はじめまして。。今度、母をつれて、静岡に旅行に行きたいのですが、静岡市・清水市(この近郊であれば、OKです)で、温泉などもあって、できればリーズナブルのお宿があれば教えてください。また、おすすめ食事処、観光スポットも教えて頂ければ、嬉しいです、お願いましす。

このQ&Aに関連する最新のQ&A

A 回答 (1件)

残念ながら静岡市・清水市でこれといった宿は聞きません。


しかし、県外からの旅行者がよく使用する宿は、
三保にある【天女のはごろもの松があるとこ!】三保苑ホテルが
人気あるみたいです。その三保の松原の公園のすぐそばにある
【天女の里】というレストランはお薦めできます。
ランチとディナーがありますが、10席しかなく予約しておかないと
食べられません。もちろん平日も同じです。

また、静岡市と焼津市の境に【松風閣】(しょうふうかく)という
温泉旅館があります。目の前は駿河湾が見渡せる絶景旅館です。
もちろん温泉もあり、かなり人気です。

リーズナブルといったら、ホテルドルフというシティホテルがいいか
とおもいます。けして大きくはありませんが、オーナーのこだわりを
感じるシティーホテルです。

観光スポットは・・・・残念ながら清水市静岡市にはほとんどありません。
それでも挙げるなら【久能のイチゴ狩り】【日本平の東照宮】【家康ゆかりの
駿府城跡の駿府公園】【北原さんのおもちゃ博物館や寿司や魚が食べられる
エスパルスドリームプラザ】ぐらいですかね。

とにかく静岡は伊豆に観光スポットが集中して、その他の町はどうも
これといったものがありません。

あっ!そうだ、静岡駅の六階にある【魚がし寿司】は絶対に行って下さい。
すごいねたがとってもお安く食べられます。これは絶対絶対です。
この【魚がし寿司】の【回転すし版の店】が同じく静岡駅1階にありますが、
こちらも大人気です。東京渋谷の回転寿司が騒がれていますが、
静岡駅1階のこの回転寿司は比べ物にならないほどすごいです。
マグロはかならず食べてください。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

tziさん、早速の回答ありがとうございます(^O^)
早速、ネットでおすすめの場所を探してみます。
本当は、清水市、静岡市にこだわっているわけではないのですが、来週という急な日程のうえ、このきせつでは本当は行きたいらしい(母が)飛騨・高山は、雪のため無理かな~っと思い、静岡も訪れたことがないというので、まずは県庁所在地からなどと思った私です(笑)。おすしは、覗く価値ありですね^^

お礼日時:2001/01/27 23:37

このQ&Aに関連する人気のQ&A

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人が検索しているワード

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Q夏目漱石は森鴎外をどう思っていたか。

お世話になります。
森鴎外と夏目漱石、ともに日本を代表する作家です。
森鴎外のいくつかの小説には、夏目漱石の名前もしくは夏目漱石をモデルにしたと思われる人物が出て来て、森鴎外が夏目漱石を一目置いていた事が分かるのですが、逆に夏目漱石は森鴎外の事をどう思っていたのでしょうか?2人の間には交流はあったのでしょうか?
そのような事が分かる本などは有るのでしょうか?
宜しくお願い致します。

Aベストアンサー

まず、漱石と鴎外では、実際の年齢に五歳、差があります。
しかも、漱石が執筆活動に入った時期、鴎外はすでに押しも押されもせぬ大家の位置にあったことを、まず押さえておくべきでしょう。

漱石は明治二十四年、帝大の学生だった当時、正岡子規宛に以下のような内容の手紙を書いています。
--------
鴎外の作ほめ候とて図らずも大兄の怒りを惹き、申訳も無之(これなく)、是(これ)も小子嗜好の下等な故と只管慚愧致居候(ひたすらざんきいたしをりそうろう)。元来同人の作は僅かに二短篇を見たる迄にて、全体を窺ふ事かたく候得共(そうらえども)、当世の文人中にては先づ一角ある者と存居(ぞんじおり)候ひし、試みに彼が作を評し候はんに、結構を泰西に得、思想を其学問に得、行文(こうぶん)は漢文に胚胎して和俗を混淆したる者と存候。右等の諸分子相聚(あつま)つて、小子の目には一種沈鬱奇雅の特色ある様に思はれ候。(八月二十三日付け:引用は江藤淳『漱石とその時代』第一部から)
--------

鴎外は明治二十三年一月、『舞姫』を、同年八月『うたかたの記』、明治二十四年一月に『文づかひ』を発表しています。

後の漱石、当時はまだ金之助であった彼が読んだ「二短篇」がなんであったかは明らかではありませんが、この冒頭から、二作品を読んで高く評価した漱石に対して、子規が、それはおかしい、と反論した背景があったことがうかがえます。

江藤淳は『漱石とその時代(第一部)』(新潮全書)のなかで、鴎外の作品は、前年に帝大の英文科に入学してからの漱石の状況を考えながら、この手紙を以下のように解釈しています。

-----(p.202から引用)-----
「洋書に心酔」し、しかもそれを意志的・知的に理解しようと努力するうちに、いつの間にか虐待されつづけていた金之助の感受性を覚醒させずにはおかないものであった。つまり鴎外の小説の「結構は泰西」に仰がれていたが、そこにはまごうかたなき旧い日本――金之助が英文学専攻を決意して以来置き去りにして来た「日本」があったのである。

……『舞姫』に描かれた才子佳人の恋は、舞台こそ独都ベルリンに求められていたが、ほかならぬ晋唐小説の伝統を「文明開化」の時代に復活させた恋である。金之助が鴎外の「二短篇」に見たものは、いわば崩壊しつつある旧い世界像の残照であった。その光を浴びた彼の衝撃がいかに深かったかということは、のちに金之助が英国留学から帰国して発表した小説、『幻影の盾』と『薤露行』に痕跡をとどめている。この二短篇の雅文体の背後には、ほぼ確実に『舞姫』や『文づかひ』の鴎外がいる
------

つまり、漱石が英文学の研究から執筆活動へと移っていったのも、鴎外の存在があったことが、理由の一つであったと考えることができます。


後年、両者はそれぞれに、当時の文壇から離れた場所で、それぞれに仕事をするようになります。

このことを中村光夫はこのように指摘しています(『中村光夫全集』第三巻)。ここで「彼等」というのは、漱石と鴎外の両者を指しています。

-----「鴎外と漱石」p.160-----
おそらく彼等が表面冷やかな無関心を装ひながら内心激しい憤怒に燃えてゐたのは当時の文壇といふやうな狭い世界ではなく、むしろこの文壇をひとつの象徴とする或る社会風潮であつた。いはば彼等の誇り高い教養と抜群の見識とは、当時の我国民が無意識のうちに徐々に陥つて行つた或る根深い精神の頽廃を鋭く直観した。そしてこの抗ひ難い社会の風潮に対して勝つ見込のない敵意を燃やしてゐた。…

では彼等がここで生涯を賭して闘つた敵は何かと云へば、それは一口に云つて、近代欧米文明の一面的な輸入の結果たる所謂文明開化の時潮であったと僕は信じてゐる。…明治大正を通じて我国が存立の必要から強ひられて来た欧州文明の物質的側面の急激な輸入と、その結果として我国民の精神の深所に徐々に食ひ入つた或る微妙な歪みを指すのである。
-------

当時のふたりがなぜ交友をもたなかったのかは、さまざまな事情があったことと思います。

なによりも、漱石が専業作家として活動したのは、わずか十年であったことを忘れてはなりません。成熟するまでに時間がかかり、一人前になってからわずかな時間しか与えられなかった漱石は、自分の生命を削り取って作品に結実させていった、といっても過言ではありません。

二葉亭四迷没後、一時期は同じ職場に籍を置きながら、実質的には交遊がなかった二葉亭に対して、『長谷川君と余』(『思い出す事など』所収 岩波文庫)のように、実に心情にあふれた追悼文を残した漱石ですから、たとえば鴎外が自分より先に亡くなってでもいたら、間違いなく、何らかの追悼文を残したでしょう。

こういう位置にあった鴎外と漱石が、たとえ表面的には交遊がなかったにせよ、互いに反目したり、あるいは嫉妬したり、排斥したりということは、非常に考えにくいと思います。
漱石の弟子宛ての書簡にも、鴎外の名は散見されます。
ともに意識のうちにあったのは、日本や日本の文化の行く末であったことを考えると、互いに深い敬意を抱いていたと理解してかまわないかと思います。

まず、漱石と鴎外では、実際の年齢に五歳、差があります。
しかも、漱石が執筆活動に入った時期、鴎外はすでに押しも押されもせぬ大家の位置にあったことを、まず押さえておくべきでしょう。

漱石は明治二十四年、帝大の学生だった当時、正岡子規宛に以下のような内容の手紙を書いています。
--------
鴎外の作ほめ候とて図らずも大兄の怒りを惹き、申訳も無之(これなく)、是(これ)も小子嗜好の下等な故と只管慚愧致居候(ひたすらざんきいたしをりそうろう)。元来同人の作は僅かに二短篇を見たる迄に...続きを読む

Q正月をリーズナブルに過ごせる温泉宿

正月に親孝行のつもりで、70代の父と子供たちの2家族で温泉にでも行きたいと思っています。そこでお勧めの宿などありましたらお願いします。条件の優先順位は以下の通りです。

1、出発は埼玉の西川口で、交通機関は電車でも車でもOKです。1泊2日ですので、あまり遠いところは無理です。
2、やはり料理がおいしく、夕食は部屋出ししてくれるところがいいです。
3、子供が2家族で、小4、小2(二人)、年少とおりますので、できれば子供が飽きないような何かがあったほうが良いです。
4、もちろんリーズナブルに越した事はありません。
5、行きか帰りにちょっと立ち寄れるような観光スポットがあれば尚可です。

 よろしくお願いいたします!

Aベストアンサー

簡保の宿は有名ですが、
いこいの村(旧雇用促進事業団系の特殊法人だったが最近民営化)もまぁまぁです。館山(千葉県)と涸沼(茨城県水戸付近)に行きました。隣にちょっとした遊園設備もありました。
http://www.kinrou.or.jp/

常連さんや常連さんのご紹介者には評判が良くても一見さんには*****の所は少なくありません。
公共・特殊法人系(元も含む)の施設はお役所仕事で****のところが多いです。簡保といこいの村はどこもそういうことがないです。お値段はそれなりにしますが(1泊2食、1人1万円ちょい)。

Q作家・星新一氏は鴎外と血がつながってますか?

数年前になくなった、ショートショートで有名な星新一氏は、鴎外と血がつながっていますか?
なんでも、星氏の祖母が鴎外の妹だとか・・・?

Aベストアンサー

その通りです。妹(小金井喜美子)が小金井良精
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E9%87%91%E4%BA%95%E8%89%AF%E7%B2%BE
の妻で、娘が星製薬の創始者星一に嫁ぎ、星新一を生みました。

Q静岡県 館山寺温泉の宿

カップルで行くお勧めのお宿教えてください。
予算は2食付きで一人13000円以内です。

お風呂は展望風呂(出来れば露天)があり、
お食事は部屋出しだと最高です。

また東名ハイウェイバス浜名湖or館山寺から送迎があるものだと
より一層最高です!!!

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

直接の回答ではないのですが・・・。

とりあえず,宿探しに便利だと思えるサイトを参考URLに入れておきます。

全国オススメ宿泊検索サイト「旅の手帖」
http://tabi.joy.ne.jp/index.htm

それでですね,食事の部屋出しについてですが,最近はコストを抑えるため,どの宿も部屋出しはしていません。
そのため,食事を泊まる部屋で食べたいときは,たぶん1食あたり1000円前後の料金アップとなるはずです。(宿によって違いますので,詳しいことは予約前に直接宿にお聞きください)
どうしても・・・と言う場合は,予算の13000円からその分を引いた金額を宿泊費の予算として考えるようにしてください。

参考URLに入れたサイトから,各宿のホームページへリンクが貼ってありますので,そちらも必ず見ることはお勧めしておきます。
宿によっては,ホームページ閲覧者独自のサービスを行なっている場合もありますのでね。(館山寺温泉の宿がどこもやっていない場合もありますが・・・)
ただ,宿のカタログもホームページもそうですが,そこに写っている写真の多くは新築時の写真なので,どこも大変綺麗に写っています。
ですから,多少は綺麗さを割り引いて考えた方がよろしいかと思いますよ。

参考URL:http://tabi.joy.ne.jp/index.htm

直接の回答ではないのですが・・・。

とりあえず,宿探しに便利だと思えるサイトを参考URLに入れておきます。

全国オススメ宿泊検索サイト「旅の手帖」
http://tabi.joy.ne.jp/index.htm

それでですね,食事の部屋出しについてですが,最近はコストを抑えるため,どの宿も部屋出しはしていません。
そのため,食事を泊まる部屋で食べたいときは,たぶん1食あたり1000円前後の料金アップとなるはずです。(宿によって違いますので,詳しいことは予約前に直接宿にお聞きください)
どうしても・・・と言...続きを読む

Q森鴎外の作品のなかで……。

先日何十年か振りに森鴎外の「雁」を」読みました。
やはりこの年代の物は趣がありますね。
ところで数ある鴎外の作品のなかで、何がお勧めでしょうか?
できれば短編が読みやすくて良いのですが……。
教えてください。

Aベストアンサー

何と言っても代表作である『高瀬舟』『阿部一族』をお勧めいたします。
「時代ものの趣き」、短編、読みやすさと言う点でも次に読むのには、まず『高瀬舟』が良いでしょう。
#1の方の青空文庫にも確実に掲載されていると思います。
試しにプリントアウトしてお読みください。

Q静岡県湖西市のアメニティプラザ

湖西市のアメニティプラザに行くには、鷲津駅か新所原駅どちらが近いでしょうか?教えて下さい。

Aベストアンサー

湖西市のアメニティプラザまで,
鷲津駅からは,およそ4.2km
新所原駅からは,およそ2.8km
だそうです。(MapFan WebのるーとMapで調べました)
1.5倍違うみたい・・・。

Q森鴎外の化粧論

森鴎外は都市衛生に関心を持ち、そこから都市問題や園芸・緑地に関しても様々提言していると教わりました。
そこで、どなたか森鴎外の「化粧論」について詳しく知っている方おられないでしょうか?
園芸と関連して「園芸と相隣せる一芸術あり。」それが「化粧(コスメチック)」であると習ったのですが、その内容がいまいちよく分かりません・・・。
森鴎外が化粧を語った内容など、教えてください。
お願いします!!

Aベストアンサー

鴎外と化粧ですか、私も大変興味があります。

森鴎外の長女、森茉莉の著書に鴎外のことがよく出てきます。鴎外は茉莉をお姫様のように育てていたようです。

化粧については、鴎外は香水なぞぞ付けない方が良い、と言っていたようです。
幼い茉莉が振り袖を着せられ、母に化粧をされる描写がありました。
化粧法・資生堂の化粧品はは鴎外が指示しているのではないでしょうか。

そして、鴎外は自ら三越へ出向き、茉莉の着物を見立てていました。
茉莉曰く、”一種変わった趣味”だそうです。

洋服もドイツから船便で取り寄せていました。
むこうのカタログを見て、鴎外が選んでいました。

どんな色柄かは下記に詳しくあります。

ちくま文庫『記憶の繪』
講談社文芸文庫『父の帽子』
新潮文庫『私の美の世界』

Q千葉県の富津市・君津市・館山市周辺の民宿。

富津市・君津市・館山市周辺の,一泊一人一万円以内で泊まれるお料理のおいしい民宿はないでしょうか?
宿自体は,ぼろでもかまいません。
お料理がおいしければ納得なので,そういう宿があったら教えてください。

Aベストアンサー

館山の布良浜はどうでしょう?
だいたい館山から30分くらいです。

泊まったのがかなり昔(某ドラマが放映される5年くらい前)なので、
もしかしたら内容が少々変わっているかもしれませんが、
「海の幸」といった感じの食事でした。

部屋が一戸建てになっていて他人を気にしなくて良い点がオススメです。
お風呂は部屋のがイマイチでしたら、有料ですが歩いてすぐの「安房自然村」に入りにいくと良いです。

参考URL:http://merahama.hp.infoseek.co.jp/

Q森鴎外の魅力についてご意見をお聞かせ下さい。

森鴎外の魅力についてご意見をお聞かせ下さい。

森鴎外の『ヰタ・セクスアリス』を青空文庫で読みました。
「あらゆる芸術はLiebeswerbungである。口説くのである。」が印象に残りました。
この場合のLiebeswerbungは「求愛」でしょうか。
「性欲を公衆に向かって発揮するのである。」とも記してあり、
なるほど…と思ってしまいました。

当時の鴎外が「西洋の芸術や美」に触れ「旧来の日本のそれ」を顧みた際に、
いったいどのように各々を捉えていたのだろうとも考えます。

森鴎外について興味を抱きました。
彼の作品の魅力につき、ご意見をお聞かせ願いますでしょうか。
どうぞよろしくお願い申し上げます。

Aベストアンサー

「舞姫」と「高瀬舟」と「山椒大夫」しか読んでいない私がお邪魔するのは躊躇われるのですが。。。
鴎外さんは「舞姫」で完全にノックアウトされて、他の作品に手が出ない状態が長く続いておりました。
その点、春樹さんの「ノルウェイの森」にやられて他の物が読めません、と言うのと同じなのですが、遂に最近「高瀬舟」近辺の短編集に手を出しました。

舞姫を読んだ時の衝撃は今でも生々しく持ち続けています。
正しくは、一度目の読破感想と二度目の読破感想が、天と地とも言える程違った、と言う、その点に文字通り驚天動地!だったのですが。

文学史は見事に受験対策にしか頭に入れなかった私でして、作家の背景とも背骨ともなり得る時代風景がおぼろでじれったいですが、
明治期の西洋偏重の時代に、その流れの先端に乗ったかに見えながら、
その恩恵を一身に受けているかに見えながら、
実は己の「日本と言う風土に生まれた者」と言う意識と、
それと相容れない「西洋化」と言う波の乖離の著しさを一身に浴びて苦悩した人間とも感じております。

舞姫は、異国情緒溢れる作品であり、西洋偏重、西洋盲従の作品と見えて、実は凄まじい程「日本人らしい」或は「日本らしさを際立たせる」作品と私は感じます。
勿論、鴎外さん自身の生い立ち(強権的?な母の存在)から、何らかの「権力への盲従」を好むと言うか、生き方として選択しがちな方だったのだなあ、とは感じます。

その「権力への盲従」と言う生き方の脱却を果たしたのが、舞姫の時期ではなかろうか?
勿論、群雄割拠の時代において、あらゆる権力に頼らずに生きる事など不可能ですし、
権力盲従から脱却した所で、それは単に、また別の権力機構への依存に過ぎないのですが、
それすらも理解した上で、「己は己の生き方を選べるのだ」と言う、確かさ?を得たのが舞姫の終盤の葛藤では無かったでしょうか。

まあ、、、帰国後の彼の行動をざっとしか知りませんが、あまり自律した生き方、留学で得た確信を生かした生き方とは言えぬようにも思います。
それでも、ひとつの「実感」として、強く身の内に「選択する」と言う選択肢を得たのはドイツ留学時と勝手に思います。

舞姫。。。。
はっきりしない、頼りない、なよなよしたお坊ちゃんが、我が子を宿しさえした恋人すら結局護り切れずに切り捨てて、自ら下らないと認める権力依存の元さやに収まる、、、
何とも何ともやり切れない、、、と初読時の感想です。当時中学生。

二度目は、きっと時代背景を織り込んで読めたのでしょう。
また、「情けない葛藤」をこう迄衆目に折り目正しく(?苦笑)説明出来るその頭脳。
「葛藤」を説明するって、、、至難の業です。

それと
群雄割拠状態の世界を生き抜くには、何よりも「自ら選んだ権力機構で能力を発揮する事が必須」なのだなあ、と。
彼の選択の正しさと、其処に至る為に被った泥と、その後も被り続けたであろう泥を思って、切なくなったのです。

「己」と言う意識を得てしまった人間にとって、「世界の片隅でひっそりと」と言う意識はもはや持ち得ません。
「己の能力」と言う気付きを得てしまった人間にとっては、「何もなし得ずに生きる」と言う生き方は不可能です。
色恋じゃ、ダメなのです、きっと。

元々恋愛と言う物に懐疑的だった私の、恋愛最軽視主義?を決定づけたのが「舞姫」でした。
「命を懸けて護るもの、為し遂げるもの」は恋愛ぢゃダメなんだ、と頭に叩き込んだ高校時代でした。

勝手気侭な、独断まみれの投稿をお許し下さい。
文学史は忘れましたし、作家批判の評論はあまり読まない人間故、甚だしい思い違いなど有りましたら、笑い飛ばして下さいますよう。。。

「舞姫」と「高瀬舟」と「山椒大夫」しか読んでいない私がお邪魔するのは躊躇われるのですが。。。
鴎外さんは「舞姫」で完全にノックアウトされて、他の作品に手が出ない状態が長く続いておりました。
その点、春樹さんの「ノルウェイの森」にやられて他の物が読めません、と言うのと同じなのですが、遂に最近「高瀬舟」近辺の短編集に手を出しました。

舞姫を読んだ時の衝撃は今でも生々しく持ち続けています。
正しくは、一度目の読破感想と二度目の読破感想が、天と地とも言える程違った、と言う、その点に文...続きを読む

Q奥飛騨温泉でオススメのリーズナブルな宿

 9月の連休に夫婦子供4人で奥飛騨へ行く予定ですが、宿はできるだけリーズナブル、だけど食事・温泉はそれなりのところをと、欲張りなことを考えています。
 今のところ新平湯温泉の民宿いちだ・民宿はらだ・宝美館、平湯温泉のお宿栄太郎・愛宝館のいずれかが良さそうかな?と考えています。
 ここ何年かは毎冬、両親を連れて福地・新穂高の比較的「高級」な宿に泊まっていますが、今回は家族だけで、気楽にのんびりとすごしたいと考えています。
 どなたかオススメの宿があれば、情報をお願いします。

Aベストアンサー

 平湯温泉のお宿榮太郎に、2年前に宿泊いたしました。お部屋は民宿のようでしたが、食事がおいしゅうございました。榮太郎以外の宿には泊まったことがありません。また、9月に行くことになり、予約いれています。ご参考まで。


人気Q&Aランキング