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「真面目な人や思慮深い人は、色々な事をあれこれと深く考えてストレスが溜まりやすい。ストレスに弱い。」と言う論理展開を前提に、

「真面目な人や頭が良い人は、あれこれと考えて倦む癖があるから精神的に弱い。」ものなのでしょうか?

頭ばかりでくねくねと考える人間は、良く「ストレスが溜まりやすい。」、「精神的に弱い。」と一般的には考えられますか?


良く「もう少し能天気になった方が良いぞ。」と言われるのは、
逆に「能天気な奴だなあ。だからストレス溜まらないんだろ。」とか「アホちゃうん。」とか言われる事が決まっているからもう良い、と考える人間も普通にいます。

完璧主義で読書好きで硬派で思慮深くて、その反面ストレスに弱い私のなのですが、「程々にするのは難しくて疲れるから。」「朗らかになり過ぎて決まった事を言われるのは、当の昔にもう飽きているから。」と、このように申しております。

ですが、必ずしも二律背反にはなりませんよね?
「ストレスにも強くて頭も良い人」、「ストレスにも強くて精神的にも強い人」は勿論いますね。


ですので「いつもあっけらかんとしているから、嫌な事があっても記憶力や拘るだけの脳が不足しているから精神的に強い。ストレスに強い。」だとか、
「物事を一人、頭の中で深く追求する癖があるから、頭の良い人は精神的に弱い。ストレスが溜まりやすい。」
と一概には言えませんよね?

もしそうでなければ、
「アホは嫌い。賢い人が良いなあ。」とか言っておきながら、その傍らで「ストレス溜めるな。もっと精神的に強くなれよ。」等と垂れているような人の話は、聞きたくありませんので。

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A 回答 (10件)

>勤勉、思慮深い、頭が良い人が精神的に弱いか?



 人間の脳は機能的には大差はありません。それ以前に、その脳細胞の10%しか使用されてないという話もあるくらいですから、脳の能力の個人差など問題ではありません。
 つまりこの場合、勤勉、思慮深いなどの、性格的特徴について、それが心の弱さを伴うのか、を論じなければなりません。元々「頭の良い人」など居ないと思われます。思いの強さ、努力などにより、インスピレーションや、論考能力のセンスを身に付けるのです。「頭の良い人」を決め付けると、傷付く人が存在することに配慮して、言葉を選ばれた方がよろしいかと思われます。

 勤勉、思慮深いという性格的特徴が、心の弱さを伴うのか?。
 これは、逆に辿ってゆけば良いのです。心が弱い(この場合その定義を、ナイーブ、傷付きやすい、という事にさせて頂き、堕落し易いという意味ではないとさせて頂きます。ストレスもナイーブさが原因と思われます。)と、どうなりますでしょうか?。傷付かないような、努力をするのです。傷付かない努力は、勤勉、思慮深いという性格的特徴という、実りをもたらすのです。また、ナイーブで傷付きやすいなら、人の気持ちも分かると言えるでしょう。

 勤勉、思慮深いという性格的特徴は、心が弱いことからのみ派生する訳ではないと思われます。「人の役に立ちたい」、「人を助けたい」という強い思いも、勤勉、思慮深さを生む原因になり得ます。「どうしたら泥棒で捕まらないか」という事に執着する場合でも、勤勉、思慮深くなり得ますね(真面目ではないが)。そう考えると、勤勉、思慮深くなり得る原因など、無数に在るでしょう。
 その中には、精神的弱さと無関係の原因が多くあります。ですから、勤勉、思慮深いからといって、精神的に弱いとは限りません。

 傷付きやすい人は、その防衛策として、勤勉、思慮深くなる方法を選択する傾向がある、とは言えましょう。ただ、これも傾向であって、引きこもりを選択する人もいれば、立ち回りの上手さを選択する人も居ましょう。

 また、傷付きたくないので、強くなろうとして、格闘技を始めたりする人も居ましょう。

 勤勉、思慮深い原因などいくらでもあります。その全てが精神的に弱い筈がありません。

 あなたの精神的弱さは、ナイーブさの事であると思われますが、それは私の感覚では、弱さではありません。それは、様々な強くなる原因となる、素晴らしい心の可能性です。優しくて、強くて、思慮深い、素晴らしい人になれる可能性であるのです。

 本当の弱さとは、堕落することです。全ての可能性の実現を、邪魔するものです。

 そういったことを認識し、自分に自信を持って生きるのです。
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大差ないはずの人間に実際、大差がつくのは何故か。


思考能力の深みを身につけるといっても個人によって限界があるのも事実、その事実は何によって分けられるのか。
「努力も才能のうち」という言い方があるが執念深いほどに「努力」すればするほど聡明さから程遠くなっている実例など山ほどある。それは何故か。
どういう方向性での努力が、どういう結果に結び付くかを見分けられること、また、どういう結果に結び付くことを「敢えて」望むのか、それを決めるのは何によるのか。
そういったことをひっくるめて敢えて能力と言わせてもらう。
傷つくことを怖れて止まない人は、その「傷」について思索する事自体できないだろう。
だから「傷」を受ける前に鎧で身を固めてしまう。
そして「のれんに腕押し、糠に釘」とうそぶく。
思索能力を深めるどころのさわぎでない。そこで終わってる。
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ストレスを「溜め込む」ということとストレスに「弱い」ということはイコールではない。


弱かったら「溜め込む」こと自体できない。
ストレスに強い、というのは溜め込んだストレスに負けない、ということ。
もちろん「溜め込める」=持ちこたえられる量には個人差が大きい。
だから、ホンのちょっとでも溜まったら即、負けてしまうような人は、あまり物事を正面から真剣に受け止めないで済ますというのは、弱い人なりの回避策だろう。
それとは別に物事をどれだけ掘り下げて思考できるかということ自体は能力(脳力)の問題。
但し、いわゆる「机上の空論」的なことに延々耽る人が実社会に出て一発でやられてしまうとしたら、それは、ぬくぬく守られてる状態のなかで思考のお遊びをしていたに過ぎず、自分のちっぽけな思考と現実の重さとのギャップにやられてしまったということ。単なる世間知らず。
たとえば「死」が怖い怖いと思う人が思慮深いかどうかは、「なぜ自分は死を怖れるのか、死とは何か」というところまで掘り下げられるかどうかで決まるということ。怖がるだけなら誰でもできる。
怖がることにすら耐えられないなら、そもそも考えることもない。
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>「勤勉な人、思慮深い人、頭の良い人程、精神的に弱い。

」は違いますか?

違わないと思います。

>ですが、必ずしも二律背反にはなりませんよね?

なる、と思います。
「真面目な人や思慮深い人は、色々な事をあれこれと深く考えてストレスが溜まりやすい。ストレスに弱い。」と言う論理展開を前提、とするなら、「ストレスにも強くて頭も良い人」、「ストレスにも強くて精神的にも強い人」がいる、というのは二律背反します。

なので、
「物事を一人、頭の中で深く追求する癖があるから、頭の良い人は精神的に弱い。ストレスが溜まりやすい。」
と「いえる」事になります。

よって質問者さんは、
「アホは嫌い。賢い人が良いなあ。」とか言っておきながら、その傍らで「ストレス溜めるな。もっと精神的に強くなれよ。」等という話は聞かなくていいことになります。

そしてなぜ私が、「勤勉な人、思慮深い人、頭の良い人程、精神的に弱い。」は違わないと考えるかの理由ですが、
私事で恐縮なのですが、私は死ぬのが恐いのです。その事を考えると頭がおかしくなりそうなのです。多分それは人並み以上のものです。
それは精神的に弱いと捉えてくださいますでしょうか?
そして、自分のことを真面目な人、思慮深い人とはとてもいえないのですが、「色々な事をあれこれと深く考えてストレスが溜まりやすい」性質だとはいえます。
そんな私でもその恐怖を忘れられる瞬間があります。
それは例えば、おいしいものを食べている瞬間や趣味に没頭している瞬間なのですが、その瞬間は「仮に」私が死について深く考えず忘れている状態なっているといえます。
よって色々な事をあれこれと深く考えて「なくて」ストレスが溜まり「にくい」人(というか状態)は精神的に弱くなる瞬間がない(=色々な事をあれこれと深く考えてストレスが溜まりやすい人間は精神的に弱い)という事になります。
でもこれは「一般的」ではなく私に限ったことと言われてしまうかもしれませんね。

別の例を考えますと、
例えば動物とか虫とかは精神的に弱くなる瞬間がないですよね。
(イルカやチンパンジーにはあるかもしれないとか、そもそも精神があるのかというのはちょっと置いておいていただくと助かります)
それは自分が不幸だと認識する瞬間がない、若しくは考えられないからとはいえないでしょうか(≒物事をあれこれ深く考えられない)
それは精神的に刺激に対して鈍感だからとはいえないでしょうか?
刺激に鈍感=強いとはとれませんか?
よって、
色々な事をあれこれと深く考えてストレスが溜まりやすい人(ヤバイ、人じゃなかった)=勤勉な人、思慮深い人、頭の良い人程=精神的に弱い
とはいえませんかね?

長々しくわかりにくい文で申し訳ありません。
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ストレスというのは何か人間の中の原始的(動物的な)反応によるものがおおきいと捉えています。


例えば背広を着ると苦しいとか満員電車がつらいとか人前で快活に振舞ことが辛いと言うようなことは 人間が結構動物的な部分を残しているからだと思います。
私はストレスに非常に弱く 気候の変化とか何か嫌のことを感じたとかいうだけのことで、眠くてしょうがなくなり、15時間コンコンと眠り続けてしまったりしますが、自分ではこれは何か動物的な名残が「苦しい」と言っているということだと思っています。
皆何かしらそういった暗い(社会認知的には)ものを抱えているものだと思いますよ。
そして質問者さんのように色々と頭で考えて行動する人、反面実はストレスに弱いというような動物的な部分を抱えている人は、自然の多いところで暮らすというような、自分の動物的な部分を開放させて生きれる環境をつくれば、結構バランスがとれて非常に健康な人になれるかも知れません。私もバランスをとれた時はけっこう健康な人です。
またただ明るい人も、ストレスによる苦しさを小出しにしていなだけで、いつ爆発するか分からないから、あっけらかんとしていいねというのは単純すぎると思います。
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>「勤勉な人、思慮深い人、頭の良い人程、精神的に弱い。

」は違いますか?

違うと思います。
ただ、勉強(机上の論理)ばかりで、社会経験が乏しいと精神的に弱く(ストレスを溜めやすく)なるかもしれませんね。
人間、より大きい苦難を経験すると、より小さなことではあまりストレスを感じなくなるものだと思います。

>「いつもあっけらかんとしているから、嫌な事があっても記憶力や拘るだけの脳が不足しているから精神的に強い。ストレスに強い。」
そのように言った方はかなり高慢で他人を見下す方なんでしょうね。
色々な経験をして精神的に強いから、嫌なことがあってもあっけらかんとしていられる。と見た方が(色々な意味で)良いと思いますよ。
他人を見下す人ほどストレスは溜りますからね。
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この回答へのお礼

そうですね。はい皆様、大変御恩に着ます。
実は私は、自己防衛しやすいタイプであって、ただ思慮深く見られるまでで結構失敗します。ギャップも激しく、気分次第で謙遜したり高慢になったりと掴み所は自分でも良く解らない程です。
ですので頭も心も芳しくはありません。

ただ、テレビよりは本や音楽の方が好きなので、テレビに出ている人達は誰一人好きになれず、それでバラエティーでも番組は普段はあまり鑑賞しないのです。
軟派に振舞って後味悪くするのも何ですし、サバサバしていた頃は大体は馬鹿にされて言われる事も決まっていました。
殆ど自己防衛の傾向が強いです。虚勢を張る癖もいつの間にか付いてしまい、取り越し苦労の連続です。
自分を良い子だと思い過ぎないようにして行かなくてはならないと思っています。
私は本当に、世間知らずの御馬鹿さんですね。(微苦笑)
ではどうも。

お礼日時:2007/10/29 02:37

>完璧主義で読書好きで硬派で思慮深くて


>その反面ストレスに弱い私のなのですが
ご自分をこのように感じていらっしゃる訳ですよね?
これに付け加えて「頭が良い」とも思われているようですが
何を基準に「頭が良い」「精神的に強い」とされているのかが
私にはわかりません。
一般的には「学校の成績が良い」「一流と言われる学校を出た」
IQの数値が高い、偏差値が云々・・・で頭の良し悪しを言われますが
それだけで、その人の頭の良さ(脳の機能の働き)が良いとは言えません。
また、経済社会においては、経済力の高さで判断される場合もありますが
それには、皆の条件が違いすぎます。

あなたは「体力の強さ」をどう感じますか?
そして「精神力の弱さ」の基準は何ですか?
ご自分で「精神が弱い」と感じているのであれば
そして、それを欠点だとか、弱みと考えているのであれば
それを「克服」するのは、ご自分でやることだと思います。

私の人間の能力の「強さ」の基準は、その人「それぞれにある」と考えます。
その人の能力を「能力いっぱい」に使っていれば「疲れ」ます。
「疲れ」が出れば、色々と「問題」が生じます。
それをある一面では「弱さ」と言えるのかも知れませんね。
体力にしても、精神力にしても、自分で鍛えて強くしたり伸ばしたりも可能であります。
どうぞご自分の「弱さ」があると思うのであれば
日々鍛えるなどして克服する努力をなさって下さい。

「頭が良い=精神的に弱い」という図式ばかりではない・・・と
他の人からの同意や共感があろうと無かろうと
あなたの能力はそのままが「事実」な訳でありますからね。
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世の中は 勤勉の上にガリ勉がいて これが 引っ張っているところがあります。

また その傾向によって 劇場であるかのごとく あちこちにいろんな見せ物を興行しているかのように 進んでいます。

個人が つねに向上を目指し 道理にもとづき 妥当な考えを出しても 一幕づつ演出は決まっていて 途中からでは なかなか 耳を傾けてはくれません。アイディアが摂り容れられる場合もあるわけですが 幕あいなどないほど 芝居を引っ張って行く力も大きく その進行具合いでは 個人の精神もその思慮も 取り残されて行き勝ちです。Show must go on. というわけです。

考えるに ストレスと言っても いくつか種類があります。どんな分野であれ 大舞台に立つというそのこと自体の緊張もあるでしょうし あるいは そうではなく この現在の社会の仕組みから来る大きく不条理のようなものをめぐる不安もあるでしょう。(こちらの場合は 不安というよりは 人間社会をめぐるなぞのようなものかも知れません。そうだとすると 特別に緊張する必要はないとも考えられます)。

さらにいろんなストレスがあるでしょうが 一つに それぞれの場面によってかもし出される緊張としてのそれは 人それぞれ 工夫して のり越えていく(もしくは のり越える必要もない)ものと思います。もう一つに 社会や人間にかんして容易には分からないこと――つまりまさにこの哲学欄の問題ですね――については まづは謎として その解明を楽しみにしていけばよいのではないでしょうか。

具体的なことがらについて述べるのは 苦手ですし 具体的な情況が決まったというかたちでないと むつかしいですから 以上のような漠然としたお話になりましたが。 
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私は哲学の分野には完璧な素人なので、この議論に参加できるほど知識もないかもしれませんが。

見た目と内面をどのように判断されているのかわからないですが、一概に言えないのは明白だと思います。
ここに出されている人に対する表現は、レッテルであってその人の性質といえるまでのものではないですよね。
私は硬派だとか、まじめだとかの自己申告も怪しいですが、他人から「あなたって、xxxだよね~」というのはもっといい加減だと思いません?
論点を逸してたらすみません。
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まず


ストレスは精神的緊張から来るもので、別に頭の良い悪いは、関係ありません。
ストレスはスポーツに非常に関係が深く、特にオリンピック選手などは
大きいストレスを受けます。(日本の代表!勝たなくてはいけない)

要は責任感が強い人ほどストレスを受けやすく無責任な人ほどストレスを受けにくい。
なので
頭が良い悪いはストレス又精神等、関連性はまったく関係がないと
思われます。
>能天気な奴だなあ。だからストレス溜まらないんだろ
これは頭が悪く見られているより無責任な奴と見られてる方が強いと
思われます。
ゆえに
>頭ばかりでくねくねと考える人間は、良く「ストレスが溜まりやすい。」、「精神的に弱い。」と一般的には考えられますか?

一般的に見るとそうは考えられません。
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賢さには幾つも類型はありますね。
では、前述の一例がこちらですがまあ御聞き下さいませ。
論旨の一つに「賢い人に限って、生き方上手にはなれない。」がありますが。

人には得意不得意があり、全ての面で賢くなるのは無理だと(絶対的な無理ではなく、経験したり努力するのには時間が足りないのですね。)最初から解っているつもりではありますが。

いつもこうではないかと思うのですが。


学生の場合でも。


内向的な優等生の場合。

・勉学優秀で、人と話さない分、いつも図書館で難しそうな本ばかりをよく読んでいる。思慮深い性格。
なのでよく端から見ている人からは「知的な人だ。」と囁かれたりしている。
実際、勤勉で勉強と読書は誰にも劣らず、思慮深く猜疑心も強く、物事を深く考察する事にも裏読みにも長けており、博学才穎で洞察力、分析力は抜群である。いつも落ち着いている。特に文学、哲学、人間科学、倫理等の分野には造詣が深い。

しかし、遊びや雑用とかの単純な細かい事を行う時には、ボンヤリして簡単な工夫も思い付かず、咄嗟に「もう少し頭使えよ。」とか「それぐらい考えりゃ解るだろう。」と、普通の人から言われて諭される事が少なくない。
特に、大勢の前に出るとボンヤリして頭が回らなくなったりもするし、勿論話術も無く口下手。
気苦労も多く、肝心な時にエネルギーが無かったりもする。
人と触れ合う機会も少なく、折角の豊富な知識を活かすのもそんなに上手とは言えない。
でも疑り深いから軽率な振る舞いもしないので誰からも「単純」とか「子供っぽい」、「軽い」、「能天気」等とは言われたりしない。
でもノイローゼとかになる危険性は、後者より圧倒的に高い為、天か地かになりがち。


逆に、いつも明朗快活な反面、軟派で浅薄でチャランポランで、勉強嫌いの読書嫌い。
しかし、よく周囲からは「アホだなあ。」とか「単純」、「幼稚(子供っぽい)」等と謗られるのはしょっちゅう。
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だけれど、前者に比べて、ノイローゼや犯罪者になる危険性は低い、普通に働いて普通に稼いで食べれる無難な人間、標準偏差を保てやすいと思う。


「勉強出来ない人に限って、勉強以外の事ではやたら頭が働く。柔軟なので世間のどんな荒波にも打ち勝てる。」って皮肉なものですが。


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「賢い人は存在しない。」と言うより、
「全知万能な人は存在しない。そこまで成長は出来ない。」が正しいとは思いますが。

賢さには幾つも類型はありますね。
では、前述の一例がこちらですがまあ御聞き下さいませ。
論旨の一つに「賢い人に限って、生き方上手にはなれない。」がありますが。

人には得意不得意があり、全ての面で賢くなるのは無理だと(絶対的な無理ではなく、経験したり努力するのには時間が足りないのですね。)最初から解っているつもりではありますが。

いつもこうではないかと思うのですが。


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Q愛情不足な環境で育った人間はどう成長するか。

こんにちは。
初めて質問させて頂きます。
唐突なのですが、愛情不足な環境で育った子供は大人になるとどんな傾向があるのでしょうか?

私は母子家庭で育ちました。
親には苦労こそかけましたが、特に愛情不足を感じたこともなく、
今も平和に平凡に暮らしています。

しかし以前、同じように母子家庭で育った友人(こちらの方がもっと複雑な家庭環境だと思われます)から、
「やっぱり、片親で育った人は変わってる。あなたも変わってるもん」と言われたことがあります。
あまり深く突っ込まなかったので真意はわかりませんが、
自分と同じものを感じる、という意味の発言だったようです。

私は貞操観念や倫理観があまりない所があり、
彼女がいる男性のことを好きになることが多いのです。

先日ネットサーフィンをしていて、
『恋人がいる人を好きになり、相手が振り向くと途端に好きじゃなくなってしまうような人間は、
子供の頃十分な愛情を貰って育っていない可哀想な人間』
という記述を目にしました。
相手が振り向くと好きではなくなる、ということはあまりないのですが、
彼女がいる人を好きになる、そういう傾向があるのは確かです。
また、自分に恋人がいても他に好きな人を作ってしまったり、二股していたこともあります。

以前また違う友人(同じく母子家庭)には、
「心理学を勉強している人に言われたんだけど、
母子家庭みたいに男性がいない家庭で育つと、男性との距離感がつかみにくくなるらしい。
父なのか兄弟なのか友人なのか、区別がつかないから、すぐ好きになってしまうんだって」と言われました。
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考えてますと、以下のような違いがあると思います。

1)親が子どもを叱る(叱られる)場合や親と対立した場合の逃げ道

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  ・一方、片親だけの場合、緩衝的な役割がなく、直接怒りを受けます、
   子どもにとっては、逃げ道がなく、対立したときには、
   完全に対立したままか、不本意でも親の意見を受け入れざるを得なくなり
   折衷案的な解決方法を経験しないままに大人になると思われます。
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2)もらえる愛情のバリエーションの多さ(二人分)

  ・余り説明の必要はないと思いますが、二人分のタイプの違う愛情をもらい
   愛された経験ができます。
  ・片親だけの場合は、主にひとりの親だけの愛情・・・愛し方を受け入れること
   になります、その分、愛情の濃密度は濃いかも知れませんが、片親では
   経験できない愛情表現があるかも知れません、そしてそれが特に母子家庭の
   場合には、ふた親のそろった家庭との男性からの愛情経験の差・・・が
   男性との関係(距離の取り方)に影響(※)を与えている可能性があります。
   (※惚れっぽいとか、騙されやすいとか、質問にeco39さんが書いてあることです。)

まだまだあるかと思います。この辺が大きな差かなと思います。

3)そして、『倫理観』については、上の両親が居た場合と違って、
 母親の性格的な部分に左右されてしまうことが大きいのです。
 交流分析の理論では、倫理観は主に、父性的な性質をもち、両親が健在の場合
 子どもは、どちらかというと父親側から倫理観を受け取ることになりますが、
 母子家庭で、なおがつ母親がそういった父性的な厳しい部分が少ない場合、
 子どもの倫理観は育たないまま大人になって行くことになります。
 (このことを心配して厳しく躾けた場合や、母親が倫理観に厳しい場合また別ですが…)

兄弟関係だと、兄弟同士の相性問題や親の愛情の取り合いなども有り、
理想的な兄弟関係は、ちょっと考えられないです。
これは↑我が家の愛憎ごちゃ混ぜの兄弟関係が邪魔して考えつかないのかも(笑)スイマセン!

> これは具体的にどのようにすればいいと思われますか?
> 好きという感情をコントロールする術を身につける、

このような、1)2)3)性質が自分の中にあるのを感じたら、
そういう性質が悪い方向に向かわないように、
初期段階で少しづつコントロールすれば良いと思います。

その為に、先ず自分を正確に知ることかも知れません。
カウンセリング受けることや臨床的な心理学を学ぶ事も役立ちますし、
交流分析(※)などは、論理的で解りやすいのでお薦めですし、
意識して、友人や他人との比較することや世間を知ることが、
自分を知ることにつながると思います。自分はいつも他人や世間との
“あいだ”に立現れて来るものです、自分の好み・好きなものを
追求し探してみて下さい。案外好みと思っていたものが、幼い頃の
男性像の残骸なのかも知れません(笑)

 余談ながら、世間で言われる『自分探し』がもっとも自分を解らなくし
 混乱を招く一番下手(上手?)な方法だと私は思います。

最初の一歩はそれ自分の性格を自覚することから始まります、
人は、無意識・無自覚の好みや嗜好に引きずられて、
異性を求めていたりします。無意識に理想の父親像を男性にみていないか?
子どもの頃どんな父親が欲しかったのか?ちょっと思い出して書出してみてください。
その理想の男性(父親)のイメージを、異性に投影していないか?
経験したことのない異性の行動を愛情と勘違いしていないか?
いままでに、好きになった、つきあった男性達を通して共通項を探すのも方法です。
その人達は、無意識に引きずられて好きになったものではないのか?
検証してみる必要があるだろうと思います。

勿論、無意識が幸せに向かっているなら、問題ないでしょうが、しかし、
多くの場合、幼い無意識に支配された嗜好は、不幸な結果を招く事になります、
なんであのような酷い男性を好きになったのかと後悔する場合がとても多いのです。
その為、燃え上がった恋心が長続きしないのです。

 私にも遠い昔(オイオイ!)に経験がありますが、本格的に好きになる前の段階なら
 理性的に、感情を抑え変えることも可能です。最初の段階で徹底的に調べて
 行くか止めるか決めると良いですよ。大火事に成る前に消し止めるのが、
 感情のコントロールの方法です。感情は思考の結果生まれるものです。
 考え方・受け取り方を変えれば、感じ方が変わります。

例えば、倫理観の薄い性格の場合、相手側にも倫理観の薄い人を選ぶ傾向があります、
その結果、不倫や犯罪の被害者や加害者になることさえあります。
「君子危うきに近寄らず」「無事これ名馬」世間で言い継がれて来た言葉は、
やはり、真実を含んでいると思います。

まして、貴方は女性です。倫理観の薄い男は、薄い倫理観を正当化する為に、
自分勝手な倫理観や屁理屈を持っていることが多ようです。
そういった男達とつきあうのは、危険なことでもあります。

そして、科学的な実証はされていませんが、経験上、
江原氏や三輪氏の言う正負の法則は、やはり在るものと思います。
不倫とかの世間に顔向けの出来ない方法で結ばれても、大病したり
別れたり、殺し合ったりと、そういった心理傾向をもつ人達のグループでは
不幸な結果になるプログラムに支配され従って、無意識に動いて居るのですから…

> 男性と接する機会を減らす、等でしょうか。

これは、むしろ逆だと思います、と言っても特定の男性ではなく男性の友人を
沢山作ってみてグループや大人数で沢山の男性と楽しく付き合ってみて下さい。
男性の友人を沢山作ると男性的な思考ややり方、行動、見方を学べますし
相談も出来ます、ひとりの男性に夢中になり他人が見えなくなるのが
最悪のパターンだと思います。まだお若いのですから、誠実で人間として
良い男をとは?どんな行動をするのか?考えて観察して、
ひとりでは心許ないなら色んな友人の意見を取り入れて、
男性を選ぶ眼を養ってみたら如何でしょう。

故事曰く「己を知り、敵を知れば、百戦危うからず」と言うことです。

お節介ながら、お礼の疑問にお答えしますと、

> これは、幼少期のときにということでしょうか?
そうだと思います。

> 父の愛、兄弟の愛が足りなかったから、母との信頼関係が崩れたということですか?
そういうことはありません、元々に父や兄弟は存在しないのですから、
父・兄弟の愛に関わらず、母との関係は親子の二人の間の関係です。
そこに元からなかった愛の不在を感じることは、普通にはあり得ません。

(子どもに限らず)人間は愛が欲しい生き物です、
特に親の愛情は子どもの「心の栄養」と言われています、
欲しいときに親からの心の栄養が十分でないなら、幼い子どもは
「親が悪い(他罰的傾向)」や「自分が悪い=愛される資格がない(自罰的傾向)」の
傾向がつよくなります、心の栄養失調が余りに過ぎると、成長してから
「他人を信じられない」とか「自分を信じられない」とかの要素が強くなり、
 (中には、両方の要素を強く持つ人も多くいます。)
ここに倫理観の希薄さや誤った価値観が重なると、
前者では、最悪の場合「殺人者」後者では「自殺」という結果を引き起こします。
「他人を責めるまたは、自分を責める」このことが人間不信の正体と思います。
このふたつの考え方では、問題は解決しません、子どもの頃なら考えも幼いので
この考えに逃げ込むしか生きる方法が無かったのですが、問題なのは、
大人になってもこの幼い解決方法を自動的に使い続けた結果、
孤独に成って行く可哀相な人達がいるということです。
これは、eco39さんの事ではありませんのでどうぞ心配なさらずに(笑)

> 裏切られない何か、を人間に対して求めることは可能なんでしょうか?

No.1 の回答者さまの論は、何を意図してなのかは、私には判断できませんが、
「裏切り」と感じる為には、そこに何らかの約束や期待があっただろうと思います。
その「約束」は確約なのでしょうか?伝えてあるのでしょうか?
双方の了解事項なのでしょうか?
「人は皆、自分が基準です」しかし。いつも「他人には他人の基準」があることを
無視したり忘れてしまっています。「裏切り」と解釈する一歩前にもどって
どのような「約束」を取り交わしたか、考えて見ては如何でしょうか?
そして、信じる強さは、『相手に期待しない・依存しないで信じること』です。
これは、親の愛、母の愛によく似ていると思います。


※交流分析にエゴグラムという心理テストがあります、
 これがすべてではありませんが、自分を知る為の一助となると思います。
 検索しても色々なエゴグラムテストが出てきますが、参考URLを貼っておきます。

参考URL:http://www.sinritest.com/ego-test.html

相変わらず長文です。覚悟して読んで下さい(笑)

> もしかしたら外的要因(この場合家庭環境)もあるのではないか?

なるほど、判りました。

(理想的な両親や母子家庭の場合で)両親がそろっている場合と、
片親だけの場合どのような、違いがあるのか?
考えてますと、以下のような違いがあると思います。

1)親が子どもを叱る(叱られる)場合や親と対立した場合の逃げ道

  ・両親がいれば、片親が怒っても、もう片親が慰めてくれるとかの
   怒りを緩衝してくれる働きや、子どもの避難場所...続きを読む

Q辛い経験をした人の放つオーラとは。

20代後半の社会人です。
ゴールデンウィーク後に4年間つきあってきた彼女と別れました。
一緒に楽しく旅行してたのですが、、その最中にイライラすることが重なって、最後の最後にこの人ダメだなと思われるような言動をしてしまい、それが引き金になったと思います。
自分でも何であのときあんなことを言ってしまったんだろう・・と後悔に後悔が重なり、しばらくは食事もまともにのどを通らず、アパートと会社の間を往復するだけの生活が続いています。
4年間、彼女と一緒に築いてきた思い出が今でも頭によぎり、いっそのこと死ぬか記憶喪失にでもなってしまいたいです。
何とか立ち直ろう、元気を取り戻そうと、自分なりに方法を考えましたが、マイナスオーラが出ているのが自分でもわかります。
7月の頭に支店から支社に異動したのですが、デリカシーのない部長に「君、雰囲気暗いんや!」って言われて無性に頭にきました。殴りつけようかと思いました。
他人にどんな辛い出来事が起きたかなんて、言わなければわからないし、知るよしもないでしょうが、そんな性格のおっさんは若い頃、恋愛で身が裂けるような想いを味わったことなんかないだろうと思いました。
自分なりに周りに心配かけないように、せめて内面の明るさを取り戻す方法を本で読んだり、自分で考え出して実践してきましたが、うまくいってもその日だけだったりと、それでも奮戦している状況を、何も知らない人間に暗いだなんて短絡的に言われるのは心の底から腹が立ちます。

前置きが長くなって申し訳ありませんが、私のような未熟者は別として、失恋したり、大切な人を亡くしたりなどとても辛い体験をした人でも、一見わからなかったり、オーラにまったく出ないでいつも笑顔でいられる人というのは周りにいますか?あるいは過去にいましたか?
個人的に、まったく出さずに振舞うのも、辛い想いをした甲斐がないような気がしています。
それはそれで自分が成長するための糧となるのならば、どこか表情かなにかに刻み込みたい気分もあります。
それでも出さなくても、どこかで成長した自分を見せることができるものなのでしょうか?

質問がわかりにくくて難しいかもしれませんが、?のとこをうかがいたいので、どうかご意見をお願いします。

20代後半の社会人です。
ゴールデンウィーク後に4年間つきあってきた彼女と別れました。
一緒に楽しく旅行してたのですが、、その最中にイライラすることが重なって、最後の最後にこの人ダメだなと思われるような言動をしてしまい、それが引き金になったと思います。
自分でも何であのときあんなことを言ってしまったんだろう・・と後悔に後悔が重なり、しばらくは食事もまともにのどを通らず、アパートと会社の間を往復するだけの生活が続いています。
4年間、彼女と一緒に築いてきた思い出が今でも頭によぎり、...続きを読む

Aベストアンサー

つらい経験した人って、自信にあふれているんです。

だから、気張る必要がない。

笑顔にも違和感がないんです。

「このぐらいじゃ、死なないし」っていう楽観性も、
持ち合わせていますしね。

ぼくも失恋のショックで死にかけたんで、なんとなく気持ちはわかります。

おかげで、ほかの人が不安がることを、まったく不安がらなくなりましたね。

「ふーん」って感じです。

いつも飄々としているので、やたら異質に見られますね。

Q若いのに落ち着いてる、とはどんな人?

20代前半の女です。
最近結婚が決まり、ブライダルフェアに参加しております。
そこで複数のプランナーさんに「お若いのに落ち着いてらっしゃいますね」と言われ複雑な気分になっています。
大学生の頃は年より若く見られることが多かったのですが、社会人になってから急速に老け込んでしまったのかと不安です。

婚約者には「もしかしてノリが悪いって遠回しに言われてる?」と言われ、2人でプランナーさんに悪いことしたかなとも不安になりました。
文面通り捉えるなら「落ち着いてる」というのは悪いことではないと思うのですが、繰り返し言われる内になんだかネガティブに考えるようになってしまいました。

皆さんが思う「若いのに落ち着いてる人」とはどんな方でしょうか?
どんなイメージをお持ちの方が多いのか知りたいので教えて下さい。

Aベストアンサー

私が思う、若いのに落ち着いてるなあという人は、
考えがしっかりしていたり、芯の通っている人、また(いい意味で)感情的にならない人、気配りのできる人です。
私はネガティブなニュアンスで使ったことはないです。あくまで私の考えですが…。

Q繊細で傷つきやすい女性って男性から見てどうなんです

繊細で傷つきやすい女性って男性から見てどう思いますか?

Aベストアンサー

肝心の答えを言ってませんでした。
繊細で傷つきやすい女性は、男にとって最高の女性だと思います。
少なくとも鈍感でアバウトな女性よりは100倍いい女だと思います。
男が男になりたかったら、繊細な女性に鍛えてもらうべしです。

Q何でも喋る人と自分のことを言わない人の違い。

何でも喋る人と自分のことを言わない人の違い。

自分の起こった出来事や頑張ったことなどをなんでも(たぶん)話す人いますよね?
今日はあんなことあってさぁ。とか、今大事なプロジェクト任されてて忙しいんだよね。とか。

逆に、全く自分のことを言わない人もいます。
恋人が出来ても聞かないと言わないし、勉強も仕事も陰でコツコツしていて、まったく言わない。

この2パターンの人物の違いは何でしょうか?

ボクはどちらかというと前者です。あったことを何でも友人に言いたいし、頑張ってるボクを見て!ってこっそり気づくように頑張っています。寂しがり屋で、構ってほしいからかもしれません。また、自分だけのために努力することがすごく苦手です。他人の評価が無ければ何をやっても無意味って感じてしまいます。

ボクは後者に憧れます。
将来を見据えて、自分のためにこつこつがんばり、他人の目をあまり気にしないで頑張れる人すごいと思います。

どちらの人物が優れている、素晴らしいとは言いませんが、後者のようになるにはどうすれば良いですか?

Aベストアンサー

私もどちらかというと後者の方がえらいのではないかと思いますね。
どうすればそうなれるか、難しいですが、自分のことを色々と吹聴するのは恥ずかしい事だ、と思えるようになればいいのではないでしょうか。

Qやはり、頭の良い人ほど、精神的な病にかかるものなんですかね?それも一つのひずみであり、宿命ですか?

やはり、頭の良い人ほど、精神的な病にかかるものなんですかね?それも一つのひずみであり、宿命ですか?

高専から国立理系まで進んだ優秀な友人N氏には、自閉症や統合失調症があるらしいです。

私からは心療内科を勧めているのですが、本人は、

"
それは、「甘え」とか「情けない」とか謗られかねないから嫌だ、ぐれた方がマシだ。
なら経営ノウハウを一から勉強して、ヤクザの事務所でも開く。下の者(チンピラ)に勝手に暴れさせておけば良いさ。俺は裏でじっとしておくから。

"
とか言って聞かないんです。

↑あの、賢いN氏が何を言っているのかと思いました。
ヤクザの世界を一体、何だと思っているのかと。勝手にヤクザ事務所を開いても、実績の無い所に誰もついて来ませんし、
そもそもいきなり組長になんかなれる筈もありません。

更に、また、彼は、定期的に、「真面目だったらやっぱり損をする。」と言って荒れると言うか、夜中に突然癇癪を起こしたり物に当たったりする癖が、中学、高校、大学、社会人と、全く治らないそうです。

親からは躁鬱病と言われていたそうですが、知り合いからは自律神経失調症では?と言われた事もあるそうです。
でも自覚症状では、気分変調性障害ではないかとも言ってました。

また、悪口が幻聴みたいに響いて来る事もあるらしいです。

『真面目だったら極限まで扱き使われて損だぞ。ヤクザにでもなったらどうだ。』とか『大人しい癖に文武両道で、芯が強くて意思がしっかりしているとは生意気だな。今に暗殺してやろうか。』とか『異性にだけ優しいとかの、軟派や差別が嫌いなら、美人局と言う裏稼業でもしろ。異性にだけ優しい輩を痛め付けて金をふんだくってやれ。儲け口だ。』とか、『お前みたいな真面目に努力する人間は、批判される事を恐れているヘタレさ。』とか、幻聴が聞こえる事があるそうな。

訳もなく急に逆ギレとかすると思えば、その統合失調症が原因だったのかと。

一体どうしてやれば良いでしょうか?

やはり、頭の良い人ほど、精神的な病にかかるものなんですかね?それも一つのひずみであり、宿命ですか?

高専から国立理系まで進んだ優秀な友人N氏には、自閉症や統合失調症があるらしいです。

私からは心療内科を勧めているのですが、本人は、

"
それは、「甘え」とか「情けない」とか謗られかねないから嫌だ、ぐれた方がマシだ。
なら経営ノウハウを一から勉強して、ヤクザの事務所でも開く。下の者(チンピラ)に勝手に暴れさせておけば良いさ。俺は裏でじっとしておくから。

"
とか言って聞かないんです。

↑あ...続きを読む

Aベストアンサー

間違いなく精神疾患です。

無理矢理にでも精神科の受診をさせるべき

それか、COした方がいい。

Q甘やかされて育った子供と厳しく育てられた子供の性格は?

甘やかされて育った子供はわがままになると言われますが、本当のところどうなんでしょうかね?
逆に厳しく育てられた子供は、どうなるんでしょう。
単純にわがままの反対はがまんだとおもうので、がまんのできる子に育つと考えていいでしょうか?

みなさんの意見を聞かせてください。
よろしく御願いします。

Aベストアンサー

甘やかされて育つ。皆さんが書かれているように、叱られずに育つということですよね。
甘やかされた子はわがまま、厳しく育った子供は我慢が出来る、でも実際にはそれほど単純ではないんです。

まず、叱ると褒めるが表裏であると言う事をよく考えてみてください。
甘やかされて育つということは、実は叱られずに育つということになり、叱るがないから褒められるがない、つまり本当の意味で褒められた事がないと言えます。

よくあるパタンですが、甘やかされて育った人は、褒められていないので物事に対する達成感がなく(実際には分からない)、どこまでやっても『やり遂げた』という気持ちがあまり具体的にわいてこず、そのうちに『出来ていないんじゃないか』『不十分なんじゃないか』といった不安感に襲われ、やる前から諦めてしまう、さらに悪い状態なら欝になる。

厳しく育てられてきた場合は逆に、厳しい事を聞かなければならないというプレッシャーから、人の顔色を見て育つようになりがちです。求められている事をきちんとこなしているか、これで叱られないだろうか。
なので叱られる事がないようにするために褒められる事もなくなり、結果愛情を求めるようになってしまい傾向があります。

そう考えると、kiccaさんのおっしゃるとおり、やはり叱るべきところはきちんと叱り、その上で甘やかす部分も作ってあげ、そのメリハリをきちんとしてあげるというのが理想だといえますね。

叱る事によって社会のルールをきちんと理解させてあげ、褒める事によってその子のもつ才能を伸ばしてあげる。時には自分の行いを子供の前で反省する事もあってもいいですし、あえて子供を褒めるように料理のお手伝いを頼んでみたり(きれいに切れたね、上手に盛り付けられたね、など)。

それによって、自分自身の『気付き』も生まれてくるものですよ。

子供を育てるのではなく、子供の人生を育てる事が本当の意味での『育児』なんですよ。
自分の経験を見直して、『反面教師』として受け取った事に対しては『私は○○をされて嫌だったから子供にはしない』と考えて、楽しく人生を送る事が出来るように導いてあげてくださいね。

甘やかされて育つ。皆さんが書かれているように、叱られずに育つということですよね。
甘やかされた子はわがまま、厳しく育った子供は我慢が出来る、でも実際にはそれほど単純ではないんです。

まず、叱ると褒めるが表裏であると言う事をよく考えてみてください。
甘やかされて育つということは、実は叱られずに育つということになり、叱るがないから褒められるがない、つまり本当の意味で褒められた事がないと言えます。

よくあるパタンですが、甘やかされて育った人は、褒められていないので物事に対す...続きを読む


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