フランスの国家の一番の歌詞、その最後に以下のような部分があります。
 
 やつらの汚れた血を畑にぶちまけよう♪
 
 私は個人的にそんな畑の収穫物は食べたくありません。
 これは、なにかしらの歴史的経緯や、フランスの習慣を反映してこのような歌詞になっているのでしょうか? それとも、作者は軍人さんとのことなので、フルメタル・ジャケットのハートマン軍曹が歌う歌のようなアジテーションなのでしょうか?
 
 ご存じの方、よろしくお願いいたします。

このQ&Aに関連する最新のQ&A

A 回答 (5件)

 この歌はもともとフランス革命の反乱軍の行進歌のはずです。


反乱していたのは、もちろん一般市民ですから
[俺たちを栄養にして肥え太った奴等を
 今度は俺たちが栄養にしてやろう]
的な意味合いがあるのではないでしょうか。

 的外れな回答でしたらごめんなさい。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

 ご回答、ありがとうございます。
 
[俺たちを栄養にして肥え太った奴等を
 今度は俺たちが栄養にしてやろう]
 納得しました。おもしろい解釈だと思います。ありがとうございます。

お礼日時:2007/08/24 21:01

人は自らの属性を何によって決定いたしますか



それは、通常両親から受け継ぐ『血 sang』と
生まれ育った『祖国・故郷 sillons』です

ご質問にあります歌詞の一句
Qu'un sang impur abreuve nos sillons
この両方を纏め上げている大変高度な言い回しです

川や路では、祖国・故郷の土を表現出来ません 
フランスは ご存知のように農業国です

日本のような島国では、国家としての土を意識することは
あまり無いのかも知れません 土地が繋がっている
欧州大陸ではコレが基本な考え方では無いでしょうか 

それを如実に示すフランス語に Droit du sol (属地主義)
Droit du sang (属人主義)とあり フランスが1515年から
自国の土地でで生まれた人に原則フランス国籍を与えいます

その土地(sol)を、sillons(複数形は、祖国との意味)で表現
同様な言い方は、後年文豪(HUGO)の
En avant les hommes! Qu'un sang impur inonde les sillons!
が有名です

この句がいまだに熱い議論を呼んでいるのは Sang impur の文言です
この不純な血との用語が、時代を下ってから一部人種的偏見を持つ
グループから ユダヤ人のことを示すことになってしまい 博愛を
標榜するフランス国歌としての是非があるからです

その考察は、改めてとしまして、当時は sang impur と言えば
sang pur 乃至 sang royal, sang bleu と対比して利用され
平民(le sang du pleuple des sans culottes )の血です

ですから一般的な敵の血との解釈のほかに、戦う民衆は自らの
愛すべき祖国を(自分の)血で染めようとも、死守すべきは
死守するとの別解が根強くあります このような二重の解釈を
許してしまうところに愛着を覚える人もおります
(自らの血をimpurですかと疑問が生じるかもしれません
でも、この当時、sans culottes との言い方もありますから
各時代の熱気とは、そんなものなんでしょう)

以上です。。。
    • good
    • 0

はじめまして。



既に回答は出ていますが、簡単に補足致します。

ご質問1:
<これは、なにかしらの歴史的経緯や、フランスの習慣を反映してこのような歌詞になっているのでしょうか?>

1789年のフランス革命の時の、市民側の戦闘歌です。


ご質問2:
<質問の要旨は「何故、『畑』なのか?」ということを知りたいのです。>

1.このsang「血」とは市民の的、貴族達の血のことを言っています。

2.sang impur「汚れた血」とは、餓えに苦しむ市民・農民を奴隷のように無償労働でこきつかい、自分達は優雅に遊んで暮らす当時の貴族達の血を、こう表現しています。

3.sillonはNo.3の回答にある通り、「畝溝」「畦」のことです。ここでは、畝溝の溝の部分だけではなく、畝の部分にも焦点が置かれています。

4.つまり、このように畑を盛る形式は、麦を植える時の畑の下準備になります。巻かれた水は溝を伝って全体に水分が行き渡ります。

そしてこの畝の部分、すなわち土を盛り上げた部分に麦を植えるのです。

5.麦はフランス人にとっては主食のパンとなる、象徴的な作物です。その作物の肥やしにするというのは、一種の「象徴的な復讐」が込められています。

No.1の回答にあるように、「今まで自分達の重労働で肥え太った貴族達の血を、今度は自分達が十分食べるための肥やしにしよう」と、積年の恨みを込めてabreuver「血(養分となる水)をふりまく」といっているのです。

6.ここで改めてsang impur「汚れた血」が生きてきます。つまり、汚いもの・腐ったものほど肥やしにはいいという、自然の決まりがあります。貴族達の血は腐りに腐っ定マスから、腐葉土にするには、最高の養分なのです。


以上ご参考までに。 
    • good
    • 0

少し訳が違いますね。


もちろん、ですが、ラマルセイエーズの歌詞はフランス語なわけで、
英訳詞には定訳はありませんし、日本語訳も同様。

Allons enfants de la Patrie,
Le jour de gloire est arrive!
Contre nous de la tyrannie
L'etendard sanglant est leve (bis)
Entendez-vous dans nos campagnes
Mugir ces feroces soldats ?
Ils viennent jusque dans vos bras
Egorger vos fils, vos compagnes

(*)
Aux armes citoyens, Formez vos bataillons
Marchons, marchons
Qu'un sang impur Abreuve nos sillons

Que veut cette horde d'esclaves,
De traitres, de rois conjures ?
Pour qui ces ignobles entraves
Ces fers des longtemps prepares ? (bis)
Francais, pour nous, ah! quel outrage
Quels transports il doit exciter
C'est nous qu'on ose mediter
De rendre a l'antique esclavage !

(*)繰り返し

Quoi ces cohortes etrangeres !
Feraient la loi dans nos foyers !
Quoi ! ces phalanges mercenaires
Terrasseraient nos fils guerriers ! (bis)
Grand Dieu! par des mains enchainees
Nos fronts sous le joug se ploieraient
De vils despotes deviendraient
Les maitres des destinees.

(*)繰り返し

Tremblez, tyrans et vous perfides
L'opprobre de tous les partis,
Tremblez ! vos projets parricides
Vont enfin recevoir leurs prix ! (bis)
Tout est soldat pour vous combattre,
S'ils tombent, nos jeunes heros,
La France en produit de nouveaux,
Contre vous tout prets a se battre

(*)繰り返し

Francais, en guerriers magnanimes
Portez ou retenez vos coups !
Epargnez ces tristes victimes,
A regret s'armant contre nous (bis)
Mais ces despotes sanguinaires,
Mais ces complices de Bouille,
Tous ces tigres qui, sans pitie,
Dechirent le sein de leur mere !

(*)繰り返し

Nous entrerons dans la carriere
Quand nos aines n'y seront plus,
Nous y trouverons leur poussiere
Et la trace de leurs vertus (bis)
Bien moins jaloux de leur survivre
Que de partager leur cercueil,
Nous aurons le sublime orgueil
De les venger ou de les suivre !

(*)繰り返し

Amour sacre de la Patrie,
Conduis, soutiens nos bras vengeurs
Liberte Liberte cherie
Combats avec tes defenseurs ! (bis)
Sous nos drapeaux que la victoire
Accoure a tes males accents
Que tes ennemis expirants
Voient ton triomphe et notre gloire !

(*)繰り返し

この長い歌詞のなかで、該当の部分はサビのパートの最後の行。
Qu'un sang impur Abreuve nos sillons
直訳は「我らが畝溝を汚れし血汐で満たせ」
畝溝っていうのは、畑に作物を植えつけるために
間隔をおいて土を高く盛り上げた畝のよこの筋をなした溝のこと。
ただしここでは、畝溝は田畑の詩的表現であったり、
国土と解釈してもいいわけで、直訳は肥やしにするということだが、
一種の生贄というか、血の洗礼というか、
前後の脈絡を考えると、「殺せ」ということを婉曲的に言っているというだけかな。
    • good
    • 0

比喩です。



偽政者どもをぶち殺してやろうという意味です。
殺せば血が飛びます。それが畑一面を赤くする位殺そうということです。

元々この国歌は異常な歌詞です。
血染めの軍旗、暴虐なるブイエ将軍など革命闘争のための歌です。

この回答への補足

 ご回答ありがとうございます。
 
 わかりにくい質問文で申し訳ありません。
 質問の要旨は「何故、『畑』なのか?」ということを知りたいのです。「『川』を血で染めて」もいいでしょうし、「『路』に死体を積み上げて」もいいでしょう。しかし、よりによって、なぜ畑なのか。
 
 何かご存じでしたら、教えていただければ幸いです。よろしくお願いします。

補足日時:2007/08/24 21:02
    • good
    • 0

このQ&Aに関連する人気のQ&A

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人が検索しているワード

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Qポケモンのとくいわざが書いてある本が知りたい

3歳の息子がテレビのポケモンに夢中です。
その影響でポケモンの指人形で「バトルごっこしよう!これのとくいわざはなに?」
と質問をしてくるのですが、、、わざがわかりません。

わざを教えてあげられる絵本?!のようなものがあったら
教えてもらえませんか?
細かい描写があるとうれしいですが、
できればゲーム機は与えたくないので、本またはゲーム機ではないおもちゃで探しています。

Aベストアンサー

細かい描写まではないですが、
とくいわざは記載されてます。
ポケモンの基本情報もしっかりあります。
アニメベースに楽しみなら、この本便利です。
息子が幼稚園児のとき、
このシリーズのダイアモンド・パール編を購入して、
楽しんだものです。
ただ、本としては小さいですので、
読みにくさはありますけど、
ポケモンのことを知る方法としては
お手軽だと思います
「ポケモン ベストウイッシュ イッシュずかん (コロタン文庫) [文庫] 」
で、検索してみては?
大抵の本屋さんの児童書フロアにおいてあります。

Q満州国は日本の傀儡国家と言うより、関東軍の独立国家でしょうか? 関東軍は日本政府無視の独断行動で満州

満州国は日本の傀儡国家と言うより、関東軍の独立国家でしょうか? 関東軍は日本政府無視の独断行動で満州国を作ったとかなんとか。阿片密売の独自財源まで持ってたとか。

Aベストアンサー

内面指導といって満州国の内部機関に日本側のスタッフが入り、その日本側スタッフの決済印がなければ書類一切が進まないという状態でした。ただこのスタッフが本国から派遣されてきます。関東軍がきっかけになったことは確かですが、国ができてみると、本国政府もどんどん介入してきます。また226事件以降は統制派が権力を掌握するので、関東軍の勝手行動にもある程度枠がはめられたと聞きます。
関東軍がすべてを支配していたかというと微妙です。影響力はとても強かったというのは言えますが。本国政府の意向をすべて無視することはできません。基本的には本国政府と話し合いで決める。ただ重要項目でワガママが通った。という感じでしょうか。軍事予算を考えると、アヘン密売の財源はお小遣い程度にしかならなかったと思います。

皮肉なことにこれはGHQが日本占領した時の構図とも同じです。マッカーサー始め軍人が権力があるように見えます。本国の命令を無視しがちなキング・マッカーサーでしたが、スタッフは米本土から送り込まれており、GHQがやりたい放題できるわけではありません。本国の意向を無視はできないのです。

同じ構図はフランス・アルジェリア戦争の時にもあります。あのときにもフランス軍がクーデターを起こす直前でした。満州事変と226事件が一片に来るような感じでしたが。ただその時のフランス政界にはドゴールがいたのです。

人間の行動は、条件が同じであれば似たようなものになるようです。
資料を読まずにうろ覚えでこれを書いているので、あんまり厳密ではないですが。
もっとちゃんと書いてくる人がいたら、そっちの意見を参照してください。

内面指導といって満州国の内部機関に日本側のスタッフが入り、その日本側スタッフの決済印がなければ書類一切が進まないという状態でした。ただこのスタッフが本国から派遣されてきます。関東軍がきっかけになったことは確かですが、国ができてみると、本国政府もどんどん介入してきます。また226事件以降は統制派が権力を掌握するので、関東軍の勝手行動にもある程度枠がはめられたと聞きます。
関東軍がすべてを支配していたかというと微妙です。影響力はとても強かったというのは言えますが。本国政府の意向...続きを読む

Qモンゴル軍

モンゴル軍
アルメニア軍
アルジェリア軍
ブルキナファソ軍
ガンビア軍
この中で一番強いのはどの軍でしょうか?

Aベストアンサー

 アルメニア軍。雑な質問には雑な回答しかつかないですよ。

Q北朝鮮軍(+中国軍)vs韓国軍(+日本軍、米国援助)ではどっち勝つか?

北朝鮮軍(+中国軍)vs韓国軍(+日本軍、米国援助)ではどっち勝つでしょう?

中国は、物資や武器、資金の提供、軍事力の援護
日本は、自衛隊の援護?ただし、どれぐらい派遣できるのかは未知数ですよね。
イージス艦は派遣しそうです。
しかし、陸自、空自は派遣は難しそうですが、有り得ますかね?
(今度の総選挙で鳩山政権が与党になれば楽に?)
米国は例のごとく、武器とイラナイ紙切れ同然のドルを韓国に援助します。

この場合、韓国が勝ちそうに見えるのですが、
某所の外人の書き込みによると、
「韓国がやられ、日本が反撃する(抵抗する?)」とあります。
これは、どういう意味なのでしょうか?
実際に韓国と北朝鮮同士ならば、韓国が圧倒的差で勝つと思います。
また、この場合、中国+北朝鮮軍が日本へ攻めてくるということも有り得るのでしょうか?
しかし、結局は日本が割りと楽に防衛し、中国がやけくそになって日本へ核を撃つということは有り得ませんか?
実のところ、無いとは思いますが、中国は奥が深いので難しいです。

一応、念のために原文載せます

Try this. 2009 North Korea gets attacked by South Korea. Japan joins with SK. China joins NK. US refuses to take sides. Israel attacks Iran, EU/US refuse to help. Russia does nothing. Aussies turn on china and helps SK+Japan. USA funds Israel and SK offensive. SK is ruined, but japan keeps attacking. Israel is stuck in a long term hit-and-run war with Iran supporters. EU finally steps in to help Israel and Japan, Russia sides with China, 2011. 2012, USA official joins the Allies, war cont.

北朝鮮軍(+中国軍)vs韓国軍(+日本軍、米国援助)ではどっち勝つでしょう?

中国は、物資や武器、資金の提供、軍事力の援護
日本は、自衛隊の援護?ただし、どれぐらい派遣できるのかは未知数ですよね。
イージス艦は派遣しそうです。
しかし、陸自、空自は派遣は難しそうですが、有り得ますかね?
(今度の総選挙で鳩山政権が与党になれば楽に?)
米国は例のごとく、武器とイラナイ紙切れ同然のドルを韓国に援助します。

この場合、韓国が勝ちそうに見えるのですが、
某所の外人の書き込みに...続きを読む

Aベストアンサー

僕は中国が本気で支援したら韓国軍が負けると思います。
日本軍は役に立たないでしょう。
「韓国がやられ、日本が反撃する(抵抗する?)」
これはない気がします。
米軍が反撃しそれに巻き込まれる形で支援、
そして支援した段階で日本も標的になるってことはあるでしょう。
日本に攻めてきた場合も楽に防衛なんてことはまずないと思います。
みえる軍だけじゃなく日本には多数の中国、朝鮮の人がいます。
その人たちの一部でもテロなんか起こそうものなら。敵軍が来る前に大混乱でしょう
中国がやけくそになるぐらいの状況にならすでに日本半分ぐらいなくなってるんじゃないかな

Q解放軍と反乱軍の違いについて

はじめまして

解放軍と反乱軍の違いとはどういったものなんでしょうか?
解放軍側が言うのが解放軍、
国家などが解放軍の事を反乱軍、
という意味で良いのでしょうか?

よろしくお願いします

Aベストアンサー

視点の違いでしょう。国家等体制側から見れば、体制の転覆を謀る集団として、「反乱軍」というレッテルを貼るでしょうし。反乱軍自身は、体制の圧政などから民衆を解放するための行動ですから、「解放軍」と名乗るでしょう。

ただ、解放軍が必ずしも正義とは限りません。

Qフランス革命時のフランス軍の強さについて

 フランス革命後、(1793年に)オーストリア・プロシア連合軍がフランスに宣戦布告してヴァミールの戦いまでフランス軍は連戦連敗だったにもかかわらず、ヴァミールの戦い以降は連戦連勝で1813年にナポレオンがロシアで敗れるまでは負け知らずでした。
 一体、何がフランス軍をかえたのか、おしえてください。

 

Aベストアンサー

まずヴァミールではなくヴァルミー(Valmy)です。
ちなみにこのヴァルミー会戦は砲撃戦と合唱があっただけで
たいした戦闘はなくて、もともと戦争に消極的だったプロシア軍が
一応前進を阻止されたの口実に退却を始めただけです。
それでこの会戦はフランス軍が勝利したとは言い難い戦いでしたが、
最後まで戦場に残ったほうが勝者という慣例に従ったまでです。
ま、たしかに共和国軍最初の勝利ではあるのですが、
両国の政治的背景が影響したものだといえますから
ゲーテはフランス兵の士気の高さに驚いただけで、勘違いだったのです。

さて、ところで連合軍がフランスに宣戦布告したのではなくて、
フランスが各国に宣戦布告したのです。
革命戦争はすべてフランス側から宣戦布告となるというのは
必ずチェックされる要注意ポイント。
そして自ら宣戦布告したにもかかわらず、フランスには戦争の準備が
まったくなく、軍の指導者たちは最初から開戦に反対していたのですが、
さらに彼らはすべて大貴族出身だったので、
ロシャンボーやリュクネル、ディロンら軍司令官は
平民で革命派が多い兵士に信用されておらず、相互不信から軍隊は敵と戦う以前に
味方同士で足の引っ張り合いをしていました。
さらに兵士の大半も連盟兵など興奮して革命に参加しただけのド素人が主で
秩序も訓練もされてない部隊が多かったことから、
兵士は銃の使い方も知らず、そもそも銃も不足してたのですが、
何かあると大混乱し、貴族士官の命令に反抗したり、
勝手に隊を離れたり、家族を連れてきていたり、
気に入らない味方の司令官を銃撃したりしたので、
フランス軍は戦うたびに負けるという状況になったわけです。
これは当然です。戦う状態になかったわけですから。

つまりは何が変えたのかではなく、あなたが知るべきは
まず1792年および各年の状況はどうだったか、どういう展開であったかということです。
それを知らないで、大雑把に考えすぎてますから、
何かでガラッとかわったかのような誤解してますね。
実際には積み重ね、変遷があるわけで、状況にも依存します。

”ヴァルミー以後は連戦連勝”といことはありません。
革命戦争初期だけを見ても、勝ったり負けたりです。
詳しく語るのは面倒なので、非常に大雑把(それでも長いが)にいうと、
革命戦争は1792年の最初の二週間はフランス軍の大混乱で負け続け、
ラファイエットは対外戦争よりも革命鎮圧のために軍を使おうとして失脚します。
ちなみにルイ16世ら王党派と立憲派の一部は戦争にわざと負けて
外国軍を呼び寄せようと画策もしてました。
ブランシュバイク公のプロシア軍を主体とする干渉軍がパリへ進撃を始めて、
ヴェルダン要塞を攻略したのでパリ市民はパニックに陥って
監獄に収監されていた不幸な人々を、王党派だと誤解して大虐殺をするという九月の虐殺事件が起きます。
それから外相のデュムーリエが将軍として戦場の建て直しを始めて
ヴァルミー会戦で一応、プロシア軍の前進を阻止します。
ちなみになんでプロシア軍が干渉軍の主体になったかというと、
オーストリアはトルコとの戦争にも晒されていて、
フランスに介入したくなかったので、少し進んだ後はとまって
プロシア軍と亡命貴族軍だけをすすませたという外交的策略をつかいました。
そしてプロシア王は、何の利益にもならないこの干渉戦争で
自分の武名を高めようと考えていて、老臣たちの反対を押し切って
介入していたわけで、ヴァルミーで前進をやめたのはまさに
国王を説得できるだけの努力はしたので、もう帰ろうということだったのです。
ヴァルミーの後、デュムーリエはプロシア軍と交渉し後に講和します。

デュムーリエ将軍は(帝国領)ラインラントと、オーストリア領ネーデルランドに照準を定めます。
これは自然国境というフランスの古くからの戦略に沿ったもので、
ラインの西側を占領してフランスの安定的国境をライン川に定めるというものです。
そしてこれによって戦争を勝利しようというのが彼の計画でした。
プロシア軍が勝手に帰ったので兵力が少なくなった連合軍に対して、
ジェマップ会戦で勝利しますが、この年の冬から1793年の春にかけて補給物資が欠乏し、
フランス軍では契約を終えた兵士が大量に帰郷したこともあわせて
兵員の数が激減します。またルイ16世の処刑が1月に行われたこともあって、
ヨーロッパの君主国家は危機感を強めます。
フランスが(当初は革命を支持していた)イギリスに宣戦布告したので、
イギリスの資金援助を得たオーストリア・神聖ローマ帝国加盟国が本格的な干渉を始めます。
それでフランス軍は占領した地域を次々に失い、後退を強いられます。
デュムーリエはベルギーから軍を引き返してきますが、ネールウィンデンで敗北します。
この後、デュムーリエは裏切ってしまうので、
この混乱の後でフランス軍は何度も敗北してダンピエール将軍などは戦死してしまうほど。
この危機に国民公会は、カルノーを公安委員に迎えて軍の再建を任せます。
この人物がフランス軍に徴兵制度などをもたらし、軍事戦略を一本化するなど
数々の改革を行ったリフォーマーです。
しかし徴兵制は、各地での反乱を引き起こしたので、
ヴァンデと南フランスで王党派の蜂起があり、内戦となってフランスが最も苦しんだ時期に来ます。
しかし主戦場ではカルノーの主導でオンドショットで勝利して、ワッチニー会戦で辛くも勝利して
オーストリア軍のパリへの進撃の希望を打ち砕き、ヴァンデもナント市を防衛し、
この年の終わりにはツーロンを奪回するなど一定のめどをたてます。
これを期に、戦争は防衛的性格から、侵略的性格に変わっていきます。


さて、ここからさきも一進一退あるのですが、これ以上語ってられないので
ここまでにしますが、もう一点、いっておくと、
もともとフランスという国は、当時の最大最強の陸軍国家であって、
強い軍隊の下地があったということは忘れてはなりません。
特に7年戦争後の軍事理論の革新(ブールセ、ギベール、マーユボワら)が
フランス(ロシアでも同様の進展があった)では広く採用され、理解されていたことで、
オーストリアやプロシアといった旧態依然とした軍隊との差を生みました。
ナポレオンも彼らの学説を学生時代から学んで、それを活かしいったわけで
軍制というのは、一夜にしてかわるものではないのです。
しかも実験と実例が必要とされるというのも、詳しくは説明しませんが、付け加えておきましょう。


だからすでに革命前にフランス軍を強くする理論は確立されていたというのが回答です。
カルノーやナポレオンなど、これらに精通する人々が、実務家になったことで
それが理論が実現段階にいたったというだけの話なんです。

まずヴァミールではなくヴァルミー(Valmy)です。
ちなみにこのヴァルミー会戦は砲撃戦と合唱があっただけで
たいした戦闘はなくて、もともと戦争に消極的だったプロシア軍が
一応前進を阻止されたの口実に退却を始めただけです。
それでこの会戦はフランス軍が勝利したとは言い難い戦いでしたが、
最後まで戦場に残ったほうが勝者という慣例に従ったまでです。
ま、たしかに共和国軍最初の勝利ではあるのですが、
両国の政治的背景が影響したものだといえますから
ゲーテはフランス兵の士気の高さに驚いた...続きを読む

QWWIIの連合軍車輌の塗装について

皆さんこんばんわ。

今までドイツ軍やソ連軍の車輌ばかりつくっておりましたが、
現在アメリカ軍シャーマン戦車の塗装をしております。

ドイツ軍の戦車等には下地の錆び止めプライマーが塗られていますが、
アメリカ軍やイギリス軍、ソ連軍等の連合軍車輌には同様のものが塗られていたのでしょうか?

なにとぞよろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

非常に簡単にですが、しらべてみました。
英語のサイトでアメリカ軍が灰色か黄色のプライマーをつかったことがあるらしい(数量不明)?という断片的な情報があります。
ソ連軍はそのままペンキ塗りしただけのようです。油性ペンキだったり、エナメルペンキだったり。プライマーを使用していたという記事はさがせませんでした。



WW2 Tank Wrecks でユーチューブで観てください。答えが観えたきがします♪
ドイツ軍の赤いプライマーはわかりますが、ほかはどうも塗ってるような気がしないというのが、私の感想でした。(責任はもてないのですが、すいません)

Qフランスへの連合軍空爆

連合軍のフランスへのドイツ勢力への空爆は、どれくらいの規模だったのでしょうか?日本より大きな被害を出したのでしょうか?

Aベストアンサー

1940年6月以降、1944年の9月まで英米軍は、フランス(北部)各地を
空爆しましたが、当然「都市への無差別爆撃」はほとんど行っては
いません。
目標はあくまでもドイツの航空基地、レーダーサイト、地上部隊、
海軍基地、補給集積所、補給路等ですね。
しかし・・・・

大戦中、フランスは18万人の民間人死者を出しました。
イギリス民間人死者数の3倍です。
もちろん、激しい地上戦に巻き込まれたからでしょうが、大半は
空爆による犠牲者です。
なぜなら、同じ国土が戦場になったイタリアに比べ2倍の民間人死者数
だからです。
ちなみに、日本の民間人死者数は50万人。
数字から見れば、日本よりは被害が少ないでしょう・・・。

ドイツの部隊移動や補給は当然、交通の発達した都市部にあります。
ドイツの戦争経済を支える工場には、多くのフランス人労働者や
周囲には民間人も多く住んでいます。
ドイツの地上部隊と避難民の区別は、空からは難しいです。
ドイツの補給は、フランスの鉄道を使いますからフランス人の物資
輸送も滞ります。
実際、後遺症の残る負傷や物資不足から来る病死も含めると
犠牲者数は軽く100万人を超すでしょう。

大戦中の映像を見ると、米兵に抱きつき歓喜するフランス市民がよく
映りますが、多くは無傷のパリのみ。
ノルマンディやフランドルのフランス人の中には、英米兵に激しい
抗議をする市民も少なくなかったそうです。

フランス人にしてみたら一番憎いのはもちろんドイツですが
遠慮なく国土を破壊するイギリスは、実は2番目に憎い国です。
パリには、現在第二次大戦での功績のあった人物名や地名が
駅や通りについてます(ルーズベルトやスターリングラード等)が
イギリス関連の名前が無いのが、その証と言えます。

1940年6月以降、1944年の9月まで英米軍は、フランス(北部)各地を
空爆しましたが、当然「都市への無差別爆撃」はほとんど行っては
いません。
目標はあくまでもドイツの航空基地、レーダーサイト、地上部隊、
海軍基地、補給集積所、補給路等ですね。
しかし・・・・

大戦中、フランスは18万人の民間人死者を出しました。
イギリス民間人死者数の3倍です。
もちろん、激しい地上戦に巻き込まれたからでしょうが、大半は
空爆による犠牲者です。
なぜなら、同じ国土が戦場になったイタリアに比べ2倍...続きを読む

Qなぜ第二次世界大戦時にアメリカ軍は日本軍の暗号通信

なぜ第二次世界大戦時にアメリカ軍は日本軍の暗号通信を解読出来ていたのにハワイのパールハーバーの奇襲攻撃を許したのでしょう?

日本軍がハワイのパールハーバーを攻撃することは,アメリカ軍は知っていたはずですよね?

アメリカ軍は日本軍にパールハーバーを攻撃させて,自国で開発していた核爆弾を実戦で使ってみたかった。

だから日本軍にパールハーバーの攻撃を許して,自国の離島民を殺すのと引き換えに核兵器の実験ではなく実際に使う口実を作った。

違いますか?

なぜ日本軍の秘密暗号を解読していたアメリカ軍がパールハーバーだけ攻撃されるようなヘマをしたのか謎です。

Aベストアンサー

 1941年当時、米国は日本軍の暗号解読に成功していません。
 米国が暗号解読に成功していたのは日本の外務省の通信暗号です(ちなみに、日本も米国の外交通信暗号の解読には成功していました)。

 また、「米国はパールハーバーが攻撃をされることを知っていた」というのは語弊があります。
 米軍は通信信号の傍受(信号の内容を解読できてはいなかったが、どの地点からどれだけの通信電波が発信されているかは探知できていた)から、日本海軍が千島列島に集結しているらしいということを察知(日本軍はほかの軍港から通信電波を盛んに発してそこに艦隊がいるように偽装し、単冠湾に集結していた軍艦は完全に電波封止していたが、フィリピンや中国大陸にある通信傍受施設の測定誤差範囲に両方の地点が入っていたため、偶然にも日本の偽装電波の発信源が単冠湾であると誤って断定してしまった)し、「少なくとも空母1個戦隊(空母2隻以上)の艦隊が北太平洋に出撃したまま行方不明である」と分析していただけです。
 その分析結果から「パールハーバーが奇襲を受ける可能性がある」という危機感を抱き、12月6日までの一週間は警戒態勢をとるように太平洋艦隊に命令が出されていました(パールハーバー攻撃は偶然にもその翌日だった)。
 米軍がパールハーバー奇襲について「知って」いたのは、それだけです。具体的に「12月8日の早朝に大規模な空襲が行われ、停泊中の太平洋艦隊が壊滅する」とまで知っていたわけではないのです。

 そして、開戦直前に日本の暗号を解読して攻撃の1時間前には日本が開戦に踏み切ることを米政府は知りますが、それは日本の外交暗号(日本政府から駐米日本大使館へ送られた対米宣戦布告の文面)を解読したものであって、日本軍の暗号を解読して作戦内容を知っていたというあなたの理解とはだいぶ違います。


>アメリカ軍は日本軍にパールハーバーを攻撃させて,自国で開発していた核爆弾を実戦で使ってみたかった。
>だから日本軍にパールハーバーの攻撃を許して,自国の離島民を殺すのと引き換えに核兵器の実験ではなく実際に使う口実を作った。
>違いますか?

 全然違います。
 開戦当時、原爆はその製造の可能性を検討されていた段階です。核分裂兵器の開発が決定されたのは1941年12月18日のことであり、真珠湾攻撃よりも10日も後のことです。
 さらに、原爆開発のための組織であるマンハッタン工兵管区が立ち上げられたのは翌年のことです。
 原爆を使いたいがために真珠湾攻撃を許したというのは、時系列的につじつまが合いません。
 謎があるとすれば、なぜちょっと調べればわかるような矛盾に満ちた陰謀論を簡単に信じてしまうあなたの思考の仕組みのほうです。

 1941年当時、米国は日本軍の暗号解読に成功していません。
 米国が暗号解読に成功していたのは日本の外務省の通信暗号です(ちなみに、日本も米国の外交通信暗号の解読には成功していました)。

 また、「米国はパールハーバーが攻撃をされることを知っていた」というのは語弊があります。
 米軍は通信信号の傍受(信号の内容を解読できてはいなかったが、どの地点からどれだけの通信電波が発信されているかは探知できていた)から、日本海軍が千島列島に集結しているらしいということを察知(日本軍はほか...続きを読む

Qローマ共和国とフランス軍について

青年イタリアがせっかく作ったローマ共和国を潰しにかかったのがなぜフランスだったのでしょうか?
何か関係があるのか、それともただの偶然なのか、どなたか教えて下さい。

Aベストアンサー

ローマ共和国といえば1849年2月にマッツィーニが建国した方でしょう。
フランスがこれを潰そうとした直接の理由は、ローマから逃亡していた教皇の要請があったからですが、
基本的にはルイ・ナポレオン(後のナポレオン3世)は
隣国であるイタリアが統一されるのを望まず、利権を探していました。
当時、イタリアの大部分はオーストリア領であり、サルディニアと戦争していましたが、
南部で活動しているローマ共和国とガリバルディがこれに合流する前に
ローマから追い出して統一を妨害するのがフランスの主な目的です。

ちなみに
フランス革命戦争の頃にできたローマ共和国というのは、
フランスがポー平野でオーストリアと戦争をしていたのに
教皇庁が参戦したことがきっかけで、完敗した教皇ピウスVI世は
講和するわけですが、イタリア全土に革命的熱狂が伝わり、
ローマ市でも暴動騒ぎがおこって、その煽りでフランス大使(ナポレオンの兄)のそばにいた
Lデュポン将軍が(恐らく流れ弾で)射殺されるという事件がおきます。
そこで1798年2月にその報復を口実に、ローマ共和国を宣言して
ベルティエ将軍がローマ市とその周辺を無血占領したわけです。
教会の支配に不満を高めていた市民はこれを歓迎しますが、
敬虔なカトリックである農村部などでは反発が強く、ゲリラ戦も始まりました。
教皇領は分割されることになりましたが、隣接するナポリ王国の侵攻や
国内で頻発した蜂起によって支配は安定せず、
11月からは戦争が再開されたこともあって、
一時は半島の大部分をフランスが押さえた時期もあるのですが、
翌年に(ナポレオンの東方遠征の間)スヴォーロフのロシア軍がやってきて北イタリアで圧勝すると、
南イタリアからフランス軍は撤退して、ローマ共和国は消滅します。
ただこのローマ共和国というのはフランスの衛星国家のひとつであり、
全く重要ではありません。

ローマ共和国といえば1849年2月にマッツィーニが建国した方でしょう。
フランスがこれを潰そうとした直接の理由は、ローマから逃亡していた教皇の要請があったからですが、
基本的にはルイ・ナポレオン(後のナポレオン3世)は
隣国であるイタリアが統一されるのを望まず、利権を探していました。
当時、イタリアの大部分はオーストリア領であり、サルディニアと戦争していましたが、
南部で活動しているローマ共和国とガリバルディがこれに合流する前に
ローマから追い出して統一を妨害するのがフランス...続きを読む


人気Q&Aランキング