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正義とは何なのでしょうか?

A 回答 (12件中1~10件)

人間は絶対者ではないので、「これが正義」ということを知覚することはできません。



一方にとっては正義の裁きであっても、もう一方にとっては虐殺という二面性を持ってしまっては、それは本当の正義とは言えませんし。


全員が正義だと思っても、それが本当の正義なのか人間にはわかりません。


ソクラテスだったと思いますが、正義について深く考えました。
それでみんなで決めた法を正義だと仮に決定しました。
民主主義の発祥の地ギリシャで、多数決で決まった法であれば、それに従うのが正義を擁護するものであるとソクラテスは考えたんだったと思います。


一人の独裁者が決めた法より、多くの人で決めた法の方がより確かである。
何故なら一人の独裁者が悪に傾けば、たちまち法もその独裁者のみに有利な法(独裁者の利己的な法)になるが、多くの人が決めた場合、全員が悪に傾いてしまうということはありえにくい(水の量が多い方が腐りにくい)ので、多数決で決めた方がまだマシってことらしいです。

だからといって多数決で決めた方が絶対的な正義の法とは決定できませんが。

時代とともに情況とともに正義は変化していくものなのか。

正義は絶対的な属性を持たないものなのか。


外国の憲法は改正を繰り返しているようですが、日本の場合一度も変えていないそうです。
世界でもとても珍しいことだそうです。


変えるまでに情況が変化しなかったからなのか、日本の憲法がかなり優秀だったからなのか、世の中が変化してもその変化に耐えうるほどの憲法だったからなのか。


絶対的な判断が人間にはできない以上、それはわからないです。
が、人間ではなく時がそれを証明するかもしれません。


ふと思ったのですが、コロコロ法を変えてしまうと、結局その法に対する信頼がゆらぐと思うのです。
結局 法は絶対的なものじゃないので、破っても全然かまいやしない、情況次第では守らないことも可であると。


ソクラテスは捕らえられた時、友人から脱獄を進められたそうですが、正義を擁護するものが、みんなで決めた法を破ってしまったら、正義の擁護者ではなくなる として脱獄の勧めを断り処刑されたそうです。

ソクラテスの判断は正しかったのでしょうか。
脱獄してしまったら、法の存在価値を否定したことになる。
脱獄しなければ、有効に作用していない不安定な法によって殺されたことになる。

一番いいのはソクラテスは正義の擁護者という立場を返上し、正義の希求者になればよかったんだと思います。

どう違うのか。
みんなで決めた法はなにがなんでも守ってこそ、法が権威づけられ人々を統率できる というのが正義というか法の擁護者。
だけどそれには大きな欠点がある。
完成度が低い法も正義だとしなければならず、その完成度の低い法によって自らが殺されることになる運命になってしまう という。

ソクラテスは完成度の低い法に縛られず、よりよい法を制定するため、脱獄してもっと法の完成度を高める運動 すなわち正義の希求をすればよかったと思うんですね。

頑固すぎ。
彼ほどの頭脳を持っていたら、もっとより良い法に改正でき、死ななくて済んだ人も多くなったていたかもしれないのに。
惜しいですね。
彼の頑固さが人類にとっては大きなマイナスになったような気がします。
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この回答へのお礼

ソクラテスの引用、ありがとうございました。正義についての試行錯誤が、古代から現在まで続いていることは確かですね。本当に難しい問題です。

お礼日時:2007/06/23 20:21

No.6です。



民主主義における正義について、デスノートって漫画が参考になるでしょうか。

キラは悪魔がわざと落としたデスノートをひろいました。
そこに名前を書くとその書かれた人が死ぬ。

それでキラはこの世に悪がのさばっていて正義が希薄なのを嘆いており、デスノートを拾ったことで、正義の裁きを下していくんです。

極悪人なのに、捕まらない人などの名前をノートに書いていって殺していった。


エルはキラと画面上で対決します。
ただし、エルは別人をエルとしてテレビに登場させます。
キラはエルだろうと思って殺します。
この身代わりの人は、、、、死刑囚で明日死ぬことになっていた。

あなたはキラのやったことが正義だと思いますか?

エルは「悪だ」と言いました。
どうしてでしょう。
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皆が幸せに向かうことだと思います。

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この回答へのお礼

いろいろな意見を拝見させていただきましたが、シンプルでいい回答ですね。

ありがとうございます。

お礼日時:2007/06/23 19:44

正義とはと訊かれるのでしたら こう答えます。



正義とは これが正義だというそのことだと考えます。

そのこころは これが正義であるだろう / これが正義であって欲しいという場合には 弱いか 的外れであることが多いと思います。
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この回答へのお礼

正義だという確信が正義をあらわすということでしょうか。おもしろい捉え方ですね。

ありがとうございました。

お礼日時:2007/06/23 20:37

孫正義。

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この回答へのお礼

笑。

どうもどうも。

お礼日時:2007/06/23 19:41

正しいことというのは自分の存続にとって都合のよいことだろうと思います。

原則的に周囲の人には迷惑なものです。
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この回答へのお礼

そうかもしれませんね。

貴重な意見、ありがとうございます。

お礼日時:2007/06/23 20:15

タロットカードの一枚。


それによって判断のよりどころとなるもののひとつ。
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この回答へのお礼

占いですか。

そういう判断もありますね。

ありがとうございます。

お礼日時:2007/06/23 20:17

センスのある人が全力で考え抜いた独善こそ正義です

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この回答へのお礼

センスのある回答ですね。

ありがとうございます。

お礼日時:2007/06/23 20:23

がると申します。


個人的見解で恐縮ですが。

正義とは。
自分の私利私欲を正当化するためのもの。

だと思ってます。
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この回答へのお礼

正義を、私利私欲のための一つの道具という風に捉えられたのですね。いろいろ思い返してみると、そうであったろうと思うことが多々あります。

ご意見、ありがとうございました。

お礼日時:2007/06/23 20:26

すべての生き物は日々何らかの判断をして生きています。

その判断基準は教育、宗教、法律あるいは自身の感覚などですね。各人やあるいは集団がよりよく生きていくための判断ですが、多くのものがよりよく生きていくことの判断を正義と呼んでもいいでしょう。しかしこの正義は正しい意味の正義ではありません。例を挙げれば、どの集団も正義をかざして生き残ろうとしますが生き残るものはわずかでしかないからですね。戦争では互いの正義の正当性で戦いますが勝ち負けはあります。勝ったほうがより正義があるというのも一面正しいことですね。つまり正義は誰しもあるし集団にもある、いたるところ正義だらけということです。一面正しいがこれではまとまりがつかない、それゆえ時代時代に絶対正義があるのです。これは人間から出るものではありません。この絶対正義を掴み取ることが時代の正義を感受することですね。この絶対正義が何であったかは過去の歴史から学べますが現在及び未来については時代が過ぎないとわからないでしょう。
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この回答へのお礼

納得です。

ありがとうございました。

お礼日時:2007/06/23 20:28

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