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些細なことで例えますと、職場で挨拶をしても返してくれない人に対して、すれ違った後に…「地獄に落ちればいいのに」「どうせ、こんな人間はろくな人生歩まない」「帰り道で事故にでも遭えばいいのに」など、とても酷いことを考えてしまいます。

もちろん顔や、言葉には出しません…いえ、顔には出ているかもしれませんが。

最近、自己啓発関連のもので、悪い思考は自分に返ってくる…という内容のものを知ってしまい、とても苦しくなります。

かといって、良いほうへ良いほうへ考えようとしても苦しいです。

「悪い思考=人を許せないこと」はそんなに悪いことですか?

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A 回答 (19件中11~19件)

>「悪い思考=人を許せないこと」はそんなに悪いことですか?


自分にとって良い結果をもたらさないから、良いことは言えないと思います。
現に、あなたはそれで苦しんでいるのですから。

別に物事を必ずしも良いほうへ考える必要はないと思います。
でも悪いほうに考えれば、大方自分を嫌いにしてしまう傾向があると思います。

人を許せないのは、その人が自分の思い通りのことや気に入った行動を
しなかったからかもしれません。
でも人があなたの思い通りの事や気にいた行動をしなければならない理由は
ほとんど無いと言えると思います。
もちろん挨拶をすることは良いことです。
でもたまたま聴こえなかったか、気が付かなかったか、挨拶をする習慣を
持っていないのかもしれません。
だからといってあなたが挨拶をしないから許さないと思っても、何一つ
物事は変わっていないのです。
強いて言えば、あなたが嫌な気分になりストレスを感じてしまったことだけです。
そんなことのために、あなたは貴重な時間をあまり役の立たないことに
使ってしまっているのです。

誰かを許さないと思って、誰かの行動を変えようとしてもほとんど
効果がないどころか自分自身の心を傷つけてしまうのです。

だから、人が自分の思い通りの行動をしなくても気にしないで、自分の
出来ることをすることが大切なのです。

誰かに罰を与えようとすれば、気が付かないけれど自分にも罰を与えて
いることになってしまうのです。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。とても解りやすいです。

そうです、私が許せなくても、状況は何一つ変わっていません。

だからといって、許そうとしても苦しいのです。

要するに気にしないことが一番なんですよね…でも、それが難しいのです。

誰かに罰を与えようとすれば、自分にも罰を与えている…身に沁みて感じます。

お礼日時:2007/07/13 12:11

もう一度、書き込みます、おゆるしを。


>>・・でも、この人にとって、これは良い修行になるだろう」
ここは、素晴らしいと思いますよ。

ただ、ここがねぇ、いけない。
>>・・ほら見ろ、だからそういうことになるんだ。
似たケース、けっこう、あるので、気持ちはわかります。
でも、この時の心の働き、自分自身の"けがれ(=例、嫌悪など)"が、あり、それに感応、つまり同調するから、そう思うのですよ。
でも、だからと言って、そこまで、自分を制御するのは無理だと思う。
この場合、逆に『早く、仕事を覚えるといいのに。』と心で、思ってみては??、と。

>>私が人を許しても、何故、相手は私を許してくれないのか・・
苦しいなら、懺悔することです。
なにも、相手に直接、謝るのではなくて、まず自分自身の行為について、反省し、悔い改め、その悪い行為を遮断するようにすること。
それでも、苦しいなら、やはり相手に懺悔すること。
これも、やはり直接、誤るのではなく、まずは、自分自身の心の中で、相手に悪いことをした・・と懺悔すれば、おのずと、その苦しみは小さくなっていくものと。
やり方は、例えば、相手の方を心の中でイメージします。
で、いままで行ったこと、何でも良いので、迷惑かけた等、又は、気にかかることを心の中で、誤ればよいのです。
そのうち、おのずと心が、静まっていき、いつか、きっと、相手にそれが、届くと思うけど。

あと、ここ、勘違いかもしれないが(__)
関係が、ギクシャクしてたら、相手を賞賛すること。ただし、賞賛に与えすることが、あれば。
又は、相手を哀れむ(あらけむ)言葉を使い、話すこと。
ただ、これって、直接、相手にいうのではなくて、自分の周りの人にでも可能。簡単にいうと、二枚舌、仲たがいする言葉の、逆(賞賛)バージンという感じ。
結局は、周り回って、自分自身に帰ってきます。悪口、嫌悪はもちろん、賞賛や哀れみもね。これを忘れずに。

あと、今回の回答、大きな勘違いだったら、本当にすいません。
以上
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この回答へのお礼

度々、ありがとうございます。

正直、苦しいのにも拘らず、私自身、この気持ちを改めるべきなのか解らなくなってきました。

どうして、私が懺悔しなくてはならないのですか?私に懺悔しなくてはならないような気持ちにさせている相手は、一体何様なのでしょうか?

折角、回答、アドバイスを頂いているのに、反発しているようですみません。

許せないことを許されない…私は、神でも何でもありません。ただの人間です。気持ちの制御は、とても難しいです。

お礼日時:2007/07/13 12:03

簡単に回答してみます。



すべての現象は、心、口(言葉)、身体(行動)の三つの要素で現象化、つまり、実際におこるものと言われてます。ですから、心で、「地獄に落ちろ」と念じた場合、その心の働きが、次は、言葉、行為に及ぶものと。

で、今回の場合、この「地獄におちろ」は、どういう心で、思いましたか??、例えば、嫌悪、怒りを背景なら、当然、地獄に落ちる原因にはなります。

さて、『因果応報に囚われる』は、つまり、すべての行為は自分に回り、回って帰ってくるという意味。
つまり、カルマの法則、原因が、あるから、結果がある。
これの例えば、本当に、その思念で、相手のひとが、地獄に落ちたなら、その原因は、あなたの嫌悪の心にあることになりますよね。なら、そのカルマによって、いずれ、あなたも地獄に落ちます。

>良いほうへ良いほうへ考えようとしても苦しいです。
なら、まだ心の行為だけですので、心において懺悔してみては??
例えば、心の中で、「嫌悪を持ち、『地獄におちろ』と念じてしまいました。ごめんなさい」とか。
これの対象は、相手の方でも、良いのですが、自分自身の行為の反省という意味でも、かまいません。
>「悪い思考=人を許せないこと」はそんなに悪いことですか?
はい、ダメです。心において、嫌悪を持って念じるなら。
逆に、心において、「成長して欲しい」と念じて、「悪い好意を遮断してほしいな」と思うのはかまいませんが。

>職場で挨拶をしても返してくれない人に対して・・
これは、哀れみ(あられみ)の心で、接しては??
例えば、「この人は、心の成長が、足りなくて、挨拶が、できない。」とか、又は、自分の心において、「私が、コミニュケーション、接し方にまだ、足りないところが、あるため、相手は挨拶が、できない」と
か。

だから、物事を肯定的に考えましょう。
『すべては心の働き』、嫌悪を持って接したら、必ず相手も自分のことを嫌悪を持って、接するようになります。
これが、カルマですからね。
以上、趣旨と違ったら、ごめんね。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

その酷いことを考えた相手が、仕事でミスをして怒られていたり、他の人間から影口を叩かれていたりする場面に出くわすと…「ほら見ろ、だからそういうことになるんだ。私の思考だけが、この人をこのような状況にさせたわけじゃない…でも、この人にとって、これは良い修行になるだろう」こう、考えます。

しかし、この思いが自分に巡って、自分が今、このように苦しんでいるんだ…と考えてしまい、苦しいです。

だからといって、私が人を許しても、何故、相手は私を許してくれないのか…物事を肯定的に考えられません。

お礼日時:2007/07/12 22:35

人を許せないという誰にでもあるものではありませんか?


ただ、あまり厳しくなりすぎると自分が辛くなるのでは?

挨拶を返さない人も、ただ人付き合いが苦手、口下手だけかも知れません。意外と心の中では声をかけられた事を快く思っているかも知れません。

情けは人の為ならず・・・ってよく聞きますが、
これって、情けは人の為にならないと言う意味ではなく、情けをかけるのは、自分のためですよ、と言う意味ですよね。

自分が気持ちよく生きるためには、人に情けをかける(=人のことをことさらに悪く思わない)方が楽ではありませんか?

こんなことで悩んで、自分の心を傷つけたりするのは、もったいないと思います。かといって、無理に良いほうへ考えようと努力するのも大変です。
少々のことには目をつむって、自分の心を豊かにしてください。
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この回答へのお礼

アドバイス、ありがとうございます。

挨拶を返さない人に対しても…「聞こえなかったんだ」「考え事していたんだ」と、考えるようにしても、その後、「何で私がそこまで、あの人間のことを考えなくてはならないんだ、悲惨な目に遭って、人の痛みを知れ!」と、どこまでもグルグル思考が巡っていきます。

どうしても、目がつむれません。

お礼日時:2007/07/12 22:13

「悪い」思考だと自分が認識している時点で脳は不快感を味わっているのでは?なら自分にいいはずがないですよね。


でも無理矢理良い方向に、というのも不自然で苦しいでしょう。

仕事関係以外で楽しい趣味を充実させて毎日幸せいっぱいな気分でいれば、些細なことなんて気にも止まらなくなると思いますよ。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

家に帰っても、うまく、仕事とプライベートの切り替えができず…それが原因だとも思います。

お礼日時:2007/07/12 22:07

● このような悩み事のときって、ご自身でお気付きになっていないだけで、ちゃんと御自分の質問投稿文中に、あなた自身の結論なりお答えなり方向性が書いてあるものです(・・といってもケースバイケースですけど)。


貴方がここの質問投稿に書かれた文は、とても端的明瞭に書かれていて、さほど混然としていませんから、恐らく、ホンのちょっとしたコツを知る事で自己消化できるようになると思います。以下、御参考までに ちょっとしたコツ=読み方のコツをお伝えしますね。

● 御自身の考え・悩み事を あれこれ書いた後に「これは、自分じゃない別の人間が書いた文章だ」という視点で、客観的に感情を交えずに読む事を訓練すると、自分の気持ちというのは整理しやすくなります。

> 些細なことで例えますと、職場で挨拶をしても返してくれない人に対して、すれ違った後に…「地獄に落ちればいいのに」「どうせ、こんな人間はろくな人生歩まない」「帰り道で事故にでも遭えばいいのに」など、とても酷いことを考えてしまいます。
● これは「すれ違って挨拶をするのが当然なのに、返してくれない人に対して、過剰な感情を持ってしまいます」と読みます。

> もちろん顔や、言葉には出しません…いえ、顔には出ているかもしれませんが。
● これは「顔や言葉には出すべきでない、出さない方がいい、と思う自分がいますが、顔に出てしまっているようです、自分の感情をコントロールしずらいです」と、読みます。

>最近、自己啓発関連のもので、悪い思考は自分に返ってくる…という内容のものを知ってしまい、とても苦しくなります。かといって、良いほうへ良いほうへ考えようとしても苦しいです。
● これは「自己消化できないことを悩んでいます」です。

「悪い思考=人を許せないこと」はそんなに悪いことですか?
● 「自己消化できずに過剰反応してしまう私に同調・共感してもらえないですか? そんなに僕は悪くないですよね??」です。
● あくまで私見ですが、人間、誰でも感情の起伏はあるので、若干、良い方、悪い方のどちらかよりな思考になることは、心理状態によって、別に珍しいことではありません。
でも、それも限度がありますよ、と、いうことです。
質問投稿に書かれている文だけからの判断になりますが、貴方の場合には、ちょっと過剰反応しすぎなきらいはあるので、自己消化する訓練はしたほうがいいかな・・と、いうのが私の見解です。
自己啓発の本を読んで落ち込んでしまう場合・・・確かに、いろいろな類の本があるので、どんな本かにもよりますが、でも、貴方の場合は、読み方・捉え方にそもそも根本的な原因があるように思います。
良く言えば素直過ぎるんですが、悪く言えば依存心が高すぎるから、それだけ影響されてしまうことに気がつく事から始めたほうがいいかな、と、思います。
「悪い思考は自分に返ってくる」という視点で読むのでなく、どうしてそのような悪い(と、自分が思う)思考を自分が持つに至るか? 何故、その思考を悪い、と、自分は認識するのか? という過程を、丁寧に順にたどるといいですよ。
一般的には・・・ですが、挨拶を返してくれないときに、誰でも多少、不快な感情を持つことはありますが、質問投稿に書かれているほどの過剰反応する事は少ないですね。これは、貴方が仰るような「人を許す、許さない」というのが問題なのでなく、貴方自身の捉え方が、幾分、過剰反応してしまう傾向にあることによるものです。本を読んで落ち込むのも同じです。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。とても解りやすいです。

過剰反応しすぎ、自己消化する訓練…その通りです。

例えの流れですが…逆に、挨拶しても返さずに、平気でいられる人の神経が羨ましいです。

どうして、人がこんなにも気にしているのに、気にせずにいられるのか…こんなことで悩んでいる自分が悔しいのです。

お礼日時:2007/07/12 22:04

リベットの禁止権説は、意識が機能する仕組みを鮮やかに記述する一方で、日常生活における人間の実像を、根本的に誤解させる説明とも言える。

「意識があって初めて意識ができる」という、あの基本原則を思い出してほしい。このコンテクストで考えれば、意識的な禁止を実行できるのは意識だけ、ということになる。ありとあらゆる無意識の欲望に無意識の禁止を課すことはできるが、そうすることは意識には全く関係がない。
意識的な禁止とは、私達が意識できる禁止だ。では、行為を実行する0.2秒前にその決意を禁じるようなことを、実際に私達はどれほど頻繁に行なっているのだろうか?
確かに状況によっては、自分の衝動を頻繁に意識的に禁じるようなこともある。しかし、大抵そんなことはしない。頻繁には起きない状況でしか、禁止が頻繁に起きることはないものだ。例えばこんな場面だ。恥ずかしさと緊張のあまり、足がもつれ、言葉がつかえ、いても立ってもいられず、唐突な身振り手振りを使い、やりかけたことを不自然な形で中断し、奇妙奇天烈な言葉を口走って周囲の人々を愚弄したり当惑させたりする。でなければ、上手くできずにぎこちなく、自分の出来る事と出来ない事に、切ないくらい自意識過剰になり、やりかけては途中でやめ、いかにもきまり悪げな初心者といった面持ちで立ちつくす。
或いは、自分にとって非常に大切なことがあって、それが大切であるが故に、まさしくそのために、全く馬鹿げたことをしでかして、上手くいくものも台無しにしてしまう場合もある。映画『ボギー!俺も男だ』のウディ?アレンのように、女性に触れようと興奮する間中、自分で自分の行為を中断するようなおかしなまねをする。つまりそれは、自分自身について意識したり、行動への衝動を繰り返し抑えていることに気付いたりする、なんとも嫌な場面と言える。
何かしたいという衝動を禁じるのが不快なのは、天罰を怖れるときばかりではない。そのプロセス自体が不快なものだ。ぎこちなく、無様で、不自然なのだ。
やりかけて途中でやめることを繰り返すのは、上手くやれる自信がなかったり、他人の目が気になったりするからかもしれない。私達は、人に笑われるのが恐い。自分を意識しているとき、私達はとにかく自分に批判的になり、自分を外側から他人の目を通して眺めがちだ。
意識的禁止が必要な唯一の理由は、意識的な意図と無意識の衝動の求めるものが違う点にある。無意識な衝動を禁じる行為には、意識と無意識の好みに違いがあるという事実が現れている。この意識の禁止権を発動させずにすまそうと、人はアルコールや精神安定剤、その他もろもろの薬物を際限なく自らに注ぎ込む。私達は、どうにかして自分の衝動を禁じるような場面を避けたいと願う。
とはいえ、意識と無意識との対決という視点は、リベットの見解とうまく馴染む。日常生活における禁止権についての手紙の中で、リベットはこう記している。「意識的禁止が不快な場面でより多く現れるというのは、なかなかいい視点だと思います。ただ、私としてはあまり狭く限定したくありません。他にも、愉快とは言わないまでも少なくとも状況で、意識的禁止はしばしば重要な役割を果たしています。例えば、人に何か言いたくなるのを思いとどまる場合や、子供が今にもやりかねないことを止めなくなる気持ちを抑える場合などです。しかし、意識的な意図と無意識的に始動する衝動との対立などの結果として禁止権を捉える貴殿のお考えは、決して瑣末なものではなく、十分主張する価値のあるものです。
20世紀初頭、デンマーク哲学、心理学者ハラルド?ヘフディングは、禁止権説についても、禁止に不快感が伴うという考えについてもむろん知る由はなかったが、この点についてきわめて明確にこう述べている。「無意識の行動傾向が意識的な思考や感情と同方向を向いているかぎり、人はその傾向にはなかなか気付かない。……殆どの場合その力は、意識に上る動機の力と一体化している。そして、行為全体の名誉や不名誉は、意識的動機のほうに帰せられる」
言い換えれば、私達が無意識に気付くのは、それが意識に反する場合のみということのなる。というのも意識は、自分と自分の持ち主を同一視したがり、無意識の衝動に屈するのを良しとしないからだ。
〈禁圧〉された経験が前意識的性質を持つことを、フロイト派が特に強調してきた理由は、このメカニズムで説明できるのかもしれない。無意識は意識されないという、まさしくそのために、意識は無意識の存在を認めたがらない。そして、人間には意識以外のものもあることを意識が認めざるをえなくなるのは、意識と無意識との間に葛藤がある場合に限られる。そのため、逆説的ながら、かえって〈禁圧〉された衝動ばかりが目につくことになる。

前意識……意識の現前野から外されている心の領域。とっさには意識されないが、無意識へと抑圧されたものではないので、比較的容易に意識化される。

禁止プロセスがたいてい不快感を伴うとしても、そうした意識的禁止を行いうることには変わりがない。使わなくても禁止権は存在する。使ってもいいが楽しくはないというだけだ。それはまた、私達が一番安らかでいられるのは、意識が自由意識を行使しないとき、ということでもある。人は、意識を介さず無意識の衝動に従うときが最も幸福だ。ただ行動するだけのときが一番満ち足りている。
しかし、こう考えると、気分のいいときに主導権を握っているのは意識ではない、という事実を突きつけられることになる。すると疑問が浮かぶ。人間は不快なときにしか自由意思を持たないのだろうか?気分のいいときにも自由意思はあるのだろうか?そうだとしたら、それは誰の自由意思なのか?
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

正直、私にとって、とても難しい内容です…

理解できるよう、時間があるとき、ゆっくり読ませて頂きます。

お礼日時:2007/07/12 21:59

意識の禁止権説と自由意思



だが、自由意思の問題はどうなるのだろうか?画鋲の上に座ったとき、つべこべ言う間もなく飛び上がることは、この際、脇に置いておこう。リベットの実験結果は、私達に自由意思はない、と言っているのだろうか。意識以外に、自由意思を行使できるものはありえないのだから。手を伸ばして物を取ることを決めたと思ったときには、すでに脳が活動しているのだとしたら、人間に自由意思があるとは言い難い。
リベットの〈準備電位〉の実験を振り返ってみると、実はこれまで話題にしなかったきわめて重要な事実が残っている。確かに意識が生じるのは脳が動いた後かもしれないが、それは手が前でもある。
決意を意識してからそれが実行に移されるまでには、0.2秒の余裕がある。だとしたら、意識はどうにかして実行を中止できるのではないだろうか?
このこと、つまり意識は禁止権を持つ、というのが、リベット自身による自由意思の救済案だ。意識には、行為の実行までにその行為を禁止する時間が十分にある。事実リベットは、そうした禁止メカニズムが働くことを示す実験的裏付けを得ている。被験者が、実行しようと決めた行為を途中でやめたと報告したとき、やはり〈準備電位〉は発生していたが、実際に実行したときと比べると、終わりに近づくにつれて電位変化の様子が違っていた。被験者は自分の行為を思いとどまることができた。つまり、自由意思を持っていた。意識は行為を起こすことはできないが、実行をしてはいけないという決断はできるのだ。リベットは自由意思と意識機能に関する禁止権説を構築した。「個人の責任と自由意思に関連するプロセスは、自発的行為を起こすのではなく、意思決定の結果を選択ないし制御する目的で作動する」
この見解はたいへん興味深い。歴史的に見ると取分けそうだ。自由意思は選択を通じて働くのであって、立案を担っているのではない。自由意思は、環境が自然淘汰を通して生物進化を方向付けるのに似ており、日常生活における意識的選択の仕方を想像したときに、大抵の人が自然に思い浮かべるように、意識が計画や青写真を作るというわけではない。意識は、脳内の僕に指令を下す高位のユニットではない。無意識が提供する多くの選択肢の中から選りすぐること、それが意識であり、その結果、生じるのが意識だ。意識は提案を退け、無意識が勧める決定を拒むことによって機能する。意識とは、処分された情報、却下された選択肢、「折角だけれど、結構」なのだ。
意識を禁止権限と捉える考え方は実に鮮やかで含蓄に富んでいる。思想史をひもとけば、ダーウィニズムと自然淘汰以外にもこの見解の類縁を見出すことができる。
禁止の原理は、いつの世にも人間の道徳に見られる。「倫理的拘束は、十戒の殆どがそうであるように、ある種の行為を禁じるものである場合が多い」とリベットは1985年に記し、更にこうつけ加えた。「行動しようという最終的意図が無意識のうちに生じるのならば、体の動きという形での行為の成就は意識的に制御できても、そうした意図が生じること自体を意識的に妨げることはできない」
リベットは、体の動きとしての行為と、心的現象としての行為の衝動とを区別し、行為は制御できても衝動は抑えられない、と結論付けている。この区別はきわめて深遠な意味を含んでいる。してもいいことを説く道徳観と、したいと思ってもいいことを説くものとでは、大きな違いがあるからだ。
リベットは語る「他に、フロイトの言う衝動の〈禁圧〉が作用する仕組みが考えられるでしょうか?行為の衝動と行為そのものの間に違いがないのなら、〈禁圧〉など機能しようがありません。〈禁圧〉のための時間が、どうしても必要なのです」

〈禁圧〉……不快な、或いは不都合な観念や情動を、意識から締め出そうとする精神作用。同じような作用をもつ抑圧が無意識的プロセスであるのに対し、禁圧は意識的プロセスである。また、禁圧された内容も、無意識の領域に押し込められるのではなく前意識にとどまるため、思い出すことが可能。

ユダヤ教は、他人に対して酷薄な思いや望みを抱くことを許す、魂の免罪符となる危険を孕んでいる。自分がされたくないことを人にしないかぎりにおいては、何を考え、何を感じようと構わない。ユダヤ教の思想に心の倫理規定がないために、シェイクスピアが『ヴェニスの商人』で描いたような内面の無慈悲や邪悪さが生まれることになる。それでも、相手に影響を与えるのは行為だけなのだから、内面的な問題は全て許容される、とユダヤ教は語る。確かに数十年前までならば、科学的に見てそう信じる根拠はあったかもしれない。しかし、これは断じて間違っている。
問題は、閾下知覚やプライミングといったものが存在するのなら、実は私達は自覚している以上に他者の考えや気分がわかっている、という点にある。だから、お互いについて何を考え何を感じるかは、本当は重要な問題なのだ。例え「あんな奴は叩かれて当然だ」と心の奥底で思っているだけなら誰にも害はないというのが、意識の告げる常識だとしてもだ。
他者に影響を与えるのが言葉と行動だけなら、何を考え何を感じようと問題にはならない。だが、この見方は人間の実像を正しく捉えていない。実際、ユダヤ人であるリベットの発見は、ブーメランのようにユダヤ教の倫理観に跳ね返ってくる。意識は遅れるというまさしくその理由から、どれだけの思考が現実の行動と化すかはなかなか制御できないのだ。ユダヤ教の難点は、意識が本当は抑制できない内面の酷薄さを容認していることだろう。私達が自覚する以上のものが、ボディランゲージなどを通じて表に現れることを許すからだ。
近年、意識の意味合いについて新たな認識が生まれつつあることを受け、基本的な道徳の問題を抜本的に見直す議論をする必要性がある。

とはいえ、禁止権説が興味深いのは、高尚でスケールの大きい道徳的議論との関連のみからではない。この説は、いたって日常的な問題を考えるうえでも、実に面白い視点を提供してくれる。
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憎まれっ子世にはばかるって言いますし…苦しむ必要ないのでは。


良い思考に持っていこうとするのが苦しいなら止めてしまった方が良いと思います。
その時は堂々と性悪説を説いて生きてほしいですね。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

悪い思考、良い思考、どちらに持っていっても辛いのです。

私は、やはり性悪でしょうか…

お礼日時:2007/07/12 21:56

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話だけ聞くと「因果応報」「罰が当たった」と感じますが
それにしては罰が当たるのが遅すぎる・・・という気もします。

みなさんの周りで因果応報だなと感じる出来事はありますか?

みなさんの周りで起こった、これが「因果応報だな」という出来事ってありますか?
私は因果応報を信じている方ですが、実際世の中何の罰も当たらずにノウノウと生活している人は多いと思います。
そんな中、これは因果応報なんだろうなと思う事がありました。
1つ目は、
土地を貸していた大家さんがいました。その土地にプレハブの会社を建てたいという人がいたので大家さんは貸しました。しかし、借りた人はプレハブ会社の横に自分の一軒家まで建ててしまったのです。
大家さんはすぐに取り壊せるプレハブ会社と...続きを読む

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私の小学生時代の教師の実話です。
その教師は差別主義者でかなり酷い発言をする人物でした。
「障害者なんか社会のゴミだから死んでしまえばいいのに」とか「一カ所に集めて閉じこめておいたほうがいい」などとよく言っていました。
生徒の父兄にひとり足の悪いお母さんがいたのですが、子供である生徒にむかって「おい、A、ああいう母親から生まれたからおまえは馬鹿なんだな。いつもヒョコヒョコ」と言って歩き方を真似したり・・・信じられない発言をたびたびしていました。生徒への暴力もかなり激しく、いろいろと問題のある教師でした。
そんな人でしたが、40歳近くになってから見合いでなんとか結婚し、しばらくして女の子を授かりました。

その女の子は生まれついての障害者でした。

足の関節が反対向きにつき、這う事はできても歩くことができないという障害を持って生まれた子でした。


クラスの全員が、「因果応報」という言葉を思わず思い浮かべました。
いまその娘さんやご本人がどうしているかは知りません。

Q人の批判や悪口、不平不満などのネガティブなことしか言わない人は何かの精

人の批判や悪口、不平不満などのネガティブなことしか言わない人は何かの精神障害ですか?このようなひとはどういう心理状態ですか?

周りに、口さえ開けば人の悪口や批判や愚痴に不平不満などばかり言う30代の男性がいます。
とにかく、他人がどうしたこうしたと人のことばかり気にしてあげつらっていてます。
しゃべりだしたらきりがなく、際限なく毒を吐いて、同僚から政治家、芸能人と本人のことを棚に上げて
罵り、馬鹿にし倒しています。とにかく、何に関しても前向きなことを言うことはほとんどなく、ネガティブの度が過ぎます。

自分の分をわきまえず学歴がないのに高学歴な人間のことをたいしたことないアホよばわりしたり
自分がいろはもわからないような分野の話や、医者や弁護士などの専門職や政治や経済の専門家など
のことも上から見下すような言い方であれこれバカにしたりケチをつけています。
世界でその男が一番えらいかのように思いあがっています。(それを裏付ける根拠はないです。例えば、なにかですごく成功しているとか、金持ちとか。うぬぼれに陥りがちなものは全くないです。)

人に批判している内容も、はたから見ればその男性にも当てはまることばかりです。人に対して嫌な
気持ちになることは誰でもありますが、私は、「自分はそんなに人のことを偉そうにいえる立場じゃないな」
と考えると言えなくなることがけっこうあるのですが、この男性の場合、そういう内省のようなものが全くありません。自分のことは完全に棚に上げています。
自分の言ったことや、したことの責任も一切取らず、何かうまくいかないことがあるとすべて周りのせいにします。この人がいい悪いとかいうより、ここまで他人のことばかりに関心を向けてとやかく悪くいう様は異様です。

皆さんはどう思われますか? 心理学の知識などをお持ちの方で、答えてくださる方がおられましたらよろしくおねがいします。

人の批判や悪口、不平不満などのネガティブなことしか言わない人は何かの精神障害ですか?このようなひとはどういう心理状態ですか?

周りに、口さえ開けば人の悪口や批判や愚痴に不平不満などばかり言う30代の男性がいます。
とにかく、他人がどうしたこうしたと人のことばかり気にしてあげつらっていてます。
しゃべりだしたらきりがなく、際限なく毒を吐いて、同僚から政治家、芸能人と本人のことを棚に上げて
罵り、馬鹿にし倒しています。とにかく、何に関しても前向きなことを言うことはほとんどなく、ネ...続きを読む

Aベストアンサー

私の父もそういう感じです。

自己愛傾向が
すごく高いのではないでしょうか。

根拠のない自信に他人批判
しかし自分が批判されると
傷つきやすい、というような。

誰にでも多少はこういう側面がありますが
それがいきすぎて、社会生活に支障があると
人格障害と呼ばれます。
いわゆる精神疾患とは違いますが、
カウンセリングで認識の歪みを
地道に是正するしか
現状では医学的な解決策がないようです。

Q人を傷つけると傷つけた本人に返ってくるとある本で読みましたが、具体的な例を教えてください

人を傷つけると傷つけた本人に返ってくるとある本で読みましたが、具体的な例を教えてください。

Aベストアンサー

例ではないのですが。
それは誰もが持っている罪の意識のようなものが関係しているように思います。
だれかを傷つけた時、本音、心の奥底では潜在的に「傷つけてしまった、きっと自分も傷つけられる」・・と感じる人が多いからではないでしょうか。つまり良いことでも悪いことでも「なにかをした分何かを得る」と無意識に量りにかけて平衡化するような行為をしているという事。
そのような潜在的な心は、一般的な人間なら普通にあると思いますが、理性の大きさの違いはあっても凶悪な心の持ち主でさえある程度あるのではないでしょうか。全く無いのであれば人間ではないのではと思います。
で、人間というのは潜在意識と顕在意識の動物ですが、私たち人間が普段意識しているのは顕在意識です。よく氷山の一角に例えられますが、水上にちょこっと出ている部分が顕在意識で、水中の本体の部分が潜在意識という構造になっています。
潜在意識はあなたの主人で顕在意識は召使いという関係です。
例えばダイエットしたいという人が食事制限をしようと決意しますが、失敗する人がいますよね。そんな人は顕在意識では食事制限するぞ!と決意しても、潜在意識では食べたい!とか無理無理!!と思っている。顕在意識は潜在意識の召使なので体は潜在意識に動かされるままなのです。で結局食べ物の誘惑に負けてダイエット失敗となるわけです。
じゃあどうすればよいのかというと潜在意識を変えることなのですが、これが中々難しい。潜在意識=本音ですから、本音を変えないといけないのです。本音を書き換える一つの方法・例に「事の重大さ」があります。ダイエットしないと余命1年ですと医者に言われれば本音=潜在意識が書き換わり成功する人は多くなります。ダイエット失敗する人は太っている事は本当はそれほど重大に考えていないという事です。

前置きが長くなりましたが、つまり、人間は潜在意識、本音によって無意識的に動かされている・・のです。
潜在意識が考えている事を経験しやすいのです。
潜在意識は人間をあるときはゆっくり何年もかけて、あるときは物凄いスピードでその人間を潜在意識の考えに導く。

傷つけたから傷つけられる・・という本音があれば、潜在意識に導かれて傷つけられる事を体験する事になるんです。
顕在意識では自分が導かれているという事はほとんど感知する事ができないのでそれはあるとき突然やってくることになります。
「人を呪わば穴二つ」という言葉がありますが、人間はそういうからくりがあることを経験的に知っているのです。
だから豊かな心をもっている人は更に豊かになり、貧しい心をもっている人は持っているものまで奪われる・・という事になる。
マイナスの考えはマイナスに、プラスの考えはプラスに導かれるんです。
参考まで。

例ではないのですが。
それは誰もが持っている罪の意識のようなものが関係しているように思います。
だれかを傷つけた時、本音、心の奥底では潜在的に「傷つけてしまった、きっと自分も傷つけられる」・・と感じる人が多いからではないでしょうか。つまり良いことでも悪いことでも「なにかをした分何かを得る」と無意識に量りにかけて平衡化するような行為をしているという事。
そのような潜在的な心は、一般的な人間なら普通にあると思いますが、理性の大きさの違いはあっても凶悪な心の持ち主でさえある程度...続きを読む

Q彼氏が自殺しました。

彼氏が一カ月前に自殺していました
原因は私にあるとおもいます。

彼はとても一途で そしてすこし心が脆かったし
二年間の付き合いで 別れようとか別れたいとかいう言葉を口にしたことはありませんでした。
毎日大すき!っと言ってくれていました

私たちは車で二時間かかる距離で 遊ぶ回数は私は仕事であり、彼は学生であり
私の休みは土日は確実にないので あまり時間があわなくて
月一で彼の家にとまりに行く程度でした

彼と付き合ってくうちに 私は何度か別れたいとおもうときがありました
その時は 彼氏がバイトもしないで奨学金で専門学校に通ってることに無償にいらいらしてたり
彼氏の恰好が v系寄りで少々派手だったり 彼の愛情が重く感じたり
そんな理由でした。

一度本気で別れようといって連絡をとらなくしました
そしたら 着信が90くらい来たり メールのあらしが来て
最後のメールで

俺はお前がいなきゃ生きてけない ごめん 死にます
という文面で 首吊りのロープの写真がはられてました

私は怖くなって 怖くなって警察に連絡しました

警察から後ほど連絡きたら そのときは大丈夫だったそうでした


それから話し合うことになって 会って話し合いました
その時も彼の部屋で話し合ったのですが、
私は命をかけごとに使うことはおかしい と言いました 彼は別れたくないし 俺が死んだってお前には連絡いかないから大丈夫だよ^^
言ってました・・

それからまた寄りを戻すことにしました
そのころは、ただ死なれるのが怖かったんです 本当に死なれる気がしてどうしょうもなかったのです。

一回目の自殺予告のまえに
ミクシーのほうで 死にたいとか もとから身長175cmで体重45キロくらいのかなり細身な体だったのに 首をつって余計なものが出ないように断食をする!って書いてあり その結果40キロまで落としてました その様子で 家族に精神病院にまでつれていかれたそうです。


正直自分でも ただの死なれるからどうしよう という思いで付き合っていても
連絡は取る気になれなくなって めーるの文面もつめたい雰囲気になり
どうしてつめたいの?
俺なんかしたかな?

などと聞かれるのも億劫になって

私は寄りを戻した後 また別れたいと メールを送りました

どうして?俺お前がいなきゃ生きていけないよ?
どうして?

メールをシカトして逃げると

また逃げるの?臭いものには蓋?
会って話し合おう

けれど 会って話し合っても変わらないのはわかってて
私は逃げてメールをシカトして ミクシーのつぶやきもみたくなくて
マイミクをはずして
なにもかも逃げました



そして彼は前見たくは メールも着信もなくて 
ミクシーのにっきでは
最初は死にたいっておもったけど いまおもったらあんなやつのために死ぬのはもったいないわwwwwwwwwwwwwwwwwクリスマスは長門だなwwwwwwwwwwww
って書いてあり 安心しました

けれど二日後 彼氏の友達から 相談のってたんだけど 昨日の深夜に死ぬっていってて ありがとうってメールが来た後 連絡がつかない 俺はいま東京にいるしどうもしてられないから 頼むから探してくれ
というめーるが仕事の休憩中にきました
休憩が終わる五分前で
家族の電話番号もしらないし どうしようとおもって
けれど仕事にもどって けど不安になってどうしようもなくて 一時間後にロッカーにもどって
携帯をひらいたら彼氏からメールがきていました




○○が自殺しました

遺言のほうに伝えてほしい方が書いてあったのでその方に連絡します

兄より



でした 私は彼氏の携帯に電話して そしたらお兄さんがでて
現実を知り泣き崩れました。






私には何も遺言はありませんでした
ただ 遺体には ポケットに私とのプリクラを入れて
手にはペアリング
それだけの持ち物でこんな寒い深夜に山で首をつりました


そしてミクシーのにっきに 
彼女を責めないでください すべて弱い自分に原因がある
お酒のせいですこし気がらくだ
やっぱり世界一かわいい さすが俺が愛した人だ



それだけ書いてありました


後悔しかありません
そして今ではこんなにも引きずって
なぜ振ってしまったのか こんなに自分を愛してくれてた人を どうして捨てたのか
どうして救ってあげられなかったのか
後悔だらけです
そしてできればあとをおいたい。
会いたい
ただそれだけです

これからさき一生このきもちをひきずっていくかとおもうと もう人生を終わりにしてもいいかなと思います


だれかのアドバイスをききたいです
また同じような経験をして今 どうやって暮らしているのか・・

できるかぎり質問にもこたえます
よろしくお願いします

彼氏が一カ月前に自殺していました
原因は私にあるとおもいます。

彼はとても一途で そしてすこし心が脆かったし
二年間の付き合いで 別れようとか別れたいとかいう言葉を口にしたことはありませんでした。
毎日大すき!っと言ってくれていました

私たちは車で二時間かかる距離で 遊ぶ回数は私は仕事であり、彼は学生であり
私の休みは土日は確実にないので あまり時間があわなくて
月一で彼の家にとまりに行く程度でした

彼と付き合ってくうちに 私は何度か別れたいとおもうときがありました
その時は ...続きを読む

Aベストアンサー

度々すみません。
誰かを愛したら、誰かの優しさに縋り付くのではなく、自ら愛を与えなさい。

あなたはできる事は全てしました。
彼との交際中に、彼に愛を与えたじゃないですか?
それは彼にとっては宝でかけがえの無いものです。

あなたが自我を堪えて、彼に嘘の愛を与える事が全て解決できたと思いますか?

私はそうは思えませんよ。

彼は自分の問題に彼自信が立ち向かうべきだった。
人を巻き込み、人の人生をうばってまで成せる事は、決して彼の力とは言えません。

あなたは幸せになりなさい。
辛さを経験しただけ、大きくなりなさい。
人の弱さや辛さがわかった今回を、忘れろとは言いません。

バネにして、誰かを愛した時、その人をありのままあなたの綺麗な目で見て、尊重してあげてください。

甘やかす事がすべてではありませんよ。

時には厳しく突き放す事が愛でもあります。

あなたは、この事を彼にしましたよね?

今は辛い、自分を責めるのも理解できます。
でも、あなたの人生はあなたが創るべきです。
厳しく書きましたね。ごめんなさい。
ただ命を粗末にして、後悔しているのは彼自身でしょう。
あなたまで悩むと、彼はますます辛くなりますよ。
彼への供養は、あなたらしく生きること。

度々すみません。
誰かを愛したら、誰かの優しさに縋り付くのではなく、自ら愛を与えなさい。

あなたはできる事は全てしました。
彼との交際中に、彼に愛を与えたじゃないですか?
それは彼にとっては宝でかけがえの無いものです。

あなたが自我を堪えて、彼に嘘の愛を与える事が全て解決できたと思いますか?

私はそうは思えませんよ。

彼は自分の問題に彼自信が立ち向かうべきだった。
人を巻き込み、人の人生をうばってまで成せる事は、決して彼の力とは言えません。

あなたは幸せになりな...続きを読む

Q眠るように死ぬ方法ってあるでしょうか?

あくまで健康な人が眠るように死ぬ方法、または眠ったまま二度と起きないという風に死ぬ方法ってあるでしょうか?
これは自殺志願のための投稿ではなくて、自分もいつか死ぬわけですからこんな死に方ができたらいいなと思っています。
医療の現場で行われる安楽死・尊厳死ってこういう方法なのでしょうか?またはこれに近いでしょか?

Aベストアンサー

「突然死」という言葉を聞いたことがありますか?
昨日まで元気だった方が、朝になっても起きてこないので、見に行ったら死んでいた。
こういう事例はよくあるそうです。
10年以上前になりますが、兵庫医大の法医学の教授の講演を聞きました。
テーマは「突然死」
突然死のおよそ80%は、虚血性心疾患(狭心症や心筋梗塞など)だそうです。
その中で、就眠中に亡くなるのは、およそ65%くらいだそうです。
急性心筋梗塞でも「眠るように」とはいかず、ある程度は苦しんだ末に亡くなるのでしょう。
私も、眠るように死ねればと思っております。
回答になってなければ、ごめんなさい。

Q因果応報って本当にあるのでしょうか?

人をいじめて
その人が嫌い気に入らないと言うだけの理由で
学校や学校を追い出した人や人達に
本当に因果応報ってあるのでしょうか?
具体例等教えて下さい

Aベストアンサー

あると思います。
ただ、こちらが期待する因果応報とは違うかもしれません。
たとえば、いじめた相手にAをしたから、その悪者もいつかAされる、またはAの子どもやパートナーがAされるというような形の因果応報ではないと思います。
本当であれば、それが一番スッキリするんですけど、そういうことはあまりないような気がします。
しいて言えば、部下をいじめた上司が複数いますが、どの人も、子どもさんやお孫さんが早くに亡くなっています。
また、子どもさんが学校でいじめられたりしてました。
私は、本人がいじめられるよりも、そういう大切な人たちがいじめられる方がつらいと思いますが、
本人たちがそう思うほどの人間性を備えているかどうかはわかりません。

ただ、他人に与えた不幸は、必ずその相手にかえります。
・いじめた人が、成長して自分がヒドいことをしたと気づく → 罪悪感、消せない事実に苦しみます。
・いじめた人が、成長できずに自分の間違いに気付かない → 思いやりや倫理観を持つ普通の人間になれません。
 → そういう人間が誰かと心を通わせたり、人から信頼されたりすることはありません(それってスゴく寂しいことですよね)。

同じいじめた人でも、成長して苦しい思いをする人は、まだ救われる(因果応報は少ない)。
いじめてもそれのないが悪いかもわからない人は、人間になれませんから。
大人になるにつれ、そういう相手に誰か注意してくれる人はいなくなります。
空回りして表面的な人生を送らなければいけず、また本人はそのむなしさに気付かない。
それって大事な人生に意味がなくて、相当悲しいことですよ。

そして、文章から感じる限り、あなたは相当いじめに苦しんだのでしょう。
他人にバチがあたれと思わないこと。
他人を悪く思うのはいじめと同じで、あちらに感化されて負けたことになります。
あなたが思わなくても、必ずあたるので、そういう悪い考えは持たないこと。
「自分はああなるまい」と、他人の痛みを知って思いやりの深い人間になれると、
あなたはあっち側の人間になることはありません。その一心で乗り越えてください。
 

あると思います。
ただ、こちらが期待する因果応報とは違うかもしれません。
たとえば、いじめた相手にAをしたから、その悪者もいつかAされる、またはAの子どもやパートナーがAされるというような形の因果応報ではないと思います。
本当であれば、それが一番スッキリするんですけど、そういうことはあまりないような気がします。
しいて言えば、部下をいじめた上司が複数いますが、どの人も、子どもさんやお孫さんが早くに亡くなっています。
また、子どもさんが学校でいじめられたりしてました。
私は、本人がい...続きを読む

Q逃げ癖、辞め癖 もう嫌なんです【仕事続かない】

いつもお世話になっています。

私→大学3年の時、軽度のうつが有ると診断されています。
現在婚約をしている身です。

私は去年大学を卒業(服飾や美容を専攻していました。)し、
正社員として美容業界に入りましたが、
職が自分に合わないと感じ、約1ヶ月半で辞めてしまいました。
【仕事内容:エステティシャン】
お客様のお肌に触れ、一歩間違えば怪我に繋がるような仕事。
私は人や状況に極度に緊張してしまうところがあり、華やかな接客に加えて体力勝負なところについていくことが出来なかったのです。

また、考えが甘かったのです。
「仕事辞めてもまた探せば見つかるだろう。」
なんて、就活を必死で頑張ったのにも関わらず、そんな安易な考え方をしてしまってました。

それから社保完の事務【パート】に就きました。
同期の仲間2人に恵まれ、覚えることは多くても、上司や先輩が良い方ばかりで本当に良い職場であったなと思っています。
服の通販の会社で、好きな服に携われているのが嬉しく、関心はとてもありました。

ですが、学生時代にバイトをしていた飲食店から「戻ってきて欲しい」と言われ、頼りにされている感じや、通勤時間が1時間半→15分になること、好きなお店だったので、またそこで働ける嬉しさや、お給料も、その事務より良かったことから、その話に飛びついてしまいました。

(今、通販の会社を辞めたことを本当に後悔しています。)

飲食店での仕事が始まりました。
次第に、何故か私がその店の次期責任者になる、というような感じで話が進んでいて、私はそんな話は全く知りませんでした。
想像以上の勤務時間と体力勝負や、オーナーからのプレッシャーに疲れきってしまい、まともにご飯を食べることが出来ず、最終的には無断欠勤をし、そのまま電話で話をつけて辞めてしまいました。

→あまりの辛さから病院へいくと、また鬱になっていると言われました。

それからは短期の事務のバイトをしました。
そこは同じように集められたバイトさんばかりでとても楽しく、正社員とバイトの仕事内容がハッキリとわかれていて そこまで難しい仕事は要求されませんでした。出来ることであればこのままずっとその仕事をしていたかったです。

その短期バイトをしている中で就活(正社員ではなく)をし、バイトではありますがレギュラー勤務(週約40時間)の営業アシスタント事務(残業有)の仕事から採用をもらいました。
4月の頭のことです。(社保完です。)

現在はその営業アシスタントの仕事に就いて約1週間です。
バイトであっても正社員と同様の責任と仕事内容です。
違うのは残業の時間の長さくらい。

ここまで読んで頂いてわかるように、私は自分にかなり甘い人間です。

既に現在も次の月曜日に出社せずに休もうか・・・なんて考えてしまってる自分がいます。

営業の方は30人ほどいるのですが、アシスタントは私を入れて【全員女性で6名。】
私が入る前からあとの5人の先輩方はずっと一緒に仕事をしていたようで、仲がとても良いです。
良い方たちなのは分かっているのですが、やはり会話に入ることも出来ません。
お昼休憩はその輪の中で、個室で食べるので余計に一歩引いてしまいます。
頑張って話に入ろうとし、話題を挙げてみるのですが、緊張などから話を続けることが出来ません。話を広げようとしても、今は覚えることが沢山あったり慣れていないことからかなり疲れているために、黙ってしまいます。
(元々たくさん話す方ではありません。)

これまで、現在も実家暮らしであることや、現在婚約をしている身であることから 働くということから逃げ場を探してしまっています。
婚約の身であるから、主婦になって、もっと短い時間のパートでも良いんじゃないかとか思います。
ですが、挙式の費用も貯めたいのでレギュラーで働かないとって思います。
健康保険や年金などの問題もありますし。
矛盾しているのは重々承知です。

自分が甘く、恵まれ、幸せな環境にいることを良いことに逃げ癖がついてしまっています。
こんな自分が大嫌いです。
こんな自分と関わっている人たちが本当にかわいそうです。
「そう思うのなら頑張れよ」って思うんですけど、私はきっと、それ以上に自分が可愛いんだと思います。
消えてしまえたらと思いますが、そんなことも出来ません。

家を出て、婚約者とも距離をおき、どこか知らない土地で生きてみようかななんて今本気で考えています。
働かなくても生きていける状況にあるから、こんな甘い自分になってしまってるんだ。
(甘い自分から抜け出すには自分に厳しくするのが良いって思ってるんですが出来ません。)

今の仕事を辞めたら家族はまたガッカリするんだろうな、なんてことは重々承知です。

現在の仕事はスピードと正確性、コミュニケーション力がかなり問われます。
(大抵の仕事はそうですが、、。)
私はマイペースです。頑張って急いでも、急いでいないとみられ、焦りと緊張から表情が硬直するので、「本当に焦ってるの?急ごうとしてる?」ってよく言われます。

現在の仕事は一言でいうと、私に合っていません。
自分に合った職なんて無いってことはわかっていますが、興味の範囲でもありません。
私はそう思ってしまうと本当にスグ嫌になっていまします。
その仕事の面接を受けたのは仕事内容に少し興味があり、待遇も良かったからです。ですが、実際働いてみると全く違いました。

明日の仕事、理由を付けて休んでしまいそうです。一度休むと、もう行かなくなると思います。

これまで転職を繰り返して家族に安心させては、また落胆させてきました。
また「仕事辞めた」と言えば本当に引かれてしまいます。

仕事がなくて困ってる方が多い世の中で本当に贅沢な悩みであることはわかっています。
申し訳ありません。

こんな私、本当にどうしたら良いのでしょうか。
アドバイスをお願いします。

いつもお世話になっています。

私→大学3年の時、軽度のうつが有ると診断されています。
現在婚約をしている身です。

私は去年大学を卒業(服飾や美容を専攻していました。)し、
正社員として美容業界に入りましたが、
職が自分に合わないと感じ、約1ヶ月半で辞めてしまいました。
【仕事内容:エステティシャン】
お客様のお肌に触れ、一歩間違えば怪我に繋がるような仕事。
私は人や状況に極度に緊張してしまうところがあり、華やかな接客に加えて体力勝負なところについていくことが出来なかったのです。

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Aベストアンサー

私は42歳男性。相談者同様、うつ病です。
私の場合は、6年前にうつ病を発症。当時は結婚して子供もいました。働けない(体が動かない)反面、家庭を守らないという義務感から無理して勤務して結局、休職、退職でした。その会社は19年務めましたがね。その後、休養を必要と医師に言われていましたが、経済的理由で働かないといけない状況でしたね。4年で4回の転職。離職期間もかなりありました。最短の会社は2週間でしたね。
慣れない仕事を一から覚えないといけないストレス。
工場ライン、住宅営業、自販機設置、その他アルバイトをもろもろ・・・職を転々として結局離婚しましたがね。冷静に考えれば、19年いた会社が一番よかった気がします。そんな中、離婚直後から今の会社で何とか2年続いています。うつ病の人は、気力や集中力が欠如します。緊張の糸が休みの途端切れ、月曜日の欠勤は最近までは多かったですね。
相談者様の得意な仕事(分野)は何ですか?又、ご自分の現状を理解していただける方はお見えですか?自己完結は必要なことですが、愚痴や相談事が話せる方をまずは見つけましょう。うつ病なんですから今、さぼって(適切な表現ではないかも)も、その後、平穏無事に生活できればと長いスパンで考えないといけませんよ。文章から、相談者様の焦りを感じます。まだ若いんです。焦らなくても。1年2年のんびりしても良いと思いますよ。経済的に厳しいのでしょうか?私もかなり金銭的には困ってますね。
働くことから逃げているとか、甘えとかとお考えの様ですが、すべて、うつ病が原因なんです。れっきとした病気なんですよ。まだ、世間的には認知されにくい病気なのは事実ですね。義父、義母からは罵声を浴びせられました。”病気してる場合じゃないだろう”って。ショックでしたね。うつ病=制御不能なんですよ。その言葉が原因で妻から切り出された離婚、同意しました。
ご自分が悪いという意識は捨てられたほうが良いですね。くどいようですが、病気なんです。病人なんです。
働きたいお気持ちが強いのか、世間体を気にして、ご両親を、婚約者の方を心配させない様働かないといけないのか・・・その2つの考えは同じ働くでも、全然精神論は違いますよ。もし、働きたいお気持ちが強いようでしたら、得意分野の求人を探されたほうが懸命かと思います。未経験歓迎!先輩が1から教えますなんて求人は全てではないと思いますが、経験上、きついです。天職に付ける人なんていないんですよね。ですから限りなく天職に近い分野のお仕事をされては。

ま、のんびりする時間も作りましょうよ。長い人生、焦らなくても神様は見てますよ。皆、平等な人生が待ってますから。
うつ病の方に”頑張って”は禁句ですが、体調や、精神状態が落ち着いて見えれば、無理せず、本当に無理せず頑張れるだけ頑張れば良いんですよ。収入は少し別問題で考えましょう。働けることだけでまずは納得しましょう。
体調を整える事を最優先に考えてください。体あっての(心身共)仕事、生活ですから。

私は42歳男性。相談者同様、うつ病です。
私の場合は、6年前にうつ病を発症。当時は結婚して子供もいました。働けない(体が動かない)反面、家庭を守らないという義務感から無理して勤務して結局、休職、退職でした。その会社は19年務めましたがね。その後、休養を必要と医師に言われていましたが、経済的理由で働かないといけない状況でしたね。4年で4回の転職。離職期間もかなりありました。最短の会社は2週間でしたね。
慣れない仕事を一から覚えないといけないストレス。
工場ライン、住宅営業、自販機設置、...続きを読む


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