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 時代小説を読んでいたら、武家の娘が男装をして外出する場面が出てきました。
 『小紋の袷に小倉袴、二刀を帯びた姿は若侍だが・・・』というような具合です。
 池波正太郎の小説にもこんなのがあったような気がします。
 今の時代でも、国会にピンク色の背広とズボンをはいた、麗人とは云い難い女性議員がいらっしゃいますが、江戸時代に男装する女性は実際にいたのでしょうか?
 敗戦時、敵兵から凌辱されるのを防ぐために男装するということは、何時の時代にもあったと思います。
 江戸時代の平時にあったんでしょうか?
 (この質問は、小説の時代考証について、どうこう批判するものではありません、単に実際にいたのだろうかという質問です)
 よろしくお願いします。
 

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A 回答 (5件)

おんな歌舞伎は、いろいろと問題があり、禁止令が出てから、「若衆歌舞伎」になりましたが、一定時期、お芝居の上での男装の麗人は、いました。


白拍子の衣装も男装です。
江戸時代ではありませんが、日本で、ただひとつの女性用の甲冑も保存されています。
遊郭の女あるじの中には、なめられてはいけないということでしょうか、女性らしい身なりでは、なかったということです。
女を売る商売の中で、売り物と自分を分けて考えていたということでしょうか。

参考URL:http://www.nnn.co.jp/dainichi/rensai/kabuki/kabu …
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この回答へのお礼

 早速のご回答ありがとうございます。
 女性用甲冑!男物と形が違うんでしょうか。
 遊郭の女主人は女らしい身なりではなかった、・・・フウム、女あるじは、齢もいってるし、売り物でないことは見ればわかる?
 そうすると、遊郭を束ねていくため、身も心も男になり切って・・・ということでしょうかねえ。
 大変参考になりました。

お礼日時:2007/04/14 14:07

 回答ナンバー4のfujic-1990です。



 思い出しました。私が言っていたのは「べっしきめ(別式女?)」という名称でした。

 広辞苑を引いたのですが、出ていませんでしたけど・・・ (^^;
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この回答へのお礼

 ご回答ありがとうございます。『別式女』ありました。
 男子禁制の所の警護役のようですね。腕も立つんでしょうな。
 ありがとうございました。
http://homepage2.nifty.com/kenkakusyoubai/kenzyu …

お礼日時:2007/04/15 16:57

 麗人といえるかどうかはわかりませんが、武士のカッコウをして武芸にはげんだ女(役職)はあったそうですよ。



 いわゆる「女武者」ね。名前が、思い出せませんが、薩摩あたりだったと思います。
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2です。


江戸時代では、無かったので、詳しい回答を遠慮しましたが、「大三島の鶴姫」の鎧は、現存する模様です。
今しがた、子どもに頼んで、図書館の本を返してしまったのですが、「歴史と旅・別冊・廓特集」に、数は、多くないものの、遊郭に女あるじがいて、男っぽい格好をしている表記が数行ありました。

参考URL:http://www1.neweb.ne.jp/wb/maruto/umi/ohmishima. …
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この回答へのお礼

 再びのご回答ありがとうございます。
 鶴姫の鎧、見させていただきました。たしかにウェストの辺が締まっているように見えました。意外と簡素な感じがしました。まあ、都に近い大軍の将というわけではないでしょうから、きらびやかなものでないということもうなづけます。
 『廓特集』なんてあったんですね。
 最近の図書館は本を貸してくれるので助かります。私も毎週数冊借りています。
 また教えてください。ありがとうございました。

お礼日時:2007/04/14 17:48

特殊な例かも知れませんが


原采蘋(はら さいひん)
寛政10年(1798年) - 安政6年10月1日(1859年10月26日)
江戸時代後期の女流詩人で
男装の女詩人として有名だったそうです。
当時、女性が単身で旅行することは制度上も安全上も困難だったため、男装・帯刀して行動したとのことです。
http://www.city.chikushino.fukuoka.jp/furusato/s …
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この回答へのお礼

 早速のご回答ありがとうございます。
 なるほど、女の単身旅行はあぶないですからね。
 大変参考になりました。

お礼日時:2007/04/14 13:52

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日本人で男装していた女性と言うのが思いつかないので、今回は日本人限定でお願い致します。
歴史に詳しい方、宜しければご存知のお話を教えて下さい。
どうぞ宜しくお願いします。

Aベストアンサー

幕末に男装の女剣士で中沢琴という人とがいました。
この人は今の群馬県の生まれで、父親は法神流と言う剣法道場の道場主でした。
相当強い人で薙刀を使わせたら父親より強かったそうです。
この法神流は現在でも群馬県に存在するようです。
琴が17歳の時に兄の中沢良之助(貞祇)と共に新撰組の前身である浪士隊に参加しました。
隊は江戸で結成され京都へ向かいます。この中には近藤勇、土方歳三、沖田総司なども居ました。
京都の治安を守っていた浪士隊ですが、やがて分裂し近藤達はその後、新撰組を作りました。
琴は兄と共に清河八郎に従い江戸に戻り江戸版新撰組というべき新徴組で活躍し
江戸の治安を守りました。この間京都や江戸で武勇伝を残しています。
琴の性別がいつまでバレなかったは判りませんが、170cmの身長で美形で男装の時は
女性に言い寄られ、女に戻った時は求婚者が絶えなかったと言われています。
その後兄と共に故郷に戻った琴は自分より強い男と結婚したかったらしく、
求婚者達と試合をしますが、琴に勝てる男は一人も現れず生涯独身ですごし、
昭和2年に亡くなりました。


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