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母方の宗旨が浄土真宗なのですが、般若心経は唱えてはいけないと聞いています。なぜダメなのでしょうか。

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A 回答 (9件)

jun95さん、今日は。



私が調べてみた所では、智慧と行に因って煩悩を断ち切ろう、と教え諭す般若心経に対して、浄土真宗の
教えは、一切の計らいを捨てて、阿弥陀如来の力に任せて、其れに因って救われる、という物だそうです。

従いまして、浄土真宗の人間が般若心経を上げる事は、却って、阿弥陀如来の
力を否定する事に為る為、浄土真宗で般若心経を上げる事は無い、との事です。

もう少し深いお話に為りますと、以下のサイトに詳しい説明が為されてい
ましたので、宜しければ、御覧下さい。2001年12月11日掲載分です。

参考URL:http://www2.big.or.jp/~yba/QandA/

この回答への補足

私の家は、浄土宗なのですが、浄土門の考え方は、程度の差こそあれ「一切の計らいを捨てて、阿弥陀如来の力に任せて、其れに因って救われる」というものではないでしょうか。しかし、浄土宗の勤行式の中には、般若心経が含まれています。
なぜ、浄土宗はよくて、浄土真宗はダメなのでしょうか。
もし、お分かりになられたら教えていただけないでしょうか。よろしくお願いします。

補足日時:2002/08/29 02:23
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はじめまして、jun95さんはかなりものしりの方と拝察いたします。

そのような了解を前提といたしますならば本当のことを知りたいならこんなところではなく浄土真宗の各本山に尋ねられればと思います。
それはさておき、ご存知かと思いますが浄土真宗では正依の経典(浄土真宗はこの経典を基として成り立っているようです。蛇足ながら浄土宗も本来同様のはずなのですが?)というものを定めています。即ち浄土三部教です。無量寿経、観無量寿経、阿弥陀経ですね。この観点より言えば般若心経はそれを外れます。その時点で唱える経典とはなりえません。
また親鸞は念仏以外に何を必要とするであろうかと言われていることも恐らくあなたはご存知であろうと推察いたします。この点よりすれば件の浄土三部経も唱えることの意味はありません。が、浄土真宗では南無阿弥陀仏の念仏の六字を大きく広げると浄土三部経となり、浄土三部経を縮めると南無阿弥陀仏の六字になるとされています。ですから浄土三部経に限れば念仏の意味を広く解き明かし、知らしめるという意味では唱えてもいいわけです(これを広讃・略讃というらしです)が般若心経はそれにあたりません。・・・だからだめなのです。
以上は経典選出の観点よりの理由です。
付け加えて親鸞の他力という思想が大いに関ると思います。
親鸞の他力ということは極小の念仏に至るまで阿弥陀仏の給わりモノとい立場です。ですから他力とはあらゆる経を唱えることを捨て去り最後に残る念仏までも如何なる意味においても自らのものとはしない立場です。この意味においては先の広く解釈する?の浄土三部以外を除きたとえ浄土宗で唱えられる経般若心経?であっても入り込む余地は無いものと考えられます。
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この回答へのお礼

どうも回答ありがとうございます。
実は、母方の祖母が亡くなり、そのお墓が私のところに近いので、母が来ると一緒について行きます。家では、父方の方が浄土宗なので母は、暗記している般若心経を唱えています。わたしも、そらんじることができるお経は、般若心経だけです。で、母も他の教典などを暗記していないので「南無阿弥陀仏」のみを繰り返すばかりです。
お説の通り、墓前などでも「南無阿弥陀仏」の一言でもいいし、生前におばあさんは、何度も「南無阿弥陀仏」と唱えておられるので、それすら必要ないかもしれません。
しかし、お墓といっても、父方の母と石でできており、外見はよく似ています。せめて、「般若心経」でも唱えられれば、回向(えこう)らしく感じられていいのになあと感じました。
浄土宗の勤行式は、テープのついたのを買ったのですが、真宗をはじめ、すべてに対応できません。

で、親鸞は、悪人こそが往生できると説いています。もし仮に、わたしが、よかれと思って、教えに背いて「般若心経」を唱えても、親鸞上人は許してくださると思うのです。だとすれば、田舎の人も、そのことをおもんぱかって許してくれてもいいのじゃないかなあ。って思うんです。

お礼日時:2002/09/06 03:52

実家が浄土、婚家が真宗です。



「唱えてはいけない」というよりも親鸞の絶対他力の立場にたって、経典を理解すれば、
「おのずから唱えない」のではないのでしょうか。

これが信者を指導する段階で、「唱えない」→「唱えてはいけない」になったんだと思いますが。(経典を理解するの、大変ですから。特に昔は)
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この回答へのお礼

私の考えも、siginoさんの考えに近いです。わたしは、重要性が乏しいと、誰かが判断して、日常的には唱えないような勤行式を作ったのでないかと想像しています。

お礼日時:2002/09/03 01:59

なぜ、浄土真宗で般若心経を唱えてはいけないか、という理由は皆さんのお答えでよろしいと思います。



ところで、jun95さんは、浄土真宗で般若心経を唱えてはいけない理由の説明に対して
>浄土宗の勤行式の教典には、般若心経が収録されています。
と返しておられますが、浄土宗と浄土真宗(以下、真宗と書きます)は異なる宗派です。
確かに浄土宗の開祖法然と真宗の開祖親鸞とは師弟の間柄ですし、親鸞はたとえ地獄に堕ちようとも師の法然についていくと言っていますが、この場合については異なる宗派として考えるべきでしょう。

両宗派のもっとも大きな違いは「悪人なをもて往生を遂ぐ。いはんや善人をや」の浄土宗では、まだ自力作善の余地があるのに対して、「善人なをもて往生を遂ぐ。いはんや悪人をや」の真宗では絶対他力であるということでしょう。

つまり、ある意味で法然の浄土宗は過渡的なものであり、その思想を徹底させたものが真宗ですから、浄土宗が般若心経を認め真宗が認めないのも当然ですし、そのような所に違いがあるわけです。もちろん、両派の成立過程からまとめて浄土門というまとめ方はできますが、だからと言って同じ宗派ではありません。

もう一つ考えておくべきは、宗教において一般信徒すべてがその宗派の教義を根本から理解しているわけではない、ということです。一般信徒たちは聖職者の説教や先輩信徒(親や年寄りなど)を通じてその教義や信仰の方法を知っていくわけですが、そこでは理屈と言うより日常での習慣として入ってきます。長い時間のうちには、そのような慣習に本来の要素とは異なるものも紛れ込みますし、別のものとの混同が生じたりします。「おばあちゃんの家では云々」というのはそういう意味のものと理解すべきでしょうね。

この回答への補足

treetreeさんについての反論は、「南無阿弥陀仏」をもって、般若心経と合わないとしておられるから、これを行ったものです。浄土宗と真宗との違いはあるとおもいます。

一般信徒が、知らないのは当然であるというのは、そうであろうと思います。そのため、ここでたずねているのです。

それと、どの回答でもいいという主張は、明らかに間違った記述が含まれる回答もある中で曖昧であると思います。

たとえば、親鸞はこのことについてどうだったのかについて、歎異抄に書かれているのでしょうか。

補足日時:2002/09/01 02:42
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なぜ般若心経を唱えたらいけないのか、ということよりも、jun95さんがなぜ般若心経を唱えたがるのか、ということに興味があります。


浄土真宗はこの世での御利益を願って、何かをする事はすべて仏陀の教えに反すると考えています。つまり欲望が苦しみの原因なのだと考えています。
だから何か良いことがありますようにとか、先祖を慰めるためにとか、自分自身の修養のためにとか、もちろん商売繁盛とか健康増進などのために、などなどでお経などを唱えることは、そのお経が般若心経であろうが阿弥陀経であろうが念仏であろうが、浄土真宗の教えに反することになります。
問題は何を唱えるかではなくて、なぜ、どういう理由でとなえるのか、であります。
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この回答へのお礼

わたしは、般若心経を唱えたいというのではありません。
田舎のひとが言うには、昔からそういう風に決まっているからだそうです。それで疑問に思ったわけです。

お礼日時:2002/09/01 02:39

浄土真宗は占いやまじないなどのいっさいを禁じています。

般若心経は密教の教典なので、呪言の一種になるのでいけないんだそうです。
このことを知り合いの真宗のお寺の方から聞きました。
そのため、一般に「写経」と言えば「般若心経」なのですが、真宗では「阿弥陀経」などを書きます。
実は、私の家も浄土宗で、般若心経を唱えるのを当たり前にしていたもので、知り合いの真宗のお寺に伺った時にはとまどいました。が、それぞれの宗旨の違いは尊重すべきだと思いますので、ある意味、使い分けをしています。
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この回答へのお礼

「浄土真宗は占いやまじないなどのいっさいを禁じています」とのことですが、おばあちゃんの家は、商売をしていたからかもしれませんが占いとかもやっていましたし、おなかが痛くなったりしたときは、おまじないとかも教えてもらいました。
でも、そこまで禁じるのなら、神社でお祓いや祈祷を受けるのもいけないように思います。
しかも、親鸞の目指した方向と教団の方向に乖離があったといわれるものの「盗みを犯した人や女犯をこそ往生できるとする悪人正機説」からすると偏狭な感じを受けます。
キリスト教も、すべての宗派がとは言いませんが、占いや魔術のたぐいを禁じています。
浄土真宗は、どういう理由で禁じているのでしょうか。

お礼日時:2002/08/30 02:17

【浄土真宗】・・・・・親鸞、南無阿弥陀仏、アミダ如来


【真言宗】・・・・・・・空海、般若心経、(ダイニチ如来)

浄土真宗の、南無阿弥陀仏は、「アミダ如来を心から信じて帰依いたします」、という意味です。だから、南無妙法蓮華経(法華経の教えを信じて帰依いたします)と唱えると二股になります。同様に捉えて、般若心経を唱えてはいけないと、おっしゃるのではないでしょうか?

般若心経に南無大日如来(ダイニチ如来を心から信じて帰依いたします)というセリフはありません。

般若心経のテーマは分別智と無分別智です。般若心経では、先生と生徒の講義ドラマ形式で、「物事をどんどん分析することによって分かる知もあるけど、分けないからこそ本当のことが見える場合だってあるんだよ。」、という内容です。
例えば、花を分析すると、「花びら」、「ガク」、「おしべ」、「めしべ」に別れ、更に細かく分けることができます、それによって分かることも確かにあるでしょう。
しかし、「花の美しさ」は分けることのよって知ることができるのではなく、「花」という総体で初めて知ることができるのです。

信仰や信心というより、内容は哲学ですので、他宗派の人や、キリスト教、神道の人が般若心経を愛唱しても、私は構わないと思います。

この回答への補足

【浄土宗】・・・・法然、南無阿弥陀仏、阿弥陀如来

しかし、浄土宗の勤行式の教典には、般若心経が収録されています。ただ、開経偈の読み方や本経の節回しなどは、真言宗とは異なります。それと、真言宗の重要なものといえば、般若心経でなく、大日如来そのもの、つまり、光明真言ではないでしょうか。

誰が唱えても問題ないというのは、そう思うのですが、田舎の村へ行くと、お年寄りなどは、理由もなく決まり事のように思いこんでいる上に、それはダメというわけです。

補足日時:2002/08/29 02:03
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浄土真宗の本質は、他力本願です。

南無阿弥陀仏と唱えて阿弥陀仏に帰依すれば、浄土に生まれかわることができると教えます。浄土真宗の開祖、親鸞は、悪人正機説を唱えましたが、これは、阿弥陀の本願に適う悪人こそが救われるという主張です。般若心経を唱えるということは、自力で悟ろうとすることになります。これは、浄土真宗の教えには、そぐわないことです。親鸞は、自分は書物を書くような立派な人ではないとして、自分では書物は残しませんでした。しかし、親鸞の弟子の唯円が、師との対話を『歎異抄』という書物に書き残しました。これによって、親鸞の思想を知ることができます。

この回答への補足

親鸞は、「教行信証」という書物を書き表していますし、高校の日本史の教科書にも出ていたと記憶しています。
そして、現在の浄土真宗の本質は、教団制度の確立とともに変説していったとも聞いています。
「歎異抄」をお読みになられているようですが、たとえば、生きている中でたった一言「南無阿弥陀仏」と唱えただけでも往生できると説いている彼が、自力だと浄土へいけないよと言っているのでしょうか。
わたしは、現代でも「自力の根にこそ他力あり」など言うようなことを書いたのを大谷派の寺院の掲示板で見たことがあります。

補足日時:2002/08/29 01:44
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「南無阿弥陀仏」と唱えることで


成仏するのが目的なのですから、
般若心経という他のことを唱えてしまったら、
効力がなくなってしまうのではないでしょうか?

参考URL:http://www2.hongwanji.or.jp/kyogaku/
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この回答へのお礼

どうも参考URLが重くて開かないのでみてないのですが、また参考にさせていただこうと思います。ありがとうございました。

お礼日時:2002/08/29 01:40

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Q般若心経はすべての宗派でもよいと思っていたのですが…

日蓮宗だけはちがうのでしょうか?
写経を納経したいのですが…

そして~
法華経を写経したいのですが、日蓮様が祭られている、〈例えば池上本門寺など〉でお経を購入できるのでしょうか?

Aベストアンサー

一般に写経といえば、般若心経といわれるように、京都の大覚寺などに書写のため訪れる人は年間に相当数に及びます。
般若心経を唱える宗派は、古くは奈良時代の南都仏教から、空海、最澄が伝えた密教(真言宗、天台宗)に加え、いわゆる禅宗三宗といわれる臨済宗、曹洞宗、黄蘗集などです。
しかし日蓮宗、浄土宗、浄土真宗といった鎌倉仏教諸派は、拠り所としている経典が違うため般若心経を唱えることはありません。
私は個人的に浄土真宗(門徒)ですが、同宗は浄土三部経といわれる阿弥陀経を中心とした経典を称えます。また日蓮宗は法華経を根本に据えるはずですね、
それらのお経の据え方の違いの大きくは、その時々の時代背景によるものとだけ申し上げておきます。
ただ、浄土真宗開祖の親鸞上人も日蓮宗開祖の日蓮上人も修行時代はどちらも比叡山(天台密教)に教えを請い、その遍歴の中から衆人の救済のために自らの解釈をお説きになったものと考えます。
お経とはそもそも、釈迦の言葉をお弟子さんたちが書き残したものです。
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古くは、後奈良天皇の時代、世に疫病がはやったため同天皇が自ら般若心経を書写して諸国の神社に奉納したという話もあるくらいです。
生きるための心理を説いているので何物にも妨げられないということでしょうか・・・
日蓮宗の解釈を理解もせず軽軽には申せませんし、日蓮宗のお寺に納経するのはどうかと思いますが、日頃、般若心経を写経することは構わないのではと私は思います。
また、それぞれの宗派のお経のポピュラーなものはどこでも売っていますが、法華経や阿弥陀経などは大変な量となりますので、功徳を積むには達成感もあろうかと思いますが、よくお考えになってはどうでしょうか。
以上、私の解釈として自信ありでご回答させていただきます。

一般に写経といえば、般若心経といわれるように、京都の大覚寺などに書写のため訪れる人は年間に相当数に及びます。
般若心経を唱える宗派は、古くは奈良時代の南都仏教から、空海、最澄が伝えた密教(真言宗、天台宗)に加え、いわゆる禅宗三宗といわれる臨済宗、曹洞宗、黄蘗集などです。
しかし日蓮宗、浄土宗、浄土真宗といった鎌倉仏教諸派は、拠り所としている経典が違うため般若心経を唱えることはありません。
私は個人的に浄土真宗(門徒)ですが、同宗は浄土三部経といわれる阿弥陀経を中心とした経典...続きを読む

Q般若心経を唱えてしまった!!

般若心経は一般の方が唱えることはお控えください。というのも、般若心経の霊力は亡くなった霊には無条件で大慈大悲を与える功徳があります。これはこの般若心経の言霊(ことたま=言葉そのものが霊力を持っている)が霊にとっては非常に暖かく明るい光明に見えるのでどんな霊も唱えている人のところへ集まってきます。どんな霊もくるので必ずしもいい霊ばかりとは限りません。般若心経は他の真言と合わせて使わないと無防備で非常に危険なのです

単に般若心経を唱えれば質問者さんにはまったく関係のないその辺にいる霊がどんどんやってきてしまいます。あまりいい死に方をせずに成仏しないで浮遊している霊達が「もっと唱えてくれ~」と次から次へとやってくるのです。唱えるのをやめても霊達はまた般若心経を聞きたくてその場にとどまってしまいます。

ですから一般の方が般若心経を唱えるのは本当は怖いことなのです。防御系に強い菩薩の真言を奏上してその後内観という心の内を澄み切った愛情で満たしたうえでかくなる方法にて般若心経を唱えなくては霊にとってはまったく意味がございません。逆に霊を迷わす原因となります。

上のような文章をみて、どうしたらいいかこまっています。
まったくの素人です。般若心経をとなえてしまいました。しかも実家は浄土真宗なのに。。きいているあいだ、なんだか体がぐらぐらしました。
パソコンから、お坊さんがとなえたものも、聞いました。どうしたらいいでしょうか。こわいです。心を落ち着かせるために、写経をしようとおもっていたのですが、やめたほうがいいでしょうか。。アドバイスください。般若心経は邪を払ってくれると聞いたのですが、悪い霊をよびよせないで、安全な唱え方などはないですか。

般若心経は一般の方が唱えることはお控えください。というのも、般若心経の霊力は亡くなった霊には無条件で大慈大悲を与える功徳があります。これはこの般若心経の言霊(ことたま=言葉そのものが霊力を持っている)が霊にとっては非常に暖かく明るい光明に見えるのでどんな霊も唱えている人のところへ集まってきます。どんな霊もくるので必ずしもいい霊ばかりとは限りません。般若心経は他の真言と合わせて使わないと無防備で非常に危険なのです

単に般若心経を唱えれば質問者さんにはまったく関係のないその...続きを読む

Aベストアンサー

悪い霊は、比較的に午前0時を過ぎて般若心教を唱えると出てくるような気がします。朝、太陽が昇ってから唱えるのが一番効果的に思えます。朝時間がなければ、風呂上りの体をきれいにして直ぐにやれば良いです。それから般若心教に宗派は余り関係ありません。仏教でも神道でも気にするような事はないです。仏教、神道、キリスト教等がどうしてできたとかを考えれば根本は同じです。それぞれの宗派に分かれて多少は、教えが違ってきてますが、根本が同じなので気にする必要はないです。

Q家は浄土宗ですが、仏壇の前で般若心経を唱えても差し支えないでしょうか?

家は浄土宗ですが、仏壇の前で般若心経を唱えても差し支えないでしょうか?

Aベストアンサー

我が家も浄土宗です。
毎朝、父がお仏壇にお経をあげています(おかげで私まで殆どのお経を覚えてしまいました)。
『香偈』→『三宝礼』…と30分くらいあげていますが、『送佛偈』の後で、「南無阿弥陀佛、南無阿弥陀佛、南無阿弥陀佛」と言ってから、「般若心経」が始まります。
なお、私の父は僧侶ではありません。五重相伝を受けて、既に「譽号」を頂いておりますが。
お隣が檀那寺(幼稚園も経営されており、私はその幼稚園を卒園しました)ですが、般若心経を唱えていけないとは聞いたことがありませんし、読経本の中に、般若心経も書かれています。

Q浄土真宗の新盆の迎え方について

昨年秋、母が亡くなりました。
当然、今年は新盆を迎えるのですが、私の家は浄土真宗です。ネットなどで調べたところ、浄土真宗ではお盆に特別なことをしない(霊魂が帰ってくると言う考え方はない)ようですが、新盆にも当てはまるのでしょうか?
なぜこれで悩むかと言うと、私は早くに父を亡くし母と二人暮しでしたが、お盆には迎え火と送り火を焚きお飾りをし、という日本のごく普通のお盆の迎え方をしていました。ただ、菩提寺は現住所の他県にあって遠いため、お坊さんをお呼びしてお経を上げてもらったり、お墓参りはしていませんでした(数年に1度くらいは行ってましたが)。
父が亡くなったのは私が小学生のときでしたが、白いお盆ちょうちんを飾ったのは覚えてるんですが、それ以外の記憶はないんです。
母が亡くなったときは菩提寺がない状態でこちらにお墓を買っていたので、葬儀屋さんの紹介で葬儀の時にお世話になった住職さんに49日まではお世話になりました。実はその方から法要についての冊子をもらってあったんですが見つかりません。
お盆のときの作法はどうなのか、そもそもお坊さんには来てもらうのか、もう細かいところから全くわかりません。どなたか詳しい方がおられたら、教えていただけないでしょうか。
ちなみに、私の住所では7月にお盆を行うのが慣習のようですが、うちでは8月にやっていました。私の仕事の関係で、母の初盆も8月にしようと思っています。
よろしくお願いします。
また、文面中もし失礼なところがあったらご容赦ください。

昨年秋、母が亡くなりました。
当然、今年は新盆を迎えるのですが、私の家は浄土真宗です。ネットなどで調べたところ、浄土真宗ではお盆に特別なことをしない(霊魂が帰ってくると言う考え方はない)ようですが、新盆にも当てはまるのでしょうか?
なぜこれで悩むかと言うと、私は早くに父を亡くし母と二人暮しでしたが、お盆には迎え火と送り火を焚きお飾りをし、という日本のごく普通のお盆の迎え方をしていました。ただ、菩提寺は現住所の他県にあって遠いため、お坊さんをお呼びしてお経を上げてもらったり、...続きを読む

Aベストアンサー

自己紹介欄にあるように、浄土真宗の坊さんです(^○^)

>新盆にも当てはまるのでしょうか?

そのとおりです。お盆という行事は仏教のものではなく(他の仏教国にはそのような行事が無い)、中国経由で仏教が伝わる際に、シルクロードを通って伝わった他の宗教行事とミックスして、日本で独自に発展したもので、仏教の心を味わうには伝統的な意味で必要な行事でありますが、霊魂が帰ってくると言う考え方は仏教には無いので、浄土真宗ではそのような考え方につながるお盆での特別なことはいたしません。新盆でも同じことです。
なお、お盆の行事は、宗教行事というよりも地方独自の民族行事ともなっておりますので、日本全国一律の作法があるのではなく、地方ごとに、その土地の特産物などを取り入れた独自の飾りつけも残っています。その中には、浄土真宗では行わないことになっている提灯や灯籠等もありますが、迎え火や送り火は全国的に浄土真宗では行っていません。

なお、お母さまがご往生の際にご縁のお寺があるようですが、冊子等は、再度申し出ればすぐにいただけると思います。気にせずに「見つからないので・・・ください」と言えば良いのです。そのためのお寺です。

>そもそもお坊さんには来てもらうのか、
来てもらうか、来てもらわないかは、亡きお母様のご往生には関係がありません。したがって、亡きお母様にとって、どちらもプラスとかマイナスとかではないので、ご自身にとって、どのように新盆を迎えるのが良いかでご判断ください。自宅に呼ぶのも良し、よばないのも良し、本山や別院のお盆法要に参加するのでも良し・・・何でも良しです。
浄土真宗は、「ああしなければいけない」とか「高しなければダメ」ということは少ないです。ただ、他宗と比べると、「する必要が無いからやらない」ということが多いだけです。
合掌

自己紹介欄にあるように、浄土真宗の坊さんです(^○^)

>新盆にも当てはまるのでしょうか?

そのとおりです。お盆という行事は仏教のものではなく(他の仏教国にはそのような行事が無い)、中国経由で仏教が伝わる際に、シルクロードを通って伝わった他の宗教行事とミックスして、日本で独自に発展したもので、仏教の心を味わうには伝統的な意味で必要な行事でありますが、霊魂が帰ってくると言う考え方は仏教には無いので、浄土真宗ではそのような考え方につながるお盆での特別なことはいたしません。新盆でも...続きを読む

Qお通夜やお葬式で読まれるお経について(浄土宗)

先日大切な祖母が亡くなったのですが、お通夜やお葬式の時のお経について興味があり質問させていただきます。

以前、般若心経の現代語訳の本を読んで以来、その意味に感銘を受けすっかり虜になってしまいました。
そこで、祖母のお通夜とお葬式でも読経されるのかな?と思い注意深く聞いていたのですが、お焼香をしたり祖母との思い出を思い出したりしているうちにすっかり忘れてしまいました(笑)

調べてみたところ、般若心経は宗派もあまり関係なくあげられるとありましたので、もしかしたら読まれていたのかもしれないと思ったら気になってしまいました。

我が家は浄土宗なのですが、お通夜やお葬式であげれらるお経は「これ!」という決まったものがあるのでしょうか?

祖母は私にとって大事な存在でしたので、その祖母にどのような言葉が贈られた(?)のだろうかと気になったもので、
般若心経だけでなく、他のお経の意味についてもこれから勉強したいと思い質問させていただきました。

初歩的な質問で申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

>>我が家は浄土宗なのですが、お通夜やお葬式であげれらるお経は「これ!」という決まったものがあるのでしょうか?
ありますよ。差定(さじょう)といって基本的な作法・よむべきお経は決まっています。ただ地方や、寺院によって若干違いがあります。
 では基本的なものをご紹介します。

・通夜差定
1、香偈(こうげ)
我が心身を清らかにしたまえと念じ、香をたいて全ての世界時代の仏様に帰依し供養するという意味で、最初に読みます。
2、三宝礼(さんぼうらい)
佛(仏様)・法(仏教)・僧(僧侶を中心とした人々の集まり)という三つの宝を敬い帰依することをたたえる偈文。
3、三奉請(さんぶじょう)
一に阿弥陀さま、二にお釈迦さま、三にその他十方の仏さまがたをお招きする文です。
4、懺悔偈(さんげげ)←ざんげとはよみません。
自分自身が作った罪の全てを仏様の前で懺悔(さんげ)するためにお念仏する前にとなる偈文。
(十念・十回お念仏を声に出して称える。)
5、一尊哀愍(いっそんあいみん)
香偈の一種と思っていただければよいかと思います。
6、開経偈(かいきょうげ)
なかなかめぐり合えないお釈迦様の教えに人間に生まれてやっと出会えた喜びはなんいにもかえがたい。というような意味のお経をよむ前に称える偈文。
(焼香)
7、真身観文(しんじんかんもん)
浄土三部経のなかの『観無量寿経』のなかにとかれている、阿弥陀佛の姿を心の中で念じ観るという部分。
8、回向(えこう)
今まで積んだ功徳や善根を亡くなった故人に振り向ける。
9、降魔偈(ごうまげ)
仏教は煩悩を断ずるための教えであって、それは悪魔を切るの剣のようなもので、「南無阿弥陀佛」の念仏はどのような愚かな者であったとしても罪を滅ぼし浄土において煩悩を断ずることができるという、徳をたたえる偈文。在家のなくなった方に用いる偈文。
(十念)
10、摂益文(しょうやくもん)
『観無量寿経』の「光明徧照(こうみょうへんじょう) 十方世界(じっぽうせかい) 念仏衆生(ねんぶつしゅじょう) 摂取不捨(せっしゅふしゃ)」という文で、阿弥陀仏の光は全ての人に分け隔てなく注がれているが、南無阿弥陀佛と念仏する者は全てを受け入れられ捨てられることはない。という意味です。
11、念仏一会(ねんぶついちえ)
念仏の数の多少にかかわらずお念仏に出会い、お称えすること。
12、通夜回向(つやえこう)
お通夜読経や念仏の功徳を故人に振り向ける。
13、総回向偈(そうえこうげ)
全てのことを振り向けるための偈文。
14、同唱十念(どうしょうじゅうねん)
通夜に出席した人とともに、十回お念仏を称える。
15、総願偈(そうがんげ)
仏教の悟りを志す人たちが誓うべき四弘誓願の意味を表す偈文。

・葬儀差定
1、四奉請(しぶじょう)
三奉請の一に阿弥陀さま、二にお釈迦さま、三にその他全ての世界の仏に、四つに観音菩薩・勢至菩薩や全ての菩薩お招きする文。
2、懺悔偈
上記通夜4の通りです。
(十念)
3、根本陀羅尼(こんぽんだらに)
ノウボウアラタンノウタラヤーヤー ノウマクアリャミターバーヤー タタギャタヤアラカテイ サンミャクサンボダヤ タニャタオンアミリテイ アミリトウドハンベイ アミリタサンバンベイ アミリタギャラベイ アミリタシッデイ アミリタテイセイ アミリタビキランデイ アミリタビキランダギャミネイ アミリタギャギャノウキチキャレイ アミリタドンドビソバレイ サラバアラタサダニエイ サラバキャラマキレイシャキシャヨウギャレイ ソワカ
という、阿弥陀佛を讃える言葉をサンスクリット語という古代インド語で読むものです。
4、本誓偈(ほんぜいげ)
真実だ物が立てた本願の要旨は全ての人々を極楽往生させることで、阿弥陀佛の心にかなうためには念仏し速やかに極楽往生し、不退転の位に住すことであるという偈文。
(十念)
5、歎佛偈(たんぶつげ)
『勝鬘経』の一節で、仏の体も智慧も全てすばらしいものであると称賛する偈文。
6、下炬(あご)
導師がたいまつをもって引導を渡すこと。
(十念)
7、開経偈
上記通夜6の通りです。
(焼香)
8、歎佛頌(たんぶつじゅ)
『無量寿経』上に、阿弥陀佛が仏になる前の法蔵菩薩という菩薩であった頃、師匠である世自在王佛を賛嘆した偈文。
9、摂益文
上記通夜10の通りです
10、念仏一会
上記通夜11の通りです。
11、回向
上記通夜12の通りです。
12、総回向偈
上記通夜13の通りです。
13、同唱十念
上記通夜14の通りです。
14総願偈、
上記通夜15の通りです。

です。ですから、
>>祖母のお通夜とお葬式でも読経されるのかな?
とご質問の中にありますが、通夜葬儀ではよまれていません。
 浄土宗は基本的に南無阿弥陀佛の念仏を称えて阿弥陀佛の他力によって極楽に往生させてもらうという教えですから、自力修行によって「空」という境地を体得していくための『般若心経』は中心としてよむお経ではありません。ですから、浄土宗の流れを組む浄土真宗では、『般若心経』は一切よみません。あくまで、浄土宗でよまれる『般若心経』も補助的な意味で読まれるものです。
 浄土宗で中心としてよむお経は「浄土三部経」とよばれる三つのお経です。それは『無量寿経』『観無量寿経』『阿弥陀経』の三つです。この三つのお経は、『妙法蓮華経(法華経)』や『般若心経』と並んでメジャーなものですから、現代語訳や解説書はかなり出ていますから書店でも探しやすいものであると思います。

>>祖母は私にとって大事な存在でしたので、その祖母にどのような言葉が贈られた(?)のだろうかと気になったもので、
浄土宗や浄土真宗・時宗と言った浄土教と呼ばれる仏教には、還相回向(げんそうえこう)という考えがあって、亡くなったかたは仏様になっていつでも私たちの隣にいて見守り導こうとしてくださるといいます。
たしかに、通夜葬儀はなくなった方のためであるかもしれません。けれども、仏教の本当の目的は私たち生きている人間がどのように生きていくかです。ですから、通夜葬儀のお経はは亡くなった故人が「私たちに向って」送ってくださった「このように生きていきなさい」というメッセージであるかもしれませんよ。
 
>>般若心経だけでなく、他のお経の意味についてもこれから勉強したいと思い質問させていただきました。
 非常にすばらしいことです。浄土三部経の一つ『阿弥陀経』のなかには「倶会一処(うえいっしょ)」阿弥陀仏の極楽浄土を目指して念仏を称えるものは、今一度極楽浄土で会うことが約束されているという意味です。ですから、浄土宗の通夜葬儀はさようならする会ではなく、極楽浄土で今一度会う再会の喜ぶを分かちあくことを約束する会なのです。だからこそ、自分自身がしっかりお念仏を声に出すことで阿弥陀仏とまたは故人と一生懸命生き抜いて後亡くなっと時には極楽浄土に向うことを約束することで、故人も「また会えるのか嬉しいんぁ」と安心して極楽に向うことができるのです。
 浄土三部経の中には『般若心経』とはまた違った仏教の味わいが書かれています。仏教は味わいがいのある宗教であり、味わいがいのある哲学でもあります。いろいろ興味深いことがたくさん出てくると思います。

長々書き連ねましたが、まとまらない稚文のため文意を読み取っていただきたく思います。至らないところがあれば、続けて回答させていただきます。
合掌 南無阿弥陀佛

>>我が家は浄土宗なのですが、お通夜やお葬式であげれらるお経は「これ!」という決まったものがあるのでしょうか?
ありますよ。差定(さじょう)といって基本的な作法・よむべきお経は決まっています。ただ地方や、寺院によって若干違いがあります。
 では基本的なものをご紹介します。

・通夜差定
1、香偈(こうげ)
我が心身を清らかにしたまえと念じ、香をたいて全ての世界時代の仏様に帰依し供養するという意味で、最初に読みます。
2、三宝礼(さんぼうらい)
佛(仏様)・法(仏教)・僧(...続きを読む

Q日蓮宗と創価学会の関係

先日初めて日蓮宗の葬儀に参列しました。
日蓮宗にあまり馴染みがなかったので、「教えて!goo」で日蓮宗を
検索したところ、「創価学会」とつながりがあることがわかりました。
具体的にどういう関係なのか教えてください。

あと、日蓮宗って仏教ですよね(違っていたらごめんなさい)
なぜ、仏壇の中に仏様がいらっしゃらないのでしょうか?

Aベストアンサー

仏教には大きく浄土系と法華経系があります。
簡単に説明すると(ちゃんと信心がある人には怒られそうですが)
浄土系というのは「南無阿弥陀仏」さえ唱えていれば救われるというものです。
法華経系にはさらに密教系、禅宗系、日蓮系があります。
この中でも、古参、新興ともに団体が多いのが日蓮系でなんですね。
浄土系に対抗して「妙法蓮華経」さえ唱えていれば救われるという
日蓮大聖人の教えに反しているんじゃないかと思われるものから
儒教と迎合したものまで種々雑多なんですね。

創価学会なんですが、最初は創価教育学会といいまして、
宗教団体ではありませんでした。それが、道徳教育には宗教が必要だという考えもあって
日蓮正宗へ参加します。でもって袂を分かつんですが、日蓮正宗方の言い分は
邪流に走ったから破門なんですが、創価学会方の思いは「散々、貢がせておいて
いらなくなったらポイっかい」というものです。
なので、創価学会は寺院も坊さんもおらず、葬式も友人葬として学会員で行います。
日蓮正宗が学会を池田教といえば創価学会は正宗を日顕宗と呼んだりしています。
悪く言えば、しいたげられても尽くしてきたのに、必要がなくなったら
あっさりとフラれたときの逆恨みとでもいいましょうか、
聖教新聞なんかを見るとあからさまな攻撃記事がありますね。
共通点と言えば、双方とも何か言えば必ず反論してくるところです。

仏壇に仏像がない理由ですが
現在の仏像というのは仏教を広めるために他の宗教の神様が仏に帰依したという
考えのもとできあがったもので、本来、釈迦が説いたものには偶像という概念が
ありませんでした。日蓮大聖人もまた釈迦が説いた仏法への回帰を目指していたため
正統な日蓮系には偶像崇拝はないんですね。

仏教には大きく浄土系と法華経系があります。
簡単に説明すると(ちゃんと信心がある人には怒られそうですが)
浄土系というのは「南無阿弥陀仏」さえ唱えていれば救われるというものです。
法華経系にはさらに密教系、禅宗系、日蓮系があります。
この中でも、古参、新興ともに団体が多いのが日蓮系でなんですね。
浄土系に対抗して「妙法蓮華経」さえ唱えていれば救われるという
日蓮大聖人の教えに反しているんじゃないかと思われるものから
儒教と迎合したものまで種々雑多なんですね。

創価学会な...続きを読む

Q浄土真宗の家のものが、あびらうんけんと唱えてもいい?

以前付き合っていた彼氏の家が熱心な仏教徒で、大阪は生駒山宝山寺へ月参りにいくので、わたしももともと興味があったのでいつも一緒にいっては「あびらうんけんあびらうんけん」とご真言とともに般若心経をとなえていました。

月参りは途中でやめてはいけないしばちがあたるのと聞いたのですがそれは本当ですか・・・?もうだいぶあいてしまっていますが。

よく考えたら私の実家は浄土真宗らしいのです(熱心ではないと思いますが)、あびらうんけんって真言宗ですよね。(般若心経は死んだ祖父も唱えてたような気もするけど。。)浄土真宗の家のうまれの人は「あびらうんけん」唱えるのをやめたほうがいいでしょうか。
もしくは、浄土真宗から勝手な判断で個人で真言宗にくらがえしても大丈夫でしょうか。
般若心経を唱える前に、なにかとなえたいのですが、なにをとなえたらいいでしょうか
仏様をどなたか、おしたいしたいのですが、どなたが私にあっているのかわかりません。
大日如来様は真言宗ですが、熱心でないとしても仮にも浄土真宗の家のものがおしたいしても大丈夫でしょうか。
わかりにくい文章ですみません。

以前付き合っていた彼氏の家が熱心な仏教徒で、大阪は生駒山宝山寺へ月参りにいくので、わたしももともと興味があったのでいつも一緒にいっては「あびらうんけんあびらうんけん」とご真言とともに般若心経をとなえていました。

月参りは途中でやめてはいけないしばちがあたるのと聞いたのですがそれは本当ですか・・・?もうだいぶあいてしまっていますが。

よく考えたら私の実家は浄土真宗らしいのです(熱心ではないと思いますが)、あびらうんけんって真言宗ですよね。(般若心経は死んだ祖父も唱えてた...続きを読む

Aベストアンサー

 私は浄土真宗の人間ですから、浄土真宗の立場については少しお話できるとともいます。
問1、月参りは途中でやめてはいけないしばちがあたるか?
 浄土真宗の立場からすれば、そのようなことはまったくありません。父母が自分の子供を不幸にしてやろうと思うかどうかということです。たとえ墓参りにこなくとも、毎日一生懸命生きている自分の子孫たちを不幸にしようとする御先祖様はいないと私は思います。そして、こちらがわは自分の父母やご先祖様に不幸でいてほしいとは思わないでしょう。お互いにそう思っていれば良いのではないでしょうか?
 浄土真宗でも他の宗派と同じように、墓というものを大切にします。ただ、墓はあくまで遺体の奉安所であり、故人とのつながりを確かめ合い、今をご先祖様方のお陰をもって生かさせていただいていることを、感謝する気持ちをあらわす場所です。「墓に亡くなった故人の魂が宿る」とか「墓参りしないと罰が当たる」などは迷信としてとらわれません。
 墓参りについて言えば、それを仏縁として自分自身が仏様の教えに会うということを大切にします。

問2、浄土真宗の家のうまれの人は「アビラウンケン」唱えるのをやめたほうがいいのか?
 浄土真宗の立場からすれば、望ましくないということは言わなければなりません。基本的には浄土真宗は「南無阿弥陀佛(阿弥陀様に身も心もお任せします)」という趣旨の宗派だからです。もしあなたのおっしゃる「あびらうんけん」が「オンアビラウンケン」ということであるのなら大日如来に身も心もお任せしますという意味ですから、二人の仏さん同時に任せちゃう浮気者になっちゃいますよ(笑)まあ、「大日即弥陀(大日如来=阿弥陀如来)」なんて考え方もあるくらいですから、仏様はそんな堅いことは言わないでしょう。ですが、浄土真宗としてはあくまでメインは阿弥陀様です。

問3、浄土真宗から勝手な判断で個人で真言宗に鞍替えしても良いか?
 宗旨替えということに関して言えば、かまわないと思います。もし宗旨替えをするのであれば、家族にその旨はしっかり伝えたほうがいいでしょう。もし、自分が家の施主(寺にその家族の代表として登録されている人)であるならば、しっかり寺に出向き「離檀(檀家をやめる)」届けをしなくてはいけません。それが、義理かと思います。

問4、般若心経を唱えるまえに何か唱えたい。
 これも質問の意図が、「般若心経をよむ以前に他の経典にも触れておきたい」ということなのか「般若心経をよむ直前に、何か称える真言をおしえてほしい」のかがちょっと曖昧なのでわかりませんが、
 まず前者ならば、仏教全般を学びたいのでしたら般若心経はもってこいのお経だと思います。しかし、浄土真宗の立場で言えば『般若心経』はよみません。分かりやすく解説すると「般若=仏の智慧」ですから、『般若心経』は「仏の智慧の心のお経」となるわけです。そのような尊いお経をわれわれのような凡夫(なかなか煩悩から離れられない人々)が正確に理解できないという立場からよみません。浄土真宗では『正信偈』という偈文から、入るのがわかりやすいと思います。
 そして後者であるならば、そちらの専門の方に聞くのが最も良いでしょう。(こんな答えですみません。)

問5、仏様をどなたかおしたいしたいが、どなたが私にあっているのかわかりません。
 厳しいようですが、あなたがわからないのであれば私にもわかりません。仏教は自覚の宗教などといわれることがあるそうです。自分と見つめ合ってよく考えてみなくてはなりません。
 また多くの宗旨に触れるというのもいいかもしれません。私も今は浄土真宗であるといっていますが、多くのお寺をたずねたり、本を調べたり、仏教系の大学の講義を聴いたり、試行錯誤した時期がありました。そうしたことで、見えなかったことが見えてくることもたくさんありました。目からうろこで楽しいですよ。そして私は、浄土真宗は適していると思ったので、浄土真宗を名乗っています。
 あなたがそうなるかどうかはわかりませんが、しっかり自分の眼で見極めることが大切です。そして、自分が信じるべきものに出会ってください。

問6、大日如来様は真言宗ですが、仮にも浄土真宗の家のものがおしたいしても大丈夫でしょうか?
 これは問2の答えと同じです。そんなケチなことは仏様は言わないと思います。

えー、ながながかきましたが、煎じ詰めて言えば「自分がどの教えをもって生きて生きたいかです」それぞれの宗派にそれぞれ良いところがあるはずです。そういった多くの仏教を学ぶことで自らの仏教観をもってほしいと思います。人から言われたことを鵜呑みにするだけでなく、自ら考える力を養ってください。

駄文を書き連ねてきてしまいました。申し訳ありません。参考にしていただければ幸いです。合掌 南無阿弥陀佛

 私は浄土真宗の人間ですから、浄土真宗の立場については少しお話できるとともいます。
問1、月参りは途中でやめてはいけないしばちがあたるか?
 浄土真宗の立場からすれば、そのようなことはまったくありません。父母が自分の子供を不幸にしてやろうと思うかどうかということです。たとえ墓参りにこなくとも、毎日一生懸命生きている自分の子孫たちを不幸にしようとする御先祖様はいないと私は思います。そして、こちらがわは自分の父母やご先祖様に不幸でいてほしいとは思わないでしょう。お互いにそう思...続きを読む

Q大日如来様とはどんなお方なのですか?

私は浄土真宗ですがご説教の中に大日如来様の話が出て詳しくしりたいと思いました。

もしよければ教えてください。

Aベストアンサー

 我が家も浄土真宗ですが、浄土真宗の説教に大日如来が出るのは珍しいんじゃないでしょうか。

 というのは、浄土真宗などは仏教の中でも「顕教」と呼ばれる一派に分類されますが、もう一派を「密教」と言います。つまり、別派だからです。

 この密教は、この大日如来(理解の仕方にもよりますが、本来は大宇宙そのものであって物言わぬ仏)から、直接意向を聞いたり、加持祈祷を通じてお願いをしたりしようという仏教を言います。

 空海が中国から持ってきたのが真言宗ですが、空海が渡海した時、空海を一目見た中国真言宗の最高僧が、「遅し!我、汝を待つこと久し!」と叫んだという逸話があります。

 勉学に励んだ空海は真言宗のすぐに最高位に就き、奥義や仏典などを全部日本に持って帰ったために、以後、中国では真言宗は廃れました。数年前、中国に空海像が里帰りしたような記事を見た記憶があります。


 密教では当然、大日如来は宇宙(宇宙を描く曼荼羅)の中心であり、諸仏(如来その他)も大日如来から産まれるものとされています。それ故、諸仏の王とされて王冠を被って描かれたり、彫られたりします。場合によっては装身具も身につけます。

 大本の思想は、帝釈天と戦った阿修羅系の神だそうです。ゾロアスター教のアフラ・マズダ(全生命の根源)・・・ そのものではないようですが、思想的には同系だとのこと。

 一神教は、他宗教信徒に対して「受け入れ」を求めるだけ(拒否すれば死)ですが、仏教のように平和的な宗教では、相手の言い分を認めて受け入れなければなりません。

 有名なところでは、阿修羅は帝釈天と何度となく戦った後、仏教に帰依したことになっています。これなどは、阿修羅を信じる者に、「阿修羅でさえ帰依したんだから、おまえたちも」と言うための方便だったものと思います。

 そう説得するためには、まず阿修羅の存在を認め、次に仏教の中に受け入れなければなりません。

 つまり、平和宗教というのは、いろんな宗教からの影響を受けざるを得ないのです。で、その一つが、大日如来。

 大日如来は、万物の根源であり宇宙そのものですので、かくかくしかじかの容姿であった、こう考えた、というようなことはおそらく伝わっていないものと思います。

 その代わり、というわけではないのでしょうが、金剛界や胎蔵界のそれぞれで、さまざまな仏や菩薩、明王などに変身して人々を教え導くとされています。例えば、不動明王も大日如来の変身姿の一つ(教令輪身)です。

 従って、大日如来そのものを直接知るのではなく、それぞれの仏などの教えや特徴を知って積み上げていくしかないのではないかと思います。
  

 我が家も浄土真宗ですが、浄土真宗の説教に大日如来が出るのは珍しいんじゃないでしょうか。

 というのは、浄土真宗などは仏教の中でも「顕教」と呼ばれる一派に分類されますが、もう一派を「密教」と言います。つまり、別派だからです。

 この密教は、この大日如来(理解の仕方にもよりますが、本来は大宇宙そのものであって物言わぬ仏)から、直接意向を聞いたり、加持祈祷を通じてお願いをしたりしようという仏教を言います。

 空海が中国から持ってきたのが真言宗ですが、空海が渡海した時、空海を一...続きを読む

Q南無妙法蓮華経と唱えるお隣さんの宗派は?

マンションのお隣のご婦人が、この半年ほど毎朝毎晩かなり大きな声で
「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、なむみょうほうれんげきょ~おおおお…」
で始まるお題目(?)を唱えています。
この後は普通に「○○ちゃん、●●ちゃんがいじめにあいませんように、
いじめに巻き込まれませんように…」といったお孫さん(?)達を
一日守って下さい、とお願いする文章が続きます。
毎日同じ内容で、お互いに窓を閉めていても半分以上の内容が
聞き取れるほど大声で唱えています。(同じ個所で必ず小声になったり
「あちょ~ん!」(と聞こえます)と高音で叫んだりもします)

最初のうちはそれぞれ10~20分程度だから、と気にならなかったのですが
半年以上聞かされるとさすがに「どの宗派だろう」と気になってきました。
創価学会はお題目を大声で唱える、と聞いた事があるのですが
「南無妙法蓮華経」だけを何度も唱えるのかと思っていましたが…。

これだけで判断できるものかわかりませんが、もしおわかりでしたら
教えてください。

Aベストアンサー

日蓮 を発祥とする宗教派閥です
日蓮宗以外にも 知られているのでは 日蓮正宗(創価学会)もあります
本門宗 本門仏立宗など たくさんあります
私の嫁の実家が 本門仏立宗で 木琴をたたきながら 木魚も叩き 浄土真宗の私にはやかましいと感じる御経です
御経の途中に 南無妙法蓮華経と 数分となえます
参考になれば 幸いです

参考URL:http://www.kosaiji.org/hokke/nichiren/honzan/taha.htm

Q素人がお経をあげることについて教えてください。

先日、とても良くしてくださった義母が亡くなりました。今49日前のお逮夜まいりをしているところです。今度の日曜日にもお骨のある実家へ行くのですが、私としては何か義母のために出来ることがあればと思い、本屋さんで「般若心経」というもの(とても簡単なものなのですが)購入しました。本を読みながらではありますが、これを読みたいと思っています。でも、私が良かれと思っても、見当違いのものであると残念だし、他の誰かの気持ちを害するといけないので、伺いたいと思いました。義母は特に信仰していた宗教はないようです。お葬式の時は「真言宗」の方がお経をあげてくださったと聞いています。(特にこちらからの指名ではなかったそうです)お逮夜参りの時は、特に他の親戚などはおらず、孫と義父と主人でやっています。主人は「色々宗教とかあって、それ、違うんじゃないの?」と別に嫌がっていませんが、良く解らない様子です。よろしくお願いいたします。何か義母のために出来ること、教えてください。

Aベストアンサー

真言宗でしたら、観音経、般若心経をあげたりしますよ。
お経の中でも短いお経なので、周りの方々にも迷惑にならないと思います。

あとは形式ばったものより、気持ちが一番大事ですので、お義母さんの生前、好物だったものを持って行ってあげると、きっと喜ばれると思いますよ。

真言宗でしたら、お仏壇から行事事から、きちんとされているので、敢えてこちらから気を利かせてする事、する物はないはずです。

般若心経は短いとはいえ、この世のすべてのお経をまとめたお経と言われています。
とても有り難いお経なのです。
一字一字、お義母さんの事を思い、大切に読んであげて下さいね。


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