曽田正人さんの描かれるような、スポーツあるいはアクション系の漫画で、お勧めのものを教えてください。
できれば、長編で、絵がきれい(というか古い感じの絵ではない)だと嬉しいです。

ひとつお願いがあるのですが、たいていスポーツ漫画の主人公は神がかり的な強さを持っていたりしますが、それを通り越してもはや人間離れしている場合は、その由を付記していただけると助かります。

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A 回答 (6件)

「スラムダンク」


スポーツ漫画ならこれ!絶対。

スポーツ漫画じゃないかもしれないけど、頭のスポーツって事で
「ヒカルの碁」も面白いでです。
個人的には1番絵のきれいな漫画家さんです。
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「バリバリ伝説」。

「頭文字D」の、しげの秀一さんの作品です。モータースポーツつながりで。
 主人公のグンの速さの秘訣。それは……うーん、かなりリアリティのある人間として描写されているので、強いて言うと、「負けん気」と「センス」「天才肌」というところでしょうか。
 私も「昴」大好きなんですが、あの手の「天才ならでは!」の描写が随所に見受けられ、うならされます。

 あと、これもモータースポーツつながりで、新谷かおるさんの「ふたり鷹」。熱血型・怜悧型の二人の天才ライダーの対比が興味深いです。
 沢渡鷹=熱血型=無茶なんだけど何だか結果出しちゃう。
 東条鷹=怜悧型=理知・理論を徹底的に追求し結果を出す。
武蔵VS小次郎とはちょっと似て非なる関係なのですが、「天才」の類型と対比としては古典的かも。飛雄馬VS花形に類似し、ガッツVSグリフィスに通じる普遍性があるように思います。
 
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この回答へのお礼

紹介ありがとうございます。
二つとも知らない作品だったので、読むのがとても楽しみです。
「天才」の描写があるということですが・・・めちゃめちゃつぼです!
早速探してみようと思います。
ありがとうございました。

お礼日時:2007/08/20 00:03

『ブリザードアクセル』鈴木央 (著)


 他人に注目されたい!という想いから喧嘩に明け暮れた少年が、
 フィギュアスケートと出会い観客を魅了する喜びを実感する。
 とんとん拍子に才能を開花させた主人公は、最後に前人未踏の新技を!
 http://www.amazon.co.jp/dp/4091273033

『ホーリーランド』森恒二 (著)
 異種格闘の路上喧嘩漫画。引きこもりの少年が独学で覚えた拳で
 夜の街で「ヤンキー狩り」と恐れられる存在になります。
 http://www.amazon.co.jp/dp/4592137450
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この回答へのお礼

紹介ありがとうございます。
ブリザードアクセル、さっき読み終わったところです。これからが楽しみですが、やっぱりシングルで活躍してほしいような気がします。
格闘漫画は今まであまり手に取ってこなかった分野なのですが、ちょっと興味を持ってしまいました。
とりあえず今度漫喫に行ってこようと思います。
ありがとうございました

お礼日時:2007/08/19 23:58

スポーツになるのかどうか微妙ですが、競馬の騎手が


主人公の話なんてどうでしょう?
私は読んでから競馬に対する認識がちょっと変わったような…。

・ダービージョッキー 全22巻
過去にヤングサンデーで連載されていた作品です。
主人公は「馬の仕事に携わりたい」という言葉を残して
行方のわからなくなった父に自分を見つけて貰う為に
競馬の騎手になった上杉ケイという人物です。

WEBヤングサンデー
http://www.youngsunday.com/rensai/comics/derby.h …
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この回答へのお礼

紹介ありがとうございます。
すごく読んでみたい!!と思い、もよりの古本屋さんで探したのですが、残念ながらそこでは手に入りませんでした。
こまめに入荷をチェックしようと思います。
すごく楽しみです。
ありがとうございました

お礼日時:2007/08/19 23:54

帯をギュッとね! 河合克敏 全30巻


※主人公:柔道をやる普通の高校生

B.B 石渡 治 全31巻(?)
※主人公:ボクサーになる決意をするがある事件の為に波乱万丈の人生を送る

LOVe 石渡 治 全30巻
※主人公:年と性別を偽ってテニスをする女の子(B.Bの主人公の娘)

はじめの一歩 森川 ジョージ ~80巻(以下続刊)
※主人公:元いじめられっこのボクサー

Harlem Beat 西山 優里子 全29巻
※主人公:バスケをする高校生

などはどうでしょうか?

B.Bはちょっと昔作品なので絵が古いと感じるかもしれませんが・・・しかも純粋なスポーツ漫画じゃあないですし。
と言うか、ぱっと思いついたのを書いてみたけれどどれも古い作品ですね(汗
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この回答へのお礼

帯ギュよみました~
実は数年前にもトライしたことがあったのですが、そのときはあまりのめりこめず、1,2巻でストップしてしまいました。
今回ご紹介いただいたので、はじめはうーんと思いながら読み進めていったのですが、だんだん面白くなっていく(私にとって)漫画だったのですね。
教えていただいてよかったです。
他にも大作を紹介していただけたので、時間ができ次第手に取ってみるつもりです。(はじめの一歩はすごいですね(笑)昔完結してから手に取ろうと思った記憶がありますが、今になってもまだ続いていたとは・・・)
ありがとうございました。

お礼日時:2007/08/19 23:52

テニスの王子様



武心 BUSHIN
史上最強の弟子 ケンイチ
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この回答へのお礼

紹介ありがとうございます。
テニスの王子様は知っていましたが、下の二つはまったく知りませんでした。どうやら格闘漫画でしょうか?
なかなか手の出ないジャンルだったのですが、今度チャレンジしてみようと思います。ありがとうございました。

お礼日時:2007/08/19 23:47

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Q映画と精神分析との共通するところ

お世話になっています。


映画と精神分析が共通しているところがあるのが、
共通するところがあるとしたら、どこにあるのか、
というより、精神分析と映画とは、同じものではないのか、
という疑問にどなたかお答えください。


下記のようなページをみつけたのですが、
「映画と精神分析は同級生」http://www.akuzawa.net/?p=2031
誕生した時期が同じとの指摘があるばかりです。

ベラ・バラージュの「視覚的人間」(岩波文庫)を読んだときに、
カメラの視線とは、そのまま精神分析による第三者の視点である、
ということが書いてあったかと記憶しています。


私がお聞きしたいのは、
「精神分析を扱った映画」でもなく、
「映画を精神分析で批評する」ことでもなく、
同じ時代に生まれた両者の共通する土俵というか、
思想史的に共通する幹のようなものを教えていただきたいのです。

よろしくおねがいいたします。


Aベストアンサー

いまのわたしたちは映画を見ることがもはやめずらしいものでもなんでもなくなり、映画館で見ることすらまれになっています。そのため、映画が登場したとき、いったいどのような衝撃を人びとに与えたのか、理解することが逆にむずかしくなっています。

けれども、映画誕生からほどない時期のベルクソンの『創造的進化』から始まって、バルトやラカン、ジジェクなど、非常に多くの思想家が映画について、考察し、言及しています。つまり、それくらい「映画」というのは、わたしたちのものごとの見方を根本から変えてしまったものだったといえるでしょう。

それを知るためには、そもそも映画というのはどのようなものなのか、ほかの、たとえば小説や、写真や、絵画とどのようにちがっているのかを、もう一度考えてみることが必要かもしれません。

たとえばベンヤミンは『複製技術時代の芸術作品』のなかで、

「人間の歩行について、大まかにではあれ誰でも説明できるのが、通例だとしても、足を踏み出す何分の一秒かの瞬間の動きについては、ひとはたしかに何も知らない。ライターや匙をつかむおなじみの動作について、ぼくらは大まかには承知しているものの、そのさい手と金属とのあいだに本来どういうことが生じているのかは、ほとんど知らない。まして、ぼくらの心理状態の差異に応じてその点が堂微妙に変化するかなど、分かってはいない。こういうところにカメラは、そのすべての補助手段――パン・アップやパン・ダウン、カット・バックやフラッシュ・バック、高速度撮影や低速度撮影、アップやロング――をともなって、介入してゆく。精神分析によって無意識の衝動を知るように、ぼくらはカメラによって初めて無意識の視覚を体験する」(p.176-177 野村修訳「複製技術時代の芸術作品」 多木浩二『ベンヤミン「複製技術時代の芸術作品」精読』所収)

と、映画による映像というものがどういうものであるか、精神分析とパラレルな関係にあるものと位置づけて、読み解いていきます。

では、どうして映画はこのように

> 精神分析による第三者の視点

として語られるのでしょうか。

このご質問には、以下の文章が参考になるのではないかと思います。

「映画を見るときに、われわれは映画館の闇のなかに座る。すると、われわれの背後から一筋の光が投げかけられて、それが前方のスクリーンに実物大の、いや、それ以上の大きなイマージュを投影する。そして、そのイマージュは、運動するリアルなイマージュであるのだが、しかし現実にはけっしてありえない仕方で断片化されており、その断片がモンタージュされているのである。

 こうしたイマージュの投影の一切は、実は夢に似通っている。つまり、夢が、闇のなかでわれわれの無意識という背後の光源が投影するモンタージュされたイマージュの連なりであるのと同じ構造を映画は備えている。映画とともに人間ははじめて、夢というみずからの無意識の秩序と共延長的なメディアを確立したのだとも言えるのだ。(…略…)

映画を見るとき、われわれは、あたかも無名の誰かの夢を、無名であるがゆえにまたわたしの夢ともなりうるような夢として見るのだ。そこには、夢の分有という無名のコミュニケーション、ほとんど神話の生誕にも比すべき、無名の共同性の出現がある。すなわち、映画が夢であるとしても、その夢は、現代の社会におけるある種の共同性に裏打ちされた神話性の誕生としての夢なのである。」(p.118-119 小林康夫「映画」『哲学の木』所収)

以上、何らかの参考になれば幸いです。

いまのわたしたちは映画を見ることがもはやめずらしいものでもなんでもなくなり、映画館で見ることすらまれになっています。そのため、映画が登場したとき、いったいどのような衝撃を人びとに与えたのか、理解することが逆にむずかしくなっています。

けれども、映画誕生からほどない時期のベルクソンの『創造的進化』から始まって、バルトやラカン、ジジェクなど、非常に多くの思想家が映画について、考察し、言及しています。つまり、それくらい「映画」というのは、わたしたちのものごとの見方を根本から変え...続きを読む

Q曽田正人

この人の漫画にはなぜ「27」?
シャカリキの巻末にも取り上げられていなかった。

Aベストアンサー

それは、曽田さんは故ジル・ビルヌーブ(F1ドライバーで
現役F1ドライバーのジャック・ビルヌーブの父)の熱烈な
ファンであり、このジルが乗っていたフェラーリF1の
カーナンバーが27番だったからです。フェラーリは'95年
まで、カーナンバー27と28を付けており(例外として、
前年のチャンピオンドライバーが乗る場合は1と2の事も
あるが)、カーナンバー27は長年、フェラーリのエース
ドライバーの番号だったのです。
ですので、『シャカリキ!』で野々村輝がレースで付ける
ゼッケンも、『め組の大吾』でレスキュー隊の試験を受ける
大吾のゼッケンも、『昂』でローザンヌのバレエ・コンクール
に出場した宮本昂のゼッケンも、みんな27番なのです。
これは、曽田さんと飯食いにいった時に聞きました。
ちなみに、『シャカリキ!』を書いていた頃の曽田さんの
仕事場の机の前の壁には、大きなジル・ビルヌーブの
ポスターが貼ってありました。

Q精神分析医と精神科医の違い

こんばんは!
ふと気になったので質問します。
精神科医と精神分析医の違いは何ですか?
精神科医はpsychiatrist といい、精神分析医は analystと言いますよね。よく、洋画などで見るカウンセリングを受けているシーンは分析医なんでしょうか?
「アナライズ・ミー」(ロバート・デ・ニーロとビリー・クリスタルが出演)はビリー・クリスタルは精神分析医ですよね?
「グッド・ウィルハンティング」のロビン・ウィリアムズは精神科医ですよね?
「Mr.and Mrs.Smith」のは精神分析医ですよね?

日本では、精神分析医とあまり聞かないのですが、これは精神科医ということなのでしょうか?日本には精神分析医はいないのでしょうか?

この二つの職業、どう違うんでしょうか?

Aベストアンサー

http://mmh.banyu.co.jp/mmhe2j/sec07/ch098/ch098d.html

Q曽田正人さんの作品の「昴」って・・・

「昴」ってどうなったんですか?続きが読みたいしとっっても気になってます!!知っている方は、どうかお願いします。

Aベストアンサー

とりあえずあれ以降は書かれていません。
昴はビックコミックスピリッツ(小学館)に掲載されていました。
今は月刊少年マガジン(講談社)に「CAPETA」という漫画を連載中です。
小学館と講談社に掛け持ちでかく漫画家はほとんどいないはずですのでもう昴の続きを読むことは不可能ではないかと思います。

Q精神分析はどう役立つか

精神分析を受けたことがありますか?

受けてみてどうでしたか?

困っていたことは何ですか?
それがどんな風に改善されていきましたか?

精神分析はどんな悩みに効果がありますか?

悪意回答、ご遠慮ください。

Aベストアンサー

日本では精神科はハードルが高いですね。
欧米、特にアメリカでは内科と精神科のホームドクターを決めているのが一般的ですが、日本ではまだそこまでは行っていませんね。
 我が家は、個人的な付き合いもあり内科と精神科のホームドクターが決めてあり、気軽に相談できます。親や子供に欝が疑われるときなどは何度か訪問しました。精神分析と言っても他の診療科と異なり道具はありませんから、なんとも心もとないですね。でも、質問の手順などはお医者さんそれぞれの流儀があるようで、何気ないような会話を繰り返していって診断して行きます。・・・それが診察????・・・・てな感じです。
 精神分析は本人がその病気の原因を理解して改善させることを目的としていますが、現在は精神分析だけが単独で使われることはほとんどありません。あくまで薬物治療の補助的な位置になっているようです。
 精神の病は、・・・症と言われる軽いものから、・・・病という病気まで色々ありますが、家族なり自身で早く気がついて診察を受けるのが良いでしょう。私の場合はいずれも、薬で治療がされ「寛解」にいたりました。

Q漫画を描くタブレットでいいのを教えてください! 7月に誕生日なのですが誕生日に絵が好きなので漫画が描

漫画を描くタブレットでいいのを教えてください!
7月に誕生日なのですが誕生日に絵が好きなので漫画が描けるタブレットが欲しいと思っています。
性能がよくても高いものがたくさんあって誕生日には買ってもらえなさそうなので安くて描きやすいタブレットを教えてください。

Aベストアンサー

ワコムのCTL-490/W0はいかがでしょう?
7500円くらいでペンタブの中ではかなり安い分類かと思います。
この価格帯ならオススメです!

Q精神分析療法の「治療」のメカニズム

まず、精神分析療法では、本人を抑圧している「無意識」を「意識化させる」ことが治療方法であると理解しました。(私のこの理解そのものが間違っているのかもしれません。だとしたらご教示下さい)

しかし、何故これが心の病の「治癒」に結びつくのかが判らないのです。

原因が判って「よし、じゃあこの問題を解決しよう!」(例:私のテストの成績が悪いのは何故だろう→原因は勉強していないからだ→よし!勉強しよう=解決)となるのであれば「原因を探すことが治癒につながる」ことが判らなくはないのですが、精神分析療法では、心の病の原因を、主に幼児期の親子関係に求めます。これは、「今となっては」どうしようもないことなのではないでしょうか。原因が判ってもそれが「どうしようもないこと」であれば意味はないのではないでしょうか。

そもそも、精神分析の治療の根幹は「問題の解決」ではなく「問題の原因の自覚」にあるのでしょう。繰り返しになりますが、これが何故「治療」につながるのかが判らないのです。

なお、精神分析療法はエセ科学として批判が厳しく、現在の日本の臨床では殆ど行われていないことは存じています。しかし、それはそれとして、「精神分析の立場からは」無意識の意識化が治療に結びつくメカニズムをどう仮定しているのか、ということを知りたいのです

まず、精神分析療法では、本人を抑圧している「無意識」を「意識化させる」ことが治療方法であると理解しました。(私のこの理解そのものが間違っているのかもしれません。だとしたらご教示下さい)

しかし、何故これが心の病の「治癒」に結びつくのかが判らないのです。

原因が判って「よし、じゃあこの問題を解決しよう!」(例:私のテストの成績が悪いのは何故だろう→原因は勉強していないからだ→よし!勉強しよう=解決)となるのであれば「原因を探すことが治癒につながる」ことが判らなくはないので...続きを読む

Aベストアンサー

一素人ですが精神分析に興味を持っている者です。
まず、基本的には、『>本人を抑圧している「無意識」を「意識化させる」ことが治療方法』と捉えて良いのではないかと私も思っています。
ご質問は、「>問題の原因の自覚」がなぜ治療につながるのか、ということですね。

端的に言うと、「>今となってはどうしようもないこと」であっても、「納得する」ということが心の安定をもたらすからではないか、という気がします。

認知行動療法やゲシュタルト療法、あるいは森田療法など、過去は不問にして現在の問題に焦点を当て、そこを集中的に改善しようとする療法もあります。
どちらかというと今はこれらの方が主流と言えるのかもしれません。
また、それだけの価値は大いにありますし、私も共感するところは大です。
これらはすべて神経症の治療法なわけですが、神経症というのは、無意識に抑圧された記憶が歪んだ形で心身に影響を及ぼすことだと思います。
無意識に抑圧されるからには抑圧されるだけの(本人にとっては深刻な)理由があります。

抑圧というのは自我の防衛機制の典型ですが、たとえば、幼時に母親からの愛情を十分に受けられなかった男児が、成長した後も母親の愛情を求めたいという心理になるのは自然ですが、これは現実的には奨励されないことなのでその感情は抑圧されます。
抑圧された感情は、たとえば彼の恋人に対して向けられることも多いでしょう。
多かれ少なかれこういうことはありますが、過剰になり、母親役を要求されすぎた彼女が耐えられなくなるほどだとやはり困ります。

彼女に甘えすぎないでもっと大事にしなければいけない、という現実的思考によって脱することも可能でしょうが、彼女に母親を投影してるのだ、ということが納得できれば、甘えすぎないようするということは、母親と彼女の区別をはっきりつけることだ、ということに気づきます。
はっきり区別できないことが錯綜で、錯綜はコンプレックスとも訳されることがあり、ここからマザコンなる言葉も俗語として出てきたりします。

特に信奉者ではありませんが、フロイトの最大の功績は無意識の概念だと思います。
ある女性のヒステリー研究が発端となって精神分析は誕生したわけですが、この女性は父親の看病中にヒステリー症状を呈しました。
彼女の無意識には父親に対する愛情が抑圧されていることがわかったわけです。
この場合の抑圧された感情が性的なものであったため、フロイトはその後も不必要な局面でも性的抑圧に固執するようになり、顰蹙をかう原因になっていることは確かでしょう。
しかし、私に言わせればそれは些細なことです。
性的欲望と生的欲望を完全に区別することは難しいのであって、昨今のフロイト批判に対しては、険しい山を切り開いて作った先達の曲がりくねった道を見て、舗装道路のほうが歩きやすいと言っているかのような印象を受けます。

ただ、精神分析はフロイトの専売特許ではなく、様々に枝分かれしながら幅の広い解釈がなされるようになっています。
日本で似非と解釈されているすれば、それを使いこなせる専門家が育っていない、ということなのかもしれません。

精神分析療法が似非かどうかは素人なのでわかりませんが、その本質は、
(無意識に)隠れているからといって無いものとせず、それを白日の下にさらけだすことによって、自らの意志によって制御できる対象としてまな板に乗せることなのかな、というように捉えています。
精神分析によってこうした本質的原因を了解しつつ、認知行動療法などの現実的対症療法を組み合わせていくことが効果的なのではないか、などということは考えます。
 

一素人ですが精神分析に興味を持っている者です。
まず、基本的には、『>本人を抑圧している「無意識」を「意識化させる」ことが治療方法』と捉えて良いのではないかと私も思っています。
ご質問は、「>問題の原因の自覚」がなぜ治療につながるのか、ということですね。

端的に言うと、「>今となってはどうしようもないこと」であっても、「納得する」ということが心の安定をもたらすからではないか、という気がします。

認知行動療法やゲシュタルト療法、あるいは森田療法など、過去は不問にして現在...続きを読む

Q最近の若者の悲哀を描いたおもしろい漫画はありますか?悲哀を描いた漫画と

最近の若者の悲哀を描いたおもしろい漫画はありますか?悲哀を描いた漫画として、黄昏流星群や人間交差点、三丁目の夕日なんかがあると思いますが、どうも年代設定が古くて、楽しめるのですが、感情移入ができません。今の20代、30代の悲哀を描いた漫画はあるでしょうか、もし知っていたら、教えてください。

Aベストアンサー

「闇金ウシジマ君」という漫画がありまして、現代社会を舞台に、
とにかく嫌で暗い話がてんこもりです。しかしそこが面白い。
売春、ヤクザ、ニート、引きこもり、ヤンキー、貧乏、フリーター、闇金融、ギャンブル、ドラッグ、     強姦、詐欺、不況、暴力、見栄、同姓愛、傲慢、そして死。なんでもありです。
どんどんリアルになっていく絵柄が悲哀さと怖さを強調していきます。ある意味ホラー漫画。

福満しげゆきの「僕の小規模な失敗」とかもどうでしょう?
特別に貧乏や不幸という訳では無いが、地味に鬱屈した日々を送る青年の話です。
こちらは少し自虐ギャグテイスト。

井上雄彦の「リアル」は、車イスバスケと事故による身体障害を中心に、
様々な状況でもがく若者達の悩みと成長の話です。
ジャンプで「スラムダンク」を描いていた作者が、
今度は文字通り、より「リアル」な世界に挑戦している作品で、
「スラムダンク」を読んだ事があるなら、必見とも言えます。

知ってる作品ばっかりだったらすいませんが

Q精神分析(学)

なぜ慶應義塾大学には「精神分析(学)」があり東大には無いのですか?

Aベストアンサー

精神分析学というのは、比較的新しい研究分野です。ヒステリーの研究者、シャルコーに学んだフロイトから発展したと言っていいと思いますが、いわゆる精神分析とわれわれが言っているものは、エリクソンなくして語れません。1903年生まれのエリクソンなどの業績を、いちはやく理解し、日本に学問として取り入れたのが小此木啓吾氏であり、彼は慶応大学教授だったため、慶応大学には精神分析学があるわけです。でも、なぜ東大にないかと言われても、ないものを証明することは困難で、私には答えられません。

以上、ご参考になればと思います。

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