こんにちは。

別に精神的に病んでいるわけではなく、最近ふと思ったのですが、命の大切さが分からなくなりました。

なぜ大切なのでしょう?

人はみな、「生きていれば楽しいことや、幸せなことがあるよ」と言いますが、幸せを得たからなんなのだ・・・という結論に達しました。そう考えていると、とっても孤独な気持ちになります。誰かのために何かを得たり、行ったりすることで、自分の存在意義を確かめながら生きている意味すら分からなくなります。

最近ではバイオレンスなゲームで人は簡単に死にます。映画でもそうです。

何か皆さんの考えを教えてください。なぜ命が大切なのか、そしてどんなときに大切だと思ったかなどを教えていただければ嬉しいです。

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A 回答 (22件中11~20件)

《人はみな、「生きていれば楽しいことや、幸せなことがあるよ」と言いますが》 そのときわたしは――わたしも―― たしかに それがなんだと思うことがあります。



とは言っても 《幸せを得たからなんなのだ・・・という結論に達》することは わたしはなかったのですが それでも 自分の結論のないまま 人びとが《楽しいことや 幸せなこと》を理由に挙げるのを聞いて 《そう考えていると、とっても孤独な気持ちに〔わたしも〕なります》。

血筋を絶やさないということを目的として生きていると思うと さびしい気持ちになります。(肯定したい・それを素直に喜びたいという気持ちも じつは あります)。

身内の世話がありますので 《誰かのために何かを得たり、行ったりすることで、自分の存在意義を確かめながら生きている意味〔が 幸か不幸か〕分からなくな》ることは ありません。

けっきょく わたしの場合は まだ――まだ です――自分の欲するところを行なうということを諦めていないという理由からだと 思われます。なぜ命が大切なのかと考えたことは あまりないので 思われるといった表現になります。

《なぜ大切なのでしょう?》というご質問に答えていないかも分かりませんが。(ゲームや映画のことは分からないままですが)。
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希少価値の故



微生物を含む全ての生物の中で、人間で生まれてくる可能性は
どれくらいでしょう?
あなたの部屋の見えない生物は、おそらく人類よりも多いでしょう。

人間に生まれる確率、その中で日本人に生まれる確率、
ここまで生きてこれた確率、このような事を考える確率、
投稿する確率、あなたに回答する確率、なんて
想像の出来ない天文的な数字、になるでしょうね。

希少が大切なのなら、命は大切なものです。

でも本当は、命が大切なのではなく、
その希少な命を持つ、あなたが大切なのです。

あなたは、過去にも未来にも、宇宙の全歴史を通じて、
ただ、あなただけであって、宇宙で唯一の存在です。

だから あなた(の命)は尊く、大切だと考えます。
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 ●「自分がして欲しくないことは、他人にするな」これが社会の基本原則●


 「なぜ人を殺してはいけないのか?」「それは、人の命は地球よりも重いから。だからこどもに人の命の大切さを教えるべきだ」。若い人の犯罪に対してこのように言う人が多いようですね。でも、「なぜ人の命は大切なのか?」には答えていません。
 このように考えると良いと思います。●「自分がして欲しくないことは、他人にするな」これが社会の基本原則●
 自分がして欲しくないことの一番は、殺されることだと思います。自分がされたくないことの一番が殺されることならば、他の人もそう思っていると考えられる。「ひとの命が大切なのではなく、してはいけないことの一番が人を殺すことだ」ということだと思います。
 以前にテレビで、「人の命はそんなに大事ですか。アリやゴキブリと一緒やないですか」との質問に、大江健三郎他の識者が満足のいく答えを用意できなかった、ということがあったそうです。
 あまり難しく考えるより、このように考えるの良いと思います。
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命が大切というのは人間の命のことだろうと思います。

簡単に言えばそのような前提が無難というくらいのものではありませんか。戦争のときはそのような前提は通用しません。又人間はいくらでも命を大切にする範囲を縮小することができます。極端に言えば自分の命だけが大切なわけです。あなたもやはり命を今取られるとしたらそれほど平然とはしていないと思います。いずれにしてもあまり確固たる根拠のあることではないのではないでしょうか。
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質問文からして、法的にどうこうとかいう回答を求められているのではないとかんじられました



命という有形の奇跡の前では、社会的地位とか社会的役割なんてその人の価値を語る時には瑣末な事でしょう。実際誰にでも、ブッシュ大統領にも金正日にも長渕剛にも、代わりは居るでしょう。
命に絶対的な価値は無く、命の価値は本人だけが決める事が出来る、命の大切さはその人自身が命に執着しているかが決めると思います。

命を粗末にする人や死にたい人の命は価値が低く、生きたいと強く願っている人の命は価値が高い。

人間が何かを願うとき、金でも名誉でも女でも悟りでも、すべて生きていることが前提ですし。(死んで星になるという考えもありますが・・・)

だから他人が勝手に他人の命を侵害してはいけないし(そのひとの執着度合いなんか分からないですから)
死にたい人は死んでもいいと思います。「死を選ぶ権利」みたいのがあっても良いと思うんです。

家族が悲しむとか、後処理の人が大変とか、いうけど
今まで頑張って生きてきて、文字通り最後の最後の決断なんだから、多少迷惑かけても最後位好きにさしてやれよ、と思います。

私はまだ社会的価値は無きに等しいと自覚していますがやりたいこともまだまだあるので今は生きたいです。
でも、5、60才位になってやりたいことやり終わってたら、もしくは「こりゃ一生むりだな」と思ったら死んでもいいかなとおもってます。
そのころには、痛みも苦痛も無い死に方がもっとおおっぴらに出回ってることを願います。
死ぬのが痛いから、生きてるというのもどうもね
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私も昔、「生」について考えた事があります。



で、私の中で出た結論としては、「特に意味はない。」
結局の所、人間も動物、生命をもった生き物でしかないのではないでしょうか。

ただ脳や感情があるから考えてしまうのではないでしょうか。

でも、笑ったりできるのも人間だけ。

子孫を残す。
これは生命全体に与えられたDNAに組み込まれたことだから、しょうがないんでしょうね。

妹が妊娠してますが、最近思います。
人間が人間を作れるって、すごいな!って。
人間は人工的には作れないですもんね。

自殺してしまう人もいますが、自殺も人間だけみたいです。
他の動物は、「生きる」為だけに必死で生きてます。
これもDNAで説明できるのかもしれませんね。

大腸菌なんかは、DNAの仕組みが哺乳類と違っていて、
自分で増殖とかします。

でも子孫を残す生き物はそれができませんので、「子」を残して
生き続ける訳です。

ともかく、私は笑って死んで生きたいので、全く死にたくありません。
飼っていた犬や猫が死んでしまった時、物と違って変わりがきかないのでとても悲しいです。
命が大切ってのは、そういうことなんではないでしょうか?

周りの人と笑顔でいられること、これがうれしいです。
これが「人間として生きる」ってことかもしれませんね。
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質問者さんは明瞭な方だと御見受けしました


天才の人は1度は悩む問題だそうです
死ぬのはいやではありませんか?
でしたら生きていたほうがましではありませんか?
なら命は大切でしょうがないと思いますw
そのように考えて行ったら仕事も同じで・・・と感じました
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自分がいるから他人がいて、他人がいるから自分がいる。


そういうことだと思います。

「幸せ」の形は人それぞれだし、それを味わうために少しでも長く生きていたい=命が大切、ということでしょうね。

質問内容を見る限り、質問者さんは少し「命」や「幸せ」という「言葉」に捕われすぎてる感じがします。死ぬことにも、死んだ人を悲しむことにも、メディアが「死」を表現するにも必ず理由があります。「言葉」の本質をもう少し考えてみては?
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>なぜ大切なのでしょう?



人生は楽しみに満ち溢れている、将来は必ず美しい世界がやってくると信じて命は大切だと思ったりするんだと思います。
しかし、こんなのは人間が勝手に信じているだけなので、疑おうとすれば、疑え、必ずしも、将来生きて幸せになるとは言えないとも言えます。
そして、将来が現在より苦しくなるかもしれないと思うと誰も生きたくないと思います。いつまでも、一生懸命頑張っても幸せがこないかもしれないのですから。そうすると生きることが無意味になるのではないでしょうか?生きることを望まなくなると思います。 それで、自殺する人が多いんだと思いますよ。
 しかし、だからと言ってどんどん自殺すればいいと言うことではない気がします。
死後の世界について考えないで自殺すると、死後の世界でもっと今生きている以上に苦しむかもしれませんから。
 どうすれば死後の世界でも、より良く生きれるのかと言うと、ちょっと分からないので、今勉強中です。
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「命は大切である」というのはひとつの考えに過ぎず、「命はそれほど大切ではない」という考えもまた同じくらい正しいのです。


ただ、大半の人が死よりは生を望み、お互いにそう思っているがゆえに「生を冒し合わない。お互いの生命を尊重する」=「命は大切である」となっているのだと思います。
その証拠に、生に執着の無い人は、他の人の生も尊重出来ず、ふとした切っ掛けから大量殺人の末に射殺されたりしています。
つまり、私としては、それが社会において大半の人が持つ考え方だから、と言うのが結論だと思います。
社会の支援無しで生きられる人は存在せず、人は、好むと好まざるとに関わらず社会の一員なのですから。
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