これからの季節に親子でハイキング! >>

 
 「鳴かぬなら 殺してしまえ ほととぎす」 (織田信長)
 「鳴かぬなら 鳴かせてみよう ほととぎす」(豊臣秀吉)
 「鳴かぬなら 鳴くまで待とう ほととぎす」(徳川家康)
 「鳴かぬなら それもまた良し ほととぎす」(松下幸之助)

 それぞれの句は、それぞれの生き方を良くあらわしているように感じます。
 (私は松下幸之助さんの句に共感を覚えています。)

 今回は、みなさんの信念を「句」に詠んで、簡潔明瞭に教えていただけないでしょうか。
 俳句でも川柳でも何でも結構です。(字余り・ウイット・脱線歓迎)

 よろしくお願いいたします。


 ちなみに、最近の私の一句 「絵の中の 輝く瞳 我が心」 (お粗末)
 

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A 回答 (20件中1~10件)

今晩は、まだ開いていたのですね


わたしも酔ひすがりに、一首一句

『 世の中は 鳴くも鳴かぬも 斯くの如 
         何故に哀しく 可笑しくもある 』

『 梅雨明けの 便りも涼し 北の宵 』

開いていて嬉しゅうございました

この回答への補足

 
 最後にこの欄をお借りします。

 今回は、「鳴かぬなら ~~~ ほととぎす」に拘っていたわけではなかったのですが、ほとんどの方々から、これをもとに詠んでいただきました。それにしても、「ほととぎす」で、これだけ多くの句が出来てしまうとは、とても驚いています。

 皆さん一人一人の素敵な句に、私の勝手な解釈を加えてしまった事を、ここでお詫びいたします。でも、私としては、とても得る事が多いひとときであったと感じています。句を詠むということは、その詠む人の人生経験がなせる技なのではないでしょうか。また、その句に、その人なりの人生哲学を感じます。

 お礼文の中に、誤字、脱字が多くて、大変失礼しました。

 ご回答いただいた皆様、ありがとうございました。
 

補足日時:2002/07/21 18:32
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この回答へのお礼

 
 ご回答ありがとうございます♪

 本当は、いつもどおり一週間で締め切りたかったのですが、少し思うところがありまして、「20」で締め切りたかったのです。なので、今日まで待っていた次第なのです。(その理由につきましては長くなりますので割愛させていただきます。)

 おかげ様でこのスレッドは、mcqgogoさんに救われた感じがします。今回の短歌や俳句にしても、mcqgogoさんのセンスがキラリ!と光り輝いていますね。これだけの句が詠めるとは、多くの人生経験があり、人間的に丸く、思慮深い高貴な人との印象をもちます。またいつの日か、機会がありましたら、よろしくお願いいたします。


 mcqgogoさんにご回答いただいたあと、管理人さんからも、そのすぐ2時間くらい後に締め切り確認のメールが届いていました。このサイトの管理人さんもこんな夜遅くまで管理作業をされているとは、頭の下がる思いです。(管理人さん、お手数をおかけいたしました。)

 哲カテのお姉さんですが、最近見かけませんね~。長期休暇にでも入ってしまったのでしょうか。確かに、いくら哲カテと言えども、管理者サイドとしては一般的なモラルや秩序を維持するためにも苦渋の判断があるのでしょう。でも、出来れば、早く復帰して欲しいな~・・。

 この度は、ご回答いただけて嬉しゅうございました。
                    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
                   ↑ なんか、岸朝子さんみたいですね。
 

お礼日時:2002/07/21 18:32

こんにちは、わたしも通りすがりに・・・



「鳴かぬなら また出直そう ほととぎす」

物事にはタイミングというものがあると思います。
人間は努力と、「まさにその時」をうまくつかむ才能が必要では
ないでしょうか・・・。今はだめでも、明日はいいかも知れない。
でもそのためには、1回退くことも大事。
そんな気持ちでしたん。

「絵の外へ 向ける瞳よ 輝かしけれ
      月日の光を 浴びるなればこそ」
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この回答へのお礼

 
 「通りすがり」とのことですが、その文面から私はkaleenさんの気高い人柄を感じとれます♪ まさに同感です♪

 最近、外回り営業をする事があるのですが、これがまた面白いのです。いろいろな人がいます。女性だと思って最初からなめてかかる人、セクハラを仕掛けてくる人、一見理解を示してくれているように見えても、実は態度と裏腹な事を考えている人等・・。私はかつての上司に言われたことがあります。「不平不満を言ったらきりが無い。運気は遠のくばかり。それがあたりまえだと思えば、自然とやる気が出てくるものよ。」と。

 現実のエピソードを少し紹介させていただきますが、部内の男性上司が病気のため、ピンチヒッターとして、私が代わりに商談物件を引き継いでいます。当初は99%駄目かも知れないと思っていたものの、1%の可能性に明かりを求め、懲りずに何回も足を運び、スポーツのような駆け引きを楽しんでいるうちに、結局は商談がまとまってしまうといったことが良くあるのです。いろいろな人と関わるという事は、とても面白いものです♪

 人生には実践的経験が大いに必要なものです。解説書等でボクシングの理論等をマスターし、独学でシャドウボクシング等の練習で絶対の自信を身につけたとしても、所詮は井の中の蛙、プロボクサーどころか普通のジムの練習生にさえ勝つことは難しいでしょう。明石家さんまさんにしても、多くの人たちとの百戦錬磨の関わりがあるからこそ、あれだけの才能を発揮できるのだと思います。私は、理論だけで武装しようとしている人が、どれだけ脆いものなのか身を持って理解しているつもりです。

 「諦め」も時には必要なものですが、諦めなければ、道が開ける事があるのも事実です。・・その時の判断が非常に難しいものなのですが、多くの経験を重ねる事によって、自ずと、その判断力が身についてくるように感じています。


 最後の、和歌に例えていただいたアドバイスは、とても素晴らしいものです。涙が溢れ出してしまいそうになります。頭では理解していても、あらためて人から言われると、本当に感動します。でも、街頭似顔絵描きは、私の人生の一コマに過ぎないという位置付けなのです。なので、もう少し、自分が納得行くまで続けさせてください。

 ご回答ありがとうございました。(長文にて失礼しました。)
 

お礼日時:2002/07/13 01:26

とっても面白い質問ですね☆


私は、
    鳴かぬなら 何故だか聞こう ほととぎす
です。

物事には理由があるはず、ほととぎすが何故鳴かないのか、
鳴き方を忘れた?故郷が恋しい?寒いのかな?
具合が悪い?それともただ鳴きたくないだけ?
どれでも良いのです。 私は知りたい。 何故ほととぎすが鳴かないのか。

 『絵の中の 輝く瞳 我が未来』
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この回答へのお礼

 
 人の根源的なやさしさを感じます♪ 他人には無関心な人が多いという風潮の中、尊い考え方のように思います。

 5年程前のことでしたが、私は突然の風邪により、2日間会社を休んでしまった事がありました。その時は別に、人間関係の悩みなどは全く無かったのですが、同僚のたわいの無い一言(「最近元気が無かったようです。」)を耳にした上司が、とても心配してくださり、退社後、上司の帰宅方向が私の家と反対方向であるのにもかかわらず、わざわざ私の家まで訪ねて来てくれたことがありました。その時は、何とも言えないほどの感動に包まれた事を今も覚えています。他者を思いやれる心は素敵です。

 でも、他人のお節介というものは、時と場合によっては、当人にとって、迷惑に思われる事があるかも知れません。しかし、だからと言って簡単に見放してしまえば、それもまた不幸な事のように思います。人に限らず、他者との関係を維持する事は、時に難しく感じる事がありますが、どんな時でも、めげずに立ち向かって行きたいものです。acccoさんは、それを臨機応変に状況判断できる人だと感じます。

 最後の句も、限りない向上心を感じます。素晴らしい!

 ご回答ありがとうございました。
 

お礼日時:2002/07/13 01:23

皆様のすばらしい回答の後で申し訳ないのですが・・・。



「鳴かぬなら エサでつりましょ♪ ホトトギス」(第一段階 作戦編)

「鳴かぬなら くすぐっちゃうぞ♪ ホトトギス」(第二段階 ツッコミ編)

「鳴かぬなら 他をあたろう♪ ホトトギス」(第三段階 あきらめ編)

お粗末さまでした~。
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この回答へのお礼

 
 「ビーバップハイスクール」を髣髴とさせるような他段階ドラマ仕立てで参りましたね♪ ??

 円熟の極みなのかも知れませんね♪ gomuahiruさんの守備範囲に迷い込んでしまった子羊たちは、もう「gomuahiruマジック」から逃れることは出来なくなってしまいそう・・。3番目の句も、ポジィティブに考えれば、高度な恋愛術ですものね。→「冷たく去られると、追いかけたくなる。」

 gomuahiruさんのHNについて考える時、NTV鉄腕ダッシュの「ダッシュ村の村長」を思い出してしまいます。私、あの番組好きなんです。(ごめんなさい。またまた余計なことを書いてしまいました。でも、可愛らしくて素敵です♪)

 ご回答ありがとうございました。
 

お礼日時:2002/07/10 23:52

おじゃまします。



「鳴かずとも、そばにいさせて、ホトトギス。」
「鳴かずとも、あなたがすきよ、ホトトギス。」

好きな人を想像して書きました。てへ。

「絵の中の 輝く瞳 我が心」 (^-^)

「絵の中で、あなたの心、光ってる」どうしても、女になってしまいます。
おじゃましました。
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この回答へのお礼

 
 わ~ぁ、papapikoさんの、その純真な乙女心は素敵です♪
 この句を読んでしまった殿方たちは、きっと、papapikoさんにクギヅケになっていますヨ!
 
 恋をするって、本当に素敵な事ですよね! 私までトキメイチャッタみたい・・

 ご回答ありがとうございました。
 

お礼日時:2002/07/09 23:38

$(^-^)$/おはようございます!aoihoshiさん、お礼の文いま読みました。


ええ、ここのところパソにマシントラブルが発生したりと、修復するのにかかりきり、なかなか教えて!gooのサイトにも繋がりづらかったり、いや、パソ起動時に起こるトラブルなのでどのサイトを見る見れない以前の作業。セフティ-モ-ドで修正かけていまどうにか、インタ-ネットに繋がりました。お返事遅くなってごめんなさい。

「鳴かぬなら 畳にのの字 ほととぎす」

aoihoshiさんから「このうたのこころは?」と、ご質問いただいてるようですね。

はい、まずこのうたを詠うときにイメ-ジしたのは、「恋」でした。
言葉を交わしたことのない相手、たとえば、通学電車でよく見かける相手、いつも遠くから眺めてみているだけの相手、どんな人だろう、どんな声だろう、どんなふうに笑うんだろう、毎朝通学時に同じ電車に乗合わせ見慣れたカオなのに...
ガタゴトと揺れる電車、窓の外を見つめつり革を片手でギュッ!っと握り締めスッ-っと伸びた背筋が学生服の詰襟とあわさってまぶしい。チラチラ、ドキドキ)))満員電車でギュ-ギュ-、暑くって、むしむし、とても快適な車内ではないんだけど、ドキドキときめきかんじちゃう。人の肩越しから見える彼の姿、電車が揺れるガタゴト、ガタゴト、そのつど人も揺れる、見えたり見えなかったり、あ-ん、視界を防がないでと目の前の人の頭を手でよけたくもなるけど満員電車身体が身動き取れない。じれったいとおもうまもなくまた電車が揺れるガタゴト、ガタゴト、あっ!みえた。キャッ-ドキドキ)))なんだか電車はわたしのこころをしっているかのようにチラチラ、ドキドキがガタゴト、ガタゴト揺れる。

恋の成就をこのうたで詠っているのではありません、恋する気持「あこがれ」。
恥じらいとか初々しい気持を思い出してほしいなと...
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この回答へのお礼

 
 んっ・・ よけいに分からなくなってしまったような・・
 ・・なので、再見!

 ・・なるほど~♪ 深い意味があったんですね~♪ 
 初々しい恋心か~ そんな時期もありましたね~・・
 歳月の流れは、時に大切な心を忘れさせてしまうものですね。
 恋に純朴だった頃を思い出させていただきました。

 再度のご回答ありがとうございました。

 PS.早くPCが元通りに使えるようになりますようにお祈りしています。
 (そういえば、私も大昔のDOSの時代、NEC RX-2で丸1日悪戦苦闘した事を思い出しました・・。)
 

お礼日時:2002/07/09 23:37

 


 
 
  鳴かぬなら 鳴くまで待とう アマリリス
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この回答へのお礼

 
 いゃ~ 深いですね~♪ 旬ですね~♪ 人生哲学ですね~♪
 
 旬の季語に「心」ですか・・
 花の美しさ、花の心、花の存在意義を通した慈しみの心 ・・ウ~ン ワンダフォ~!
 goo_no_sukeさんは、円熟した人格の持ち主であると推察します。

 そういえば、淀川長治さんが生前に語っていた言葉「私はいまだかつて嫌いな人に会った事が無い」
 ・・という言葉を聞いた時に、私はなぜか「美しい花」を思い浮かべていました・・。

 ご回答ありがとうございました。
 

お礼日時:2002/07/09 23:34

「絵の中で 怯える瞳 我が心」



質問に答えるのは、とても難しい事です。
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この回答へのお礼

 
 なんか、一本取られたような気がしないでもないですが・・

 私の手にかかれば、eidosさんの瞳も「キャプテン翼」のような輝く目になりますよ~。(←何のこっちゃ)

 句を作るときの「ひらめき」は、考える努力をしないと決して得られるものではありませんが、その執着から解き放たれた時に、ふと、頭に浮かんでくるケースが多いような気がしています。

 私質問は、事前に答えが用意されていないものばかりでごめんなさい。

 ご回答ありがとうございました。
 

お礼日時:2002/07/08 19:29

こんにちは。



「鳴かぬなら にらめっこしましょ  ほととぎす」
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この回答へのお礼

 
 それも良い作戦かも知れませんね♪ 

 その時のホトトギスはどんな顔になるのだろうと思い、即興で今、絵を書いてみました。
 ・・う~ん、私はどうも「にらめっこ」には絶えられそうにありません。
 ・・なぜなら、どう頑張ってみても、「グーグーガンモ」になってしまうんですもの・・ (*^_^*)

 ご回答ありがとうございました。
 

お礼日時:2002/07/08 19:28

「鳴かなぬなら 一杯どうだね ほととぎす」



ま、ま、そんなに肩肘はらずに。

# ってか、肩どこですか?
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この回答へのお礼

 
 爆! misokaさんは、とてもユニークな方ですね~♪

 私が小学生の頃、父が日本酒を少しだけ口移しで猫に飲ませたことがあったんです。・・そうしたら、千鳥足になるし、お喋りになるし、・・あの時、猫は気持ち良かったのかな~。顔も、しっかりと酔っ払いの顔をしてましたよ。(本当、本当)
 
 ご回答ありがとうございました。
 

お礼日時:2002/07/08 02:24

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上記三人の人柄をホトトギスを用いて表現した文句は有名ですが↓

信長「鳴かぬなら殺してしまえホトトギス」
秀吉「鳴かぬなら鳴かせてみせようホトトギス」
家康「鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス」

これらは彼らの人柄をわかりやすく例えるために後世に詠まれた、とこのサイト内の他の質問から知りましたが、これらを考えた「誰か」というのは特定の人物として存在するのでしょうか?
ご存知の方がいらっしゃいましたら教えて下さい。
宜しくお願いします。

Aベストアンサー

作者不明だそうです。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~gokuh/ghp/think/zakki_08.htm

Q鳴かぬなら 逃がしてしまえ ホトトギス

”鳴かぬなら 逃がしてしまえ ホトトギス”と歌った武将を御存知でしたら教えてください。

Aベストアンサー

>>と歌った武将を御存知でしたら教えてください。

そういう風に「歌われた」武将はいますが「歌った」武将はいません。
これは詠史句(歴史上の出来事や人物を主題とした詩歌)といって後世の人が
武将の性格分析をするおり、ホトトギスを敵側と置き換えた場合の戦国武将の
対応の仕方というか武将の性格というか戦のやり方を象徴的に詩に表したもの
だからです。

ちなみに有名な三人の武将をとして歌われたのは
織田信長「鳴かぬなら殺してしまえホトトギス」 
豊臣秀吉「鳴かぬなら鳴かせて見せようホトトギス」
徳川家康 「鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス」 

で今回の「鳴かぬなら 逃がしてしまえ~」と歌われた武将は検索したところ
明智光秀さんのものではないでしょうか。。
「鳴かざれば、放してやろう、ホトトギス」
http://www.nhk.or.jp/sonotoki/syoukai/s35.html

参考URL:http://www.nhk.or.jp/sonotoki/syoukai/s35.html

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先日、私の職場の同僚のお父さんが亡くなりました。
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もう3日も休んでいるので、何も言わないのもおかしい気がするし。
それとも、触れるべきではないのでしょうか?
今度会ったときに何て言おうかと悩んでいます。
相手を気遣い、かつ不快にさせないことばがあるでしょうか?

Aベストアンサー

こんにちは。 30代オンナです。

私は5年前に実母を癌で亡くしました。
そのときに会社の皆さん、友人たちにいろいろな言葉をかけてもらいました。
「大変だったね」「何かできることあったら言ってね」等々なぐさめやねぎらい(お通夜・お葬式は大変だった!)の言葉はどれもありがたいものでした。

ただ、うちの母親の場合56歳という若さで亡くなったのでそれは私自身とても残念で悲しいことでした。
唯一「まだ、若かったのに残念ね・・」という言葉には正直辛く感じました。

わたくしごとをゴタゴタ並べてしまいましたが、やはり何か言葉をかけてあげたほうが良いと思います。
腫れ物を触るように気をつかっていただいたことがあり逆にこっちが気をつかっちゃったりしたことがありました。

ただ、なくなった直後は葬式やら事務手続き等でとても忙しくて亡くなったんだ実感というものが感じられません。
できたら、落ち着いた頃に(49日が終わり、2か月くらいたったころ)食事にでも誘ってお話を聞いてあげてみてください。

Qケセラセラの意味を教えてください。

ケセラセラの意味(ニュアンス)を教えてください。
日本語の歌詞では、「なるようになる、先のことなど解らない」と歌っていますが、原語では「自分が信じるようになっていくんだ」となっているという人がいます。
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私の勝手な解釈を書かせていただきたいと思います。。。

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そのような、なるようになるという世界だから、
自分の意思こそが物事に意味を与えるものなのであり、
どうせ定まっていて変えられないものなら、
自分の信念こそが、自分の世界における時間であり物事だったりすると言えると思います。

過去や現在に憂慮してその気持ちばかりにとらわれていたら、
その気持ちでしか世界が見えない。
だから過ぎたことも先のこともくよくよ考えないで、
おおらかに構えてほんのり前向きな気持ちであれば、
そう信じたように世界は見えてくる。なっていく。

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Q鳴かぬなら

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小学生以下は、小学生を、以って(もって)下がる。
小学生以上は、小学生を、以って(もって)上がる。
小学生未満は、小学生に、満たない。(小学生になっていない)

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Q「太陽」「月」「星」を外国語で

こんにちは。タイトル通りなんですが、「太陽」「月」「星」を外国語や神話などで言うとどうなるのかを調べています。
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スペイン語

太陽   Sol ソル
月    luna ルーナ
星    Estrella エストレージャ

ポルトガル語

太陽   Sol ソル
月    Lua ルア
星    Estrela エストレーラ

エスペラント(語)
太陽   Suno スーノ
月    Luno ルーノ
星    Stelo ステーロ

いずれもラテン語系なので似通っています。

Q人間は考える葦である とは?

ふと頭をよぎったのですが、、
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  「人間は考える葦である」というのは、フランスの17世紀の思想家・数学者であったブレーズ・パスカルの手稿にあった言葉の翻訳です。普通、『パンセー Pensee(思索)』という著作のなかの言葉だとされますが、『パンセー』はパスカルの著作ではありません。パスカルは、もっと系統的に、人間、世界、神の秩序や矛盾などを考察した、体系的な浩瀚な著作を著すことを計画していて、そのメモを多数書いたのですが、構想が難しかったのか、または若くしてなくなった為か、計画した著作を完成させずに死去しました。
  
  残された膨大なメモを元に、パスカルが計画していた著作に似たものを編集することも考えられたのですが、とても、それは無理なので、断片集として、計画のまとまりや、内容の関連性などから、おおまかに断片メモを整理してまとめて、一冊の本に編集したのが、『パンセー』です。当然、パスカルの死後出版されましたし、内容は、緩やかなつながりで、長短の断片文章が並んでいる構成です。従って、本のなかの文章はパスカルのものですが、本は、パスカルの「著作」とはちょっと云えないでしょう。ほとんどできあがっていて、足りない部分などを、他の文章で補ったりして、計画通りかそれに近い本を作ったのならともかく、当初の計画とは違う、「箴言集」か「随想集」のような本になってしまっていますから。
  
  それはとまれ、「葦」が弱いものの代表として人間の比喩に取り上げられているのは事実ですが、何故「葦」だったのか、という疑問が起こります。例えば、「人間は考える蟻である」とか、「人間は考える蝶である」とか、また「人間は考えるクローヴァーである」とか、幾らでも考えられます。
  
  これは、誰かの説明であったのか、わたしが勝手に考えたのか記憶がはっきりしないのですが(おそらく誰かの説明です)、人間が「葦」であるということの比喩は、ナイルの河畔に生える葦は、強い風が吹くと、弱いために、すぐしなって曲がってします。風に抵抗できない。いや抵抗せずに、しなって敗北するのである。しかし、その他方で、偉大な樫の樹などは、風が吹くと、しなることはせず、抵抗するので風に勝利するが、しかし、繰り返し風が襲って来た時、何時か強い風に倒され、根元から折れてしまうのです。しかし、賢明に自らの分を知る「葦」は、風が吹くとそれに身をまかせてしなり、逆境のなかで、一見屈服したように見えるが、しかし、風がやむと、徐々に身を起こして行き、再びもとのなにごともない姿に戻って微風に揺れているということが、人間への「比喩」の意味だったはずです。
  
  少しの風が吹くとしなり、風の前屈して曲がるが、風が去ると、また元のように立ち上がる。人間とはこのように、自然や運命の暴威に対し無力であるが、それに従順に従い、そして暴威をくぐり抜けて、また元のように、みずからの姿で立ち上がる。自然界のなかでたいへん弱く、簡単に風にしなるが、柔軟性があり、運命にも暴威にも屈しない。そして何よりも、「考えることができる」すなわち「精神を持つ」ことで、ただ、自然の力、暴威として、力を無自覚に揮う風に較べて、遙かに賢明で、優れた存在である。……このような意味の比喩ではなかったかと思います。
  
  この葦の比喩は、パスカルという人がどういう人だったかを知ると、パスカル自身のことのようにも思えて来ます。パスカルは、四十に満たないで亡くなっています。彼は、少年の頃から神童と言われたのですが、病弱で、一生、病気や身体の苦痛とたたかいながら、思索し実験し、研究し、晩年は、修道院に入って信仰生活を送ることを決意して、自分自身でも、そのことについて、悩み考えつつ、世を去りました。パスカルは、自分に襲いかかる不条理な病や、身体の不調などと、「たたかう」というより、それを受けて耐え、病の苦しみのなかで思索や研究を続け、「精神」において、自然が与えた病の暴威などを、乗り越えて生涯を送った人だとも云えるのです。
  
  暖めた流動食でないと、喉を通らないというようなこともしばしばあったということは、解説書などには必ず記されているはずです。弱々しい「葦」のように、襲って来る風に身をまかせつつ、思索した精神、それがパスカルなのでしょう。パスカルは「人間とは、運命に従順であるが、しかし、精神で、運命に抵抗し、不屈の意志で、思索することで、運命や自然の暴威を乗り越える自由の存在なのだ」という意味で、この言葉を記したのではないかとも、思えるのです。
  

 
  「人間は考える葦である」というのは、フランスの17世紀の思想家・数学者であったブレーズ・パスカルの手稿にあった言葉の翻訳です。普通、『パンセー Pensee(思索)』という著作のなかの言葉だとされますが、『パンセー』はパスカルの著作ではありません。パスカルは、もっと系統的に、人間、世界、神の秩序や矛盾などを考察した、体系的な浩瀚な著作を著すことを計画していて、そのメモを多数書いたのですが、構想が難しかったのか、または若くしてなくなった為か、計画した著作を完成させずに死去し...続きを読む

Q「案件」という言葉の使い方

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ビジネスの場で、
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(2)調査すべき事件。訴訟事件。
<三省堂国語辞典>

とあり、意味にちょっとギャップがあるように思います。

また、たまに「物件」という言葉で同じ使い方をしている人もお見受けしますが、私は不動産やさんの「この物件はお薦めですよ」なんていう時の言葉かな、と感じます。。
ちなみに辞書では、「しな。品物。物品」と出ていました。

業務連絡など正式なものを発信するときには、間違った使い方をしたくないので、皆さんの感じ方、使い方などご意見を聞かせてください。

余談ですが、会社にいろんなことを聞ける人がいるといいんですけど、「細かいことをいちいちウルサイ!」といわれてしまいそうで、よくココを利用しています。。

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こんにちは。
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「物件」という言葉と比べてみると、

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口内炎が舌にできたものだと思いますよ。私も子供のころからしょっちゅうできます。舌にできるとものすごく痛いんですよね(T_T)

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