正岡子規の短歌
「ぬばたまの黒毛の駒の太腹に雪どけの波さかまき来たる」
の解釈を教えてください。特に「黒毛の駒の太腹」の部分がよくわかりません。よろしくお願いします。

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A 回答 (1件)

 正岡子規には、「平家物語」の、「宇治川の先陣」の争いの話に基づいた、


 先がけの 勲功(いさお)立てずば 生きてあらじと
    誓へる心 生食(いけずき)知るも
という短歌があります。(「いけずき」は馬の名。)

 ご質問の歌も同じ時の作品じゃないかな。

ぬばたまの(「黒」にかかる枕詞〔まくらことば〕)黒毛の馬の太った腹に、(宇治川を流れる)雪解けの(水の)波が逆巻いて打ち寄せている

というぐらいの内容だと思いますが。

「いけずき、するすみ」という二頭の馬を巡る平家物語の話は、

http://masa_n.at.infoseek.co.jp/heike/h236ch10_1 …

〔第二百三十六話・第十章 青葉の笛(一)〕から、「次回へ」をクリックして、「第二百三十八話・青葉の笛(三)」ぐらいまでをお読みください。

参考URL:http://masa_n.at.infoseek.co.jp/heike/h236ch10_1 …
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この回答へのお礼

この短歌にそのような背景があるとは思いもよりませんでした。
大変参考になりました。ありがとうございました。

お礼日時:2007/09/25 14:21

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Q神奈川県立多摩高校の校舎とレベル低下の理由

神奈川県立の多摩高校(東京の多摩高校ではありません)について質問です。

川崎市に住んでいて、近いので一応多摩高校が志望校です。
ただ、あまり行事は盛んらしいですが、正直あまり良いウワサを聞きません。
もっと学力があれば横浜の川和高校とか翠嵐高校を狙えるんでしょうが、現状の学力では多摩高校レベルです。
いくつか質問があります。神奈川県立の多摩高校に詳しい方、よろしくお願いします!

1.多摩高校の校舎がかなりやばいと新聞に載ってました。緊急に仮校舎への移転が必要とのことですが、そんなに多摩高校の校舎はヤバイのでしょうか?確かにかなり汚いですが…

2.浪人がかなり多いと聞きました。あまり現役で大学に行こうという志向ではないのでしょうか?

3.多摩高校の最寄りの宿川原駅に遊んだりできる場所はありますか?

4.年々入学者のレベルが下がっているそうですが、学校に何か問題があるわけではないですよね?(私としては下がってくれた方がありがたいです笑)

Aベストアンサー

>1.そんなに多摩高校の校舎はヤバイのでしょうか?

はい。確かにかなり汚くボロイです。
多摩高校は、神奈川県で戦後に作られた最初の公立高校です。
校舎は正直、勉強する環境とはいえません。
新聞報道によると、校庭に仮校舎を建てて補強などをするそうです。
しかし、仮校舎を校庭に建てると、体育や行事に大幅な支障がでますね。
今年や来年に多摩高校を受ける場合は、学校生活でそのような支障がでることも考慮したほうが良いでしょう。

>2.浪人がかなり多いと聞きました。あまり現役で大学に行こうという志向ではないのでしょうか?

「多摩高校は4年制」なんて言葉もありますね(苦笑)
神奈川の公立進学校の中では、浪人率はかなり高いです。
難関大学の現役率を見るとわかりますね。多摩高校の公式サイトには現役と浪人を合わせた数しか載ってませんが、浪人が多数です。
もともと、行事や部活を楽しんで、大学は浪人してからで良いという考えの人が多いです。
現役で大学へ行く雰囲気のある学校が良いのであれば、東京の学校や横浜の公立進学校が良いでしょう。

>3.多摩高校の最寄りの宿川原駅に遊んだりできる場所はありますか?

多摩高校周辺の宿川原は完全に住宅街です。ファミレスぐらいならあります。

>4.年々入学者のレベルが下がっているそうですが、学校に何か問題があるわけではないですよね?(私としては下がってくれた方がありがたいです笑)

学区の撤廃が一番の要因です。ぶっちゃけ、今は公立志望で学力があるなら、横浜の川和や翠嵐とかに行きます。
放課後に遊べるのも川和とか翠嵐ですからね(笑)
あとは、川和や翠嵐のほうが周りに予備校が充実していて、高3のときとかは便利です。
昔は多摩>川和でしたが、今の難易度は川和>多摩なのもそれが理由でしょう。
多摩は年々、入学者の偏差値が下がってます。
多摩は独自入試ですが、所詮、独自入試校では一番低い偏差値。
川和、厚木とかの共通入試のほうが上ですね。

>1.そんなに多摩高校の校舎はヤバイのでしょうか?

はい。確かにかなり汚くボロイです。
多摩高校は、神奈川県で戦後に作られた最初の公立高校です。
校舎は正直、勉強する環境とはいえません。
新聞報道によると、校庭に仮校舎を建てて補強などをするそうです。
しかし、仮校舎を校庭に建てると、体育や行事に大幅な支障がでますね。
今年や来年に多摩高校を受ける場合は、学校生活でそのような支障がでることも考慮したほうが良いでしょう。

>2.浪人がかなり多いと聞きました。あまり現役で大学に...続きを読む

Q正岡子規の短歌の解釈

正岡子規の短歌に「瓶にさす藤の花ぶさみじかければ たたみの上にとどかざりけり」というものがあります。
 この短歌の意味とみなさんの独自の解釈を教えてください。 詳しく教えていただけると幸いです。 よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 
>「瓶にさす藤の花ぶさみじかければ たたみの上にとどかざりけり」

俳句というのは、元々、これだけで文学作品としては自立せず、状況説明などが必要になります。詠まれた状況が分かると、はじめて意味が納得できる作品では、自立しないのです。しかし、短歌は、和歌もそうですが、詠まれた状況を外しても、自立した作品となります。

ただし、うたが詠まれた状況が分かっていれば、なお、うたの鑑賞は深くなるとも言えます。

まず、このうたは、正岡子規が病弱で、晩年、病床に伏して多くの作品を造ったことは有名ですが、この作品が果たして、病床にあるときの作品かどうか、わたしは知りません。しかし、短歌は、字数が多いため、色々な内容を詠むことができます。この作品の場合、「たたみの上にとどかざりけり」と、短句あるいは下の句で詠っています。

一体、瓶にさした藤の花ぶさが、たたみの上に届くとか届かないとか、普通、そういうことを気にするだろうか、という疑問が素朴に出てきます。つまり、枯れかかって来た場合などは別ですが、たたみなどに花が触れないように活けるのが、普通です。

ここから、花房がたたみに触れるか触れないかということを、わざわざ短句で詠むということは、作者の視点が、床のたたみ近くにあるからではないかということが出てきます。そうでない場合は、別の詠み方が可能だからです。

正岡子規が病床に伏して作品を造ったか造らなかったか、この作品は病床に伏していたとき造った作品なのか、元気なときの作品なのか、それは分からないとしても、作品自身のなかに詠み込まれている言葉から、病床か、または何にしろ、たたみ近くに横たわって詠んだうたではないかという推測が当然出てきます。あるいは、たたみに横たわる場合の視点を想像して詠ったという解釈が出てきます。

「瓶にさす藤の花ぶさ」となっています。自然に咲いている藤の花ではなく、瓶に活けられたものなのです。これも重要で、わざわざそう詠うということは、「瓶の花」でなければならない理由があるのです。たまたま、瓶の藤の花を見たということでもよいのですが、この「たまたま見た」は、歌においては、「必然理由」になります。

先にも述べましたが、「瓶にさす花」が、床のたたみに、その花が届かないのは、ごく当たり前のことです。そういう風に花をさす、というか活けるからです。

すると、これはあたりまえの何でもない情景を詠っているということになります。しかし、「詠っている」ということに意味があるのです。わざわざこれをうたにしたというのは、何故かという疑問です。

ここで、「視点」が、たたみの上に横たわっているか、その状態を想定しての視点だと先に述べたことが関係してきます。藤の花ぶさが、たたみに届かない、という状況は、横たわっている状況が、そのままで、変えることができない、という事態を平行的に詠んでいるのではないかと解釈できるのです。

「瓶に活けられた藤の花ぶさが、畳に届かない。届かないのは当たり前で、そのように活けてあるのである。横たわる私も、この床から出ることができない。できないのは当然で、わたしは多分、病で、このまま死んで行くはずなのだから。世のなかの定めはどうしようもないものがある。人の運命も、どうしようもない。しかし、そう思いつつも、藤の花が、手元にあれば、ただ見るだけでなく、触れてめでることもできる。それもできないのが運命である。わたしのいのちが短いのも、これも運命だろう。しかし、花は花、短いことも短いこと……自然なことではないか」

ここまで解釈すると、正岡子規が、病床で作品を造り、病床から抜け出すことなく病死したという知識が入っていますが、作者は、「客観的」に「花ぶさの短いこと」「自分のいのちも短いこと」などを、何気ない情景を描写するように詠っていることになります。

自分自身のありようを、「客観視」し、色々な思いや、心の苦悩なども、もしかしてあるかも知れないのを、そういうことを一読感じさせず、何気ない情景を詠んだように作品を造っているところに味わいがあるということになります。(何気ない情景を詠んだうたではない、というのは、最初に、なぜ、たたみに届かないことを、それほど重要視するかということを述べましたが、ここから、出てきます)。
 
(また、たたみ近くの視点は、「寝ている状態」「病床にある状態」「死んで横たわっている状態」など色々ありえるのですが、正岡子規が、病床に伏してうたを詠んだなどという知識を前提にしないでも、「寝ている状態」を想定して、こういううたを詠んだということから、この「寝ている状態」は、多分、病床で、しかも、長くないいのちではないか、というのが、うたの言葉を玩味すると出てくるのです)。
 

 
>「瓶にさす藤の花ぶさみじかければ たたみの上にとどかざりけり」

俳句というのは、元々、これだけで文学作品としては自立せず、状況説明などが必要になります。詠まれた状況が分かると、はじめて意味が納得できる作品では、自立しないのです。しかし、短歌は、和歌もそうですが、詠まれた状況を外しても、自立した作品となります。

ただし、うたが詠まれた状況が分かっていれば、なお、うたの鑑賞は深くなるとも言えます。

まず、このうたは、正岡子規が病弱で、晩年、病床に伏して多くの作品を...続きを読む

Q荻窪~多摩センターまでの交通手段

派遣社員として働いています。
新しい勤務先は多摩センターにあり、私の自宅は荻窪にあります。
多摩センターには8時40分に到着する必要がありますが、体調がすぐれないこともあり、可能な限り車内では座りたいと思っています。
また、帰りは、17時20分に多摩センターから出発します。

交通手段をエキスパートで調べると、
(1)荻窪~中央線で新宿~京王線で多摩センター
(2)荻窪~中央線で新宿~小田急線で多摩センター
(3)荻窪~中央線で立川~徒歩で立川北~モノレールで多摩センター
(4)荻窪~中央線で立川~徒歩で立川南~モノレールで多摩センター
の4通りがありましたが、座るにはどういう経路を使って行くのが一番良いでしょうか?
(特に、モノレールの混み具合を教えて下さい。)

Aベストアンサー

南大沢から荻窪へ通勤していた事があります。
その時は一番早い京王線~中央線のルートでした。

モノレールの混み具合はわかりませんが、
荻窪~新宿間が確実に混んでいると思います。
京王(または小田急)は朝が下り、かつ始発駅なので座れると思います。

帰りの時間は、京王線ならばたいてい座れます。

Q正岡子規の短歌を古語辞典を片手に意訳してみました。

正岡子規の短歌を古語辞典を片手に意訳してみました。

水車ひびく野川の夕寒みほろほろとちる款冬の花

↓(意訳)

肌寒い夕暮れ、水車の水音が響く野川にふきの花がはらはらと散っています。(もう夏も終わって秋になりますね)

これで合っているでしょうか?

夕寒みの意味がどこを探してもなかったのですが朝寒みと夜寒みが秋の季語であったのでその流れで“肌寒くなった夕方”の意で訳しました。
ふきの花は夏に咲くらしいのでそれが散るので夏が終わって秋が訪れる様を表現しているのかなと思いました。

添削をお願いします。また、みなさんの訳もお聞かせください。

Aベストアンサー

 短歌ですから五七五七七に区切ってみますと、
  みずぐるま ひびくのがわの ゆふさむみ ほろほろとちる 「款冬」のはな
ですね。
 「款冬」は「ふき」では字足らずですし、「ふきのとう」では字余りで言い方も無理があります。
 その点「やまぶき」なら合います。
 まあ、「かんとう」と音読みする手がないではありませんが、和語が続く一首の調べの最後に漢語がくるのはどうでしょうか。

 それに、蕗の花は、

> 更にフキは雌雄異株でよく見ると微妙に違う雌花と雄花を咲かせています。

> 雌花は花弁が糸状に退化していて短く、外観からは確認出来ません。

ともに、
http://ameblo.jp/kitanosatoyama/entry-10182910007.html
より引用

というもので、「ほろほろと散る」ような花びらはありませんし、むしろ花が咲いた後に、

> フキは雌雄異株の植物なのでその花茎であるフキノトウにも雌雄の別があります。雌の方は花が終わると茎が高く伸びて、いわゆる「トウが立つ」状態になって、白い綿毛のある種子が風で飛ばされて散るようになります。雄の方は余り高くは立たず用が済むとそのまましぼんでしまいます。
http://www.geocities.jp/maruhotigar/fukinotou.htm
より引用。

というように、綿毛が飛ぶ方が目立ちます。フキはタンポポと同じくキク科の植物です。

 また、どちらも春に咲きますね。山吹が咲くのは晩春ですが、夕方がまだ寒い日があってもおかしくはないと思います。

 水車がある場所ですからせいぜい村はずれ、山の中ではないでしょうし、人もけっこう行き来する場所だと想像されます。山吹を植えてあったとしてもおかしくないのでは。

 それから古語辞典をお持ちなら接尾語の「み」を調べて下さい。形容詞の語幹(シク活用の場合は終止形)に付いて原因理由を表す用法があるはずです。
 この接尾語の「み」だと考えると「夕寒み」の訳し方も違ってきます。
 接尾語の「み」は普通は「(名詞)を……み」(この場合は「夕を寒み」)となるのですが、音数を合わせるために「を」を省略するのは和歌ではよく行われることです。
 「山深み」 春とも知らぬ 松の戸に 絶え絶えかかる 雪の玉水 (新古今和歌集・式子内親王)

 短歌ですから五七五七七に区切ってみますと、
  みずぐるま ひびくのがわの ゆふさむみ ほろほろとちる 「款冬」のはな
ですね。
 「款冬」は「ふき」では字足らずですし、「ふきのとう」では字余りで言い方も無理があります。
 その点「やまぶき」なら合います。
 まあ、「かんとう」と音読みする手がないではありませんが、和語が続く一首の調べの最後に漢語がくるのはどうでしょうか。

 それに、蕗の花は、

> 更にフキは雌雄異株でよく見ると微妙に違う雌花と雄花を咲かせています。

> 雌花は花...続きを読む

Q多摩地区の地上デジタル放送開始?

地上デジタル放送推進協会(http://www.d-pa.org/)で東京・多摩地区の地上デジタルの「放送エリアのめやす」が大きく広がっていたのですが、多摩中継局(多摩市)での地上デジタル放送が始まったと言うことでしょうか?

Aベストアンサー

多摩中継局(多摩市)での地上デジタル放送が始まったかはわかりませんが、
2005年12月末をめどに放送を開始するという、めあすだと思います。

参考URL:http://www.d-pa.org/

Q正岡子規の歌の解釈

大伴旅人の歌に
「あな醜 さかしらをすと 酒のまぬ 人をよく見ば
猿にかも似む」があり、これの派生歌として子規に
「世の人は さかしらをすと 酒飲みぬ あれは柿くひて
猿にかも似る」があります。
この子規の歌の解釈をご存知の方教えて下さい。

Aベストアンサー

jakyyです。訂正します。
調べますと、子規の歌の原文が
「世の人はさかしらをすと酒のみぬ
  吾は柿くひて猿にかも似る」
こうありますので、

世の中の人は、賢く見られようとして
酒を飲まない人は、猿に似ていると歌われたが、
私は柿を食うと猿に似てくる。

注:【あれ(吾)】私

参考URL:http://www.asahi-net.or.jp/~cf9b-ako/Shiki/bokuseki.htm

Q豊多摩高校のすばらしさを語って欲しいです。

こんにちは。
今年豊多摩高校を受験するものです。
元は実は北園高校を諦めてここに決めました。
豊多摩の校風をしっかり理解し自分に合っていると思った上で決断しました。

しかし試験直前に迫った今、その部分が気になって勉強に身が入りません。
もう願書も中学校に提出したし豊多摩も気に入っているので
今更変えるつもりは全くないんですが、なんとなくつっかかってしまいます。


そこで、豊多摩のいい部分を語って欲しいのです。
豊多摩をもっと好きになって受験したいですし、
「よし頑張るぞ」「うかりたい」…と、強く思って勉強に取り組みたいです。



よろしくお願いしますm(._.)m

Aベストアンサー

こんにちは。

実は、私の娘も今年、豊多摩高を受験します。

特徴としては、昔、私が受験生のころから
・自由な校風でのびのびしている。
・部活動に力を入れて、万辺なく、そこそこの成績であるし、超体育会でも無い。
・学校の近くには、畑もあり静かで緑の多い環境である。
・都立としては、敷地が広い方である。
・偏差値の割にしては、大学進学率が高い。

こんな感じです。

直前追い込みですね。風邪などひかれません様に。

Q夏目漱石が正岡子規に送った書簡について

明治23年の12月31日に夏目漱石が、正岡子規宛に書いた
「故に小生の考にては文壇の立て赤幟を万世に…」
の書簡で、夏目漱石が具体的に正岡子規にどうせよ
と言っているかを知りたいのですが、「漱石・子規往復書簡集」
には現代語訳は載っているのでしょうか。

載っていなければ、載っている本をお教え頂ければ幸いです。

Aベストアンサー

意味を知りたい部分を書かれたら、その意味をご教示下さる方がおられるかもしれません。
ネットで検索した限りでは、その文の全体が分りませんでした。
「まずは思想を涵養することが大事だ」といってるようではありますが、一部しか分らないので・・・

Q横浜市旭区⇔多摩センター

横浜市旭区の自宅から東村山市への通勤が決まりました。
最寄り駅はそれぞれ相鉄線の二俣川と多摩都市モノレールの上北台です。
それぞれ駅からも2km弱かかります。
電車通勤を選択した場合、朝8:30の始業には6:05に家をでることになります。
一方、車だと渋滞で2時間では着かないと知人に言われました。

そこで多摩都市モノレールの多摩センター駅へ車をとめて、そこから電車通勤という案を考えましたが、自宅から東名町田を通過して多摩センターへ行くのはどのくらい時間がかかるでしょうか。7:30には多摩センターに着きたいところです。

どなたか土地勘のある方、どの手段で、どのルートで通うのが最も良いか、アドバイスいただけたらと存じます。

よろしくお願い致します。

Aベストアンサー

電車通勤のルートは、たぶん二俣川~大和~新百合ヶ丘~多摩センター~上北台で考えられたと思いますが、横浜線経由のほうがだいぶ早いです。
中山7:03発⇒八王子7:42着/7:45発⇒立川7:57着⇒立川北8:04発⇒上北台8:16着
ご自宅が二俣川駅より北側であれば、横浜線の中山か十日市場まで出ると良いかと思います。

あと、お勤め先は東大和市でしょうか?上北台から2km以内で行ける東村山市のエリアが見当たらなかったのですが…。

Q正岡子規の命日は17日?19日?

 正岡子規がなくなった後、高浜虚子が「子規逝くや 十七日の 月明に」という俳句を詠んでいます。しかし、正岡子規の命日は9月19日であると様々な資料には出てきます。

 子規の命日は、9月17日なのでしょうか、それとも19日なのでしょうか。そして、どうして17と19という数字が出てくることになったのか、という2点について知りたいです。ご存じの方是非教えてください。

Aベストアンサー

正岡子規の没日は明治35年9/19で間違いありません。この頃日本はすでに「新暦」が使用されていたのでこの日にちは新暦でのことです。
しかし、虚子が歌った「十七日の月」とは旧暦の十七日という意味。旧暦では月齢と日にちが合致していますから十五日の月といえば必ず満月です。ですから十七日の月とは満月を少し過ぎ右側が欠けてきた月です。
この月齢の月は夜になってから地平線上に出て、夜半に南に高く上ります。
子規が亡くなったのは夜半過ぎだそうですから、そのとき虚子は南の空にさえざえと掛かった明るい月を見たのでしょう。
参考に↓
http://www.lib.ehime-u.ac.jp/KUHI/JAP/sikihetima.html


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