日本史上における江戸時代の位置付けについて調べています。
自身でも調べたのですが、確認の意味と、できれば補足をいただければと質問します。
自身の考察としては、江戸時代は日本という国の転換期であったと考えています。
鎖国からの解放がその大きな要因の一つであり、文明の発展へのきっかけであったと思われます。
これについてどう思われるか、また補足的にこれが足りないんじゃないか、位置付けとしてはそれだけじゃないんじゃないか、というものを求めています。
よろしくお願いします。

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A 回答 (1件)

管理者より:


同等の質問があるのでそちらをご参照下さい

参考URL:http://www.okweb.ne.jp/kotaeru.php3?q=33466
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時系列的に見ての第一は、
・秀忠の将軍襲名(1605)
理由:
徳川家が将軍職を世襲する意志を天下に知らしめた
その後の影響:
秀忠による大名鉢植え政策、和子入内等の政略とあいまって徳川家の絶対的な力を決定付け、他の武将や皇族貴族等への徳川家支配の端緒となった

・武家諸法度・禁中公家諸法度・諸宗諸本山法度 発布(1615)
理由:
武家・皇室貴族・宗教を徳川支配下に置く事を宣言した
その後の影響:
天皇家に対して法規制を行うという考え方を生み出した

・家康の神格化(1617)
理由:
家康を神にする事で、徳川家の支配に対する絶対的根拠を生み出した
その後の影響:
天皇親政と同様、決して他者による代替が出来ない政治形態成立を印象付けた

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理由:
海外交易を幕府独占にした
影響:
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・日米修好通商条約に調印(1858)
理由:
その後現代にまで影響を与える日米の不平等条約調印によって、遠くは、第2次大戦勃発の遠因ともなった
影響:
(アジア拠点を与えた事によって)アメリカによる世界支配の礎の1つを作った(?)

・大政奉還(1867)
理由:
徳川独裁の終焉
影響:
維新功労者による政治形態成立を促し、軍事的外交の時代を作った

以上6つが特に大きな出来事ではないかと思います

時系列的に見ての第一は、
・秀忠の将軍襲名(1605)
理由:
徳川家が将軍職を世襲する意志を天下に知らしめた
その後の影響:
秀忠による大名鉢植え政策、和子入内等の政略とあいまって徳川家の絶対的な力を決定付け、他の武将や皇族貴族等への徳川家支配の端緒となった

・武家諸法度・禁中公家諸法度・諸宗諸本山法度 発布(1615)
理由:
武家・皇室貴族・宗教を徳川支配下に置く事を宣言した
その後の影響:
天皇家に対して法規制を行うという考え方を生み出した

・家康の神格化(1617)
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教えていただけないでしょうか?

Aベストアンサー

#2です。補足ありがとうございます。
『世間胸算用』の該当部分を読みました。(巻4 3「亭主の入替り」ですね)
〔ふだんなら芸事をしない人はないのに、その日に限って盛り上がらず念仏を唱えている人などがいてしんみりした様子なのに、一人浮かれて歌っている男がつらにくい〕というところですね。
この記述を見る限り、江戸時代であっても、「場に合わない行為をしていればみんなに迷惑がられる」というのは変わらないように思います。
普段の舟では、みんながにぎやかに芸をするのが普通だからみんなで騒いで盛り上がり、この舟では、暮の算段がうまくいかない人ばかりが乗り合わせて落ち込んでいるのに、一人だけ浮かれているので、他の客は苦々しく思っているのでしょう。

で、この場面で移動に使った船、「三十石船」について調べてみました。

ぶらりおおさか漫歩(参考URL)

三十石船とくらわんか舟
http://www.shinkin.co.jp/hirakata/hira44.html

三十石船 
http://www.asahi-net.or.jp/~PU7T-KMR/aki570.htm

などによると、船にかかる時間は、上り12時間、下り6時間だそうで、夜の上りは寝ているうちに京都に着くので人気だったそうです(そういう船ではみんなが寝ていたので、騒がないでしょうね)。また30人乗りくらいだそうですから、マイクロバス程度の小集団です。座席も横並びや向かい合わせで、落語「三十石」には、「一人で3人分や5人分の席を買って足をのばす」などもあり、相当狭かったようです。くっつきあってすわっている状態ですね。
長時間くっつきあっている時、黙って緊張状態でいるよりは、話しかけて知人扱いにしたほうがお互い気が楽だと思います。また、連れがいる場合が多いでしょうから、話をしているうちに、それを聞いて話に入ってくるとか。
よその地方の珍しい話なども聞けたでしょう。それが、旅の開放感から、いろんな芸が飛び出してくるのだと思います。
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上方落語「三十石」は、大阪から三十石船に乗って京都に帰る様子を描いたものですが、人の会話もすごくにぎやかだし、物売りは来るし、船頭さんが舟歌を歌う場面もあります。中には下手な船頭さんもいたかもしれないけど、それもまた旅の風物として楽しめる余裕があったのではないでしょうか。

また、以下の本に、現代の旅と江戸期の旅の違い、西鶴の旅が名所より人事の観察に興味を持ち今の旅に近いことなどが出ていました。

『江戸のこころ-浮世と人と文学と-』 谷脇理史 新典社

また、旅は必ず複数でするもの、船旅は思わぬ楽しみ など、江戸期の旅の様子が以下の本に出ていました。

『図説 浮世絵に見る江戸の旅』 佐藤要人 監修 河出書房新社 ふくろうの本

参考URL:http://www.daishodai.ac.jp/frmdocs/manpo/burari.html

#2です。補足ありがとうございます。
『世間胸算用』の該当部分を読みました。(巻4 3「亭主の入替り」ですね)
〔ふだんなら芸事をしない人はないのに、その日に限って盛り上がらず念仏を唱えている人などがいてしんみりした様子なのに、一人浮かれて歌っている男がつらにくい〕というところですね。
この記述を見る限り、江戸時代であっても、「場に合わない行為をしていればみんなに迷惑がられる」というのは変わらないように思います。
普段の舟では、みんながにぎやかに芸をするのが普通だからみんな...続きを読む


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