何か哲学には3つの主張があると聞いたのですが、それぞれ何なんでしょうか?

A 回答 (2件)

主張というのとはズレルかもしれませんが、


存在論
宗教学
倫理学
が、哲学の3本柱だというのを
昔先生から聞いたことがあります。
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私が勝手に思っていることですが、



・人はどこから来たのか
・人はなぜ今を生きているのか
・人はどこに向かって生きようとしているのか

つまり、過去・現在・未来のことだと思うのですが、
まったく自信はありません。

さらに勝手に、過去と現在に重きを置いて考えるのが西欧的、
現在と未来に重きを置いて考えるのが東洋的哲学だと思っています。

学問的にはどうなるのか、無学の私にはわかりません。
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Q主張、或いは表現に哲学が在ると云う時、それが何であるのかを知りたい。

週刊誌、サンデー毎日の連載コラムに五木寛之のボケない名言、と云うのがあります。
今週は、羽生結弦(はにゅうゆずる)《フイギュアスケート選手》の名言

『努力はむくわれない』・・・です。

五木寛之氏はこの言葉を取り上げて、そのタイトルに「真の努力家にのみ許される発言」とし、続けて誤解をまねきやすい発言だが、この発言の後には「しかし努力には意味がある」と云っていると付け加えています。

普通には、努力すれば報われるものであると云う考えが一般だと思うので、羽生結弦選手のこの意外な発言に対して五木寛之氏は「ここまで徹底して醒めた目を持っていることに驚かない人はいないだろう」
と述べて、冷徹な人生(報われるとは限らないと云う)を見すえた哲学である、としています。

ここに"哲学"を感じているらしい。

ここで五木寛之氏が指摘する羽生結弦選手の"哲学"に付いて、分かりやすい説明が欲しいので質問としました。
よろしくお願いいたします。

五木氏は、人生は厳しい。この若さで、それを見切る視線の強さに、あらためて驚嘆せずにはいられない。と、結んでいます。

☆ 単なる考えとそれが哲学になると云うあたりの境界線、のようなものが見えてくる事を期待しています。

週刊誌、サンデー毎日の連載コラムに五木寛之のボケない名言、と云うのがあります。
今週は、羽生結弦(はにゅうゆずる)《フイギュアスケート選手》の名言

『努力はむくわれない』・・・です。

五木寛之氏はこの言葉を取り上げて、そのタイトルに「真の努力家にのみ許される発言」とし、続けて誤解をまねきやすい発言だが、この発言の後には「しかし努力には意味がある」と云っていると付け加えています。

普通には、努力すれば報われるものであると云う考えが一般だと思うので、羽生結弦選手のこの意...続きを読む

Aベストアンサー

yy8yy8az様、はじめまして。
 あんこころ。と申します。
 当方、「教えて!goo」を利用するのは今回が初めてなものでして、何かしら失礼があるかもしれませんがご容赦願います。

 件のサンデー毎日における五木寛之氏のコラム記事に引っかかりを覚え、それについて調べておりましたところ、偶然こちらの質問ページを目に致しました。
 ご質問の意図に適うものとなるかは判りませんが、ご思索の参考になればと思い書き込ませて頂きます。

 No.3の回答者様も触れておられますが、羽生選手の発言についてもう少し詳しく具体的に書かせて頂きますと……

(1)そもそもこの「五木寛之のボケない名言」というコラムにて用いられている「努力はむくわれない」「しかし努力には意味がある」という言葉は、世間一般に出回っている範囲における「羽生結弦選手の言葉」ではありません。
 私なりに色々と調べてみましたが、少なくとも羽生選手がこれと同様の発言をしたという「原典」を見つけることは出来ませんでした。

(2)ただし、類似の発言はあります。それが、CosmoToy様も書いておられる以下の言葉です。
 「努力はウソをつく。でも 無駄にはならない。」
 これは、2016年10月2日(日)にフジテレビ系列で放送された「Mr.サンデー×HERO'S 合体SP」という番組内で取り上げられたもので、インタビュ—映像にて羽生選手自身がフリップに書いた言葉です。
 http://dai.ly/x4vohh6
 (05:44以降のコーナーにて紹介。フリップとそれを説明する一連の言葉は動画終盤にて登場。)
 実際の番組を見ると、上記の言葉以外にも「努力の正解を見つける事が大切」など補足となる言葉が添えられており、羽生選手自身の考え方が色々と述べられています。
 今回の五木氏のコラムを紹介した羽生選手のファンサイトは数多ありますが、その中で「言葉そのものの出典」を示したものは、私が確認した限り全てこの番組での「努力はウソをつく。でも 無駄にはならない。」という言葉をもって、五木氏の文章の原典としていました。

 つまり、
(1)五木氏のコラムは「羽生選手の名言」としながら実際には典拠不明の言葉を軸に展開されており、
(2)事情通の読み手は既知の羽生選手の発言に読み替えているものの、それらは似て非なるものである、
 ということです。

 複数のファンブログが特に推測という断りもなく断定形で書いていましたが、実際には出典が示されていない以上、五木氏が本当にこの番組を下地として文章を書いたのかは判りません。
 もしかすると又聞きや孫引きによる執筆なのかもしれませんし、TV番組だけに後から記憶を頼りに書いた結果の変化かもしれません。
 或いは、私もコアなファンも検索エンジンも知らない羽生選手の言葉を、元々フィギュアスケートがお好きだという五木氏がご存知だったという可能性もあります。
 ただ、もしも本当に「努力はウソをつく。でも 無駄にはならない。」という言葉こそが五木氏の文章の本来の原典なのだとしたら、コラムの文章は羽生選手の本来の発言の意図を曲げていることになります。
 たとえば、CosmoToy様も言及されていますが、野球のダルビッシュ有投手のtwitterにある「練習は嘘をつかないって言葉があるけど、頭を使って練習しないと普通に嘘つくよ。」(2010年6月10日)という言葉などと同じく、アスリートがしばしば述べる「練習(努力)の仕方」についての指摘を、羽生選手の「努力はウソをつく。」に始まる一連の発言は含んでいると思います。
 しかし、五木氏の書いた「努力はむくわれない」「しかし努力には意味がある」という言葉では、その要素は消えてしまいます。
 動画をご覧頂ければわかりますが、本来この言葉は後輩スケーターたち(或いはもっと広範な未来のアスリートたち)に向けたメッセージであり、助言の意図を持ったものです。
 ですから、アスリートとして極めて重要な指摘であるこの点を抜いてしまったのでは、「彼の真意」や「哲学」を酌み切れていないことになるかと思われます。
 ただし、五木氏の書かれた文章が、まるっきり的外れなものだとも私は思いません。
「努力がむくわれるとは限らない現実を受け入れ、それでも努力し続ける信念と精神力を持つ。」
 五木氏の指摘されたことも、羽生選手の一連の言葉が持つ意味の一側面には違いないと感じるからです。
 あくまでも五木氏が羽生選手の言葉や在り方から汲み取ったものを綴った文章だと思って読めば、充分に含蓄に富んだ読み応えのあるコラムだと思います。
 もしも五木氏の文章というフィルターを通さない、生の羽生選手自身の考えや哲学といったものに興味をお持ちでしたら、お時間のある時に出典(であろうと思われる)動画を直接ご覧になることをお勧め致します。
 ただし、この番組もまた、羽生選手の言葉や彼に関する事実関係を、少しずつ変えたり伏せたりするという編集を行っているものではあります。
 自分自身がある程度詳しい分野についての報道を見ていると、しばしば情報が伏せられたり片寄せられたりしていることに気付かされます。
 世の中に情報は溢れていますが、それらは常に誰かの視点というフィルターを通った後のものであるということを意識しておかないと、気付かぬ内に見えなくなってしまっている部分もあるのだと実感させられます。

 最後になりますが、質問主様の仰る「単なる考えとそれが哲学になると云うあたりの境界線」についての私見を述べさせて頂きます。
 私は「考え」と「哲学」の差は「矛盾するものを同時に持ち得るか」ということではないかと思います。
 単なる「考え」であれば「Aである」「Aではない」「Bである」「AでもBでもある」といった相反していたり食い違っていたりするものを同時に己の内に持つことが出来ます。
 一つの事象や命題に対し、一人の人間が幾つもの意見や視点(=考え)を持ち得る、と言い換えても良いかもしれません。
 究極、自分自身の本来の意見とは正反対のものであっても、そういう「考え」を持つことは出来ます。
 そして、その「考え」は必ずしもその持ち主の言動にまでは反映されません。
 対して、ここで言う「哲学」とは自らの経験に則って培われた人生観であり、否応なく常に自身の言動へとフィードバックされていく、より本質的・根源的なものだと思います。
 謂わば「生き方・生き様」そのものであり、これに矛盾を抱えることは大きな葛藤を伴い、ときに不可能ですらあります。
 五木寛之氏は元々フィギュアスケートを好んでいらっしゃる方らしいですので、羽生選手の言葉から汲み取ったものに普段から見ているその生き様に通じるものを見出され、「考え」ではなく「哲学」と書かれたのではないでしょうか。
 何だか小難しい言い回しでまとまりが悪くなってしまいましたが、個人的には他の回答者様や質問主様ご自身のご意見とも近いところのある答えかと思います。

 以上、ご質問の件に対し、思うところを述べさせて頂きました。
 長文乱文となってしまい、大変失礼致しました。

yy8yy8az様、はじめまして。
 あんこころ。と申します。
 当方、「教えて!goo」を利用するのは今回が初めてなものでして、何かしら失礼があるかもしれませんがご容赦願います。

 件のサンデー毎日における五木寛之氏のコラム記事に引っかかりを覚え、それについて調べておりましたところ、偶然こちらの質問ページを目に致しました。
 ご質問の意図に適うものとなるかは判りませんが、ご思索の参考になればと思い書き込ませて頂きます。

 No.3の回答者様も触れておられますが、羽生選手の発言についてもう...続きを読む

Q論理学・言語哲学・分析哲学それぞれの言葉の意味や関係

これから分析哲学を基礎から学ぼうと考えているのですが、論理学・言語哲学・分析哲学それぞれの言葉の意味や関係がはっきりとは分かりません。自分で調べてみてもいまいち明確になりません。どなたか教えて頂けませんでしょうか?

Aベストアンサー

あー、なるほど。しかしとても一言では。

でもま、批判と誤解を恐れずにざっくりといってしまえば、言語とは何か、という問いに答えようとするのが言語哲学で、論理学はその一部です。分析哲学は言語を通して世界を見ようとする立場で、言語哲学とは逆といえば逆です。

しかし、すべてを包含して言語哲学といっても構わないでしょう。

そういう意味では、言語哲学はギリシャ・ローマ時代からの伝統があります。パラドクスのゼノンや、アリストテレス、ストア学派などですね。

特にアリストテレスは論理学の創始者と言っていい。ただ一般に論理学というときには非常に厳密で数学的な分析を指します。形式論理学・命題論理学・様相論理学など、p → q のような記号の連続ですね。

さて最後の分析哲学ですが、私の挙げたヴィトゲンシュタイン、ラッセル、クワイン、などはこの仲間です(本人がどう考えているかは別)。こうしたそうそうたる顔ぶれを見ると、現代言語哲学とは分析哲学であるといってもいい。

さらにややこしいことに、この人たちは論理学者でもあり、フレーゲやモンタギューは形式意味論の祖であるとも言える。

というわけで、結論。
言語哲学の中に分析哲学があり、その中に論理学がある。歴史的経緯を一切無視して現状だけ見れば、そう断言しても、いいんじゃないかな。

あー、なるほど。しかしとても一言では。

でもま、批判と誤解を恐れずにざっくりといってしまえば、言語とは何か、という問いに答えようとするのが言語哲学で、論理学はその一部です。分析哲学は言語を通して世界を見ようとする立場で、言語哲学とは逆といえば逆です。

しかし、すべてを包含して言語哲学といっても構わないでしょう。

そういう意味では、言語哲学はギリシャ・ローマ時代からの伝統があります。パラドクスのゼノンや、アリストテレス、ストア学派などですね。

特にアリストテレスは論...続きを読む

Q【経営に役立つ哲学者の言葉】経営に役立つ哲学者の言葉を教えてください。検索タグ 経営者独国ド

【経営に役立つ哲学者の言葉】経営に役立つ哲学者の言葉を教えてください。

検索タグ 経営者

独国ドイツの哲学者
アルトゥール・ショーペンハウエル

何事も成功するまでには3段階ある。
第1段階、人から笑い者にされる。
第2段階、激しい抵抗と反対に遭う。
第3段階、それまで笑い者にしたり反対したりした人たちが、いつの間にか「そんなことは分かっている」と同調するようになる。

Aベストアンサー

哲学者限定ですね。

幸運がもたらす富や順境は素直に受け入れよ。ただし、それを手放すときは渋るべからず。
マルクス・アウレリウス

失敗する方法ならいくらでもある。しかし。、成功する道はたった一つしかない。
アリストテレス

のようなものが直球ですが

人格は繰り返す行動の総計である。
  それゆえに優秀さは単発的な行動にあらず、習慣である。
アリストテレス

生きるために食べよ、食べるために生きるな。
ソクラテス

大きな恩恵は、感謝を生み出さない。
ニーチェ

自分がすることを、全員がしたらと、問え。
サルトル

弱い者ほど相手を許すことができない。
許すということは、強さの証だ。
ガンジー

なども、十分に使えます。
で、哲学者でもそうじゃ無くても、名言のほとんどが経営に使えます。

自分が響くのをチョイスすると、自分を見失わないで
歩いていく励みになります。


思いついて調べました。

『暗黒がいかに広大であろうと、われわれはそこに光を投げかけるべきだろう。』
『世の中に、馬鹿げた考えなどというものはない。』
どちらもキューブリック監督

今の気持ちにマッチしてます。


名言、楽しんで下さい。

哲学者限定ですね。

幸運がもたらす富や順境は素直に受け入れよ。ただし、それを手放すときは渋るべからず。
マルクス・アウレリウス

失敗する方法ならいくらでもある。しかし。、成功する道はたった一つしかない。
アリストテレス

のようなものが直球ですが

人格は繰り返す行動の総計である。
  それゆえに優秀さは単発的な行動にあらず、習慣である。
アリストテレス

生きるために食べよ、食べるために生きるな。
ソクラテス

大きな恩恵は、感謝を生み出さない。
ニーチェ

自分がすることを、全員がした...続きを読む

Q哲学って何かの役にたつの?

哲学って何か目に見えて役に立ったりしてるんですか?
それとか、目の見えないところで自分に役立ってるとかですか?

僕は歴史の世界史がすきですが、哲学者の名前がよく出てきます。歴史の教科書に名前が出る人だからすごいんだろうけど、何をしたのかいまいちよくわかりません。

こんな質問をしておこられるのはわかってるんだけど、
おこったらゆるしてください。べつにわるぎはぜんぜんありません。

Aベストアンサー

『哲学』は『考える事、自分なりの答えを持っている事』に通じます。
何でも良いから、自問自答するんです。そしてその知識を全て連結してしまう。
哲学の何たるやを理解した後でこの世の中を見てください。

『常識』『マナー』『法律』それらの存在の小ささが実感できるかと思います。
上の3つは『大義名分を立てて自分にとって不愉快であるものを排除するための道具』でしかない
法律は『ほぼ全ての人が賛同するから成り立っているだけ』ですが賛同する人が減ったらどうなるか?
まさにイラク戦争を仕掛けたアメリカのようなものなんですよ…(解ります?)

何が良いか何が悪いかをとことん考え抜く。
時に『言い負かす』と言う事もできるでしょう。
でも一番は判断力かと思います『判断しない』『考えない』だから自分の首を絞める事が多いって思いません?
一番典型的なのは『脱サラして○○を始める』良く考えれば解る事なのに後で後悔して妻子は大迷惑…
コストは、採算は…をきちんと考えないで事を始めるからそうなるわけです。
格好から入る…電車乗り継いででも好きな事を仕事にする…自給が良いから…
それで仕事を選んで良いものかしっかり考えているとは到底思えません…
『昔から夢だったの!』は趣味か道楽にするのが良い それです。
そういう考える力を養うのが哲学なんです。

『不平不満を垂れ流す』では何も解決しない。色々考えると先が見えます。
『不況について』を考えてみてください

私の場合
お金が無い→人は弱い→何か頼るものが欲しい
=人が頼るところに目を置いた仕事をすれば儲かる

かつては好景気だった→景気の良し悪しを左右するのは人間である
=人と接していなければ景気が良くなるわけが無い

景気が良かった頃と今を比較する→(中略)→昔のようなお隣さん付き合いが無い→一人の時間が長い→判断力が低下→比較対象がいない→成長しない
『他人に注意するおせっかいな人』がいなくなってしまったわけですよ。助言、アドバイスそれが無い会社が多いですよね?

不況の根底は『不信感』にある。ありとあらゆるものが不審であるため、他人を信じれなくなっている
『人のためのアドバイスが実は自分の利益の為』これが多くなっているので聞く耳を持たない。

例『不審者を見かけた方は駅係員にお知らせください』これは意味を成さない。
不審者=非常識な人
非常識な人=他人と行動が異なる人
不審者を見つけたと駅係員に知らせる人=他人と行動が異なる人
『持論、主観、私見…これを磨く事が哲学』と私は位置付けています。
まぁ、これが他人の考えとあまり離れないようにしながらというのが難しいところではありますが。

>何をしたのかいまいちよくわかりません。
『さまざまな物事の根本を暗中模索し、答えを得ようとした先駆者』という所でしょうか。
『我思う故に我あり』大昔によくもまぁここに辿り付いたなぁと感心してしまうばかりです…

…哲学の良さが伝われば嬉しいかな…逆に紫蘭ってうぜぇ…と思われたら…まぁ良いや嫌っといてください(苦笑

『哲学』は『考える事、自分なりの答えを持っている事』に通じます。
何でも良いから、自問自答するんです。そしてその知識を全て連結してしまう。
哲学の何たるやを理解した後でこの世の中を見てください。

『常識』『マナー』『法律』それらの存在の小ささが実感できるかと思います。
上の3つは『大義名分を立てて自分にとって不愉快であるものを排除するための道具』でしかない
法律は『ほぼ全ての人が賛同するから成り立っているだけ』ですが賛同する人が減ったらどうなるか?
まさにイラク戦争を仕...続きを読む

Q僕の考えた哲学は 何かの役に立つでしょうか?

僕の考えた哲学は 何かの役に立つでしょうか?

人間は存在する為に生きている 存在肯定です 存在しないものは 無いのですから

人間は精神 精神は性質で出来ている 人間は存在性を駆使して生きる

実は人間の正体は存在性の塊 存在の為の存続 存続を目指して未来に存在する 永遠への存在を目指す

唯物論と唯心論の合体 危険な急速な進化を避けてゆっくり進化しよう

存在とは「個性ある性質を持ったエネルギー」として捉え 人間の精神はその性質と同じ質である・・・

等など

Aベストアンサー

存在の肯定=マクロな意味での種の保存、継承
というふうに読み替えれば、一般的な人生哲学として役に立つものになるのではないでしょうか。


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