正岡子規の短歌
「ぬばたまの黒毛の駒の太腹に雪どけの波さかまき来たる」
の解釈を教えてください。特に「黒毛の駒の太腹」の部分がよくわかりません。よろしくお願いします。

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A 回答 (1件)

 正岡子規には、「平家物語」の、「宇治川の先陣」の争いの話に基づいた、


 先がけの 勲功(いさお)立てずば 生きてあらじと
    誓へる心 生食(いけずき)知るも
という短歌があります。(「いけずき」は馬の名。)

 ご質問の歌も同じ時の作品じゃないかな。

ぬばたまの(「黒」にかかる枕詞〔まくらことば〕)黒毛の馬の太った腹に、(宇治川を流れる)雪解けの(水の)波が逆巻いて打ち寄せている

というぐらいの内容だと思いますが。

「いけずき、するすみ」という二頭の馬を巡る平家物語の話は、

http://masa_n.at.infoseek.co.jp/heike/h236ch10_1 …

〔第二百三十六話・第十章 青葉の笛(一)〕から、「次回へ」をクリックして、「第二百三十八話・青葉の笛(三)」ぐらいまでをお読みください。

参考URL:http://masa_n.at.infoseek.co.jp/heike/h236ch10_1 …
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この回答へのお礼

この短歌にそのような背景があるとは思いもよりませんでした。
大変参考になりました。ありがとうございました。

お礼日時:2007/09/25 14:21

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Q正岡子規の短歌の解釈

正岡子規の短歌に「瓶にさす藤の花ぶさみじかければ たたみの上にとどかざりけり」というものがあります。
 この短歌の意味とみなさんの独自の解釈を教えてください。 詳しく教えていただけると幸いです。 よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 
>「瓶にさす藤の花ぶさみじかければ たたみの上にとどかざりけり」

俳句というのは、元々、これだけで文学作品としては自立せず、状況説明などが必要になります。詠まれた状況が分かると、はじめて意味が納得できる作品では、自立しないのです。しかし、短歌は、和歌もそうですが、詠まれた状況を外しても、自立した作品となります。

ただし、うたが詠まれた状況が分かっていれば、なお、うたの鑑賞は深くなるとも言えます。

まず、このうたは、正岡子規が病弱で、晩年、病床に伏して多くの作品を造ったことは有名ですが、この作品が果たして、病床にあるときの作品かどうか、わたしは知りません。しかし、短歌は、字数が多いため、色々な内容を詠むことができます。この作品の場合、「たたみの上にとどかざりけり」と、短句あるいは下の句で詠っています。

一体、瓶にさした藤の花ぶさが、たたみの上に届くとか届かないとか、普通、そういうことを気にするだろうか、という疑問が素朴に出てきます。つまり、枯れかかって来た場合などは別ですが、たたみなどに花が触れないように活けるのが、普通です。

ここから、花房がたたみに触れるか触れないかということを、わざわざ短句で詠むということは、作者の視点が、床のたたみ近くにあるからではないかということが出てきます。そうでない場合は、別の詠み方が可能だからです。

正岡子規が病床に伏して作品を造ったか造らなかったか、この作品は病床に伏していたとき造った作品なのか、元気なときの作品なのか、それは分からないとしても、作品自身のなかに詠み込まれている言葉から、病床か、または何にしろ、たたみ近くに横たわって詠んだうたではないかという推測が当然出てきます。あるいは、たたみに横たわる場合の視点を想像して詠ったという解釈が出てきます。

「瓶にさす藤の花ぶさ」となっています。自然に咲いている藤の花ではなく、瓶に活けられたものなのです。これも重要で、わざわざそう詠うということは、「瓶の花」でなければならない理由があるのです。たまたま、瓶の藤の花を見たということでもよいのですが、この「たまたま見た」は、歌においては、「必然理由」になります。

先にも述べましたが、「瓶にさす花」が、床のたたみに、その花が届かないのは、ごく当たり前のことです。そういう風に花をさす、というか活けるからです。

すると、これはあたりまえの何でもない情景を詠っているということになります。しかし、「詠っている」ということに意味があるのです。わざわざこれをうたにしたというのは、何故かという疑問です。

ここで、「視点」が、たたみの上に横たわっているか、その状態を想定しての視点だと先に述べたことが関係してきます。藤の花ぶさが、たたみに届かない、という状況は、横たわっている状況が、そのままで、変えることができない、という事態を平行的に詠んでいるのではないかと解釈できるのです。

「瓶に活けられた藤の花ぶさが、畳に届かない。届かないのは当たり前で、そのように活けてあるのである。横たわる私も、この床から出ることができない。できないのは当然で、わたしは多分、病で、このまま死んで行くはずなのだから。世のなかの定めはどうしようもないものがある。人の運命も、どうしようもない。しかし、そう思いつつも、藤の花が、手元にあれば、ただ見るだけでなく、触れてめでることもできる。それもできないのが運命である。わたしのいのちが短いのも、これも運命だろう。しかし、花は花、短いことも短いこと……自然なことではないか」

ここまで解釈すると、正岡子規が、病床で作品を造り、病床から抜け出すことなく病死したという知識が入っていますが、作者は、「客観的」に「花ぶさの短いこと」「自分のいのちも短いこと」などを、何気ない情景を描写するように詠っていることになります。

自分自身のありようを、「客観視」し、色々な思いや、心の苦悩なども、もしかしてあるかも知れないのを、そういうことを一読感じさせず、何気ない情景を詠んだように作品を造っているところに味わいがあるということになります。(何気ない情景を詠んだうたではない、というのは、最初に、なぜ、たたみに届かないことを、それほど重要視するかということを述べましたが、ここから、出てきます)。
 
(また、たたみ近くの視点は、「寝ている状態」「病床にある状態」「死んで横たわっている状態」など色々ありえるのですが、正岡子規が、病床に伏してうたを詠んだなどという知識を前提にしないでも、「寝ている状態」を想定して、こういううたを詠んだということから、この「寝ている状態」は、多分、病床で、しかも、長くないいのちではないか、というのが、うたの言葉を玩味すると出てくるのです)。
 

 
>「瓶にさす藤の花ぶさみじかければ たたみの上にとどかざりけり」

俳句というのは、元々、これだけで文学作品としては自立せず、状況説明などが必要になります。詠まれた状況が分かると、はじめて意味が納得できる作品では、自立しないのです。しかし、短歌は、和歌もそうですが、詠まれた状況を外しても、自立した作品となります。

ただし、うたが詠まれた状況が分かっていれば、なお、うたの鑑賞は深くなるとも言えます。

まず、このうたは、正岡子規が病弱で、晩年、病床に伏して多くの作品を...続きを読む

Q正岡子規の短歌を古語辞典を片手に意訳してみました。

正岡子規の短歌を古語辞典を片手に意訳してみました。

水車ひびく野川の夕寒みほろほろとちる款冬の花

↓(意訳)

肌寒い夕暮れ、水車の水音が響く野川にふきの花がはらはらと散っています。(もう夏も終わって秋になりますね)

これで合っているでしょうか?

夕寒みの意味がどこを探してもなかったのですが朝寒みと夜寒みが秋の季語であったのでその流れで“肌寒くなった夕方”の意で訳しました。
ふきの花は夏に咲くらしいのでそれが散るので夏が終わって秋が訪れる様を表現しているのかなと思いました。

添削をお願いします。また、みなさんの訳もお聞かせください。

Aベストアンサー

 短歌ですから五七五七七に区切ってみますと、
  みずぐるま ひびくのがわの ゆふさむみ ほろほろとちる 「款冬」のはな
ですね。
 「款冬」は「ふき」では字足らずですし、「ふきのとう」では字余りで言い方も無理があります。
 その点「やまぶき」なら合います。
 まあ、「かんとう」と音読みする手がないではありませんが、和語が続く一首の調べの最後に漢語がくるのはどうでしょうか。

 それに、蕗の花は、

> 更にフキは雌雄異株でよく見ると微妙に違う雌花と雄花を咲かせています。

> 雌花は花弁が糸状に退化していて短く、外観からは確認出来ません。

ともに、
http://ameblo.jp/kitanosatoyama/entry-10182910007.html
より引用

というもので、「ほろほろと散る」ような花びらはありませんし、むしろ花が咲いた後に、

> フキは雌雄異株の植物なのでその花茎であるフキノトウにも雌雄の別があります。雌の方は花が終わると茎が高く伸びて、いわゆる「トウが立つ」状態になって、白い綿毛のある種子が風で飛ばされて散るようになります。雄の方は余り高くは立たず用が済むとそのまましぼんでしまいます。
http://www.geocities.jp/maruhotigar/fukinotou.htm
より引用。

というように、綿毛が飛ぶ方が目立ちます。フキはタンポポと同じくキク科の植物です。

 また、どちらも春に咲きますね。山吹が咲くのは晩春ですが、夕方がまだ寒い日があってもおかしくはないと思います。

 水車がある場所ですからせいぜい村はずれ、山の中ではないでしょうし、人もけっこう行き来する場所だと想像されます。山吹を植えてあったとしてもおかしくないのでは。

 それから古語辞典をお持ちなら接尾語の「み」を調べて下さい。形容詞の語幹(シク活用の場合は終止形)に付いて原因理由を表す用法があるはずです。
 この接尾語の「み」だと考えると「夕寒み」の訳し方も違ってきます。
 接尾語の「み」は普通は「(名詞)を……み」(この場合は「夕を寒み」)となるのですが、音数を合わせるために「を」を省略するのは和歌ではよく行われることです。
 「山深み」 春とも知らぬ 松の戸に 絶え絶えかかる 雪の玉水 (新古今和歌集・式子内親王)

 短歌ですから五七五七七に区切ってみますと、
  みずぐるま ひびくのがわの ゆふさむみ ほろほろとちる 「款冬」のはな
ですね。
 「款冬」は「ふき」では字足らずですし、「ふきのとう」では字余りで言い方も無理があります。
 その点「やまぶき」なら合います。
 まあ、「かんとう」と音読みする手がないではありませんが、和語が続く一首の調べの最後に漢語がくるのはどうでしょうか。

 それに、蕗の花は、

> 更にフキは雌雄異株でよく見ると微妙に違う雌花と雄花を咲かせています。

> 雌花は花...続きを読む

Q正岡子規の歌の解釈

大伴旅人の歌に
「あな醜 さかしらをすと 酒のまぬ 人をよく見ば
猿にかも似む」があり、これの派生歌として子規に
「世の人は さかしらをすと 酒飲みぬ あれは柿くひて
猿にかも似る」があります。
この子規の歌の解釈をご存知の方教えて下さい。

Aベストアンサー

jakyyです。訂正します。
調べますと、子規の歌の原文が
「世の人はさかしらをすと酒のみぬ
  吾は柿くひて猿にかも似る」
こうありますので、

世の中の人は、賢く見られようとして
酒を飲まない人は、猿に似ていると歌われたが、
私は柿を食うと猿に似てくる。

注:【あれ(吾)】私

参考URL:http://www.asahi-net.or.jp/~cf9b-ako/Shiki/bokuseki.htm

Q夏目漱石が正岡子規に送った書簡について

明治23年の12月31日に夏目漱石が、正岡子規宛に書いた
「故に小生の考にては文壇の立て赤幟を万世に…」
の書簡で、夏目漱石が具体的に正岡子規にどうせよ
と言っているかを知りたいのですが、「漱石・子規往復書簡集」
には現代語訳は載っているのでしょうか。

載っていなければ、載っている本をお教え頂ければ幸いです。

Aベストアンサー

意味を知りたい部分を書かれたら、その意味をご教示下さる方がおられるかもしれません。
ネットで検索した限りでは、その文の全体が分りませんでした。
「まずは思想を涵養することが大事だ」といってるようではありますが、一部しか分らないので・・・

Q正岡子規の命日は17日?19日?

 正岡子規がなくなった後、高浜虚子が「子規逝くや 十七日の 月明に」という俳句を詠んでいます。しかし、正岡子規の命日は9月19日であると様々な資料には出てきます。

 子規の命日は、9月17日なのでしょうか、それとも19日なのでしょうか。そして、どうして17と19という数字が出てくることになったのか、という2点について知りたいです。ご存じの方是非教えてください。

Aベストアンサー

正岡子規の没日は明治35年9/19で間違いありません。この頃日本はすでに「新暦」が使用されていたのでこの日にちは新暦でのことです。
しかし、虚子が歌った「十七日の月」とは旧暦の十七日という意味。旧暦では月齢と日にちが合致していますから十五日の月といえば必ず満月です。ですから十七日の月とは満月を少し過ぎ右側が欠けてきた月です。
この月齢の月は夜になってから地平線上に出て、夜半に南に高く上ります。
子規が亡くなったのは夜半過ぎだそうですから、そのとき虚子は南の空にさえざえと掛かった明るい月を見たのでしょう。
参考に↓
http://www.lib.ehime-u.ac.jp/KUHI/JAP/sikihetima.html


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