先日、歌手の森進一が「おふくろさん」の作詞者である川内康範と
喧嘩をしてしまい川内氏から森氏に「歌わせない」発言が飛び出しました。

そこで質問なのですが、作詞者や作曲者などの権利者は「歌わせない」と
言うような行為の禁止を求めることは法律上可能なのでしょうか?
著作権料さえ払っていればその命令は無視できるのでしょうか?
禁止を求めることが可能であるなら、極端に言えば
あるアーティストが「この曲はいかなる場合においても
自分以外に歌うことを禁じる」と言えば、
その曲に対しての全ての人の歌う権利は失われるということになりますよね。
道端で口ずさんだだけで著作権法違反になりますよね。

ご意見お聞かせください。

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A 回答 (3件)

ちょっとごちゃごちゃになっていますね。


整理します。

著作者の持つ権利には、大きく分けて二つあります。
一つは著作者人格権というもので、もう一つが著作権です。
前者は、著作者の名誉とかに関する権利、後者は著作物の財産としての権利といえるかも知れません。
著作者人格権は、たとえばその作品の作者が誰であるかをはっきりさせること(氏名表示権)や、
作品に勝手に手を加えたりしないこと(同一性保持権)、著作の公表のタイミングを決める権利(公表権)が含まれます。
いわゆる著作権とは、著作の財産としての価値を護るための権利で、例えば著作物で誰かが利益を上げたら、その一部を著作者が利益を得ることができるとか、著作物を上映したり、出版物を上映したりする権利についてのことです。
歌をうたっていくらかの利益を得た場合、
その利益の一部は歌詞を作った人のものでもあります。
ですから、利益を得た場合にはその一部を支払わねばなりませんし、
利益を得る予定ならば事前に申請して使用料を払わねばなりません。
これを保証しているのが著作権法です。

著作権は譲渡が出来ますが、著作者人格権は譲渡できません。
森進一さんは、「おふくろさん」を歌う権利を作詞者の方からも認められていると思いますが、
歌詞を変える権利はありません。
これは作詞者以外には絶対に移らないのです。
ですから、今回の件は作詞者である川内さんの著作者人格権を明確に侵害しています。
この侵害は森さんが改変した歌を歌うたびに発生します。
ですから、これ以上の侵害を防ぐために「差し止め」が請求できます。

道ばたで歌えるかどうかはちょっと難しくなります。
普通の歌であれば著作権の問題になります。
オリジナル通りの歌詞であれば、道ばたで歌う分には著作者人格権を侵害しません。
自分以外が歌うことを禁じるということは、公表権に基づいて規定が可能と思われます。
しかし実際に禁止できるかというと難しいでしょう。
厳密に考えれば違法だが、違法かどうかを判断できない、ということになります。

以下、逐次回答しますと・・・
>作詞者や作曲者などの権利者は「歌わせない」と言うような
>行為の禁止を求めることは法律上可能なのでしょうか?
できます。
歌詞の改変で、歌うたびに権利の侵害が発生しているので、差し止め請求ができます。

>著作権料さえ払っていればその命令は無視できるのでしょうか?
できません。
著作権料は、著作の改変とは別です。
著作を改変する権利は、著作者にしかありません。

>禁止を求めることが可能であるなら、極端に言えば
>あるアーティストが「この曲はいかなる場合においても
>自分以外に歌うことを禁じる」と言えば、
>その曲に対しての全ての人の歌う権利は失われるということになりますよね。
>道端で口ずさんだだけで著作権法違反になりますよね。
極端な事例ですので、何とも言えません。
普通であれば公表を制限することはありませんし、
公表を制限してもそれを取り締まることは普通はできません。
しかし、公表を制限するような人であればどんなことでもやりそうです。
よって、予測不能です。

この回答への補足

改変をしてない場合、「お前が気に入らないから」等の
理由で歌唱を禁止することはできるのでしょうか?

補足日時:2007/02/26 16:47
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著作権の権利としての、演奏権というのは公衆に向けて演奏する権利なので、道端で口ずさむのは、道行く人に聴かせているのでなければ基本的には著作権侵害になりません。



また、公衆に向けて演奏する場合でも、非営利であれば、著作権の権利は及ばないことになっています。

その上で、著作権者は、「許可無く」営利目的で演奏する人に対して、演奏をさせないという権利を持っています。

森進一さんの場合、楽曲提供をされている以上、一旦は営利目的での演奏の許可を得ているわけです。許可が撤回されない以上、無断演奏とはいえません。

一度した演奏許可を撤回できるかどうかは、著作権法とは別の話です。演奏許可も法的には契約の一種ですから、一旦した許可を作曲家の気分次第で勝手に撤回できるものではありません。相手方に重大な債務不履行があるとか、継続的契約関係を続けるのに支障がある重大な信頼関係の破壊があったなどの事情が必要でしょう。
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森さんの場合歌詞を許諾なしで変えた部分があるので可能です。

使用差し止めの仮処分を申請し認められれば歌えなくなります。口ずさんでも、路上でコピーした曲を演奏してもお金を徴収しなければ著作権法には抵触しません。アーティストが自分以外歌う事を禁じるという仮処分が下りれば歌えなくなりますが、そのアーティストの権利を侵害していなければ認められないと思います。
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どうしてこうなったんでしょう?また、どちらが本当だったのでしょう?

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あくまで憶測ですが、、、。

森昌子の貰ってない、、の方が正しいのでは?と

思われます。

そもそも、離婚の原因が、「結婚したら、歌の世界からは離れる

家事、子育てに専念したい、」、というのが、森昌子の希望でしたが、

人気が下がり始めた森進一から無理矢理コンサートに

引っ張り出され、、。

森進一単独では、チケットも売れなかったが、夫婦ペアーだと

超満員。

こういう「美味しい」結果を、森進一が手放す筈もなく、、。

コンサートで同じように歌って働いて、家に帰ると、森昌子の方は

休む暇なく食事の準備や、家事、、。

こういうことが続き、夫である森進一に不信感を抱いたのでしょうね。

これなら、一人で、自分なりに歌っていったほうが良い、、と

判断したのでしょう。

夫へ不信感を持つと、もう一緒には暮らしていけないですからね、、。

が、離婚後歌の世界に戻りましたが、声が以前のようには

出なくなってたそうです。ブランクが大きかったようです。

結婚前のような声が出なくて「森昌子も終わった」と周囲には

思われてたようです。

が、3年間厳しいボイストレーニングをやって、今では、結婚前より、

綺麗な高音が出るようになったようです。

コンサートに行ったことありますが、結婚前より、

高音が出ていて綺麗な歌声でした。

離婚後のアパートは、森昌子とお母さん、子供達で2DKの

マンション暮らしだったそうで、、。

慰謝料を貰ってたら、もう少し、広いところに住んでいたでしょう。

現在では、年間100本近くの(週に2会場)コンサートを開いてる

ようです。

離婚して良かったですね。

ちなみに、3人の息子さんの二人がロックバンドをやっていて、

長男さんの方は、世界中でコンサートをひらいておられるとか。

そして、残りのお一人は、テレビ局局員。

森進一も本当に気の毒な苦労の多い人生ですね。

鹿児島から上京し、何十と仕事を変えて、ようやく歌手になり、、。

が、ファンの狂言で、苦労をかけたお母さんは自殺をし、

妹さんを学校にやって結婚させて、弟さんを医者にして、、。

やれやれ、と思っていたら自分の離婚。

でも、救われるのは3人の息子さんが立派に育ったこと、、ですかね、。

森進一を見ていると「苦労ばかりの人生の人っているんだなぁー」と

思わされます。

あくまで憶測ですが、、、。

森昌子の貰ってない、、の方が正しいのでは?と

思われます。

そもそも、離婚の原因が、「結婚したら、歌の世界からは離れる

家事、子育てに専念したい、」、というのが、森昌子の希望でしたが、

人気が下がり始めた森進一から無理矢理コンサートに

引っ張り出され、、。

森進一単独では、チケットも売れなかったが、夫婦ペアーだと

超満員。

こういう「美味しい」結果を、森進一が手放す筈もなく、、。

コンサートで同じように歌って働いて、家に帰ると、森昌子の方は

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>>歌を改変したわけではなく、
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このセリフは森進一が即興で入れたものではないのです。
名のある作家先生に依頼して前ふりのセリフを「作詞」してもらったものです。
川内先生が怒るのはもっともです。
例えて言えば「我輩は猫である」の冒頭に新たな一文を加えるようなことを、森進一は作詞家・川内の許可なく行ったことなのです。

Q著作権の切れた作品の権利

著者の死後50年以上経過した小説は著作権が切れるそうですが、著作権が切れたからといって、自分の名前でまったく同じ内容の小説を発表して自分の著作権を主張することは出来ませんよね?(それとも法律的には可能なものの、道徳的な点に問題があるために誰もそうしないだけなんでしょうか?)
また、青空文庫収録ファイルの取り扱い規準の「著作権の切れている作品」(http://www.aozora.gr.jp/guide/kijyunn.html)の項を読むと、著作権の切れた作品であっても、その作品を複製、再配布する場合(自分のウェブサイトで公開する場合も該当しますよね)は、作品名、著者名、入力者名(!)校正者名(!)、ファイル作成者名(!)を併記しなければならないとあります。

以上のことからして、どうも著作権の切れた作品であっても何か縮小された最低限の著作権のようなものが存在するような気がします。法律をまったく知らない身からすると、「著作権が切れた」作品ならば無断で好きなように改変してもよさそうなんですが、違うのでしょうか?

ちなみに青空図書館と同じように著作権の切れた小説を公開しているPPD図書館のお知らせ(http://www.cnet-ta.ne.jp/p/pddlib/readme0.htm)では、引用もキャプションを特別必要せずに利用でき、データの変更・加工について一切関知しないとしています。
とすると、著作権の切れた作品を複製する際には作品についての情報を削除してはならないとする青空文庫の基準はあくまでお願いにすぐないのですか?

法律に詳しい方の意見を教えてください。

著者の死後50年以上経過した小説は著作権が切れるそうですが、著作権が切れたからといって、自分の名前でまったく同じ内容の小説を発表して自分の著作権を主張することは出来ませんよね?(それとも法律的には可能なものの、道徳的な点に問題があるために誰もそうしないだけなんでしょうか?)
また、青空文庫収録ファイルの取り扱い規準の「著作権の切れている作品」(http://www.aozora.gr.jp/guide/kijyunn.html)の項を読むと、著作権の切れた作品であっても、その作品を複製、再配布する場合(自分のウェブサ...続きを読む

Aベストアンサー

作品名、著者名については、著作権法上の規定があります。

一般に、著作権には、狭い意味の著作権と、広い意味の著作権があります。狭い意味の著作権は、作品の複製権など、財産として利用する権利です。一方、広義の著作権は、狭義の財産的著作権に加え、著作者人格権という人格的権利を含みます。

著作権が無くなるという場合の著作権は、狭義の財産的著作権についてであり、著作者人格権については、消滅することはありません。

著作者人格権とは何かというと、法律では、公表権(18条)、氏名表示権(19条)、同一性保持権(20条)が認められています。

公表権は、世間に未公表の著作物を公表するかしないかの決定権で、すでに出版されている小説には関係ありません。問題になるのは、遺稿など、本人が公開しようとしていたのかどうかわからないような場合です。

氏名表示権は、著作者の名前を表示させる、または、表示させないことについての決定権であり、同一性保持権は、勝手に改変させない権利です。これらは、著作者の死後も永久に認められるものです。

入力者名、校正者名、ファイル作成者名については、特に、著作権法上、特別の権利として認められるわけではありません。しかし、データ化した人の利益というのは、民法709条により、法律上保護すべき利益となる可能性は高いです。したがって、これらの人に無断で(利用条件に反して)データを利用した場合は、一般の不法行為責任を追及されることになります。

作品名、著者名については、著作権法上の規定があります。

一般に、著作権には、狭い意味の著作権と、広い意味の著作権があります。狭い意味の著作権は、作品の複製権など、財産として利用する権利です。一方、広義の著作権は、狭義の財産的著作権に加え、著作者人格権という人格的権利を含みます。

著作権が無くなるという場合の著作権は、狭義の財産的著作権についてであり、著作者人格権については、消滅することはありません。

著作者人格権とは何かというと、法律では、公表権(18条)、氏名表示権(1...続きを読む

Q森進一>五木ひろし

「森進一」のほうが「五木ひろし」より唄は上手い。
これを解説して下さい。

※「そうは思わない」のであれば回答は不要です。

Aベストアンサー

 演歌は西洋音楽の技法を用いていますが、根本は日本の音楽なので、音程やリズムの正確性を求めるのは間違っています。振動数が2倍であれば1オクターブ、その間を12等分したのが平均律で・・・などという音階に関するルールは、アジア人である私達には不自由で仕方がない。リズムについても同様です。規則的な拍感に性格であることは、音楽の本質ではありません。

 日本語の韻律は、西洋音楽の音階やリズムとは必ずしも合致しない。となれば、そこからいかに自由であるかが、日本語を歌詞とする音楽の命題ではないか・・・と考えます。ただし、そこには様式感というものもあって、「とにかく西洋的でなければよい」などと言い切ってしまえるほど単純なものではありません。

 しかし、演歌に限っていえば、西洋音楽の理論や楽器を用いてはいるものの「日本の音楽」であることは間違いないので、相当に自由であるべきだと考えます。特に言葉を扱うボーカルは、日本語ならではの韻律や、言語による世界観の表現を優先するべきで、最も「非西洋的要素」が要求されるパートです。

 このように考えた場合、五木ひろしの歌唱は、森進一に比べ西洋音楽的には正当です。五木ひろしは、演歌を西洋音楽と東洋文化の融合と考えているのでしょうか。西洋音楽の枠組みから著しくはみ出そうとはしません。
 一方で森進一は、演歌には西洋音楽としての要素もあるということすら気にしていません。否定しているのではなく、気にしていない。すなわち、西洋音楽に縛られることなく、全く自由です。言葉による表現が最優先で、歌唱というよりも、朗唱という言葉が適切であるような印象を受けます。

 そもそも「唄が上手い」ということの定義が難しい問題ですが、以上のことから私は勝手に次のように結論づけます。

 演歌は、西洋音楽の表現技法を取り入れた日本音楽である。したがって、日本語の韻律を生かした歌唱が優先されるべきで、西洋音楽的要素に合致することは必ずしも重要ではなく、むしろ非西洋的であることが演歌の特徴である。
 森進一は五木ひろしに比べ、演歌的特徴を強く表している。
 よって、「森進一」のほうが「五木ひろし」より唄は上手い。

 

 演歌は西洋音楽の技法を用いていますが、根本は日本の音楽なので、音程やリズムの正確性を求めるのは間違っています。振動数が2倍であれば1オクターブ、その間を12等分したのが平均律で・・・などという音階に関するルールは、アジア人である私達には不自由で仕方がない。リズムについても同様です。規則的な拍感に性格であることは、音楽の本質ではありません。

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Q共同著作物(?)の権利

素朴な疑問ですが、アニメのアニメーターや漫画家のアシスタント、映画のスタッフは著作者になれるのでしょうか。これがなれるとして、著作者の死後五十年による権利消失は誰の死を基準に扱うのでしょうか。

Aベストアンサー

映画(アニメ含む)の場合には、以下の条文があります。

著作権法第16条 映画の著作物の著作者は、その映画の著作物において翻案され、又は複製された小説、脚本、音楽その他の著作物の著作者を除き、制作、監督、演出、撮影、美術等を担当してその映画の著作物の全体的形成に創作的に寄与した者とする。

すなわち、「映画の著作物の全体的形成に創作的に寄与した」かどうかが問題です。

ただし、実際には、以下の規定があります。


著作権法第15条 法人その他使用者(以下この条において「法人等」という。)の発意に基づきその法人等の業務に従事する者が職務上作成する著作物(プログラムの著作物を除く。)で、その法人等が自己の著作の名義の下に公表するものの著作者は、その作成の時における契約、勤務規則その他に別段の定めがない限り、その法人等とする。

つまり、会社の従業員については、会社に著作権が帰属するので、従業員には一切権利は発生しません。

また、以下の規定もあります。

著作権法第29条  映画の著作物(第十五条第一項、次項又は第三項の規定の適用を受けるものを除く。)の著作権は、その著作者が映画製作者に対し当該映画の著作物の製作に参加することを約束しているときは、当該映画製作者に帰属する。

これは、映画の製作者(要するに映画製作の指揮をして、製作のためのお金を出す人)がいて、その企画に参加して映画が作られたような場合には、映画製作者に全部権利が発生するということです。したがって、従業員ではないフリーのスタッフなどについても、映画製作者が作る映画に参加する場合には著作権はスタッフには発生しないということになります。


以上から、自主製作の映画などを除けば、殆どの場合、著作権者は映画製作者である会社になり、スタッフには著作権が発生しません。なお、会社の場合の権利期間については、公表の時点を基準とします。映画については、今は保護期間は50年ではなく70年です。

なお、黒澤明の昔の映画について、監督である黒澤明が著作権者であると認められた判例もあります。これは著作権法が改正される前の作品だからです。



漫画については、第15条は漫画の場合でも適用されます。したがって、会社組織になっている場合には、アシスタントには全く権利は発生しません。また、会社でない場合も、漫画の場合でも著作権が帰属するのは、実質的な創作活動を行った人、とされているので、指示に従って作業を行うアシスタントについては著作権が認められません。

映画(アニメ含む)の場合には、以下の条文があります。

著作権法第16条 映画の著作物の著作者は、その映画の著作物において翻案され、又は複製された小説、脚本、音楽その他の著作物の著作者を除き、制作、監督、演出、撮影、美術等を担当してその映画の著作物の全体的形成に創作的に寄与した者とする。

すなわち、「映画の著作物の全体的形成に創作的に寄与した」かどうかが問題です。

ただし、実際には、以下の規定があります。


著作権法第15条 法人その他使用者(以下この条において「法人等」という。...続きを読む


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