初めまして。
私は今、夏目漱石の「それから」をレポートにするため読んでいます。
しかし、困ったことにレポートを書くための何か資料になるもの
を見つけることが出来ません。テーマはタイトルにあるように
「近代化することによって抱えることになってしまった個人の孤独。
大切な相手と陥るディスコミュニケーション。つまり、相手との関係性
のなかにある唯一無二の個人である自分が、生活のために社会で暮らさざる
をえなくなったとき(個人から公人への変化したとき)に生ずる孤独や神経
衰弱。個人をとるか公人をとるか。はたまた全く別の道を探すことは可能か」
みたいなことを扱っていきたいと思っています。

 偉そうに書いてますが、まだ近代主義、近代人、近代青年、近代恋愛が
なんたるかを私はよく咀嚼できていません。
「こういうことじゃない?」「私こう思う」と手助けしてくださる方募集中です。
「それから」を読んだ方も読んでいない方も、そのテーマなら「この資料なんか
いいんでない?」というものがあったら是非教えて下さい。
 また、このテーマに興味、関心、意見があり「私の考えはこうなのよ!」
みたいなのがあれば、是非聞かせてください。全然関係ないけど「ちょっと
聞いてよ」という解答でもOKです。何卒宜しくお願いします。

A 回答 (1件)

夏目漱石の「それから」って、10年以上昔に読んだっきりで大筋の大筋程度しか記憶に無いですが、1つだけある事柄についての部分を非常によく覚えております。



「この世の人間は浅はかで愚かでロクでも無い人間がほとんどだ。これからそういう人間たちと関わっていかないといけないと思うと非常に気が重くなる。いったいなんなんだろう。そういう連中と一緒にいるとこちらまでおかしくなる。」

正確ではないですけど、こんな一節がありましたよね。どれくらい昔に書かれたものかわかりませんけど、かなり昔から人の悩みは変わっていないんだなと感じた記憶があります。

このok-webのサイトでもsenaruさんのおっしゃる、「近代人の抱える、苦悩する自己とその孤独について」という事に関して勉強したいのであれば、参考になるものはたくさんありますよ。模範解答のようなものでなく、よくわかんない質問、回答、勘違いの質問、回答なんかを見ると非常に面白いですよ。サンプルはいっぱいありますよ。

なぜそんな質問をするのか、なんでそんな回答が出てくるのか。興味深いものがたくさんありますね。
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Q日本とアメリカ、ドイツは同時期に近代化したのでは?

 皆さんの見解によると、明治維新の頃、欧米の国々は既に先進国となっていて、それに比べて日本はかなり遅れていたという認識をされている方が多いように見受けられます。
 ただ、史実を見る限り、イギリスとフランスに限っては早くに近代化が進んでいたと思いますが、ドイツとアメリカについては日本とほぼ同時期に近代化が始まっており、「だから日本は遅れていた」と得意そうに説明する理由にはならないと思いますが、どうでしょうか。日独米は同時期に以下の通り同じようなプロセスを経て近代化しており、規模の大小はあるものの、遅れている進んでいるの差はほとんどないと思います。

19世紀半ばまで
日本:多数の藩が分立した封建制国家
ドイツ:多数の領邦国家が分立した国家連合
アメリカ:西部劇の時代

1860~70年代
日本:大政奉還、戊辰戦争を経て、廃藩置県(近代国家体制の成立)
ドイツ:普墺戦争を経て、ドイツ統一(ドイツ帝国の成立)
アメリカ:南北戦争を経て、レコンストラクション(近代アメリカの成立)

19世紀終わり
日本:日清、日露戦争の勝利による領土拡大
ドイツ:普仏戦争の勝利、海外植民地の獲得
アメリカ:米西戦争、米比戦争の勝利による植民地獲得

 皆さんの見解によると、明治維新の頃、欧米の国々は既に先進国となっていて、それに比べて日本はかなり遅れていたという認識をされている方が多いように見受けられます。
 ただ、史実を見る限り、イギリスとフランスに限っては早くに近代化が進んでいたと思いますが、ドイツとアメリカについては日本とほぼ同時期に近代化が始まっており、「だから日本は遅れていた」と得意そうに説明する理由にはならないと思いますが、どうでしょうか。日独米は同時期に以下の通り同じようなプロセスを経て近代化しており、...続きを読む

Aベストアンサー

#7です。横入りをしますがお許し下さい。#10さんの、

>けれどももう一度、歴史なり現今の日本の仕組みなりを振り返ってみてください。

に関して一言。

近代化における精神的基盤のことに関してですが、江戸時代以前に日本は西洋の教えを待つことなく、かなり高度の近代化が成されております。#7にもそのうちのほんの数例を書きましたが、江戸時代における精神的な近代化に関しては、

『徳川時代の宗教』R.N.ベラー著、池田昭訳、岩波文庫

が参考になると思います。この本では、ヨーロッパの近代化に関して、マックス・ウェーバーが、プロテスタントの倹約、勤勉な精神にその本質が在り、それはキリスト教独特な精神であると言うことを論じていることに関して、異議を唱えております。そして、日本の江戸時代の精神史を分析しながら、倹約、勤勉な精神は石門心学その他の民間倫理哲学として、キリスト教を待たずに日本では十分に発達していたことを実証しております。その発達を考慮に入れなければ、明治維新以降50年も経たない内に、あっという間に日本が西洋並の技術大国に「変貌」した原因を理解することが出来ない、と言う主張です。ここでわざわざカッコ付きで「変貌」と書きましたが、その実態は、本質的な物に関しては、西洋から新しいものを教わったわけではなく、西洋に存在している概念を日本に既に存在していた概念に「翻訳」しただけであることを強調するために、カッコを付けました。

明治維新では、新しい政権が旧政権に取って代わり、自分たちの政権を正当化するための常套手段として、旧体制をボロクソに言うという、古今東西常に変わらない現象が起こっただけです。ですから、明治以降始めの百年位は、日本人の近代化が殆ど全て西洋から教わったのだと言う教育で国民がたっぷり洗脳されて居りました。

ところが、これも歴史では常に起こることですが、その歴史的事件から百年位経つと、その事件の利害関係に直接掛かり合った人達にも死に絶えて、いよいよ歴史が冷静に、実証的かつ科学的に論じられるようになるものです。そういう歴史の流れから、改めて江戸時代以前を分析し始めた人達が、近現代において多く輩出しており、日本の近代化に付いても、我々が敗戦直後に教わった見方に大分反省が迫られております。もちろん、学校の先生は当然生徒達よりも10才も20才も、あるいはもっと歳をとっておりますので、今の子供でも、敗戦直後当時の日本の古い近代化観を教わっているところも在るかもしれません。

確かに、産業革命のように物質的な出来事であるために見やすい所では明治以降に西洋の影響を多大に受けていますが、もしそのような物質的な影響だけで国民意識が変わってしまうものなら、何故非西洋諸国の中で日本だけが抜きん出てその産業革命に成功したかの理由が分からなくなってしまいます。

上でも触れましたように、日本人は外国人から教わらなくても、長い日本の歴史の中で、技術的にも精神的にも日本独自の近代化を既に成し遂げていたのです。ですから、他の非西洋諸国とは違って、日本は学習作業ではなくて、翻訳作業を通して西洋型の近代化を効率的にやり遂げることが出来たのです。

また、江戸時代以前の日本の民間における技術の発展しに関しては、柳田國男を代表とする日本民俗学の方達によって、詳しく分析されておりますので、それも図書館等で参考にしてみて下さい。

#7です。横入りをしますがお許し下さい。#10さんの、

>けれどももう一度、歴史なり現今の日本の仕組みなりを振り返ってみてください。

に関して一言。

近代化における精神的基盤のことに関してですが、江戸時代以前に日本は西洋の教えを待つことなく、かなり高度の近代化が成されております。#7にもそのうちのほんの数例を書きましたが、江戸時代における精神的な近代化に関しては、

『徳川時代の宗教』R.N.ベラー著、池田昭訳、岩波文庫

が参考になると思います。この本では、ヨーロッパ...続きを読む

Q学校でのあだ名・・是非是非ご意見をお聞かせ願いますか?

18歳の大学に通うA君・・あだなは「バカ」と呼ばれています。
生徒全員がその様に呼んでいない。
その様に呼んでいる生徒は比較的A君と話す機会が多い、気軽に話せる人が主流・・。
A君は・・たとえば・・・・。
離れた場所から「ねぇ~~!バカぁ!今日のお昼どうする?」
私が近くで見ているときや、質問などを別の子に聞いたりした場合。
「あっ!それ、さっきバカが持ってたみたいよ~~」・・とか。
A君自身は特に気にしていない様子にも見える・・。
でも・・人だから・・心のどこかでは気にしてるかもしれない。
「バカ~~!」と呼ばれる時、A君自体を知らない状況
たとえば、学校でA君のことを全然知らない先輩、後輩の前で。
催し物などの時・・外部の人が学校に来ているときなど、外部の人を特に意識せず・・つい言葉にしてしまう。
この場合・・結構大きな声で聞こえる時もある。
・・・語源を調べてみました・・・
■、「鹿をさして馬となす」
これは、秦の趙高が二世皇帝に、鹿を「馬である」と言って献じた。
群臣は趙高の権勢を恐れ、「これは馬です」と答えたが、「鹿です」と答えた者は暗殺された。
このことより、自分の権勢をよいことに矛盾したことを押し通す意味として使われているといったものだが、「鹿」を「か」と読むのは大和言葉で、漢文では「ばろく」と読む■
・・・という訳であまりよい意味でもないし、日常的にやはり「バカ」という言葉はどうもマイナスのイメージって感じです。
Aくんが「山本」という人なら「山リン」「山ちゃん」その他
・・そう呼んでる人もいます。でも「バカ」と呼ぶ人が一番多いんです!
皆さんのお考えをお聞かせ願いますか??
私は皆に・・そう呼んでいる人も含めて相談?お話しようかなぁと思ってるんですが・・。どうでしょうか?宜しくお願い致します!!

18歳の大学に通うA君・・あだなは「バカ」と呼ばれています。
生徒全員がその様に呼んでいない。
その様に呼んでいる生徒は比較的A君と話す機会が多い、気軽に話せる人が主流・・。
A君は・・たとえば・・・・。
離れた場所から「ねぇ~~!バカぁ!今日のお昼どうする?」
私が近くで見ているときや、質問などを別の子に聞いたりした場合。
「あっ!それ、さっきバカが持ってたみたいよ~~」・・とか。
A君自身は特に気にしていない様子にも見える・・。
でも・・人だから・・心のどこかでは気に...続きを読む

Aベストアンサー

 う~ん、普通だったら、嫌がるし気にしますよね。
ただ、実際の語源がどうなんだろう??
 例えば、バカボンのパパに似ている~って誰かがAくんに言ったとして、そういう語源の始まりからの短縮の場合とか、なにかの略でたまたま「バカ」になっている場合、本人は理由がわかっているんで、気にしていない事ってありますよね~。
 実際、友人で「ちかん」ってあだ名の子がいたんですが、語源が他にあったので、全然呼ばれても「は~い」って言ってます。
 さすがに電車で呼ぶのは気が引けますが・・・。
 なので、一度、誰かに確認してみては???

Q看護学校への入学 日本とアメリカ

高卒で現在20代後半で看護専門学校へ入学を検討中です。
日本で看護師になってからアメリカへ渡る場合と
アメリカへ行って看護師になって働く場合の
メリット、デメリットを教えて下さい。

日本で看護専門学校へ行けば3年で受験資格が得られ、無事
合格したとして、そこからアメリカで働く為にはアメリカにて
試験等はもちろんありますよね?その詳細について教えて下さい。

アメリカで看護師になるには、コミカレではなれませんか?
アメリカで看護師資格を得ていても、日本に戻れば
その資格は通用しませんよね?
この場合、看護学校へ入って3~4年勉強をして資格をとらないと
いけませんか?

そして今、コミカレ入学ぎりぎりのトフルです。
語学の問題も出てきます。これは、もっと勉強をがんばるつもりです。

日本に戻った時、都合がいいのは日本で資格をとって
それから、アメリカに渡るのが得策のような気がしますが
未知の世界ですので、どうかご存知の方、教えて下さい。

よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

まず、アメリカへ行って看護士になるのと、日本で看護士になってからアメリカで働くメリットでメリットですが、

目的はアメリカで看護士になるという事でよろしいのでしょうか?

それであるなら、アメリカで、看護士になるために勉強した方が専門用語も英語で覚えられるし、早いと思います。

日本で看護士になった場合、アメリカで学校に行かなくてもRNの資格の試験が受けられるようになります。

しかし、もちろん英語の専門用語を一から新しく覚え直しです。

お金の方は日本で看護士の教育を受けて、アメリカでテストを受ける方が安くつきます。アメリカで学校に行くと留学生として学校に行きますので、アメリカ市民の倍以上はお金がかかると思われていた方がいいでしょう。

まとめると

日本で資格を取るー安いが、時間がかかる。しかし、アメリカで学校に行き直さなくてもよい。

アメリカで資格を取るー高いが、早いといったところでしょうか。


ゆくゆく日本に帰国される事もお考えでしたら、日本で看護士資格を取っておくのも手です。



学校ですが、コミュニティカレッジ卒業でも、看護士の試験を受ける資格は出ます。

あと、看護士になれる学校と言えば、テクニカルスクール、メディカルスクールといったところでしょうか。

言葉の壁は思ったより厚いものです。言葉がわからなければ仕事もできませんから、アメリカにて、経験を積まれることをお勧めします。

まず、アメリカへ行って看護士になるのと、日本で看護士になってからアメリカで働くメリットでメリットですが、

目的はアメリカで看護士になるという事でよろしいのでしょうか?

それであるなら、アメリカで、看護士になるために勉強した方が専門用語も英語で覚えられるし、早いと思います。

日本で看護士になった場合、アメリカで学校に行かなくてもRNの資格の試験が受けられるようになります。

しかし、もちろん英語の専門用語を一から新しく覚え直しです。

お金の方は日本で看護士の教育を受け...続きを読む

Q個人情報の公開の是非

特に不満などがある、といった切羽詰った質問ではないので、
見解などをお聞かせいただくのも大歓迎です。

例えばこちらのサイトでも、回答者が自分の情報を開示する事は禁止項目になっていますよね。
また、大きな規模の話しになりますと、
臓器などの提供者が誰かは、被提供者には教えない事になっています。
当然、一般に情報が公開をされることもありません。

もちろん世の中に、自分に対して好意的な情報を提供してくれる人に対しても、予想外の対応をする人もいるとは思います。
また、各問題に、それぞれ予想できるトラブルがあるとも考えられます。

ただ、こういった決まりが出来るまでに、どういった経過があったのか、
歴史的背景、法的な理由、倫理的意見、などが知りたいです。

ちょっと的外れな質問の仕方かもしれませんが、
そのへんも含めて、ご回答いただければ幸いです。

Aベストアンサー

こんにちは。

個人情報が秘匿されるべき根拠や制度確立の背景は対象となる事柄によってさまざまで、奥の深い問題でしょうから、ストライクが投げられそうに無いのですが、私の守備範囲でお答えできそうな部分を書いてみます。


<<インターネットにおける匿名性について。>>

私は日ごろ主にここの「ネットワーク・セキュリティー」関連のカテゴリーで回答させていただいているのですが、インターネットにおける匿名性保護の論調が強い点については、「インターネットがアメリカ発祥である。」という部分が大きいと思っています。

また、最近は”匿名性”という権利主張ばかりが先走っていて、その弊害も出始めていると考えているのでその辺について書いてみます。

インターネットにおける、匿名性を語るとき良く引き合いに出されるのが、18世紀のアメリカで出版された「コモン・センス」という小冊子のハナシです。

この小冊子は、当時のイギリスの支配に対する批判を匿名で展開したため、弾圧を受けることなく、アメリカ独立戦争への機運を高めたと言われています。

ところで、インターネットの本格普及のベースとなったのは、アメリカの学者や研究者が善意で情報を共有する”性善説”をもとにしたネットワークですよね。

発展の過程では、当然、権力批判や急進的意見をもつグループもあったでしょうし、もともと上記のようなメンタリティーを持つ国民性ですから、インターネットでの情報発信にも匿名性が保証されるべきだという論調が強く、慣習化していったのかもしれません。

私もこの考え方には基本的に賛成です。

しかし、ちょっとカタい表現ですが、匿名性は「インターネットという共有財産を利用する者として、社会的な還元や貢献のための主張や行動を行う場合。」と「一般的なメディアとしての社会的言論の自由。」においてのみ守られるべきだというのが、私の個人的意見です。

要するに「まっとうな目的でネットを利用し、そのための義務を果たしている人」だけが匿名云々と言えるのだと思うわけです。

ただし、これはインターネットが商売とはほぼ無縁で、”性善説”が成り立っていたころのハナシだと思います。(普通、匿名じゃ商売になりませんしね。)

インターネットが一般にも普及してくるようになると、いたずらレベルでクラッキングを行ったりウィルスをばら撒く”スクリプト・キディー”が出現したり、ネット・ビジネスの普及と個人消費者の増加により、”スパム・メール”の問題が深刻化してくるなど、匿名性を悪用するケースも出てきましたよね。

「2ちゃんねる」での誹謗中傷に対する訴訟騒ぎなどの例を見ても、「匿名性」=「なんでもあり」と勘違いしている人も増えてきたように感じます。

掲示板での個人情報公開が禁止されていることが多い背景には、インターネット掲示板のシステムが個人の誹謗中傷の道具に使われる危険性が高く、管理する側としても、「利用者の保護」と「書き込み者同士のトラブルなどによる自社への責任追及などのリスク」を避けたいという考えもあると思います。(この辺のことは”利用規約”などに書かれていますね。)

もちろん、最近は少し事情が変わってきていて、明確な事件性があれば匿名性の保証はされず、公権力による身元調査や検挙が行われるようになってきました。(匿名性を過信しすぎて、とっ捕まる人も出てきましたね。)

また、何事につけても極端なアメリカでは、FBIによる個人(容疑者)の通信監視(要するに盗聴)が合法化されるなど、無法地帯となりつつあるインターネットに対する権力の介入が現実になりつつあります。(これに対抗する運動も活発ですが。)

これは歴史上人類が克服できていない課題だと思うのですが、「自由が行き過ぎると権力が介入し、やがて独裁となって、今度は独裁が行き過ぎると、革命が起きて再び自由がもどり~~」というパターンを繰り返していますね。

インターネットも、行き過ぎた自由の弊害が問題となっているのが現状だと思います。

商業化が進んだり、一般社会に定着してくると、インターネット発祥時の理想やキレイ事では片付かない部分も増えてくるのでしょう。

多くの人が、インターネットネットに対するイメージから過大評価をしがちだったり、油断による被害を受けやすく、無責任な行動をとりやすいと言う傾向もあると思います。

いくつかの仕組み的な特徴をのぞいては、現実社会で危険な行為はインターネットでも危険ですし、反対に慎重に行動すればインターネットでも飛躍的に安全性が高まります。

また、「自由=責任が不明確」という点でも、一般社会の常識が通用しない場面にも多々出会います。

最近のウィルス蔓延の責任論に関しても、古くからのネット利用者には「自分の身は自分で守るべきで、安全性の維持や二次感染などの阻止のための対策を行う義務はユーザーにある。」という考え方が多い(私も含めて)一方で、「マイクロソフトなどのメーカーに責任がある。」という意見をお持ちの方も多いでしょう。

たしかに、IT業界はまだまだ歴史が浅く未成熟ですから、企業が消費者に対する責任を果たしていない部分も多いと思います。

加えて最近問題になっている「管理不足など人為的ミスによる商業用ホームページ経由の個人情報の漏洩」の問題など、責任の所在が明確なものも出てきていると思います。(セキュリティー的な意味合いでは、ネットでは「有名企業」と言われているところのWebサイトでさえ、安易に信用すべきではありません。)

ただし、インターネット自体が上記のような”生まれ”を持った仕組みですから、「消費者vs企業」という視点で責任追及を行い改善を期待しても、究極的には「インターネットを使わない。」という選択肢以外は効果が薄いというのが現状だと思います。(結局は「自分で自分の身を守る」のが最も得策だと言うことです。)

いずれにせよ、ネットの環境が日々悪化してきていることは確かですし、匿名性があるからといって、あまりに無責任な発言や行動をする人たちは、結局自分で自分の首を閉めることになると言うことを少し考えて欲しですネ。

少し横道にそれました。


<<臓器提供者の名前が明かされないという事について>>

私は医療の専門家ではありませんが、臓器提供を受けた側からすれば「ドナーのご家族に会ってお礼が言いたい。」と思う場合が多いということは容易に想像がつきます。

一方、ドナー側の家族にとってみれば、そのときは他人への臓器提供に同意したものの、後に本人に会った場合、複雑な心理が生まれることもあるでしょう。

こうした問題を避けるためや、「全てを知ることがお互いに幸せとは限らない。」といった考え方も制度の背景にあると思います。

ちなみにアメリカでは、「お互いの同意をもとに、ドナーの家族が移植患者に会ってハナシをする。」というプログラムも始まっているようです。

このプログラムによって、「お互いの心の整理がつく。」というメリット生むケースもあるようですが、「今、目の前の移植患者の体の中にドナー(家族)の臓器が動いているという事実に戸惑いを感じる。」という感想も報告されているようです。


私のお答えできそうな内容はこんなところですね。

長文になりましたが、参考になれば幸いです。

それでは。

こんにちは。

個人情報が秘匿されるべき根拠や制度確立の背景は対象となる事柄によってさまざまで、奥の深い問題でしょうから、ストライクが投げられそうに無いのですが、私の守備範囲でお答えできそうな部分を書いてみます。


<<インターネットにおける匿名性について。>>

私は日ごろ主にここの「ネットワーク・セキュリティー」関連のカテゴリーで回答させていただいているのですが、インターネットにおける匿名性保護の論調が強い点については、「インターネットがアメリカ発祥である。」という...続きを読む

Qアメリカで看護師☆*゜

将来、アメリカで看護師として働きたい者です。
日本で看護師の資格をとってからRNの試験を受けると安いが時間がかかり、アメリカの学校を出て試験を受けると時間は日本に比べてかからないが高いと聞き迷っています。
日本の看護の専門学校とアメリカの看護の学校では年間で授業料はそれぞれいくらくらいかかるのか教えてください。
アメリカの大学を出て看護師の資格をとれた場合、日本にきたとき働くことは可能でしょうか?
アメリカで働く場合、その前に語学学校に行こうと思ってますが年間で授業料はいくらくらいでしょうか?
回答よろしくお願いします。

Aベストアンサー

看護大学の教員です(日本の)。

検索かければ、参考URLのように(ここを勧めているわけではなく、検索で上位だったというだけです。)留学の代行などをする業者のサイトがたくさんあると思うので、参考にはなると思います。どちらにせよ、アメリカで看護師をするのであれば、相当の英語力が必要になりますので、向こうのウェブサイトなどを英語で自分で確認されるとよいと思います。
州によって制度が違ったりするので、そのあたりもご確認ください。

安いが時間がかかる…の話は、日本で看護師を取っていると、試験を受ければ合格、アメリカで学校に通えば授業料がかかるから高いということですよね。アメリカの大学は卒業が簡単ではないので、場合によっては5年で卒業なんてこともありうると思いますので、なんとも言えません。

アメリカの資格では、原則日本では働けません。日本の国家試験に合格する必要があります。
授業料も学校によってかなり違うので。(安いところは入学が困難だったりします)

少し具体的に、通いたい学校とか、地域とかを定めてから情報収集する方が効率的な様に思います。

参考URL:http://www.global-study.jp/jiten/ryugaku03/05/

看護大学の教員です(日本の)。

検索かければ、参考URLのように(ここを勧めているわけではなく、検索で上位だったというだけです。)留学の代行などをする業者のサイトがたくさんあると思うので、参考にはなると思います。どちらにせよ、アメリカで看護師をするのであれば、相当の英語力が必要になりますので、向こうのウェブサイトなどを英語で自分で確認されるとよいと思います。
州によって制度が違ったりするので、そのあたりもご確認ください。

安いが時間がかかる…の話は、日本で看護師を取っていると、...続きを読む

Q歴史上いろいろありましたが アメリカ人と朝鮮人系とはどうしてこうも違うのでしょ⁇ 私は個人的にはアメ

歴史上いろいろありましたが

アメリカ人と朝鮮人系とはどうしてこうも違うのでしょ⁇

私は個人的にはアメリカ人は好きです。

やはり反日教育の問題でしょうか?一般国民レベルの事を言ってます。

朝鮮人系と中国民では中国人の方がマシです。同じ反日でも。

Aベストアンサー

>やはり反日教育の問題でしょうか?

まあそれも有りましょうが、歴史的に勝ち続けた国の人たち(=アメリカ人)と負け続けた国・地域の人たち(=朝鮮半島の人たち)と識別するとわかりやすいです。

フリードリッヒ・ニーチェという人の著作に「ルサンチマン」という概念が出てきますが、日本語では「怨恨」「被害者意識」のようなものらしく、これが個人レベルで強いといろいろと不毛な問題を起こすと言われています。

歴史上に「負け」の体験しかない半島においては、このルサンチマンが個人レベルではなく、集団的ルサンチマンになってしまったと思います。

つねに被害者を装い、一旦被害者に認定されたら、世の中は擁護しなくてはならないというねじ曲がった思想が蔓延します。

一方のアメリカは「被害者=負けた人」と考える実力主義の国ですから、こちらも無理はありますけど、半島の人々とは真逆ですね。

面白い質問ありがとうございました。

Qアメリカ大陸の文明が近代化できなかったのはなぜ?

過去の大戦や現代の国際情勢を考えると、際立つのはアメリカ合衆国の強大さですよね。
それはつまり、アメリカが領有する北米大陸が豊かで広大な土地であることも一因でしょう。

そう考えると、どうしてアメリカ大陸に元から住んでいた原住民が強大な帝国を築けなかったのか疑問です。
豊かな土地であり、鉱物資源に恵まれ、気候も極端に厳しいわけじゃない。
それなのにどうして、ヨーロッパ文明に征服されてしまったのでしょう?

確かにインカやアステカ文明があったのは分かるし、それらも優れた文明だったのでしょう。
しかし、こと軍事や科学技術に関してはちっとも近代化しませんでした。
どうして恵まれた土地にありながら、アメリカ大陸では文明が近代化しなかったのですか?

Aベストアンサー

http://1000ya.isis.ne.jp/1361.html
http://tkido.com/blog/517.html
http://d.hatena.ne.jp/nakatsu-ryohei/20141026/1414314224

自然環境が、気候、水、土壌、生物や植物、自然資源に恵まれていると、そこにヒトが集団でいても、文明は育たない。
むしろ、乾燥するので植物が育ちにくい周辺地域の方が、水利を効かせる工夫で農耕文明の初期段階を発展させる。
農耕が初期段階であっても、豊かにヒトの集団を維持出来る状態だと、それ以上には文明が育たない。
交易や略奪で集団を維持出来るのがギリギリの条件の場合は、交易や武器や組織、情報利用などの文明を、そのような生活様式を主とするヒトの集団が育てやすくなる。 また交易や略奪のための異地域・異集団との交流は疾病への多くの危険を随伴するので、そうした生活を長く続けるヒトの集団には免疫などの面でも強いヒトが多くなっていく。
逆に云えば、ある地域で持続的に限定された生活様式で生き続けているヒトの集団は、新たな感染症には非常に弱いし、複雑な情報伝達や知識伝授の文化体系、組織だった行動、各種の武器や各種技術の発展も出来ない。 こうした伝統的生活を続ける集団と、交易や戦闘、組織行動、進取の気性の強い集団とが、同じ地域でいると、前者は衰退し、後者が支配権をにぎるようになってしまう。

http://1000ya.isis.ne.jp/1361.html
http://tkido.com/blog/517.html
http://d.hatena.ne.jp/nakatsu-ryohei/20141026/1414314224

自然環境が、気候、水、土壌、生物や植物、自然資源に恵まれていると、そこにヒトが集団でいても、文明は育たない。
むしろ、乾燥するので植物が育ちにくい周辺地域の方が、水利を効かせる工夫で農耕文明の初期段階を発展させる。
農耕が初期段階であっても、豊かにヒトの集団を維持出来る状態だと、それ以上には文明が育たない。
交易や略奪で集団を維持出来るのがギリギリの条件...続きを読む

Q昨今の世界状況をどう捉えればいいのでしょうか?何か新しい時代の黎明期と考えるべきか、はたまた世紀末か

昨今の世界状況をどう捉えればいいのでしょうか?何か新しい時代の黎明期と考えるべきか、はたまた世紀末か?
私には原始時代のように思えるのですが
・・・どなたか御指南いただきたく
よろしくお願い致します。

Aベストアンサー

グローバル化の反動が来ているのだと
思います。

情報化社会に加えて、ソ連が崩壊して、東側諸国が
市場に参入して、今のグローバル化社会に
なった訳ですが、
グローバル化により異邦人と接する場面が多くなり、
民族や国家、といった自分のアイデンテテイが刺激
されているのが、現代の世界状況だと
考えています。

その具体化が、トランプさんであり、英国の
EU離脱です。



あと、指摘できるのが、歴史の報復です。

西洋は植民地政策のお陰で、豊かな生活を手に
入れました。
しかし、その後遺症に悩まされています。
難民です。

植民地時代、少数派に多数派を支配させる
間接統治や、民族、宗教を無視した国境線を
引くとかやったので、中東などの民族闘争が
治まらず、とうとう難民という形で
西洋にツケの支払いを要求しています。


しかし、グローバル化はいわば歴史の必然ともいう
べき流れですので、こうした混乱を繰り返しながらも、
グローバル化は進んで行くのだと思います。

今は、過度期なんだと思います。

Q『文明の概念が近代ヨーロッパのアメリカ・アジアへの植民地支配にどのよう

『文明の概念が近代ヨーロッパのアメリカ・アジアへの植民地支配にどのような役割を果たしたか』がわかる方回答よろしくお願いします。

Aベストアンサー

ざっくりと言えば、ヨーロッパの文明が人類として正しく先進であるという思い込みを基準にして、アメリカの先住民は裸同然で原始的な道具で狩猟をして暮らす原始的な野蛮人であるなどと決めつけ、「我々が野蛮な彼らに正しく先進な文明を伝えてやるのだ」という大義名分の元、他文明を侵略していった、ということです。アジアについても理屈は同じ。

詳しく知りたければレヴィ=ストロース『悲しき熱帯』、『野生の思考』、サイード『オリエンタリズム』を読むといいでしょう。

Q盗聴の実行犯が公人でいられるのは何故

驚いた話を知人から聞いたのですが、真意は不明です。

過去に共産党幹部の自宅の電話を盗聴した実行犯が、現在政党の
ナンバー1・2の公人となっている。こういう話でした。

教えていただきたいことは、この話が本当か嘘かということと、
本当の話ならば、なぜ政敵が黙っているのかということです。
宜しくお願いします。

Aベストアンサー

共産党幹部の盗聴が、公務だったからでしょう。
日本の政府や、国そのものを壊すことが目的の人たちという認識でしたから、警察や公安も必死だったと思います。
ソ連が崩壊したら共産党も元気がなくなったので、今はそこまでマークしていないと思いますが。

政敵(共産党)は、裁判で争った記憶があります。
その後根に持った行動をしていないのは、やばい会話を記録されたからではないでしょうか?

どこの国でも、防諜の組織はかなり好き勝手に活動していますね。
そうでなければ、仕事になりませんから。


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