武者小路 実篤の詩の中にあと一歩、か、もう一歩という詩があったと思うのですが正式は題名とどの本に掲載されているのかわかりません。もし、おわかりでしたらおしえてください。今、大学受験を控えこの詩が頑張ろうという気持ちにさせてくれます。よろしくお願いします。

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A 回答 (1件)

実篤の「もう一歩」という詩です・・・・




角川文庫から実篤詩集が出されています。

http://www.kadokawa.co.jp/bunko/contents/199902/ …

勉強、あまり無理せずにベストを尽くしてください・・・・
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この回答へのお礼

本当にありがとうございました。無理せずこつこつ頑張ろうとおもいます。

お礼日時:2002/08/18 20:09

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Q空想先生について (著:武者小路実篤)

最近,「友情」を読んで感動しました。それで,武者小路実篤さんの本を他にも読んでみようと「空想先生」を買ってきました。期待に胸を膨らませページをめくると,第1行目,これも山谷五兵衛の話,・・・あれ?やまたにごへい?やまたにいつべい?どっちだ?山谷も本当にやまたにで良いのだろうか?
固有名詞は辞書で調べるわけにもいかないので困っています。

山谷五兵衛にどう振仮名を付ければよいのでしょうか?

Aベストアンサー

下記サイトには、「さんやごへえ」と書いてありますね。
私はずっと「やまたにごへえ」と読んでました。
作者がルビふってなければ、どっちでもいいような気もしますが。

参考URL:http://www.amy.hi-ho.ne.jp/~konishi_satoshi/study/begin.html

Q武者小路実篤

武者小路実篤は新しき村を建設したと思いますが、
そこで7年ほどで離れてしまっていますね。

その理由が分かる方がいらしたら教えていただければさいわいです。

Aベストアンサー

「新しき村」と白樺派の文学者に関しては、関川夏央の『白樺たちの大正』(2003 文藝春秋社)に詳しく記されています。

簡単にいうと、村は自立できず、食糧の自給さえまったくおぼつかなかったからです。

「「新しき村」には大正十三年春、四十三人の「村民」がいた。…(略)…七年目を迎えた村は、いまだ自立とは程遠い状態で苦闘している。見通しは立たない。武者小路実篤は毎月四百円の金を村に注ぎこまなくてはならない。
 大正十二年十二月には、年を越すために千三百円の金が必要であることがわかった。現在の四百万円ほどである。
 毎月の不足補填分四百円は、大半が米代である。…(略)

 村で現金を生み出すことができるのは、ひとり実篤のみである。それは、原稿を恐るべき速度で書くことでもたらされるのである。」(p.370-374『白樺たちの大正』)

多額の資金を投下して水路を建設しようとしてもうまくいかず、印刷・出版業を興そうとしてもうまくいかない。月三十銭の村外会員からの寄付も減る一方です。

そこで実篤は離村を考えるようになります。

「金の点では僕は村外会員となっても責任はもてる。なおもてるかも知れない。村外会員をふやす点では反って役に立つかも知れない。
 村への寄付金も僕がいない方がたのみ易い点もある。
 それ以上、村は僕から独立して平気で存在し得て初めて本当の村になり得るとも言える」
「本当の村になるためには僕がいるより、以内方がいい、そういう理屈もなりたつのだった」(武者小路実篤『一人の男』:前掲書より孫引き)

ほかにも妻房子と恋人安子の妊娠や出産といった複雑な人間関係の事情もあったようですが、興味がおありでしたらぜひご一読ください。

「新しき村」と白樺派の文学者に関しては、関川夏央の『白樺たちの大正』(2003 文藝春秋社)に詳しく記されています。

簡単にいうと、村は自立できず、食糧の自給さえまったくおぼつかなかったからです。

「「新しき村」には大正十三年春、四十三人の「村民」がいた。…(略)…七年目を迎えた村は、いまだ自立とは程遠い状態で苦闘している。見通しは立たない。武者小路実篤は毎月四百円の金を村に注ぎこまなくてはならない。
 大正十二年十二月には、年を越すために千三百円の金が必要であることがわかった。...続きを読む

Q武者小路実篤って、たいしたことないのですか?

こんにちは。

立花隆さんは、武者小路実篤さんの作品というのは、

中学生くらいだと、気持ちがシンクロするようなところがあるけれど、
実は、たいしたものではない。

というようなことを言っていたような気がします。

”文学における有名な人”の中では、

武者小路実篤というのは、あまりたいしたものではないのですか?

 

Aベストアンサー

 確かにいい書き物ですが、たいしたこと無いの意味がちょいといいにくいが、まぁ長く影響的力を、インパクトを残すことはありませんでした。
 じゃぁ書いてみろといわれたた、まねは出来ませんが。
 そういう伝(でん)でいくと、下村湖人はどうでロマン・ロランどうだということになり、所詮は旧制中学の先生だなどという言い方もでてきます。私は下村湖人は、そしてロマン・ロランも(あえて“も”ですが)すごいインパクトが、今も存続しておりますが(60年も前、中学のときの読書でしたが)。
 聖典などは、隠喩や明喩などを使い、独特の口調で真理を語っています。無論、真正面から。
 武者小路実篤先生も下村湖人も真正面から真理を語っています。
 しかし聖典の口調は使っていません。隠喩や明喩も使っていません。
 そうするとあまりにあっけなく、素直すぎて当たり前すぎます。
 哲学のように難しいタームや精緻な論理にはまっても居ません。
 そういうことから、ありがたがることはありません。
 そういう意味もあって、武者小路実篤先生の印象が形成されることもあると存じます。
 でもその基盤の思想的掘り下げをしてみる必要はあると存じます。
 でもやはり、仰せのように何かウエハースか、何かのようですね。
 思想性が少し弱いような気がします。大事で、真理なんだけれども。
 いろんな原因があると思います。
 人間や何かの描写では、多喜二は主張が中心になって、小説ということからは、少し違う。
 原口統三や、百三もそうだが、壮大にして、精緻なものを提示することよりも、真理と心が中心課題ですからね。
 すごいもの、驚かすものなんか屁でもない、という気持ちでしょう。
 湖人や百三を並みの小説家の次元でどうこういうのは、まったく見当違いです。むろん、多喜二も。
 それにしても武者小路実篤先生は、ちょいと、そういう人たちのような意識もなさそうですね。
 立花隆さんのものは知りませんが(申し訳ありません、同時代の方のはあまり読書してなくて)、関心は多いにあります。そして武者小路実篤先生のことでは、偶々、私の印象と合致しております。

 確かにいい書き物ですが、たいしたこと無いの意味がちょいといいにくいが、まぁ長く影響的力を、インパクトを残すことはありませんでした。
 じゃぁ書いてみろといわれたた、まねは出来ませんが。
 そういう伝(でん)でいくと、下村湖人はどうでロマン・ロランどうだということになり、所詮は旧制中学の先生だなどという言い方もでてきます。私は下村湖人は、そしてロマン・ロランも(あえて“も”ですが)すごいインパクトが、今も存続しておりますが(60年も前、中学のときの読書でしたが)。
 聖典などは...続きを読む

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 詩の題名と作者を教えてください。8年位前の高校の国語の教科書に乗っていました。
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こんばんは。
李白の詩に、
「 蜀の国は仙山多し 峨眉ばくとして匹し難し・・・」
という詩があるらしいのです。
題名が分からないので、困ってます。
受験に使用しようと思っているんですが、お分かりの方、題名を教えていただけませんか?
よろしくお願い致します!

Aベストアンサー

李白《登峨眉山》诗有“蜀国多仙山,峨眉邈难匹”之谓,他又道,“平生有微尚,欢笑自此毕

あっているみたいです。

お酒飲んではいけないころは月下独酌なんてあこがれましたが(^^)
飲んでもいい年ごろにはお金が(相手も?)
生活に支障ないときには飲む気がなくて、、


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