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フランス人は、フランス革命を知らない人が多いって本当でしょうか?
日本人は、子供でさえ、ベル薔薇などで、かじり程度で知ってたりするのですが・・。

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A 回答 (2件)

フランス革命は、フランス史の中でそれほど飛び抜けて「大事件」


ではないので、本当かもしれません。
ルイ14世の対外戦争→イギリスとの植民地戦争→フランス革命→
ナポレオンのヨーロッパ征服という流れで考えると、
「大事件」の連続です。その後のドイツとの抗争の記憶が生々しい
フランス人にとって、「日本人が思っているフランス革命」ほどの
思い入れがないのかもしれません。

しかし、フランス人のどんな人(学歴、身分、年齢、都会か地方か等)
に「フランス革命って知ってる?」と聞くかによるでしょうね。
街を歩いている日本人に無作為に「明治維新の有名人を10人言え」
と質問しても70%の日本人は10人も言えないでしょう。
その結果から「日本人は明治維新を知らない人が多い」って
外国人に言われても「そうかなぁ・・・」って思いますよね。

ちなみに、「ベル薔薇世代」とも言える現在の30~40歳代の女性
に「三部会とは?」「ロベスピエールの果たした役割とは?」
「なぜ、バスティーユ監獄が襲撃されたのか?」と聞いても
ほとんどが「知らない」と答えると思いますよ。
「パンが無いならケーキを食べればいいのに」
「マリーアントワネットが本当に好きだったのはフェルゼン」
といった雑学はよく知っているようですが・・・。
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フランス革命記念日である、パリ祭は祝日なんで


フランス人ならほぼ全てがフランス革命を知ってはいると思います。
ただ詳しく知っているかといえばそうではないというだけでしょう。
日本の憲法記念日や建国記念日みたいなものだから、
日本人も日本国憲法があることは知っていても
その中身までは大半の国民が知りませんからね。
ちなみに日本人だって先の戦争である15年戦争のことを
知らない人が多いです。
太平洋戦争と名前は覚えていても、具体的なことまでは
ほとんど知らないし、教えられてもいないのが現状ですから
どこも同じようなもの。
ベル薔薇などでフランス革命を知っているという日本人の知識は
相当浅いわけで、ま、威張れるほどじゃないでしょう。
ちなみにベル薔薇はフランスなどでも読まれているので
ベル薔薇でフランス革命を知ったというフランス人の子供がいても
おかしはありませんね。

ま、総じて、人間は興味のないもの、関心のないものについては
知らないし、知ろうとしないものです。
歴史に興味がなければ習っても忘れてしまう、ただそれだけです。
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Qマリー・アントワネットのフランスでのイメージ

カテゴリーが違うかもしれませんが、歴史に詳しい方も多いと思いますので・・。

フランス革命で断頭台の露と散ったマリー・アントワネットですが、日本国内では豪奢で国民の反感を買ったというイメージがある一方、単純に世間に疎かったというか、ちょっと可愛そうな人だという印象を抱く人も多いのではないかと思います。

オーストリアから来たとか、パンがないのなら菓子をと言ったとか、虚実取り混ぜていろいろ反感を買ったのだとは思いますが、現在ではどういう印象を持って一般的フランス国民は見ているのでしょうか?

それと、夫のルイ16世については、どうでしょうか?
贅沢なかみさんを持ってしまって苦労した夫という感じでしょうか?

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 わたくしはフランス史にはまったく詳しくはありませんが、ちょっと現地で耳にしたことや書物から得た印象からこの二人について書きたくなりましたのでお許しを・・・・。

 ルイ16世・・・・・この方は政治にはあまり興味が無く、議会でもアクビに居眠りといった感じであったというのが定説です。
 国政はもとより、夜毎のパーティーにも興味はなく、ダンスすらも上手には出来ず、ただひたすら趣味の錠前作りや石工、狩猟に没頭していたとか。
 錠前作りなどは手伝いの少年まで雇っていたし、私室はほとんど金工細工の工房、そのために黒く汚れた爪を日頃から王妃マリーが非難していたとも。こうしたことは当時の女官長だったマダム・カンパンが手記に書き込んでいますが、これが後々の彼のイメージになったようです。

 
 ともあれ、このマダム・カンパンという人物、かなり評価は低く、当時とてお喋りカンパンとして有名だったと言います。
 まして、事実はそうひどいものでもなかったようです。まず16世は大変な読書家で博識で、いろいろな分野にわたって専門知識も人並み優れて豊富であったとか。
 しかも、人の話には十分耳を傾け、よく考える人柄であったし、かなり広い分野にわたって的確なアドバイスを与えられる、そこにも彼一流のものがあった、それがどうやら事実のようです。

 つまり、王としての実力はけっして不足してはいなかったということでしょう。しかし、彼の時代には国政も行政も、そのほとんどすべてが事実上王の権限や権力の及ばないところに移ってしまっていた、つまりルイ16世にしてみれば、すでに王として国政に手を出すすべもない状況に押しやられていた、それが革命を目の前にした実情であったように思います。

 一方、マリー・アントワネット・・・・・「パンがないのならお菓子を食べれば・・・・」という有名な一言がありますが、これもどうやら後世に作られたものではないかと聞いています。

 庶民のことはなにも知らない「お姫様育ち」であったように伝えられていますが、ある面たしかにそうであったとも言えましょう。それでもなお、一方で慈善や庶民の生活改善といった面での活動の実績も少なからず垣間見えます。そうした事実を知る限り、単なる無知なお姫様上がりのお妃とも言えないような気がしてならないし、たしかに可哀そうとも言いたくなるところがあります。

 とにかく、彼ら夫妻にとってはあまりにも時代が不利になっていたようです。もともとフランスは、今でもそうですが、貧富の差が極端に激しいお国柄、一部の実権を握った者が王政の無力さを謳い上げ、無能であまりにも封建的な王政こそが極度の貧困の原因だと民衆の蜂起を煽った、そしてその際にこうしたゴシップが流された・・・・・どうやらわたくし自身はそう思わざるを得ないと感じています。

 世が世なら、彼ら夫妻はきっと穏健派の指導者として良い国政を敷いたと思います。
 マリーが16世のもとに嫁いだ日にパリ市は彼女に歓迎の意を込めて「市民の鍵」を贈っていますが、のちにあの華麗なベルサイユ宮殿から市内の老朽化したチュイルリ宮殿(現在のチュイルリ公園の位置にあった)に彼らを移した際にもパリ市はふたたび「市民の鍵」を贈っています。この二度目の「市民の鍵」がいったい何を意味していたのか・・・・・今これを調べているところです。

 わたくしはフランス史にはまったく詳しくはありませんが、ちょっと現地で耳にしたことや書物から得た印象からこの二人について書きたくなりましたのでお許しを・・・・。

 ルイ16世・・・・・この方は政治にはあまり興味が無く、議会でもアクビに居眠りといった感じであったというのが定説です。
 国政はもとより、夜毎のパーティーにも興味はなく、ダンスすらも上手には出来ず、ただひたすら趣味の錠前作りや石工、狩猟に没頭していたとか。
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