと都であり続けています。
遺跡の街ではなく生きた古都なのです。
何が残って行き、何が排他されてしまうのか…それを見守り続けたいという欲求があります。
もちろん失われて嬉しいモノなどありません。
新しい店舗などを見るにつけ寂しい思いをし、生き残り続けている店や施設を見ては元気づけられて帰ってきます。
足しげく京都に行きたくなるのはそんな時代の移り変わりを確認したいからなのかも知れません。

古きよき物は最大限の努力をして残すべきだと思います。
古いだけの物は残す価値がないと思います。
「伝統」は常に新しいのです。
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伝統は残すべきだし、残してほしいですね。


みこしとか祭りとかなくなると寂しいですしね。
京都のような伝統的な文化をなくしてしまうと日本という感じがしなくなってしまうような気がします。
個人的にはぜひ畳は残して欲しい。自分がもし家を建てるならフローリングと畳の部屋両方を作ります。畳ってやわらかくて裸足で歩くと気持ちいいでよね。
これは違うのかもしれませんが、言葉も古きよきものとして守っていく必要があると思います。言葉は時代により変化するものですので変わっていくことは仕方ないと思いますがだからこそ、大切にするべきだと思います。
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形や風景、建造物等、物や各学校などの伝統や、日本の行事などは残っててもいいですが、男尊女卑等の考え方は過去に嫌なこともあり、なくなって欲しいと考えております。


特に不妊の人に対する「嫁して3年、子なきは去る」(嫁に行って3年たっても子どもができなければ、それは離婚されても仕方がない。不妊は女性だけの責任である・・・のような考え)だとか、長男は後継ぎ、次男は新宅、三男~は養子(一人娘は必ず婿取り)の考え方は、なくなりつつあるとはいえ、田舎のほうでは根強くあるみたいですし、すごく嫌です。
そんな中、男尊女卑の中にある、「みこしは神聖な場所ですので、女性は上ってはいけない」の考えの中、ギャルみこしといって女性専用のみこしも開発されたのは男女平等に先駆けてすばらしいと思います。
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丁度今日、母と炊飯器を捨てることからその話に発展しました。



話し合った結果自分の考えとしては
「悪いものは捨てて、良い物は残す」
と言う結果に落ち着きました。

確かに技術革新によって昔の伝統を守らなくても快適な暮らしが
できるようになりましたが、昔には昔のよさがあるというか。

例えば昔は壊れた鍋や釜を修理してくれる人がいて
大切に使っていたそうです。
今は大量生産大量消費で壊れたら捨ててしまいますが、
上のようなものは環境にも優しいし、
これからの時代必要だと私は思いました。

けど男尊女卑や部落差別等はやはり残すべきではないと思います。
(というか伝統では無いかもしれませんが)
残すべきではない伝統も昔は理由があって作られたのでしょうが
時代に合わない・ふさわしくないものは切り捨てられても
致し方ないかと。

技術の革新と伝統とが共存してゆく世界が望ましいと思います。
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