アメリカそして旧ソ連、この二つの国が対立しあってたものとかってありますか?(例えて言えばどちらとも技術的に世界をリードしたかったので対立しあっていたなど)

A 回答 (5件)

ストレートに、軍事的に対立していましたね。

米ソ両国は競い合って新兵器の開発に没頭しました。
一例をあげましょう。アメリカはミサイルさえもぶっちぎる超音速爆撃機XB-70を開発しました。なんとマッハ3で飛ぶという代物です。それに衝撃を受けたソ連は何とか対抗できる戦闘機を作ろうとMig-25という戦闘機を作りました。Mig-25はマッハ3が出せるらしいと情報を手に入れたアメリカは衝撃を受けます。戦闘機はスピードが命です。もしMig-25が大挙してやってきたら勝てない。アメリカはなんとか対抗機を作ろうということで完成したのがF-15です。それでもアメリカは不安でした。Mig-25の性能がどんなものなのかが分からなかったからです。
ところが1976年、そのMig-25に乗ったベレンコ中尉が日本に亡命してきました。アメリカはついにMig-25を手に入れることに成功したのです。そして、機体を調べた結果Mig-25はXB-70に対抗するためだけに作られたため性能はたいしたことがないと判明しました。しかも、アメリカが開発したXB-70は事故を起こし開発は中止されていたのです。
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実際の対立ではないですが、それぞれの主義上、アメリカは経営者・株主など一部層、片やソビエトは労働者・農民など多数層に意識が払われていた社会だったと思います。



共産主義を肯定する団体にいたことがありますが、農民にもわかる教育がほんとうの意味の教育。農民を大切にしないと国は成り行かない。そんなスローガンではないですが、労働者も含め社会の末端にいる人々を切り捨てない考え方がそこにはありました。

まあ、現在は労働も農業生産も国境を越えて出てしまっていますが(笑)
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50年代から60年代の冷戦時代は、全てにおいて「対立」していましたから、逆に協力した事を探すのが難しいくらいです。

「ポリオのワクチン」くらいかなぁ?

私が印象に残っているのは、宇宙開発競争です。当時「スプートニクショック」という言葉が生まれたくらいでしたから。これは、50年代後半、宇宙船開発競争で、ソ連がスプートニクという人工衛星を、アメリカに先駆けて打ち上げ、成功させた事件です。これはアメリカにとって大変な出来事でした。人工衛星を軌道に乗せられるということは、大陸間弾道弾ミサイルを、正確にアメリカに撃ち込む技術がある、ということですから(つまり核戦争のこと)。
アメリカは、これを受けてNASAを設立、当時ケネディが60年代中に月に人間を送る、と演説しました。また、教育の見直しも始まり、理数系の学習の強化も全米で実行されるようになりました。ま、結果的に69年、アポロが月に行って、この公約は実行され、宇宙開発競争も、競走から協力の時代に入っていったわけです。
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アメリカとソ連は両方とも民主主義を標榜する点では同じでした。

では何が異なっていたかと言えば、それは民主主義の基本である『自由と平等』に隠されていたのです。元来、自由と平等はトレードオフの典型であり、自由であることは平等を犠牲にすることであり、平等にすることは自由を犠牲にすることでした。アメリカは前者の立場を取り、ソ連は後者の立場を取ることでした。そのトレードオフ状態を均衡させるのは友愛なのですが、それに気付くのに50年近くの長い年月を要したのでしたね。
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すべては二つの国のイデオロギーの「対立」に帰着します。



アメリカ人の殆どとその政治家たちは自由主義と資本主義が人類にとって最も良いイデオロギーと思っていました。

旧ソ連では共産主義と計画経済が人類にとって最も良いイデオロギーと考える人たちが共産党というものを作り指導者として支配していました。

この二つのイデオロギーは、基本的に互いに両立しないものです。

そして、それぞれの国は自分のイデオロギーに従う国を増やすことが国益にかなうと考えていたので、それをこの地球上にいかに広めるかということについて「対立」していました。

とくに、朝鮮半島やベトナムでは、そこにある小国を自分の陣営に引き入れるために、軍事的に「対立」しました。

それらの国が他方より、技術的にリードしたかったのは、元をただせば経済力や軍事力の面で他方をリードすることによって、自分の世界支配をより安定にし、自分の陣営に加わる国を増やしたいと思ったからです。

同様の理由で、核兵器を含む、軍事力の装備や規模でも「対立」しました。

こんなところでお答えになってますか?
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この回答へのお礼

なるほど、やはり考え方の違いだったんですね。

ありがとうございます!

お礼日時:2007/08/02 11:55

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Q旧ソ連などの社会主義国の利点と欠点と生活について

別にソ連でなくとも良いのですが、中国でも、他の国でも。
社会主義国家の利点と欠点を教えて下さい。

また、人々の生活も、給料が一定で、生産力向上できなかったとかありますが、なんとなくでしかわかりません。なんでもサボる人が多くて、崩壊したという話も聞いたことがありますがどうでしょう?

資本主義と社会主義を混ぜ合わせるというのは出来るのでしょうか?
それが今の中国でしょうか?でも中国はもう資本主義かな。

Aベストアンサー

 まず、冒頭に指摘しておきますが

純粋な資本主義(市場原理主義)・社会主義(計画経済)の国家・地域はありえません。
 質問者は、世俗の資本主義・社会主義の抽象論ではなく、より具体的な経済体制を考えるようにしてください。それができないうちに、資本主義・社会主義の比較論などは不可能です。
(というか、世間の社会主義批判は、みんな社会主義の規定すら出来ないし、しようとしていないから、低品質なのである)

 多かれ少なかれ諸外国は、資本主義的・社会主義的の混合体です。

これを、『混合経済』体制と言います。

 極端なことを言えば、日本を社会主義・資本主義などを標榜することは”間違いではなく”とも妥当性はありません。
もっとも相応しいのは「混合経済」体制です。もし、丁寧に日本を混合経済を述べ続けるテキストがあれば、それはもっとも妥当で間違いのないテキストになりえるでしょう。
 混合経済体制=http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B7%B7%E5%90%88%E7%B5%8C%E6%B8%88
 現実、世界のほとんどの国が混合経済体制です。これは国家がある以上は必然であって、純粋な資本主義国などは存在しません。
 ただし、国家ではなく卑小な地域規模では純粋な資本主義的な経済運営が可能でありえますが、それも極めて難しいと言えます。

>社会主義国家の利点と欠点を教えて下さい。

とのことですが箇条書きで簡単に提示すれば

欠陥
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(2)経済計画の通りに経済が運営できない(想定外因子に対応できない)
(3)正しく情報を管理できない→実現可能な計画が立案できない

利点(利点は欠陥でありえるので、”利点がない”という回答もある)
(1)”なんとなく”公平・平等な感じがする
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(3)公共性に関する意識が強くなる(欠陥でもある)
(4)アナルコ・キャピタリズムとの政治闘争が避けらない(欠陥でもあります)

>人々の生活も、給料が一定で、生産力向上できなかったとかありますが、なんとなくでしかわかりません。

厳密には、これは間違いで、
 給与査定はノルマを基準としたもので一定ではありません。
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しかし、その特典が魅力的ではなかったがゆえに、生産効力の向上とはシフトしなかったようです。
 日本ではユーゴの自主管理市場経済があまり知られていませんが、モデルとしては、生産性の向上が期待できる社会主義としては、ユーゴの社会主義は期待できます。
 ただし、国家規模で社会主義を潤滑に運用するのは極めて難しいかもしれません。

>中国はもう資本主義かな。

ではなく、中国も混合経済です。

要は、どの国も普遍的に『混合経済』で、資本主義(市場原理主義)・社会主義(計画経済)の度合によって名前が変わっているだけです。
 
学校教育でも一応は「混合経済」という用語は習うはずですが、なぜか言葉として忘れられています。表現の都合でもっとも適切な表現ではなく、思想性を持たせるために意図的に「資本主義」「社会主義」という用語を乱用しているので注意したほうがいいでしょう。
 ”間違いじゃないからそれでいい”という世界で言えば、日本は「○○主義」ですが
 もっとも妥当で間違いとされない表現ならば「混合経済」です。

 まず、冒頭に指摘しておきますが

純粋な資本主義(市場原理主義)・社会主義(計画経済)の国家・地域はありえません。
 質問者は、世俗の資本主義・社会主義の抽象論ではなく、より具体的な経済体制を考えるようにしてください。それができないうちに、資本主義・社会主義の比較論などは不可能です。
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 多かれ少なかれ諸外国は、資本主義的・社会主義的の混合体です。

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Qソ連って1つの国なんですか?

僕は中学生2年生です。

社会で、ソ連解体とありましたが・・・

ソ連:複数の社会主義の共和国が連合した連邦国家。
という投稿があったんですが、(1)連合した連邦国家って結局1つの国なんですか?

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できるだけたくさんのご回答お待ちしております。

Aベストアンサー

連邦国家とは?>連邦国家とは、複数の国が、合併してできた国のことです。=1つの国

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Aベストアンサー

こんにちは。
ご指摘の通り、彼らの言い分には相当の無理があります。
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よろしくお願いします。

Q旧ソ連は社会主義になる前は植民地・従属国?

 ウィキペディアで「新中間層」という単語を調べたら下記のように書いていました。
 前略…
地球上で社会主義政権が誕生した地域は、例外なく植民地・従属国であり、先進国革命が実現した例がないことを考えると、ベルンシュタインの予言が正しかったとも言える。
 ……
 地球上で社会主義政権が誕生した地域は、例外なく植民地・従属国であるとなっていますが、旧ソ連ですが、社会主義になる前は植民地・従属国だったんですか。
 ご存じの方教えてください。

Aベストアンサー

漫談です
帝政ロシアの工業資本のうち、4割弱が外資の物でした。ただ、収奪されているのともちがうので、植民地とはいえないでしょう。

で、革命なのですが、ロシア革命、非常に大きな出来事でしたが、終わってみてみると、指導者層は共産党と労農赤軍となりましたが、その下の構造は変わっていなかった、つまり、クー・デタの大規模バージョンだったという見方ができます。革命は下から体制が全て転覆するのに対し、クー・デタは上層部だけでの、暴力的行為をともない流血もあり得る、民意を問わない(民意に沿っている可能性はある)政権交代、だからです。

マルクスは、ドイツか英国で革命が起きることを前提に、研究をしていました。大英図書館に通いつめ、ドイツ語で論文を書いています。

先進工業国で労働者階級が生産手段を階級闘争の後に暴力で奪取し、プロレタリアート独裁を経た後、国家の死滅による全階級平等化、がマルクスの「夢」でした。工業をにぎっていれば、それすなわち先端技術と社会インフラの基盤(を整える手段)も握ることになります。
しかし、現実はロシアという農業国で彼の理論を使った政権奪取がおこってしまったのです。

ロシアは小麦の輸出で成り立っていたわけですが、共産革命やったせいで、買い手がいなくなります。外貨が途絶えると、完全に自立してはいなかった工業も衰えます。社会インフラの整備は遅れます。しかし、都市は生きるために農村から食料を調達しなくてはなりませんが、見返りを農村に与えられない。地主・農民は当然怒ります。一時的に農村に、自由主義市場で商売を許可します(ネップ)。が、共産主義のはずなのに貧富の差ができてしまった。おかしい、と怒る人がでます。儲けた人を弾圧する。ソ連は強制収容所という発明をしました。このような悪循環しているうちにレーニンが死に、スターリンの独裁がスタートするのです。

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Qロシア(ソ連)が中国東北部に敷設した北満鉄路(旧東清鉄路)の満鉄への譲

ロシア(ソ連)が中国東北部に敷設した北満鉄路(旧東清鉄路)の満鉄への譲渡に携わったとされる満洲国外交官の北川四郎氏のことを調べています。
著書も多くなく、文献への登場回数や紳士録等にも見当たりません。
どなたか、略歴や関連文献をご教示いただけないでしょうか?

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 こんばんは。
 さっそくですが、全国の大学図書館と国会図書館のリンクを通じて入手した北川四郎の著作をお知らせします。多分ご存知のものばかりではないかと思いますが、以下に書き出しておきます。

 「シベリア出兵から戦後50年へ」 御園書房 1995

 「ノモンハン:元満洲国外交官の証言 戦争と人間の記録」
  現代史出版社 1979

 「ボーダー・レスとは?:東郷外交から北方領土へ」
  日本図書刊行会 1993

 「『まさか』の歴史:万物は流転し、意識は変化する」
  谷沢書房 1989

 「司馬史観:軍部が日本を占領した」
  垂井日之出印刷所 2000

 「司馬遼太郎は何故ノモンハンを書かなかった?」
  垂井日之出印刷所 2000

 調べてもらった大学の図書司書の子が言うには(いつも助けてもらっている子で、とても有能な子です)、現在北川四郎という名前で入手できる資料はこれが全てではないでしょうかということでした。
 


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