現代の日本の若者はハングリー精神を失っていると、よく言われます。これはやはり、社会と時代における嘆かわしい事象として国民が一丸となって対策を講じるべきなのか、それとも時代の流れ、歴史の一ページ、人類の宿命、として粛々と受け止めるべきなのか、どうでしょうか?

また、現実問題どうしたら(物質的に)恵まれた環境下で、若者はハングリー精神を取り戻せるのでしょうか?苦労は買ってでもしろ、ということでしょうか?

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A 回答 (7件)

世間で言われるハングリー精神は一昔の腐った根性論を言い換えただけですよ。



…言ってる方は恥ずかしくは無いのかと思うほどです。

ハングリー精神が大きいのはそれだけ重圧と責任が大きいということ。
普通の人間ならば精神が押しつぶされて崩壊しますよ(笑)
だから、若い時に無理をした50代前後世代が壊れている気がしますね。
元々壊れていたのが、金の力で抑えれたがそれが出来なくなった。


それと、言われている戦後には幕末の黒船来航から明治と共通点があります。
別に、双方ともに時代を切り開いた人間はハングリー精神からではないということ。
単純に若者に明確な目的があったこと。
敗戦と黒船いう時代の転換。
大人が若者を縛る鎖から解いて、大人の持てるモノを若者に与えただけの話ですよ。


実は単純な話です。
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この回答へのお礼

どうもありがとうございます。
なるほど、そういう考え方ですね。
やはりリラックスして生きていきたいものです。

お礼日時:2007/09/20 23:41

ハングリー精神って本来の意味は経済的に貧乏だから、無理をしてもがんばる心・・・と思ってましたが、実際の世の中では本人が常に上を目指し続ける性格だったりすると、これもハングリー精神なんでしょうね



結論としては、どんな理由でもハングリーになれるということですかね。
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この回答へのお礼

どうもありがとうございます。性格的なものを求められるとやはりきついものがあります。

お礼日時:2007/09/24 11:56

もしハングリー精神が、貧乏から生ずるものであるなら、豊かになるに従い自然と無くなっていくものでしょう。



では、貧しさとは何でしょうか?

私は、本当の貧しさとはお金が無いことではなく、「志し」がないことだと思います。

例えお金が無くても、志しが高い人は、貧乏とは言えないのではないでしょうか。逆に、お金があったとしても、何をしようという確たる志しがない人はとても豊かとは思えません。やはり何かをなそうという強い志しがあってこそ、その人は豊かであると言えると思います。

であるとすると、貧しさからハングリー精神が産まれるとか、あるいは豊かになったからハングリー精神は過去のものとする図式は大きな勘違いで、物質的なものとは関係なく、別次元で、志しをもつこと、大志を抱くことの重要性を教え、ともに考えることが、豊かになった今こそ大切なのではないでしょうか。
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この回答へのお礼

どうもありがとうございます。
ふと思いましたが、日本が貧乏時代にあった頃だって、
皆が皆、ハングリーだったわけでもないかもしれないですね。
精神が堕落してのたれ死んでった若者だっているかも。

お礼日時:2007/09/24 12:13

豊かだからハングリー精神がないというより、社会が固定化しているため という理由の方が大きいでしょう。

戦後はそれまで権力の座にあった日本の財閥から政治家、官僚などみな、権力の座を追われましたから、日本全土がガラガラポンという状態でした。当然、ヨーイドンと競争が行われます。

そして資本主義社会では、ある程度の段階まで来ると、固定化してしまいます。

このような固定化された社会で若い世代に夢や目標が生まれるのにはただ一つしか方法はありません。自国からの新産業が生まれる事です。これは90年代のアメリカをみれば明らかでしょう。日本にもその卵はありましたが、アメリカはしっかり潰しました。
人間は生まれた時点が 0 です。若い世代で自分は恵まれいるなどと思っている人がどれほどいるのか。単に固定化した産業などに自分らの活躍の場を見いだせずに、閉塞感の中ただ漂っているというのが実態だったのではないでしょうか。
ただ小泉竹中政策で底が抜かれて、一度バランスを崩すとどこまでも転がり落ちて行く政策が進められましたから、状況はかわりましたが。またその一方で上への強化がしっかりすすめられたため、今まで以上に強固な強者が出来上がった事でしょう。俗にいう二極化社会が進んでいるとう状態ですね。
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この回答へのお礼

どうもありがとうございます。
なるほど、アメリカにつぶされたんですか・・。

お礼日時:2007/09/24 12:09

多くの若者がIT技術の習得に励み、新しいシステムを作り出し、どんどんと社会が便利になっているのも周知の事実です。


また賛否両論ありますが、IT系会社の既存社会への挑戦は、ハングリー精神に他ならないかと思います。

もし質問主様が若者に対し危惧をお感じならば、実際にIT企業を訪問してみるのも一考かと思います。
多くの野心溢れる若者が、次世代の技術を先取りし、世界より一歩先に進もうとしている姿を垣間見れます。

自分達の時代と比較して若者に野心がなくなったと思うかも知れませんが、実際にはそういった若者に触れ合う機会がなくなっただけのように、個人的には思います。
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この回答へのお礼

どうもありがとうございます。
私は実は、若者組なのですが、上の人間から
ガミガミと言われている口です。それで疑問に思って
質問してみました。個人的にはIT産業の技術革新には人間の生き方として不自然さを感じるのですが、野心に溢れた若者というものに関心があるので、いつか訪問してみたいと思います。

お礼日時:2007/09/20 23:46

一方としては、仕方のないところもあります。


豊かになれば、こういった現象は起こるものといわれます。

途上国にいけば、貧困はいくらでも目の辺りにできます。
悲惨な暮らしの中に将来を夢見て希望を見出している人もいます。
しかし、それでも容易には脱却できないのが現実です。
努力した分が報われているかどうかというと、
圧倒的に貧しい方が見返りが不利なのです。
リラックスして生きていけるのは幸せなことです。

他方、対策を講じる必要性はないかというと、あると思います。
日本のベンチャー企業の成長はアメリカと比べ格段に低く、ヨーロッパよりも駄目で、
どうも夢を持ってやっていく環境になっていない。
理工離れが進行し、金融の人材も育成できず、国際交流が不十分で、
教育投資額も先進国最低レベルになっている。
こういった状況は、憂慮されるべきかと存じます。

ただ、下手に復古主義に陥っては
ニーズを誤るのではないかという懸念も抱いています。
これからの経済は知識社会化します。単純労働は減ります。
必要になる素養は、経済発展期の工場労働者に必要になる素養とは異なります。
ただ従順に言われたことを覚え、既存の枠組みに労働量を投入しさえすれば、
それに比例する見返りがあるというわけではありません。
あまり「国民が一丸」を目指して多元性を排除しようとするると、
逆の効果が現れないかというのも心配ではあります。
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この回答へのお礼

どうもありがとうございます。リラックスしている分、理解不能な思考も増えた気がします、いわゆる「自分探し」みたいな。

>日本のベンチャー企業の成長はアメリカと比べ格段に低く、ヨーロッパよりも駄目で、どうも夢を持ってやっていく環境になっていない。

確かに、日本企業の掲げるインセンティブでは、「ハングリー」になろうにもなれないものがありますね。

お礼日時:2007/09/20 23:39

>国民が一丸となって対策を講じるべきなのか




典型的な例が戦後の復興期です。
国民が皆敗戦で打ちひしがれ、ほぼゼロからの出発です。
インフレで貨幣価値は一気に落ちました。
食うや食わずの中、裸一貫でのし上がってきたのです。
頑張れば成り上がることが出来る。
これがハングリー精神です。

このどん底を今に当てはめることは到底無理です。
日本人の多くは裕福になり、お金持ちです。
書かれているように粛々と受け止めるしかないと思います。
しかし、金がなくても才覚でのし上がれるチャンスは十二分にあります。その意欲・気持ちが強い若者が成り上がるのです。
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この回答へのお礼

どうもありがとうございます。
社会的にも個人的にも深刻な問題なのかもしれませんが、
どうしようもない感がありますね・・。
日本はどうなっていくのか。

お礼日時:2007/09/19 23:37

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QAren't you hungry too?

英語の勉強中の主婦です。
全然勘違いしているだけの質問だったらごめんなさい。

NHKの英語であそぼ、の今月の歌の中で、
「Aren't you hungry,too?」
という歌詞があるんですが、
こういうときは、eitherではなくていいんですか?
否定の場合の「~も」はeitherと覚えてしまったので浮かんだ疑問なんですが。

You are hungry too,aren't you?
と同義の分だから、tooでもいいんでしょうか?

Aベストアンサー

 I'm not hungry. You aren't hungry, either.「私はおなかがすいていない。あなたもすいていない」のように,ともに否定する場合が not either です。

 I am hungry. You are hungry, too. なら「私はおなかがすいている。あなたもすいている」です。
 ここで,I am hungry. You aren't hungry, too. とすると,
「私はおなかがすいている。あなたもすいている,というわけではない」のような意味になります。

 Aren't you hungry, too? の場合も,まず,I am hungry. という肯定の前提があって,「あなたもすいてるんじゃない?」と言っているのです。

Q昔の若者と今の若者どっちが危険?

不良ブームだった頃は喧嘩が日常茶飯事だったと聞きます(現在40代位の)。
が最近若者の間で町で喧嘩ってかなり減ってます。

不良がはやってた頃に比べてみるからに危険そうな奴も少なくなってますよね。

でも最近の若者は危険だ危険だってやたら言われてますけど・・。本当にそうなのでしょうか?

そこで聞きたいんですけどこの頃の若者と今の若者どっちがやばい奴多いと思いますか?
主観でいいのでお答えください。

Aベストアンサー

40代半ばです。

まず個人的・主観的意見です。

私の記憶では昔の不良は、今とは比べ物にならないくらい過激でした。

私の記憶にあるのは、昭和40年代からなんですが、当時のはちょうど暴走族が一番盛んな時期でした。

現在のようにちょこちょこ活動するのと比較して、数千台が集まって平気でパトカーをひっくり返すなんてやってました。

私の地元の暴走族でも、敵のグループ百人以上の中に日本刀を二本持って振りまわしながら突っ込んで行って有名になった奴がいます(ちなみにこいつ、私の高校時のバイト先で一緒だった奥さんの息子でした・笑)。

また私が小学生の頃の歌舞伎町や錦糸町には、街中でいつも堂々とシンナーの入った空き缶をくわえ歩いていて、有名な「ラリ坊」って呼ばれてる奴がいました。

客観的意見です。

私は法学部出身なので、刑事政策の本や刑法の過去の判例などもよく見るのですが、昔の事例には「えっ!今どきこんな奴いねーよ!」ってびっくりするような少年事件がよくあります。

客観的数字としては、以下のURLの、第2回「キレやすいのは誰だ」が参考になって面白いと思います。http://mazzan.at.infoseek.co.jp/index.html#mokuji

なお、以下は私見です。
1.今と昔の大きな違いは、昔は不良は不良らしい格好をしていたが、今の不良は見た目で判断出来ない。
金髪でボランティアやってる奴もいれば、地味な格好で援交する奴もいる。

2.少なくとも今の若者で、堂々と悪質なマナー違反(例えば列への割り込みのような)をするのは不良だけだが、中高年はごく普通の人が悪質なマナー違反をする。

40代半ばです。

まず個人的・主観的意見です。

私の記憶では昔の不良は、今とは比べ物にならないくらい過激でした。

私の記憶にあるのは、昭和40年代からなんですが、当時のはちょうど暴走族が一番盛んな時期でした。

現在のようにちょこちょこ活動するのと比較して、数千台が集まって平気でパトカーをひっくり返すなんてやってました。

私の地元の暴走族でも、敵のグループ百人以上の中に日本刀を二本持って振りまわしながら突っ込んで行って有名になった奴がいます(ちなみにこいつ、私の高...続きを読む

Q「I sometimes get very hungry in the morning.」 これは、

「I sometimes get very hungry in the morning.」
これは、第何文型で、どの単語が、S V C Oでしょうか。

あと、副詞とはなんのことでしょうか。

Aベストアンサー

第2文型、I(s),get(V),hungry(c)
副詞とは名詞以外を修飾するものです。

Q若者の経済問題:若者の収入が減って不公平では?

今の50代以降のおやじ達は、給与も多く会社では仕事もできない人間が悠々と居ますが、
年金問題などでも、おやじ達は60定年でずっと高額もらえる状況。

今の20代30代は、将来年金支給が必ず減り、下手したら68まで貰えなくなります。
酷い世の中ですね。

20代30代の50%が、非正規雇用であり、正社員は少ない世の中。
年金なんて払えないのは仕方ないのでは。
そして、40代になっても給与が増えない世代でしょう。

今の50代以降のおやじ達は年功序列式に給与が増えた世代であり、ふざけてますね。
おやじ世代の給与減らしてちゃんと平等に20代30代にも3万くらい配ってくれって感じだね。

Aベストアンサー

>不公平では?

その通り。

昔の若者は、それでも我慢していたら、そのうち自分も増える。
と言う期待感はあった。今はない。

だから、今、フリーライダーを排除しようと言う動きが
現実問題としてでてきています。
http://www.president.co.jp/pre/backnumber/2011/20110502/18768/18772/

だから、今の20代、30代はもらえない年金などあてにせずに、
年金保険料など払わない。という選択肢もあります。

そういう意味では、今の40代50代前半あたりは、
踏んだり蹴ったりなのだ。

QI'm never going to be hungry again.

Gone with the wind のまんなかへんぐらい(映画で言うと、二部構成の一部の終わりのシーン)に、次のせりふがあります。
As God is my witness, as God is my witness, the Yankees aren't going to lick me. I'm going to live through this, and when it's over I'm never going to be hungry again. No, nor any of my folks. If I have to steal or kill---as God is my witness, I'm never going to be hungry again.

上のせりふで、be going to が使われているのは、なぜなのでしょうか。

be going to は、ある程度外的な状況が進行しつつあることを示すとされていますが、 when it's over I'm never going to be hungry again.のせりふにあるように、「戦争が終わったら」というように、完全に未来のことを示してい、かつ、自分の決意をこのせりふは語っているのですから、will でもいいように思います。

もっとも、すでに飢えていて、戦争では北軍に負けているわけなので、そういう意味では、状況が進行しつつあるのですが、その状況を変えると言うとき、will ではなくて、be going to の方がいいということでしょうか。

それとも、心のうちで、準備と言うか、覚悟をしてきていると言う意味で、その場の判断ではないから、will を使わないと言うことでしょうか。

または、shall を使うとどう意味が異なるのでしょうか。

Gone with the wind のまんなかへんぐらい(映画で言うと、二部構成の一部の終わりのシーン)に、次のせりふがあります。
As God is my witness, as God is my witness, the Yankees aren't going to lick me. I'm going to live through this, and when it's over I'm never going to be hungry again. No, nor any of my folks. If I have to steal or kill---as God is my witness, I'm never going to be hungry again.

上のせりふで、be going to が使われているのは、なぜなのでしょうか。

be goin...続きを読む

Aベストアンサー

有名なあのシーンですね。

別にwillでも良いのかもしれませんが、この場合、簡単に考えて
the Yankees aren't going to lick me.
I'm going to live through this,
に続いて、同じ形で
I'm never going to be hungry again.
と言っているのだと思います。

文法的なことはわからないのですが、仮に
>be going to は、ある程度外的な状況が進行しつつあることを示す
のに、
>完全に未来のことを示してい、かつ、自分の決意をこのせりふは語っている
(だからwill)
のだとすれば、
I'm never going to be hungry again. 
「もう二度と餓える事など無い(ようになる)」
I'll never be hungry again. 
「もう二度と餓える事など無い(つもりだ)」
みたいなニュアンスでしょうか。するとやはり上の方が強い意味がありますよね。

Qなぜ今の若者と20年前の若者では貫禄が違うのか

私はゆとり世代(20代半ば)であり、明るい希望が見えないままも、ヌクヌクと育った世代であります。

今のミレニアル世代(20代中心)と20年前の同世代を比較したときに、非常に貫禄が違うように思えます。

貫禄というのは、少し漠然としておりますが、顔つき、社会に対する責任、仕事に対する責任感、言動等、、、、これは、過去の同世代の書籍や動画を見ることによって率直に私が感じているのと、二周りくらい上の世代からもよく言われることであります。

私が言うのもなんですが、私を含め周りを見渡しても、25歳前後でもなんとも幼稚で成熟していない。化粧やファッションの影響もあるかもしれませんが、顔つきや風貌も昔に比べれば非常に幼くなっている気がします。

まず、そう感じるか感じないかをお答え頂き、これは、何が影響しているのかをお聞かせ願いたいと思います。

Aベストアンサー

締め切られてないので、もうちょっと。

そうですか。。。海外脱出されているのですか。賢い選択かと思います。
お医者様も、有能な人ほど、アメリカなど海外で修行を積まれる方が増えているのだとか・・・。
さもありなん。。。今の日本では、「良かれ」と思って、最善を尽くしても医療訴訟のリスクもある。。。
数年前、都内の、そこそこ大きな病院が潰れました。。。
過疎化した地方の田舎なら、まだ理解できる。
地方の市街地で、生まれ育ち仕事し、祖母がホントの田舎の市営病院で亡くなる様子を見た経験があり、
そのうえで、東京に転居後に見たニュースだからこそ、感じたことも、あるやもしれませんね。
海外の先進国の医療現場では、若くても臨床経験に恵まれ、それなりの報酬があるとか。。。
かたや日本では、覚悟の無い日本人が起こす医療訴訟だとか、
昼間、病院に行くと待ち時間が長いからと、風邪程度で、救急車を呼ぶ馬鹿が増えてるそうですし。。。
ドラマでも取り上げられてたりしますが、24時間戦えますか(バブル用語!?)の世界みたいだし。
そろそろ自分で自分の首を絞めてることに気づく人も、増えても良い気がしますけどね。。。

悲観的な書き方をしましたが、
俣野 成敏氏とか、http://president.jp/articles/-/7188
筏井哲治氏とか(面白い起業ブログを読んだのですが、みつけられません!!)
高木新平氏とか、http://shimpe1.com/?p=84
上記の存在も知っているので、前述したほど、悲観のみ、しているわけでも無いのです。
ただねー、「給料分、クビにならない程度に働けばいいや」という考え方は、
なんとも主体性が無く、組織に依存した生き方だな、と思います。
そういう人ほど、解雇されてデモするような・・・・。私もニュースでもリアルでも見ましたけど。
他人の価値観は、価値観なので、批判するつもりも無いし、それもアリなのかもしれないけれども、
仕事って、もっと主体的にやれば面白いと思うんですけどね。。。。

質問者さまが貼り付けていたサイトも見ました。面白かったです。
でも、やっぱり目上の人間を「老害」などと毒づく人が居るのが、気になるのですよね。。。
こういう人種が、私たち前後の世代には、居なかったと思うのです。
例えば、私が生まれた前後にも、高度経済成長期による企業の公害が社会問題となっていた様子。
少し前なら、アスベスト問題や、ホルムアルデヒド問題。
これらは、先人達が故意に引き起こした問題では無く、アメリカに追いつけ、追い越せの
経済競争の中で、効率化を目指すあまりに起こった問題で、
「問題だ」と気づいた時から、どうするか?というのが人間ならではの知恵ではないか?と思うのですよね。
ちなみに、私は、歴史上、ホントなら原爆投下されるハズだった街で、生まれ育ちました。
当時、軍需工場?があったかで、狙われたようですが、当日の風向きが悪く、
広島に落とされたんだそうです。
また、前述の公害問題の頃、カネミ油症問題というのがあって、
ずっと後になって、母に「スーパーで安売りしてて、買おうかと思ったけど、止めたんだよね」という話を
聞いたりもしました。

何が言いたいかと言うとですね、、、、、
私の世代は、新人類とか、ハナコ世代とか、バブル世代とか、
いろいろマスコミで揶揄される世代にあたるのは、重々、承知なのですが、
私自身は、地方の市街地で生まれ育ち、ずっと仕事をしていたので、
マスコミで取り沙汰されるような享楽の世界を生きた記憶は無いんですよね。。。
これは、日経ビジネスオンラインでの、そのテの記事へのコメントを読んでいても、
私と同じような感覚の同世代も多いように思います。
時代背景として、そういう景気の良い面からの恩恵は、あったかも!?とは自覚していますけど。
実質、私たち世代は、社会では若造で、何の権限も無く、
電話で名前も名乗らずに「オレを知らんのか!?」とか、という非常識なオヤジ達の横暴に耐えてきた世代でもあるわけ(笑)
私も、若い頃、「あんた何様?」と思ったこと度々。。。(苦笑)
また、これは私が女性だからこそ、社会を客観的に見ていたからこそ、かもしれません。。。
今の50代くらいの男性には、バブルに翻弄されて、現状に対応しきれず、
ヒネまがったり、変に心を疲弊する人とか、
経費で飲み食いの挙句、糖尿病とか、肝臓病とか、患っている人が多いという弊害もあるんですよね。。。

ネットの情報を見ていると、妙な世代間の叩き合いみたいなのも、気になるんですけど、
いつの時代も、
戦国時代なら、戦国時代なりの、
江戸の元禄時代(一番、平和で江戸文化が発達した頃、発達し過ぎて、陰間茶屋とかあったらしいし)とか、
幕末から明治維新にかけては、天下泰平だった武士たちが、いきなり禄を奪われて、
現代社会の基礎が築かれるまでに幾多の戦いがあったようだし、
10代で国を思って戦った人も居れば、その子供を亡くしても、生き抜いた人も人も居る。
誰も、故意に国や政治を悪くしようと思った人なかりでもなく
(今の政治家に対しては『目標は一つのハズなんじゃないの?』と思いますが・・・)
その時代、時代を生き抜くしかなく、毒づいてても仕方ないんじゃないの?と思ってしまうんですけど。
まして、情報が発達して、どんどん価値観の差が広がるばかりですしね。。
そんな世の中にあって、微々たる存在ではありますが、
古き良き日本文化の良さも、新しさも享受している世代だからこそ、
やるべきこと、伝えるべきことがあるんじゃないのかな!?と思っての回答です。

IT化によるフリーエージェントな働き方も理解できます。
でもね、、、これを主張している人達は、やっぱり先人達が築いてきたものの上に成り立っているのです。
私が20代前半の頃、食品業界でPOSシステムが導入され始めました。
PC(個人用の安価なパソコン)は無かったけど、
企業では、コンピュータ化がされ始め、庶民の生活に密着した食品業界が、いち早かったのです。
それがあって、今のセブンイレブン始め、各社コンビニ、スーパーの発展があります。
個人用PCの発展は、ビル・ゲイツの貢献が大きいのでしょうね。。。
でも、その普及を支えているのは、手先が器用で勤勉で研究熱心な
日本の下町の工場の職人さんたちの努力があってこそなのです。
国土の狭い日本には、人的資源しか無いことも、忘れてほしくは無いかな!?と思います。
一見、豊かに見えるこの国は、既に借金大国で、
生まれてくる子供たちは、生まれながらに借金を背負っているのに、
そんなコトにも気づかず(考えず)、なんとなく子供を生む男女、爺馬鹿・婆馬鹿な大人も増えてますしね。

「貧しさ」という観点で言われてしまうと、難しいのだけれど、、、、
まだ私が子供の頃は、確かに日本には、貧しさの影の残っていたのだけれど、
お正月は、どんな店も、いっせいに休んで静かな風景があり、
子供たちは、何にも無くても、幼児から小学生高学年が一緒に遊んだ時代でもありました。
でもね、、、私は、前回の回答の大卒20代後半に女性に、半年くらい様子を見て説教してみた際、
(意地悪な気持ちは無いし、最初から説教したら、そりゃ受け付けないかな?と思ったので)
「だって、別に食べるのに困ったこと無いし」と言われまして、、、、
「ひょ~え~~~~!!」と思ったわけですよ。。。。
いえね、私も別に食べるのに困ったこと無い世代なわけでして~~~、、、
まぁ、私が意地悪なら「馬鹿にしてんのか!コイツ!!」となるわけ。。。。
あくまでも私の見解なのですけどね、、、、
今の日本で「貧しさ」を基点に考えるよりも、「自我の形成・発育」に注視したほうが良いかと・・・!?

昔の子供には、親に養ってもらってる以上、自由なんかないわけ。
自由になりたきゃ、自分が早く大人になって、稼ぐしか無いわけ。
それが、イマドキの親や爺婆が甘やかしたり、居酒屋に平気で出入りさせたり、
欲しいものが、モノ心ついた頃から、周囲にあれば、まぁ、何にも考えない子も育つのかな?と。。。
私が子供の頃には、田舎に数十人の親類が集まっても、大人と子供境界線というものがありました。
こんな時、必ずテンションの上がるお調子者の従兄弟なんかも存在しますが、
『あ~~、そろそろ怒られるぞ~~~』と子供ながらに、本能が働いておりました。。。
職場の50代の男性が言ってましたが、子供を怒鳴ったことが無いんだとか・・・。
部活でキャプテンまで、やっているのに、自宅では散らかし放題で、片付けないから
仕方なく、自分が片付けてるのだ・・・と言うのを聞きまして、、、、
私は「そんなコトやらないほうが良いですよ。将来、嫁が困るから」と諭した次第で・・・(笑)
私たちの世代にも、というか、私たちの世代こそ、
大人に反抗する若者は、大勢いました。ヤンキーって、わかるかしらん(笑)
でもね、私たちの世代には、いわゆるヤンキーのような方向に走る人には、非常に、わかりやすい理由があったし(親が離婚して、片親だったりとか)
本人たちも、ハラくくっていて、見るからに、わかりやすく、大人に反発していたわけ。

うって変わって、イマドキは・・・・。
両親は揃っていて、そこそこの家庭で、表面上は、イイ子っぽいのに、
裏で、陰湿なイジメをするとか(何が悲しくて、他人をイジメて喜ぶような子供が育つんだろ?と思います)
親や祖父母を殺すなど・・・・。果たして、これが豊かと言えるのか?
拝金主義と、受験用の成績至上主義を止めれば?と思ったりする

締め切られてないので、もうちょっと。

そうですか。。。海外脱出されているのですか。賢い選択かと思います。
お医者様も、有能な人ほど、アメリカなど海外で修行を積まれる方が増えているのだとか・・・。
さもありなん。。。今の日本では、「良かれ」と思って、最善を尽くしても医療訴訟のリスクもある。。。
数年前、都内の、そこそこ大きな病院が潰れました。。。
過疎化した地方の田舎なら、まだ理解できる。
地方の市街地で、生まれ育ち仕事し、祖母がホントの田舎の市営病院で亡くなる様子を見た経験があ...続きを読む

Qfeed the hungry

ニーチェの格言?で、“feed the hungry”というのがあるそうですが、どのような意味で使われるのでしょうか。ご存知の方いらっしゃいましたら教えてください。

Aベストアンサー

この一節に出てきます。別に褒めているわけではないようです。
「現代人は慈愛の念はある:飢えた人たちに食べ物を与え、乞食に服を与える。しかし彼ら自身の精神は飢えて真っ裸だ。」
自己実現というもっとも大切なことをしていない。
"The aim of life is self-development. To realise one′s nature perfectly - that is what each of us is here for. People are afraid of themselves, nowadays. They have forgotten the highest of all duties, the duty that one ownes to one′s self. Of course they are charitable. They feed the hungry, and clothe the beggar. But their own souls starve, and are naked. Courage has gone out of our race. Perhaps we never really had it. The terror of society, which is the basis of morals, the terror of God, which is the secret of religion - these are the two things that govern us (sic.!) ... I believe that if one man were to live out his life fully and completely, were to give form to every feeling, expression to thought, reality to every dream - I believe that the world would forget all the maladies of mediaevalism, and return to the hellenic ideal - to something finer, richer, than the Hellenic ideal, it may be (Siehe! Ich lehre Euch den Übermenschen). But the bravest man amongst us is afraid of himself. The mutilations of the savage has its tragic survival in the self-denial that mars our lives (sic.!). We are punished for our refusals. Every impulse that we strive to strangle broods in the mind, and poisons us...."

この一節に出てきます。別に褒めているわけではないようです。
「現代人は慈愛の念はある:飢えた人たちに食べ物を与え、乞食に服を与える。しかし彼ら自身の精神は飢えて真っ裸だ。」
自己実現というもっとも大切なことをしていない。
"The aim of life is self-development. To realise one′s nature perfectly - that is what each of us is here for. People are afraid of themselves, nowadays. They have forgotten the highest of all duties, the duty that one ownes to one′s self. Of course they ...続きを読む

Q若者の反乱が起こる?と言われていますが少子化で少数派の若者が反乱など起こせないのでは?非正規労働

若者の反乱が起こる?と言われていますが少子化で少数派の若者が反乱など起こせないのでは?

非正規労働者、派遣社員などが正社員との雇用格差で反乱を起こすとテレビでやってましたが少数派が反乱など起こせないでしょう。

若者の時点で高齢者の大多数に対抗出来るわけもない。

非正規労働者、派遣社員 VS 正社員はもう非正規労働者が4割になっているので6割くらいに非正規労働者が半数を逆転すると反乱は起こるかも知れませんが若者が反乱を起こすのはあり得ないですよね。

Aベストアンサー

逆に、誰が「若者の反乱が起こる?」と言っているのかの論拠を提示願います。

QI am very hungry

最近話題の英会話「日本人のへんな英語(ベストセラー)で

I am very hungry は「へんな英語」と新聞広告の見出しにありました。

どこの本屋もこの本は売り切れですので、何故へんな英語かは
分かりません。

何故でしょう?

I 'm so hugry と言うべきでしょうか?

Aベストアンサー

 だいたい著者が誰か、I am very hungryで駄目ならどう言うか、は分かります。おそらく例の不良外人のデタラメ、たわ言でしょう。あいつは駄目本を量産してる阿呆です。

 正しい言い方はI am really hungryだ、だったかな、彼の種明かしは。veryは客観的な言い方だから、主観を表せるreallyを使え、と続けるはずです、奴は。まあ、嘘言うな、といったところです。

 奴の害は酷いもんです。挨拶のHow are you?は駄目(奴によれば、How are you doing?のみ許せるらしい)、その応答にI'm fineは駄目()、What time is it?は言わない、have free timeなんて言うと「無料の時間があるよ」になる、……。全部、アホボケカス、といったところです。奴はある英語圏にいただけで、それが全世界の英語標準、ネイティブだから英語は何でも知っている、みたいに振る舞います。とんでもない。言ってることが間違いだらけの無知蒙昧の輩です。

 奴のデタラメを某SNSで得意げに奴のデタラメを吹聴した馬鹿がいました。「How are you?なんて言わないんだぜー、お前ら知らなかっただろ~!」みたいに。たちまち、「それはおかしい!」の指摘の嵐です。シンガポールの政府機関がまず苦情を言った(全英語圏の英語が盛んに使われるお国柄です)。「How are you?は全世界の英語圏で頻繁に言います。あなたのようなデタラメを言う人がいるから、英語がしゃべれない人がいます」旨でした。それを皮切りにタコ殴り状態でしたよ。

 ほっとけばいいです。うかつに信用して、それを誰かに説明したとして、相手が多少英語慣れしてたら、ボロカスに言われてしまいます。奴が著者の本は買わない、気にしない、がお勧めです。

 だいたい著者が誰か、I am very hungryで駄目ならどう言うか、は分かります。おそらく例の不良外人のデタラメ、たわ言でしょう。あいつは駄目本を量産してる阿呆です。

 正しい言い方はI am really hungryだ、だったかな、彼の種明かしは。veryは客観的な言い方だから、主観を表せるreallyを使え、と続けるはずです、奴は。まあ、嘘言うな、といったところです。

 奴の害は酷いもんです。挨拶のHow are you?は駄目(奴によれば、How are you doing?のみ許せるらしい)、その応答にI'm fineは駄目()、What ...続きを読む

Qこの40年で失った日本の美徳は何か

過去の40年を振り返り日本人or日本経済が失った美徳を教えてください

Aベストアンサー

(日本経済)が失った・・・という方に限定され、なおかつ側面的な捉え方としてですが、経済活動(自由経済)は美徳を捨てるところに起因されるとおもいます。
イヤな表現をあえて使えば、小ずるい人間が、正直者を淘汰して行く、していこうとする行為が経済活動です。
それを肯定し、方法論として資本主義がなりたち、残念ではあるが正直者(少しだけ鈍い人)が損をするけど、その結果生まれる競争・競合によって経済のアベレージが上昇する事を優先させた選択肢であり、経済優先が存在するのでしょう。人間が人間らしく生きて行く、生きてゆくべきを第一に優先させれば「資本主義」は選択しません。
これからは、拡大拡張路線を見直す(先進国)時期に差し掛かっている様なので、「美徳」に従い、国家や民衆も地球上の生物の一形態としての立場をとろうとする、そう考える人が増えてくるような気もします。(自然との調和)
しかし、日本人の「美徳」がすなわちワールドワイドに通用はしないのでしょうから、日本人の「美徳」自体も見直さなければならないと思います。
今までにおいて失った「美徳」より、国際人としての文化形成を重んじた「新たなる美徳の形成」が急務かと。

(日本経済)が失った・・・という方に限定され、なおかつ側面的な捉え方としてですが、経済活動(自由経済)は美徳を捨てるところに起因されるとおもいます。
イヤな表現をあえて使えば、小ずるい人間が、正直者を淘汰して行く、していこうとする行為が経済活動です。
それを肯定し、方法論として資本主義がなりたち、残念ではあるが正直者(少しだけ鈍い人)が損をするけど、その結果生まれる競争・競合によって経済のアベレージが上昇する事を優先させた選択肢であり、経済優先が存在するのでしょう。人間が...続きを読む


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