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述部を省略し「今晩は(こんばんは)」を感動詞として使い始めたのは下記のいずれかだと推測しています。
ア)粗雑な言葉使いが容認される間柄で使い始めた
イ)目上の者が目下の者へ使い始めた

この推測の当否を判断するのに参考となる専門家の見解のようなものがありますか。論文などという大袈裟なものではなく、感動詞「今晩は」としての用例を出典付きで記述している辞典類の紹介や抜粋、あるいは感動詞「今晩は」の成立過程に触れた資料の教示でも十分です。感動詞としての用法が、どの時代まで遡れるのかは不明にしても、この時代には使われていたという例証を知りたいです。

宜しくお願いします。なお、「今晩は」を「今日は(こんにちは)」に置き換えて、お答え下さっても結構です。

A 回答 (2件)

>この推測の当否を判断するのに参考となる専門家の見解のようなものがありますか。


まず一番手ごろな「定本」は柳田国男『毎日の言葉』(新潮文庫)でしょうね。
「現在我々の用いて居る「今日は」や「今晩は」などは、形として不完全で、外国人ならば大抵は不審に思うのですが、事によると是も使用の区域が広くなった為に、はっきりとしまいまで言ってしまうことの出来ぬ事情が有ったからかも知れません」として、昭和19年当時では「田舎では流石にその言おうとすることを意識せぬ者は無く、必ず天気のことを説いて、それがその日の作業に都合がよいことを喜び合っています。即ち形式化はまだ都会地ほど甚だしくはないのであります。」(同書「あいさつの言葉」の章)

>「今晩は」としての用例を出典付きで記述している辞典類の紹介や抜粋
前田勇編『江戸語の辞典』(講談社学術文庫)では、
「今日は(感):…訛形で「こんちは・こんちゃあ」ともいう。寛政12年(1800年)南門鼠「サテサテよく降りました、先づ今日は」(訪問)」文化8年(1811年)浮世床「(ヤ 旦那が出でなさい)アイ今日は」(対面)
「今晩は(感):文政8年(1825年)東海道四谷怪談「御めん被成ませ、今ばんは」」

 奥山益朗編『あいさつ語辞典』(東京堂出版)では、二葉亭四迷『浮雲』や永井荷風『墨東綺譚』の文例も上げています。
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この回答へのお礼

 ご紹介頂いた三冊の書籍は図書館からの借用を含めて、手元に揃いました。ざっと拾い読みした限りでは、質問文にある推測は当たらずと言えども遠からず、なのかなとの印象をもちました。生活の基盤がまちまちな都会地に於いて先に形式化したというのは分かる気がします。
 外国人ではありませんが、「今日は」と「今晩は」には述部の省略からくる粗略な感があって、こういう横着な言葉がなぜ挨拶語足り得るのか疑問でした。この件ばかりでなく柳田国男著『毎日の言葉』(新潮文庫)からは多くの示唆を得られそうな予感がします。
 有り難うございました。またの機会にも宜しくお願いします。

お礼日時:2007/03/25 21:50

「日本国語大辞典」(小学館)によると、


・洒落本・風流裸人形(1779か)上
 「志幸さんこんばんは」
 が文献初出のようです。

同辞典によると「こんにちは」の文献初出は、
・滑稽本・当世真々乃川(1785)二
 「人に対する言葉をも、みなまでは言て居ず、今日はというて御苦労と聞かせ」
 のようです。

それ以上は何もわかりませんが、文献で残っているのは庶民の言葉のようですね。
(形容動詞の方は、難問なのでしばらくお待ちください。)
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この回答へのお礼

 「日本国語大辞典」(小学館)は確かめておきました。この辞典の特長を初めて知りました。
 江戸期の町人文化の隆盛と無縁でないのかもしれませんね。
 ANo.1と合わせて今の私には、これで十分だと思います。
 こうしている間にも回答の原稿を作られている方が居るといけないので、24時間後の26日10:50までに何方からも新たな寄稿がないときは質問人の都合のよいときに締め切ることにします。
 有り難うございました(形容動詞の件は急ぎません)。またの機会にも宜しくお願いします。

お礼日時:2007/03/25 22:22

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