「まったく、ふんだりけったりだよね」
と言ったら、友人が
「でも、それ意味からいったら、踏まれたり、蹴られたり、じゃないかな」
と言っていました。
なるほど、と思ったのですが、如何?

A 回答 (12件中1~10件)

チョコレートの山に押しつぶされそうになりなから、なんとか宿題やりました。

stomachmanです。

●踏んだり蹴ったりの目:「の」は何なのか。果たしてこの助詞の正体は?
・歌ったり踊ったりの大騒ぎ...という時の「の」
・寝たきりの生活....という時の「の」
・寝てばかりの生活....という時の「の」
・咳の子のなぞなぞ遊び....という時の「の」
・鯛や鮃の踊り食い....という時の「の」
・してやったりの顔....という時の「の」
・赤勝て白勝ての声援....という時の「の」
・赤かったり青かったりの電飾....という時の「の」
 なんだか微妙に違うようで似ているようで、どういう事かなあ? f(のoの)
 どうも「たり」にポイントがありそうだぞって、辞書ひいたら『接続助詞』ですって、怪しげです。「たり」は用言連用形にしか繋がらない。そしてうしろに「だ。」「で、」「する」そして「の」と繋ぐことが出来る。だから「たり」を付けると名詞になると考えるしかない。
 だから他の例と同様、名詞に「の」がくっついているだけである。
「赤の目、青の目、寝起きの目、飲んだり喰ったりの目、踏んだり蹴ったりの目」
だとすれば、「の」は単に連体修飾語を作る格助詞の「の」ということになります。
まあ、な~んとなくこれで良さそうな気がしません?
(ただし「赤勝て...」「してやったり」はかぎ括弧を補う必要がある。「『赤勝て白勝て』の声援」「『してやったり』の顔」。かぎ括弧で名詞化されたと思うしかないな。)

 ところで「絶対寝たりするな」は「寝る」が一度名詞化されて「寝たり」、これをさらに「する」で再び動詞にしていると解釈してみると、
「何が得意ですか?」
「寝たりが。」
これじゃ吉田戦車の漫画のせりふじゃないか。ぎりぎり許せない。「~たり~たり」と重ねない限りは「~たりする」としか使えないのかな。日本語ムツカシ、ワッカリマセ~ン
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この回答へのお礼

1個だけもらったチョコレートを食べながら、読ませていただきました。
だんだん大変なことになってきました。
ありがとうございます。(ここのところ大きな字で色をつけて書きたいです)
格助詞「の」のうち、今回問題になっている用法は、「~である」とか「~という」と言い換えできるものが多いように思います。
辞書的に言えば、「AのB」という形のときA・Bともに体言(それに準ずるもの)の時、AをBに結びつけ連体修飾語とするのに使う用法ですね。
でも、「よし子ちゃんの バカ!」の「の」は、両方とも名詞なのに、「の」の用法のどれにも属さないような気がするのですが。
「よし子ちゃんという バカ」でも「よし子ちゃんである バカ」でもないですよね。
「バカの よし子ちゃん」ならわかります。
でも、言いたい気持ちが違ってきてしまいます。
つまり、「よし子ちゃんの バカ」に含まれる微妙なニュアンスは、この「の」が醸し出しているんでしょうね。
そう考えると「の」ってすごいやつだなあ。
ちょっと、最初の質問とずれてきてしまいましたが、この問題もうちょっとかんがえたいですね。
コーナーを移しますので、stomachmanさん、これからもよろしくおねがいします。
では、お引っ越しです。

お礼日時:2001/02/16 15:38

tun様には冷たくあしらわれるて、なぜか快感を覚えるstomachmanです。



「ふんだりけったりの目に遭う。」が本来の用法ではありませんでしょうか。

憂き目に遭う、痛い目に遭う、ひどい目に遭う、良い目を見る。
この目ってのはさいころの目じゃないかなと思います。
予想もしなかった状況・運命(目)に否応なく直面する。ってことでしょう。

で、どんな目があるのかというと、必ずしも動詞じゃない。ひどいだの良いだの、目を形容している訳です。

「踏んだり蹴ったりの目」だって、実際、踏まれたり蹴られたりした訳じゃない。じゃ、誰が何を踏んだり蹴ったりしたのか、それに「の」はいったい何なんだ?

●自分がその目を踏んだり蹴ったりしたくなるような、そういうろくでもない目

って解釈は如何でしょうか。え?無理?....tun様おバカな回答を許して。
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この回答へのお礼

ちょっと最近、手が離せない仕事がありまして、ご無沙汰していました。
冷たくあしらうなんてとんでもない。
stomachmanさんの豊富な知識と軽妙なウイットに、どうやって応えようかといつも悩んでいるtunめでございます。(この「め」は「奴」だそうです。辞書引きました)
それなのに、もう、Stomachmanちゃんのバカ!

で、この「の」は何なんでしょう。
これからもよろしくお願いします。

お礼日時:2001/02/10 11:52

「ふんだりけったりだ」で一つの語句ですから、これは動詞ではなく名詞的に扱われています。

推測ですが、「踏んだり蹴ったりされたようだ」という言い回しが慣用化して、前半のみの省略形になったんじゃないでしょうか。
というわけで#7のtntさんの回答に一票。
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この回答へのお礼

語感説が有利かと思われたところ、大外から省略説が一気に出てきました。
心痛み説は、馬群に沈んだか。
でも、「薮をつついて蛇を出す」が省略されて「やぶ蛇」になったように、
「泥棒を見て縄をなう」が「泥縄」になったように、「まゆにつばを塗る」が「まゆつば」になったように、省略するなら4文字がいいんじゃないでしょうか。
これからは、「ふんけり」といいましょうか?
「まいったなあ。こりゃ、ふんけりだよ」……いいじゃないですか。

お礼日時:2001/01/26 13:29

そ、それを言ってしまったら...



今日の夕食は、
焼かれ魚に、さつま揚げられ、炒められ野菜、白菜の漬けられ物。お吸われ物に、炊かれたての白いご飯。
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この回答へのお礼

天皇が、手ずから夕食をおつくりになりました。
献立は、
焼かれ魚に、さつま揚げられ、炒められ野菜、白菜の漬けられ物。お吸われ物に、炊かれたての白いご飯。

お礼日時:2001/01/26 13:19

言葉は生きていますから、文法どおりでなくても、それが一般化してしまえばれっきとした言葉として通用します。


私は「踏んだり、蹴ったり」とは言いますが「踏まれたり、蹴られたり」とは言ったことはありません。これは地方によっても違うのではないでしょうか。
ちなみに私の持っている国語辞典には「踏んだり蹴ったり」しか載っていなかったです。
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この回答へのお礼

私の辞書にも「踏んだり蹴ったり」しか載っていません。
これは、地方の問題じゃなくて、個人的な問題じゃないですか。
意味はそうでも、踏まれたり蹴られたりと言う人は、すごく少ないと思いますよ。ですから、使っていると聞いたときはびっくりしました。

お礼日時:2001/01/26 13:12

ふんだりけったりされている



が、最後を省略された形 ではないでしょうか?
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この回答へのお礼

この言葉はいつごろできたんでしょう。
日常生活で、ふんだりけったりするようなケンカなんていまどきしませんね。
どうしてこんなに一方的にやられっぱなしなんでしょう。
サッカーのボールみたいですね。

お礼日時:2001/01/26 13:08

わたしもたまに「踏まれたり蹴られたり」と使います。


語調の問題説に一票入れておきます。

九分九厘については
・(九割)九分九厘が省略された
熱を計っても六度七分とかいいますし。
・あと1厘で十分(じゅうぶん)になる
というのが個人的な見解です。

「五分五分」というのもやっぱり足したら十分ですね。
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この回答へのお礼

使いますか。
すごい。
でも、やっぱり言いにくいですか?
九分九厘は、あと一厘で十分っていうのは、ありそうですね。
九里よりうまい十三里、二六時中、なんて語呂合わせがすきですもんね。昔の人は。

お礼日時:2001/01/26 13:04

ある事をしなくてはならず、


「踏んだり、蹴ったり」してみたのですが、
その過程で「踏まれてみたり、蹴られてみたり」という事があり、
何故?こんな目に会うの?
「踏んだり、蹴ったり(したのが原因)だよね」
こんなのダメ?
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この回答へのお礼

つまり、「罰当たり説」ですか。
「天にツバする」ということですか。(ちょっと違う?)
「身から出た錆」(ぜんぜん違う!)
つまり、もともとの行為がかくされているというわけですね。
質問したがためにひどい目に合ったら
「いやあ、質問しちゃったよお」
とか使えばいいんですかね。
ありがとうございました。

お礼日時:2001/01/25 14:51

#1のかたはどうしてそんなに「お怒り」口調なのかしら?


どうも質問の意図を勘違いなさっていらっしゃるように
お見受けしました。
自分が「踏んだり、蹴ったり」だったら別に痛くも痒く
もないですよね。実際は「踏まれたり、蹴られたり」
しているのにどうして「踏んだり、蹴ったり」と表現し
ているのかという疑問だと思うのですよ。
というわけで私なりの回答ですが...

踏まれたり、蹴られたりというと語感がおかしいから
踏んだり、蹴ったりと表現するのではないでしょうか。
と思っていたんですがどうも違うようですね。(^^ゞ
つまり、「~を踏んだり、~を蹴ったり」と。踏んだり
蹴ったりする事によってイヤな思いをすることをいうよ
うです。わたしも知らなかった...
では。

参考URL:http://www2.famille.ne.jp/~maps/kotoba/kotowaza/ …
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
やさしいお言葉、身にしみます。
サイト拝見しました。
いろんなサイトでいろんなことを言っている人たちがいるんですね。
ところで、
osapi124さんのご意見で、語感説にかたむいた私でしたが、またまた、心痛み説が出てきたようです。
こういう慣用句には、出典などはないのでしょうね。

お礼日時:2001/01/25 14:40

「踏まれる方」と「踏む方」が逆じゃないの?ってことですよね。



この問題って結構いろんなサイトでネタにされてますね。
でも結論が出てるサイトはないようです。まとめると2説あるようです。

「心の痛み説」では、
「踏みたくて踏んでるのではなく、踏まれるより踏む方が、
叱られるより叱る方がエネルギーがいるし、つらいのだ!」

という考え方のようです。(正しいかは知りませんが)

一方村上春樹氏の「語調説」では、

「踏んだり蹴ったり」、これは語調の問題であって、「踏まれたり、蹴られたり」
だと受け身なので、どうしても語感としてダイナミズムが不足する。
「踏んだり蹴ったり」の方が言葉に動きがあるし、リアルである。
「負けず嫌い」の場合と同じように、論理性よりも情緒性が選びとられて
いるのだ。

と言ってます。


似たような語感が変な言葉は他にもあって、

●「引っ張りだこ」ではなく、「引っ張られだこ」ではないか

●「九分九厘へいき」って言われても、10%じゃ不安

●「人一倍」では普通と変わらない

などがあるようです。

osapi124でした。
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この回答へのお礼

そうですか。いろいろなところで話題にされているんですね。
一応、このサイトでは検索してみたんですが。ありがとうございます。
「心痛み説」、すごいですね。
「愛されるより愛したい」みたいな話ですね。(ちょっと違うか)
「泣いて馬謖を切る」みたいな(いよいよ違うか)
「右のほほを打たれたら…」
とにかく、感動的な説ですね。
村上春樹氏の説が、やはり一般的なのでしょうか。
「人一倍」は、私もひっかかったことがあります。

お礼日時:2001/01/25 14:33

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