もうかなり前からなのですが、ありのままの自分というのを認めることができません。昔から夢想的なところがあって、現実とは違う思い込みをするんです。例えば、ある事に実力が及ばなくて失敗したとしても、本当は自分はもっとすごい事ができるんだ!と根拠も無く思ってしまう。これは多分自分が傷つかないための防衛線を引いているんだと思います。
 「何も知らなくて何もできないのが今の自分なんだ。ここから始めるしかないんだ。」と思っても、心の奥底では認められない・・。そんな感じなんです。足が地についていない感じで辛いです。
 最近他のことでも精神的に辛いのもあって、気を取り直して頑張ろう!という元気すらなかなか出てきません。
 皆さんは、このような感覚に襲われることはありますか?やはり私だけなのでしょうか。
 ご回答をお待ちしています。

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A 回答 (13件中1~10件)

iketaさん自分を認める事はとても大変ですよね。

でもね、片意地張って頑張るともっと大変ですよ。だから出来るだけご自身を責めない、否定しない、判断しない、
時間を作ってはどうですか?
 自己を批判してり、責めたりしたら変わるものも変わらなくなる。

誰もが頑張りすぎる、けど、その頑張りすぎに引っかかる。
頑張れば頑張るほどに、緊張し、壁を作る。
必要なのは、心が体がリラックスできる時間と空間を作って自身を大切にすることです。

 緊張を取り除くことは、解放することと同じ効果があります。
深いリラックスは解放へと向かい、自分がこんなに緊張していたのかと体験します。
 頭で考えることでは、体や心や精神はついて行けなくなります。それは、辛くなるでしょう?
 素直気持ちになる時間は、必要です。
 どんなに、忙しくとも時間を作ってください。
心と魂と体が一つになったら気持ちが楽になります。
出来るだけ、ご自身を大切に扱ってください。
 リラックスは、自分を素直にさせます。そんな時自然と自分を受け容れているのではないでしょうか?
こんな私ですがお役に立ちますか?
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きっと、本当はiketaさんはもっとすげー事ができるんだよ。


ただ、できなかった時は、どこかでやり方を間違ったんだな。
次の機会には、また違うアプローチで攻めてみればいい。
そうやって、何度か繰り返している内に、成功する時が来る。
最初から自分はこんなモンだと決めてかかっていたら、
人生なんて面白くねーじゃん。

だけど、『もっとすげー事ができるすげーiketaさん』がいる一方で、
『何もできない、すごくないiketaさん』ってのもいる訳で、
その時の気分によって2つの自分を使い分けると良いかも知れない。
一見矛盾した部分が共存できるのも、人間の面白さの1つだと俺は思う。

とりあえず、勝ち気に楽天的に行こうよ。
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iketaさんお礼ありがとうございます。


お礼があって本当に良かったと思っています。メンタルヘルスや恋愛相談の質問って回答が沢山あるのにお礼がないと、「落ち込んでいるのかな」とか「彼(彼女)と大変なのかな」といつも思っているので。
気が向いたので質問にお答えするために再登場です(笑)
ちょっと長いかもしれないですよ。

私はあるスポーツをしていて、それは学生時代に部活動でやっていたものを最近再開したんですけど、私のいるチームはみんな上手なんですよ。私は皆より年上だというのにはるかに下手なんです。実は再開する前は「少しはできるかな」なんて思っていたのではじめは「すごく場違いなところへきてしまった」と思って落ち込みましたよ。すごくいらいらしました。
でもどう練習してもみんなには追いつけないぐらいレベルの差があるのは明確だったので、iketaさんがおっしゃるような「何も知らなくて何もできないのが今の自分なんだ。ここから始めるしかないんだ。」っていう考えになりました。何もしないでいらいらしていてもチームの皆に迷惑だし、一生懸命教えてくれるコーチに申し訳がないし、何より私はそのスポーツがすごく好きなんですけど、ずっとやれるところを探していてもなくて、やっと今のチームを見つけたので今のチームで頑張らないと後がない、つまり背水の陣なんですよ(^_^;)
ちょっと前置きが長くなりましたが、こう考えられる前には寝る前に「朝起きたらうまくなってないかな~」とあるわけのない調子のいいことを思っていたのです。
他にも「朝起きたらスタイルよくなってないかな~」とか(笑)シンデレラ願望かもしれません(笑)

で、質問されて「はて?」と思って考えてみたんですけど・・邪魔くさいも面倒くさいも一緒かな?(笑)
気にするほどではなくてすみません(^_^;)

ちょっとiketaさんの悩みに戻りますが、iketaさんはすごく真面目な方ですね。
まわりの人が優秀というのも人のいいところを見れているんだと思います。真面目で理想が高いから自分を認められないんですね。
まわりの方に素直に聞いてみるのもいいのかもしれません。
「○○さんの○○なところすごいですね、僕もそうなりたいと思うのですがどうしたら近づけますか?」とか。
iketaさんはコミュニケーションが苦手なんじゃないですか?まわりの人も良く話してみるとバカなところもあるし、きっとそんなにすごい人ばっかりでもないと思いますよ(笑)
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根拠がないのにできたと思うっていうことは、本当にできたことかもしれなくてそれを直感で分かっている、という凄い技かもしれないと思います。


「何も知らなくて何もできない」のではなく、iketaさんがよく知っていて、できることはあって、だから無知で無能だと思おうとしても、無理が出てそう感じられないのかもしれないと思います。

私などは、あっ\(◎o◎)/!・できない、とすぐ思う質で、でもやったらできたやんか、ということがよくあり、これだと仕事とかでも家事とかでも、私1人なら良いんですが、「できるかどうかわからん」など答えて相手を困らせたりするので、これはこれで参っていますが…。
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ああ、ありましたね。

僕にもそういう時期が。
つ~か、かなり長かったですね(笑)
僕の場合は中学生くらいから、20代前半までそんな感じでした。
今はもう30になっちゃったんですけどね。

で、自分がそのときどんな具合に抜け出たかっていうと、
これはその前の恥ずかしい状態の自分から説明しなきゃいけないんで、
ちょっとキツイんですが(笑)

僕の場合は、何段階かに分かれてその状態から抜けていったように思います。
高校生のときにそういう状態が一番キツかったんですが、
そのときは家出とかしましたね(笑)
で、気がついたのは、ごくごくアホみたいなことなんですが、
「自分はひとりじゃ何もできない」ってことです。
家出なんかしてみたって、高校生の男が一人で生きていくのは、
かなり厳しいことで、結局、金がなくなりゃ、
親元に帰らざるを得ないわけで、もっと言っちゃえば、
僕の場合はその金っていうのだって、つまるところ
親のくれた金だったり、お年玉だったりしたわけです。
ということは、何一つ自分の力じゃなくって、
誰かに甘えて生きてる子供がダダこねてるに過ぎなかったわけです。
そういう実感が、自分の無力さを知るキッカケになりました。

しかし、まぁ、そんなことでは、やっぱり正当に自分を評価し、
見つめられるようにはなれなくて、やっぱり、
>本当は自分はもっとすごい事ができるんだ!
と思ってました。

しかし、まぁ、振り返ってみれば、どうしようもないくらい、
まともに努力をしてなくって、まぁ、
>本当は自分はもっとすごい事ができるんだ!
と思っているからでしょうが、それがまた、悪循環を生み出すことに
なっていたわけで、つまんない失敗ばっかりして、
でも、
>本当は自分はもっとすごい事ができるんだ!
と言い聞かせていました。
で、何もできない自分を受け入れられずに、
人が自分を評価してくれないからだとか思っていたんです。

で、そんなあるとき、ちょっとした病気になりました。
まぁ、生きるの死ぬのってほどの病気ではなかったんですが、
その病気に2月くらい悩まされいて、自分ではぼんやりと、
「きっと、このまま死んでしまうんだろうな」
と思っていて、まぁ、そのくらいつらかったんですが、
あるとき
「死ぬんだよな、僕は。でも、どうせ死んじゃうんだったら、
死ぬまで思いっきり生きなきゃ損じゃないかな?」
と、ふと思ったのです。

で、それから、自分は「スゴイはずだ」という考えを
スパッと捨てられました。
そこで、考えたことは、自分の「できるはず」なことって何だ?
で、その「できるはず」な「スゴイこと」の分野の「スゴイ人」って誰だ?
ってことです。

で、いろいろ、そういう人達を調べてわかったことは、
「自分はぜんぜんスゴくない」ってこと。
じゃぁ、カッコつけてないで必死で「スゴく」なろうとしてみようと。

そういう風に考えて生きるようにしたら、病気もいつのまにか治り、
そういう考えにも捕らわれなくなりました。


長い文になってすいません。
あくまでも、僕の場合の話しかできてないので、
あなたの参考になるかどうかわかりませんが。
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私は中年男ですが、若い頃やはりあなたと同じ悩みを持っていました。

他の回答者の方たちが既に書いておられるので、簡単に言いますと、あなたは今ちょっとした精神的なスランプ状態にあるのではないでしょうか。たぶん、いつか抜け出せる時が来ると思います。そのように自分を見つめて思い悩むのは性格が生真面目な証拠です。ですから、今は我慢して、そのうちにあなたの行動や仕事振りが認められて、自分でも自分を認められるようになるはずです。
若い時はそうやって悩みながら自己を確立していけるパワーがあるからです。
むしろ中年になってからの精神的スランプはキツイものがあります。私などは生真面目な性格が災いして、うつ病に罹ってしまい、今も療養中で仕事に就けない状態です。
ありのままの自分を認めるのは時間がかかることではありますが、あなたが自分に正直に生きていくという姿勢を崩さない限り、その日はいつかやって来ると思います。
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質問を拝見してから、さらに皆さんの回答も読ませていただきました。

私自身にも経験のあることでしたので、大変共感いたしました。

 皆さんもおっしゃるとおり、ketaさんは大変自分をよく見つめ、そこにある矛盾や自己欺瞞に気づいた上で「自分が愛せる自分自身でありたい」と苦しんでおられるように思います。この苦しみは、真摯な人だからこそ感じるものではないでしょうか。私はそこに希望を感じます。嘘のない、裸のままの自分を受け入れられるようになりたいと感じることは、それを通じて同じような苦しみに悩む人々の心を理解することができるからです。

 しかし人間は不完全なもので、必ずしも完璧でなくても良いのですから「不完全な自分なりに、少しずつ自分が好きになれるように変化していきたい」というくらいにゆるやかに考えておくのが良いのではないでしょうか。

 自分ができる小さな良いこと、小さながんばりを一日に一つだけしてみよう、と、考えるのも一案です。たとえば朝5分だけ早起きして、家を出る前に庭の花に水をやるようにするとか、その時に花に「咲いてくれてありがとうね」と声をかけるとか・・・ 何でも良いのです。何か善い行いをすること。今までしていなかったけれど、これなら続けられるということをやってみること。そんな小さな積み重ねを「実行する」ということに意味があります。あなたはその花にとってなくてはならない存在になるでしょう。そして、その花も、あなたにとって大切な存在になるでしょう。

 自分は何ができるのか? こんな自分は嘘の自分で、本当はもっと違う自分のはずじゃないのか? でも、実際に試してみて本当にダメな自分だったらどうしよう? それがわかるのがこわいからなにもせずにいるのではないか・・・。ketaさんの気持ちには読む者に響いてくるものがたくさんあって、苦しいほどです。でも、その葛藤があるからこそ、人は成長するのだと思います。どうぞ小さな「行動」を積み重ねることから始めてみて下さい。
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こんにちは。


この質問を見た時、「あぁっ、私と同じ人がいる!!」と思いました。
私もiketaさんと同じです。もうすごく分かりますよ。
例えばこうですよね。

1週間後、学校でテストがあるとする。
「やんなきゃなー、勉強しなきゃなー」と思う。
でも目の前にある「スラムダンク(jojoでも可)」にするすると手が伸びて結局全巻読破してしまうとか、
あるいは「テスト終わったらあれしよう、これしよう」なんて思うと勉強が手に付かないとか。
で、テスト当日になって焦るんだけど、
終わってできていないと「これは本当の私の実力じゃないもん。まぁでも今日はこのくらいで許してやるか」
なんて気持ちになる。身近なところではそういうことですよね。

とりあえずその場はそれで済むんだけど…あとですごくやりきれなくなる。
「傷つきたくないから」そうなんです。やっぱりそこなんです。
iketaさんは良く分かってらっしゃるじゃないですか。

でも変えていくパワーが出ない。
怖いんですよね。変えるのも、頑張るのも。
自分がもし…自分で考えているよりずっと実力がなかったらどうしよう、って。
全然頑張れないダメ人間だったら、どうしようって。

私も自分が思い描いている理想の自分と実際の自分がかけ離れすぎていて、すごく焦りました。
どうしようどうしようって考えて、焦りの頂点にくると…寝ました。私の場合(笑)。
寝たって全っ然解決しないんですけどね。それで起きるとまた焦って、自分を責めて。
そんなことをしていたら胃がおかしくなって、年末から登校拒否ぎみです。
心がパンク寸前だったみたいですね。
何となく分かってはいたんですが私も夢見がちなので、
パンク寸前というのもなるべく見ないようにしていました。
「自分はそんなキャパが狭い人間じゃない」って、無理矢理思っていました。

話変わりますけどiketaさんには奇跡的に一発逆転したい、とかそんな願望ありませんか?
私あったんですよ。今でもちょっとありますね。
「もう、見てろよー。いつかきっと…」って思って。
身の程知らずですね。

その「いつか」っていうのはなかなか来ないんですよねーこれが。
「いつか」を待ってもう8年くらい経ちますが、まだ「いつか」は来ません。
8年待つんだったら、頑張らないまでももっと楽しい事しておけばよかったと思います。
待っても「いつか」は来ないみたいです。
何かしらアクションを起こさないと来てくれないでしょうね。

でももし今動けないんだったら今は無理しなくていいと思います。
「あー、いろいろ自分に求めすぎなんだなー」って思ってお茶でも飲んでください。
「いや、そんなはずはない!」と思わずに、まずそれを認めてみてください。
それから、いろいろ始まると思いますよ。

その辺に関しては私も同様の質問(#29797「人に流されない自分になりたい」)
をしているので、どうぞのぞいてみてください。
たくさんやりとりさせて頂いています。今でも質問受付中!(ちょっと宣伝)
皆さんから寄せられたアドバイスが絶品です。私にとっては宝物ですね。

iketaさん、大丈夫です。
その事に気づいたのだからきっと何かしら答えは出ますよ。
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夢想的 と言いながらも、それだけ自己分析できる所を拝見すると


ここでどんな回答をしてみたとて「判ってはいるんだけどね…」で
終わってしまうのではないでしょうか。

こう言う問題はあせってはダメだと思うんです。
(あせってないかも知れませんが)
理屈ではないんですよね。

すでにやっておられるでしょうが
自分と深く向き合い、ゆっくりと対話し
一歩ずつ進んでいければ(それが後退でないのなら)それでよいのではないかと
僕は思います。

ともかく、「自分を認めることができない」と言う事も含めた自分 を認めて行く事から
はじめて見てはいかがでしょうか。

どれほどこの問題で悩んでいるか、またどれほどこの問題に本気で取り組むか
にもよりますが blue_leoさん のおっしゃるように
カウンセリングを受けて見るのも、よい方法ではないかと思います。
(アメリカでは歯医者よりも一般的だと言うのを聞いた事があります)

エラソーな事書きましたが
自分へ言い聞かせる意味も含め、書き込ませて頂きました。
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ちょっと上げ足。



『ありのままの自分』が把握できているのってスゴイと思う。
会社では会社の顔、家では家での顔、一人の時は一人の顔…私なんかどれがありのままの自分なのかすら分かりませんよ。

ともあれ、

私も仕事をしながら、納品する度に自分のつたなさを思い知りますね。
客観性が欠如してるんでしょうね。
人の作ったものにはいくらでもけちつけられるのに…(嫌なやつ;)

だれしも『絶対不可能なこと』ってそれ程ないと思うんですよね。
男が子供産めないくらいで…

ただ、自分の目標や夢を、リアルにビジュアルにできる人、そしてどうすればそうなるのか、その方法をイメージできる人が成功するみたいです。

夢見て、公言しているだけの人が多いですけどね。

あなただって『本当はもっと凄いこと』出来るはずです。

失敗した時には『なぜ?』を大事にして、
なぜ失敗したのか、その理由に至ったのはなぜなのか?
と2階層下まで探ってみるといいらしいですよ。

失敗したら次は成功するかも知れないじゃないですか!

あくまで脳天気(良くいえばプラス思考)な、たわごとでごめんなさい。
自信は無責任にあり
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