人間の自由とは、又、自由とは何か?

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A 回答 (11件中11~11件)

自由ですか 自由とは、私の考えですが


自由と孤独 自由と責任 だと思ってます。
一番は責任ですね、自由にする事によって生じた責任は自分で取らなくてはならない事だと。
自由は一見気楽そうなのですが、本当は大変なのではないかと思います。
こんな感じの回答でいいですか?
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Q一体、この矛盾は何か? 優れた人間、教養や知恵があって頼れる人間は、やはり立場上は操り人形にならざる

一体、この矛盾は何か?
優れた人間、教養や知恵があって頼れる人間は、やはり立場上は操り人形にならざるを得ない場合が殆どですかね??!!

"優れた人間や精神年齢の高い人間は、やはり、
立場上、操られざるを得ない者"ですかね。

特に男性で、
医師、弁護士、校長、大企業社長、ベストセラー作家、ノーベル賞の医学博士や物理学者、官僚等をやっている人や、勤勉で冷静沈着であっさりして男らしい人や働き者は、
結婚せずに一人で余暇を楽しむような人ならともかく、
恋愛、結婚したとなると、
操り人形または給料を運んで来るだけの道具になりかねまい。
仕事と家庭を大事にしていた場合でさえ、相手が薄情で気儘だと定年退職後に捨てられたりしかねないだろ。
食い物にされるようでは、生きる知恵もへったくれもあるかって話では??

しかし、ある人のエッセイや、また、雑誌や新聞で時々見る話では、
「甘えん坊の男にはしっかり者の女性が、甘えん坊の女には包容力のある男性がつくもので、世の中はうまく出来ているなあと思います。」
と。まあこれ自体は間違っていない。

ここで注意ですが、決して、女ばかりが悪いとは言っていません。

それ故に。

逆に、身も心もタフなキャリアウーマン(女医さん等)が、
病弱で学歴の無い男と結婚して、その男を守ってあげたりして、
その場合は病弱で学歴の無い夫が、自宅で家事を担当したりしますね。

それもやっぱり、
そのキャリアウーマンは、
その男によって操られている、と言う訳ですね?

損した事でまあそこから生まれるメリットもあるとは思いますが如何なものでしょうか?

一体、この矛盾は何か?
優れた人間、教養や知恵があって頼れる人間は、やはり立場上は操り人形にならざるを得ない場合が殆どですかね??!!

"優れた人間や精神年齢の高い人間は、やはり、
立場上、操られざるを得ない者"ですかね。

特に男性で、
医師、弁護士、校長、大企業社長、ベストセラー作家、ノーベル賞の医学博士や物理学者、官僚等をやっている人や、勤勉で冷静沈着であっさりして男らしい人や働き者は、
結婚せずに一人で余暇を楽しむような人ならともかく、
恋愛、結婚したとなると、
操り人形ま...続きを読む

Aベストアンサー

操られることは、ある意味愛情あってのこともありますよ。
愛しているからこそ、受け入れるというように。

この発言だと、自分の都合のいいようにできない状況になってしまうことが
不幸だといってるように思います。

すべては理屈ではなく、心次第だとおもいます。

確かに上下関係、未来のレールが組織があって明るいものであれば、
その配下についていく志向になるとおもいますね。
でも、そこで疑問に思うならば、一匹オオカミになって自分が一番初めに
先頭に立ち、偉業を成し遂げる位でないと、あなたのいう操り人形になって
地位の高いところを買うんだね。

人それぞれ、人生の価値は違います。
この悩みは、悲しい考えだと思いますね。
すでに、出世街道=操り人形だと思っていること自体。
大物になれる可能性は低いと感じました。
つまり、考え方次第で、敷かれたレールはあなたの自由があると思うからです。
出る杭は打たれる=日本の社会はこれがあるので、個人的なバイタリティをつぶす傾向が
あることは確かだと思いますよ。

Qいまさらながら、人生の意味、人間とは何か、生きるとは何か、について迷っ

いまさらながら、人生の意味、人間とは何か、生きるとは何か、について迷っています。

意味が見出せず、虚しい気持ちになってしまいます。

先哲の著作でも読めば、何かヒントを見出せるかもと思っています。

古今東西の哲学者で、こうした疑問や迷いに道を開いてくれそうな人はいますか。

お勧めの哲学者を教えて下さい。

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

先日、爆笑問題のニッポンの教養というNHKの番組で「木田元」という先生が出ておられました。
とても哲学界では有名な先生のようで、番組中でも「人間とは」ということにたいして太田さんと議論していました。
よろしければ参考にしてみてください。

あと、個人的にそういったことを考えながら生きるよりも、毎日前向きに、普通に生きていくことが大事だと思います。
自分もそのことをよく考えてしまいますが、考えても仕方がない。言葉で理解しても仕方がないような気がします。考えるより、行動すべきだと思います。あくまでも自分の意見ですので、そうじゃないと思えば無視してください。

参考URL:http://www.nhk.or.jp/bakumon/previous/20080422.html

Q一体、この矛盾は何か? 優れた人間、教養や知恵があって頼れる人間は、やはり立場上は操り人形にならざる

一体、この矛盾は何か?
優れた人間、教養や知恵があって頼れる人間は、やはり立場上は操り人形にならざるを得ない場合が殆どですかね?!

"優れた人間や精神年齢の高い人間は、やはり、
立場上、操られざるを得ない者"ですかね。

特に男性で、
医師、弁護士、校長、大企業社長、ベストセラー作家、ノーベル賞の物理学者や医学博士、官僚等をやっている人や、性格が勤勉で冷静沈着であっさりして男らしい人や働き者は、
結婚せずに一人で余暇を楽しむような人ならともかく、
恋愛、結婚したとなると、
操り人形または給料を運んで来るだけの道具になりかねまい。
仕事と家庭を大事にしていた場合でさえ、相手が薄情で気儘だと定年退職後に捨てられたりしかねないのではないか?
食い物にされるようでは、生きる知恵もへったくれもあるかって話では?

しかし、ある人のエッセイや、また、雑誌や新聞で時々見る話では、
「甘えん坊の男にはしっかり者の女性が、甘えん坊の女には包容力のある男性がつくもので、世の中はうまく出来ているなあと思います。」
と。まあこれ自体は間違っていない。

ここで注意ですが、決して、女ばかりが悪いとは言っていません。

それ故に。

逆に、身も心もタフなキャリアウーマン(女医さん等)が、
病弱で学歴の無い男と結婚して、その男を守ってあげたりもします。
その場合は病弱で学歴の無い夫が、自宅で家事を担当したりしますね。

ならそれもやっぱり、
そのキャリアウーマンは、
その男によって操られている、と言う訳ですね?

損した事で、まあそこから生まれるメリットもあるとは思いますが如何なものでしょうか?

一体、この矛盾は何か?
優れた人間、教養や知恵があって頼れる人間は、やはり立場上は操り人形にならざるを得ない場合が殆どですかね?!

"優れた人間や精神年齢の高い人間は、やはり、
立場上、操られざるを得ない者"ですかね。

特に男性で、
医師、弁護士、校長、大企業社長、ベストセラー作家、ノーベル賞の物理学者や医学博士、官僚等をやっている人や、性格が勤勉で冷静沈着であっさりして男らしい人や働き者は、
結婚せずに一人で余暇を楽しむような人ならともかく、
恋愛、結婚したとなると、
操り人形...続きを読む

Aベストアンサー

こんにちは。リベルテさん。



>優れた人間、教養や知恵があって頼れる
>身も心もタフなキャリアウーマン(女医さん等)



:彼ら彼女らは、

☆1.
【仕事をする上での】知識・技術・スキルを持ってゐる、だから仕事は非常に上手くこなすし、仕事では信頼されるし、高い収入を得ることができる、というだけです。思ひ遣りの心・譲り合ひの心・人の話を傾聴する心を持ってゐるかどうか、そんなことは関係ありません。
___________

☆2.
【人として生きる上での】人間力があるかどうかは、全く別の問題です。ヒューマンスキルの高い人間は、隣人を大切にしますし、お互い尊重し合ひ、讃え合うことができる関係を築く能力を持ってゐます。決して他人を蹴落とてまで自分を高めたりせず、あくまで等身大で自分および他人と向き合い、自分も隣人も、どちらも大切にします。自分が奴隷になることもなく、人を奴隷にすることもありません。

___________


以上、両方揃っていれば非常に幸運なのですが、僕がこれから相棒を選ぶとしたら、間違なく【☆2.】を大切にします。
操り人形にされたり、使ひ捨てにされる人間は、おそらく【☆2.】が欠落しているのではないかと存じます。単純なことです。彼ら彼女らに欠落してゐるのは【人に対する感謝の気持ちを常に持ってゐること】および【相手が誰であれ、人を人として尊重する能力】でせうか。

最後に。【☆2.】を持ってゐる人は、【☆1.】を磨くための努力をする準備がいつでもできてゐます。ただし【☆1.】だけ所持してをり、それで万事が上手く行くと信じて疑わない方々には、僕は近づかないことを誓ひます。


リベルテさん。
お読みいただきましてありがたうございました。
反論やご批判や、更なるご質問は、いつも通り承ります。

こんにちは。リベルテさん。



>優れた人間、教養や知恵があって頼れる
>身も心もタフなキャリアウーマン(女医さん等)



:彼ら彼女らは、

☆1.
【仕事をする上での】知識・技術・スキルを持ってゐる、だから仕事は非常に上手くこなすし、仕事では信頼されるし、高い収入を得ることができる、というだけです。思ひ遣りの心・譲り合ひの心・人の話を傾聴する心を持ってゐるかどうか、そんなことは関係ありません。
___________

☆2.
【人として生きる上での】人間力があるかどうかは、全く別の...続きを読む

Q全てを創造した神が人間に自由意志を与えたのは、人間が神の意志どおりに動

全てを創造した神が人間に自由意志を与えたのは、人間が神の意志どおりに動くロボットなら、神にとっては面白くもなんともないからではないのでしょうか。

神が、人間に自由意志を与えた目的はなんだと思いますか。

Aベストアンサー

神が、人間に自由意志を与えた目的はなんだと思いますか。

○頓知じゃありませんが「聞いてみればわかることですね。」
私の知りうるところでは、「金太郎飴のようなものはお嫌いなようですね。」
例えば、花畑でも様々な花が咲き乱れるというのが好きということですね。様々な花ということは花に「自由意志」を持たせないと様々な花になりませんからね。
つまり、言葉で言えば、百花繚乱、百家争鳴が創造神のよしとするところじゃないかと思うのですね。
神の創った箱庭に様々な花が百花繚乱ですね。それを愛でることが神の楽しみのようですね。
箱庭が宇宙ですね。地球人にとっては地球が箱庭ですね。百花繚乱、百家争鳴ですから地球人もそうですが、宇宙にもたくさんの人類型生物がいるのでしょうね。そんなところから「自由意志」を与えた理由がわかりますね。
また、創造神は遥か昔にこういったそうですよ。「我は、水の試練も、火の試練も与えよう、しかして限りなく強くなれ、我のようになれ。」とね。百花繚乱だけじゃなく「我のようになれ。」ですから人間は神に近づく努力をしなさいということですね。それも自由意志がある大きな理由の一つでしょうね。
仏教的には、仏に向かって悟りを求めよ。ということですね。
・・・そのように思いますよ。

神が、人間に自由意志を与えた目的はなんだと思いますか。

○頓知じゃありませんが「聞いてみればわかることですね。」
私の知りうるところでは、「金太郎飴のようなものはお嫌いなようですね。」
例えば、花畑でも様々な花が咲き乱れるというのが好きということですね。様々な花ということは花に「自由意志」を持たせないと様々な花になりませんからね。
つまり、言葉で言えば、百花繚乱、百家争鳴が創造神のよしとするところじゃないかと思うのですね。
神の創った箱庭に様々な花が百花繚乱ですね。それを愛で...続きを読む

Qサルトルの言葉らしいのですが「自由とは自由でありたいという精神が自由で

サルトルの言葉らしいのですが「自由とは自由でありたいという精神が自由であること」という格言の英語版をご存知の方いらっしゃらないでしょうか?
サルトルの格言を集めた英語版HPでも該当しそうなのが見当たらず困っております。
よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

> 「自由とは自由でありたいという精神が自由であること」

これはサルトルの言葉ではなく、サルトルが『存在と無』のなかで言った

「人間存在がまさに自己自身の無であるべきであるかぎりにおいて、人間存在は自由である」(『存在と無』第四部第一章I「行動の第一条件は、自由である」p.67 ちくま学芸文庫)

という言葉のなかの「自己自身の無」というところを、解釈して言い表した文章なのだと思います。

この「自己自身の無」というのは、

(1)人間存在は、その過去によって規定されるがままに行為をおこなうようなことはありえない
(2)意識に対して外的な何ものも意識を動機づけることができない
(3)人間存在はまずはじめに存在して、しかるのちに目的に対して関係をもつような何ものかであるのではなく、自己の目的によって自己を規定する一つの存在である

という三つを総合して言っているのですが、おそらく上記の文章を書かれた方が、この三つをまとめて「自由でありたいという精神が自由であること」というふうに解釈されたんでしょうね。

もちろんわたしがそう思うだけで、『存在と無』を全巻(なにしろ三分冊なのでね)を読み直してみたら、そんな文章があるかもしれないんですが、だけど、おそらくはないと思います。ちょっと表現がおおざっぱなので。

ですから、それに当たる原文の英訳というご質問の回答は、ありません、という以外にありません。

ところで、ちょっと思ったんですが、サルトルは「決定論」(すべてのことは必然的に起こる、自分の行動も外部の積み重ねによって、そう行為させられている)との対比で「自由」ということを論証していきます。そうして

「人間は全面的に決定されているか(それは容認されないことである。なぜなら、わけても、決定された意識、外から動機づけられた意識は、それ自身、単なる外面性となり、もはや意識であることをやめるからである)、あるいは、人間は全面的に自由であるか、そのいずれかである」(『存在と無III』p.42-43 引用同)

という。つまり、ここでは動機すらも否定されているんです。あらゆることが自己決定であり、自発性に基づくものである、と。あらゆることに自由である、ということが、意識の本質である、それゆえに、自分に関わるあらゆることは、自己決定に基づくものであるから、自分にはあらゆることに責任があるのだ、というふうに、この先つながっていきます。「或る意味で、私は、生まれたことについて選ぶ」(p.319)とまで。

そんなふうに考えていくと、「自由とは自由でありたいという精神が自由であること」というまとめはなかなか深いな、と思います。というのも、「自由でありたい」というのは、要するに外部からの束縛を逃れたい、という外的な要因から生じた意識です。けれども、人間の本来の意識、自由な意識というのは、そんな思いからも「自由であること」、つまり、三番目の「自由」というのは、要は "smoking free" の "free" と一緒で、“自由でありたい”という思いからすらも、自由であるのだ、と言っているわけですね。

さて、quotation サーチで"Sartre","freedom" で検索すると、山のようにヒットするのが
"Freedom is what you do with what's been done to you."
です。

「自由とは、あなたの身に起こったことに対してあなたのとる行動にある」ぐらいの意味でしょうか。これもおそらく直接の引用ではなく、第四部第一章IIIの「自由と責任」という箇所のまとめなのだと思います。

おそらく質問者さんはきっと、これは上記の言葉とはちがうとお考えで、この質問を立てられたのだと思うんですが、結局はおなじことを別の角度から言っているのだと思います。

だから、上記の英語をもとに、ご質問で書かれた文章を英訳してみると、
Freedom is what you are free from what you want to be free.
ということになるでしょうか。
何か、妙に格調高くないね……。いよいよサルトルから離れちゃったみたい。

以上、何らかの参考になりましたら幸いです。

> 「自由とは自由でありたいという精神が自由であること」

これはサルトルの言葉ではなく、サルトルが『存在と無』のなかで言った

「人間存在がまさに自己自身の無であるべきであるかぎりにおいて、人間存在は自由である」(『存在と無』第四部第一章I「行動の第一条件は、自由である」p.67 ちくま学芸文庫)

という言葉のなかの「自己自身の無」というところを、解釈して言い表した文章なのだと思います。

この「自己自身の無」というのは、

(1)人間存在は、その過去によって規定されるがままに行為をおこ...続きを読む


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