以下のような文で使われた「文学的」と言う表現の意味するところがわかりません。どうか、教えてください。

例文を引用します。
「…たとえば<なぜ人は生まれるのか>と言う問いかけに対する<根拠>は、その発問者の求めるところに応じて、生物学的にも哲学的にも宗教的にも文学的にも、さらに童話的にさえ回答可能であり…」

生物学的、哲学的、宗教的というところまでは何とか納得できているような気もするのですが、このような問いに対し、文学的回答と言うのはどういうことを指すのでしょう。物語的という風に理解すればよいのでしょうか?発問者に気持ちよい感覚を与え、それをよしとする解決方法ととればよいのでしょうか。

このQ&Aに関連する最新のQ&A

A 回答 (4件)

 


この質問の例文での限定された意味での「文学的」という表現の説明を答えます。一般的にというと、話が難しくなります。一般論だと、例えば、プラトンの対話編は、哲学書か文学書かよく分からないとか、宗教は文学的に表現されていることが多いなど、境界が曖昧になって、説明が難しくなります。

>「…たとえば<なぜ人は生まれるのか>と言う問いかけに対する<根拠>は、その発問者の求めるところに応じて、生物学的にも哲学的にも宗教的にも文学的にも、さらに童話的にさえ回答可能であり…」

これは、「人が生まれる根拠」という問題です。

生物学的:精子と卵子が結合し、受胎が起こると、胎児となり、やがて人として生まれる。生物は、自己の複製を作る機能・目的性を持っており、人間の場合に、この複製機能は、受精・受胎そして出産という過程で、実現し、これが人が生まれてくる根拠である。

哲学的:イデアー界に人の魂は故郷を持っており、そこより、何かの使命を果たすため、地上の肉体に魂が入り、これが人の誕生である。人の持つ「使命」とは、形而上的なものである。

宗教的:世界の一切は因縁で結ばれており、子供が生まれ来ることも、縁起の法に従っている。縁起の根拠のない場合、幾ら、子供を作ろうと夫婦で試みても、子は生まれない。しかし、縁のあるところ、子供は、宇宙の縁起の理に従って生まれて来る(仏教)。

神は、人間に、「生めよ、増やせよ」と命じた。神自身が、この言葉に縛られており、アダムの子孫は、こうして、神が個人の霊魂を創造し、男女の結合で胎児が構成されたとき、この胎児のなかに霊魂を挿入するのであり、こうして、人は生まれてくる(キリスト教)。

文学的:実は、あの子は、いまの夫の子ではないのです。夫は、自分の子だと信じているようですが、わたしには、夫以外に、昔から好きな人がおり、あの日、どういう運命の決まりか、わたしは過ちを犯してしまったのです。そしてAが生まれたのです。いえ、過ちを犯したのは、わたしの意志だったのです。わたしは、どうしても、あの人の子がほしかったのです。……これはAという子供が生まれた根拠の文学的説明になっているのです。あまり適当な例文でありませんが。

あるいは:何故、人は生まれるのか。それは、人と人のあいだには常に「愛」があるからだと云える。「愛の欠如故」に、生まれる不幸な子供もいる。あるいは愛の反対の憎しみが子供を生むこともある。しかし、これらは、人間の「愛」がすべて関係して、人はこの世に生まれて来るということの証なのだ。

童話的:赤ちゃんはなぜ生まれてくるのか。それは、子供がほしいと、おとうさん・おかあさんが願っていると、天国の上様が願いを聞き、こうの鳥に命じて、赤ちゃんを、地上に運ばせ、おかあさん・おとうさんの元へと運ぶのです。だから、子供が生まれてくるのです。……(こうの鳥は、天国の使いなので、赤ちゃんを運んでいる姿は、誰にも見えないのです。おとうさん・おかあさんだけには見えるのですが、赤ちゃんを受け取ると、忘れるようになっているのです)。

こういう感じです。「文学的」というのは、非常にヴァリエーションが広く、個別的な、子供が生まれてくる根拠と、一般的な根拠で、説明が違うでしょう。上は、個別的と一般的について、例文を作っています。

生物学的説明は、科学的な誕生のプロセスを説明します。それは、生命の発生についての仮説でも同様です。「根拠」ではなく、「過程」を科学は述べるのです。

哲学的説明は、哲学的世界観に従い、人間が生まれる根拠について、人間の存在とは何かというような、哲学的展望から、その回答を行うのです。

宗教的説明は、宗教の教義に従い、人間の存在の根拠や、誕生の意味を述べ、生まれてくる理由を述べると云えます。

文学的説明は、哲学のように知性に訴えたり、宗教のように信仰に訴えるのではなく、感情に訴えるとも云えます。何らかの構想で、修飾や技巧や、文体や話の魅力で説明し、それで読者が感銘を受ける、感情的に受け入れ納得するという効果で、答えを述べるのです。

童話的説明は、以上の四つのどれでもよく、子供にも理解できるたとえ話的な説明で、宗教が背景にあることもあれば、哲学的洞察を示していることもあれば、文学的感銘があることもあり、ただ、簡単には、「たとえ話」ということです。
 
    • good
    • 1
この回答へのお礼

丁寧な回答ありがとうございます。
asterさんの回答は、毎回僕の創造する範囲を超えていてとても興味深いです。

すべての例はとりあえず、文を表現するための例えですよね。
それとも、哲学の場合イデアの説は定説となっているのでしょうか?

お礼日時:2002/07/16 15:49

まだ締め切りになっていませんでしたので一言。



「文学的にも・・・回答可能」とは、

作者自身の思想・心情を、作者自身の想像力で構築されたフィクションの世界
(つまり、詩歌・小説・戯曲といった文学作品)を通して表現することができる。

ということではありませんか。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
そうですね。
僕も皆さんのおかげでなんとなくわかるようなきがしてきました!
内的なフィクションもまたリアルですよね。

お礼日時:2002/07/20 12:08

「人生はマッチに似ている。

簡単に扱えば危険であるし、慎重に扱うにはたいそうである。」と言った内容を芥川龍之介は「侏儒の言葉」という至言集のような本に書いていますが、そういう文字や文章によって適切に表現されうるものがあります。
すぐれた文学的作品は、普遍的なテーマを取り扱うことも多く、そういう意味で、文学的な回答は可能と考えます。
童話だと、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」は、「死」をモチーフにしつつ、人生というものにせまった作品であるとも言えるのではないでしょうか。
文学的ということは、必ずしも気持ちのよい感覚を与えるものとは限りません。むしろ、「砂の女」で有名な安部公房の作品のなかには、不条理な感覚を与えるものもあります。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

「人生はマッチに似ている。簡単に扱えば危険であるし、慎重に扱うにはたいそうである。」イイ!マッチってところがいい(涙)。

芥川竜之介いいですねぇ。うっとり…。
もっと時間を作って日本文学を読まないとなー。もったいないな。と感じました。

返答ありがとうございました。

お礼日時:2002/07/13 07:15

生物学的・・・人の誕生を地球誕生から説き起こし雌雄両性があり、親と同じDNAを持った子孫を残す哺乳動物として述べる。



哲学的・・・人の誕生を時系列的には無視し、また生物としてではなく、人は人としてその誕生、生存の意義、目的などを思索する。

宗教的・・・人間は他の生き物同様に神の手で創られたものであり、アダムとイブの物語に始まり、原罪を如何に贖罪するか、神の前の人間のあり方について説く。
(キリスト教の場合)
文学的(或いは芸術的)・・・人の誕生を主観をもって、比喩を使い抽象的だが読み手にある種の感動を起すような様式、文体で表現する事ではないでしょうか。生物学的、哲学的、宗教的表現も文学的表現とは無縁ではなく、その描写の仕方によっては、その部分は文学的表現で述べられていると言う事が出来ます。文学的表現は主観的部分が多いので、共感を覚えない人にとっては感動を与えず、単なる言葉の遊びにすぎないでしょう。しかし、ペンは剣よりも強しといわれるように、人を奮い立たせ民衆に権力をつぶすほどの力を与えるのも文学的表現です。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

そうですね。ちょっとわかったような気がします。
>読み手にある種の感動を起こすような様式、文体で表現する。
確かに前者の科学的な分析(?)とは違ったアプローチの仕方のようですね。しかし、あるものを表現するときに必ずしも分析的な表現ではなく文学的な、ある種の感動を伴ったイメージを表象することにより、より的確に表現できるような気がすることもありますね。心に職説訴えるという面で優れた表現様式かもしれませんね。

と、眠気の溜まった脳で考えてみました。
補足、アドヴァイスなどありましたら。またお願いします。

わかりやすい回答ありがとうございました!!

お礼日時:2002/07/13 06:49

このQ&Aに関連する人気のQ&A

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

関連するカテゴリからQ&Aを探す

このQ&Aを見た人が検索しているワード

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Q「リレーショナルデータベース」と「データベース」

「リレーショナルデータベース」と「データベース」は何が違うのでしょうか?
accessはリレーショナルデータベースとの事ですが,普通のデータベースと何が違うのでしょうか?

[データベースはこうだけど、リレーショナルデータベースはこうだよ!]
って教えて頂ければ助かります。

Aベストアンサー

データベースというのはデータの集まりのことで、ソフトウエアのことではありません。データベースという用語は法律でも定義されています。
著作権法第2条第1項十の三
 データベース 論文、数値、図形その他の情報の集合物であつて、それらの情報を電子計算機を用いて検索することができるように体系的に構成したものをいう。

リレーショナルデータベースとは複数のデータベースを組み合わせて(関連付けて)一体として管理するデータベース構造(スキーム)のことであり、組み合わされる個々のデータベースのことはテーブルと呼びます。もちろんリレーショナルデータベースもデータベースの一種です。上記の法律の条文に照らしてみれば明らかでしょう。
EXCELのような表計算ソフトでもデータベース(テーブル)を構築することはできますが、リレーショナルデータベースを構築するには専用の管理機構が必要で、表計算ソフトでは構築不能です。

Accessのようなソフトはこのデータベースを管理・操作するためのソフトウエアであり、分類上「データベースソフト」あるいは「DBMS(データベース・マネジメントシステム)」と呼ばれます。素人向けはデータベースソフト、業務用はDBMSと呼ぶのが普通です。なお、マイクロソフトではAccessのことを、一般向けにはデータベースソフトウエアと呼び、技術者向けにはDBMSと呼んでいるようです。これらのソフトウエアで管理・操作する対象がデータベースでありリレーショナルデータベースなのであって、Accessなどのソフトウエアがデータベースなのではありません。

パソコンが仕事で使われることの少なかった初期(主にホビー・家庭用途)は、パソコン上で動作するデータベースソフトは「カード型」などのリレーショナル機能のないものが主流でした。住所録管理程度であればこれで十分でしたし、当時の表計算ソフトは現在のような大量データは扱えませんでしたから(最大500行とか)、Windows普及以前はデータベースソフトと言えばリレーショナル機能のないカード型ソフトが家庭や零細企業では普通に使われていました。
リレーショナルデータベースがあっても高価で(ビジネス用で一番普及していたdBASEは定価268,000円だったはず)、システム構築も簡単ではないので、システム化の進んだ大手企業やその関連会社でもなければ導入していないのが普通だったと思います。

データベースというのはデータの集まりのことで、ソフトウエアのことではありません。データベースという用語は法律でも定義されています。
著作権法第2条第1項十の三
 データベース 論文、数値、図形その他の情報の集合物であつて、それらの情報を電子計算機を用いて検索することができるように体系的に構成したものをいう。

リレーショナルデータベースとは複数のデータベースを組み合わせて(関連付けて)一体として管理するデータベース構造(スキーム)のことであり、組み合わされる個々のデータベー...続きを読む

Q心理学に触れたイギリス文学作品を探しています。 イギリス文学 心理学 イギリス文学を用いて心理学

心理学に触れたイギリス文学作品を探しています。

イギリス文学 心理学

イギリス文学を用いて心理学の論文を書こうと思っています。
特にサスペンスやミステリーが好きなので、犯罪心理学の路線で行こうかなと考えていますが、未定です。
集団心理、思い込み(幻想、幻聴など)、多重人格でも何でも、何か心理学的なヒントが見つかりそうなイギリス文学作品があれば教えて頂きたいです。時代は問いません。
和訳されていない作品でも大丈夫です。英語で論文を書くので、むしろそっちがやりやすいかもしれないです。

どんどん挙げてくれたら嬉しいです!
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

シャーロック・ホームズはコカイン中毒だったとのことですから、病理心理学はダメですか?
ルイス・キャロルは幼児性愛者だったそうですが、これも病理心理学として使える?

Q【エクセル】データベースシートの値を印刷用シートに2段に分けて返すには?

データベース上では1行で横方向に複数のデータを落とし込んでいますが、
印刷用のシートはレイアウトの関係上1行のデータを2行ずつに返しています。

1人目1行目の各セルは
 A4=IF(データベース!A1="","",データベース!A1)
 A5=IF(データベース!B1="","",データベース!B1)
 A6=IF(データベース!C1="","",データベース!C1)
2行目の各セルは
 B4=IF(データベース!D1="","",データベース!D1)
 B5=IF(データベース!E1="","",データベース!E1)
 B6=IF(データベース!E1="","",データベース!E1)
2人目一行目(上から三行)の各セルは
 A4=IF(データベース!A2="","",データベース!A2)
 A5=IF(データベース!B2="","",データベース!B2)
 A6=IF(データベース!C2="","",データベース!C2)
2行目(上から4行目)の各セルは
 B4=IF(データベース!D2="","",データベース!D2)
 B5=IF(データベース!E2="","",データベース!E2)
 B6=IF(データベース!E2="","",データベース!E2)

これだと下にコピペすると参照先がずれてしまいますので手入力してます。
Row関数などを使って上手く参照させるように出来たらと考えています。
いい方法は無いでしょうか?

よろしくお願いいたします。

データベース上では1行で横方向に複数のデータを落とし込んでいますが、
印刷用のシートはレイアウトの関係上1行のデータを2行ずつに返しています。

1人目1行目の各セルは
 A4=IF(データベース!A1="","",データベース!A1)
 A5=IF(データベース!B1="","",データベース!B1)
 A6=IF(データベース!C1="","",データベース!C1)
2行目の各セルは
 B4=IF(データベース!D1="","",データベース!D1)
 B5=IF(データベース!E1="","",データベース!E1)
 B6=IF(データベース!E1="","",データベース!E1)
2人目...続きを読む

Aベストアンサー

ANo1です。

A4に
 =INDIRECT(ADDRESS(INT(ROW()/2)-1,COLUMN() + MOD(ROW(),2)*3,,,"データベース"))
を入力して、右、下方に必要なだけフィルコピーでいかがでしょうか?


※ ついでながら・・・・ご提示の式で
 =IF(データベース!A1="","",データベース!A1)
などは、『A1が""だったら""を、それ以外の場合はA1の値を表示』という意味になりますので、結局のところ
  =データベース!A1
で良いことになりませんか?

Q文学部で現代日本文学作品だけを学ぶのは無理?

文学部進学を選択肢の一つに考えている高校生です。

文学部に進学したら現代日本文学作品を学びたいと思っています。昔から小説を読むのが好きで、古典作品よりも、明治以降の作品(さらに言えば、例えば村上春樹さんのように今リアルタイムで執筆活動をされているような作家さんの作品)の方にに学問的な興味も寄っています。大衆文学でも純文学でも。自分が読んで育ってきた時代のものを研究したいという気持ちが強いです。
ちなみに志望校については、京都大学の学風に大変惹かれており、今のところそれ以外を考えたことがありません。

しかし、その文学部について調べていて引っかかる点が少しありました。
他の大学もそうだと思うのですが、国文学は文学部の中でも「東洋文化系」という大きなくくりの中に属していますよね。
その東洋文化系の必修科目や専門科目は、
・中国・韓国語・サンスクリット語などの外国語
・中国古典文学・漢文・国語古典文学・インド古典文学
がほとんどという印象でした。
国語学や国文学もありますが、それ以上に外国語や他国の古典文学の授業がかなりを占めていると思います。
さらに国文学の授業でも、古典文学だけを扱うのが文学部の一般的常識だと聞きました。これは本当なのでしょうか。
教授の研究テーマを見ていても、現代日本文学を専門にしていらっしゃる方がいらっしゃいませんでした。
京大以外の国立大も軽く見てみましたが同じような印象を持ちました。

これは、大学の文学部に進学しても現代日本文学を本格的に学ぶことはあまりできず(卒論を除く)、他国のものを含む古典文学・外国語ばかりということになるのでしょうか?

古典文学も外国語も嫌いではありませんが、現代日本文学をあまり学べず、そちらにウェイトがかなり寄っているなら、他学部に進学して独学で文学を学ぶ方が幸せなのかなぁという気がして迷っています。
文学部で現代日本文学作品だけを、とまでは言いませんが、少なくともそれを専攻にしていると言えるようにはなりたいのです。
それが無理ならば、現代日本文学を学びたいという人が、古典文学や外国語をやる意味って何でしょうか?

文学部に在籍経験のある方や、その辺の事情に詳しい方の回答を頂けたらと思います。些細な情報でもかまいません。よろしくお願いします。

文学部進学を選択肢の一つに考えている高校生です。

文学部に進学したら現代日本文学作品を学びたいと思っています。昔から小説を読むのが好きで、古典作品よりも、明治以降の作品(さらに言えば、例えば村上春樹さんのように今リアルタイムで執筆活動をされているような作家さんの作品)の方にに学問的な興味も寄っています。大衆文学でも純文学でも。自分が読んで育ってきた時代のものを研究したいという気持ちが強いです。
ちなみに志望校については、京都大学の学風に大変惹かれており、今のところそれ以外を...続きを読む

Aベストアンサー

 こんにちは。「文学が好き」と「文学を学ぶ」では「文学」というもののスタンスが異なることにお気付きでしょうか。そして「文学が接している領域」がどこまで及ぶか、をお考えになったことがあるでしょうか。高校生を含めての受験生にとってはいささか失礼かと存じますが、敢えてこのような問いを返させていただきます。
 口幅ったい言い方かもしれませんが、「文学」を人間の精神的な営みと理解するのであるなら、それが関わる範囲は「人間が関わる全ての領域」と規定することも可能で、それは社会学や法律学、政治学などの社会科学はもとより心理学や哲学といった思想系、時には人間が対象として観察している自然科学分野にまで及びます。そしてそうした全てをひっくるめた歴史にも脚を踏み入れねばならないことも普通です。
 「小説を読むのが好き」と仰る質問者からすれば、近代以前の作品は「小説」ではないのかもしれません。けれど『蜻蛉日記』や『更級日記』も解釈次第では「小説」でもあるとの事実を忘れてはならないでしょう。両者は共に「私小説」です。それは「私に降りかかった事象」を私の目線で見たこととして「自己対象化」の要件を完璧にクリアしていることによります。
 この要件を近代以後の作品に適用してみるならば、漱石、竜之介、そして公房や由紀夫、健三郎といった作家全てにあてはまることにもなります。
 こうしたことを考えてみると、最初の質問である「文学を学ぶ」とはどの様な意味を持ってくるといえるでしょう。そして具体的な内容はどの様な言葉として説明することになるでしょう。ここまで来た時、一先ずの定義を示すこともできます。少なくとも「文学なるもの」を研究対象とする時にしか、この言葉を使うことが出来なくなるとの話です。
 恐らく今後もノミネートされることはあっても村上春樹さんがノーベル賞を受賞することもないでしょう。それは文学が時空を越えて数多くの人と感動や認識を共有することで認められているからとの「文学の存在理由」との間でかなりの隔たりがあることも作用しています。
 『青が消える』が普遍の問題を扱っているといえるでしょうか。この作品をどの様な視点からターゲットとして観察することができるでしょうか。少なくとも僕には公房と類似するテーマを扱いながら彼の一連の作品を凌駕するとも考えられません。春樹が書いているのは「僕にとっては大切なもの」が他から見れば「さほどの意味はないもの」であるとの描写に留まっている点で、公房の足下にすら及ばない。だからどうしたの?で終わってしまうほどの作品ともいえます。
 質問者は「同時代の作家を対象とした」と肩に力を入れて力説していますが、戦後そして1945年以前の作家が同時代の空気を採り上げていないとの考えならば、それは大間違いともいえます。彼らは全員「自分の目線」とのフィルターを通じて社会そして世界を観察し、それを「言葉」として再び世界に放ち、読者(研究者も評論家も)に投げ返してきた、「社会とは…」「世界とは…」「私とは…」そして「これら私を取り巻くものと私の関係は…」との形で。
 少し厳しい言い方になりますが、質問者は「文学」を全く知らないといっても過言ではありません。公房が海外でF.カフカやS.ベケットさらにはA.カミュ、健三郎がG.グラスなどとの同時代の観察者として考察の対象になっていることをご存知でしょうか。またなぜ和歌や俳句に関する研究で外国の研究者の方がより本質的な部分にまで切り込むことができるのか考えたことがあるでしょうか。
 芭蕉の旅は西行の旅と重なる部分が数多くあります。清少納言や兼好の言葉には李・杜、白居易をはじめ多くの言葉がちりばめられてもいます。これはなぜでしょう。それを読む人からすれば、まさに現代の言葉でもあるからです。雪降る朝の光景が「香炉峰の雪」を想起させると清少納言が感じたから、それを言葉にしたのであり、そうした姿をペダンティックと評するのも一つの解釈です。けれどもそれは「清少納言という人物像に対する評価」であり「『枕草子』に対する評価」とは異質なものといえます。
 どうやら質問者は「大学で学ぶ」ことを勘違いしている可能性も多分にあります。専門の教員がいないから学ぶことができないとなれば、質問者の文学に対する姿勢は常に受け身といえ、そこから何を引っ張り出すかとの最も大切な作業を放棄することになります。このような生半可な姿勢では理論構築のない分野とはいえ、何を求めるかとの自らが立てた問いに対する答えを見つけることは到底叶わないともいえます。
 「京都大学の学風に惹かれる」とはあっても、文学部に学風は無関係です。京大文学で「学風」と呼ばれるのは歴史学での「内藤史学」や哲学での「西田哲学」といった「研究スタイル」や「アプローチ視角」での特色です。老婆心ながら誤解されませんように。
 なお「日本文学科」や「国文科」が対象領域として扱うのは必ずしも古典だけではありません。近代以後、「第三の新人」と呼ばれる作家までは対象範囲に含まれます。志望選択をする以前に少なくとも、近代文学史の概要程度は頭に叩き込んでおいていただきたいですね。それが常識ですよ。

 こんにちは。「文学が好き」と「文学を学ぶ」では「文学」というもののスタンスが異なることにお気付きでしょうか。そして「文学が接している領域」がどこまで及ぶか、をお考えになったことがあるでしょうか。高校生を含めての受験生にとってはいささか失礼かと存じますが、敢えてこのような問いを返させていただきます。
 口幅ったい言い方かもしれませんが、「文学」を人間の精神的な営みと理解するのであるなら、それが関わる範囲は「人間が関わる全ての領域」と規定することも可能で、それは社会学や法律学...続きを読む

Q別のACCESSデータベースのテーブルのレコードを追加したいのです

別のACCESSデータベースのテーブルのレコードを追加したいのです

同じ内容のデータベースが二つあります
データベース1とデータベース2を其々別の人がデータを入力しています
データベース1にデータベース2のテーブルで T_データT_データ明細の二つのレコードを追加したいのですがどの様にすればよいでしょうか

ご指導をお願いいたします。

Aベストアンサー

レコードカウントで採番する場合は、

rsInMain.AddNew
rsInMain!番号 = rsInNUM!番号 + 1
rsInMain!項目1 = rsOutMain!項目1
rsInMain!項目2 = rsOutMain!項目2
j = rsInMain!番号
rsInMain.Update

のところで、

rsInMain!番号 = rsInNUM!番号 + 1



rsInMain!番号 = rsInMain.RecordCount + 1

に置き換えればいいです。

それと、

'T_番号の更新
rsInNUM.Edit
rsInNUM!番号 = rsInNUM!番号 + 1
rsInNUM.Update

の部分はコメントアウトするか削除します。


こちらの環境では、レコードソースを
クエリ、テーブル、SQLどれも問題はないのですが。
一応、簡単にT_テーブルでオートフォームでフォームを
つくり、あとボタンをくっつけた簡単な
フォームでやっています。

Q文学は飢えた子の前で何ができるのか? の問いに答えた人を教えてください

有名なサルトルの言葉ですが、この問いにまっこうから答えた人には誰がいますか?
またどのような答え方をしましたか?

Aベストアンサー

 この発言の背景には、当時のフランス文学の若手に対するサルトルの歯がゆさのようなものがあって、強い否定的な発言となったようです。ですから、サルトルは、単に文学で「平和を訴えたとしても、それで平和になるわけではない」という趣旨で発言をしたようです。
 この発言を聞いた当時(時代をど忘れしているので)、フランス文学の若手たちは、ついにサルトルも年老いた、と落胆のまなざしで、批判を始めたのですが、私は、この発言の趣旨を、それだけでとらえるのは無理があると思っています。
 というのも、その時代の日本の文学者も、この発言に触発されて色々と答えていたのですが、おおむねの発言の趣旨は「そんなのは当たり前で、飢えた子どもに文学が有効なはずはない」という冷めたものでしかありませんでした。
 むしろ問題なのは、飢えた子どもの前で文学が有効でない、としても、文学には「ちゃんと存在価値がある」と断言を出来るかどうか、という文学者としての決意の有り様を問題にしていた、と記憶します。

 文学を捨て、飢えた子どもたちにパンを配る実践の人になるべきか、また別の道を歩むべきか、という選択を迫られた時、「いや、私はそれでも小説を書く、文学をやりとおす」という決心が必要で、それには自分で、この質問に対する回答を見いだすことだ、というのが日本の文学者(主に小説家)の回答でした。

 文学は、実践には見えません。しかし、人が小説や評論を通し、テキストとして文学に対峙することによって、自分の認識を変えること、また、読者に別の認識を迫ること、こうした、すこしづつの変革によって、歴史は変わる、と思い定め、今このときの目の前の不幸は救えないが、全く別の方向から、自分の願いを届けていきたい、と願うことは、文学者としては当然の願いのはずです。そうした後ろめたさを自分の背後に抱えて、小説を書き、発言をすることが、他者の琴線に触れることだ、という認識も大事なのではないでしょうか。

 サルトルは自らの反省も含め、「今役に立たないからと言ってすぐに文学を捨てるのではない、より強く後ろめたさを感じて、自らの言葉を磨け」と言った意味で発言したのではないか、と考えます。

 私の記憶では、武田泰淳、野間宏、安岡章太郎、大江健三郎、三島由紀夫、学者では白井健三郎、竹内芳郎などが、エッセイとか対論で答えていたと思います。この時代の小説家や文学者の文献を丹念に当たっていけば、大体何らかの反応を書いているはずです。


 

 この発言の背景には、当時のフランス文学の若手に対するサルトルの歯がゆさのようなものがあって、強い否定的な発言となったようです。ですから、サルトルは、単に文学で「平和を訴えたとしても、それで平和になるわけではない」という趣旨で発言をしたようです。
 この発言を聞いた当時(時代をど忘れしているので)、フランス文学の若手たちは、ついにサルトルも年老いた、と落胆のまなざしで、批判を始めたのですが、私は、この発言の趣旨を、それだけでとらえるのは無理があると思っています。
 という...続きを読む

Qデータベースの正しい定義は?

初歩的な質問ですが、データベースを正しく定義するとどのようになりますか?

SQLとファイルシステムを一緒にしたものがデータベースですか?

また、データベースとデータベースエンジンの境界ってどこになりますか?

データベースを論じる記事を頻繁に目にしますが、さっぱり分かりません。データベースとオラクル、DB2、あるいは、SQLサーバーなどは必ずしも同じではないと思うのですが.. これらは単なる製品ではないでしょうか。製品の使い方を論じることはデータベースを論じることではないような気がしています。

データベースって何ですか?ご意見をお聞かせください。

Aベストアンサー

データを寄せ集めて整理したファイルを、データベース(以下、DB)と呼んでいる人をネット上でたびたび見かけますが、それはDBの構成要素の一つに過ぎません。

DBを管理するソフト(DBMS)は、以下のような機能を持っています。

(1)データを統合させ、重複データを極力、持たせないようにする。
(2)データの構造変更が、直接、変更部分をアクセスしないアプリケーションには影響を与えない。(データの独立性)
(3)複数ユーザから検索、更新などがあっても、データに矛盾を発生させない(排他制御)
(4)部分回復、全面回復
アプリケーションの更新を無効にできる。更新したアプリケーションが異常終了しても自動的に回復。システム全体がダウンした場合の回復。
(5)セキュリティ機能
(6)DDL(=データ定義言語)で定義、DML(データ操作言語)で操作できる
 →リレーショナルDB用の言語は、DDLやDMLを総じて、SQLと呼ぶ。
(7)検索のオプティマイザ
(8)再編成
などなど。。。

>データベースを正しく定義するとどのようになりますか?

単に「データベース」というと、DBの実体(ファイル群)を指す場合やDBMSを指す場合があります。

>SQLとファイルシステムを一緒にしたものがデータベースですか?

SQLを解析して実行可能にしている部分や、OSのファイルシステムに近い部分は、DBMSを構成する一部分の機能です。

>データベースとデータベースエンジンの境界ってどこになりますか?

データベースエンジンとは、SQLを受け付け、DBアクセスを制御し、結果を返す部分でしょうから、DBMSの中核機能ということになると思います。

DBエンジン以外に、DBMSには(オペレータ)コマンド、コンパイラ、ユティリティなどが備わっています。

SQLは国際標準化団体により、標準仕様が提示されています。しかしこれだけでは、「ただのペーパー」であり、その仕様通りに動くソフトウェア(DBMS)を誰かが設計・製造しなければ、誰も使えません。

商用としてリレーショナルDBMS(RDBMS)を開発しているメーカーには、以下のような製品、会社があります。

(1)Oracle・・・オラクル
(2)SQL Server・・・マイクロソフト
(3)DB2 UDB・・・IBM

国産でも、以下のような製品、会社があります。
(1)Symfoware・・・富士通
(2)HiRDB・・・日立
(3)RIQSII・・・NEC

オープンソースとして無料で提供されているRDBMSもあり、代表的なものにMySQLやPostgreSQLなどがあります。
オープンソースは無料で使える反面、以下のようなサポートの問題があります。
(1)トラブルがあった場合のサポートがない
→有償契約でサポートを請け負う会社はある
(2)不良があった場合にいつ誰が調査、対策するのかが不確定
(3)機能サポートが、いつ誰によりされるのかが不確定

商用RDBMSの場合は、これらが明確です。

各RDBMSは、段階的にSQLに準拠して行っているものが多いですが、標準仕様のSQL内でも未サポートの部分、標準仕様と仕様差がある部分、独自機能があるのが一般的です。
これはSQLの標準仕様が出来上がってから、各メーカーがゼロから開発している訳ではないことやメーカー各々に独自の技術があるからです。

データを寄せ集めて整理したファイルを、データベース(以下、DB)と呼んでいる人をネット上でたびたび見かけますが、それはDBの構成要素の一つに過ぎません。

DBを管理するソフト(DBMS)は、以下のような機能を持っています。

(1)データを統合させ、重複データを極力、持たせないようにする。
(2)データの構造変更が、直接、変更部分をアクセスしないアプリケーションには影響を与えない。(データの独立性)
(3)複数ユーザから検索、更新などがあっても、データに矛盾を発生させない(排他制御)
(4)部...続きを読む

Q文学を勉強するところは大学の文学部しかないのでしょうか?

文学を勉強するところは大学の文学部しかないのでしょうか?専門学校みたいなところはないのでしょうか?
おしえてください!

Aベストアンサー

文学の何を学びたいのですか? 創作でしょうか? 作品研究でしょうか?
結論から言えば、No.2 の方が仰るように、やる気さえあればどこででも学べます。

大学の講義というのは、あくまで初学者が入って行き易いな道を用意している
だけで、これが無ければ学問は出来ないというものでは全くありません。
学問を一から本を読んで独学で始める、というのが少々効率が悪く、
挫け易いんですね。そういう最初の一歩が必要なのであれば、大学の受講生
になると良いかと(モグリでもいいけど)。教養科目なんか受けないてよいし。
放送大学という手もありますしね。

大学生にしたって、講義のイントロダクションが終われば、自分で本を読んで
学ぶんです。自然科学の場合、実験などはさすがに自分では出来ないでしょうが、
人文の場合、大学でしか出来ない勉強なんて、学芸員の実習などといった
特殊なものを除けば、殆どありません。大学の講義レベルの内容は、
すべて本で出ています。

Qデータベース数 or テーブル数

こんにちは。よろしくお願いします。
ただいまデータベース連動型のCMSを利用しているのですが、1サイトあたり100テーブルほど利用します。
1000サイトのデータベースを
1、1000データベース作成して管理
2、データベースに1000×100テーブル作成して管理
のどちらで管理した方がサーバーに負担が少ないでしょうか?
データベース数とテーブル数に限りはなかったと思うので、負担が少ない方で対応しようかと思ってます。

**現在、2の方法で行っているのですが、
phpMyAdminでデータベースを表示する際に、すごく時間がかかります・・・

Aベストアンサー

サイト間で交互になにか連携するデータや共有するテーブルやレコードが存在するのでしょうか?

1サイト内で完結する構造ならば1サイトに1データベース作るべきです

もし、サイト間で共有するデータやテーブル、レコードがあるならば、共有部分のみを1データベース作って、そこに突っ込む

そのサイト固有の情報はそのサイト用に1データベースを作っておく



サイトA->データベースA、データベースZを参照する
サイトB->データベースB、データベースZを参照する
サイトC->データベースC、データベースZを参照する

データベースA
 サイトA固有の情報
データベースB
 サイトB固有の情報
データベースC
 サイトC固有の情報

データベースZ
 サイトA~C共通の情報

って感じかなぁ
phpMyAdminはご存知のよにPHPで全てを管理しています、どんなテーブル構造やフィールド設計されても対応するように作られてますので大きくなれば大きくなるほど、負荷がかかります。
MySQLへ負荷がかかっているのではなく、PHP部分が重いだけです

大抵の場合はデータベースの負荷が原因というよりも効率の悪いスクリプトやプログラムやSQL文による負荷が大きいとおもいますよ

サイト間で交互になにか連携するデータや共有するテーブルやレコードが存在するのでしょうか?

1サイト内で完結する構造ならば1サイトに1データベース作るべきです

もし、サイト間で共有するデータやテーブル、レコードがあるならば、共有部分のみを1データベース作って、そこに突っ込む

そのサイト固有の情報はそのサイト用に1データベースを作っておく



サイトA->データベースA、データベースZを参照する
サイトB->データベースB、データベースZを参照する
サイトC->データベースC、データベー...続きを読む

Q平安時代の女房文学の文学史的、社会的背景

平安時代の女房文学の隆盛について、文学史的、社会的背景は何ですか?
人名、作品名などの実例を示しながら、説明してくれませんか?

Aベストアンサー

お年が分からないのですが、高校生以上ですか? でしたら、高校の日本史の教科書の平安時代のページに社会的背景やら後の時代への影響やら代表的作品やら作家やらが簡潔に載っていると思いますので写すといいですよ。


人気Q&Aランキング