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 新約聖書と旧約聖書の違いは何でか。また、それぞれの聖書は、いつ誰が書いたのですか。宗教改革のときルターは、いわば聖書第一主義のような活動をしますが、そのときの聖書とはどちらでか、教えてください。

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A 回答 (8件)

>新約聖書と旧約聖書の違いは何でか。



キリスト教ではユダヤ書を古い神との契約としています。
その後神との契約しなおしたのが、新約聖書だとしています。

そしてキリスト教では救世主がイエスで、それによって人類は救済されたということを地球上全ての人に伝える書物が新約聖書だとしています。

新約聖書が神との新しい契約書というわけです。
(随分この契約書は難解で長いですが、もっと整理して人間にもわかるように書けなかったのでしょうか と私的に思います。)


ユダヤ教では神の救済は実現していないとしています。
キリスト教では2000年ほど前に実現し、もっとも深い罪である原罪は全人類から消えたので、今では誰一人原罪を持っていないとしています。
ユダヤ教は原罪うんぬんにこだわっていません。 
神の救済をひたすら今も待望している状態です、



新約聖書のイエスの言葉は、ほとんど旧約聖書からきています。
イエスが言ったとされた言葉も旧約聖書に既に書いてある言葉か、それ以前から口伝やラビ文学などで既に語られていたものです。
イエスの言ったとされたもので一番有名なのが山の上の教訓ですが、それも既に過去の人に言い尽くされていたもの。



旧約聖書が成立したのが、紀元1世紀頃です。

その前から文書はありましたが、沢山の資料・口伝の中から選んで編算したのがユダヤ書。(キリスト教が言う旧約聖書)


ユダヤ書は誰が考え出したのかは、よくわかっていません。
が、創世記の部分はバビロン捕囚でバビロンにつれていかれた祭祀たちが作り出したものだと考えられています。

洪水などの話は、その捕囚先の神話を元にしており、主という意味のエルもその場所で神のことをエルと呼んでいたからのようです。


捕囚先で自分達の民族を考えたとき、選ばれた民で神がいつか奴隷の地位から救ってくれるという信仰が生まれ、それでユダヤ教ができたと思えます。


ユダヤ書は作者不明なのですが、シラの書に関しては、実在の人物のようです。
確かシラの孫が作者だったと思います。
(彼はユダヤ書をギリシャ語コイネーに翻訳した一人)


ユダヤ書において、律法の解釈をめぐって、ヤハウエスト エロイストらの理解から書かれているようですが、どっちが勢力を持ったかで、若干違いが見られる。




新約聖書も誰が書いたのはよくわかっていません。
そもそも、イエスという人物が実在したのかも実のところわかっていません。
4福音書の内容が死海文書の中に痕跡が見られることから、イエスがいたとされるよりずっと前に後に福音書となる文章が書かれていたことになります。
従ってイエスという男が生まれる前から新約聖書はあったことになってしまいます。


イエスの概念が異教の神の概念に似ていることから、それらを習合した結果できた架空の存在の可能性もあります。


また、複数の人の話が一人の人に統合された可能性もあります。

いずれにせよ、ユダヤ書から内容がきている。


ユダヤ教とキリスト教の大きな違いは、ユダヤ教は律法の肯定、キリスト教は律法の否定。
ユダヤ教はイエスを神としていません。

キリスト教は神であるイエスを殺したのはユダヤ教だとしていますが、実在していたとしても、殺したのはローマでありユダヤ教ではない。
ユダヤ教の死刑は石打の刑ですから。
イエスを殺したのはユダヤ教だという考えが起源となり、20世紀のホロコーストは起こった。
福音(グッドニュース9)というより、、、、人類最悪の悲劇の根源の書ということになります。



歴史からするとその当時、支配していたローマのユダヤ地の提督は悪政で、そのためユダヤ人の中にはローマ軍にテロを起こしていたようで、そのレジスタンスの中にイエスというリーダーがいて、その人のローマ軍による処刑と話がごちゃまぜになった架空のストーリのような気がします。


新約聖書の編集はエイレナイオスらがやったそうです。
彼らが新約聖書を作ったわけです。
が、後にその作ることになった理由から、中世を暗黒時代にしてしまった。
異端審問など。
そしてそれがやがて後の魔女狩りの思想に発展していった。


>宗教改革のときルターは、いわば聖書第一主義のような活動をしますが、そのときの聖書とはどちらでか、教えてください。

ルターがユダヤ書の中で否定していたのが
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%AC%E4%BA%8C% …


新約聖書は既にその概念が書かれていた。
ただし、イエスを神とした途端、人類最悪の悲劇がひき起こってしまった。
誰が既に書かれていた神の愛の概念を捻じ曲げ最悪の事態を引き起こしたのか。
解釈の問題であって、文章が悪いんじゃない。
人間の解釈でよくもなり、最悪の惨劇もひき起こる。


魔女狩りが行われた理由はユダヤ書に「魔女を生かしておいてはならない」と書いてあったかららしいです。
その魔女狩りを推奨したのがルターだった。


ご参考までに。
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>新約聖書と旧約聖書の違いは



新約・旧約――これはキリスト教の立場から見た呼び方です。

旧約=神に従えば(つまり掟=律法を守るなら)、イスラエルの民は神の民にな(り神の国に入)るという、イスラエルの民と神との契約。旧い約束。
その内容は、
 神に導かれたイスラエルの歴史
 神に与えられた掟の内容
 神の言葉を預かる預言者たちの警告や救いの予言
 神への祈りや格言など


新約=イスラエルの民が神との契約を破ったので、神=キリストを信じて(掟=神であるイエスが示した愛の掟を守る)人々が新しい神の民となり、神の国に入るという、神と新しいイスラエル=キリスト教信者との新しい約束。
その内容は
 イエスの宣教活動と十字架の死と復活(福音書)
 イエスの弟子たちの活動
 初代教会に対する使徒たちの教え
 救いの成就を予告する黙示録


>それぞれの聖書は、いつ誰が書いた
旧約は紀元前1100年ごろから後1世紀にかけてイスラエル人の無名の著者たちによって、主にヘブライ語で書かれた。さまざまな年代、時期に成立した、もろもろの文書から成る。

新約は、50~150年ごろに初期のキリスト教の共同体の中で、おそらくはイエス語録のようなものを中心に、他の資料が共同体の信仰の中で取捨選択されながら形成された。ギリシア語で書かれた。

聖書の形成と内容については以下に非常に詳しいです。
http://jp.encarta.msn.com/encyclopedia_761566700 …

ルターが言う「聖書」は今日のわれわれが言う「聖書」と同じで、両方を併せたものを指します。
しかし、福音主義、を打ち出していることから、重視したのは新約中の福音書でしょう。
なお、ルターは、カトリックが正典と認めている文書の中から、ヘブライ語のものが残っておらずギリシア語のものしかなかった旧約聖書中の文書を拝し、「外典」としました。その区別は今もカトリック―プロテスタント間にあります。
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旧約聖書は、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、共通の経典です。


ただし、「旧約聖書」という名称はキリスト教のみの名称で、ユダヤ教は律法書と呼んだり預言書とよんだり、それぞれの頭文字をとった『Tanakh(タナク、タナーク、タナハ、タナッハ)』と呼ばれるようです。
イスラム教では、一部が経典としてつかわれています。
旧約聖書は複数の書物や書簡、詩などで構成されており、どの書物・書簡・詩を正典とするかはそれぞれの宗教・宗派によって違います。

内容は、天地創造からはじまって、イスラエルの民の歴史、預言(予言ではない)、律法、などが記述されています。
キリスト教では、イエス・キリストが十字架上で死んだことで、旧約聖書の預言は完成されたと考えられています。
そして、新約聖書へと繋がります。
※預言とは、神から預かった言葉という意味です。所謂未来を予想する予言とは違います。

新約聖書は、キリスト教と教典です。
また、イスラム教も一部の書を経典として扱います。
内容は、イエスの生涯と言葉・弟子であるパウロやヨハネなどの書簡・イエス死後の弟子の行動などの記録etc、、、です。
こちらも、複数の書物からなりどれを聖典とするかは宗派によって異なります。
キリスト教では、イエス・キリストによって旧約(古い約束)から新約(新しい約束)に更新されたと考えるため、「旧約聖書・新約聖書」という呼称がつきました。

ルターは旧約聖書も新約聖書もドイツ語に翻訳しているので、両方が答えになるでしょう。
ただし、幾つかの書を自分の考えにそぐわないとして排除しています。
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イースターの時期にタイムリーな質問ですね。



旧約聖書と新約聖書の違いは、大まかにいえば皆さんのおっしゃっているように、イエス誕生前と後です。聖書が今の形になった時期については諸説ありますが、大体4世紀ごろ(ローマ帝国におけるキリスト教の黎明期)という説でいいのではないでしょうか?

旧約聖書に描かれているのは、天地創造やノアの箱舟などの神話的な記述から始まり、ユダヤ人の祖アブラハムに起因するユダヤの歴史、(出エジプトやソロモン王、そしてバビロン捕囚などは世界史の教科書にも出てきます)神との様々な契約(つまり戒め)です。
契約で有名なのは、―人を殺すな、とかー父母を敬え、という十戒、
様々な食事の決まり(ユダヤ人は豚を食べない)や安息日(サバッド)割礼など、生活にかんする厳しい取り決めがそこにかかれています。

旧約聖書の中で、神が救い主を使わすという予言がされていますが、
1.キリスト教はその救い主をイエスとし、彼を神の子としてみなすのがキリスト教。
2.イエスを神の子として認めず、救い主はまだ現れていないとするのがユダヤ教。
3.イエスは単なる預言者の一人であり、最後かつ最高の預言者をマホメットとするのがイスラム教。

三つの宗教の神は同じです。

しかし聖典として聖書をつかっているのはキリスト教のみです。
(又、ギリシャ正教もキリスト教の一派ですが、聖典は違います。)
ユダヤ教には他の教典があります。トーラー、ネイビーム、など旧約聖書の内容と重なるものとタルムートといった律法書などです。

キリスト教の聖書の内容は宗派により多少異なりますが、新約聖書はイエスが生まれる前の神からの啓示そして誕生、彼の生涯と、彼の死後の弟子たちの活躍(布教)が描かれます。という事はルターの言っている聖書は旧約、新約聖書です。

イエスはユダヤ人ですから、もちろん旧約に書かれているような教義(聖典は旧約聖書ではなくトゥーラーなどです)に従って布教していました。しかし当時はローマ帝国の支配下、ローマ帝国には独自の神がおり、ユダヤ人の中にも教義をめぐって学者たちが対立していました。
そんな中に、やさしく教えを説いたイエスはユダヤ人によって十字架で処刑される事となるのです。

イエスの死後、弟子たちがイエスの教えを世界に広めようと布教活動を始めます。彼の教えや人生を記したものが新約聖書です。最初にある4つの福音書(マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネ)です、そこには彼の人生や教えが、(ヨハネ以外はイエスの弟子ではありません。ヨハネにしても、12弟子のヨハネではないとする意見が多数派です)あとはイエスの死後の弟子たちの布教活動の記述、弟子や宣教師パウロの書簡(多くを書いたパウロもイエスとは面識はありません。)黙示録という最後の審判を描いているという書、が新約聖書の内容です。

キリスト教には様々な宗派があります。
各彼らが独自の教義をつくったりするのです。
ローマカトリックでは、聖人というものがあります。聖ヨハネとか、聖パウロ(セントポール)、聖書には聖人列挙の記述もないし、教会でおこなわれる様々な儀式の形式化もローマ教会によってなされたものです。

ルターの宗教改革では、当時巨大な力をもった教会では腐敗がすすみ、(一番の例が免罪符)、聖書の翻訳が禁じられていた為庶民は聖書を読むことすらできませんでした。
そこで、簡単にいえば、もっと聖書に書かれている神の教えの原点に立ち返り、庶民にも門戸を広げ(聖書の翻訳)、教会の腐敗を正そうとしたのが、ルターやカルビァンなどです。当時の社会情勢などを反映し、彼らの思想を元に新しいキリスト教新派(国によってプロテスタント、ピューリタン、ユグノーという)が生まれました。


あまり難しく考えずに、
1.ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の神は同じ。
2.聖典は違う
3.新約聖書はイエスの生涯とその教えを描いたもの、旧約はユダヤ人の歴史を描いたもの
4.ローマ法王を頂点とする教会をカトリックといい、宗教改革で生まれた新派をプロテスタントなどという。後にイギリスはローマ教会から離れ独自の教会を設立した。

くらい理解しておけば、大丈夫だと思います。
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アブラハムの子孫に、繁栄を約束したのが旧約聖書。


手短に言うと「ヤーウェを信じるお前たち一族を繁栄させてやる、その理由は、世界ができてからの歴史で明らかじゃ」
※ 無論旧約聖書を信じる人々は、旧約なんて言いません。古い約束(=新しい約束で約束し直した)なんて自称しません。
キリストの贖罪によって、人類(と、言っても信じる人だけど)の繁栄を約束したのが新約聖書。
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他の方々が答えておられるように、旧約(旧訳出ない事に注意。

誤解している人が結構多いので)はキリスト誕生以前、新約がその後、と言うことです。
誰が書いたか、は、その時代時代の預言者(予言者でないことに注意。預言者というのは神の言葉を預かった人という意味。)、新約はキリストの弟子、そして預言者、ですね。旧約聖書を行動によって完成させ、新約聖書に導いたのがキリスト、と言うことになります。

ちなみに、ユダヤ教、イスラム教でも旧約聖書は経典として用います。これも知らない人が多いですね。

ルターは、その時本来の教義からずれていたり、政治や権力者の影響が大きくなりすぎていた、利用されすぎていた旧教(カトリックや正教)に対して、聖書の教えを再度見直して目を覚まそう、という行動が発端ですね。当然、旧約、新約両方です。というよりキリスト教である以上、新約聖書が無いとはじまりません…。

しかし、その後のプロテスタントの動きというのはルターが意図する方向とは随分と違う方へ行ってしまったようですね。ルター自身が手記な何かでそういう考えを残していたようです。
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私自身キリスト教信者ではないですが


キリスト教系列の学校に通っていて
聖書の授業があるのでそれでわかることは↓

旧約聖書はキリストが生まれる前のこと
戒めとか教えみたいなのが
神が世界を創ったときの話とか
アダムとイブ、バベルの塔などが有名な話でしょうか
教えなどが箇条書きのように綴られていたりします
そこにイエスはまったく出てきません


一方新約聖書はイエスの伝道の旅を
その弟子が綴ったもの
その弟子が地方の信徒に送った手紙など
新約聖書は何人かの弟子の
イエスのお話し短編集みたいになっていて
それぞれの弟子の視点で書いたものなどで
大まかな話の筋は同じだけど
違う表現の仕方、違うイエスの言葉の解釈などが
たのしめますよ
イエスは旧約聖書を参考に伝道していたとか・・・・
これが私の学校でおしえてもらった聖書です
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細かいことはわかりませんが、カトリックの学校に通っていたときに



キリストが生まれる前の話が旧約聖書
キリストが生まれた後の話が新約聖書

とおおざっぱにおそわりました。アダムとイブの話とか、ノアの箱舟とか、そんな話は旧約聖書の中ですね。キリストの誕生の話とか、キリストが水をぶどう酒にかえた、とか、そんな話は新約聖書です。

新約聖書はキリストの弟子が書いたってことになっているんでしたっけ?それ以上の詳しいことはわかりません。
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Q新約聖書と旧約聖書の違いを教えて下さい。

新約聖書と旧約聖書の違いを教えて下さい。

こんばんは。
新約聖書と旧約聖書ってありますよね?
あの二つはどこがどう違うのか、
具体的に、簡単に教えて下さい。

Aベストアンサー

旧約聖書はユダヤ教の聖典です。
ざっくり言えば,神とユダヤ教徒との約束事です。これを守ります,と神と約束をします。

しかし,ユダヤ教が長く続いて問題が出てきたために,「このままではダメだ!」と思った神が,神の子イエスを遣わして新たに契約しなおしたのが「新約聖書」です。
(契約・約束なので「旧約」「新約」というわけです。)

しかし,前からユダヤ教を信じてきた人から見れば,「なんか『新しい』とか言っているけど認められない」となります。
ですから,ユダヤ教徒は「旧約聖書」とは言いません。「新約聖書」は信じていないからです。
一方,キリスト教としては,前のものを全部アウトにしたわけではありません。旧約聖書でうまく行かなかったところを改訂した,という立場なので,キリスト教を学ぶ場合には新約だけでなく旧約も読まなければなりません。

ついでなので触れておくと,聞いたことがあると思いますが,イスラムの聖典「コーラン」があります。
これは,さらに後になって「ユダヤ教もキリスト教もダメだ!もう一度契約しなおしだ」と思った神が,ムハンマドに言わせたものです。
「コーラン」では,旧約聖書も新約聖書も,前の預言者たち(当てる「予言」ではなくて,神から預かってきた人なので「預言」と書きます)を通じて神(アッラー)と約束したのに,あいつら守らないじゃないか,だからこれが最後だ,としています。
(キリスト教に対しても,イエスは「神の子」ではなくて預言者の一人だといいます)
こちらも,旧約・新約の改訂版という立場なので,コーランを読むには旧約聖書や新約聖書の知識がある程度必要になります。

さらに余談ながら,ユダヤ教では食べるものに対して非常にやかましい規制がありますが,コーランでは,
「だがユダヤ教の人々には、(回教徒より規定を重くして)爪牙をもつ動物は一切御法度にしておいた。(中略)これは、彼らが不遜だからその報いじゃ」(6章147節,井筒俊彦訳)
と説明しています。前のバージョン(旧約)の変更理由を説明した一例です。

この「改訂」の考え方を,乱暴なたとえで言えば,
旧約:原作のライトノベル
新約:ライトノベルを元にしたコミック
コーラン:アニメ化作品
または
旧約:原作のコミック
新約:コミックのテレビドラマ化
コーラン:ドラマから作られた映画
と考えると分かりやすいかもしれません。
やっぱり最新版(アニメ化作品/映画)をよく知りたいなら,前のもの(ライトノベル/コミック)を読んでみる必要がある,というわけです。

旧約聖書はユダヤ教の聖典です。
ざっくり言えば,神とユダヤ教徒との約束事です。これを守ります,と神と約束をします。

しかし,ユダヤ教が長く続いて問題が出てきたために,「このままではダメだ!」と思った神が,神の子イエスを遣わして新たに契約しなおしたのが「新約聖書」です。
(契約・約束なので「旧約」「新約」というわけです。)

しかし,前からユダヤ教を信じてきた人から見れば,「なんか『新しい』とか言っているけど認められない」となります。
ですから,ユダヤ教徒は「旧約聖書」とは言いませ...続きを読む

Q旧約聖書と新約聖書の違い。

 聖書には、旧約聖書と新約聖書の二つがありますが、
旧約と新約は、どう違うのでしょうか。
よろしくお願い致します。

Aベストアンサー

はじめまして
旧約聖書はユダヤ教において、重んじられる教典です。また、ユダヤ教の
信者はイエス・キリストの出現を救い主として認めていません。ですから、
旧約聖書はイエス・キリストが出現するまでの、神との古い契約であると
キリスト教では教えられます。ということで、新約聖書はイエス・キリストが
出現し、十字架に架けられ、その後弟子たちによって広められた「神との
新しい契約です」
また、プロテスタントとカソリックでは多少、旧約聖書の取扱について
誤差がありますが、今日ではその溝はほとんどありません。
因に、キリスト教では旧約聖書と新約聖書の二つセットで聖書であると
しています。

Q旧約と新約の関係

旧約聖書と新約聖書にはどのようなつながりがあるのでしょうか?
共通点というか旧約と新約の関係を教えてください。

Aベストアンサー

旧約聖書は、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、共通の経典です。
ただし、「旧約聖書」という名称はキリスト教のみの名称で、ユダヤ教は律法書と呼んだり預言書とよんだり、それぞれの頭文字をとった『Tanakh(タナク、タナーク、タナハ、タナッハ)』と呼ばれるようです。
イスラム教では、一部が経典としてつかわれています。
旧約聖書は複数の書物や書簡、詩などで構成されており、どの書物・書簡・詩を正典とするかはそれぞれの宗教・宗派によって違います。

内容は、天地創造からはじまって、イスラエルの民の歴史、預言(予言ではない)、律法、などが記述されています。
キリスト教では、イエス・キリストが十字架上で死んだことで、旧約聖書の預言は完成されたと考えられています。
そして、新約聖書へと繋がります。
※預言とは、神から預かった言葉という意味です。所謂未来を予想する予言とは違います。

新約聖書は、キリスト教の教典です。
また、イスラム教も一部の書を経典として扱います。
内容は、イエスの生涯と言葉・弟子であるパウロやヨハネなどの書簡・イエス死後の弟子の行動などの記録etc、、、です。
こちらも、複数の書物からなりどれを聖典とするかは宗派によって異なります。
キリスト教では、イエス・キリストによって旧約(古い約束)から新約(新しい約束)に更新されたと考えるため、「旧約聖書・新約聖書」という呼称がつきました。
とはいえ、「旧約聖書」の重要性が低下したワケではありません。
「律法」としてはその効力を失ったと考えますが、「歴史」「預言の成就」「将来への警告」として非常に重要な位置を占めています。

追加情報として、、、
ルターは、16世紀に宗教改革を始めた人です。
彼は、教会の堕落を糾弾し、聖書のドイツ語訳を通じて神と個人の繋がりを重視する思想を広めました。
そこから派生したのが所謂プロテスタントです。
詳しくは、私も回答した下記のQ&Aを参考にしてください。

http://okwave.jp/qa3685102.html

旧約聖書は、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、共通の経典です。
ただし、「旧約聖書」という名称はキリスト教のみの名称で、ユダヤ教は律法書と呼んだり預言書とよんだり、それぞれの頭文字をとった『Tanakh(タナク、タナーク、タナハ、タナッハ)』と呼ばれるようです。
イスラム教では、一部が経典としてつかわれています。
旧約聖書は複数の書物や書簡、詩などで構成されており、どの書物・書簡・詩を正典とするかはそれぞれの宗教・宗派によって違います。

内容は、天地創造からはじまって、イスラ...続きを読む

Qイエスの生涯について・・・

『イエスの生涯』についてレポート用紙1枚にまとめるように言われたのですが、はっきり言って1枚にうまくまとまりません。入れなければならない重要な事柄ってなんですか?

Aベストアンサー

 
レポート1枚が、どれぐらいの長さか分かりませんが、次のような風に書けばよいでしょう。

1)誕生

イエスは、乙女マリアから生まれた。父は名義上ヨセフであるが、本当の父は「聖霊」である。天使ガブリエルが、マリアに処女受胎を告知して、イエスが、偉大な人になると告げた。

2)公生涯の始まり-洗礼と試練

イエスは成長し、悩みを持った。彼は、神への悔い改めを語っていた、洗礼者ヨハネの弟子となり、ヨハネから洗礼を授かった。その時、天からの声を聞き、イエスは自分が「神の子」であることを知った。

イエスにはなお迷いがあった。彼は荒野にでかけ、さまよいつつ考えた。悪魔が現れ、わたしを拝みなさい、あなたを地上の王にしてあげよう等誘惑したが、イエスはそれを退け、40日の荒野での試練で、自分の使命を自覚した。

3)宣教の開始

イエスは、「悔い改めよ、ときは訪れた」と述べて、神の審判の日が近いことを宣言すると共に、悔い改めるにはどうすればよいかを教えた。

イエスの教えに納得する人が現れ、イエスは、病人などを癒した。人々は奇跡の人とイエスを信じ、その噂は広まった。イエスには、また弟子ができた。

イエスは、奇跡を起こしつつ、弟子たち、信者たちに、様様な教えを、たとえばなしによって語った。イエスの信者たちは増えて行った。彼らは、イエスこそ、救世主(メシア)ではないかと信じた。

4)パリサイ派の妨害

イエスは、人間の平等を語り、律法は人のためにあるのだと教えた。イエスの信者は、社会の底辺の人々が多かった。

パリサイ派は、ユダヤ教の敬虔な信者でエリートであったが、イエスについて反感を抱いた。賤しい人と親しく交わるイエスはいかがわしいと彼らは考えた。また、律法を破るイエスの行為を非難し、イエスに難問を出したが、イエスは、それに対し素晴らしい回答をしたので、パリサイ派もかなわなかった。

5)イエスをメシアとする人々の期待

イエスは、人々からメシア(救世主)であるといよいよ信じられた。メシアは、ユダヤ人の王国を築き、かつてのユダヤ人の栄光を再現し、ローマからの政治的独立を実現する人だと人々が信じていた。

ローマからの独立運動を考える人たちが、イエスに接近し、信者となり、イエスに政治手的な救世主を期待した。

パリサイ派は、自分たちが侮辱されたと考えていた。イエスを打ち破らなければならないと彼らは考えた。

6)イエスのエルサレム入城・陰謀・最後の晩餐

イエスは、陰謀のあるのを承知で、エルサレムに入城する。人々は、熱狂し、メシアがユダヤの独立を実現するのだと信じ期待した。

パリサイ派はイエスを排除するため、ユダヤの支配階級であるサドカイ派と共謀し、イエスをわなにかける計画を立てた。彼らは、イエスの弟子ユダを銀で買収し、イエスを裏切らせることとした。

イエスは、陰謀を知っており、自分の運命を知り、弟子たちに、自分の死後の教えや布教を語り、最後の晩餐を弟子たちと共にする。イエスはその後、ゲッセマネの苑に行き、神に祈る。

7)イエスの逮捕と裁判

イエスが神への祈りを終えると共にユダが現れ、イエスは逮捕される。サドカイ派の大祭司はイエスを尋問するが、イエスは何も答えない。

イエスを死刑にしようと考えていた敵対者たちは、イエスをローマ総督ピラトの元に連れて行く、ピラトは、ローマに対する反逆者とは思えないと判断するが、サドカイ派の圧力に屈し、イエスに死刑判決をくだす。

8)イエスの死

人々は、イエスの弟子たちも、イエスに失望し、あるいは恐怖でイエスを裏切り、イエスから去り遠ざかる。イエスは十字架を自分で背負い、ゴルゴタの丘に至り、そこで、十字架にかけられる。

イエスは、「神よ、神よ、なぜわたしを見捨てられるのか?」と言い、そして死んだ。イエスの死後、奇跡が起こり、ローマの百人隊長は、「この人は、本当に神の子だった」と言った。

9)イエスの復活

イエスの遺体は、信者に引き渡され、洞窟に一時的に葬られた。しかし、三日後、信者の女たちが、見に行くと、イエスの遺体はなくなっていた。

その後、イエスは小数の弟子たちの前に姿を現し、わたしは亡霊ではない、生きたイエスであると述べた。弟子たちは信じ、イエスはその後、天へと昇って行った。

以上の9項目でしょう。長い場合は、短く書き、短い場合は、長く書けばよいでしょう。
 

 
レポート1枚が、どれぐらいの長さか分かりませんが、次のような風に書けばよいでしょう。

1)誕生

イエスは、乙女マリアから生まれた。父は名義上ヨセフであるが、本当の父は「聖霊」である。天使ガブリエルが、マリアに処女受胎を告知して、イエスが、偉大な人になると告げた。

2)公生涯の始まり-洗礼と試練

イエスは成長し、悩みを持った。彼は、神への悔い改めを語っていた、洗礼者ヨハネの弟子となり、ヨハネから洗礼を授かった。その時、天からの声を聞き、イエスは自分が「神の子」で...続きを読む

Q聖書における神と人の契約内容はどういうもの?

旧約聖書、新約聖書は神と人との「契約」の書だと聞きましたが、具体的な契約内容は、”要約する”とどういうものですか?例えば、「神を信じれば天国行きを保障する」とか...そういうようなことなのでしょうか?また、旧約聖書の契約内容と新約聖書の契約内容は、どのような関係になっていますか?

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

アダムとイヴ
  ・善悪の木から取って食べてはならない。→永遠の命。

ノア
  ・船を作って、指示したものをそこに入れ、共に生き延びなさい→生き延びさせる。

アブラハム
  ・私が示す地に行きなさい→大いなる国民にし、あなたを祝福し
   あなたの名を高める。
   あなたを祝福するものをわたしは祝福し、あなたを呪うものをわたしは呪う。
   地上の氏族はすべて、あなたによって祝福に入る。
  ・あなたの子孫はイサクによって伝えられる(ユダヤ教の祖?)
   イシュマルも一つの国民の父とする。(イスラム教の祖?)
  ・息子イサクを焼く尽くす捧げ物としなさい。→あなたの子孫を天の星のように、
   海辺の砂のように増やす。

ヤコブ
  ・今横たわるこの土地をあなたとあなたの子孫に与える。
   地上の氏族は全て、あなたとあなたの子孫によって祝福に入る。
   あなたを守り、必ずこの土地に連れ帰る。
   あなたに約束したことを果たすまで、決して見捨てない。

モーセ→十戒
   (今までは口約束だったが、ここでは契約の証としてアークが登場する)  このとき、他にもっと具体的な法律が定められた。
    内容は今の法律のようなもので、人間同士のルール。
    ここではそれを守る見返りの明確な代償が提示されていない?
    神からの一方的な命令? それに合意したのがモーセ?

ここらへんが旧約聖書の大きな約束で、だいたい守れば神は祝福するとか神の祝福に入るとなっています。
祝福とは、他者の繁栄を望み、願い、実現させることです。

モーセによって、人間同士の基本となる法律が制定され、それにのっとって日常は行われ、それに違反したものは法律によって裁かれるようになったんじゃないかと。
今まで漠然としていた、やってはいけないことが、掟として明確にされたんじゃないかと。
(刑法の第なんとかに違反する とかなんとか?)
他にも長さや容量重さの単位を定めたり、貨幣・利子とか保険なども、ここらでちゃんと改めて明確にして文章に残したんじゃないかと。
 

新約の方は、、、キリスト教の教本ですが、どう捕らえていいのかよくわからないです。
キリスト教はイエスを崇拝していますが、その内容はイエスの思想とは違うようです。
従って、イエスの思想と思われる視点から新約を読もうとすると、理解が難しいです。

西洋哲学はキリスト教が基盤となっていると思って、よくネットでキリスト教の人と問答しますが、「それおかしくないですか? どう解釈すればいいのでしょうか」と説明を求めると、だいたい「あなたに神の祝福を」と言って逃げられます・・^o^;
「あらー また逃げられた」なんですが、その言葉はその前のやりとりからすると、私に神の祝福があることを願う言葉としては使われていないということはよく理解でき、それって呪い?笑 とか思ったりします。
i wish your happinessじゃなくて、 God may damn youって意味だって。
他力本願がキリスト教。
自力本願がイエス教。

一応、新約は律法を守ることで人は救われる(旧約)のではなく、人が他人を救うことで、その人自身が救われる(神の祝福に入る)と説いたのがイエスだったと思います。
しかしキリスト教(カソリック)はその路線は行かず、新約として、懺悔の時、お金を払えば救われるとして、お金を払った人に対して、教会が「あなたの罪は消えました」としたものだから、それ おかしくないかい? ってなって、プロテスタントができたんだったと思います。

しかしそれでもその方向性に限界があるとわかった人たちは、別の神学を作り出して、分裂していっていて、今は新秩序教がこの世を支配しているように思います。

で、どれが正解? 何を守って生きていけばどうなるの? なんですが、結局は、イエスの思想(キリスト教の思想ではない)が、例え人間に寿命がつき、その前に度重なる不幸に見舞われ、ケチョンケチョンになっても、満足な一生だったと消滅を静かに受け入れられるのではないか と今のところは私は思います。

アダムとイヴ
  ・善悪の木から取って食べてはならない。→永遠の命。

ノア
  ・船を作って、指示したものをそこに入れ、共に生き延びなさい→生き延びさせる。

アブラハム
  ・私が示す地に行きなさい→大いなる国民にし、あなたを祝福し
   あなたの名を高める。
   あなたを祝福するものをわたしは祝福し、あなたを呪うものをわたしは呪う。
   地上の氏族はすべて、あなたによって祝福に入る。
  ・あなたの子孫はイサクによって伝えられる(ユダヤ教の祖?)
   イシュマルも...続きを読む

Q聖書のレポート(2000~3000)で悩んでます

高校「聖書」レポート(2000~3000)でなやんでます。

高校で聖書のレポートが出ました。

テーマの提示はなく自由ですが、ノートの内容に関するものです。
私は聖書のノートの中で「ご復活」についてとテーマを決定しましたが、
その授業の内容の要約をまず書いただけでどのようにその後を書けばよいのか悩んでいます。
その後とはどのように調べ、考察を書けばいいかということで、プロットの方向性は以下のように決めておりますので、
出来ればそれに沿って教えてもらえませんか?また、これを読むといいといった本があれば幸いです。

1. 授業の要約
2. テーマについて調べたこと
3. そのテーマについて、1と2を元にした自分の考察


ちなみに先生は授業では復活を学ぶことで自分の内面を知り、学ぶことができる。また自分の内面は砂漠のように詩や絶望だけではなく神の祝福と希望のある場ではないか。と言っています。

わかりにくかったら済みません

夏休みの課題ということがバレバレですね(笑)


ちなみに、上記の内容はYahoo知恵袋にも掲載しましたが、回答の一つ一つに返事を書きたかったのでこちらにも質問させていただきました。

高校「聖書」レポート(2000~3000)でなやんでます。

高校で聖書のレポートが出ました。

テーマの提示はなく自由ですが、ノートの内容に関するものです。
私は聖書のノートの中で「ご復活」についてとテーマを決定しましたが、
その授業の内容の要約をまず書いただけでどのようにその後を書けばよいのか悩んでいます。
その後とはどのように調べ、考察を書けばいいかということで、プロットの方向性は以下のように決めておりますので、
出来ればそれに沿って教えてもらえませんか?また、これを読むといいとい...続きを読む

Aベストアンサー

始めまして、
質問の趣旨から逸れるかもしれませんが、参考になればと思っています。

聖書は歴史、文学、法律などの一般教養書として捉えるか、

または神の定めた書として捉えるかによって解釈が大きく異なってきます。

信仰を持っている人はもちろん神の定めた書として捉えていますから、なんら復活についても疑問が有りません、


その前に質問者さまが神の存在を認めるか、認めないかそのことが回答に大きく左右されます。

神の存在を認めるのであれば、必然的に「神=完全」と言う理論から出発するはずです。

神の存在を認めないのであれば、自分を基準に物事を考え、見てしまいますから、

自分という存在にある理解力に全ての解決が委ねられているので、
どうしても狭く、小さな判断になってしまいがちです。

人が超自然的な事柄をどのような視点で見るかによって、答えも変わってきます。
参考になればいいのですが・・・・

Qユダヤ教とキリスト教の違いって?

パウロはユダヤ教からキリスト教に変わったんですよね?
では、そのユダヤ教とキリスト教の違いってなんでしょうか?
教えて下さい!!お願いします!

Aベストアンサー

一番、大きな違いはイエスを救世主と認めるか認めないか。
もしくは神として認めるか認めないかでしょう。
次は、ユダヤ教の聖典は旧約聖書とトーラー(律法書、厳密には聖典という言葉は合いませんが)で、キリスト教の聖典は旧約新約聖書であるという点ですかね。
勿論、厳密に違いを挙げるとすればここに書ききれないですけど。

追記ですが、ユダヤ教とキリスト教を考える場合に必ず捉えて欲しい点があります。
それは「ユダヤ教からキリスト教が派生した」訳ではなく、「キリスト教からユダヤ教が生まれた」という事が本質的には一番正しいということです。
歴史の流れとしては「ユダヤ教からキリスト教が派生した」様に見ることも間違いではありませんが、キリスト教というのはイエスの時代に変質に変質を重ねたユダヤ教に対し、イエスが真の(源)ユダヤ教の教えや奥義の一部を証したものだからです。
だからこそ、イエスはユダヤ教の権力者達に狙われ木にかけられてしまったのです。

ユダヤ教キリスト教もそれぞれ色々な宗派(教義)がありますから、それまで考えるとキリがなくなりますけど、最初の二つを大きな違いとするのが一番良いと思います。

一番、大きな違いはイエスを救世主と認めるか認めないか。
もしくは神として認めるか認めないかでしょう。
次は、ユダヤ教の聖典は旧約聖書とトーラー(律法書、厳密には聖典という言葉は合いませんが)で、キリスト教の聖典は旧約新約聖書であるという点ですかね。
勿論、厳密に違いを挙げるとすればここに書ききれないですけど。

追記ですが、ユダヤ教とキリスト教を考える場合に必ず捉えて欲しい点があります。
それは「ユダヤ教からキリスト教が派生した」訳ではなく、「キリスト教からユダヤ教が生ま...続きを読む

Qキリスト教の食事の前の祈り

キリスト教の食事の前の祈り…(十字架を書いて)なんですが、どういう意味を込めてなんでしょうか?
同時に祈りの文章を一緒に戴けたら幸いです☆

Aベストアンサー

カトリック信者です。

十字の意味は、イエスが十字架に貼り付けられ処刑されたのはクリスチャンでなくとも大抵の人が知っていますね。
よって、信者はイエスと同様に自分も十字架を背負って生きていく覚悟で洗礼を受けるのです。
ですから十字架を誇りに思っております。
また「十字を書く」ではなく「十字を切る」と言います。

●十字の切り方
まず自分の心を沈め、神を賛美し神への感謝を込める気持ちに満ちて、
(1)まず、ほぼ額の中央位置で右手中指で軽く触れ「父と」と言葉に出し、
(2)その手中指を胸の辺りに移動して止め「子と」と言葉に出し、(3)次にその手中指を左腕の付け根辺りに移動させて止め、「聖霊のみ名に」と言いながら
(4)右手中指を右腕付け根あたりにて止めた時には「よって」と言い、
(5)最後に両手を合わせ「アーメン」と言います。

続けて言いますと、
「父と、子と、聖霊のみ名によって、アーメン。」
また、声に出さなくてもよいのですが出せばベストですね。

「父と子と聖霊」は三位一体といって
神様=「父と子と聖霊」
ということを意味します。

●私の場合の食事のお祈り
(1)食事を頂くとき
両手を合わせた状態(いわゆる合掌)を保ち、
「父よ、あなたの慈しみに感謝してこの食事をいただきます。
ここに用意された物(食物)を祝福し、私達の心と身体を支える糧としてください。」
ここで十字をきりながら、
「父と、子と、聖霊のみ名によって、アーメン。」

(2)食事を終えるとき
両手を合わせた状態(いわゆる合掌)を保ち、
「父よ、感謝のうちにこの食事を終わります。
あなたの慈しみを忘れず、全ての人の幸せを祈りながら。」
ここで十字をきりながら、
「父と、子と、聖霊のみ名によって、アーメン。」
私の場合ここで再び両手を合わせ「ご馳走さまでした。」と言います。

以上参考になりましたでしょうか

カトリック信者です。

十字の意味は、イエスが十字架に貼り付けられ処刑されたのはクリスチャンでなくとも大抵の人が知っていますね。
よって、信者はイエスと同様に自分も十字架を背負って生きていく覚悟で洗礼を受けるのです。
ですから十字架を誇りに思っております。
また「十字を書く」ではなく「十字を切る」と言います。

●十字の切り方
まず自分の心を沈め、神を賛美し神への感謝を込める気持ちに満ちて、
(1)まず、ほぼ額の中央位置で右手中指で軽く触れ「父と」と言葉に出し、
(2)その手...続きを読む

Q聖書はいつできたのでしょうか?

聖書が書かれた時期について教えてください。

質問1:旧約聖書は、いつ頃からいつ頃までの間に書かれたのでしょうか?

質問2:新約聖書は、いつ頃からいつ頃までの間に書かれたのでしょうか?

Aベストアンサー

旧約についてはよく知りませんので、
質問2について。
原本は1~2世紀だといわれています。いろんな説があるのですが福音書で最も早いのがマルコ福音書。40年代末~70年までの間なのですが(下限は確実)それ以上確実な証拠は特になく(心情的にはともかく、確定できないので)このあたり、としか言えないようです。
パウロの書簡のうち真作のものが50~60年。これとマルコとどちらが早いかが神学的には重要らしいですが特に証拠はありません。どちらが先でもおかしくないです。(少々別の流れだったような形跡があるので)
他の福音書がマルコより後なのは確かで、大体70~90年あたりか?
その他の文書もいろいろな時期ですが遅くとも2世紀のうちには書かれていたようです。
ただし注意するとこの時期、新約聖書なる文書は存在しません。
別々の人によって書かれた内容的にもばらばらの文書があり、また教会・地域によってはこれらの文書のうちいくつかは認めない、逆にこれら以外の文書を認める、といった状態が続き徐々に整理され、結局27の文書をひとつのものとして、正典ということにしたのは4世紀ごろ、アタナシウスあたりから、ということになります。(文書で確認できる限り)
その後写本の段階でも修正されたりして、印刷の時代まで書かれ続ける、ともいえるのですがとりあえず元の文書は1~2世紀ということです。

旧約についてはよく知りませんので、
質問2について。
原本は1~2世紀だといわれています。いろんな説があるのですが福音書で最も早いのがマルコ福音書。40年代末~70年までの間なのですが(下限は確実)それ以上確実な証拠は特になく(心情的にはともかく、確定できないので)このあたり、としか言えないようです。
パウロの書簡のうち真作のものが50~60年。これとマルコとどちらが早いかが神学的には重要らしいですが特に証拠はありません。どちらが先でもおかしくないです。(少々別の流れだったような形...続きを読む

Qエルサレムに、なぜ3宗教の聖地が在るのですか?

エルサレムでは、紛争が延々続いていますね。
あんなに狭い所に、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教という3宗教が聖地を持っているから、トラブルが起きるのは当たり前だとは、とは思います。その3つの宗教は、ユダヤ教、それから発生したキリスト教、そしてそれらと影響のあるイスラム教、という関連のある宗教ですね。
世俗的には、エレサレムの街自体は、たとえば交通の要所とかではなく、たいして重要な街とは思えません。
それなのに、、なぜ3宗教は、エルサレムに聖地を持っているのですか?
たまたまエルサレムに3聖地が混在するだけなのですか? あるいは、歴史上や宗教上で、何か慨依性を持っているのですか?

Aベストアンサー

まずですね、一神教ってのが興るんです。「世の中に神様と呼ばれるお方はおひとりだけ」という考え方です。
この一神教の神様は、ユダヤ教が呼ぶヤハウェ、キリスト教が呼ぶゴッド、イスラム教が呼ぶアッラー、全て日本語に訳せば同じ「神様」です。
この神様はモーゼさんの前にそのお姿を現したときに、「俺以外の神扱いされてるやつは全部ニセモノのまがいもののファック野郎だ!」とおっしゃいました。そこを起源にしてユダヤ教が始まりました。
ま、いろいろ経緯はありましたが、ユダヤ人一行は今のパレスチナ(イスラエル)の地にやってきて、神様は「よーしお前ら、ここをお前たちに与える」と畏れ多くもありがたくおっしゃいました。しかしそこは当然先住民がおりまして、「なんか、先に住んでる人がいますけどこれはどうすればいいですか?」と伺いましたところ、「お前たちに与えたから殺しちゃってオッケーよ」とおっしゃいました(本当)。かくして彼らはそこにユダヤ人国家を作りました。ユダヤ人がイスラエルを「約束の地」と呼ぶのはそういうことです。
そんなこんなの経緯は旧約聖書に書かれています。

さて、ユダヤ教徒はエルサレムに神様を祭る壮大な神殿を作りました。その頃がユダヤ教とユダヤ王国の絶頂だったといえるでしょう。その後神殿は破壊されてしまい、その一部が残るのみとなりました。その遺跡が「嘆きの壁」と呼ばれるところで、そこでは常に敬虔なユダヤ教徒が祈りをささげていますが、そのお祈りの内容は、「神様、あの栄光の日々がまた訪れますように」というものです。その「また訪れてほしい栄光の日々」とは3000年くらい前の話なんですけどね。

ユダヤ人の国は、あんなこんながイロイロとありまして分裂したりして、やがてローマ帝国の属州となりました。ローマ帝国ってところは実は非常に寛大な帝国で、帝国に従うなら信教の自由も認められていました。日本人レベルでいえば、「それならいいじゃん」というものですが、「この世で神様とお呼びしていいのはおひとりだけ」と信じる彼らにとって異教徒がウロウロしているのが非常に気に障って障ってしょうがないのです。イスラエルでは、ローマ帝国に対するテロ活動が盛んでした。
ユダヤ教徒の歴史では、そういう「ユダヤ人受難のとき」にはエリヤとか神様の言葉を預かる「預言者」が登場して人々を導きました。ユダヤ教徒たちは、そういう「救世主」が出てくることを待ち望んでいたのです。

そういったタイミングに登場したのが、ナザレ生まれのイエスでした。イエスはユダヤ教史上、というか宗教史上において革命的な言葉を発しました。「ベイベー、愛だぜ」と。彼は、あの神様のことを「父ちゃん(アバ)」と呼びました。後になんだかんだでイエスは神の子となりました。マリア様が処女のまま神の子を受胎したお話はご存知でしょ?
それがどれだけ革命的であったのはまた別の機会に譲るとして、「憎みあうより、愛し合おうぜ」と言い出したイエスは人々からローマ帝国を排除する指導者となることを熱望されましたが、「だから俺は憎みあうのは嫌なんだよ。愛し合おうぜ」といって人々を失望させ、エルサレムからすぐ外に出たところのゴルゴタの丘で十字架にかけられてしまいました。
その後、実は一度もイエスと会ったことがないパウロが「イエスは救世主(キリスト)だったー!」と言い出してキリスト教が誕生します。なお、旧約聖書では「救世主はベツレヘムに生まれるよ」と書いてあったので、イエスはベツレヘムで生まれたことになりました。
当然のことながら、キリスト教にとってエルサレムは「イエスが十字架にかけられた場所」ですので極めて重要な聖地であります。

そのイエスが十字架にかけられて50年くらい経ったとき、「もう我慢ならねえ、ローマ人は出ていけ!」とユダヤ人は反乱を起こしました。それ以上にブチ切れたのはローマ人です。「人が下手にでてりゃあ属州のくせにでけえ態度をしやがって。ローマ帝国の恐ろしさを骨の髄まで教えたるわ」と本気で怒り、反乱を鎮めただけではなく、何かとややこしい神殿を破壊し、「ややこしい神を信じてるお前らはこの辺りに住むんじゃねえ」とユダヤ人をパレスチナから追放しました。
これがディアスポラです。以来約2000年、ユダヤ人はイスラエルの地に再びユダヤ人の国を再興することを願いながら世界中でお金を稼ぐこととなります。

時代はずーっと下りまして、メッカの洞窟で、青年ムハンマド(マホメット)の前に大天使ガブリエルが現れて「君が預言者だよーん」と告げました。イスラム教の誕生です。ムハンマドの元にガブリエルを派遣したのはあの、例の、何かとややこしい「神様」でいらっしゃいます。そういや、マリア様の前に「あなたは神様の子を宿したよ。おめでとう」と告げに来たのもガブリエルでした。ガブリエルさんはどうもややこしいお仕事を何度もされているようです。
ムハンマドのあまりに偉大な足跡に関していちゃもんをつけると冗談抜きでアルカイダから死刑宣告されてしまいますので、それについては割愛します。
イスラム教にとって最も重要な聖地は、ムハンマドが神の啓示をうけたメッカです。しかしムハンマドは一神教教徒なわけですから、「死ぬまでに偉大な神殿があったエルサレムで死にたいなあ」と当然といえば当然で、ややっこしくなることを願います。
そして、そのエルサレムの地で天に旅立ってしまったのです。エルサレムはイスラム教にとっても「教祖様が入滅された場所」となってしまったのです。

かくして、エルサレムの地はユダヤ教徒、キリスト教徒、イスラム教徒が俺の場所だ、いいや俺の場所だと大変にややこしい場所となってしまいました。

まずですね、一神教ってのが興るんです。「世の中に神様と呼ばれるお方はおひとりだけ」という考え方です。
この一神教の神様は、ユダヤ教が呼ぶヤハウェ、キリスト教が呼ぶゴッド、イスラム教が呼ぶアッラー、全て日本語に訳せば同じ「神様」です。
この神様はモーゼさんの前にそのお姿を現したときに、「俺以外の神扱いされてるやつは全部ニセモノのまがいもののファック野郎だ!」とおっしゃいました。そこを起源にしてユダヤ教が始まりました。
ま、いろいろ経緯はありましたが、ユダヤ人一行は今のパレスチナ...続きを読む


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