お世話になっております。

私はいま、ベトナム戦争について調べているのですが、「ソンミ村虐殺事件」がなぜ起こってしまったのかが分かりません。
北ベトナムの領土内にあった村だったならまだ分かるのですが、ソンミ村は南ベトナム内にありアメリカとは味方のはずですよね?
なぜソンミ村が狙われたのでしょうか?

教えて下さい。宜しくお願いします。

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A 回答 (6件)

NO.1です。


>アメリカの味方は南ベトナムの軍部だけということでしょうか。
 はっきりと米軍の味方であるのは南ベトナム軍部だけです。一般民衆は時と場合によって、どっちにでもつきます。
 NO.1で、「昼間は米軍にニコニコ」というのは、武力支配をしている米軍に、たてつくことができないから、そうするわけです。夜間はベトコンが村に入ってきて、住民に宣伝活動をします。硬軟両様でやります。住民を脅したりもします。
 住民は米兵とベトコンのどちらが怖いでしょうか。刑務所に入っている受刑者が刑務官とヤクザの囚人ボスのどっちを怖がるでしょうか。
 住民が「この男はベトコンだ」と、米軍や政府軍に通報したとします。そのべトコンは捕まりますが、通報者も仕返しを受け、誰かわからない犯人に殺されます。
 ベトコンは住民の間に紛れ込んでゲリラ活動をやります。そのうちだんだんと住民を指導してゲリラ戦をやるようになってきます。ゲリラはロクな武器を持っていません。せいぜい小火器までです。落とし穴やワナなどの原始的で残虐な方法で米兵を殺します。
 米軍は、誰が残虐なベトコンで誰が善良な住民かを区別することができません。疑心暗鬼になってしまい、住民が皆ベトコンに見えてしまいがちになります。
 ソンミ以外にも報道されていない小さな事件、事故は数知れずあります。戦争とはそういうもんです。何でもありの世界です。被害にあっても、文句を言って行くところはありません。
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この回答へのお礼

とても参考になりました。
ありがとうございます。

つまりは一般民衆にとって北が勝つか南が勝つかはどうでもよい事であって、自分たちの命をより脅かすほうに従うしかなかった、ということですね。
確かに自分がそういった状況下に置かれれば、命を守るのを最優先にしどちらになびいてでも生き延びようと考えると思います。

2度も回答してくださり、有り難うございました。

お礼日時:2007/09/23 15:16

>戦争犯罪がおきてしまったことを隠蔽するためにソンミ村全員を虐殺したということでしょうか。


>あくまで「ゲリラ殲滅のための戦略」的な虐殺ではなく、犯罪行為がおこりその隠蔽のための虐殺だったということですか?

そのとおりであります。
イラク、アフガニスタン、ボスニア等々。
民間人が多数犠牲になっていますが、誤爆・誤射・情報ミスということで処理されています。
現実は、どうだったんでしょうかね。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
戦争犯罪はとても恐ろしく、世界でもっと叫ばれなくてはならない問題だということがよくわかりました。

回答して下さりありがとうございました。

お礼日時:2007/09/24 02:16

まず、No.3の


>日中戦争でも日本軍は三光作戦をとり「殺し尽くし、焼き払い、奪いつくし」ました。
は、中国軍の宣伝であり、史実ではありません。
日本軍は、補給の概念に乏しく、食料品は現地調達が多かったのですが、それでも強奪等の犯罪行為は少なかったのです。
逆に南京等、日本の占領によって、大いに栄えた都市も多かったのです。
閑話休題

韓国でも朝鮮戦争当時、アメリカ軍によって村落が皆殺しにされた跡が発見されています。
現代においても、イラク・アフガニスタンで、アメリカ軍によって民間人が虐殺され、誤射・誤爆が原因とされています。
アメリカ軍のモラルは低く、日本でもアメリカ軍兵士による犯罪はあとを絶ちません。
アメリカはベトナム戦争で「戦略村」を作り、ゲリラと一般市民との分離を図りましたが、その過程で麻薬や武器・軍事物質の横流しをする兵士も多く居て、ベトナム人を蔑視し、強姦・強盗等の犯罪行為も多発していました。
その犯罪行為隠蔽のため、「たまたま」ソンミ村が犠牲になったのです。
他の村で事件が起こっていれば、別の村で虐殺事件が起こったでしょう。

アメリカは、国際司法裁判所への参加を拒否しています。
つい最近では、フィリピンで強姦事件を起こした兵士を、フィリピン政府を脅して奪還しています。
アメリカ軍は、自国の兵士が戦場とされた場所で何をしているかわかっているので、国際司法裁判所で調査されることを恐れているのです。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

>その犯罪行為隠蔽のため、「たまたま」ソンミ村が犠牲になったのです。
>他の村で事件が起こっていれば、別の村で虐殺事件が起こったでしょう。

戦争犯罪がおきてしまったことを隠蔽するためにソンミ村全員を虐殺したということでしょうか。
あくまで「ゲリラ殲滅のための戦略」的な虐殺ではなく、犯罪行為がおこりその隠蔽のための虐殺だったということですか?

お礼日時:2007/09/23 00:29

南ベトナムの村民にとってアメリカ軍は侵入者であり、南ベトナム解放軍は味方でした。

  自衛戦争では敵味方の判別が重要です。
ベトナム政府軍は決して味方とは北に行くほど見られませんでした。

この為アメリカ軍はゲリラに悩まされ自衛の為枯れ草が動いただけで発砲するくらい神経過敏の状態でした。
ベトナム従軍のアメリカ兵に神経病患者が多数発生したのはこのためです。

ゲリラというのは民衆の海に隠れて行動するものです。 従って発見は困難で解決法は住民全部を抹殺するしかありません。
日中戦争でも日本軍は三光作戦をとり「殺し尽くし、焼き払い、奪いつくし」ました。
アメリカ軍とて同様です。 
たまたまソンミ事件は下級指揮官の命令により行われたので世論の反発を恐れた上層部がかれを生け贄に取り上げたに過ぎません。
戦場心理は平和な状態では理解不能のものです。

この回答への補足

>ゲリラというのは民衆の海に隠れて行動するものです。 従って発見は困難で解決法は住民全部を抹殺するしかありません。

参考になりました。
南ベトナムはアメリカがたてた国であったため、南ベトナムの無抵抗の住民を虐殺するというのがとても不可解だったのですが、
「悪い芽はつみとれ」といった精神で、そもそも南の一般人を味方とは思っていなかったのですね。

補足日時:2007/09/23 00:11
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この回答へのお礼

>ゲリラというのは民衆の海に隠れて行動するものです。 従って発見は困難で解決法は住民全部を抹殺するしかありません。

参考になりました。
南ベトナムはアメリカがたてた国であったため、南ベトナムの無抵抗の住民を虐殺するというのがとても不可解だったのですが、
「悪い芽はつみとれ」といった精神で、そもそも南の一般人を味方とは思っていなかったのですね。
ありがとうございました。

お礼日時:2007/09/23 00:21

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%83% …

直接の回答ではありませんが、ロビン・ウイリアムズの「グッドモーニング, ベトナム」という映画がひとつの視点を与えてくれると思います。URLはあらすじが書いてありますので、映画を見るなら先に読まないほうがいいと思います。

参考URLの「翻訳 ソンミを振り返る」は、クァンガイ省一般博物館のパンフレットを翻訳したものだそうです。その中に以下の文章があります。
>残忍極まる絶滅政策によって、アメリカ軍隊は、南部クァンガイ省
>を根拠地とする第11機甲騎兵連隊の司令官、ジョージ・パットン大
>佐を象徴とするような、残虐な殺人者を、その中につくり出したの
>である。彼は部下たちに向かって、「俺は手や脚が吹き飛ばされる
>のを見たいんだ」とよく言った

参考URL:http://www.jca.apc.org/~yyoffice/
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
映画、見てみようと思います。
ありがとうございました。

お礼日時:2007/09/23 00:09

 ベトコンゲリラの拠点とみなし、頭に血の上ってしまった米軍中隊指揮官が大量殺戮の命令を下してしまったのでしょう。


 南ベトナムの領内の村はアメリカの味方とは限りません。ベトコンの工作が進んでいて、村全体が北のシンパになっていることも考えられます。昼間は米軍にニコニコ、夜は北のためにコッソリ働くということはよくあります。
 底に竹槍を植えた落とし穴にハマリ、むごたらしく死んでいった戦友のことを考えると、米兵は誰でも疑心暗鬼になってしまいます。
 表面的に制圧している側の軍隊が、無辜の住民を間違って殺してしまうことはよくあります。かつての中国大陸での日本軍、現在のイラクにおける米軍、その他どんな軍隊でも大なり小なりあったと思います。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

つまり南ベトナム解放戦線は戦争がはじまってからも南の一般人民に働きかけ思想を広めていたので、アメリカ兵は南の一般人民・ひいてはベトナム人すべてを仲間とは思わず疑っていたということでしょうか。

するとアメリカの味方は南ベトナムの軍部だけということでしょうか。

お礼日時:2007/09/23 00:08

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コラプサー化については、イスラム帝国というかイスラム教は、
南の土地の人たちが北の人たちと比べて国として(勢力・組織として)陥りやすいコラプサー化を
防ぐ役割を果たした、という評価もあります。(南でも強いよ状態)

あと、今回の話(北→南)の例外としては、
海が関わる場合、むしろ南→北ということも多いですよね。
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他にも、南米太平洋戦争とか、ノルマンコンクエストとか、
日本も古墳時代に朝鮮半島南部を勢力下に置いたりしてます。
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日米戦争も基本は日本から南が戦場です。(アメリカ軍としては)

北→南が多いのは基本大陸の陸地だらけ、つまり海が無いか少ない状態での傾向なのかな、と思っています。
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コラプサー化以外は例外ばかりで、ちょっと質問の趣旨とは外れたかな?
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たしかに北から南に進出したり勝ったりすることが多いですよね。
でも実際になぜそうなるのか、それをはっきり説明するのは難しいと思います。

私はその理由としては「コラプサー化」に納得しました。
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