『ボヘミアン・ラプソディ』はなぜこれほど人々を魅了するのか

バッハの「主よ、人の望みの喜びよ」の曲の意味を教えてください。
どのような内容を歌っているのでしょうか?
賛美歌ではなくて、バッハが神をたたえるために作った歌という認識程度はありますが。
これももし違ったら教えてくださいね。

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A 回答 (4件)

 御礼ありがとうございます。

私もこのカンタータ147番を幾度か歌ったことがあって、大変好きなのですが。原詩が手元にないのでお答えにならないかと存じますし、キリスト教に詳しい方、もしくはその精神に詳しい人や、あなたがもしこの歌を歌うので在れば、合唱の先生におたずねになってください。
 私の思い、合唱練習の際に考えたことという限りですが、ここでいう主はイエスキリストです。キリストは人間の罪を贖う(贖罪といいますが)ために、十字架に処せられました。キリストよ、あなた(汝)は我々の罪を背負われ召された。(しかし、キリスト教ではこれは神の預言の実現という喜びなのです)。
 イエスの死は(我々に)魂と生命を与えてくださった。イエスは我が魂の根源であり、いつも我が心にいらっしゃる……。イエスに感謝し、イエスとともに私はいます……イエスは我が魂の喜びというのはこういうことではないでしょうか。
 私はキリスト教徒でも何でもありませんが、ベートーヴェン第九(第九の場合は、イエスではなくGott=Godですが)、やはり歓喜がテーマです。第九はシラーが原詩ですから、カンタータとはちょっと違いますが……。
 カンタータ147は聖書に忠実のようですから、ぜひ聖書に目を通すといいでしょうね。なかなかわからなくとも、清らかで厳かで、かつ内面的な喜びを表現できればいいですね。教会で歌うような気持ち(わかりにくいですが)で歌えればいいですね。実際に、教会でのコンサートを聞いたりすると、普通のコンサートとはまた違うものを感じます。
 これでいいでしょうか。
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この回答へのお礼

ご丁寧な回答ありがとうございます。
友達が歌いたくて、教会に通っていた(過去形)の
私に聞いてきて、困ったのです。
name-label2さんはクリスチャンではないのに、
きちんと理解されていてすごいですね!
聖書きちんと読んで、私も考えてみます。
ありがとうございました。

お礼日時:2002/06/05 17:24

「主よ、人の望みの喜びよ」の歌詞の内容については、先に回答のあった内容で理解されているかと思います。



私が「BWV147」で検索をしましたところ、他に色々な事が見つかりましたので補足をさせて頂きたいと思いますので投稿をしますね。で、BWV147 というのはバッハ作品番号147番ということです。(でもバッハが 147 番目に作曲したっていうわけじゃないんですよ)

「主よ、人の望みの喜びよ」は《心と口と行いと生きざまもて》BWV147 という 全 10曲から出来上がったバッハの(教会)カンタータの 6番目と 10番目の曲のコラール(合唱)のことなんです。(カンタータというのは簡単に言えば歌の入った音楽のことです)

6番目と 10番目のコラールにあたる「主よ、人の望みの喜びよ」の詞は先に回答のあるように Martin Janus (1620ごろ - 1682ごろ)が 1661年に作ったようです。

また、6番目と 10番目のコラールにあたる「主よ、人の望みの喜びよ」の曲はバッハの作曲ではなく、 Johann Schop (ヨーハン・ショープ)(1590-1664)が作曲でバッハの編曲です。でも全体からすれば、カンタータ《心と口と行いと生きざまもて》の作曲者は当然バッハということになります。バッハの当時、ほかの人の作品をアレンジして自分のものとする事は広く行われていたようです。

賛美歌ではなくて、・・・のコメントについてですが、
== 引用です ==
ちなみに、賛美歌第二編には「こころに主イエスを」として収録され、このカンタータの二つの歌詞の翻訳が、一番・二番として使用されている。
============
とあります。http://homepage.mac.com/ryomasuda/JSBach/BWV147_ …
(このページの MP3 の音は明るい雰囲気でとても気にいりましたよ)

また、「主よ、人の望みの喜びよ」という日本語の題名は、
Robert S. Bridges (1844-1930) によるドイツ語からの英語訳
"JESU, JOY OF MAN’S DESIRING" から来ているようです。

"Jesu, meiner Seelen Wonne" について簡単に説明します。ドイツ語です。
  Jesu: いうまでもなく「主」です。文法的には呼びかけです。
  meiner: 私の (英語の my にあたります)
  Seele(n): 魂(の)
  Wonne: 喜び
あいだにコンマ 「 , 」 がありますが、前後は同格で前と同じく呼びかけです。

調べた範囲でお伝えしたいことを書きました。後は自分でも調べられますね。
最後にぜひカンタータの全体を聴いて下さい。BWV140, BWV211 などといっしょにね。 (^^
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この回答へのお礼

詳しくありがとうございました。
これが賛美歌になったんですね。
そういうのもあるんですね・・
勉強になります。
ありがとうございました!

お礼日時:2002/06/07 22:59

追伸:作曲は、もちろんバッハです。

作詞はさきほどのヤーン作で、そのおおもとは聖書(イザヤ書第11章1~5節、ルカ福音書第1章39~56節)だそうです。聖書ですから主に感謝し、称えた内容でいいと思いますよ。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
聖書のその部分を読んでみようと思います。

お礼日時:2002/06/05 13:38

この曲には非常に思い出がありますね。

歌詞はマルティン・ヤーン作によるJesu Mener Seelen Wonne の中からとっています。バッハの作詞ではないですよ。
http://home.intercity.or.jp/users/mark/tohkoh/mi … を参考に
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
URLのところ、見ましたが、

「コラール<Jesu, meiner Seelen Wonne「主よ、汝我が魂の喜び」> 第16節」

と書いてありました。

name-label2さんも書かれていますが、Jesu Mener Seelen Wonneって何なのでしょうか?

おわかりでしたら教えてください。

お礼日時:2002/06/05 13:37

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Qコラールとカンタータの違い

コラールとカンタータは教会でそれぞれどのような時に歌うのですか?
バッハは毎週教会でカンタータを演奏していたそうです。
彼はカンタータを200曲あまり作曲したそうです。
コラールは新教の賛美歌という意味だそうです。
でもある本によればバッハの「コラール・カンタータ」というカンタータもあるそうです。

カンタータとコラールの違いがわかりません!

Aベストアンサー

引き続きこんにちは。
(mariosec様も)

まず,こちらは先ほどと同じサイトからの説明です。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%82%BF

以下,多くは上記サイトやmariosec様の回答と重複しますが,私なりに。

【コラール(復習ですが,念のため)】
簡単な単旋律によるルター派の賛美歌のことです。

【カンタータ】
本来は,単に「歌われるもの」という意味ですが,一般的には,管弦楽を伴う比較的大規模な声楽曲という意味で用いられます。独唱,重唱,合唱,管弦楽だけの部分,などのいくつかの小曲が組み合わされて,大きなひとつの作品となっています。
宗教的なものかどうかは関係ありません。

詳しくはあとで述べますが,キリスト教的なカンタータの中にコラールを含む場合が多い,というのがコラールとカンタータのおおざっぱな関係です。

【教会カンタータ】
カンタータのうち,キリスト教的なものを教会カンタータと呼びます。そうでないものは,世俗カンタータと呼びます(キリスト教でない宗教的なものについてはよく分かりません)。
質問者さまがおっしゃるとおり,バッハは200曲の教会カンタータ(といくつかの世俗カンタータ)を作曲しており,教会カンタータは,それぞれ教会暦のいつ演奏されるか決まっています。
私はキリスト教徒ではありませんので,詳細はよく分かりませんが,下記サイトが参考になるかと思います。
http://homepage2.nifty.com/bachhaus/musik/kirchenjahr/kirchenjahr_idx.html

多くの教会カンタータでは,合唱の部分の旋律と歌詞が賛美歌そのまま(狭い意味でのコラール)になっており,この部分もコラールと呼ばれます。(この意味が拡大解釈されて,曲の中の合唱部分や合唱的・宗教的な響きの部分がコラールと呼ばれるようになったのだと思います)

【コラールカンタータ】
カンタータのうち,あるひとつの賛美歌の歌詞,旋律をもとにして全曲が構成された教会カンタータをコラールカンタータといいます。コラールを含んでいても,賛美歌以外の自由な言葉や旋律を用いたものは,コラールカンタータとは呼ばれません。
バッハの場合,200曲あるカンタータのうち,10曲ほどがコラールカンタータに相当するようです。
また,バッハ以外にもコラールカンタータを作曲した人はいるようです。

引き続きこんにちは。
(mariosec様も)

まず,こちらは先ほどと同じサイトからの説明です。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%82%BF

以下,多くは上記サイトやmariosec様の回答と重複しますが,私なりに。

【コラール(復習ですが,念のため)】
簡単な単旋律によるルター派の賛美歌のことです。

【カンタータ】
本来は,単に「歌われるもの」という意味ですが,一般的には,管弦楽を伴う比較的大規模な声楽曲という意味で用いられます。独唱,重唱,合唱...続きを読む

Qドイツ語の読み方

下記はバッハの「Jesus bleibet meine Freude」という
有名な曲の歌詞なのですが、ドイツ語が読めなくて
困っています。

この歌詞を日本語(訳ではなくドイツ語の音読み)で
カタカナ表記にするとどうなりますか?


Jesus bleibet meine Freude,
Meines Herzens Trost und Saft,
Jesus wehret allem Leide,
Er ist meines Lebens Kraft,
Meiner Augen Lust und Sonne,
Meiner Seele Schatz und Wonne;
Darum laβ ich Jesum nicht
Aus dem Herzen und Gesicht.


教えてください。
どうぞ、よろしくお願い致します。

Aベストアンサー

イェーズス ブライベット マイネ フロイデ
マイネス ヘルツェンス トロスト ウント ザフト
イェーズス ヴェーレット アレム ライデ
エア イスト マイネス レーベンス クラフト
マイナー アウゲン ルスト ウント ゾンネ
マイナー ゼーレ シャッツ ウント ヴォンネ
ダルム ラースト イヒ イェーズス ニヒト
アウス デム ヘルツェン ウント ゲズィヒト
--------------------
1,3
2,4
5,6
7,8
がそれぞれ韻を踏んでいます。

Qバッハの主よ人の望みの喜びよ

バッハの主よ人の望みの喜びよ って良く聞く主題の他に違う楽章があるのでしょうか?
全然違う曲をこれは主よ人の望みの喜びよ と言う曲ですと言われ ん?違うでしょうと言ってしまいましたが。

Aベストアンサー

えーと、ちと、ややこしいです(苦笑。

現在一般に”主よ、人の望みの喜びよ”と呼ばれる曲は、バッハのカンタータ147番の中のコラール合唱をヘスがピアノ曲に編曲したものです。
ちなみにコラールとはドイツルター派教会で歌われる賛美歌のようなもの。その旋律をバッハは華麗な合唱曲に仕立て直しました。それがあまりに美しいので後世の人がもっと気軽に演奏・鑑賞できるよう(合唱曲は一人で演奏できない)ピアノ曲に編曲したわけです。

ですので、厳密に言えば、バッハは”主よ、人の望みの喜びよ”という曲を作曲してはいません。バッハが作曲したのはあくまで「カンタータ147番 心と口と行いと生きざまは」です。

しかし、この他人が編曲したピアノ曲のほうがひどく有名になってしまったため、バッハのカンタータ147番の中の合唱曲を”主よ、人の望みの喜びよ”と呼んでしまう人が少なくありません。
さらにはカンタータ147番全体をそう呼んでしまう困った人もちらほら(失礼)。

この辺の事情を承知している人なら、「”主よ、人の望みの喜びよ”というピアノ曲に編曲され有名なバッハのカンタータ」とちゃんと紹介するんですがね。

なお、同様にアレンジの曲名でバッハのオリジナル曲が呼ばれてしまう例としては、「管弦楽組曲3番」が”G線上のアリア”と呼ばれるケースが有名です。

さらに補足ですが、”主よ、人の望みの喜びよ”はケンプが編曲したものもあります。

さらにさらに余談ですが、”主よ、人の望みの喜びよ”と言ったら、やはりリパティのピアノ演奏がピカ一ですね。
いやもう、リパティ最後のリサイタルの逸話を聞けば、涙なくして聴くことは出来ません。

えーと、ちと、ややこしいです(苦笑。

現在一般に”主よ、人の望みの喜びよ”と呼ばれる曲は、バッハのカンタータ147番の中のコラール合唱をヘスがピアノ曲に編曲したものです。
ちなみにコラールとはドイツルター派教会で歌われる賛美歌のようなもの。その旋律をバッハは華麗な合唱曲に仕立て直しました。それがあまりに美しいので後世の人がもっと気軽に演奏・鑑賞できるよう(合唱曲は一人で演奏できない)ピアノ曲に編曲したわけです。

ですので、厳密に言えば、バッハは”主よ、人の望みの喜びよ”という...続きを読む

Q「主よ人の望みの喜びよ」の日本語アレンジ曲は?

1ヶ月ほど前にラジオ番組(FM横浜)で
流れてきた曲がきになって探しています。
わりと若い男性がバッハの「主よ人の望みの喜びよ」の
メロディーに独自の日本語歌詞をつけて歌っているものです。
アーティスト名も曲名も何もわかりませんでした。
声楽家っぽい感じはあまりしなくて、どちらかというと
ポップス、でも声ののびがよくて有る程度声楽の基礎が
できているような感じの声でした。
もしご存じの方がいらしたらよろしくお願いします。

Aベストアンサー

藤澤ノリマサさんの「Prayer」ではないでしょうか。

↓下記URLで試聴できますのでご確認ください。

http://www.dreamusic.co.jp/artists/japanese/norimasa-fujisawa/prayer.html

↓歌詞です。

http://www.uta-net.com/user/phplib/view.php?ID=78115

参考URL:http://www.fujisawanorimasa.net/

Aベストアンサー

Ave Maria, gratia plena,
Dominus tecum,
benedicta tu in mulieribus,
et benedictus fructus ventris tui Iesus.
Sancta Maria mater Dei,
ora pro nobis peccatoribus, nunc, et in hora mortis nostrae.

めでたし 聖寵(せいちょう)充ち満てるマリア、
主(しゅ)御身(おんみ)とともにまします。
御身は女のうちにて祝せられ、
ご胎内の御子(おんこ)イエズスも祝せられたもう。

天主の御母(おんはは)聖マリア、
罪人(つみびと)なるわれらのために、
今も臨終のときも祈り給え。
アーメン

Qリベラルとは?

・左派、革新、社会主義
・右派、保守
という分類ができると思うのですが、
リベラルや自由主義は、どう考えたらいいのでしょうか?
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 政治思想は、下記のXY軸に表す事が出来ます。(リベラルを日本語に訳したのが「革新」あるいは左派です。)

 Y軸 Libertarian(自由・市場主義 = 小さな政府) - Statist(統制主義 = 大きな政府)
 X軸 Liberal(革新) - Conservative(保守)
 真中 Centrist(中間主義)

 各派の解説は下のURLの解説部分を参照してください。
   http://meinesache.seesaa.net/category/719933-1.html

 自由主義と言うとリバタリアンの範疇になりますが、アメリカの政治に例えると、レーガン大統領より前の共和党政策が旧保守主義(右派リバタリアン)で、それ以後を新保守主義(ネオコン)といい保守と名乗っていますが、実態は左派リバタリアン(左派が保守に転換し、現状を保守する為に革新的手法(戦争など過激な改革を許容する)を執ると言う主義)です。

 自由主義の反対となる統制主義も左派だと共産主義や社会主義、比べると右派に成るイギリスの「ゆりかごから墓場まで(高福祉政策)」などが有ります。

 簡単に言うと、積極的に変えようとするのが左派で、変わらないように規制するのが右派です。そして変える方向(変えない方向)が自由か統制かで分類できます。

 日本には明確に保守を謳う政党が無いので、イメージがわき難いのかも知れませんが…。
 (自民・民主党は中道で、共産党は左派統制主義ですから…。)

 政治思想は、下記のXY軸に表す事が出来ます。(リベラルを日本語に訳したのが「革新」あるいは左派です。)

 Y軸 Libertarian(自由・市場主義 = 小さな政府) - Statist(統制主義 = 大きな政府)
 X軸 Liberal(革新) - Conservative(保守)
 真中 Centrist(中間主義)

 各派の解説は下のURLの解説部分を参照してください。
   http://meinesache.seesaa.net/category/719933-1.html

 自由主義と言うとリバタリアンの範疇になりますが、アメリカの政治に例えると、レーガン大統領より前の共...続きを読む

Qアベ・マリアってどういう意味ですか?

アベ・マリアという歌があります。
これはどういう意味になりますか?
人の名前でしょうか?
マリア様と関係ありますか?

また中身はどういうことを歌っていますか?
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

Ave は 「こんにちは」とか「ごきげんよう」の意味です。あいさつの言葉として出合ったときにも別れのときにも使います。

発音はキリスト教や音楽関係の方は「アヴェ」「アベ」とすることが多いのですが、本来のラテン語の発音は「アウェー」です。

ところで、Ave Maria という歌の歌詞には2種類あって、一つはNo.3 Josquinさんが参考URLにあげておられる通りでほとんどのAve Mariaはこちらのラテン語の歌詞ですが、シューベルト作曲のAve Mariaだけは内容が全く違い、言語もドイツ語です。

Q人間は考える葦である とは?

ふと頭をよぎったのですが、、
「人間は考える葦である」とはどういう意味なのでしょう? また誰の言葉なのでしょう? 簡単な質問ですみません。 よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 
  「人間は考える葦である」というのは、フランスの17世紀の思想家・数学者であったブレーズ・パスカルの手稿にあった言葉の翻訳です。普通、『パンセー Pensee(思索)』という著作のなかの言葉だとされますが、『パンセー』はパスカルの著作ではありません。パスカルは、もっと系統的に、人間、世界、神の秩序や矛盾などを考察した、体系的な浩瀚な著作を著すことを計画していて、そのメモを多数書いたのですが、構想が難しかったのか、または若くしてなくなった為か、計画した著作を完成させずに死去しました。
  
  残された膨大なメモを元に、パスカルが計画していた著作に似たものを編集することも考えられたのですが、とても、それは無理なので、断片集として、計画のまとまりや、内容の関連性などから、おおまかに断片メモを整理してまとめて、一冊の本に編集したのが、『パンセー』です。当然、パスカルの死後出版されましたし、内容は、緩やかなつながりで、長短の断片文章が並んでいる構成です。従って、本のなかの文章はパスカルのものですが、本は、パスカルの「著作」とはちょっと云えないでしょう。ほとんどできあがっていて、足りない部分などを、他の文章で補ったりして、計画通りかそれに近い本を作ったのならともかく、当初の計画とは違う、「箴言集」か「随想集」のような本になってしまっていますから。
  
  それはとまれ、「葦」が弱いものの代表として人間の比喩に取り上げられているのは事実ですが、何故「葦」だったのか、という疑問が起こります。例えば、「人間は考える蟻である」とか、「人間は考える蝶である」とか、また「人間は考えるクローヴァーである」とか、幾らでも考えられます。
  
  これは、誰かの説明であったのか、わたしが勝手に考えたのか記憶がはっきりしないのですが(おそらく誰かの説明です)、人間が「葦」であるということの比喩は、ナイルの河畔に生える葦は、強い風が吹くと、弱いために、すぐしなって曲がってします。風に抵抗できない。いや抵抗せずに、しなって敗北するのである。しかし、その他方で、偉大な樫の樹などは、風が吹くと、しなることはせず、抵抗するので風に勝利するが、しかし、繰り返し風が襲って来た時、何時か強い風に倒され、根元から折れてしまうのです。しかし、賢明に自らの分を知る「葦」は、風が吹くとそれに身をまかせてしなり、逆境のなかで、一見屈服したように見えるが、しかし、風がやむと、徐々に身を起こして行き、再びもとのなにごともない姿に戻って微風に揺れているということが、人間への「比喩」の意味だったはずです。
  
  少しの風が吹くとしなり、風の前屈して曲がるが、風が去ると、また元のように立ち上がる。人間とはこのように、自然や運命の暴威に対し無力であるが、それに従順に従い、そして暴威をくぐり抜けて、また元のように、みずからの姿で立ち上がる。自然界のなかでたいへん弱く、簡単に風にしなるが、柔軟性があり、運命にも暴威にも屈しない。そして何よりも、「考えることができる」すなわち「精神を持つ」ことで、ただ、自然の力、暴威として、力を無自覚に揮う風に較べて、遙かに賢明で、優れた存在である。……このような意味の比喩ではなかったかと思います。
  
  この葦の比喩は、パスカルという人がどういう人だったかを知ると、パスカル自身のことのようにも思えて来ます。パスカルは、四十に満たないで亡くなっています。彼は、少年の頃から神童と言われたのですが、病弱で、一生、病気や身体の苦痛とたたかいながら、思索し実験し、研究し、晩年は、修道院に入って信仰生活を送ることを決意して、自分自身でも、そのことについて、悩み考えつつ、世を去りました。パスカルは、自分に襲いかかる不条理な病や、身体の不調などと、「たたかう」というより、それを受けて耐え、病の苦しみのなかで思索や研究を続け、「精神」において、自然が与えた病の暴威などを、乗り越えて生涯を送った人だとも云えるのです。
  
  暖めた流動食でないと、喉を通らないというようなこともしばしばあったということは、解説書などには必ず記されているはずです。弱々しい「葦」のように、襲って来る風に身をまかせつつ、思索した精神、それがパスカルなのでしょう。パスカルは「人間とは、運命に従順であるが、しかし、精神で、運命に抵抗し、不屈の意志で、思索することで、運命や自然の暴威を乗り越える自由の存在なのだ」という意味で、この言葉を記したのではないかとも、思えるのです。
  

 
  「人間は考える葦である」というのは、フランスの17世紀の思想家・数学者であったブレーズ・パスカルの手稿にあった言葉の翻訳です。普通、『パンセー Pensee(思索)』という著作のなかの言葉だとされますが、『パンセー』はパスカルの著作ではありません。パスカルは、もっと系統的に、人間、世界、神の秩序や矛盾などを考察した、体系的な浩瀚な著作を著すことを計画していて、そのメモを多数書いたのですが、構想が難しかったのか、または若くしてなくなった為か、計画した著作を完成させずに死去し...続きを読む

Q長調、短調ってなんですか

今さら恥ずかしくて聞きづらいのですが、長調、短調ってなんですか?
よくクラシックの曲名に付いていてもなんのことだかさっぱりわかりません。
長調、短調の種類や意味、存在理由、なぜ上りと下りの音階が違うのか、などどんなことでもよいので教えてください。

Aベストアンサー

ふたたびこんばんは。

楽譜を見ると、一番頭に#や♭がいくつか書いてありますが、あれの数で調が決まります。

#の数:調
1:ト長調
2:ニ長調
3:イ長調
4:ホ長調
5:ロ長調

♭の数:調
1:ヘ長調
2:変ロ長調
3:変ホ長調
4:変イ長調
5:変ニ長調 という具合です。

ところで、ハ長調とイ短調には#も♭も付きません。つまりある長調はある短調と兄弟みたいな関係になっています。これを「平行調」といいますが、どうやってキーを見分けるかと言いますと、#2でも回答しましたとおり、音階(スケール)がハで始まるときは長調、イで始まるときは短調となるのです。

大体、歌の始めと終わりの音はキーもしくはキーをルートとするの和音の構成音であることが多いので、その辺りで見分けますが、絶対これだ、という法則があるわけではありません。

楽器を演奏できるのでしたら、実際に旋律をなぞってみて、譜面に起こしてみると良いです。

そのときに、とりあえずハ長調と考えて採譜しますが、ある音に必ず#や♭つく事があります。その場合、その#や♭をまとめて楽譜の最初に付けると、その曲の調になります。

コードが弾けるのでしたら、最初のコードがその曲のキーと考えれば間違いありません。つまりCで始まる曲はハ長調、Amで始まる曲はイ短調という具合です。

ふたたびこんばんは。

楽譜を見ると、一番頭に#や♭がいくつか書いてありますが、あれの数で調が決まります。

#の数:調
1:ト長調
2:ニ長調
3:イ長調
4:ホ長調
5:ロ長調

♭の数:調
1:ヘ長調
2:変ロ長調
3:変ホ長調
4:変イ長調
5:変ニ長調 という具合です。

ところで、ハ長調とイ短調には#も♭も付きません。つまりある長調はある短調と兄弟みたいな関係になっています。これを「平行調」といいますが、どうやってキーを見分けるかと言いますと、#2でも回答しましたと...続きを読む

Q「ご連絡いたします」は敬語として正しい?

連絡するのは、自分なのだから、「ご」を付けるのは
おかしいのではないか、と思うのですが。
「ご連絡いたします。」「ご報告します。」
ていうのは正しい敬語なのでしょうか?

Aベストアンサー

「お(ご)~する(いたす)」は、自分側の動作をへりくだる謙譲語です。
「ご連絡致します」も「ご報告致します」も、正しいです。

文法上は参考URLをご覧ください。

参考URL:http://www.nihongokyoshi.co.jp/manbou_data/a5524170.html


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