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質問です。
ヴェトナム戦争によって以後の合衆国の外交政策というものは
顕著に変化してきたのでしょうか?
確かに、ベトナム戦争後に、ニクソン大統領が
社会主義国である中国に訪問したり
米中対ソ連という構図などが出来上がってりしましたが…
いまいちその意図がよくわかりません。

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A 回答 (2件)

1968年の大統領選挙に勝利したニクソンは、内政より外交を好む政治家だった。

「中国を国際社会から永久に仲間はずれにすることはできない」と論文を発表し、1971年には演説で、「もし強く健康な米欧ソ中日がそれぞれバランスをとりながらいけば、世界は安全でより住み良いものとなろう」と五極による勢力均衡状態を描いてみせた。
外交に腕を振るいたいニクソンは、国務長官にはわざと外交に未経験な人物を据えたりした。
~ニクソンの外交構想~
(1)対中和解
(2)対中和解をテコに中国と対立するソ連との関係を安定させる。
(3)中ソの了解のもとでベトナムとの交渉を成功させ、米軍を撤退させる。これに、おまけとして、華麗な外交をマスコミにとり上げさせることで、72年の大統領選挙で圧勝して再選を果たす。

以上、参考になるかわかりませんが・・・
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基本的に変わってないはずです。


ベトナム戦争も朝鮮戦争と同じく、自由主義を標榜するアメリカの資本主義・米軍主導の軍事体制圏維持、拡大政策と、社会主義圏を標榜したソ連中心の詩社会主義経済・軍事体制圏の間の領地拡大の戦争でした。ベトナムを各陣営の圏域に取り込むため、お互いにクーデターを起こすよう工作をしあい、両陣営とも相手側経済体制の指導者を独裁者よばわりして軍事介入を進め、挙句の果てにトンキン湾事件という米駆逐艦への攻撃事件をでっちあげ、アメリカが始めた戦争です。
その後のソ連、アメリカともそういう基本路線を何ら変更していませんが、アメリカでは大量の米軍兵士が犠牲となり、また大量の負傷兵を出し撤退することになり、米国民から指弾を浴びました。そこで、支配する方法を武力から外交政策重視に変えて、中国に接近し、相手陣営からの切り離し、自陣営への転向をはかりました。

今日、ソ連は崩壊しましたが、アメリカは世界のリーダーという根本政策は何も変わってません。

ですから、湾岸戦争やユーゴ空爆のような他国への軍事介入を平気でおこなってます。
ただ、ベトナム戦争後に外交政策重視にしたり、最近のインターネットの発達などで情報戦略を取り入れたりという技術的な変化はあります。
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