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昔から気になっていることがあるのですが、
大河ドラマなどを見ていると「ほんとうか!!??」と、
思ってしまうことが多々あるのです。
手近にある「秀吉」から引用しますが

~本能寺の変~
信長「光秀は緻密な男よ----------」
小娘「信忠様は・・・」
信長「(1)言うに及ばず、信忠も殺されるのじゃ」
蘭丸「御館様に大恩ある日向守が何故の謀反ぞ!」
信長「(2)是非に及ばず」

と、あります。
(1)と(2)の部分なのですが、大ピンチ時に出てくるほど
こういう言葉は当たり前の言葉だったのでしょうか?
無論そのときどういう会話をしたかなどわかるはずもないですが
たまに出るこういう言葉はどの程度使われていたのでしょうか。

そもそもこういう言葉や、
「・・・でござりましょう」
「・・・存ずべし」
「わかり申した」
などの言葉を使っていたということがどこからわかるのでしょうか。
会話をそのまま書き記した文献等があったりするのでしょうか?

連続の質問になってしまいますが、手紙などを見てみると
「候」というのが実に目立ちます。
(これじゃどんな言葉で会話したかなんて分からないし・・・
というのも前質問に関わっています。)
「候」というのは「です」とか「でございます」
とかへりくだった文の「締め」という解釈でよいのでしょうか。

初歩的な質問で恐縮ですが、どなたかご教授願います。
よろしくお願いします。

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A 回答 (4件)

是非に及ばず



これに関しては、信長公記

如何たる者の企てぞと、御諚のところに、森乱申す様に、明智が者と見え申し侯と、言上侯へば、是非に及ばずと

というのが元ネタ。
なので、ここから
信長「光秀は緻密な男よ----------」
小娘「信忠様は・・・」
信長「(1)言うに及ばず、信忠も殺されるのじゃ」
蘭丸「御館様に大恩ある日向守が何故の謀反ぞ!」
ここまでは、小説家なり脚本家の創作となります。

信長公記での上記の部分「是非に及ばず」が創作かどうかに関しては、たぶん、本能寺にいた人間から直接あるいは間接的にもそう遠くない筋から聞いているのではないか?という論考を読んだことがあります。

先日 タモリ倶楽部という番組で、江戸時代のエロ本をやっておりました。というか 読んでいました。エロ本なので、文体的には砕けているはずなのですが、17世紀のエロ本の文体は、「是非に及ばず」的で、文化文政時代のエロ本は、現代語に近いものがありました。
是非に及ばずというのも、当時では口語だったのではないでしょうか。
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この回答へのお礼

「是非に及ばず」という言葉だけで論考や話し合いが行われてしまうほど、この言葉自体が有名なんですね・・・。
恥ずかしながら知らずに質問してしまいました。
それにしてもタモリクラブがそんなためになる番組をやっているとは思いませんでした・・・。エロ本って口語で書かなくちゃ意味ないですもんね。ありがとうございます、非常に参考になりました。

お礼日時:2007/09/10 23:10

貴方の質問の具体的な言葉をどういっていたかは、私には判りませんが、もっと一般的に昔の人がどう話していたかは、少なくとも2つの方法で判ると思います。

もちろん判ると言っても、そうであったらしいと言うレベルですが。

その方法の一つは#3さんもおっしゃっているように、歌舞伎や狂言等を調べることです。そこでは口語でしゃべっているはずです。

もう一つの方法は、地方の方言を調べることです。京都から遠い地方ほど昔の京都で使っていた言葉を現在まで残しているものです。例えば、関東の「そうだべ」や「そうだんべ」は「そうであるべし」という言葉がなまったものです。だから昔には「~~べし」という言葉が日常の会話で使われていたことが判ります。方言は昔の口語の宝庫です。
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この回答へのお礼

方言は口語の宝庫!初めて聞きました。
京都以上に京都らしい言葉が方言だったりするのですね。
どの言葉がどんな言葉になまっていったのか、
それを調べる手段があれば昔の口語が見えてくるということですね。
勉強してみます。せっかく自分も方言男なので・・・。
ありがとうございました。

お礼日時:2007/09/10 23:20

「是非に及ばず」は昔からその解釈をめぐって議論されてきた言葉だと


聞いたことがあります。だから各小説やドラマの作者が自分なりの解釈で
文脈的におかしくならないよう前後の場面設定や会話を創作したものと
想像されます。渡哲也のセリフは怒っているお蘭を諭すような流れに
なっていますね。
この時代の人が実際にどのような言葉遣いで会話をしていたかというのは
江戸時代の芝居や講談が伝えているんだと思います。現在我々がよく
知っている時代劇の原点は江戸時代の芝居や講談にあり、言い回しや
セリフもその時代のものを引き継いでいるのではないでしょうか。
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この回答へのお礼

なるほど、芝居や講談が伝えているものは計り知れないのですね。
最近略語が多くていかん!なんて聞きますが、
昔の言葉のほうが短略で簡潔で美しいような気がしてしまいます。
歴史アマチュアの僕は江戸時代が一番刺激がないなぁとか思っていましたが、むしろ勉強すべきは江戸にあると思いました。
ありがとうございました。とても参考になりました。

お礼日時:2007/09/10 23:16

2.の「是非に及ばず」ですが、これは信長の家臣であった(祐筆というのは誤り。

歴とした武将でした)太田牛一の日記を後世纏めた「信長公記」の記述にあるものです。
第十五巻 「信長公本能寺にて御腹めされ侯事」に
「是れは謀叛か、如何たる者の企てぞと、御諚のところに、森乱申す様に、明智が者と見え申し侯と、言上侯へば、是非に及ばずと、上意候。」
とあります。その前の「是は謀反か、如何たる者の企てぞ」がまあ「口語体」ですから、実際にも「是非に及ばず」と発したのでは無かろうかと愚考します。本当かどうかは「聞いてきたのではない」ので、「講釈師~」のレベルではありますが。
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この回答へのお礼

お礼遅くなり、すみません。
「信長公記」というのはよく耳にしますが、
何月何日にこんなことがありました。
と、いうような事が書かれているだけなのかと思っていました。
その時々に偉大な先人たちがどんな言葉を吐きなにを思ったか、
それを知れるというのは本当にわくわくします。
ありがとうございます、「信長公記」勉強してみます。

お礼日時:2007/09/10 23:03

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