痔になりやすい生活習慣とは?

現在の宇治市は、色々と辻褄の合わない地名になっております。自分なりに調べているのですが、良くわかりません。
おおむね宇治川が旧郡の境界となっており、京阪沿線の東宇治地域が旧宇治郡、近鉄沿線の西宇治地域が旧久世郡、但し宇治橋周辺のみ旧久世郡が川向かいまで出っ張っております。
兎道稚郎子皇子の名前にもなっている「兎道」(地名は、とどう)は、旧宇治郡兎道村→合併し旧東宇治町。一方、宇治橋周辺と縣神社や平等院のある宇治市中心地は、旧久世郡宇治町・宇治郷→統合し宇治町。つまり、旧宇治郡には「宇治」の地名はなく、中心地「宇治市宇治」は旧久世郡にあったという不思議さです。
さて、本題ですが、兎道稚郎子皇子の朝日山伝承墓は宇治紅斉=旧久世郡の出っ張り部分にあり、また兎道小学校は宇治塔ノ川、兎道第二小学校は宇治琵琶にあり、いづれも兎道ではなく宇治=旧久世郡のエリアにあり、兎道の名に拘ると辻褄が合いません。逆に宇治小学校は五ケ庄三番割にあり、宇治=旧久世郡ではない旧宇治郡エリアです。ちなみに宇治中学校は宇治矢落にあり、地名と一致しています。
宇治郡兎道と久世郡宇治でただでさえ不思議なのに、なぜ小学校の名前まで地名と逆転しているのでしょうか。

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A 回答 (4件)

菟道小学校


明治6年2月10日に開校され、宇治小学校と称していた
明治11年8月、時の京都府知事槇邨正直氏が「菟道校」と改称した
明治26年菟道尋常小学校となって以降「菟道」の名称は変わることなく現在に至っている。
槇邨知事が校名を菟道校と改称された理由については校下住民の氏神である菟道稚郎子(うじのわきいらつこ)から採られたのではないかと思われる。
明治36年6月1日に菟道尋常高等小学校が塔川125に新築

宇治小学校
明治 5. 6  宇治郡第四小学校として菟道村に創立
      12  五ケ庄字広芝真光院内に移転
    8. 5  広芝小学校と改称
   20. 3  広芝尋常小学校と改称
   25. 4  宇治尋常小学校と改称
   30.10  校地、校舎を拡張・大教室2棟・便所1棟を新築
      12  宇治尋常高等小学校と改称

結論から言えば、
質問者のように長い歴史を考えて校名を付けたのではなく、適当に付けて、しかも移転していたからということのようです。
兎道小学校は、地名ではなく、神社名で付けた
宇治小学校は、宇治郡の中の小学校として付けた。(現在は市町村が地方行政の最小単位ですが、明治初期では郡が実質のある行政単位でした)
というような感じですね。
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この回答へのお礼

明快なご教授、有難う御座いました。
なるほど‥犯人は京都府2代目知事槙村さんだったのですね。この方、維新後の京都の復興に心血を注ぎますが、けっこう無茶もしたらしく、評価が二分されていますね。
菟道小学校‥神社の名前も宇治神社(宇治離宮明神)で、やっぱり宇治なんですけど‥わざわざ氏「神」さんの名前の方を小学校に付けるというのも、変わった話ですね。槙村さんらしい破天荒というべきか‥
宇治小学校を菟道校と改称などせず、広芝尋常小学校も改称せずにそのままにしておいたら何の問題もなかったのに‥

お礼日時:2007/11/03 07:13

補足1


各小学校の設立の沿革は各小学校のHPにあったもののコピーなので、「自称」としては正確だと思われます。

補足2
明治人
私は新潟の出身なのですが、現在政令指定都市になった新潟市は、元々信濃川を挟んで、新潟町と沼垂町が共存しておりました。(合併は大正時代)新潟町が譜代である牧野家(長岡)から天領になった歴史に対して、沼垂町は溝口家(新発田)
信濃川の氾濫によって、沼垂側の土地がえぐられ、出来た中州が「流作場」その所有権を巡って、争いましたが、外様の溝口家(沼垂町)は幕府の裁定に破れました。
|新潟|信濃川本流|流作場|信濃川分流|沼垂
つまり、流作場を押さえた方が、港町として優位なわけです。

一方信濃川に合流していた阿賀野川を現在の流れに替えたのは沼垂側の工事。(旧阿賀野川は、現在通船川となっています。)このために、信濃川分流は無くなり、流作場は元通り沼垂と合体すると共に、新潟港は流量が減ったため砂の堆積で港として劣化し、幕末の五港開港までちょっくら寂れました。

明治になり、鉄道が信濃川右岸に沿って造られたため、新潟には信濃川を越すための長大な鉄橋を造らねば鉄道が来なくなりました。そのため、現在の信越本線の最終は、沼垂側に作られました。

怒った新潟の人間が、沼垂駅を爆破、テロリストです。が、そのテロリストは釈放後、なんと新潟町長になっています。
現在の新潟駅も沼垂側にあり、旧新潟側は寂れているのに対して、沼垂側が新潟駅前として栄えています。

長々と関係ない話を記述しました。
宇治という地名、蛇行する宇治川というので、宇治にも似たような土地争い、地名争いがあり、あからさまに小学校のHPには書けないので、「神社の名前を・・・」とかいう表記にしているんじゃないかな?とやぶにらみしている次第でございます。

ちなみに私は、旧溝口家の米倉があった跡地に建てられた沼垂小学校出身なので、上記のような新潟・沼垂の抗争の歴史は、「郷土の歴史」で、先生から口頭で伝えられました。
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この回答へのお礼

補足頂き有難う御座います。
菟道小学校の沿革‥どうやって調べたのかと思っていたのですが、HPですか。私もHPは検索したのですが、菟道小学校はブラウザが落ちてしまい、何故か開けられませんでした。これを書く前に再度トライしてみたのですが、キャッシュを含めてやはりダメでした。
河川の両側の主導権争いは、街の拡大・一体化に伴って悲喜こもごもの話が全国にあるのでしょうね。
宇治と菟道も元来は宇治川を境界にしていたものが、平安中期に宇治側が平等院や白川金色院など藤原摂関家の別荘地として開発され優位となり、菟道側の川岸部分も併合したと考えるのが自然だと、私自身は考えています。
ただ、菟道小学校の立地は宇治川を境界としても完全に宇治側で、地名としての菟道を名乗る根拠はありませんので、やはり最初のご回答のように適当に命名と言うか「神社の名前を・・・」というのが正解だと思います。

お礼日時:2007/11/03 16:55

No.1です。



校名の件はNo.2さんが明確に回答されていますので、納得致しました。

一つの領域と思われる宇治郷を二つの郡に同名のまま分割していた点は確かに不思議に感じます。(邨岡良弼『日本地理志料』にも、もと一つの区域だとの見解がありますね)

ただ、元和古活字本や名古屋市博物館本の『倭名抄』には御指摘のとおり、久世郡宇治郷と宇治郡宇治郷とがありますが、高山寺本には宇治郡宇治郷のみで、久世郡には「宇治」がありません。単に高山寺本の書写ミスかも知れませんが、少し気になるところではあります。

宇治と兎道の文字使いは、
(1)「うぢ」の単なる別表記、同じ領域をさす。
(2)兎道よりも宇治の方が広い領域をさす。(兎道は宇治の中の小領域)
(3)歴史的、政治的な背景を深く考えず、好みによって文字を選択する。(本来兎道と呼んでいなかったかも知れない所に兎道の文字を用いる。)
のような層が時代により複雑に重なっているようですね。

とても勉強になりました。 良い質問です。ありがとうございました。
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この回答へのお礼

重ねてコメント頂き、有難う御座います。
高山寺本には久世郡には宇治郷がないのですか。私は気がつきませんでした。確かに気になるところですね。
質問の主眼は小学校の名前ですので、敢えて書かなかったのですが、本来宇治郡・久世郡の境界は宇治川(厳密には巨椋池東岸)で、京阪宇治駅近辺の宇治市宇治(旧久世郡)の出っ張り部分は境界変更されたものとの俗説?考証?もあるようです。根拠は出っ張り部分にある宇治神社・宇治上神社が延喜式神名帳には「山城国宇治郡 宇治神社二座」とあることによります。神社が移転していないという前提ではありますが。この説でいくと兎道稚郎子関係史跡が全て宇治郡に包括され、すっきりとはします。

お礼日時:2007/11/03 07:35

ご質問の意味が良く分かりません。



宇治も兎道も「うじ(うぢ)」で同じ領域(地区名)をさしているのですから、何も疑問な点は無いように思いますが。
兎道を「とどう」と音読みするのは後代になってからです。
古代からあった日本の地名発音に佳字の漢字二文字を当て字として使い始めたのは律令制開始の頃からかと思いますが、とりあえず、古い日本の地名を同定する場合には、文字でなく音韻を基本とすべきです。

したがって、宇治も兎道も元々同じ場所を示すと考えるのが基本かと思います。文字の区別をするようになったのは支配権の関係によるものでしょう。(「宇治の凹凸」は、宇治橋が古来重要な交通拠点ですから、その支配・管理を巡ってはいろいろな政争があったと想像できます。)これはこれで面白いテーマですが、本来の地名同定に関しては、区別する必然性が思い当たりません。

この回答への補足

ご回答有難うございます。
多分ご回答のような返答がされるものと予想して、その予防の為に本題の前に長々と旧郡名の話を書きました。一部再掲になりますが、
・現在の宇治市宇治は旧久世郡宇治町(郷)で、和名抄でも久世郡宇治郷
・現在の宇治市兎道は旧宇治郡兎道村で、和名抄では宇治郡宇治郷
つまり、律令制の時代から現在の宇治と兎道を区別していたか、もしくはひとつの宇治郷を二つの郡に同名のまま分割していたのが不思議という点がひとつ。これは、支配権の関係で本来は同じ領域であるとのご回答として承りました。ただ、宇治郡と久世郡の線引きをする際に、なぜ宇治郷の中心部が属する地域を宇治郡ではなく久世郡としたのかは、疑問が残ります。
それと、二つ目は現在の話で、
・「兎道」小学校が「兎道」ではなく「宇治」にあり
・「宇治」小学校が「宇治」ではなく「五ケ庄」にある
という現在の地名と小学校名にも不整合があり、何でこんな訳のわからないネーミングになっているのか、という疑問です。

補足日時:2007/11/02 20:56
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