この間も、お世話になったんですが、
私なりに、皆さんの意見を参考にしつつ考えたんです!
 
自由とは、責任の認識と共に、他者、又自分への思いやり
つまりは、愛!?が共存し そして、自分が自由であるというコトを
認識出来て初めて成り立つものではないかと・・・思ったんですが・・

青い鳥みたいなもので、恋いこがれてしまってるだけ!?

何と言うか・・アホなのであんまりうまく言えないんですが、
肉体的・環境的・・・といった、ホントの意味での不自由、
又、物理的不自由を経験していない
私にはけっこう考えさせられてしまい・・・。

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A 回答 (6件)

はじめまして。


「自由という概念は必要か?」のつづきですね?
自由というものが概念ならばそれは不必要ですね。
>「青い鳥みたいなもので、恋いこがれてしまってるだけ!? 」
・・・とおっしゃっておられるのですから・・・
十二分にあなたは不自由ではないですか。
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 一休さんがいいました(アニメじゃなくて実在した一休ね!)


 70歳以上(だったかな・・?)になって20歳代の嫁さんをもらい仏教のあらゆる修行を何十年も続けた一休はこう言いました・・
 「自由に生きればいい・・」と、
自由ってのは、不自由があるから成立する事なんだよね!
また、自由について考えてしまうことほど愚かな事は無いとおもう・・・
幸いにも我々日本では自由が認められている!
その時間、空間を好きなように使えばいい!
この、時間・空間を使うのが難しいんだけど・・・
愛だろうが憎しみだろうが、悲しみだろうが怒りだろうが
慈しみだろうが哀れみだろうが楽しみだろうが、
   恋だろうが・・・・・・・・・
みんな、答えを求めすぎだよ!
 働いて、友達と、恋人と、親と、子供と、孫と、親戚と、世界中の人と遊べばいいんだよ!
 みんなと遊ぶために何をすればいいのか?それが俺たちが働く本当の意味でしょ?(遊ぶって意味わかるよね~~)
がんばらなくちゃね!!!!!!仕事も遊びも!!!!
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矛盾という逆の力と力によって空間に固定されるのです。


つまり気持ちも「つり合いが大事」で「片方の力が有利でないところに自由は存在するのです。つまり「つり合いと認識のバランス」
です。認識という言葉に共通認識と言う言葉があり「このあと「集団認識」「社会認識」「それについての「常識」なんて
発展していくのかもしれませんね。
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 なるほど。

「青い鳥」ですか。わかります。僕も同じです。

 僕は、前のご質問のとき、短く「自由は不思議なもの、逆説的なもの」と言った者です。実際、自由とはそういうものです。

 例えば、重要なキーワードである「責任」。これは突き詰めれば「他者の存在」ということですが、
 「他者の存在が自己の自由を制約する」
とも言えるし、
 「他者の存在があって初めて自由がありうる」
とも言える。

 それから、法的なレベルでは、
 「権力は自由を制約する」
とも言えるし、
 「権力が自由を実現する」
とも言える。

 二律背反。
 自由って、不思議なもので、逆説的なもので、とてつもない矛盾を孕んだものです。もしかしたら、人間にとって永遠の課題なのかもしれません。
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んー。


余りそう言うことを深く考えない方が良いと思いますよ。
論理に縛られている姿は、既に自由ではない。
又、「自由」がガチガチに定義されているとはそれも不自然であるような気が・・

論語で言うところの、
「心の欲する所に従いて矩(のり、と読む)を越えず」。
心が本当に正しければ、好きなことを好きにやっても別に社会のルールを乱すこともなく、誰に迷惑をかけるわけではありませんから。

「どういう状態が自由なのか」と外的要因に求める事が引っかかりますね。他力本願は自由な状態とはイメージが違います。
むしろ上記のように自分の心、内的要因に求めた方が自然な感じが致しますが。
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その通りじゃ無いでしょうか。



責任の無い所に自由無し。
義務の無い所に権利無し。

で、宜しいでしょうか。
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