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小論文がホント書くのが苦手です!上手くなれるアドバイスぜひお願いします!!

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A 回答 (5件)

 


「小論文」というのは、何枚ぐらいの文書で、どういう分野の何かによって書き方の技術が違って来ます。

また、それを書く人の性格や、色々な思考様式で、アドヴァイスする要点が違って来ます。プロの作家に、個人的に文章指導してもらっても、性格が合わなかったり、考えか方が違うとマイナス効果になることがあります。

それはともかく、以下の参考URLも挙げておきますが、簡単に述べます。

文書の形式は「起承転結」に決まっています。どういうことかと云えば、これは、意図してそうするのではなく、形のできた文書を分析すると、こういう構造になっているのです。

それはとまれ、次のようなステップになります:

1)「起」:これは、随想なら話の導入部に当たります。読者の興味を引くような書き方をします。「小論文」とは何か分からないので、一応、論理的主張の文書と考えます。

すると、この「起」は、「問題の提示」ということになります。しかし、問題の提示というのと、「話の導入」というのと、小論文では、同じものになるはずです。「話の導入」というのは、どういうことか、参考URL2を見てください。

2)「承」:これは、問題について、あれこれ、データや情報などを交えつつ、色々な考えを模索するように書く部分です。

問題を色々な角度から吟味、検討するということになります。あるいは、導入部で導いた「話」の内容を膨らませて、具体的に書くことです。具体的に書くという過程で、上のデータや情報や知見や読んだこと、聞いたことや、それについての自分の意見、分析などが出てきます。

3)「転」:これは、小説などの場合は、鮮やかに見える場合がありますが、普通、気づかないあいだに通過します。気づかないだけで、実は、構造的に、どういう文章でも、「転」の部分はあるのです。

「転」というのは実は、理科学・技術論文における、「考察」の部分に当たります。2)の「承」の部分で色々と書いたこと、展開したことを、「整理」する段階なのです。「承」の部分が、細かく「承-転」の繰り返しになっている場合は、一見、「転」がないように見えます。

しかし、何かを語り論じると、それに対する「まとめ」が必要な訳です。「小結論」とも言えます。論文が一番単純な構造を持つ場合、やはり、「転」が必要になります。「結論」を述べる前に、整理しておかねばならないのです。

この部分は、短い文章の場合、省略することが多いので、必要ないように見えるのですが、実際には、見かけ上ないように思えても、「承」の部分に、それに相応するまとめがないと、結論が唐突になります。

4)「結」:これは結論ですが、それまでに答えを書いていて、結論がもう書かれている場合があります。そういう場合、簡潔に、それまでに述べたことを短く、もう一度述べます。

「転」の部分が必要であるということを強調するのは、書き慣れている人の場合、自然に、話や議論を、そのたびに「まとめ」ているのです。書き慣れない人の場合、本人が気づかなくとも、第三者が読むと、「承」部分で色々述べたことが、どう「結論」と結びつくのか、理解できないことが多々あります。

これは、書いた人は、「書いて説明した」と思っていて、実は、説明不足の場合が非常によくあるのです。

そこで、「飛躍・唐突感」を出さないように、「承」の部分に書いたことをよく読み返し、「結論」で述べることと、その内容のあいだで、連続性・連関性が明らかに感じられるかを吟味して、あいだの「橋渡し」をするような文章の「まとめ」を書くのです。

だから、「承」の後は、「結論」を書くのがよいでしょう。そして、「結論」と、それまで書いた内容のあいだで、何か唐突さがないかどうか確認します。うまく、話が結論につながるように、適当な「橋渡し」のまとめや説明などを、あいだに入れるのです。

これが、小説でない場合の論理的論文の「転」になります。それは科学技術論文だと、実験結果を書いた後、その「考察」が来るのに当たっています。実験結果が、このようにでたから、だから結論はこうだとはならないのです。

その前に、実験結果について吟味して、結論が出るような実験結果が出たかどうかの検討を行います。この「考察」の部分がないと、「結論」に移ると、飛躍になるのです。

しかし、こういう理屈を書いても、少しもうまくならないのです。

本をたくさん読めばよいというアドヴァイスがありますが、それは違います。短い文書を読んで、その「構造」を把握する練習が重要です。漫然と読むのではなく、どういう風に「起=話の導入」を行っているか、導入した後、どう話をふくらませて行っているかです。

そして、結論は、短い文章の場合、大抵、最後の印象的な文章一つか二つにあります。その言葉に持って行くための、あいだを自然につなぐ文章部分が「転」になります。

これは、起承転結に従って書くというのではなく、「転」なしで書いて、結論と、それまでに書いたものを較べると、飛躍がある場合、あいだに要請されてくるのです。

五十枚を越える小説を書こうというのなら、「転」は、最初から計算しておかないといけませんが、数枚程度または、もっと短いエッセイのような小論文なら、「転」の計算はあまり必要ありません。

参考URL1に、「社説」の文章構成構造について、わたしの書いた説明文があります。こういう風な構造になっていると構造分析しながら読むのと、漫然と読むのでは、構造把握が違ってきて、応用が利くか効かないかということになります。

随想や小論文について、構造を分析し把握しつつ、読むことです。普通、文章の達人が書いていますから、漫然と読んでいますと、達人の「文章詐欺トリック技術」に騙されて、「構造」が分からなくなるのです。

ともかく、達人の書く文章は、構造を考えながら読むというのが重要です。それをしないと、「上手な、見事な文書だな」という印象だけが残って、自分で真似をしようとしても、できる訳がありません。

参考URL2では、実際に文章を書くことを行っています。どういう設計を考えて、どう書いたかという説明も載っています。

これは「漢字一字」を元に、文書を書くという課題の質問で、面白いので、貴方も、適当な漢字一字を主題に、文書を書く練習をしてみてください。

一字の漢字から、何が連想されるか、それを元に、何か話ができないか。造るとすると、思いついたどれを使うか、そして、結論はどうするか、が設計です。更に、結論・結びを印象的にするため、その前に、話をまとめて、結論へと導入する「橋=転」を、どう入れるかという設計です。

既存の文書の構造分析、そして、後は、自分で実際に、URL2の例のように書いてみることです。色々な言葉や言い回しなどは、気に入ったものをメモでもしておけばよいので、段々と、修得して行くものです。

>参考URL1:No.285510 質問:要約の問題
http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=285510

>参考URL2:No.195542 質問:推薦入試の漢字一文字のテーマの作文
http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=195542
>No.4, No.5 sterflora
 

参考URL:http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=285510,http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=195542
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asterさんの回答は、大きな誤りを含んでいます。


「必ず」起承転結になるということは、ありえません。
この説明だと、起承承結、起承転転結や、起承転転転結になる可能性もあるからです。
また、ハウツーを含めて、本を読まなければ、文章を書くこともままなりません。
論文もさまざまなパターンがあるので、これでは正答ではありません。

ちなみに小林よしのりの『ゴーマニズム宣言』は、初期は起承転結でしたが、現在は「結結結結」ですね。

まずは実際に書いて下さい。

なお、下の私の回答も参考にして下さい。

No.246595 レポートが書けないんです
http://www.okweb.ne.jp/kotaeru.php3?q=246595
http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=246595

ちなみに、先の私のアドヴァイスに挙げた参考URLの回答は、お読みになられましたか?
分からないことがあれば、補足を下さい。

参考URL:http://www.okweb.ne.jp/kotaeru.php3?q=246595,http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=246595
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かつて同じような質問に答えたことがあります。

下の1番目のURLをどうぞ。

基本は「序論→本論→結論」です。
下の質問で私は起承転結とは言っていません(誤読されてますね)。むしろ、最初の段階においては起承転結は悪いパターンであると心得て下さい。

本を読み、文章を書くこと。これが大切です。
それでも足りなければ、補足でもう少し詳しく質問して下さい。

予備校なら、河合塾か駿台ですが、駿台はもう潰れる寸前なのかな?

参考URL:http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=31447,h …
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1.文章全体の構成を考える。


 (1)序論、本論、結論、の形式にするか
 (2)起承転結、の形式にするか
2.結論は、何?
 「題」「テーマ」を読んで、結論をまず書く。
 「○○は、正しいか」「○○は、是か非か」なら、YESかNOのどちらを選ぶか。
3.または、そのテーマで、思いついたことを適当に書き出す。
4.結論に至るよう、理屈をつなげる。
5.1つの文は、50~60字まで。「が」で、文をつなぎすぎない。
6.チェックします。10~20字くらいでそれぞれ要点を書いて、全体として、小論文になっているか。
 (例)起承転結パターンの場合
 (1)起:○○(要点)
 (2)承:○○(要点)
 (3)転:○○(要点)
 (4)結:○○(要点)
7.論理がOKなら、字数が足りるまで、文章を書き足す。
8.昔は、朝日新聞の天声人語など短文でまとまっているのをたくさん読め、といわれていた。
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予備校の小論文の講座を履修してみてはいかがでしょうか。


。。。ところで、予備校って、予備校生じゃなきゃ受講できないんですかねぇ?
微妙な回答でスミマセン!
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Q推薦入試の漢字一文字のテーマの作文

あと、3週間ほどで、ある学校の推薦入試です。
その学校のでは、推薦入試のさい、作文があるのですが、
テーマが、漢字一文字なのです。
例えば、「金」「橋」など。

こういうテーマの書き方がほとんど思い浮かびません。
その漢字からどんな事について書けばいいのか、分かりません。
それの、いい見つけ方や、書き出しなど、ホント困ってます。
何でもいいので、いい書き方のアドバイスを下さい。
注意する事など何でも結構です。

ちなみに、40分600文字です。
あと、題名や名前は600文字にはいるのですか?
普通は、原稿用紙は600文字一枚しか配られないのですか?
下書き用の原稿用紙とかって配られるんでしょうか?

最後に、面接の方の質問もするので、そちらもできればお願いします。

おねがいします

Aベストアンサー

 
  まず、こういうことから云うのは何ですが、貴方がよほど、文章力に自信がない限り、文章力では、上手な人には太刀打ちできません。悲しいことですが、文章力のある人の文章は、或る程度文章が分かると、一目瞭然なのです。(わたしは、相対的には、文章力がないのです)。
 
  従って、率直に、自分の実力のなかで、文章を書くことが重要です。こういう前置きを置くのは、文章力がなくとも、文章や構成には、「技術」があり、基本的な技術を知っていて書くのと、そうでないのでは、確かに違いが出てくるからです。
 
  「起承転結」のことですが、あまり考えても意味がありません。というか、随想とか、論文の「構成技術」というもののなかに自然に、こういうことも入って来るのです。
 
  600字ですと、小論文を書けと云われても、結局、随想や作文の類になります。わたしは、整理されていない長い文章が幾らでも出てくるので、600字などという字数はあまりに少なすぎて、あっというまに、起の部分つまり、枕を書いているだけで600字行きそうですが、貴方の場合、そういうことはないと思います。
 
  「起」というのは、「枕」とも云い、話を始める時の、呼び込みのような文章ですが、600字だと、割合的に1行20字ぐらいになると思います。最初に書く文書が「起」です。例えば、「金」だと、一番スタンダードには、「金というと、たいへん価値があると世のなかでは考えられています」が「起」または、「枕」の文章です。これはGOLDの金のことだとなります。600字ですから、MONEYの金について書いていると、まとまらなくなる可能性があります。
 
  しかし、一応、体裁の整った文章を、600字で書くためには、枕から考えてもいいですが、それより、中身をまず考えることです。もし、補助用のメモとかが使えるようなら、そこで、何を書くかを、簡単にメモします。
 
  まず、メインになる話題を考えます。ここは面白い話だ、こういうことを主張したいと思う内容です。「金はたいへん価値あるとされている」という話にするなら、何を書くと、メインの話になるかです。ご存じ無いかも知れませんが、イスラエル人がモーセに率いられてエジプトから出た後、なかなか目的地にたどり着かないので、人々は不安を感じ、各自の装飾品を集めて、金を集め溶かして、金の子牛を造り、それを拝んでいました。しかし、モーセが十戒を持って山から下りて来て、それを知って非常に怒ったという話があります。この「金の子牛」の話を、話の「花」というか、中心になる話題・内容としようと思ったら、「起」の部分で、GOLDの金の話だということを示す一行の紹介を書き、それから、少し別の、しかし金に関係ある話をし、これで100字か150字ほどです。それから、話の流れとして、「「金の子牛」をイスラエルの人は拝んでいたという話を聞いています」と書いて、ここから、「金の子牛」の話に移るのです。これが、「転」になります。こうして、金の子牛の話を書いた後、まとめないといけないので、「金を神様だと拝んでいた人もいたように、金はとても貴重なものと考えられていました。けれども、モーセが怒ったように、人間は、金を人間の幸福のために使うべきで、金に支配されたりすることは、やはり本末転倒なのだと思います」と書くと、これで結論つまり「結び」です。
 
  金の子牛の話は、難しいので、書きにくいですが、自分の知っていることで、人があまり知らないこととか、指摘するとなるほどと思うようなことを、まず、話の「中心の話題」、「テーマ」として、考え、そこに、導くための文章、最後に、どう結論を付けて、話を「引き締めるか」、こういうことを考えて、構成するというのが、「起承転結」の付け方です。
 
  中心となる話は、最初は分からないようにする方が、意外性があって、面白いので、最初は、少し違う話を書いて、それから、本題に切り替えるので、これを「転」というのです。
 
  600字だと、こういう構成を考えると、あっというまに過ぎてしまいます。だから、簡潔に要領よく書きます。文章は短くします。
 
  構成の仕方は、上に述べたように、もっとも普通の方法は、話の中心の話題をまず考える、この話題にどう導くかで、最初の言葉を考え、関連したことを書いた後、主題に入るということです。そして、最後に、全体のまとめの言葉を書くのです。「そういう訳で、金は美しいですが、それは人間が使うためで、金に人間が使われてはおかしいのです」という風に、教訓風なことにしてもよいですし、「金については、色々ありますが、わたしも、金の耳飾りなど、一つぐらいなら欲しいと思っています。欲張りでしょうか」でもいいです。何か、話が一応「終わった」と感じさせることを書くのが、「結び」です。
 
  これは、理屈でなく、実際にそういう構成ができるか、うまく構成どうりに書けるかということが問題で、三、四個、上に述べたような「構成」を行って、全体を構想して、書いてみる練習をされるとよいでしょう。なかなか難しいです。難しいので、練習した方がよいのです。
 
  なお、これは余計なことですが、文章としての技法としては、色々な感覚や感情を出す(視覚、聴覚、臭覚、味覚、などの感覚。色、光、響き、冷たい、熱いなど)、色彩を出す、具体的描写を出すなどすると、文章に、イメージや、味わいが出てきます。文章の達人は、こんなことはしませんが、知っておいて、損はありません。ただ、実際に使う場合は、一回か二回という風に、意図的には少しにした方がいいです。文章の技術を考えていて、主題の展開が書けなくなるということがあるからです。
 

 
  まず、こういうことから云うのは何ですが、貴方がよほど、文章力に自信がない限り、文章力では、上手な人には太刀打ちできません。悲しいことですが、文章力のある人の文章は、或る程度文章が分かると、一目瞭然なのです。(わたしは、相対的には、文章力がないのです)。
 
  従って、率直に、自分の実力のなかで、文章を書くことが重要です。こういう前置きを置くのは、文章力がなくとも、文章や構成には、「技術」があり、基本的な技術を知っていて書くのと、そうでないのでは、確かに違いが出て...続きを読む

Q要約の問題

ある試験で、社説の要約の問題がでるのですが、
要約のポイント、適切なやり方とかあれば、ぜひご指導ください。
字数等は今のところ指定されておらず、社説の要約、と言われているだけです。

社説もあまり読んだことがないので、とてもあせっています。
あまり時間もないのですが、何かアドバイスください。
お願いします。

Aベストアンサー

 
「社説」というのは、実はたいへん難しいです。しかし、難しいのですが、パターンが決まっています。

その話の前に、社説には普通、題名が付いています。付いていない場合は、文章を読んでみて、自分で、これらしいと思う題名を付けてください。細かい部分はいいです。「アフガニスタンについて」とか、「パキスタン情勢について」とかだけでもよいです。

そこで、社説の構成の話になります。社説というのは、「何かを主張する文章」です。会社の見解の表明・主張ということになり、だから「社説」と言います。

この場合、こういうことを書くと混乱するかも知れませんが、「社説」に何の主張もないことがしばしばあります。そんなはずはないと、思う方がいるかも知れませんが、それは、社説を書く人の文章トリックに騙されているのです。

社説は基本構造として、

1)事実状況の提示・説明
2)それについての或る人・勢力の主張やアクション
3)上の或る人・勢力の主張やアクションが「間違い」であるという主張
4)結論らしき何かのしめくくりの文章

こういう形になっています。1)と2)が一つになっている場合や、2)がなく、誰とも分からない者に反論的に主張を書いている場合もあります。しかし、普通は、書いていなくとも、何か・誰かの主張やアクションに対し「反論」し、否定しています。

肯定している形の社説は珍しいです。また、反論はなく、ただ、自己の視点から独自の考察や主張をしている社説も珍しいです。

何故「社説」が、こういう構造になるかは、社説とは何かを考えると分かります。社説というのは、何かの社会政治的出来事について、色々な主張や意見やアクションがあるなか、自社の新聞社は、どの立場を取るかを、読者に明らかにするために書かれるものなのです。

つまり、何かの政治的社会的出来事が、1)の事実状況に当たります。それに対し色々な意見や主張があるが、2)になります。この時、自社の主張と同じ主張をしている人・勢力は取り上げません。何故かというと、そういうのを取り上げると、「社説=社の主張の独自性」が消えるからです。

すでに別の人が主張しているのか、ということであれば、社説を読む興味はなくなるでしょうし、社としての「立場表明」として弱い印象があるのです。こういう主張は我が社がしていることで、「それに追随してか」、AやBやCも似たことをようやく言い始めた、という方が、会社がその主張の先頭に立っているようで、体裁よいのです。

だから、同じ主張の意見などは、書かないのが普通です。書けば、それで「独自性」の印象が消えます。こういうことを主張しているのは「我が社だけだ」という方が、読者受けがするでしょう。嫌いな人には、何を独善をと思われても、なかなかそこまで見抜けません。文章の達人、詭弁の名人が普通、社説を書きます。

従って、ある主張を客観的に見えて、実は、勝手に歪曲したりして紹介した後、それに対する反論を書くのです。あるいは、以上のような考えアクションと違い、我が社は、こうこう考えると書きます。批判対象を横にして、それとのコントラストで、自社の主張をするのです。これが3)です。

そして最後の4)では、よく知られている普遍的な、どうとでも解釈できるような諺を出したりして、社説の「常識性・普遍性」の偽装を行います。最後のところで、常識めいたことを書くと、常識の分かっている主張だとなって、先の反論や主張も、「常識」に準じているとなるのです。

だから、社説は「嘘出鱈目」を書いていることが時にあり、また何も書いていない事があるのです。反論だけ書いて、自社の主張は何も書いていないというような場合がそうです。

政治や社会の問題には、答えがないものがあります。不快なことしか、具体的な答えがない問題があるのです。そういう時、不快な答えを述べている者の主張やアクションを批判・反論し、では、自社はどういう意見やアクションがあるのかというと、何も書いていない場合があるのです。書くと読者印象が悪くなるからです。

これは、社説の構造を分析し、説明しているので、貴方が、こういう分析や説明を、「要約」において行ってはいけません。以上のような構造をしているので、まず、事実状況の説明があり、次にそれに対するある人・勢力の意見やアクションを紹介し、それを批判・反論して、自社の意見を述べるという構造をしているということです。

最後には、「常識的な言葉」があるというのも重要です。これが結論ではないのです。一見、結論に見えるのですが。

社説は、複数の話題に分かれていることがあり、その場合、話題ごとで以上のような構造が繰り返されます。最後の「常識的な言葉」は、最後に一回になると思いますが。

従って、題名「アフガンの情勢について」だと、アフガン情勢についての事実状況の説明、ある勢力の主張・アクション、それに対する批判・反論、そして自社の主張となります。

これで要約になります。社説を読んでみて、今言った構造が当てはまるかどうか確認してみてください。大きな枠で見ると、こういう構造になっています。

従って、要約は、
1)「題名」
2)どこで(where)、何時(when)、誰に関し(who)、こういう(what)状況(how)がある。
3)それについて、誰々が、こういう主張をしている、アクションをした。
4)その主張・アクションは、これこれで間違っている。我が社は、こう主張し、こういうアクションを望む。

以上のようになります。最後の「常識表現」の部分が結論だと思うと、社説の構造を見失う可能性があります。最後に述べてあるのは「読者サービス」なのです。主張は、その前に行っているのです。

こういう風にすると、要約が造れます。新聞記事とは本質的に異なるのです。新聞記事は、1)と2)があるだけです。「これについて、誰々(例えば、警視庁)は、こう言っている」というような文章もありますが、これは反論するために入れているのではありません。これも事実状況で、「それに対し市民団体は、こう反論している」というのがあっても、これも、事実状況です。

新聞社が、自己の主張をどこにも書いていないし、新聞社が反論しているのではないのです。記事の「擬似中立性」というものがあります。

事実をどう取り上げるか、主張をどう表現するか、反論をどう表現するか、これによって、新聞社の「作為編集」が出てくるのですが、それは他社の新聞記事を読み比べると分かることがあるので、新聞一紙の記事だけでは、事実は分かりません。

社説というのは、構造を知らないと錯覚が起こる文章なのです。また錯覚を起こさせることを計算して書かれる文章です。

追加:別の構造に、「お涙頂戴社説」とでも言うのがあります。これは、或る人や勢力の主にアクションを取り上げ、褒め称えるものです。この場合、「褒めて損がない」対象で、褒めると読者が喜びそうな対象を褒めます。

「昨日逝去された、日本工芸の誰々さんは、どこ生まれで、こういう苦労をし、そしてこういう成功を収め、文化勲章も受章した。素晴らしい人であった」などという社説もあります。しかし、こういう社説の要約は出ないと思います。この場合は、要するに「褒めている」というだけです。「誰が、何をしてどうなった、素晴らしい人であった」が要約です。
 

 
「社説」というのは、実はたいへん難しいです。しかし、難しいのですが、パターンが決まっています。

その話の前に、社説には普通、題名が付いています。付いていない場合は、文章を読んでみて、自分で、これらしいと思う題名を付けてください。細かい部分はいいです。「アフガニスタンについて」とか、「パキスタン情勢について」とかだけでもよいです。

そこで、社説の構成の話になります。社説というのは、「何かを主張する文章」です。会社の見解の表明・主張ということになり、だから「社説」と言...続きを読む

Q起承転結などの小論文の書き方

こんにちは、高1です。宿題で本を読み小論文を書くというのが出ました。
書く内容はもうある程度まとめてあり、あとは原稿用紙に起承転結などにあてはめて書くだけなのですが、
起承結でなく、起結承(または最後また別にまとめた結を書く、起結承結)という形はありですか?転は書かないものとします。

ちなみに小論文のテーマは出されていて、これは起承転結でいう起になると思います。

Aベストアンサー

 まず結論を書きます(これが典型的な「結論先行」です)。
「起承転結」という形式は小論文には向きません。
「転」が余分です。
 小論文・論文は〈序論・本論・結論という三部構成〉が一般的とされます。「序破急」「起承結」などもほぼ同じことです。

 一方で、「結論先行」をすすめる人もいます。
 ビジネス文書などはその傾向が強くなります。
 長めの論文の場合は最初に結論を書き、最後にやや詳しく結論を繰り返すことが多くなっているようです(「絶対」ではありません)。「(起)結承結」ということになりますか。
(起)の部分は、どの程度の長さにするかでかわってきます。
 テーマの提出だけなら、「結承結」です。(起)がある程度長いなら「起結承結」になります。

 ちなみに、個人的には「起承転結」で書ける文章はきわめて限られていると考えています。文章の上級者がエッセイを書くときくらいですかね。フツーの書き手がマネをすると、「転」が唐突でクサくなります。「天声人語」などは、本題とまったく関係のない話から始めたりします。あれは、「転」を冒頭にもってきている「起承転結」の一種だとか。

 ↑は「結承転」になるでしょうか。
「起結承」の形もあるかもしれませんが、小論文には向かないでしょう。
 小論文なら、「起承結」をおすすめします。
 ある程度の長さ(これがまた定義が微妙ですが、「章立て」をするものくらいですかね)があるものは「(起)結承結」をおすすめします。
 いずれにしても、具体的な長さや、テーマ・構成によってかわってきます。

 詳しくは下記をご参照ください。
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-1328.html
【伝言板2  第1章-5 「ウマい文章」の正体――「主題」「構成」「表現」の3つに分けて考えてみる】
 以下は一部の抜粋(重言)。
================引用開始
■構成1──起承転結は論文には向かない
 構成に関して書いている文章読本も多い。「第1章3」でふれた「書き出しに気を配れ」も、構成に関する心得になる。文章の構成って話でよく知られているのは、「五大心得」にもランクインしている「起承転結にのっとって書け」だ。似た感じのものに、「序破急」なんてのもある。
「起承転結にのっとって書け」と説く文章読本はたしかに多い。しかし、そうじゃないって意見も少なくない。

【引用部】
 論証や説得を目的とする文章に限らず、一般に作文の構成を問題にするとき、まっさきに頭に浮かぶのは、「起承転結」の四部構成だろう。これは本来、漢詩の絶句の構成についていわれたものらしい。それがだんだん広まって散文にも適用されるようになる。(中略)
 起承転結に次いでよくとりあげられるものに、「序破急」という三部構成がある。これはもと、雅楽の楽曲構成上の三つの区分から出たものというが、のちに導入部・展開部・結末部という程度の意味に一般化して、能楽や浄瑠璃の脚本構成などに取り入れられ、さらに散文の文章構成にも広がった。事件を叙述する物語などでは、発端・経緯・結末というのがそれにあたる。論文では序論・本論・結論という三部構成がふつうに見られ、論理的な文章の基本形ともなっている。(中村明『悪文』p.53~54)

 そういうことですか。なんか頭にスンナリ入っていかないな。とくに「序破急」に関する記述の2番目の文がいけない。こんなに漢字が多い文で一文が100字近くなると、ついていけなくなる。
 それはそれとして、〈論理的な文章の基本形〉は〈序論・本論・結論という三部構成〉と書いてある。起承転結ではないらしい。

【引用部】
序論
叙述(説明)
論述(「たしからしさ」による証明)
補説(補足)
結語(井上読本p.206~207)

 これは紀元前5世紀頃にコラクスって人物が書いた〈史上最初のレトリック教科書〉の中に出てくる議論の組み立て方だ。〈どうやら最初から、ことの本質を言い当ててしまった〉ため、ヨーロッパ・レトリックの基本になった。「補説」が「反論」にかわったりはしても、とにかく基本は5分法。ここから〈説教の五段法〉や演説のための〈五分法〉が派生しているらしい。

【引用部】
 これらの五分法は、三分法(たとえば「序論・本論・結論」)へ、あるいは四分法(たとえば「起承転結」)へ、容易に移行し得るだろうし、うまく使えば役に立つだろうこともわかる。(井上読本p.208)

〈容易〉かどうかは定かではないが、まあ〈移行し得る〉可能性を否定する気はない。
 同じとこから出発しても別の意見にたどり着く場合もある。『文章構成法』はコラクスの5分法とほぼ同じものを紹介したあと、次のように書く。

【引用部】
これに反して、「起承転結」はもともと漢詩を構成するための順序である。「論」ではない。はじめから心を一つにした【もの】が集まって、さらに心を一つにするために詩の朗詠を聞く。日本の「起承転結」も、説得のための【もの】ではなく、心を一つにした仲のよい【もの】の中での表現の順序だ。(樺島忠夫『文章構成法』p.118。【】印は引用者による)

 趣旨はわかるが、いろいろとインネンをつけたいとこが多い文章だ。とりあえず、3回も出てくる「もの」のうち、1つ目と3つ目を「者」って漢字にしてくれていればずいぶん印象が違う(もちろん別の言葉に書きかえたっていい)。念のために書き添えておくが、これは「日本語は論理的な記述には向かない」って迷信とは無関係だ。
 起承転結は日本語の伝統的な文章の構成法である。起承転結は「論」には向かない。したがって日本語は「論」には向かないのである……もっともらしく聞こえるかもしれないが、こんなのは詭弁にさえなっていない。

【引用部】
 文章の構成について、昔から「起承転結」ということが言われてきた。しかし、これはもともとは漢詩の形式である。現在では、文学的エッセイで用いられる形式だ。論述文の場合は、これに従う必要はない。むしろ、「転」のところで別の話題が現れると(あるいはそれまでの論理展開が覆されると)、読者は当惑する。
 学術的な論文の場合には、序論・本論・結論の三部構成にするのがよい。面白みはないが、最初から妙技を求めるのでなく、手堅くやろう。(野口悠紀雄『「超」文章法』p.95)

 ちょっと待った。このセンセーはエッセイを「論述文」に含めていたはずだ。エッセイには文学的エッセイとそうじゃないエッセイがあるってことになる(だから、それは書き手しだいってことでしょ)。まあいいや。とにかく「起承転結なんて関知しない」って態度なんだろう。
 こうやって並べてみると、起承転結は論文には向かないようだ。論文に向かないのなら、小論文なんかにも当然向かない。起承転結なんか意識していたら、すぐに制限字数を超えてしまう。

■構成2──起承転結はエッセイなんかにも向かない
(略)

■個人的な「意見」を少々1──「起承転結にのっとって書け」も妄言では
「起承転結にのっとって書け」に反対する意見をさんざん引用してきた。じゃあ、起承転結派はどんなふうに書いているのか。具体的な例を引用していると長くなる一方なので、駆け足で見ながら簡単に反論する。

1)漢詩を引いて起承転結の有効性を主張する
(略)

2)4コママンガを引いて起承転結の有効性を主張する
(略)

3)具体的な文章の例を引いて起承転結の有効性を主張する
(略)

 実際に自分で文章を書くときのことを考えると、起承転結なんて意識した覚えがない。材料がなくて決められた文章量に足りないとき、強引にあまり関係のない話を入れたことはある。これも「転」の一種かな? そういう苦しまぎれは論外として、長い文章が一本調子になったときに、ちょっと話をかえて寄り道をすることもある。別に起承転結を意識してのことじゃない。
 なぜ「起承転結にのっとって書け」なんて心得が流布したのだろう。いまでも高校の教科書にのっているらしいから、問題の根はきわめて深いのかもしれない。
 有名な心得ではあるが、妄言じゃないかって気さえする。どんな文章にも通用する万能タイプの心得のようだが、具体的にどんな種類の文章に向くのかを考えるとほぼ壊滅状態なんだから話にならない。たぶん「万能タイプの心得」ってのがクセ者だ。なんとなく全部に当てはまりそうで、実はどれにも当てはまらない。
 しつっこく繰り返してきた「文章にはいくつかの種類がある」って話がここでもカギになる。実用文のなかにもいくつかの種類がある。文章の種類が違えば、構成のしかたが違うのは当然のことだ。たとえば、エッセイと論文とでは構成のしかたがかわるに決まっている。それを区別せずに「起承転結にのっとって書け」なんて話を出すから、ヘンなことになるのだ。

(略)

 もうひとつ付け加えると、文章の構成を考えるときに重要なのは、文章の長さだ。長い文章と短い文章とでは、当然ながら構成がかわる。文章の「種類」と「長さ」。最低限この2点を考慮していなければ、構成について何が書いてあっても信用しないほうがいい。
================引用終了

 まず結論を書きます(これが典型的な「結論先行」です)。
「起承転結」という形式は小論文には向きません。
「転」が余分です。
 小論文・論文は〈序論・本論・結論という三部構成〉が一般的とされます。「序破急」「起承結」などもほぼ同じことです。

 一方で、「結論先行」をすすめる人もいます。
 ビジネス文書などはその傾向が強くなります。
 長めの論文の場合は最初に結論を書き、最後にやや詳しく結論を繰り返すことが多くなっているようです(「絶対」ではありません)。「(起)結承結」というこ...続きを読む


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