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『世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし』の返歌である『散ればこそいとど桜は愛でたけれ…』
の後半部分と詠み人の名を教えて下さい。

A 回答 (4件)

伊勢物語の歌ですよね.


「世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし」
は在原業平ですね.

返歌の方は
「散ればこそいとど桜はめでたけれ憂き世になにか久しかるべき」
ですね.
確か,桜を見ながら惟高親王はじめみんなで(身分を問わず)酒盛りしたときの歌で,
たぶん身分の低い人の歌だったので,作者を書いていなかったような.

今,手元に本がないので,記憶だけで書いています.
歌自体は間違っていないと思いますが.
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この回答へのお礼

ありがとうございました。おかげですっきりしました。

お礼日時:2001/01/31 13:05

もう一つ参考となるHP載せておきます。


返歌の方は特に名前は記されていないようですね。

参考URL:http://www.iz2.or.jp/essay/9-2.htm
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世の中に絶えて桜の無かりせば はるの心はのどけからまし


散ればこそいとど桜はめでたけれ 浮き世になにか久かるべき

詠み人は~??
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すみません、又人のよめる歌としか分かりません。


以下のURLへ

参考URL:http://plaza16.mbn.or.jp/~mizugaki/column02.html
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この回答へのお礼

丁度良いサイトを教えていただきありがとうございました。お礼に10Pをお受けとり下さい。(^-^)

お礼日時:2001/01/31 13:07

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Q桜を詠んだ短歌・俳句を教えて下さい。

いい季節ですね。
桜を詠んだ短歌・俳句はたくさんありますが
古典として有名なもの、また皆さんのお気に入りなどを教えてください。
超有名な歌でも 結構うろ覚えだったりしますので、ぜひこの機会にちゃんと覚えたいのです。よろしく。。。

Aベストアンサー

情景の美しさでは次の2つが気に入っています。

  ひさかたの光のどけき春の日にしづ心なく花の散るらむ (紀友則)
  山里の春の夕暮れ来てみれば入相の鐘に花ぞ散りける (能因法師)

西行には花の歌が山ほどありますが,このちょっと皮肉な歌が好きです。

  花見にと群れつつ人の来るのみぞ あたら桜のとがにぞありける

参考URL:http://www.wombat.or.jp/arumukos/unnk/unncssry/prl.html

Q芭蕉の桜の句

お世話になってます。
今度は俳句の背景について、また教えてください。
松尾芭蕉が伊賀上野で詠んだらしいのですが、

さまざまなこと思い出す桜かな

という一句です。

茶道の師匠に教わり、確か「同じように見える桜も毎年違う花をつけ、自分も桜を見るたびにいろいろな思い出がよみがえる」というような意味だったと思います。でもこれ、かなりうろ覚えなので、この歌の詠まれた背景を詳しくご存知の方いましたら、教えてください。
ちなみに、伊賀の方では、この歌にちなんだ干菓子(桜型の軽いおせんべいのような)もあるそうです。「さまざま桜」とかいう名前で…

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

正しくは、
「さまざまの事おもひ出す桜かな」
です。

伊賀上野は現在の三重県上野市で、芭蕉の生まれ育った地です。
芭蕉が中年になり、江戸から伊賀上野へ帰ったところ、旧藩主の下屋敷に招かれて数十年ぶりに花見をしたところ、辺り一面が昔のままで、花を見るや昔の色んな事を思い出し、感慨無量の気持ちを詠んだとされます。
この旧藩主というのが藤堂良忠という人で、俳人でもあり、芭蕉の若いころから交流がありました。この時はすでに病死していて、藤堂良忠の子・良長がこの花見を催した人とされています。

この歌にちなんだお菓子があるのは知りませんでした。
調べて見ると紅梅屋というところが販売しています。
参考URLをどうぞ。

参考URL:http://www.koubaiya.com/contents/contents_frame.htm

Q「願はくは花の下にて春死なむ・・・」の「花」は何の花?

願はくは花の下にて春死なむ その如月の望月のころ

という歌にとても心惹かれるものがあります。
たしか西行法師の作であったと記憶しております。

この歌に出てくる「花」とは何の花なのでしょうか?
今まで何となく桜だと思っていましたが、桜が日本人にとって最も代表的な花となったのは、もっと後の時代ではないでしょうか。西行法師の時代は「花」と言えば梅だったのではないかと思います。

そこで、月齢と旧暦の日付を調べてみたところ、今年は旧暦の2月の満月の日は新暦4月7日(旧暦2月17日、月齢15.36)でした。
となると、「花」はやはり桜なのでしょうか?

もう一つ、質問です。
「花は桜木、人は武士」という言葉が示すように、潔く散る桜を人の死と結びつける思想は、江戸時代の出てきたものと思っていました。しかし、この歌の「花」が桜であるとすれば、西行法師の時代に、すでに、桜を人の死と結びつける思想の源流があったと考えてよいでしょうか?

Aベストアンサー

まず、古文で「花」と出てきたら、奈良時代の一時期を除いて、桜のことと考えてよいと思います。

万葉集でいう「はな」が何を指しているかは、詠まれた数の多さから梅である説、あるいは、当時はまだ貴族社会の一部にしかひろまっていなかったため、桜であるという説など諸説あります。

奈良時代に中国から梅が入ってきた梅は、当時の貴族文化の中では主流になったのですが、外来文化の象徴でもあった梅に対し、古来から生活とともにあり、また民間信仰の対象でもあった桜は、平安時代が進むに連れて、ふたたび主流になっていったようです。
そうして947年には宮中の庭の正面に植えられていた「右近の橘左近の梅」の梅が桜に植え替えられたことなどにもあきらかなように、平安後期以降は、花といえば桜をさすようになります。

ご質問の西行の歌は、1190年のものですから、時期的にも桜であることに間違いはありません。

桜は古来から日本の民間信仰と深く結びついていました。
古事記や日本書紀にも登場する木花咲耶姫(このはなさくやひめ)、この神は春の女神で豊穣をもたらすとされたのですが、桜の木はこの神の依り代とされました。

桜の開花に農作業が始まる時期を知り、その年の開花に作柄を占った。
こうして桜は農作業と深く結びつきつつ、信仰の対象でもあったのです。
桜の大木の下は一種の聖域となり、豊穣を祈るためのさまざまな儀礼や宴が、年中行事となっていき、今日に至るまで続いています。

一方で、桜に対する見方も時代によって少しずつ変わります。
平安末期には無常観とも結びついていき、さらに時代が下れば、能や歌舞伎での異世界や狂気にも通じていく。
質問者さんが上げられている、仮名手本忠臣蔵の詞は確かに江戸時代のものですが、桜はそれよりはるかに古来から、人々の生活に結びついており、それゆえに、さまざまに解釈されてきた歴史があります。

ここらへんの見方の推移は『ねじ曲げられた桜 ― 美意識と軍国主義 ―』(大貫美恵子 岩波書店)に詳しいので、もし興味がおありでしたら、ご一読ください。

ただ、西行のこの歌は、やはり西行個人の信仰と無関係にとらえることはできないでしょう。

>その如月の望月のころ

とは、釈尊が涅槃に入った(亡くなられた)とされる二月十五日のことです。

「これは死に臨んでの作ではない。死を目前にして西行がこう歌ったのではない。…しかしおそらく六十歳代の半ばごろ、死もいつかはやって来る、もうそれほど遠くはないかもしれぬと思うにいたった老西行が、おのれの死をこういう言葉で表現し、こういう情景の中に見つめ、希求していたことは間違いなく読みとりうるのである」(『西行』高橋英夫 岩波新書)

この本は、西行の生涯だけでなく、さまざまな西行伝説や、西行と芭蕉の関わりなどにもふれられていて、大変おもしろかったです。

以上、なんらかの参考になれば幸いです。

まず、古文で「花」と出てきたら、奈良時代の一時期を除いて、桜のことと考えてよいと思います。

万葉集でいう「はな」が何を指しているかは、詠まれた数の多さから梅である説、あるいは、当時はまだ貴族社会の一部にしかひろまっていなかったため、桜であるという説など諸説あります。

奈良時代に中国から梅が入ってきた梅は、当時の貴族文化の中では主流になったのですが、外来文化の象徴でもあった梅に対し、古来から生活とともにあり、また民間信仰の対象でもあった桜は、平安時代が進むに連れて、ふた...続きを読む

Q目に青葉 山ほととぎす 初がつを の解釈 (山ほととぎす)

勿論ここでの「山ほととぎす」の意味は「山からほととぎす(鳥)の鳴き声が聴こえてくるのが素晴らしい」といった意味なのだと思います。

しかし、多分20年ぐらい前だと思うのですが、これは、鳥のホトトギスではなく、植物の「山ほととぎす」(こういった名前の植物があります)を指しているのだと書いた文献を読んだ記憶があるのです。

ところが、今、いくらネットで調べてみても「ほととぎす=鳥」以外の解釈をしているものは見つかりません。

果たして、「山ほととぎす=植物」といった説もごく少数なりとも存在するのでしょうか。それとも、100%どう考えても私の記憶違いなのでしょうか。

Aベストアンサー

[目に青葉 山ほととぎす 初がつを]
まず、この句は【目には青葉 山ほととぎす 初がつを】が正しいものです。

「ほととぎす」という植物は実在しますよ。以下をご覧下さい。
 

>花の名はホトトギス。鳥と同じだ。
>それもそのはず、花びらの斑点が鳥ホトトギスの腹部模>様に似ていることから付けッられたのだという。
>サギソウ(鷺草)やクジャクソウ(孔雀草)など鳥の名>を付けた花はいくつかある。が、ソウ(草)が付かず、>鳥の名とそっくり同じというのも珍しい(漢字では「杜>鵑草」と書く。それでホトトギスと読む)。

では、この花が質問者さんの言う「山ほととぎす」なのかというと、そうではないのです。

鳥は初夏。小学校の時に唄った唱歌「夏は来ぬ」の一節に、「卯の花の匂う垣根に、ホトトギス、早やも来鳴きて、忍び音もらす、夏は来ぬ」とあったことからも明らかですね。

ところが、花ホトトギスは秋盛りに咲く花なのです。

ここに、秋盛りに咲く花ホトトギスを素堂の句に真似た面白い句があります。
「目には紅葉ヤマホトトギス戻り鰹」(字余り)

[目に青葉 山ほととぎす 初がつを]
まず、この句は【目には青葉 山ほととぎす 初がつを】が正しいものです。

「ほととぎす」という植物は実在しますよ。以下をご覧下さい。
 

>花の名はホトトギス。鳥と同じだ。
>それもそのはず、花びらの斑点が鳥ホトトギスの腹部模>様に似ていることから付けッられたのだという。
>サギソウ(鷺草)やクジャクソウ(孔雀草)など鳥の名>を付けた花はいくつかある。が、ソウ(草)が付かず、>鳥の名とそっくり同じというのも珍しい(漢字では「杜>鵑草」...続きを読む

Q世の中にたえて

世の中にたえて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし
を英訳したいのですが、どなたか自信を持って、英訳できるかたがいらしたら、お願いいたします。または、この和歌を英訳して紹介してある本とかサイトをご存知のかたはお願いいたします。

Aベストアンサー

If there were no sakura in the world
We might be in peace in spring

訳しただけで、情緒がありません。韻律も全く考えていないので単なる散文です。ただ、仮定法(反実仮想)というところだけしか合っていません。

「桜」というものに対する日本人の感じ方、「のどか」という気持ちなどとても英語では表現し切れません。「桜」を cherry (blossom) とするのはどうしても抵抗があります。

Qさつきとつつじの違いについて

「さつき」は「つつじ」の花を小さくしたような花ですか?

Aベストアンサー

いわゆる「さつき」は、花もですが葉も小さいです。

つつじは種類も多いですが、道路の歩道の植え込みなどに使われている普通の「つつじ」「さつき」で比較しても、葉については

つつじの葉は長さ5~7cm、巾約1.5cm、光沢がなく、葉の裏側は服などに付着し易いく、子供がワッペンの替わりにして遊びます。

一方[サツキツツジ]の所謂[皐月:サツキ]の葉は、長さ2~3cm、巾も6mm程度、表側の光沢はつつじとは別種かと思うほどです。

一般に「つつじ」と言われる方は落葉性で、「さつき」と言われる方には常緑樹が多いようです。

ツツジは4~5月頃紅色、ピンク、絞りなどの花をつけ、俳句の季語は[春]なのに対し、さつきの季語は[夏]なのです。

サツキの名前は陰暦五月皐月に咲くところからきていますが、こちらはツツジよりやや遅く5~6月頃、真紅、淡い紅色、ピンク、

絞りなど多様な花をつけ、たしかにnekomusumeさんのご質問のように、小さい花で特に真紅の色はサツキらしい色だと思います。


ツツジ・サツキとも低い植え込みや他の樹種と一緒に[大刈り込み]などにしますが、山野に自生するツツジなどは、木の高さが10m位

までなると聞きましたが、サツキの方はどの位まで成長するのか知りません。

一般人の目に付く所で有名なのは、箱根芦ノ湖、湖畔の[山のホテル]の庭園ですが、つつじの花のシーズンには、戦後植えたつつじの

植え込みが園内通路をアーチのように蔽い、たしか宿泊客以外にも開放していると思いますが、ぜひ見ていただきたい光景です。

   *ここは三菱財閥岩崎別邸の跡に、戦後アメリカ進駐のために作られたホテルですが、4万坪以上の庭園に
    3000本以上のつつじというのが[売りの一つ]で人工的ですが見事なものです。

いわゆる「さつき」は、花もですが葉も小さいです。

つつじは種類も多いですが、道路の歩道の植え込みなどに使われている普通の「つつじ」「さつき」で比較しても、葉については

つつじの葉は長さ5~7cm、巾約1.5cm、光沢がなく、葉の裏側は服などに付着し易いく、子供がワッペンの替わりにして遊びます。

一方[サツキツツジ]の所謂[皐月:サツキ]の葉は、長さ2~3cm、巾も6mm程度、表側の光沢はつつじとは別種かと思うほどです。

一般に「つつじ」と言われる方は落葉性で、「さつき」と言わ...続きを読む

Q離れてしまう友達にあげる漢詩!

アメリカから来ていた友人が帰国することになり、せっかくだから漢字の詩か何かを、扇子に書いてあげようと思ったんですが…なににしたらよいものやら。
前になにかの漫画で見た、”花花…”とかで始まる詩がよかったような。人生は花のようになんたらかんたらとかいう意味だったと思うんですが…。
あとは昔昔に台湾人の子が教えてくれた、あなたの笑顔は花のように美しい…とかいう詩もステキだったけど、全然覚えてないっ!
どなたか、そんな風なポジティブな、かつ別れを惜しんでいるようないい詩があったら教えていただけませんでしょうか!
…英訳するのでできれば短めでお願いしまっす!!!

Aベストアンサー

> 前になにかの漫画で見た、”花花…”とかで始まる詩がよかったような。
> 人生は花のようになんたらかんたらとかいう意味だったと思うんですが…。

おそらくこれは唐の詩人劉希夷の代悲白頭翁(白頭を悲しむ翁に代わりて)という詩の一節ではないでしょうか。

年年歳歳花相似 歳歳年年人不同
 年年歳歳 花 相似たり 歳歳年年 人 同じからず

 毎年毎年、花は同じように咲いているが、
 それを見る人は年々変わっていく。

別れの詩ではありませんが、分かりやすいという点ではいいかもしれませんね。

Q忠臣蔵の浅野匠守の辞世の句の意味をおしえてください

忠臣蔵はとても好きなのですが、浅野匠守の辞世の句

「風誘う花よりもなお我はまた春の名残をいかにとやせん」

これの意味がぜんぜんわかりません。
解釈を教えてください。

Aベストアンサー

大石蔵之助はこの主君の辞世の句を読んで
その仇討ちを決意したと言われています。

「春の名残」とは匠守が吉良上野介を
討ち果たすことが出来なった後悔の念をあらわし
「いかにとやせん」に「何とかして
わが無念を果たして欲しい」
との意思が込められています。

通解すれば

風に誘われて散ってしまう桜の花も
名残惜しいのであろうが 上野介を討ち果たせずに
散っていく=自害しなければならない自分のほうが
はるかに無念である。
(何とか自分の仇を討って欲しい
=上野介を討ち取って欲しい)

となると思います。

Qこの世おばわがよとぞ思う望月の 歌の解釈 

「この世おば我が世とぞ思う望月の欠けたることもなしとおもえば」

この歌はたしか学生時代(小学校か中学校で)に習いましたが、
教師に教わった解釈は 満月のようになにも欠けた所がない、栄華を極めたワタシであることよ』というような自慢っぽいものでした。

しかし、ふと思ったのですが

『月が欠けることが無ければ、この世は自分のものだと思えるのに・・・』
という意味、とれるように思うのです。
満月を見て詠んだのではなく、ほんの少し欠けはじめた月をみて詠んだのではないかと。

作者の藤原道長は源氏物語のモデルと言われている人物でしたよね。
たしか光源氏は晩年、さみいしいというか、落ちぶれていくという結末ではなかったでしょうか。

栄華のなかにあって、ふと自分で何かを予感するような、そんな歌のような気がしたんですが・・。

今の国語の解釈ではどうなっていますか?宜しく御願いします。

Aベストアンサー

わたしも数年前に授業でならった時の解釈は、
「栄華を極めてこの世はわたしの世である まさに満月にかけた所がないように」
でした。
おそらく、現在の学校でも同じ様な解釈を教えていると思います。

ただ、わたしが調べた範囲では、こんなことがわかりました。
1)藤原道長は、30代くらいから病気を繰り返している。
2)「望月の歌」も晩年の病気と病気ので詠まれている。
3)「望月の歌」は、娘の威子が天皇の夫人となった時に読まれていて、
  同年に太政大臣を辞し、その前年に摂政を辞している。
4)「望月の歌」を詠んだ翌年には、出家している。

No3のkogotokaubeweさんの情報と以上の事を踏まえて、
質問者usiodonさんの解釈を敢えて採用するようにしてみるとこんな感じになります。
○病気が多くてそれは道長の悩みだったようで、
 病気がちの道長は晩年「糖尿病」だったそうです。
 自分個人の自信は失いかけていたかも知れません。
 また、「望月の歌」の前後で、役職を辞したり、出家してますから、
 自分の人生の事後処理モードに入っていた=欠けはじめた月の状態にあったとも
 取れます。
 「望月の歌」はそんな中で読まれているので、
 そんな本心の裏返し=強がりとして、酒の酔いにまかせて
 「いままさに栄華の絶頂にある」と詠んだ可能性はあると思います。

 それでも、出家後8年ほど生きていますので、役職は辞していても外戚政治で
 まだ権勢を奮っていたかも知れません。

質問者usiodonさんの解釈には共感できる点もありましたので
ちょっと余計な事まで回答してしまいました。

参考URLは、
「藤原道長の悩み」 http://www2.ttcn.ne.jp/~kazumatsu/sub202.htm
です。

参考URL:http://www2.ttcn.ne.jp/~kazumatsu/sub202.htm

わたしも数年前に授業でならった時の解釈は、
「栄華を極めてこの世はわたしの世である まさに満月にかけた所がないように」
でした。
おそらく、現在の学校でも同じ様な解釈を教えていると思います。

ただ、わたしが調べた範囲では、こんなことがわかりました。
1)藤原道長は、30代くらいから病気を繰り返している。
2)「望月の歌」も晩年の病気と病気ので詠まれている。
3)「望月の歌」は、娘の威子が天皇の夫人となった時に読まれていて、
  同年に太政大臣を辞し、その前年に摂政を辞し...続きを読む

Q高校の現代文にあった桜の詩

こんばんは。
高校の現代文にあった桜の詩なんですが、ほとんど覚えていないのですが、桜の美しさをたたえるような詩があったのですが、もし、ご存知の方がいらっしゃったら教えて下さい。作者と題名と出来れば詩の一部でも・・・よろしくお願いします。

Aベストアンサー

こんばんは。

思いつくのは梶井基次郎の「桜の樹の下には」ですが、詩というよりも短編ですので違うかもしれません。
確か高校の現代文で読んだような記憶があります。ただしウン十年前ですが。
新潮社のサイトに全文があります。

参考URL:http://www.shinchosha.co.jp/meisaku/lemon/html/kazy1101.html


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