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今年、高校を受験する中3です。

今、歴史の勉強をしているのですが、
『荘園』『名田』『治田』の違いがわかりません。
どれも新しく開墾した土地(墾田?)ですよね?

本格的に歴史の勉強をはじめたところなので、あまり難しい言葉は使わないで
教えてもらえると幸いです。

それでは、わかる方いましたらお願いします。

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A 回答 (2件)

こんにちは。


>早速、参考URLを見てみたのですが、それぞれのはっきりした”違い”が解りません・・・。
ではもう少し整理を試みてみましょう。
「荘園」というのは貴族や有力寺社がその財力を用いて開墾した「自分達の田圃」です。
「公地公民」ということで土地は全部基本的に国のものだったのですが、それがどんどん緩くなって「国の用水」を使う場合には「公田」といって国の田圃だけれども、そうじゃない場合は私有の田圃として認められるようなことになりました。
ですが用水を自前で作るにはとてもお金が必要なので「荘園」の開発は貴族や有力寺社のみが行うことが出来た訳です。
さて、その後九世紀くらいになってくると更に国の統制力は衰えてしまって、本当は「口分田」という「国から借りている田圃」を「代々自分達が耕してきた」ことを理由に勝手に自分のものにしてしまう農民が出てきました(勝手をされても取り締まれないくらい国としての統制力が衰えていた訳です)。
これに加えて勝手に土地を開墾するものもあり、そうした人達が「ここは自分のものだ」という具合に名前をつけて呼んだりしたもので「名田」と呼ばれる訳です。
「荘園」はお金持ちしか持てなかったけれど、「名田」はそれほどでなくても「自分のもの」と宣言してしまえば良い訳ですから、力をつけた農民でも持つことが出来たということです。
その後中央で藤原氏などが大きな勢いを持つことになると、その圧迫を受けて自分の荘園を維持出来なくなる貴族や寺社が増えてきました。
そうした「元荘園」の土地を名田の時と同じように自分達の力で再開発して「自分の田圃」とする農民も現れ、こうして開墾された農地を「治田」と呼ぶ訳です。
同じように国の力の衰えなどを背景に農民達が自分達で開発して自分達のものとしていった訳ですが、元「口分田」であると「名田」、元「荘園」であると「治田」などと呼ばれたということです。
基本はすべて「元々国のものであった土地を私有化した」ということなのですが、当事者や対象が異なる為に違った呼び方をしているという訳ですね。
大雑把ですが多少はおわかり頂けたでしょうか。
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荘園は初期はともかく中世には必ずしも新たに開拓した土地とは限りません。


荘園、名田、治田の関係については参考URLを参照してください。

参考URL:http://www.tamagawa.ac.jp/sisetu/kyouken/kamakur …
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

早速、参考URLを見てみたのですが、それぞれのはっきりした”違い”が解りません・・・。

お礼日時:2007/08/18 01:45

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Q「幕府」と「朝廷」の違いを教えて

中学校1年生の子供からの質問なのですが、

・「幕府」と「朝廷」の違いが分からない。
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と言われました。
お恥ずかしながら的確に説明できません。
教科書には説明が載ってないし、「先生に聞いてみたら?」と言うと
「先生は授業が終わるとすぐに職員室に戻ってしまうし、あまり質問しやすい先生じゃないもん!o(;△;)o 」
とのこと・・・(´_`;)

どなたか教えていただけますか?
私も勉強したいです。よろしくお願いします。<(_ _;)>

Aベストアンサー

朝廷というのは天皇を頂点とした政府のことですが、ここが日本全国を完全に支配していたのはせいぜい平安時代までで、その後紆余曲折はありますが、鎌倉時代、室町時代、戦国時代(この時代は全国を支配した政権はありません)、安土桃山時代から江戸時代まで、ほとんどは武士が支配することになります。
ただ、ややこしいのは武士が支配していた時代でも一貫して朝廷は存在していたことです。幕府の長は征夷大将軍ですが、これは形式的には天皇の部下なんですね。ただ、現実には天皇が将軍を自由に選べるということはほとんどなく、武士に言われるがままに任命していたわけですから、実権は武士の側にあったということになります。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%81%E5%A4%B7%E5%A4%A7%E5%B0%86%E8%BB%8D
これを端的にお子さんに説明するのは難しいかもしれません。
ただ、今の天皇陛下も政治的な実権はまったくなくて象徴として存在しているわけなので、それとちょっと似ているというような説明は、できるかもしれませんね。(今でも首相を任命するのは天皇と決まっています。ただし天皇が首相を選ぶことはできず、国会が選んだ人を形式的に任命するだけです)

朝廷というのは天皇を頂点とした政府のことですが、ここが日本全国を完全に支配していたのはせいぜい平安時代までで、その後紆余曲折はありますが、鎌倉時代、室町時代、戦国時代(この時代は全国を支配した政権はありません)、安土桃山時代から江戸時代まで、ほとんどは武士が支配することになります。
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Q田堵と負名について

この二つが区別できません。
田堵=負名なんでしょうか?
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

中小企業を考えてみてください。
中小企業といえども株式会社。
けど、株主は社長だけだったりする。

山田産業株式会社。
社長山田太郎
株主山田太郎


この時、国に対して責任がある(納税する)あるときは、社長としての山田太郎。
会社の持ち主(=株主)としては 株主としての山田太郎。

田堵 というのは 耕作地の持ち主はだれよ?という視点
負名 というんは 耕作地の納税者はだれよ?という視点

だいたいが中小企業の農業生産ですので、田堵=負名となります。


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