初めまして。
私は今、夏目漱石の「それから」をレポートにするため読んでいます。
しかし、困ったことにレポートを書くための何か資料になるもの
を見つけることが出来ません。テーマはタイトルにあるように
「近代化することによって抱えることになってしまった個人の孤独。
大切な相手と陥るディスコミュニケーション。つまり、相手との関係性
のなかにある唯一無二の個人である自分が、生活のために社会で暮らさざる
をえなくなったとき(個人から公人への変化したとき)に生ずる孤独や神経
衰弱。個人をとるか公人をとるか。はたまた全く別の道を探すことは可能か」
みたいなことを扱っていきたいと思っています。

 偉そうに書いてますが、まだ近代主義、近代人、近代青年、近代恋愛が
なんたるかを私はよく咀嚼できていません。
「こういうことじゃない?」「私こう思う」と手助けしてくださる方募集中です。
「それから」を読んだ方も読んでいない方も、そのテーマなら「この資料なんか
いいんでない?」というものがあったら是非教えて下さい。
 また、このテーマに興味、関心、意見があり「私の考えはこうなのよ!」
みたいなのがあれば、是非聞かせてください。全然関係ないけど「ちょっと
聞いてよ」という解答でもOKです。何卒宜しくお願いします。

A 回答 (1件)

夏目漱石の「それから」って、10年以上昔に読んだっきりで大筋の大筋程度しか記憶に無いですが、1つだけある事柄についての部分を非常によく覚えております。



「この世の人間は浅はかで愚かでロクでも無い人間がほとんどだ。これからそういう人間たちと関わっていかないといけないと思うと非常に気が重くなる。いったいなんなんだろう。そういう連中と一緒にいるとこちらまでおかしくなる。」

正確ではないですけど、こんな一節がありましたよね。どれくらい昔に書かれたものかわかりませんけど、かなり昔から人の悩みは変わっていないんだなと感じた記憶があります。

このok-webのサイトでもsenaruさんのおっしゃる、「近代人の抱える、苦悩する自己とその孤独について」という事に関して勉強したいのであれば、参考になるものはたくさんありますよ。模範解答のようなものでなく、よくわかんない質問、回答、勘違いの質問、回答なんかを見ると非常に面白いですよ。サンプルはいっぱいありますよ。

なぜそんな質問をするのか、なんでそんな回答が出てくるのか。興味深いものがたくさんありますね。
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Q日本とアメリカ、ドイツは同時期に近代化したのでは?

 皆さんの見解によると、明治維新の頃、欧米の国々は既に先進国となっていて、それに比べて日本はかなり遅れていたという認識をされている方が多いように見受けられます。
 ただ、史実を見る限り、イギリスとフランスに限っては早くに近代化が進んでいたと思いますが、ドイツとアメリカについては日本とほぼ同時期に近代化が始まっており、「だから日本は遅れていた」と得意そうに説明する理由にはならないと思いますが、どうでしょうか。日独米は同時期に以下の通り同じようなプロセスを経て近代化しており、規模の大小はあるものの、遅れている進んでいるの差はほとんどないと思います。

19世紀半ばまで
日本:多数の藩が分立した封建制国家
ドイツ:多数の領邦国家が分立した国家連合
アメリカ:西部劇の時代

1860~70年代
日本:大政奉還、戊辰戦争を経て、廃藩置県(近代国家体制の成立)
ドイツ:普墺戦争を経て、ドイツ統一(ドイツ帝国の成立)
アメリカ:南北戦争を経て、レコンストラクション(近代アメリカの成立)

19世紀終わり
日本:日清、日露戦争の勝利による領土拡大
ドイツ:普仏戦争の勝利、海外植民地の獲得
アメリカ:米西戦争、米比戦争の勝利による植民地獲得

 皆さんの見解によると、明治維新の頃、欧米の国々は既に先進国となっていて、それに比べて日本はかなり遅れていたという認識をされている方が多いように見受けられます。
 ただ、史実を見る限り、イギリスとフランスに限っては早くに近代化が進んでいたと思いますが、ドイツとアメリカについては日本とほぼ同時期に近代化が始まっており、「だから日本は遅れていた」と得意そうに説明する理由にはならないと思いますが、どうでしょうか。日独米は同時期に以下の通り同じようなプロセスを経て近代化しており、...続きを読む

Aベストアンサー

#7です。横入りをしますがお許し下さい。#10さんの、

>けれどももう一度、歴史なり現今の日本の仕組みなりを振り返ってみてください。

に関して一言。

近代化における精神的基盤のことに関してですが、江戸時代以前に日本は西洋の教えを待つことなく、かなり高度の近代化が成されております。#7にもそのうちのほんの数例を書きましたが、江戸時代における精神的な近代化に関しては、

『徳川時代の宗教』R.N.ベラー著、池田昭訳、岩波文庫

が参考になると思います。この本では、ヨーロッパの近代化に関して、マックス・ウェーバーが、プロテスタントの倹約、勤勉な精神にその本質が在り、それはキリスト教独特な精神であると言うことを論じていることに関して、異議を唱えております。そして、日本の江戸時代の精神史を分析しながら、倹約、勤勉な精神は石門心学その他の民間倫理哲学として、キリスト教を待たずに日本では十分に発達していたことを実証しております。その発達を考慮に入れなければ、明治維新以降50年も経たない内に、あっという間に日本が西洋並の技術大国に「変貌」した原因を理解することが出来ない、と言う主張です。ここでわざわざカッコ付きで「変貌」と書きましたが、その実態は、本質的な物に関しては、西洋から新しいものを教わったわけではなく、西洋に存在している概念を日本に既に存在していた概念に「翻訳」しただけであることを強調するために、カッコを付けました。

明治維新では、新しい政権が旧政権に取って代わり、自分たちの政権を正当化するための常套手段として、旧体制をボロクソに言うという、古今東西常に変わらない現象が起こっただけです。ですから、明治以降始めの百年位は、日本人の近代化が殆ど全て西洋から教わったのだと言う教育で国民がたっぷり洗脳されて居りました。

ところが、これも歴史では常に起こることですが、その歴史的事件から百年位経つと、その事件の利害関係に直接掛かり合った人達にも死に絶えて、いよいよ歴史が冷静に、実証的かつ科学的に論じられるようになるものです。そういう歴史の流れから、改めて江戸時代以前を分析し始めた人達が、近現代において多く輩出しており、日本の近代化に付いても、我々が敗戦直後に教わった見方に大分反省が迫られております。もちろん、学校の先生は当然生徒達よりも10才も20才も、あるいはもっと歳をとっておりますので、今の子供でも、敗戦直後当時の日本の古い近代化観を教わっているところも在るかもしれません。

確かに、産業革命のように物質的な出来事であるために見やすい所では明治以降に西洋の影響を多大に受けていますが、もしそのような物質的な影響だけで国民意識が変わってしまうものなら、何故非西洋諸国の中で日本だけが抜きん出てその産業革命に成功したかの理由が分からなくなってしまいます。

上でも触れましたように、日本人は外国人から教わらなくても、長い日本の歴史の中で、技術的にも精神的にも日本独自の近代化を既に成し遂げていたのです。ですから、他の非西洋諸国とは違って、日本は学習作業ではなくて、翻訳作業を通して西洋型の近代化を効率的にやり遂げることが出来たのです。

また、江戸時代以前の日本の民間における技術の発展しに関しては、柳田國男を代表とする日本民俗学の方達によって、詳しく分析されておりますので、それも図書館等で参考にしてみて下さい。

#7です。横入りをしますがお許し下さい。#10さんの、

>けれどももう一度、歴史なり現今の日本の仕組みなりを振り返ってみてください。

に関して一言。

近代化における精神的基盤のことに関してですが、江戸時代以前に日本は西洋の教えを待つことなく、かなり高度の近代化が成されております。#7にもそのうちのほんの数例を書きましたが、江戸時代における精神的な近代化に関しては、

『徳川時代の宗教』R.N.ベラー著、池田昭訳、岩波文庫

が参考になると思います。この本では、ヨーロッパ...続きを読む

Q夏目漱石について

夏目漱石は、何故、1000円札に載っているのでしょうか??
教えて下さい。

Aベストアンサー

machakiさん、こんにちは。

財務省印刷局(お札をつくっている所)のホームページに載っています。
4つほど理由があるようです。
参考にされてください。
http://www.pb-mof.go.jp/ja/qanda/bn_ans.html#004

参考URL:http://www.pb-mof.go.jp/ja/qanda/bn_ans.html#004

Q銅がなぜ貨幣として広く使われてきたのか

銅がなぜ貨幣として広く使われてきたのか
近代以前、お金といえば洋の東西を問わず、「金、銀、銅」の3種が材料として使われてきたと思います。江戸時代は「江戸の三貨」といわれ、小判(金)、丁銀(銀)、銅銭(寛永通宝)が決済に利用されたと聞きますし、中国でも通常の少額決済には銅銭、多額の決済には銀が使われたといいます。
金や銀に普遍的価値があるのは常識ですし、錆びない貴金属としての価値が本位貨幣としての通用力に影響を与えたというのは容易に理解できることです。

一方で銅は卑金属であり、その金属としての価値は鉄やスズと比べて大差ないように思えます。少なくとも金銀と並び称されるほど「誰もが価値を認める」金属ではないと思えるのですが、なぜこれが貨幣として通用したのでしょうか。「金本位制」や「銀本位制」というのは聞きますが、「銅本位制」というのは聞いたことがありません。
特に中国や日本ではコイン(銭)といえばそのほとんどは銅銭でした。逆に金や銀のコインはほとんど作られていません。西洋では金貨や銀貨は作られていましたが、同じように銅貨も作られ、非常に普及していました。銅が貨幣の材料として洋の東西を問わず普及したのはどういった理由からなのでしょうか?

銅がなぜ貨幣として広く使われてきたのか
近代以前、お金といえば洋の東西を問わず、「金、銀、銅」の3種が材料として使われてきたと思います。江戸時代は「江戸の三貨」といわれ、小判(金)、丁銀(銀)、銅銭(寛永通宝)が決済に利用されたと聞きますし、中国でも通常の少額決済には銅銭、多額の決済には銀が使われたといいます。
金や銀に普遍的価値があるのは常識ですし、錆びない貴金属としての価値が本位貨幣としての通用力に影響を与えたというのは容易に理解できることです。

一方で銅は卑金属であり、...続きを読む

Aベストアンサー

鉄でも銅でも、人間が使用できるようになるするには、高度な冶金技術が必要になります。現代でも、だれでも原石から金属を簡単に取り出せるというわけではありませんから。

ですから、古代の人々にとっては鉱物から金属を取り出すのは非常に難しく、またコストのかかる作業でした。

銅を人間が使う歴史は紀元前9千年ぐらいまでさかのぼれるようです。この頃は銅そのものが含まれている鉱石を採取し、銅の純度の高い部分だけ切り取って利用していたようです。実は金もその頃には同じ用に利用されていたと思われ、とくに金は砂金として採取されたのが始まりのようです。

紀元前6世紀ぐらいになるまでに、人類は銅や金を溶かして好みの形に変える技術を会得していたようで、銅や金の融点はそれぞれ1083℃と1063℃ですから、木炭を大量に消費しふいごなどで火力を高めれば可能だったようです。
しかしこの時点では、銅は不純物も多く銅そのものはやわらかすぎるため、貨幣として用いられていたとは思えません。

これが変わったのは、紀元前3千5百年ごろに青銅器ができてからです。銅に特定の金属を混ぜ合わせることにより、硬い金属を作ることができるようになり、青銅製の剣・鏡などが作られるようになりました。この頃には銅を溶かす炉の温度も結構高くなっていたようです。この頃には銀も利用されるようになっています。
ところがこの頃になっても、鉄はまだ出現していません。鉄は銅や金に比べて融点が高いため、人類はその温度を安定的に作ることが難しかったからです。隕石(隕鉄)を砕いて利用したものはあったようです。
鉄は紀元前2000年ぐらいになるとヒッタイト帝国で生産されるようになり、青銅器よりも硬く強いため、圧倒的な武力で近隣を征服したようです。
この鉄の技術が時代が下がるにつれ、他国に流出して行き日本にも縄文時代から弥生時代に変わるぐらいの時期に伝来しています。

長くなりましたが、この鉄の技術が広まったことが銅を貨幣に用いるきっかけになりました。
同じように鉄以前から利用されてきた金や銀はもちろん金貨・銀貨として以前から利用されおり、希少性の高い金属でしたから、宝飾品として利用されていきます。そして武器はすべて鉄製に切り替わっていきます。銅は金銀に比べると非常に豊富にあるため、金銀の補助貨幣として利用されるようになりました。
もちろん、それ以前も紀元前1500年ぐらいの中国の商(殷)の時代には銅銭(ただし今のように丸いものではない)もあったようですが、世界的に利用されるようになるには、どの時代・国でも青銅器が鉄器と交換され、銅の使い道が減ったことが直接的な要因です。
さらにいえば、中国では貝を金銀の補助貨幣に利用していた時代もあったぐらいですから、錆びずに安価に使える金属貨幣の需要は高かったはずです。

そしてその後近代まで、金銀銅は錆びない貴金属として貨幣に利用されることになります。ただ銅が本位になれなかったのは、希少性が薄いからでしょう。金なら(経験的に)そう簡単に新しい鉱山が開発できないのは古代でも知識としてあったでしょうが、銅の場合は鉱山が見つかれば埋蔵量は結構あったからです。
ですのである民族が銅本位制をとっており、他国を侵略したら銅山も手に入って銅の価値が半減した、ということになりかねなかったからです。また金なら同じように見つかっても、他国に金を輸出することで金の価値を下げないようにできますが、銅は他国でもありふれていたでしょう。これは青銅器が伝播していく時代に各地で銅山が開発されたからだと思います。

ということで、銅は
金銀と同じぐらい貨幣に向いている性質をもつ、大量に利用できるだけの生産が可能であった。そのために金銀という本位貨幣の補助として利用されてきた、ということだと思います。

鉄でも銅でも、人間が使用できるようになるするには、高度な冶金技術が必要になります。現代でも、だれでも原石から金属を簡単に取り出せるというわけではありませんから。

ですから、古代の人々にとっては鉱物から金属を取り出すのは非常に難しく、またコストのかかる作業でした。

銅を人間が使う歴史は紀元前9千年ぐらいまでさかのぼれるようです。この頃は銅そのものが含まれている鉱石を採取し、銅の純度の高い部分だけ切り取って利用していたようです。実は金もその頃には同じ用に利用されていたと思われ、...続きを読む

Q20年後の日本が抱える問題は何だろう…そして、その解決策は?

いつもお世話になっております。
先日、ふと友人と会話したときに浮上した話題なのですが(笑)、まさに標題の通りです。
20年後というと自身の場合は55歳になっていて、まだ現役で仕事をしているだろうなぁ~、という事がまず真っ先に思い浮かんだのですが
年金受給者になる前の年齢とは言え、少子化の影響や仕事をしない今、世間で言われているニートという方々の増加を考えると、やはり
将来不安な部分もあり…。
どんなことでも構いません。皆さんがそれぞれに思いつく20年後の日本が抱える問題と、その解決策を是非聞かせて下さい^^

Aベストアンサー

NO 2 です。
先ほど書き忘れましたが 対応策とは 個人が自分の価値観を持つ事だと思います。 いろいろな情報が過多になり国も社会も価値観が多様化して まとまりがなくなり かって歴史のない米国人がアイデンテティを求めたように 日本に限らず世界の多くの人が 心の彷徨いを始めてます。小生在仏していますが まだフランス人の方が個人としての価値観をもち人生を楽しんでいるように見えます。
不安要素が多いことは確かですが まず個人としての自分が納得できる価値観をもつことが 第一歩でそうした人が増える事で社会のまた世界の価値観が出来て行くと考えます。今までの歴史的価値観もその時代の反映でこれからは
我々が個人として成長しなくてはならないのでは。。
かく云う自分もまだまだですが  
サブランと言う人が 何でもおいしく食べられる人が本当の通であると言ったとか 問題意識を持つ事は必要ですが何でも楽しめる人が人生の通なのかも知れません。 

Q日本近代詩が受けたフランス詩の影響

レポート課題のテーマで、何でフランス詩が他の国の詩より日本の近代詩に影響を及ぼしたのか?と、フランス詩を受容したことによって日本近代詩はどんな完成の表現が出来るようになったか?について調べています。

いろいろなワードで検索したのですがなかなか思うようなサイトが見つかりません。
上に書いたような内容についてご存知の方、または詳しいことが載っているサイトをご存知の方は教えていただけるとうれしいです!

Aベストアンサー

回答とはいえないので悪いのですが、投稿します。
他の国よりもフランス詩が日本の近代詩により強く影響した、という言い分自体よくわかりませんが、それはやはり「内容」ではないでしょうか。つまり、何を表現したか、だと思います。それでいくと、近代詩というのは、歴史的に叙事詩から個的な抒情詩への流れがあって、要するに「近代人の自我が社会的な存在としての葛藤をどう表現するか」という課題に挑んできたわけです。この考えは、自我の近代化というバックボーンを持っています。
たしかに近代詩はフランスで花開いた感がありますし、深化したともいえそうです。しかしなぜフランスかと問われれば、それは文化的背景と言語(音楽的要素としての)の違いによる、ということになるでしょう。じっさいフランスでは詩が思想・哲学に深く影響を及ぼし、その実質的な関係もかなり密なように思えます。たとえば現役の思想家や哲学者が自著に詩人を登場させるなどです。思想を形作ることに詩が関わっている、ということです。
学問としての体系的なことは分かりませんが、やはりランボーがメルクマールだろうと思います。
なお個人的には、フランス詩を受容したことで詩を書いたのは中原中也だと思っていますので、たとえばランボーやヴェルレーヌに影響を受けた中原中也の詩、というふうにひとつのケースで考えてはどうでしょう。
苦言ですが、レポートを急ぐ余り詩の鑑賞がままならないのなら、それは悲しむべきことだとあえて申し上げます。

回答とはいえないので悪いのですが、投稿します。
他の国よりもフランス詩が日本の近代詩により強く影響した、という言い分自体よくわかりませんが、それはやはり「内容」ではないでしょうか。つまり、何を表現したか、だと思います。それでいくと、近代詩というのは、歴史的に叙事詩から個的な抒情詩への流れがあって、要するに「近代人の自我が社会的な存在としての葛藤をどう表現するか」という課題に挑んできたわけです。この考えは、自我の近代化というバックボーンを持っています。
たしかに近代詩はフラ...続きを読む

Q今、日本は様々な諸問題を抱えていますが、このような中、これからの日本は

今、日本は様々な諸問題を抱えていますが、このような中、これからの日本はどのようなビジョンが必要だと思いますか?

Aベストアンサー

真面目に答えます。
「事なかれ主義・問題の先延ばし」
ただし、外国人参政権問題と軍備の充実は急務です。
近い将来日本国自体が無くなる恐れがありますから。

Q茨木のり子さんの詩『六月』について。

私は今、高校生です。現代文の授業で茨木のり子さんの詩の『六月』という詩を勉強中です。
何故、『六月』と言う題名になったのかが宿題になりました。
色々と考えたのですが、どうもよくわかりません。
そこで皆さんの意見を聞かせていただきたいんです。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

全然自信はないのですが。

黒麦酒(ビール)とありますので、
ビールが美味しい季節と言うと夏ですね。
気象的には6月からが夏なので、そうなのかなと思いました。

Q近代の歴史人物

今宿題で歴史人物を調べるということをやっています。
1868年から1945年の有名な歴史人物(日本人)を、教えてもらいたいです…
回答よろしくお願いします。

Aベストアンサー

明治維新から太平洋戦争終結までの期間ですか。沢山いるよ~。その中から特にまた厳選の方を紹介します。ただし、人物について調べるのが宿題なんだから、それは自分でやんなきゃダメだよ。

1、徳川慶喜  2、西郷隆盛  3、木戸孝允  4、岩倉具視  5、伊藤博文  6、松方正義  7、岩崎弥太郎  8、野口英世  9、板垣退助  10、桂太郎  11、東郷平八郎  12、乃木希典  13、大久保利通  14、夏目漱石  15、小林多喜二  16、正岡子規  17、小泉八雲  18、森鴎外  19、宇垣一成  20、山本五十六  21、渋沢栄一  22、犬養毅  23、斎藤実  24、広田弘毅  


ちと多過ぎたかな?これじゃあ厳選とは言えないかもね。

Qイギリスの近代化

近代化という事の是非はともかく、政治の近代化(市民革命)
思考の近代化(経験主義、実証主義)技術の近代化(産業革命)経済の近代化(資本主義)
どれもイギリスに端を発していますね。
様々な分野での近代化で他に先駆けたイギリスという国の特質はどこにあるのでしょうか?

Aベストアンサー

どれもイギリスに端を発している訳ではありません。それはイギリスの歴史学者に騙されています。イギリスの歴史学者は当然ながらイギリス中心史観でイギリスのやることは何でも美化します。しかし歴史は決してそんなに単純なものではないのです。どうして日本人がイギリスの歴史学者に洗脳されているかというと、たまたま日本が幕末から明治にかけて近代化を目指し、その時トップランナーだったイギリスに倣って英語を勉強したからなのです。となれば英語の歴史書を翻訳しようとします。だからなんですね。

市民革命が政治の近代化だというなら、スイスが先駆けではないでしょうか。スイスは1315年に農民兵を中心とした軍でハプスブルク家の精鋭軍を打ち破って古い領主支配を打倒しました。これはどうして市民革命と呼ばれないのでしょうか。ハプスブルク家はスイス発祥の領主貴族でしたが、結局スイスの領地を失ってオーストリアを本拠地に構えました。そういう意味ではスイスこそが市民革命と呼ぶべきではないでしょうか。

それでもイギリスのも市民革命と呼んでもよいでしょう。しかし、それは王権神授説を唱え、イギリスの王様が余りにも我まま勝手のやりたい放題をやらかしたからです。かくなるうえは是非に及ばずで王様を追い出してしまった。それでもやっぱり王様がいないと国がまとまらないってことで新しい王様を迎えたわけです。いきあたりばったりのご都合主義としかいいようがない。

思考の近代化は明らかにイギリスではないです。それはフランスのデカルトです。1637年に発表された「方法序説」こそが思考の近代化なのです。

技術の近代化(産業革命)は確かにイギリスで起こりました。しかし産業革命だけが技術の近代化ではありません。例えば活版印刷術は中国で発明されまし、これも大きな技術の近代化です。それが何故イギリスの産業革命だけが大きくとりあげられるのか。それは産業革命が人力から機械動力への転換で大きな生産性向上を果たし、歴史に大きな影響を与えたからなのです。しかし、そういう意味なら水車小屋だって産業革命なんです。従来、人力で挽いていた小麦が水力に転換されていたわけですから。イギリスの産業革命は奴隷貿易で稼いだ資本家が発明家に資本を投資したから成功できたのです。発明家だけでも資本家だけでも駄目なのです。イギリスは発明家と資本家の分業体制を確立できたからこそ産業革命に成功できたのです。イギリスは武力でポルトガルやオランダを打倒して奴隷貿易を乗っ取ってしまいました。しかしその商売も頭打ちの先細りになります。黒人はインディオと違って頑強なので、酷使にも耐え抜いて、たくましく子供を育てたからなのです。そうなるとイギリス商人が奴隷を売り込みにいっても、新大陸の農場主や鉱山主は「いや、うちは間に合っているから要らない」と断られるわけです。それで資本家が何とか新しい儲け口を見つけないと干上がってしまうと考えた。それが産業革命につながるのです。産業革命に成功すると今度は奴隷が邪魔になる。奴隷の労力に頼られるとイギリスの産業機械が売れないからです。そこで人道主義を唱えて、奴隷解放を主張する。いきあたりばったりのご都合主義としかいいようがない。
経済の近代化(資本主義)はイギリスが発端ではありません。オランダ東インド会社が世界初の株式会社です。イギリス東インド会社も会社は会社だけど商人組合が出資者から航海資金を募るような会社で株式会社とは違います。オランダもイギリスも大航海時代に先行するスペイン・ポルトガルに追いつき追い越すために国策会社を作って、総力戦で勝ち抜こうとしたのです。株式会社が資本主義なのです。オランダが発端だったのです。

結局どれもイギリスが発端だった訳では有りません。先行する他国の成果を真似、横取りして、それをあたかもイギリス発祥かのように見せかけているだけなのです。実に自分勝手ないきあたりばったりのご都合主義としかいいようがない。アヘン戦争でわかるようにイギリスは19世紀になっても中国に売り込める産品が何もない貧しい国だったのです。それが貧しいまま終わらなかった。なんとか裕福にのし上がってやろうと知恵を絞った。その為には自分勝手に自分の都合の良いようにルールも変えた。
答えは一口にいえばハングリー精神があったということです。

ついでに付け加えると中国はハングリー精神が無かった国です。明は大航海時代の100年も前にアフリカに大船団を送る資金力も技術力もあったのに、その後が続かず、内に篭ってしまった。それは目ぼしい産品が国外には何も無かったからなのです。長い期間かけて、危険な航海に乗り出しても、キリンを連れて帰るしかお土産が何も無かったからなのです。そんな危ないことしなくても全部中国の中だけで間に合っているじゃないか。キリンを連れてきたところで、ただ珍しやと一回驚いて終わりじゃ馬鹿馬鹿しくて元が取れない。

そういったハングリー精神の有無が西洋文化と東洋文化の違いなのだと思います。

どれもイギリスに端を発している訳ではありません。それはイギリスの歴史学者に騙されています。イギリスの歴史学者は当然ながらイギリス中心史観でイギリスのやることは何でも美化します。しかし歴史は決してそんなに単純なものではないのです。どうして日本人がイギリスの歴史学者に洗脳されているかというと、たまたま日本が幕末から明治にかけて近代化を目指し、その時トップランナーだったイギリスに倣って英語を勉強したからなのです。となれば英語の歴史書を翻訳しようとします。だからなんですね。

市民...続きを読む

Qアフリカの抱える問題

アフリカについて学びたいと考えています。
アフリカの抱える問題(社会問題、経済、犯罪、性など)を一つでもいいので教えてください。
普段日本人の耳には入ってこないような問題なら、尚更ありがたいです。
アフリカのどの地域でもかまいません。箇条書きでもいいので。お願いします。

Aベストアンサー

貧困と飢えがまずは大きな問題になっていますがそれを解決するためにいろいろな努力がなされています。しかし、それを実現すること自体が、発展途上国においては難しいということに尽きます。
・治水が出来ていないため、洪水が起こる。
・先進国で、教育を受け、人材開発したとしても肝心の就職先が、母国にない。
・エネルギーの問題(どのように供給するか)
・会議をひらいたとしても、どうしても取り残される国が出てくる。(すべてが足並みそろえて発展できない)
・農業開発(農業での生産が足りない。食物が育ちにくい環境であること。)
・森林伐採(農業開発に伴う場合も含む)
・地球温暖化による、森林の減少(砂漠化の進行)
・女性の過重労働
・エイズの問題
・医療の遅れ
・内戦による難民の問題
・無料の学校があっても学校の教材については個人が負担しなければならないため、どうしても男子が優先される。そのため女子が教育を受けられない。
・人権問題(裁判も無く抑留される等・政府が機能しない状態であること)
・バッタの大量発生とバッタの伝染病(セネガル
・スーダンでの地雷の問題
・公衆衛生の問題(上水と下水が分かれていない
・コレラの問題
・火山のガス
・ソマリア(長期の干ばつによる被害
・炭そ病
こちらのサイトを参考になさってみてください。↓

参考URL:http://www.irinnews.org/homepage.asp

貧困と飢えがまずは大きな問題になっていますがそれを解決するためにいろいろな努力がなされています。しかし、それを実現すること自体が、発展途上国においては難しいということに尽きます。
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・エネルギーの問題(どのように供給するか)
・会議をひらいたとしても、どうしても取り残される国が出てくる。(すべてが足並みそろえて発展できない)
・農業開発(農業での生産が足りない...続きを読む


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