「教えて!ピックアップ」リリース!

以前、とある大学の教授が、宇宙から来た空飛ぶ円盤や
霊の存在は科学では証明できない。よって存在しない。
と力説されまして、私は以下の様な質問を致しました。

「アナタに知性はありますか
 良心はありますか
 責任感はありますか
 信念はありますか
 教養はありますか
 …あるのならば、科学でその存在を証明してクダサイ」

その教授は、怒って退席されました。
科学に明るい方で、この教授と似た考えをお持ちの方、
私の問いに答えてクダサイ。

尚、実際に霊やUFOが存在するか否か、
の議論には関心がありません。

A 回答 (24件中1~10件)

#17です。

面白い議題をありがとうございます。

>そういうもの=事象、と考えると、私の理解を越えます。

私の文章の中で、そういうもの≠事象です。
"そういうもの"というのは「知性、良心、責任感、信念、教養」を差します。
"事象"とは「ある人がいいアイディアを言う。」と言うようなことです。


>なぜ「ない」モノを切り取るコトが出来るのか。

これはとても深い内容だと思います。
まず一つ、我々は「言葉」を使って思考していると言うことを考慮に入れなくてはなりません。
思考は常に言葉に縛られています。
そしてその言葉の意味を学習や経験から習得しています。
次に自分の行動を、教育された「言葉」に当てはめて評価しているのです。
最後にその行動の起因となる感情を「~心」「~感」などと定義づけます。。
今はどうか分かりませんが、私が小学生の頃には「道徳」と言う授業がありました。
子供に善悪を教えています。宗教教育にもその側面があります。
だから、育った環境によって、「良心」は変化します。
イスラム原理主義者の良心と呼ばれるものをを、私は理解することが出来ません。

そして二つ目、言葉が無かった時代、どうやって言葉は生まれたか。
これはまだ研究中なのではないでしょうか・・・(逃げ逃げ)

ただ一ついえることは、知性、良心、責任感、信念、教養は全て評価だということです。可・不可、有り・無しの応用であり、相対的なものです。
#無知な人間がいるから物知り人間がいる。
(皆が同じ知識を持っていたら、教養という言葉は無かったかもしれない。)

#頼まれたことをやる奴とやらない奴がいる。
(やることが当たり前という行動しか出来ない種族なら、責任なんて言葉は生まれなかったかもしれない。)

#善悪(良い・悪い)とは、自分たちの集団にとって、利益になるか不利益になるかということに起因します。味方を殺すのは罪になりますが、敵を殺すと英雄になれます。

また、我々日本人にとって、無視できないのが外来語です。
多くの言葉が中国(漢語)から輸入され、その概念を学び、思考のバリエーションを広げました。
もちろん、英語だってそうです。プライバシーと言う言葉を知ってから、日本人は孤独化していったのでは?
と大袈裟ですが思います。

言葉があるせいで、我々の心や感情は数パターンに分類分けされ認識されてしまうのです。
新しい言葉を知ることで、思考世界が広がります。
(認識学とかそういうジャンルの話になると思います。)

これって科学と言うより哲学かなあ。
夜も遅いので駄文になっているかもしれませんが、
なぜ駄文か・・科学的に証明出来るはずです・・・・・。
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この回答へのお礼

夜分にどーも。そして丁寧な補足を頂き、ありがとう。
本来なら「キミの勘違いだよん」で終わって良いのに。

> 面白い議題をありがとうございます。

えへへ、なんか照れますね。(阿呆か(笑

> 私の文章の中で、そういうもの≠事象です。

お、コレはコレは、失礼しました。
以降の説明を読み、確実に仰る意図は理解しました。

> 自分の行動を、教育された「言葉」に当てはめて評価しているのです。
> …は全て評価だということです。
> 可・不可、有り・無しの応用であり、相対的なものです。

これは核心に触れたっぽいですね。
非常に納得できます。

> プライバシーと言う言葉を知ってから、日本人は孤独化していったのでは?

ですねぇ、ウイットという語の和訳がどれもしっくりこないコトこそ
日本人にウイットがナイことの証明、なんてよく言いますよね。
…言いませんっけ?(笑

> なぜ駄文か・・科学的に証明出来るはずです・・・・・。

科学者らしい一言ですね。これはウイットと呼ぶべきものでしょう。
偉そうに評価しましてすみません。

お礼日時:2002/07/09 02:23

First_Noelさんと同じなのかなとも思いますが書いてしまったので、投稿します。



「...存在は科学では証明できない。よって存在しない。」について
教授がいらっしゃらないので教授に好意的な立場で考えます。
まず、上の言動は論理的ではないですよね。
多分に感情的で言葉足らずのように思われます
(そのあと退席してしまうあたりから察すると、
 この話題について生理的に興奮していたのでは。)
というわけで、言葉を補足するべきと考えます。
私の理解する範囲で補足すると

「...存在は科学では証明できない。」
は、科学という「学」すなわち諸概念について
その関係を述べる体系の中で他の概念(含む事象)と
同等の存在様式として規定されない。といっているのでは?
存在様式とは、たとえば、関係を記述する
言葉や数学的な枠組みの中に概念(含む事象)が対応付けられ
条件が同じであれば同じことが起きる、ということです。
つまり、「存在は科学では証明できない」の対象(含む事象)は
そういう「条件」も決まっていないし、
言葉や数学的な枠組みの中に埋め込もうとすると、
(そういうものがあると主張する人たちによって)
毎回違った言葉や数学的な枠組みの中の概念に対応付けられたりするので、
それは科学で証明するようなものではない
(もちろん教授も関係を記述する枠組みの中の概念に
 対応付けられそうにもない)。
たぶんこれが、教授の信念。

最後の「存在しない。」は上記の意味の「学」に
埋め込めないという意味で存在しない。
という意味ではないでしょうか。
したがって、論理としては逆の流れですよね。

以上をふまえて、
知性や...や教養はあるといってもいいかもしれません。
ただし、条件が同じであれば同じことが起きるの「条件」は
いまのところ自然科学ではせいぜい「統計的条件」までしか
「条件」の条件を緩められていませんので、
知性や...や教養に適した「条件」は別途探す必要がある。
なぜ、「条件」を別途探す必要があるかというと、
どんなに言葉を尽くしても、同じ人生を生きなければ
言葉は同じ意味にならないから。それにもかかわらず、
私たちはそれらの概念を普通に存在すると感じているから
(たぶんどこかにその「条件」があるだろう)
と私なら答えたいです。
知性や...や教養に適した「条件」を探す、というのは
言うまでも無く、文学や哲学や社会学ですよね。
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この回答へのお礼

回答ありがとう。

正直に言うと、少し内容が難しいです。私には。
そんなワケでコメント遅れました。

すっごい簡単に、且つ語弊を承知でまとめると、
生粋の頑固で寡黙でケンカっぱやい寿司職人が
「カリフォルニア巻き、は現時点では寿司とは言えない」
と言ってるのに近いのかな、という理解をしてます。(笑

> 知性や...や教養に適した「条件」を探す、というのは
> 言うまでも無く、文学や哲学や社会学ですよね。

ですね。最後、とても分かりやすく、たすかりました。
これらの分野が、その歩みを止めるコトはナイのなか、
人類が「全て」を手に入れるまでは、などと思った次第。

お礼日時:2002/07/09 20:19

私はあなたの問いかけには答える権利は持たない者です。

その教授とは異なる考えを持っているからです。でも面白い質問ですのでちょっとだけ意見を...

>以前、とある大学の教授が、宇宙から来た空飛ぶ円盤や
>霊の存在は科学では証明できない。よって存在しない。
>と力説されまして、

数学の証明問題で考えてみましょう。数学が苦手な中学生がテストで証明問題の解答に「私はこの定理を証明できない、だからこの定理は成り立たない」と書いたとしましょう(答えられない言い逃れとして)。その定理が実際に成立しようとしまいと点数を貰うことは当然ながら出来ません。導き出した答え(主張と置き換えても良い)に客観的な根拠がないからですね。その教授のように「自分の力で証明できない→存在を否定」という考え方を持つ人は、この中学生と同程度の思考様式ということです。証明という客観的な説明と、思い込みと言う主観を混同しているのです。

数学だけに限らず、科学のほかの分野でも新しい概念を提示する際に根拠がない主張をしても受け入れられません。優秀と称される科学者も、その根拠を如何にして見出すかに四苦八苦しているのです。根拠をろくに提示することなく断言するやり方は科学的ではありません。私がその教授の発言を聞いたのはテレビを通して数回だけなのですが、あの手の番組で交わされる議論は根拠なしに回答者が思い込みをぶつけ合っているだけであり、科学の世界で行われる討議のやり方とは全く異なっています。それはそれでひとつのショーとして笑えて面白いのですけどね...
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この回答へのお礼

…てゆか、予想以上の書き込み数に驚いてます。
仕事が捗らず、結果「徹夜」です。(笑

回答、どうもありがとう。

> 数学の証明問題で考えてみましょう。
> この中学生と同程度の思考様式

よかったー。いやぁ、数学は苦手なんですよ。
どんな難しい話かと思ったら、あはは。(笑
この例は非常にストレートでグーですね。(死語

> 私がその教授の発言を聞いたのは

いやいや、きっとご存知ナイ方ですって。
私も地方の田舎者ですし。いやホントに。

客観的な根拠、確かに説得の決め手となる物ですね。
私がココで述べているコトが、客観的にどーなのか、
だんだん分からなくなってきました。

お礼日時:2002/07/09 08:25

えーと、#2です(苦笑)


質問にお答えします。

>情報でも物質でもナイもの、は存在しますか?

たとえば「重力」は物質でも情報でも無いですよね。
そしてその存在は広く知られています。

>霊が情報ではナイ、とする科学的な根拠は存在しますか?

「霊体は情報の塊である」という研究をしてる学者もいますね。
霊が何らかの情報である可能性は確かにあります。
しかし、霊が情報であるという証拠も出ていません。

ただ、霊に限らず何にでも言える事ですが
ハッキリわかっていない事象に関しては
どんな説を唱えても「可能性はゼロでは無い」のです。

>であるならば、アナタの先の回答の
>> 本来なら「良心」や「責任感」の定義から入らなければ
>> この問題は議論できない面もありますので
>は私に対して言い過ぎ?

定義が曖昧なまま絶対的な霊の否定を行った教授のケースと
定義が必要な面がある事を指摘した私のケースを
同じケースとして「言い過ぎ」と判断するのは変です。

さらに言うと、私は「良心」や「責任感」を
「人間の感情の一辺」と定義してから理論を進めてます。

>議論て難しいですね。

確かにそうですね(苦笑
議論の上手い人は、単に知識を披露するだけでなく
相手の感情をコントロールする術を持っています。
私も身に付けたいモノです。
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この回答へのお礼

いや、どもども、回答ありがとう。
苦笑…て、やっぱ訊き過ぎですか?
すみません、ホントに。

> しかし、霊が情報であるという証拠も出ていません。

あ、すみません。例の存在について論ずる場ではナイ
と言ったのは私でした。

> 定義が必要な面がある事を指摘した私のケースを
> 同じケースとして「言い過ぎ」と判断するのは変です。

はい、3度読み返して、ようやく理解できました。

> 議論の上手い人は、単に知識を披露するだけでなく
> 相手の感情をコントロールする術を持っています。

おー、そゆカラクリだったんですね!(何が

重ね重ね、補足をありがとう。

お礼日時:2002/07/09 08:20

>ちなみに、冒頭の質問で紹介した教授の論理に於ける「科学」とは、


>アナタの言葉を借りるとすれば、えーっと…何です?(笑

「科学的思考法」でしょうか.
円盤や霊を見た,それに対して反論した,すると別の解釈が発生して対抗された,
と言う繰り返しの議論がなされている実情を見て,「(広義の意味での)科学で
扱う気が失せた」,そして暴論に出た,と言うのがその教授の本当のところでは
なかったかと思います.

定義が次々と出て,定義同士が人によって対立してたり,何でもありだと言う
ことに往々にしてされやすい円盤と霊を,統一の定義をなくして(広義的な)
科学で取り扱おうとしても証明は出来ない,と言いたかったのではないでしょうか.
統一された定義があれば証明は(理屈の上で)可能だけれども,とも思っていた
と思います.

ただ,「よって存在しない」とは,科学を扱う人間としてあるまじき発言であった
とは,皆様書かれてらっしゃる通りです.まして退室だなんて...
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この回答へのお礼

うわぁ、重ね重ねありがとう。
…って催促をしたのは私ですが。(笑

> (広義の意味での)科学で扱う気が失せた
> 統一された定義があれば証明は(理屈の上で)可能だけれども,とも思っていた

んー、それを聞くと胸がキュンと痛みますねぇ。(死語
科学を扱う人間としてあるまじき発言、の原因となった
私の問いは、やはり大人げないモノだったのかもしれません。

でも今後は、今まで持っていなかった角度から
物事を考察するコトも可能かな、なんて自分に期待してます。(笑

お礼日時:2002/07/09 02:54

「科学ってなに?」で質問立ち上げてきました。


参加してね。

っていうのだけじゃあれなんで、
回答の追加。

「科学とは」については僕の意見は参考URLの方を見ていただくとして・・

科学と哲学ってかなり近いものだと思います。
っていうかもともと科学って哲学の一分野ですよね・・
ということで、「科学の分野」における知識を得れば、
U_TAさんも科学にはまるタイプなんじゃないかと・・(笑)

あとですね・・科学は最終的に「経験則」の塊にならざるえません。
つまり、経験的に得られた結果によりみんなが納得する予測が
「科学的証明」です。

「~があればこう振舞うはず」という予測がすべての人に納得できれば、
その振るまいを観測して科学的な証明とすることができます。
ただし、すべての人が納得する「~があればこう振舞うはず」という合意が得られればの話ですけど・・
まぁ、「75%の確率で教授が良心を持つ」なんていう数値的な予測の場合もありますね。
それもすべては経験則に基づくわけです。

とりあえず、そんなところで・・

参考URL:http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=309752
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この回答へのお礼

> っていうかもともと科学って哲学の一分野ですよね・・
> 経験的に得られた結果によりみんなが納得する予測が「科学的証明」です。

あぁ、なるほど。そーゆー解釈かぁ。おー。
てゆか否定しようがありませんよね、
その予測をした人が、それについてイチバン深く考えた人だろうから。

> U_TAさんも科学にはまるタイプなんじゃないかと・・(笑)

いやぁ、どーなのかなぁ。あれー、おかしいなー。(何が(笑

そんなワケで、再びの回答&お誘い、ありがとう。

ただ、私は無学なので、ヒト様の意見の揚げ足をとるしか
能がナイので、もう少し傍観してから参加、でもイイです?(笑

今、アナタの質問にあったアナタの言う科学に対して、
何の異論もナイ状況です。…既に科学の“とりこ”かも。

お礼日時:2002/07/09 02:49

科学に魅せられ,今どっぷり使っている者です.


えっと,ご質問の回答には直接該当しないと思います,横槍すみません...

「科学」と言う言葉の用いられ方が,
「科学的思考方法」なのか「自然科学的考察」なのか,
或いは「現在の自然科学知識」なのか「科学によって得られた技術」なのか,
幅広い意味で用いられてしまうことによって,混同されていると思います.

「科学」とは「ある事項について普遍的一般的な一対一の解釈を行う」と言う
「思考法」のひとつに過ぎないと思っております.

この辺の用語の用い方を統一すれば,もっと明確になるかと思うのですが.
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この回答へのお礼

回答ありがとう。

確かにご指摘の通り、私には「科学という言葉の定義」を
もっと厳密に、という視点は欠落しておりました。
目からウロコです。

ちなみに、冒頭の質問で紹介した教授の論理に於ける「科学」とは、
アナタの言葉を借りるとすれば、えーっと…何です?(笑

すみません、阿呆なモノで。

お礼日時:2002/07/09 02:05

No13です。



アナタのお考えは、
「現時点では知性や良心を数値化するに及んでいないため
 現時点ではそれらが“存在する”と断言はできない」
というコトですよね?

とのことですが、

私としては、それらは人間には通常多かれ少なかれ存在するものだと思います。

現時点での私の英知が、知性や良心を数値化するに及んでいないため 、現時点で私がそれらを科学でその存在の有無を 証明 ができないということです。
進んだ英知のもとでは、100%証明できると思います。
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この回答へのお礼

なるほど。理解しました。
補足をありがとう。

かの教授には、アナタの様な謙虚さ
(現時点での私の英知が、知性や良心を数値化するに及んでいないため)
が不足していたのかもしれませんね。

ちなみに今、地球上にそれが可能な方はいらっしゃるんでしょうかねぇ。

お礼日時:2002/07/09 02:02

私は科学で全て説明できると思ってます。

追い追い、そのうち・・・。


みんな物の集合体ですからね。人間だって機械みたいなものだと思ってます。最近のコンピューターは複雑になって不安定に、気分屋になってますけど、もっともっと複雑になったのが人間だと考えれば、ミスばっかりするのも分かります。

知性、良心、責任感、信念、教養なんて言葉はとても概念的なことで、事象の断片を切り取って表現したものに過ぎないと思います。
つまり、それらは「ある」ものではなく「表現」に過ぎないと思います。

ある人がいいアイディアを言ったら、それを「知性」と呼ぶ。
自分がいい事をしなきゃと思ったら、それを「良心」と呼んでいるだけです。そしてそれは、実は良心なんてものではなく、自分に都合のいい選択を、他人から良く見られようと無意識に計算高く、しているだけかもしれないのです。つまり、あくまである一方向からしか見ていない表現に過ぎません。

つまり、無いんですね。そういうものは。
単なる「言葉」でしかないんです。
人間の行動や性格は、単純な化学反応が複雑に絡み合って導き出された結果であり、その傾向に対し様々な表現を名付けているに過ぎないと考えます。

それにしても、その教授の態度はいただけません。
普通、学問を好む人と言うのは、そういう質問があると面白がって議論したがるものだと思うのだけど。
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この回答へのお礼

回答ありがとう。

オカゲ様でまた少し、私の頭の中のイメージが
私の想像する“完成形”に近付いた様に感じます。

> もっともっと複雑になったのが人間だと考えれば、ミスばっかりするのも分かります。

私にも似た様なコトを感じた日々があります。
ただ、頭が足りぬせいか、コンピュータが不安定な理由を
複雑さ、と仮定するに至らず、投げ出したママでした。(笑

> とても概念的なことで、事象の断片を切り取って表現したものに過ぎない
> つまり、無いんですね。そういうものは。

そういうもの=事象、と考えると、私の理解を越えます。
なぜ「ない」モノを切り取るコトが出来るのか。
それが「ない」というコトを科学的に証明して頂けたら、
私もポンと膝を打って納得できそうです。

お時間がありましたら、もう少し噛み砕いて補足していただけません?
すみません、甘えてばっかりで。

> 学問を好む人と言うのは、そういう質問があると面白がって議論したがるものだと思うのだけど。

私は「学問を好む人」を自称しても問題ナイでしょうか。(笑

お礼日時:2002/07/09 01:06

またしても#2です。

質問されたのでお答えします。

>では、例えば「経験」や「習慣」だったら、どーなのでしょう

「経験」は、人間の脳内に「記憶」として蓄えらており
これは脳内の化学反応の1つです。
「習慣」は、脳からの「信号」によって起こる
人間の行動の1つです。

どちらも「物質」としての存在証明は不可能です。
どんな科学力をもってしても無理です。
アナタが「科学的に証明されたと聞いた事が無い」のも
無理からぬ事です。

なぜなら、これらは「物質」ではなく「情報」だからです。
逆に言えば情報の定義から考えると
上記は確かに「存在している」と言えます。
そしてそれは「科学的に証明は可能」です。

アナタの疑問は
これらを履き違えている事が起因すると思われます。

>例えば「霊」の定義が明確に共有されていない時点で
>「証明できないから存在しない」と断言した彼を、
>アナタはどの様に思います?

#2で答えたとおり、言いすぎだと思います。

この回答への補足

図々しくも、質問ばかり繰り返し、すみません。

補足日時:2002/07/09 00:53
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この回答へのお礼

お時間を割いて頂いてありがとう。
その内アナタのファンになります。(笑

> なぜなら、これらは「物質」ではなく「情報」だからです。
> 逆に言えば情報の定義から考えると
> 上記は確かに「存在している」と言えます。
> そしてそれは「科学的に証明は可能」です。

情報でも物質でもナイもの、は存在しますか?
霊が情報ではナイ、とする科学的な根拠は存在しますか?

> #2で答えたとおり、言いすぎだと思います。

であるならば、アナタの先の回答の
> 本来なら「良心」や「責任感」の定義から入らなければ
> この問題は議論できない面もありますので
は私に対して言い過ぎ?
議論て難しいですね。でも、アナタの回答は大変参考になります。

お礼日時:2002/07/09 00:52

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