私は先日まで仕事で滞在していたドイツでは「食事・言葉・気候・気質」にあまり馴染めずに多くのストレスを抱えていました。
夏目漱石も欧州滞在時にはストレスを抱えてノイローゼになったと聞きます。
ここでお聞きします。漱石のストレスの原因は何だったのでしょうか?

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A 回答 (4件)

1.留学命令を必要以上に重大に受け止めた事


2.厳しい人種差別
3.お金の不足
4.夫人の気配りの無さ、でしょうね

1.は国から選ばれたからには学業が成るまで死ぬまで帰らじと言う明治人の気負いがあったのでしょう、少ない学費では大学にも入れず必死に独学したのでノイローゼになったのです

2.は100年前の世界のロンドンですから東洋人は極端に蔑視されたのです、手記にもそうあります、日英同盟は一般人レベルではカンケー無しで漱石は有色人種として十派一絡げで扱われました

3.当時の官吏(漱石も)は対ロシア戦争に備えて給料の1割を天引きされ留守宅からの援助は無理でした、それに南ア戦争後の物価高騰、自分で買う書籍の購入費などで最低の暮らしに耐えなければなりませんでした

4.おそらくこれが最大の理由でしょうか、足りない学費で外国で苦労する夫を思い遣る同情心が漱石夫人に乏しくホームシックの漱石が一日千秋の思いで待つ手紙はめったに出しませんでした
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この回答へのお礼

ありがとうございました。
私は上記の4つには当てはまりませんでした。
漱石さんよりも恵まれていたようです。

しかし、1の「少ない学費では大学にも入れず必死に独学したので」とありますが、国から選ばれたのに大学にも入れなかったとはとても可哀想ですね。

独学といってもどういった分野の勉強をされていたのでしょうか?

ぜひお教え願います。

お礼日時:2007/07/20 02:07

No.3です



漱石のロンドンで使える留学費はたったの月間125円で大学の月謝は到底払えませんでした、夫人の父も株に失敗して貧乏で漱石の妻子の世話をするどころではありませんでした

大学を諦めて漱石は文学論と言う著作に取り掛かりましたが個人教師の月謝を払いたくさんの本を買うので食べるにも事欠く有様でした

悲劇的な事に日本に帰って大学で講義した文学論は難し過ぎて学生には理解されませんでした

当時の官費留学は東大教授になる箔付けの為で形式的なものでした、適当にヨーロッパを楽しんで来た人達も多かったのです、それに他の人達は当時高等教育を受けた階級の人達なので金持ちでした

ロンドンでの経験は生真面目な漱石が陥った悲劇でした
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この回答へのお礼

ありがとうございました。

漱石さん、とても可哀そうですね。漱石さんに対して同情してしまいます。
これからは漱石さんの著作を心して読みたいと思います。

お礼日時:2007/07/23 05:14

森鴎外は、ドイツにハマってたように見受けられます。


夏目漱石は、病弱なこともあって、腺が細そうです。
東京の水以外は、合わなかったのでは?
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 「青空文庫」の夏目漱石の欄に「私の個人主義」という講演口述が


あります。この中で、ロンドン事情を述べていますので、参考にして
は、どうでしょう。

参考URL:http://www.aozora.gr.jp/cards/000148/card772.html
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Q夏目漱石の比喩について

夏目漱石が作品の中で、縫い進む針が闇の中で時折ひらめく、みたいな比喩を使っていた記憶があるものの、出典がわかりません。
後期三部作のどれかだったような気がするのですが……。
お心あたりのある方、ぜひご教示ください。

Aベストアンサー

前期三部作『それから』五 の真ん中より少し前
「ただ独り夜を縫うミシンの針だけが刻み足に頭の中を断えず通っていた事を自覚していた」

違っていたら、探し方をお教えします。
 「検索」で 「それから 靑空文庫」を開く、左上のメニュー「編集(E)」→「このページの検索」をクリック。すると「検索」マドが開きます。そこに「針」を入力し、次へ(前へ)をクリックします。場合によって「オプション」指定。「それから」以外のばあいは別の作品名を入れて検索してください。

Q漱石全集と夏目漱石全集

「漱石全集」が岩波から、「夏目漱石全集」がちくまから出版されていますが、どう違うのでしょうか?
文庫本で小説は全部楽しく拝読いたしました。
興味が出てきて、漱石日記、私の個人主義を(これも文庫本)読んでいます。
今は、夏目漱石の価値観や思想観などちょっとしたことでも、もっともっと知りたい気持ちでいっぱいです。

Aベストアンサー

 こんばんは。

 仰る「ちくま」が、ちくま文庫版と仮定して回答します。

岩波:正字。旧かな。文字通りの「全集」。

ちくま:新字。新かな。難しい漢字などはひらがなにしてある。文学と評論のみ。

 『漱石日記』は岩波文庫版でしょうか。これは、新字、新かな、難しい漢字はひらがなに直してありますね。
 『私の個人主義』は、講談社文庫版かな。

 漱石の時代の雰囲気を知り、あわせて全部を見たいのであれば、#1さんの仰る通り、やはり岩波の『漱石全集』でしょう。いちばん新しいもの(第1巻が1993年)か、ひとつ前のもの(第1巻が1984年)がいいと思います。

 それからですね、
 集英社『漱石文学全集』の別巻『漱石研究年表』は、漱石の行動を、一日単位で年表にしたすごい本です。
 また、
 ほるぷ『初版本漱石文学館』は、初版本を、装丁まで忠実に復元したものです。
 また、漱石の小説は、ほとんど朝日新聞に掲載されたんですが、当時の新聞を、挿絵ごと、そのまま写真版で復元したものもあります。ゆまに書房『漱石新聞小説復刻全集』です。

 漱石のひととなりを知るには、『書簡』がお勧めです。漱石は書簡の名手で、素晴らしい手紙を数多く残しています。岩波文庫の、抜粋の『漱石書簡集』から入ってみてもいいかもしれません。

 漱石の全集は、たくさん出ていて、その歴史は、日本の全集の歴史を象徴してるといわれているんです。これを書くのに、青英舎『漱石全集物語』を参考にしましたが、そんな本が出るほどなんです。

 復刻版は、かなり大きな図書館でないとないかもしれません。最初は、岩波版『漱石全集』か、岩波文庫の漱石作品がいいと思います。

 ご参考になれば。

 こんばんは。

 仰る「ちくま」が、ちくま文庫版と仮定して回答します。

岩波:正字。旧かな。文字通りの「全集」。

ちくま:新字。新かな。難しい漢字などはひらがなにしてある。文学と評論のみ。

 『漱石日記』は岩波文庫版でしょうか。これは、新字、新かな、難しい漢字はひらがなに直してありますね。
 『私の個人主義』は、講談社文庫版かな。

 漱石の時代の雰囲気を知り、あわせて全部を見たいのであれば、#1さんの仰る通り、やはり岩波の『漱石全集』でしょう。いちばん新しいもの...続きを読む

Q夏目漱石「こころ」

高校生です。
今、現代文の授業で夏目漱石の「こころ」をやっているのですが、今までの授業などをふまえて、個人レポートを書かなくてはいけません。
テーマは自由なので、私は「人間の罪」、「明治と平成」などを重点的にやりたいと思っています。
そのテーマの中で夏目漱石の考えや、自分の考えを入れなくてはいけないのですが、どのような構成で書けばよいかわかりません。
夏目漱石についての文献などをたくさん読んでみて、漱石の人生と似たような性格が、登場人物にもあらわれている事などを取り入れられれば、と思っています。
時間はまだたっぷりあるのでよいレポートを書きたいと思っています。
どうすればよいでしょうか??

Aベストアンサー

文学部3年、日本文学専攻の者です。私も高校生の時にレポートではありませんが、「こころ」について読書感想文を書かされました。

>夏目漱石についての文献などをたくさん読んでみて、漱石の人生と似たような性格が、登場人物にもあらわれている事などを取り入れられれば、と思っています。

そこまで考えられている時点で、すでにあなたはあなたなりにステキなレポートが書ける、と私は感じましたよ。
あとはレポートの書き方を研究すれば、完璧なのではないでしょうか?

私の大学では、木下是雄「レポートの組み立て方」という小さな文庫本を、どの授業の教授にもレポートをかく時期になると大抵勧められました。
http://www.amazon.co.jp/%E3%83%AC%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%88%E3%81%AE%E7%B5%84%E3%81%BF%E7%AB%8B%E3%81%A6%E6%96%B9-%E3%81%A1%E3%81%8F%E3%81%BE%E5%AD%A6%E8%8A%B8%E6%96%87%E5%BA%AB-%E6%9C%A8%E4%B8%8B-%E6%98%AF%E9%9B%84/dp/4480081216/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=books&qid=1234592093&sr=8-1

実際読んでみましたが、構成を考える上では、私は大変役に立ちました。
図書館で借りるなり、安いので一冊買ってみるなりすることをおすすめします。おそらく、一生を通じて役に立つ本だと思いますよ。

少しでも参考になれば幸いです。

文学部3年、日本文学専攻の者です。私も高校生の時にレポートではありませんが、「こころ」について読書感想文を書かされました。

>夏目漱石についての文献などをたくさん読んでみて、漱石の人生と似たような性格が、登場人物にもあらわれている事などを取り入れられれば、と思っています。

そこまで考えられている時点で、すでにあなたはあなたなりにステキなレポートが書ける、と私は感じましたよ。
あとはレポートの書き方を研究すれば、完璧なのではないでしょうか?

私の大学では、木下是雄「レ...続きを読む

Q夏目漱石「こころ」で「先生」が自殺する原因は?

夏目漱石「こころ」で「先生」が自殺する原因は?
昔、「こころ」をドキドキしながら読んだ記憶があります。
あんなに小説に引き込まれたのは初めてですが、結論に納得出来ないものを感じます。
結局、「先生」は友人を裏切った良心の呵責に耐えかねて自殺しただけなんでしょうか?
将来に対する明るいメッセージはないのでしょうか?

Aベストアンサー

思うに、高校の教科書のいずれもが、「先生と遺書」中の先生がKを出し抜いてお嬢さんと婚約し、その後Kが自殺するという箇所を採用してきたがために、多くの読者も、

>結局、「先生」は友人を裏切った良心の呵責に耐えかねて自殺しただけなんでしょうか?

という疑問に囚われざるを得なくなるのではないでしょうか。
そして、いつまでたっても、どこか「結論に納得出来ないものを感じます」という違和感を持ち続けざるを得ないのではないでしょうか。

でも、虚心坦懐に「こころ」全体を読んでみれば、この小説には、質問者さんがおっしゃるように、まさに「将来に対する明るいメッセージ」に満ちていることが浮き彫りになってくるはず、と私には思われてなりません。

思うに、この小説の最大の謎は、先生が、妻にも明かせない、自分の最重要な内奥の秘密を綴った《遺書》を、ほかでもなく、田舎出の、世間知らずで、勝手に先生に魅了され、勝手に先生宅に押しかけ、勝手に先生を師と仰ぐ、やや青臭さく、思慮の浅い、しかし理想家肌の一青年に託そうとしたのはなぜか?という点にあるのではないでしょうか。

で、その前に「「先生」が自殺する原因は?」となると、先生がKを出し抜く形でお嬢さんと婚約したことは、大正以降の日本人の常識的な倫理規範に照らして、特に恥ずべき行為ではないにせよ、「明治の精神」(封建道徳)に照らす限り、許すべからざる行為であったが故に、乃木将軍が明治天皇に殉死したことに触発され、「明治の精神」に殉ずる形で自殺することを選んだと解しうるのではないでしょうか。

ただし、漱石自身となると、「明治の精神」を単純に賛美していたわけでも、時代遅れの旧道徳と蔑んでいたわけでもないことは、「現代日本の開化」からして明らかでしょうね。
「明治の精神」には、封建道徳だけではなく、文明開化と同時に流入してきた個人主義思想も含まれていたはずですが、かつて信頼していた叔父によって父親の遺産を横領され、その後自分を信頼してくれていたKを裏切るという経験をした先生としては、西洋近代思想である個人主義をとても手放しでは容認できなかったはずです。
となると、この自らのエゴイズムを罰するには、やはり「明治の精神」に殉じるという方法しかなかったのではないでしょうか。

その上で、先生が自殺に至るまでの生き様や経緯を告白した遺書を、主人公の「私」に宛てた動機や理由を考えてみますと、主人公がまだ思慮が浅くとも、理想家肌の青年であることからして、先生はこの青年に、自分の精神上の息子として、自分に代わって新しい時代を生きてくれることを期待したのではないでしょうか。
その意味では、先生の遺書には、大正という新時代を生きる青年の指針、成長の糧となって欲しい、という先生の切なる祈念が込められていると言えるのではないでしょうか。

また、「こころ」という小説を、より主人公中心の視点、観点から眺めてみると、主人公が来るべき新時代を自立(自律)して生きていくための、一種の父親殺し(旧思想切り捨て)に通じるモチーフが潜在していると評することもできるかもしれませんね。
さらには、同じような意味で、「こころ」は「三四郎」と同様、主人公の人間的成長過程をテーマにした、一種のBildungsroman(教養小説)に通底する基本性格を持っていると評することもできます。

もし、「こころ」に以上のような解釈の可能性が内在しているとすれば、やはり、漱石の「将来に対する明るいメッセージ」が潜んでいると解してもあながち間違いではないと思います。

思うに、高校の教科書のいずれもが、「先生と遺書」中の先生がKを出し抜いてお嬢さんと婚約し、その後Kが自殺するという箇所を採用してきたがために、多くの読者も、

>結局、「先生」は友人を裏切った良心の呵責に耐えかねて自殺しただけなんでしょうか?

という疑問に囚われざるを得なくなるのではないでしょうか。
そして、いつまでたっても、どこか「結論に納得出来ないものを感じます」という違和感を持ち続けざるを得ないのではないでしょうか。

でも、虚心坦懐に「こころ」全体を読んでみれば、この小説...続きを読む

Q夏目漱石を読むなら・・・

夏目漱石を読んで文章能力を上げたいのですが、
文章表現が上がりそうな夏目漱石の小説は何でしょうか?

Aベストアンサー

物語構成としては「それから」「坊ちゃん」
修辞学的には「草枕」「それから」
文章練習には「文鳥」

まったくの個人意見です。

Q夏目漱石・芥川龍之介・安部公房、そして現代

 最近、自分が読んでいる作家(夏目漱石・芥川龍之介・安部公房)の文章力(表現力)についての質問です(三問)。

1・夏目漱石の文章は芥川龍之介の文章と比較すると、軽い文体(今でいう村上春樹の文体)な気がします。
 何故、夏目漱石の文章は良い評価を得ているのでしょうか?(夏目漱石の文章の魅力とは?)

2・大江健三郎が、安部公房が生きていたらノーベル文学賞を受賞出来たと言った様ですが、(安部公房の文章も)芥川龍之介と比較しても、軽い気がしますが、安部公房の文壇での評価は如何なのでしょうか?

3・現代の文学は文学ではないと評する友人がいますが、実際は如何でしょうか?(文壇での評価でなく、回答者の方の意見としては)

Aベストアンサー

 私は芥川読まないし、ノーベル文学賞は信じてないし、小林秀夫も読まない人なので、あまり参考にはならないと思いますが。

3.に関して

 現代の文学は大衆文学と純文学の差がなくなりつつあるといわれています。ですからもし純文学こそが文学だ、というお考えをお持ちなら現代文学は文学ではないといえるかもしれません。

 私も現代の文学より古典を読むことが多いのですが、現代の文学も別の種類としてというか、テレビのような感覚で読みます。さーっと読めておもしろいものもありますよ。人々にゆっくり本を読む時間がなくなって、出版会も経済的にこまっている現在では文学の形もおのずと変わってくるのかもしれませんね。

Q吾輩は猫である夏目漱石著の「吾輩は猫である」は、どのような風刺が込めらているのですか?悩んでいます

吾輩は猫である
夏目漱石著の「吾輩は猫である」は、どのような風刺が込めらているのですか?悩んでいます…教えてください!

Aベストアンサー

動物が登場する小説は数多くありますが、『吾輩は猫である』はそうした動物ものとは明らかに一線を画しています。

ペットとして猫を飼っている家族を想像してみてください。同じ空間にいたとしても、人間とペットとでは住んでいる世界に大きな差があります。人間は人間の倫理で、猫は猫の本能で動いているわけです。

人間からすると、猫は気ままにうろちょろしている存在です。学校に行ったり、会社に行ったりしませんよね。そこに愛情は通うにせよ、同じ倫理観を持って行動してはいません。

一方、猫側からするとどうでしょうか。実際の猫の気持ちは分からないので物語で考えてみますが、物語の多くは人間社会とは違う、動物には動物の社会があるものとして描かれます。

それが人間社会の縮図として描かれるにせよ、「人間の世界」と「動物の世界」はほとんど交わらず、それぞれが別の層のものとして存在しています。

本来「人間の世界」に生きる者は「動物の世界」のことは考えないですし、また同じように「動物の世界」に生きる者は「人間の世界」のことは考えません。

では、『吾輩は猫である』がどういう世界かというと、本来は「動物の世界」に生きているはずの猫が、「人間の世界」のことを語るという歪みがあるわけですね。

〈吾輩〉が想いを寄せるメス猫の三毛子や乱暴者の車屋の黒という猫についてなど、「動物の世界」の話もあるにはあるんですが、ほとんどが「人間の世界」について語られています。

〈吾輩〉というのは、「ぼく」「わたし」などと同じ1人称なんですが、「動物の世界」の話が語られない以上、実は役割としては3人称の視点とほとんど同じなんです。

カメラを想像してみてください。部屋の中で話している人々がいて、それに近づいていくと映像と音声が撮れます。別の部屋に行くと、今度はその部屋で話している人々の映像と音声が撮れるわけです。

〈吾輩〉というのは、ほとんどこのカメラと同じ役割を果たしています。こうした映像と音声に加えて、〈吾輩〉は驚くべきことに、苦沙弥先生の心理描写までをも始めます。

「迷亭が帰ってから、そこそこに晩飯を済まして、又書斎へ引き揚げた主人は再び拱手して下の様に考え始めた」(389ページ)から「以上は主人が当夜煢々たる孤燈の下で沈思熟虜した時の心的作用を有のままに描き出したものである」(391ページ)まで、わりと長い間、苦沙弥先生の心理描写がされるんですね。

一応、「吾輩はこれで読心術を心得ている。いつ心得たなんて、そんな余計な事は聞かんでもいい。ともかくも心得ている」(392ページ)と強引な説明はされるんですが、これはもう猫から見た風景などという領域をはるかに超えていて、明らかに役割としては3人称の視点と同じです。

『吾輩は猫である』の前半はわりと〈吾輩〉の存在感は濃厚で、例の人間とはおろかな生き物だなあという感じが伝わってくるんですが、後半、人間たちの会話が軽妙に進んでいくに従って、〈吾輩〉の存在感というのはどんどんなくなっていき、ほとんど普通の3人称の小説と変わらないタッチになります。

そうした要素を、風刺のための猫の役割の終わりととるか、夏目漱石の文章スタイルの確立ととるか、色々考えていけそうではありますが、いずれにせよはっきり言えることがあります。

それは『吾輩は猫である』が、単なる生き物としての猫を主人公兼語り手にしたことに意味があるのではなくて、人間社会を歪んだ角度からとらえるための一つのカメラ的存在として機能させたことに意味があるということです。

ストーリーというほどのストーリーはなく、また、文体としても完成しきってはいない小説です。正直、読みづらさもあります。ですが、これほど人間社会を滑稽味あふれる風刺で描いた小説が他にあったでしょうか。ぜひ一度は読んでみてください。

http://ameblo.jp/classical-literature/entry-11260116465.html

動物が登場する小説は数多くありますが、『吾輩は猫である』はそうした動物ものとは明らかに一線を画しています。

ペットとして猫を飼っている家族を想像してみてください。同じ空間にいたとしても、人間とペットとでは住んでいる世界に大きな差があります。人間は人間の倫理で、猫は猫の本能で動いているわけです。

人間からすると、猫は気ままにうろちょろしている存在です。学校に行ったり、会社に行ったりしませんよね。そこに愛情は通うにせよ、同じ倫理観を持って行動してはいません。

一方、猫側からす...続きを読む

Q夏目漱石「こころ」の解説 

夏目漱石の「こころ」の文章の解説が載っているサイトをご存知の方、URLを教えてください!
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

http://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD24517/story.html
あらすじでよいのでしょうか?

Q★夏目漱石 草枕について★

★夏目漱石 草枕について★

最近夏目漱石の著書を読むことにはまっていて
その中のひとつ、「草枕」について
疑問がわきました。
人の世が住みにくいことをうたっていますが
なぜ主人公を”画家”に設定したのでしょうか。
例えば、作家にしたほうがもっと書きやすかったのではないでしょうか。
分かりやすい解説・意見お願いいたします。

Aベストアンサー

漱石の一愛読者です。

>なぜ主人公を”画家”に設定したのでしょうか。
>例えば、作家にしたほうがもっと書きやすかったのではないでしょうか。

小説中に小説家が登場したり、主人公が小説家(芸術家)だったりする小説が一般化したのは、もう少し後の時代になってからでして、「草枕」などはその先駆と評し得るかもしれませんね。
明治期では谷崎潤一郎の「刺青」の刺青師、大正期になると芥川龍之介の「地獄変」の絵師、「戯作三昧」の馬琴などが比較的有名な例かと思います。
昭和になると、中島敦、太宰治、三島由紀夫等がわりと好んで小説家(詩人、芸術家等)を登場させたがったと言えるかもしれません。

こうして並べてみると、いずれも素直な?ひねくれ者ばかりというのが面白いですよね。
思うに、より古い小説家たちほど、もっぱら「何を書くのか?」に興味・関心を示したがったとすれば、より新しい小説家たちほど、本当に大切なのは《何を》ではなく、「《なぜ》書くのか?」という、実に厄介な、しかしより根本的な難問と向き合わざるを得なくなったのではないでしょうか。
こうした事情については、西洋でも同じでして、フロベール以降20世紀初頭にかけ、小説家を主人公にした小説が多く輩出されるようになりました。

以上を踏まえた上で「主人公を”画家”に設定した」理由について考えてみますと、美が「人情」と「非人情」との中間にしか存し得ない以上、漱石としては、あくまでも那美さんとの間に常に適切な距離を挟み、ひたすら那美さんを眺めることに徹する視点(観察主体)を設定する必要があったはずです。

その際、対象との関係という点では、特に美人の那美さんが相手となると、「人情」(色恋)に溺れがちな「作家」よりも、職業上「非人情」に徹しやすい「画工」の方が対象をより沈着冷静に観察、凝視させやすいと考えたのではないでしょうか。

漱石の一愛読者です。

>なぜ主人公を”画家”に設定したのでしょうか。
>例えば、作家にしたほうがもっと書きやすかったのではないでしょうか。

小説中に小説家が登場したり、主人公が小説家(芸術家)だったりする小説が一般化したのは、もう少し後の時代になってからでして、「草枕」などはその先駆と評し得るかもしれませんね。
明治期では谷崎潤一郎の「刺青」の刺青師、大正期になると芥川龍之介の「地獄変」の絵師、「戯作三昧」の馬琴などが比較的有名な例かと思います。
昭和になると、中島敦、太宰治、...続きを読む

Q夏目漱石の『こころ』  先生の責任について

夏目漱石の『こころ』についてなのですが、Kが自殺した理由として、
先生がKより先にお嬢さんに告白したために、Kが自殺してしまったのでは
ないかと思います。よって先生にはKの自殺に対する責任があると思いますか?
もしくは、「私」は自分に責任があると『思い込んでいる』だけで本当は責任はないのでしょうか?

Aベストアンサー

結果がすべて、というならば責任は「ある」と思います。しかし、それにいたる「経過」を考えると、親しい身内以外は、必ずしも断罪できるものではないでしょう。

つまり、Kが自殺する以前にも「私」は重苦しい責任を感じていたわけですが、自殺した後の責任と比べると、明らかに異なる要素が入っていると思います。表現しにくいですが、前者は「卑怯」な手を使って友人を出し抜いた(あるいは裏切った)責任、後者は友人を「死」に追い込んだ責任というふうに分けることができると思います。もちろん、両者はつながっているわけですが、それはあくまで「結果」であって、Kの自殺は予想外のことだったことは見落としてはならないと思います。

「結果的に死に追い込んだ」と言えばそれまでですが、この小説のミソはそこではないように思います。やっぱり、いろいろ考えるべきところはあるんです。

Kはお嬢さんが好きでした。「私」はそれを知っていました。でも、「私」も好きでした。客観的には、ここにおいて「男の勝負」が始まったのではないか、とすれば、「私」は正々堂々と勝負しなかった、つまり闘わなかったわけですね。闘わずして、「謀略」でものにしたことになる。ところで、これは「卑怯」の二文字で片付けられるでしょうか。

ずいぶん前になりますが、私がこの小説を読んだときは、何ともいえない罪悪感で胃が痛くなりました。客観的に見ると、やっぱり卑怯なんですよね。でも、本気で人を好きになった経験のある自分としては、自分を先生に置き換えてみると、その気持ち、理解できなくもなかった。胃が痛くなったのは、読み手の私の中でも葛藤が出てきたからです。

それと、Kの態度が煮え切らぬものだったので、「私」は明らかにイライラしていました。なおさら、こんな半端な男にお嬢さんを渡したくない、という気持ちも出てきたのかもしれません。この気持ちもよくわかります。

だから、結局、客観的には、「私」の行動は「良くない」ことだったのは明らかです。「私」にもその自覚はあった。だからこそ何度もKに自分の心を打ち明けようとしましたよね。どうせ明らかになることですし。

ところがKが自殺してしまった。もう、詫びることもできません。これによって先生は生涯その苦悩を背負って生きていくことになります。私は、この先生の「生きざま」と、それを「解き明かしていく」構成がこの小説の魅力だと考えていますが、いずれにしても、この苦悩を「責任」と考えるか、「結果」と考えについては、どちらとも言いにくい、その辺もこの小説の考えさせられるところだと思います。

結果がすべて、というならば責任は「ある」と思います。しかし、それにいたる「経過」を考えると、親しい身内以外は、必ずしも断罪できるものではないでしょう。

つまり、Kが自殺する以前にも「私」は重苦しい責任を感じていたわけですが、自殺した後の責任と比べると、明らかに異なる要素が入っていると思います。表現しにくいですが、前者は「卑怯」な手を使って友人を出し抜いた(あるいは裏切った)責任、後者は友人を「死」に追い込んだ責任というふうに分けることができると思います。もちろん、両者はつ...続きを読む


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