毎回思うんですがいじめた側は、どうなってるんでしょうね。
いつもいじめられたヤツの情報ばかりで相手は全く不明。
今ものうのうと学校に通っているハズです。
もちろん、いじめられた方は登校拒否、フリースクール、転校など選択肢は、あります。
しかしなぜ、された方が学校を去らないといけないのか、分りません。
全く逆でいじめたヤツを、転校させれば、いいのではないですか。
1つの県にいじめっこばかりを全国から集めるのです。
おそらくまたそこで、いじめが始まるでしょう。
そして初めて知るのです。
自分がどれだけ人を傷つけたかを(せいぜい生き地獄を味わって下さい)。
その後いじめられっこは堂々と、学校に戻ればいいだけの話でしょ。
と、ここまでは相手が登校拒否に、なった場合の話ですが自殺したならある意味、死んで償っても問題ないと思っています。
それが無理ならせめて顔と名前くらい出すべきでしょ。
どんな理由があれ、いじめをしに学校へ行ってるようなヤツには、ろくでもない人生を歩んでもらわないと、困りますので。
あと教育委員会にも、元いじめられっこを採用してほしいです。
ただ悲しそうな顔しかできない2世議員や、エリートなどの役立たずは必要ありませんので。
皆さんは、どうお考えでしょうか?

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A 回答 (14件中11~14件)

加害側の名前が出ないのは、未成年だからです。

ちゃんと、報道が規制されているからで、実際の学校では、校長室に呼ばれて叱責を受け、被害側に謝罪していますよ。
生徒指導の先生が、叱責する前に事実関係を確認しますから、警察の取調べと同じです。
学校の先生も、一瞬の判断を誤ると、被害者に自殺されたり、一触即発の大事件になります。事件が起これば迅速に動き、双方から事実関係の確認に入り、本人に叱責、保護者も呼び、叱責と指導を繰り返します。
この対応が甘い学校が、マスコミに報道され、学校の先生は何をしていた、になるのです。
いじめの数だけでも、ものすごい件数ですし、今の学校は根絶していくすべを知っています。
問題の生徒と被害側の生徒は、翌年から同じクラスには絶対にならないようになります。そうしないと、学習できる環境にならないからです。
あまりにひどいいじめは、警察に訴えるように今の学校側はいいますよ。
学校に司法の権利はないから、裁くことはできませんが、叱責、指導は、問題を起こせば何回でも繰り返します。
個人的には生徒指導の先生のお手当を上げてあげたいぐらいです。
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この回答へのお礼

 ありがとうございます。
私の友人は中学の3年間いじめっ子と一緒だったそうです。
先生に相談したにもかかわらず。

お礼日時:2007/07/22 19:32

学校って社会の縮図なわけで、弱いものは淘汰されて当然だろ。


そこで世界の理不尽と不条理を学ばないでどうするよ。
この理不尽と不条理で形成されてる社会に出る上で、最も学ぶべき事だろ。

弱いものは守るんじゃないの、虐げられて淘汰されるの。
いじめってそれを教えてくれるんだから、良いんじゃないの?

社会に出たっていじめは当然のようにあるし、学生のころからなれとかないと。
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この回答へのお礼

 ありがとうございます。
確かに弱い者は淘汰されるかもしれません。
しかしそれは学校でも社会でも、相手が罪を犯してないならの話。
それに理不尽と不条理は、学ぶものではなく感じるものだと思います。
そんなものは社会に出てからでも間に合うはず。
なれるなれないの問題じゃないですから。
まして養われてる間は。

お礼日時:2007/07/22 19:17

感情論としては同感です。



でも実際感情論では世論は動かせないんですよね~。
何でそう思うかと言うと、いじめられる人間は少数派だから。
民主主義を単純に理解するならば所詮は多数派理論なので、いじめた人間に有利になるのは当然です。
まぁこれは超極論ですが…

もうちょっとちゃんと考えると、これは日本教育の成果といえるかもしれません。
つまり、どんな人間にも人権は平等に存在すると言う教育です。
肌の色が違っても、宗教が違っても、犯罪者でも、人はみな平等であると。
この考えが日本全体にある種の美徳として浸透しているから、いじめる側(犯罪者と言ってもいいですが)を保護する風潮があるのではないかと思います。
もっともこれは、いじめられた側(被害者)に立つと全く平等ではないんですが・・・

結局は波風立てずのらりくらり生きたいと言うのが本音なのではないでしょうか?
あれ?論点ずれてる気が^^;
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この回答へのお礼

 これでは日本教育の成果として、いじめが生まれた気がしてなりません。
ありがとうございました。

お礼日時:2007/07/22 18:45

ウィキペディアによると、いじめが悪質化と長期化が進行している場合、加害者や周囲にとって被害者へのいじめ・差別・蔑視が事実上当然のことと認識されているので、欠点の是正・改善に効果がなく、その場合は、転校・転職・転居なども有効な手段として考えられるそうです。



参考URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%84%E3%81%98% …
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この回答へのお礼

 いじめが当然のことと認識される前に防ぐ必要があるようですね。
ありがとうございました。

お礼日時:2007/07/22 17:56

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ということについてなのですが、
【法律行為の要素に錯誤があった場合において、Aに重大な過失があった】
という意味がよくわかりませんでした。
とくにこの「法律行為の要素に錯誤がある」とは具体的にはどういったことに
なるのでしょうか?

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 民法95条ですね。

 「要素の錯誤」とは、意思表示の内容の重要な部分に錯誤があることであり、重要か否かは、もしそういう錯誤がなかったなら、表意者はもちろん、世間一般人もその立場で意思表示しなかったであろうと考えられるものかどうかによって決せられます。表示主義が尊重されているわけです。

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いじめられている子も、これなら何とか頑張れば対抗できます。
でも、残りの25人が問題なんです。
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以上、長々と書いてしまって申し訳ありませんでした。
結論としては

「いじめてやる!」と思っている子は、いつでもどこでもターゲットを求めて目を光らせているんです。対抗するには、そういう子に「仲間」を与えないことです。

NO9です。
回答に補足します。

はっきりした数字を書きますが、割合として考えてくださいね。
「一人」と書いていても「二人」の可能性がないわけではありません。

まず、クラスに30人の生徒がいます。
その中でいじめられる子は一人です。
でも「いじめてやる!」と明確な意思を持つ子も一人なんです。
そして「いじめ」というのは1対1(つまり両方が同数)では起こりません。それは「喧嘩」であって「いじめ」ではないんです。
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しかし賃貸借契約時に記入した保証人と貸主は隣家の全焼の弁償をしないといけない。

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借主と貸主。

借主が過失で火事で借りている家を全焼させて、さらに隣の家まで全焼させてしまったとします。

借主は失火法で近隣の家が全焼した責任を取る必要がありません。

しかし賃貸借契約時に記入した保証人と貸主は隣家の全焼の弁償をしないといけない。

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それとも法律でそういう決まりですか?

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Aベストアンサー

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そうです。

>しかし賃貸借契約時に記入した保証人と貸主は隣家の全焼の弁償をしないといけない。

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>↑これってなんという法律ですか?

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A:●●
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Aベストアンサー

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そんな、心配性な部分を持ちながら、これからごく普通の日常生活を送るとしまして、当然、私が水晶玉を売った人達には恨みも、死んでもどうなっても良いとはまったく思っていませんし、できれば、幸せに過ごしてほしいと思っています。ですが、そんな中、いつか将来、その私が売った小さい30~40ミリ代の水晶玉がどこかで太陽の光を集めた焦点がどこかに当たり、火災でも起こって多数の死亡者が出たら、仮に私はどんな罪になるのかな?と、ふと思ってしまいます。未必の故意になるのか、過失になるのか? どうなるのでしょうか?ご教授願います。
なぜならば、もし、直径100mm以上の水晶玉でないと火災が起きないと思っていなければ、私が水晶玉を売った方に水晶玉は太陽の光によって焦点ができて危険なので、「太陽に当てないでください」との取り扱い説明責任を果たしていたと思うからです。
よろしくお願い致します。

最近、法律の過失と故意についての解釈について気になることがあります。以前、直径30~40mmぐらいの小さい水晶玉を複数の人達に販売したことがありましたので、水晶玉は直径何センチ以上の大きさになると太陽からの焦点により、火災が起きるのか?心配になり、インターネット上で質問させて頂いたことがあります。その時は水晶玉は直径100ミリ以上でないと燃えないとの回答をもらったので、安心していたのですが、ただ、最近、心配性な私は、ふと心配になったことがあります。私は、無色透明の不純物が肉眼で見え...続きを読む

Aベストアンサー

おはようございます。

yuu7777777さんがお客に水晶玉を売って、それが元で火災が起き、死者や重傷・軽症問わず怪我人が出た場合ですが、これは罪には問われません。過失にも、未必の故意にも当てはまりません。

水晶玉を顧客が購入する際に、きちんと「直射日光の当たる場所に置くと、日光が玉に集約されてレンズの役割を果たし、日光の当たる部分から出火する危険がありますので、ご注意願います」といった注意書きを添えれば、後はそのお客が家の何処に置こうが勝手ですから、yuu7777777さんの手から離れた以上は、購入者の責任になります。この様に「注意書き」を添えれば万全です。

仮に「注意書き」が無くて、被害を受けたお客が、玉を売ったyuu7777777さんを訴えたにしても、何ら刑事罰を受ける事はありません。水晶玉を直射日光の当たる場所に置けば「危険」だという事は、皆解る事なんですから、過失は過失でも買った相手の過失になります。

金魚鉢なんかそうですよね?あれ、鉢のままなら何でもありませんが、ひとたび水を入れるとレンズの役割を果たして、火災が起きるケースはごく稀ではありますが、実際にあります。その時に金魚鉢を売った業者が訴えられたか?といえば、訴えられたケースは、色々な判例を見てきた私ですが、見た事も聞いた事もありません。

でも「注意書き」がある事に越したことは無いです。どんな大きさの玉でも全てに「注意書き」を付ける事をお勧め致します。

おはようございます。

yuu7777777さんがお客に水晶玉を売って、それが元で火災が起き、死者や重傷・軽症問わず怪我人が出た場合ですが、これは罪には問われません。過失にも、未必の故意にも当てはまりません。

水晶玉を顧客が購入する際に、きちんと「直射日光の当たる場所に置くと、日光が玉に集約されてレンズの役割を果たし、日光の当たる部分から出火する危険がありますので、ご注意願います」といった注意書きを添えれば、後はそのお客が家の何処に置こうが勝手ですから、yuu7777777さんの手から離れた以...続きを読む

Qねるねるねるね

こんにちは。
皆様は、「ねるねるねるね」というお菓子を食べた事がありますでしょうか。
私自身は子供の頃結構好きだったのですが、
私の周囲ではあまり評判が良くありませんでした。
そこで皆様にお聞きしたいのですが、このお菓子はお好きですか、それともお嫌いですか。
御回答お待ちしております。m(__)m ペコ

Aベストアンサー

先日スーパーのお菓子売り場を物色してたら、
偶然ねるねるねるねが売られてるのを発見しました!
すごくなつかしい気分になりました。
私はあれが味も含め大好きだったのですが、
親が「こんなのはダメ!」と言ってなぜか買ってくれず、
祖母の家でこっそり食べた思い出があります。
子供ごころをくすぐるお菓子だと思いますね~。
魔女が「うまい!」っていうCMも強烈でした。
でも食品表示の原材料名を見ると、やはりというか
添加物のオンパレードだったので…
母の判断は正しかったかも(^^;

ちなみにメーカーのHPによると、
「ねるねるねるねを子供にすすめたくない人」は
アンケートで全体の57%だったとか…。
その理由の大半は「体に悪そうだから」だそうです。
(それに対するメーカー側のフォローもあります)

参考URL:http://www.kanebofoods.co.jp/nelnel/mama.html

Q故意と過失の差異における法律執行の妥当性

例えば悪気がないのに、偶然鞄に商品が滑りこんでしまった場合。
これは万引きとして有罪でしょうか。

例えば悪気はないのに偶然手の甲が当たってしまった。
これは痴漢として有罪でしょうか。

例えば捨てる気がないのに偶然荷物を置き忘れてしまった場合。
これは不法投棄として有罪でしょうか。

逆に上記の行いが全て故意だった場合にも、上記のような申し開きがまかり通り無罪となる余地はあるのではないでしょうか。

以上はただの例ですが、要するに伺いたいのは、
故意と過失の証明はどのようにして区別・判断されるのか、ということです。

有罪と無罪とはそんなにも紙一重であやふやなものなのでしょうか。もしそうなのだとしたら、検事や裁判官に対する、演技力、説得力、表現力など、事件とは全く関係ないファクターが重要になってくると思いますがその辺はどうなのでしょうか。

親切な方の回答期待します。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

そのために、検察官には「起訴便宜主義 (刑訴訟法248条)」という権限が与えられています。
 その故意の立証が疑わしい場合などは「起訴しません」。
不起訴処分ということになります。
その処分にはいくつかの種類があり、「嫌疑なし」はまったくの無実の場合や別に犯人がいる場合で、「嫌疑不十分」という場合は、裁判において有罪の立証が極めて難しい場合、「起訴猶予」は、有罪であることは間違いないが、その者(犯人)の年齢、刑の重軽などを考慮し、起訴をしないというものです。

それにもかかわらず、複数回そのようなことが起こるのであれば、常習性があるとして、その故意を認めざるを得ないことになるのではないでしょうか?

Qねるねるねるね

ねるねるねるね

昔、「ねるねるねるね」というお菓子がありましたが(今でもあるのかな?)

あれって、美味しかったですか???

Aベストアンサー

印象的なCMでつい何度か買いましたねぇ。

あれって練ってるのは楽しいんですが、美味しいとは思えませんでした。
多分完食できたこともないはず。
でもまた欲しくなって、親に「この前も食べれなかったでしょ」等と怒られたもんです。

QPL法と過失責任主義がちんぷんかんぷんです。

食生活アドバイザーの試験勉強で困り果てています。
過失責任主義は、過失がない限り責任を負わなくて済むとテキストにあります。
しかし、そのあとに過失責任主義の?PL法の説明があり、
製造業者が無過失であっても賠償責任を負わせるという法律だとあります。
過失責任主義の?PL法なのにどういうことなのかちんぷんかんぷんです。
分かるように教えてください。

Aベストアンサー

結論として、「製造物責任法も過失責任主義である」が正解です。
1 損害賠償の原則は民法709条に規定され、「故意または過失により」過失を要件とする過失責任主義になっています。
 ・ 製造物責任法はこの特別法で、製造物については「欠陥により他人の生命、身体又は財産を侵害したときは、これによって生じた損害を賠償する責めに任ずる」(第3条)欠陥を要件にしています。
 ・ 貴テキストは、この第3条を根拠に 「欠陥さえあれば、欠陥を生じたことに過失がなくても責任を負う」無過失責任と記載したのだと思います。
2 が、製造物責任法第4条は、「製造物をその製造業者等が引き渡した時における科学又は技術に関する知見によっては、当該製造物にその欠陥があることを認識することができなかったことを 証明した場合には、賠償責任を負わない」製造業者等の免責を規定しています。
 ・ これは、「引き渡し時における最高の科学および技術の知識をもっても欠陥を予見できなかったことを証明した場合には免責する」の趣旨で、「予見し欠陥を防止できたのに、その注意義務を怠った場合には賠償責任を負う」過失責任主義が維持されています。
3 分かり易く言うと、製造物責任法の立法趣旨は、「欠陥製品による被害の救済を容易にする」訴訟上の問題解決です。具体的には次のとおり。
 ・ 製造物責任法ができる前も、欠陥製品による損害は、民法709条により賠償されました(製造者は賠償義務を負っていました)。
 ・ が、民法709条による請求は、原告である被害者が、「欠陥は製造者の過失によって生じたことを立証しなければならない」専門知識のない一般消費者には現実的に困難な訴訟を必要としました。
 ・ そこで、製造物責任法は、「原告の被害者は、製品に欠陥があったことを立証すればよい。欠陥が過失によって生じたものかついては、被告の製造者等に過失がなかったことを証明させる」過失の立証責任を原告から被告に移転しました。
 ・ ここにおいて、「引き渡し時における最高の科学および技術の知識をもっても欠陥を予見できなかったことを証明することは現実的に困難。製造物責任は事実上の無過失責任」と実務上の認識が生じました。
4 まとめると、次のとおりです。
 ・ 製造物責任法は、製造物責任という無過失責任を創設した法律ではない。
 ・ 法律上の意味は、過失責任主義を変えず、訴訟上の立証責任を転嫁したことにある。
 ・ が、製造業者等の訴訟実務においては、事実上の無過失責任に等しい立証責任を負った。
5 過失論は法理論としても難しいもの。テキストは、説明を簡単にするために「無過失責任と理解していい」の趣旨かも知れません。
 ・ いずれにせよ食生活アドバイザーの守備範囲を超える理論です。
 ・ 肝要は、「なぜその商品が安全なのか」「危険を排除するために何をすればよいのか」安全の裏付けと実用の注意点を製造者・消費者が共有すること。食生活アドバイザーは、双方の視点で食の安全を見守ることが大切と思います。
 ・ 試験の合格をお祈りいたします。

結論として、「製造物責任法も過失責任主義である」が正解です。
1 損害賠償の原則は民法709条に規定され、「故意または過失により」過失を要件とする過失責任主義になっています。
 ・ 製造物責任法はこの特別法で、製造物については「欠陥により他人の生命、身体又は財産を侵害したときは、これによって生じた損害を賠償する責めに任ずる」(第3条)欠陥を要件にしています。
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Qいじめられた経験のある人は、いじめないって本当だと思いますか?

現在、朝日新聞の1面で「いじめられている君へ」という記事が連載されています。
今日は、タレントのソニンちゃんの投稿だったのですが、その中に、いじめられた経験のある人は、辛さがわかるから、いじめをしないと言う内容のことが書かれていました。
私はこれを読んで、何やらしっくりこないものを感じました。

私は現役の高校生なのですが、今の現実の恐ろしいところは、昨日までいじめる側だったものが、次の日にはいじめられる側になり、昨日までいじめられていた側のものが、いじめる側になるところだと思います。
本意ではないが、自分がいじめられないために、いじめる側に加担している場合が少なくないように思います。

みなさんの周りでは、いじめられた経験のある人は、その後いじめをするようなことはありませんか?

Aベストアンサー

ソニンさんの記事は読んでいませんが、回答させてください。

私も、良くいじめられました。
小学校の時に。
おとなしかったんですよね、何も言い返せなかった。

今じゃいじめられていたってカミングアウトすると
誰も信じてくれないようなキャラクターになっていますが。。。

私は、いじめる側に回ったことは無いと思います。
それは、いじめられた経験があるからだと私は思っています。

でも、いじめられていた全員がいじめる側には回らないとはやはり言い切れないと思います。

というのは、その場の状況で、いじめる方の仲間に加わらないと自分がいじめられるのではという恐怖がいじめられたことのないの人より大きいからです。
だから加わってしまう。そういう人は多いんじゃないかなぁ。

私もそうなんですが、
いじめられた経験がある人って、ある種のトラウマになり、
ちょっとした人の顔つきとか状況とかが変化すると
「いじめられるのでは」という恐怖が多かれ少なかれいつも付きまとっている気がします。

私の意見としては、
・いじめられた人は、自分から率先していじめたいとは思わない(はず)。
・でも自分がいじめられた恐怖がトラウマとして残っているので、
自己防衛として加わってしまう人は多いかもしれない。

といった感じです。
まぁ、コレはあくまでも私の考えなので、よろしくおねがいします。

ソニンさんの記事は読んでいませんが、回答させてください。

私も、良くいじめられました。
小学校の時に。
おとなしかったんですよね、何も言い返せなかった。

今じゃいじめられていたってカミングアウトすると
誰も信じてくれないようなキャラクターになっていますが。。。

私は、いじめる側に回ったことは無いと思います。
それは、いじめられた経験があるからだと私は思っています。

でも、いじめられていた全員がいじめる側には回らないとはやはり言い切れないと思います。

というのは、...続きを読む


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