『ボヘミアン・ラプソディ』はなぜこれほど人々を魅了するのか

いつもお世話になっております。

皆様が今までにプロレスラーの試合をテレビで、もしくは実際に会場で見た中で、
印象に残っている試合や、想い出の試合などが、ございましたら、
プロレスの試合に限らず、プロレスラーが参加した試合( PRIDEなど )でも構いませんので、
どうぞ御紹介よろしくお願いいたします。

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A 回答 (17件中1~10件)

#4さんに続いて、質問者さんに一言!


「ナイスッ☆」
ある意味、書き始めるとキリがないという残酷な質問ですが・・。

詳しい日時などは覚えていないのですが、自分が印象深かった試合と言えば、

藤波と長州がやった三本勝負の試合。
更に言うと、その一本目ですね。
試合開始>ロープワーク>リキラリアート>フォールで速攻で終了したのですが、その時の長州の押さえ込みが本気の押さえ込みだったので。
明らかに藤波は返そうとしているのに、長州は首と足をガッチリと決めて返せないようにしていたのがとても印象的でしたね。

次、前田日明引退試合です。
試合内容以前に「カレリンがリングにあがる」事が衝撃的でしたね。
試合も・・まさかグレコの技術だけであそこまで強いとは・・。
圧巻でした。

次は日時はもちろん対戦相手すら覚えていないのですが、ジャンボ鶴田の試合でした。
正確に言うと、自分がTVをつけた時画面に映ったのは鶴田がジャーマンを決めた瞬間でした。
それだけなんですけど「こりゃすげー」と。
自分がプロレスを見るようになったのはそれからです。
鶴田対天龍はどれも印象深いのですが、特に鶴田がパワーボムで勝った試合が強く残っています。
今まで何百回とパワーボムはみていますが、あんなにすごい(えぐい)パワーボムはちょっと見あたらない・・かな。

最後に、自分の中で「プロレスラーの中のプロレスラー」として記憶に残る選手>ダイナマイト・キッドの試合はもー、すべて、ぐっっときます。
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この回答へのお礼

>その時の長州の押さえ込みが本気の押さえ込みだったので。
 これで思い出したのですが、長州が藤波に初フォール勝ちした試合(何かのタイトルマッチだったと思う)の映像でも、ラリアートを放ったと同時に覆いかぶさり、フォールの際にも顔面を押さえつけてましたからね・・彼の“執念”を感じました。

>試合内容以前に「カレリンがリングにあがる」事が衝撃的でしたね。
 これは私も同感です。カレリンが前田の蹴りに耐えられるのか・・と当初は心配してました。

>鶴田がジャーマンを決めた瞬間でした。
 私は彼の“ジャーマン”は印象がなくて、既に“バックドロップ”をフィニッシュにしてたと思うのですが、その“鶴田式バックドロップ”の初期って、“投げっ放しジャーマン”だった記憶がありますね。

>あんなにすごい(えぐい)パワーボムはちょっと見あたらない・・かな。
 コレは私もTVで見た事がありますね・・彼がこのパワーボムを使い続けてたら、おそらく“天下無敵”になり得たと思うのですが、相手を壊してしまった事で、使うのが怖くなってしまったのでしょうね・・ここに彼の“やさしさ”を垣間見る事が出来ますね・・・。

>ダイナマイト・キッドの試合はもー、すべて、ぐっっときます。
 彼が1度復帰した時の93年夏の武道館の試合は、観に行きましたね・・確かこの時のメインが三沢VS川田の三冠戦で、三沢の投げっ放しジャーマン3連発(?)が衝撃的でしたね。

 沢山ご紹介、誠にありがとうございました。     (文中敬称略)

お礼日時:2002/07/11 12:07

テレビを含めるときりがないので、実際観戦した試合について書きたいと思います。

観戦歴は20回ほどですが。
 
 一番感動したのは1992年3月20日、後楽園ホールで行われたWWWAタッグ選手権試合「アジャコング・バイソン木村組VS山田敏代・豊田真奈美組」です。3本勝負の決勝の3本目、コーナー最上段にアジャを乗せて山田・豊田の雪崩式バックドロップが炸裂!当時対ブル中野以外では無敵の強さを誇っていたアジャから完璧なスリーカウント。豊田選手ファンの私は隣にいた友人と抱き合って喜びました。

 次に何年か忘れてしまいましたが、福岡ドームで行われた「猪木VSムタ」戦ではまさに猪木の魔性というのを感じました。圧倒的不利の中、ムーンサルト、ドラゴンスープレックスをはねかえしチョークスリーパーで締め落としスリーカウント!試合後引き上げる猪木の力無い姿も印象に残っています。

 もう一つ、福岡ドームですが佐山サトルが十何年かぶりに新日本にあがると聞いて期待した「佐山vsライガー」戦。初代タイガーを期待した観客(もちろん私もです)が調整不足もあきらかな体で素顔で登場の佐山にものすごくがっかりしました。

 長々と失礼しました。

この回答への補足

 この場を借りまして、ご回答されました皆様方には、あらためまして感謝いたします。
 
 どなた様にポイントを入れようか、ひじょうに悩んだのですが・・ポイントの付かなかった方々には、誠に申し訳ございません・・今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。       (2002・7・24 PM11:28)

補足日時:2002/07/24 23:27
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この回答へのお礼

>1992年3月20日・・・(中略)・・・アジャコング・バイソン木村組VS山田敏代・豊田真奈美組
 これはオフィシャルビデオで見たかもしれないですね・・私がナマで観た山田&豊田絡みの試合で印象深いのは、93年12月の両国国技館での「山田&豊田VS関西&尾崎」のWWWAタッグ選手権ですね(この時は1本勝負)。フィニッシュは豊田の初公開の「日本海竜巻パワーボム」(という名前でよかったかな?)でしたね。

>福岡ドームで行われた「猪木VSムタ」戦
 1994年5月1日ですね・・これはフィニッシュシーンしかTVで見てないんですよね・・猪木が「圧倒的不利の中」勝った試合といたしましては、98年1月4日のベイダー戦が印象に残ってますね・・あの重爆ムーンサルトもはね返したんですから・・・。
 ちなみに猪木の試合で私が唯一ナマで見たのは、94年3月の東京体育館での「蝶野正洋&木戸修VS猪木&安田忠夫」です。

>「佐山vsライガー」戦。
 これも1994年5月1日ですね・・でもライガーの大車輪キックを喰らっても涼しい顔をしてましたね(TVでは当たった様に見えたが、実際にはクリーンヒットしてないのかも)。

 色々とご紹介、誠にありがとうございます。     ( 文中敬称略 )

お礼日時:2002/07/20 21:56

すみません、記憶に頼って、日時をはっきり覚えていないものばかりですが、プロレス者の性で書かせて頂きます。


1.ジャンボ鶴田VSB・ブロディ(宮城):この2人の最後の戦い。鶴田がインターヘビーのベルトを、バックドロップホールドで取り返した試合です。鶴田選手が本気で試合できたのはブロディだけだったと思っています。ハンセンとは凡戦が目立ちます。三冠統一戦にしても。
2.G・馬場VSH・レイス(NWA世界戦・3箇所):馬場さんはブリスコから1回、レイスから2回、NWA世界王座を奪取していますが、すべてランニング・ネックブリーカー・ドロップでした。
3.ジャンボ鶴田VSディック・スレーター(後楽園ホール?):鶴田がオープン選手権初優勝した試合です。前日の対A・ブッチャー戦で右目を負傷したスレーターが、眼帯をして登場したのには驚きました。恐らく、鶴田選手がジャーマン・スープレックス・ホールドで勝利した数少ない試合でしょう。確か「相手にとって危険すぎる」と自らこの技を封印したと記憶しています。長与千種選手や、現在の高山選手のそれと同様に、まっさかさまに落としました。威力充分・迫力満点でした。
4.G・馬場&S・ハンセンVS川田利明&田上明(武道館・最強タッグ最終戦):アナウンサーの実況「今年最後の5分にランニング・ネックブリーカー」は今も耳に残っています。馬場さんの底力を改めて見た思いでした。

現役の選手の試合(三沢VS小橋、三沢VS秋山、秋山VS大森、長与VS飛鳥、クラッシュVSJBなど)も考えましたが、どちらかが現役であればその方は今後さらに印象に残る試合をなさる可能性があるので、このくらいにしておきます。とりあえず言える事は、(1)私は猪木さんがあまり好きではない、(2)レスラーの凄さとある程度の理屈に合った印象を与えてくれる試合が好き、(3)技の種類ではなくリズムのある試合が好き、などでしょう。40代のおじさんでした。
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この回答へのお礼

(1) 88年4月19日の試合ですね。 ただバックドロップ 「 ホールド 」 ではなかったと思います。手元の資料では、「 片エビ固め 」 と表示されてますので ・ ・ 「 バックドロップホールド 」 で印象深いのが、ニック・ボックウィンクルからAWA世界王座を奪取した試合ですね。
(2) 馬場のNWA王者時代はリアルタイムを知らなくて申し訳ございません ・ ・ この王座には鶴田が何度も挑戦しましたが、結局、獲れませんでしたね ・ ・ ・。
(3) 80年5月1日、九電記念体育館 ( 福岡 ) での試合ですね ・ ・ この試合もリアルタイムは知らないのですが、鶴田引退スペシャル番組で初めて拝見したと思います。
(4) この試合は実際に会場で見てました。私はこの試合の前の三沢&小橋VSウィリアムス&エースの試合も印象に残ってますね。エースが小橋とのアジアタッグ王者時代以来封印してたムーンサルトを小橋に見舞ったり大健闘でしたね ・ ・ 最後は小橋のダイビング・ギロチンに沈んでしまいましたが ・ ・ 94年12月10日の試合ですね。

深夜にもかかわらず、色々と御紹介、誠にありがとうございます。     ( 文中敬称略 )

お礼日時:2002/07/16 11:43

こんばんわ。

yumesawaさんのご質問には答えられないことに気が付きました(号泣)。
とお騒がせしたkesisuです。

>新日も藤波も絡んでいませんし、「東京体育館」の試合では長州組が負けてますが、kesisuさんが仰られた“2連戦”とは、この(1)(2)の2連戦の事でしょうか・・・? 

そうです。そうでした!!私のほうが教えていただく結果となり、おかしなことになりましたが
あの2連戦に間違いありません。crimsonさんにも助けていただきとても感謝しています。
これでやっと回答できました。ありがとうございました。
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この回答へのお礼

こちらこそ、深夜にもかかわらず、再度いらしてくださいまして誠にありがとうございました(^_^)

お礼日時:2002/07/15 00:07

藤原組からパンクラス勢が抜けた直後の興行。


メンバーは藤原と当時新人の石川だけ。
メイン終了後、藤原と石川がリングに上がり。
ミスター空中の遺影をコーナーにおいて、スパーリングを繰り返す、、、
非常に印象に残っています、
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この回答へのお礼

 早速の御回答、誠にありがとうございます。

 これは私も週プロで見ましたね。92年でしたか、藤原組で大量離脱(離脱組は「パンクラス」旗揚げ)があったのですが、石川選手1人だけが残りました・・全日の大量離脱(離脱組は「NOAH」旗揚げ)で残った川田選手らの立場に酷似してましたね。その直後の興行で、藤原選手に泣きながら何度も向かって行った試合でしたね。

お礼日時:2002/07/13 11:33

わたしも#9さんと同様に、U系VS新日の対抗戦は、どの時代も好きでしたね。

必死にロープに振ろうとしている越中!!受けない高田!!とかね。
特に、大阪でやった藤波VS前田の試合は、大車輪キックで大流血したインパクトがありました。前田の凄みが出た試合だと思います。結果は古典的でしたが・・・
U絡みでもう一つ。
高田VS北尾ですね。山ちゃんを壊し、3分5ラウンドを要求した大ヒール北尾を、右ハイキックでKOですもんね!「どうせ時間切れ引き分けだろ」といったムードを良い意味で裏切ってくれました。
ところで、PRIDEしか知らない新しいファンには、高田はただのヘッポコ野郎としか思われていないようで悔しいですね。もう一丁!で頑張ってほしいものです。
それと、スタイナー兄弟は受けの上手い馳には、強烈な投げを打ってましたね。SSD初公開の時は、死んだ・・・って思いましたもん。

長々と書いてしまってすいません。でも、このテーマって酒を飲みながら一晩語れますよね。それでは
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この回答へのお礼

 ご紹介、誠にありがとうございます。

>大阪でやった藤波VS前田の試合・・・・・・
 これは今や“伝説”ですね・・この年のベストバウトを受賞したと思いますね。

>高田VS北尾
 これも“伝説”ですね・・この年、高田選手は東スポのプロレス大賞を受賞しましたね。

お礼日時:2002/07/11 18:11

 今日一日考えていました。


 
 スタンハンセンが全日本に移籍した時、G馬場と対戦した試合が思い出されます。何戦目にか、馬場がスモールパッケージホールドで勝ったと思います。
 
 大昔。G馬場がPWFのチャンピオンでした。不覚にも、キラー・トーア・カマタに反則負け(レフリーに暴行)でタイトルを取られ、取り返すのに大変だったのを覚えています。ハワイまで行ったのではないでしょうか。ブッチャーにもタイトルを取られ、取り返すのに大変でした。
 
 もっと大昔。大木金太郎・キムドク対対G馬場・J鶴田のタッグマッチもいい試合でした。大木の頭突きがすごかった。

 ジュニアフライで、タイガーマスクとダイナマイトキッドの試合も印象に残って います。小林邦昭も。(藤波辰巳対剛龍間(?)の試合もありました)

 マイナーですが、R木村とA浜口の因縁の試合。R木村が勝ちましたが、
 男のロマンを感じました。アントニオ猪木対R木村。腰の悪い木村が、5、6分で、猪木にぼごぼごにされて、寺西の肩に担がれて控え室に引き上げて行く姿は、
泣けてきました。
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この回答へのお礼

>スタンハンセンが全日本に移籍した時、G馬場と対戦した試合が思い出されます。
 この初対決が、82年2月4日の東京体育館での試合ですね。

>馬場がスモールパッケージホールドで勝ったと思います。
 これは84年7月31日の蔵前で、ベルトを取り戻した試合ですね。

>大木金太郎・キムドク対対G馬場・J鶴田のタッグマッチ
 この頃は全然知らなくて、申し訳ございません(;^^)
( ちなみに「 キムドク 」と書かれてるのをみて、「 キム○ク 」を思い出しちゃいました・・「 キム・ドク = タイガー戸口 」というのは、いちおう知ってますので )

>タイガーマスクとダイナマイトキッドの試合も印象に残っています。小林邦昭も。
 「 タイガー VS 小林邦昭 」では、“マスクはぎ”のシーンしか印象に残ってないですね(;^^)
 ちなみに「 剛 竜馬 」ですね。

>アントニオ猪木対R木村・・(中略)・・寺西の肩に担がれて・・・・・・
 でも、その寺西も、いつのまにか維新軍に加わってましたね(;^^)

再度の御紹介、誠にありがとうございました。     (文中敬称略)  

お礼日時:2002/07/11 17:59

そうですね。

私の思い出の試合と言えば、藪下にはめられた(笑)1998年1月31日の藪下&坂井VS飛鳥&ブラディーですね。試合終了後のあのやり取り(^^)、あの天然なのがヤブの魅力ですね。

それからヤブサカとブラディー&ファングの試合は全ていい試合でしたね。しばらくはやりそうにないのが残念ですが、また観てみたいです。

藪下と言えば、グンダレンコとの試合も印象的でしょうか。あの試合でかなり名前を売る事ができたと思うので、昔からファンをやってきて、とても嬉しかったです。

後は谷津のプライド参戦。1試合目は会場に駆けつけました。あの年齢になって挑戦するのはとても勇気のいる事だったと思うので、とても感動しました。
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この回答へのお礼

 ご紹介、誠にありがとうございます。

>1998年1月31日の藪下&坂井VS飛鳥&ブラディー
 この試合は、知らなくて誠に申し訳ございません。

>藪下と言えば、グンダレンコとの試合も印象的でしょうか。
 これは、『コロッセオ』(懐かしい!)で拝見いたしましたね。あの神取でさえ手こずったグンダレンコ相手でしたからね。番組内の「“女・桜庭和志”の誕生だ!」というナレーションが印象に残っております。

>谷津のプライド参戦。
 これはビデオで見ましたね。グッドリッジの連打にも、最後まで倒れる事はなかったと記憶してます。     (文中敬称略)

お礼日時:2002/07/11 17:31

やはり、思い出は昔のほうが強く残っちゃいます。


私は5つあり、1つは正規軍VS維新軍の勝ち抜き戦。正規軍の先発に藤波が出て、長州が怒りを露にしてたのを覚えています。でも、谷津の踏ん張りで、イーブンになって、最後は猪木VS長州のシングルで卍固めでレフリーストップ。ギブアップしない長州がすごいと思いました。当時は2週にわたって放送されましたので、1週間が待ち遠しかったのを覚えています。今みたいにネットが無かったし、小学生だったのでお金も無かったので専門紙を買う余裕もなかったのを憶えています。
2つ目は猪木VS長州(蔵前国技館)のシングルマッチ。最高の試合でしたと今でも思っています。
3つ目は猪木VSブロディの初シングル戦。後楽園ホールに運命のテーマ曲で入場してから初対決までの時間、頭の中でいろいろシュミレーションしてたのを覚えています。また、試合後も数日間その余韻にひたっていました。最近はサイクルがはやいので、夢の対決が終わっても、記憶に残っていかないのが残念です。昔は年間通しての本当のビックイベントって少なかったので、その余韻を引きずっていくのもいいもんだったんですがね~。
最後は猪木VS藤原(両国)の新日とUWFの試合や武藤VS高田の新日VSUインターの試合など看板を背負っての試合はいいですね。試合内容はともかく、記憶に残ります。

この回答への補足

 すみません・・“綱引きマッチ”というのは、表現の仕方が悪かったですね・・・。 正規軍(本隊)と維新軍が4対4で、綱を引っ張り合って対戦相手を決めた試合です・・そこで決まった試合では、
  「 坂口憲二の父 VS 浜口京子の父 」
という、今となってはマニアック(?)な対戦も、ありましたね。(文中敬称略)

補足日時:2002/07/11 14:11
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この回答へのお礼

>1つは正規軍VS維新軍の勝ち抜き戦。
 「正規軍VS維新軍」(当時は「本隊」という表現は無かったみたいですね)では、“綱引きマッチ”というのも、あったと思います・・確かメインが猪木VS谷津だったと思います。

>猪木VS長州(蔵前国技館)のシングルマッチ。
 コレは最後は猪木が“丸め込み系”の技でフォール勝ちしたのでしょうか・・?

>後楽園ホールに運命のテーマ曲で入場してから・・・・・・
 このシーンをTVで見た瞬間は衝撃的でしたね・・あのハンセンが突如ブロディのセコンドとして全日に登場した時以上のインパクトが、あったと思いますね(ちなみにハンセンが全日に“乱入”してきた時は、当時の私は彼の名前しか知りませんでした)。

>猪木VS藤原(両国)の新日とUWFの試合
 これは、試合後に前田が猪木に蹴りを見舞った場面しか印象に残ってるシーンが無いんですよね(;^^)

>武藤VS高田の新日VSUインターの試合
 この試合で武藤の「ドラゴンスクリュー → 足四の字」という“必勝パターン”が初披露されたと思いますね。

 沢山ご紹介、誠にありがとうございました。     (文中敬称略)

お礼日時:2002/07/11 11:45

えーと、謎が謎を呼ぶ長州のタッグ王座戦問題ですが、


ひとつ決定的な事実が判明しましたのでお知らせしま
す。

「谷津嘉章には、IWGPタッグ獲得暦はありません」

東京体育館のインタータッグ戦であれば自分もテレビ
観戦していましたが、状況から判断するに、そっちの
試合だと思いますね…。
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この回答へのお礼

 深夜にもかかわらず、ご指摘、誠にありがとうございます。
 確かに87年春に長州選手が新日にUターンした際、谷津選手は全日に残り、鶴田選手とタッグを組む様に、なりましたからね。

お礼日時:2002/07/11 05:03

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