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私は先日まで仕事で滞在していたドイツでは「食事・言葉・気候・気質」にあまり馴染めずに多くのストレスを抱えていました。
夏目漱石も欧州滞在時にはストレスを抱えてノイローゼになったと聞きます。
ここでお聞きします。漱石のストレスの原因は何だったのでしょうか?

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A 回答 (4件)

1.留学命令を必要以上に重大に受け止めた事


2.厳しい人種差別
3.お金の不足
4.夫人の気配りの無さ、でしょうね

1.は国から選ばれたからには学業が成るまで死ぬまで帰らじと言う明治人の気負いがあったのでしょう、少ない学費では大学にも入れず必死に独学したのでノイローゼになったのです

2.は100年前の世界のロンドンですから東洋人は極端に蔑視されたのです、手記にもそうあります、日英同盟は一般人レベルではカンケー無しで漱石は有色人種として十派一絡げで扱われました

3.当時の官吏(漱石も)は対ロシア戦争に備えて給料の1割を天引きされ留守宅からの援助は無理でした、それに南ア戦争後の物価高騰、自分で買う書籍の購入費などで最低の暮らしに耐えなければなりませんでした

4.おそらくこれが最大の理由でしょうか、足りない学費で外国で苦労する夫を思い遣る同情心が漱石夫人に乏しくホームシックの漱石が一日千秋の思いで待つ手紙はめったに出しませんでした
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この回答へのお礼

ありがとうございました。
私は上記の4つには当てはまりませんでした。
漱石さんよりも恵まれていたようです。

しかし、1の「少ない学費では大学にも入れず必死に独学したので」とありますが、国から選ばれたのに大学にも入れなかったとはとても可哀想ですね。

独学といってもどういった分野の勉強をされていたのでしょうか?

ぜひお教え願います。

お礼日時:2007/07/20 02:07

No.3です



漱石のロンドンで使える留学費はたったの月間125円で大学の月謝は到底払えませんでした、夫人の父も株に失敗して貧乏で漱石の妻子の世話をするどころではありませんでした

大学を諦めて漱石は文学論と言う著作に取り掛かりましたが個人教師の月謝を払いたくさんの本を買うので食べるにも事欠く有様でした

悲劇的な事に日本に帰って大学で講義した文学論は難し過ぎて学生には理解されませんでした

当時の官費留学は東大教授になる箔付けの為で形式的なものでした、適当にヨーロッパを楽しんで来た人達も多かったのです、それに他の人達は当時高等教育を受けた階級の人達なので金持ちでした

ロンドンでの経験は生真面目な漱石が陥った悲劇でした
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この回答へのお礼

ありがとうございました。

漱石さん、とても可哀そうですね。漱石さんに対して同情してしまいます。
これからは漱石さんの著作を心して読みたいと思います。

お礼日時:2007/07/23 05:14

森鴎外は、ドイツにハマってたように見受けられます。


夏目漱石は、病弱なこともあって、腺が細そうです。
東京の水以外は、合わなかったのでは?
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 「青空文庫」の夏目漱石の欄に「私の個人主義」という講演口述が


あります。この中で、ロンドン事情を述べていますので、参考にして
は、どうでしょう。

参考URL:http://www.aozora.gr.jp/cards/000148/card772.html
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こんにちは
#1、#2の方が回答されているように、漱石の書簡なら殆ど現代口語と変わりなく、
岩波文庫で「漱石書簡集」「漱石・子規往復書簡集」と出ているはずですが
子規との往復書簡などはリズム感、諧謔など二人の人柄も親しく感じられて、楽しく読めると思います。

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また、夏目漱石賞ではないのですが、夏目漱石にゆかりがあるものとしては
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というものを、松山市が公募しています。

http://www.city.matsuyama.ehime.jp/shisei/machizukuri/kotoba/bocchan.html

Q吾輩は猫である夏目漱石著の「吾輩は猫である」は、どのような風刺が込めらているのですか?悩んでいます

吾輩は猫である
夏目漱石著の「吾輩は猫である」は、どのような風刺が込めらているのですか?悩んでいます…教えてください!

Aベストアンサー

動物が登場する小説は数多くありますが、『吾輩は猫である』はそうした動物ものとは明らかに一線を画しています。

ペットとして猫を飼っている家族を想像してみてください。同じ空間にいたとしても、人間とペットとでは住んでいる世界に大きな差があります。人間は人間の倫理で、猫は猫の本能で動いているわけです。

人間からすると、猫は気ままにうろちょろしている存在です。学校に行ったり、会社に行ったりしませんよね。そこに愛情は通うにせよ、同じ倫理観を持って行動してはいません。

一方、猫側からするとどうでしょうか。実際の猫の気持ちは分からないので物語で考えてみますが、物語の多くは人間社会とは違う、動物には動物の社会があるものとして描かれます。

それが人間社会の縮図として描かれるにせよ、「人間の世界」と「動物の世界」はほとんど交わらず、それぞれが別の層のものとして存在しています。

本来「人間の世界」に生きる者は「動物の世界」のことは考えないですし、また同じように「動物の世界」に生きる者は「人間の世界」のことは考えません。

では、『吾輩は猫である』がどういう世界かというと、本来は「動物の世界」に生きているはずの猫が、「人間の世界」のことを語るという歪みがあるわけですね。

〈吾輩〉が想いを寄せるメス猫の三毛子や乱暴者の車屋の黒という猫についてなど、「動物の世界」の話もあるにはあるんですが、ほとんどが「人間の世界」について語られています。

〈吾輩〉というのは、「ぼく」「わたし」などと同じ1人称なんですが、「動物の世界」の話が語られない以上、実は役割としては3人称の視点とほとんど同じなんです。

カメラを想像してみてください。部屋の中で話している人々がいて、それに近づいていくと映像と音声が撮れます。別の部屋に行くと、今度はその部屋で話している人々の映像と音声が撮れるわけです。

〈吾輩〉というのは、ほとんどこのカメラと同じ役割を果たしています。こうした映像と音声に加えて、〈吾輩〉は驚くべきことに、苦沙弥先生の心理描写までをも始めます。

「迷亭が帰ってから、そこそこに晩飯を済まして、又書斎へ引き揚げた主人は再び拱手して下の様に考え始めた」(389ページ)から「以上は主人が当夜煢々たる孤燈の下で沈思熟虜した時の心的作用を有のままに描き出したものである」(391ページ)まで、わりと長い間、苦沙弥先生の心理描写がされるんですね。

一応、「吾輩はこれで読心術を心得ている。いつ心得たなんて、そんな余計な事は聞かんでもいい。ともかくも心得ている」(392ページ)と強引な説明はされるんですが、これはもう猫から見た風景などという領域をはるかに超えていて、明らかに役割としては3人称の視点と同じです。

『吾輩は猫である』の前半はわりと〈吾輩〉の存在感は濃厚で、例の人間とはおろかな生き物だなあという感じが伝わってくるんですが、後半、人間たちの会話が軽妙に進んでいくに従って、〈吾輩〉の存在感というのはどんどんなくなっていき、ほとんど普通の3人称の小説と変わらないタッチになります。

そうした要素を、風刺のための猫の役割の終わりととるか、夏目漱石の文章スタイルの確立ととるか、色々考えていけそうではありますが、いずれにせよはっきり言えることがあります。

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ストーリーというほどのストーリーはなく、また、文体としても完成しきってはいない小説です。正直、読みづらさもあります。ですが、これほど人間社会を滑稽味あふれる風刺で描いた小説が他にあったでしょうか。ぜひ一度は読んでみてください。

http://ameblo.jp/classical-literature/entry-11260116465.html

動物が登場する小説は数多くありますが、『吾輩は猫である』はそうした動物ものとは明らかに一線を画しています。

ペットとして猫を飼っている家族を想像してみてください。同じ空間にいたとしても、人間とペットとでは住んでいる世界に大きな差があります。人間は人間の倫理で、猫は猫の本能で動いているわけです。

人間からすると、猫は気ままにうろちょろしている存在です。学校に行ったり、会社に行ったりしませんよね。そこに愛情は通うにせよ、同じ倫理観を持って行動してはいません。

一方、猫側からす...続きを読む

Q漱石のロンドン日記?

夏目漱石が イギリス国王の訃報に際して ロンドン市民が 大泣きしている様子を 書いた文章を 見たことがあり もう一度読んで見たいと思います。

しかしその文章が、何と言うタイトルなのか分からず また 全集を全部読むことも出来ず 苦慮しております。

もし、その文章のタイトルを ご存知の方が いらっしゃいましたら ぜひ 教えてください。

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

「ロンドン市民が 大泣きしている様子」の場面記述は存じませんが、
夏目漱石の生涯で「イギリス国王の訃報に際して」となりますと、
御質問タイトル「漱石のロンドン日記?」と留学中の事なら「ヴィクトリア女王」、
御質問文中の「イギリス国王」=「男性」の御主旨で留学中以外なら「エドワード七世」、
何れか曖昧な可能性も含むかもと(勝手に)想定して、少し調べてみましたので、
「ヴィクトリア女王」除外が明らかな場合、以下は笑ってスルーして下さいm(_"_)m

留学中(1900<明治33>年10月28日ロンドン着~1902<明治35>年12月5日ロンドン発)の
「ヴィクトリア女王」崩御(1901年1月22日)に関連する日記と書簡の記述を
以下に抽出してみましたが、残念ながら「ロンドン市民が 大泣きしている様子」の
場面記述は登場せず、どちらかと言えばドタバタした様子も伺えます。

〇『漱石全集.第十五卷 日記及斷片/夏目漱石著/漱石全集刊行會/昭和11.7』
「日記(明治三十四年一月一日より十一月十三日まで)」
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1883350/28
<28/484>(38・39頁)
・一月二十一日 月/女皇危篤ノ由ニテ衆庶皆眉ヲヒソム
・一月二十二日 火/The Queen is sinking.
 Craig 氏ニ行ク、 ほとゝぎす届く子規尚生きてあり
・一月二十三日 水/昨夜六時半女皇死去ス at Osborne. Flags are hoisted at half-mast.
All the town is in mourning. I, a foreign subject, also wear a black-necktie to
show my respectful sympathy. "The new century has opened rather inauspiciously,"
said the shopman of whom I bought a pair of black gloves this morning.
・一月二十四日 木/Edward VII 卽位ノ Proclamation アリ、妻ヨリ無事ノ書狀來ル、
 終日散歩セヌト腹工合ガ惡イ散歩スレバ二圓位ノ金ハ必ズ使ツテ歸ル此デ困ルナー
…(中略)…
・一月二十六日 土
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1883350/29
<29/484>(40・41頁)
/女皇ノ遺骸市内ヲ通過ス
…(中略)…
・一月二十八日 月/昨日ハ女皇死去後第一ノ日曜ニテ諸院皆 Handle ノ Dead March ヲ奏シ
 muffled tolls of Bells ヲ響カス此夜モ鐘聲頻ナリ
…(中略)…
・二月二日 土/Queen ノ葬儀ヲ見ントテ朝九時 Mr.Brett ト共ニ出ヅ
 Oval ヨリ地下電氣ニテ Bank ニ至リ夫ヨリ Twopence Tube ニ乘リ換フ Marble Arch ニテ
 降レバ甚ダ人ゴミアラン故 next station ニテ下ラント宿ノ主人云フ其言ノ如クシテ
 Hyde Park ニ入ルサスガノ大公園モ人間ニテ波ヲ打チツヽアリ園内ノ樹木皆人ノ實ヲ結ブ
 漸クシテ通路ニ至ル
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1883350/30
<30/484>(42頁)
ニ到底見ルベカラズ宿ノ主人余ヲ肩車ニ乘セテ呉レタリ漸クシテ行列ノ胸以上ヲ見ル、
 柩ハ白ニ赤ヲ以テ掩ハレタリ King German Emperor 等随フ
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1883350/31
<31/484>(45頁)
・二月十四日 木/今日ハ Edward VII ガ始メテ國會ヲ開ク開院式デ大騒ギダ
 此間ノ Victoria ノ葬式デ閉口シタカラ行カナイ、…

〇『漱石全集.第十六卷 書簡集/夏目漱石著/漱石全集刊行會/昭和11.12』
「明治三十四年」
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1883362/77
<77/444>(137頁)
・一〇一/二月九日 土/
…(中略)…
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1883362/78
<78/444>(139頁3~4行目)
…(中略)…
 …夫から倫孰の方はいやな處もあるが社會が大きい女皇が死ねば葬式が倫孰を通る
王が卽位すれば「プロクラメーシヨン」が倫孰である…
…(中略)…
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1883362/81
<81/444>(144頁7~10行目)
 先達ての女皇の葬式は見た「ハイドパーク」と云ふ處で見たが人浪を打つて到底行列に
 接する事が出來ない其公園の樹木に猿の様に上つてた奴が枝が折れて落る然も鐵柵で尻を
 突く警護の騎兵の馬で蹴られる大變な雜沓だ僕は仕方がないから下宿屋の御爺の肩車で
 見た西洋人の肩車は是が始ての終りだらうと思ふ行列は只金モールから手足を出した
 連中が續がつて通つた許りさ
…(中略)…
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1883362/82
<82/444>(147頁)
・一〇三/二月二十三日 土/
…(中略)…
〔はがき 四月二十日發行『ホトトギス』より〕
女皇の葬式は「ハイド」公園にて見物致候。立派なものに候。
    白金の黄金に柩寒からず
屋根の上などに見物人が澤山居候。妙ですな。
    凩の下にゐろとも吹かぬなり
棺の來る時は流石に靜粛なり。
    凩や吹き靜まつて喪の車
熊の皮の帽を載くは何といふ兵隊や。
    熊の皮の頭巾ゆゝしき警護かな
もう英國も厭になり候。
    吾妹子を夢みる春の夜となりぬ
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1883362/83
<83/444>(148頁)
當地の芝居は中々立派に候。
    滿堂の閣浮檀金や宵の春
或詩人の作を讀で非常に嬉しかりし時。
    見付たる菫の花や夕明り

なお(前掲)『漱石全集.第十五卷 日記及斷片』では、
「日記(明治四十二年九月一日より十月十七日まで)」の次は
「日記(明治四十三年六月六日より七月三十一日まで)」、
「斷片(明治四十二年一月頃より六七月頃まで)」の次は
「斷片(明治四十三年夏胃腸病院入院中頃)」の構成で
何れも「エドワード七世」崩御(1910<明治43>年5月6日)頃の分の記述は無いようです。

一方(前掲)『漱石全集.第十六卷 書簡集』「明治四十三年」では、
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1883362/401
<401/444>(784・785頁)
・九七六/五月二十二日 日/…
 …昨二十日は英國先帝の遙拜式有之大分盛大の模様、
 白馬會と太平洋畫會と同時に開會賑やか候。…
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1883362/403
<403/444>(788・789頁)
・九八三/六月四日 土/…
 …○此間の英國皇帝の遙拜式の記事(築地會堂の)は讀んで面白かつた。
  且書き方がうまいと思つた。…

などと、「エドワード七世」崩御関連はあるものの、
我が国での遙拜式とその記事に言及する程度。

 以上 仮に「ヴィクトリア女王」の可能性を含むとしましても、
前記抽出文では全くピンとこられず御記憶と符号しない場合と、
また「エドワード七世」限定の場合でも上記から、
「日記」「書簡」類などは除外できると言えそうですね^^

「ロンドン市民が 大泣きしている様子」の場面記述は存じませんが、
夏目漱石の生涯で「イギリス国王の訃報に際して」となりますと、
御質問タイトル「漱石のロンドン日記?」と留学中の事なら「ヴィクトリア女王」、
御質問文中の「イギリス国王」=「男性」の御主旨で留学中以外なら「エドワード七世」、
何れか曖昧な可能性も含むかもと(勝手に)想定して、少し調べてみましたので、
「ヴィクトリア女王」除外が明らかな場合、以下は笑ってスルーして下さいm(_"_)m

留学中(1900<明治33>年10月28日ロンドン着~...続きを読む


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