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昨日、道路マップを見ていたら、「長野県の木曽駒ケ岳」というところに『ハイヒールで登れる日本で2番目に高い山』と書かれていました。ここで、とても気になることが…。「では、日本一はどこなのだろうか?」と。  誰か知っている方が居たら教えてください。

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A 回答 (4件)

木曾駒ケ岳(標高約2956m)は駒ケ岳ロープウェイでアクセスすれば千畳敷(標高約2600m)までですが、乗鞍岳(標高約3026m)へは乗鞍スカイラインでアクセスすれば畳平(標高約2700m)まで乗り物で行けます。

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この回答へのお礼

やはり乗鞍岳は3000m級で乗り物でいける辺り、乗鞍できまりでしょうか…。

お礼日時:2007/04/22 12:19

 やはり乗鞍岳でしょうね。

地形も険しくないし。

 富士山は・・・そりゃハイヒールで登る人だってごく希にはいるかもしれませんが、「ハイヒールで登れる山」とパンフに書いたら事故が続出するでしょうね。

 立山(3015m)も、2400mの室堂までバスが通っているので、登って登れないことはないでしょう。でも、頂上付近の地形がちょっと険しいので、ハイヒールは難しいな・・・
 私は大学の山岳部時代、雷鳥沢のテント場からゴム草履で立山三山を縦走したことがありますが、足の指は血だらけになりました。

 御岳(3060m)も、今はかなり上の方までロープウェイが通っているのではなかったでしょうか。
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この回答へのお礼

やはり乗鞍でしょうか。ありがとうございます。

お礼日時:2007/04/22 12:20

乗鞍岳では。


実際にハイヒールで登って居る、ご婦人を見ました。
30年程前の事ですが。
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この回答へのお礼

乗鞍岳ですか。。スカイラインがあるので妥当ですかね。ありがとうございます。

お礼日時:2007/04/22 12:17

富士山です。


高さも日本一ですが、ハイヒールで本当に上ったのには驚きました。20代の女性で、去年の夏の事です。

ハイヒールで登れればよいのですよね。
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この回答へのお礼

なるほど。確かにそうですね。

ありがとうございました。

お礼日時:2007/04/22 12:16

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Q剣岳登山は本当に難しいものなのでしょうか?

剣岳登山は本当に難しいものなのでしょうか?

剣岳点の記を昨日、テレビ映画で見ました。
私は約10年前に厳冬期(12月下旬)に仲間と剣岳登山をしたことがあります。丁度本格的登山を夏から始め、初めての雪山でした。
映画に出てくる長治郎谷ルートで全く難なく成功しました。お天気に恵まれ、雪崩もなく、雪庇も踏み外すこともありませんでした。

ルートは扇沢 黒部ダム 内蔵助平 真砂沢 長治郎谷 剣岳頂上 早月小屋 早月尾根 馬場島
でテントは真砂沢、早月小屋の横の2泊3日でした。
映画の当時の剣岳登山はあんなに困難を極めていたのでしょうか?行者も登っていたと映画で出てましたし。ただ単に天候に恵まれなかっただけなんじゃないでしょうか?

また、このルートは見た目は迫力あるのですが登りの長治郎と頂上までの最後の岩場も難なく上れました。不安を感じたのは頂上直下の岩場だけ位でした。

よく剣岳を登るのは大変だとか初心者にとっては危険だと山をよく知っている人から聞きます。剣岳登山は厳冬期の方が登りやすいのでしょうか?そのときのメンバーは大学登山の経験豊富な方々ばかりで
私だけが初心者でした。夏は登山をしたことがありません。

そのときに元気な若者たちは源治郎尾根とか赤谷とか何とか窓というグループに分かれていました。
私は年配者のグループでした。

剣岳登山は本当に難しいものなのでしょうか?

剣岳点の記を昨日、テレビ映画で見ました。
私は約10年前に厳冬期(12月下旬)に仲間と剣岳登山をしたことがあります。丁度本格的登山を夏から始め、初めての雪山でした。
映画に出てくる長治郎谷ルートで全く難なく成功しました。お天気に恵まれ、雪崩もなく、雪庇も踏み外すこともありませんでした。

ルートは扇沢 黒部ダム 内蔵助平 真砂沢 長治郎谷 剣岳頂上 早月小屋 早月尾根 馬場島
でテントは真砂沢、早月小屋の横の2泊3日でした。
映画の当...続きを読む

Aベストアンサー

>長治郎谷ルートで全く難なく成功しました。
ルートがなかったんです。
そのルートは、先人が「登りやすい路はどこにあるのか」を経験を重ねて見つけ出し、整備しているものです(整備というと木道や階段などを想像しがちですが、北アルプスにおいてはそれと限りません。)
もちろん、扇沢までも路などはありませんから、そこまで行くのさえ苦労したはずです。
(というか、当時は黒部ダムはありませんから富山側から立山経由で行くしかなかったはずです)

装備も、非常に簡素であったでしょうし、食料も重かったのではないかと思います。
携帯用コンロなんてものはありませんし、ゴアテックスの雨具もないです。
現代の登山は、用具もノウハウも当時とは比較にならないほど進化しています。
結果、体力にしても根性にしても、今と比較できないほど登山は危険に満ちていたはずです。

あなたが登った厳冬期ですが…あなたはゴアテックス&羽毛の最新ウェアを着ないで、フリーズドライの食品を利用せず、携帯用コンロを利用しないで、LEDの懐中電灯もなく、ナイロンのテントを布の重いテント(ナイロンテントの3~5倍近い体積と重さになるはずです)を背負って!というのを想像できますか?あ、シュラフもシュラフカバーも使わないでくださいね。

>そのときのメンバーは大学登山の経験豊富な方々ばかりで私だけが初心者でした。
経験豊富な先輩方がいたから、しかも初心者が一人だったから登れたのです。
その、経験豊富なメンバーも「経験を積み重ねて」「ノウハウを得ている」から登れたわけで、地図を作るための人は目的が違いますし、登山の専門家でもないです。当然、当時はアルピニズムのノウハウなんかも日本では殆ど無いに等しかったのです。

もっと低い山でも、遭難事件は起きています。
ツアーでは当然経験豊富なガイドが付いているにもかかわらずです。初心者が多ければ、経験豊富なガイドがいても…昨年は8人が北海道でなくなっているのじゃなかったでしたっけ?

あなたの場合、恵まれた環境で登山ができただけで、決して、それが当然だとは考えるべきではないです。

>長治郎谷ルートで全く難なく成功しました。
ルートがなかったんです。
そのルートは、先人が「登りやすい路はどこにあるのか」を経験を重ねて見つけ出し、整備しているものです(整備というと木道や階段などを想像しがちですが、北アルプスにおいてはそれと限りません。)
もちろん、扇沢までも路などはありませんから、そこまで行くのさえ苦労したはずです。
(というか、当時は黒部ダムはありませんから富山側から立山経由で行くしかなかったはずです)

装備も、非常に簡素であったでしょうし、食料も重かっ...続きを読む


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