最初は躁うつ病かな?とも思ったのですが、あちこちのカテで訪ねるうち、「どうも違うな」と感じこちらのカテで質問させて頂きました。
(他のカテで聞いた質問です)
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa3437189.html

時々、突然強烈な虚無感に襲われます。
つい先程まで、自分でも信じられないくらいの自信と希望に満ちていたのに、突然何も…動く事すらしたくない状態になります。
そして、「どうして自分は生きているのだろう?」という思いがこみ上げて来ます。
1日以内にまた元に(普通の状態に)戻るのですが、これが数時間をようします。
むろん、普通の状態も数時間続くのですが、効率が悪いので非常に困っています…;
特に、仕事中突然起こったりする事もあるので、原因を知りたく思います;

パニック症、躁鬱病、色々調べましたが、どうも違うような気がします;
もっと何か根源的なものが原因のような気がします。
皆さんのお考えを(アドバイスでも構いません)聞かせて下さい。

(ちなみに、自分なりに色々と考えた所、今の仕事・生活が自分あっていないのでは?←典型的かも知れませんが;、とも思いました。でも、何が嫌なのかさっぱり分かりません;)

A 回答 (4件)

「心」というのは不思議なものなのですね。

中国の高僧・天台ちぎは「おもいの針」といっていますね。磁石の針はいつも北を向きますが「おもいの針」はあっちを向いたりこっちを向いたりなかなか定まらないのですが、人にはそれぞれ向きやすい方向というのがあるようです。質問者さんの場合はその針の方向が「哲学者的な面、つまり修行僧の面」に向くようですね。季節や環境や日にちなどに応じて「おもいの針」がいろいろな気持ちに向くことは誰にでもあることですが、立ち止まることもよくありますね。「おもいの針」は自由にしておけばそのように不安定なものですが「管理可能」なものでもあるのですね。「突然強烈な虚無感に襲われます。」とのことですが前兆はあるはずです、それを捕らえて「いかんいかん今は仕事に集中しよう」というように心に言い聞かせれば徐々に制御できるようになります。
「「どうして自分は生きているのだろう?」という思いがこみ上げて来ます。」この心も質問者さんの「心の定点」のひとつですからだいじにしないといけませんね。余暇を利用して哲学書や宗教書を読むのも「心の定点」を満足させるいい方法ですね。
誰も彼もこの世では仕事をして生計を立てていくしかないのですね。それが本来の自分の姿(心)ではないとしても修行ですからね。でもこれは修行の形態であって心の本質じゃないんですね。質問者さんの心の本質は哲学的、宗教的な面が強いのでしょう。その面に心の針が止まるということですね。これも誰にもあることですね。私にもありました。
「心の針」を日々管理していくことでいろいろな自分を発見するはずです。 参考まで
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この回答へのお礼

>前兆はあるはずです
なるほど、言われてみれば、今まで見逃していたような気がします。

仏教のような、心の話、とても参考になりました。
確かに、「心の方向」については考えていませんでした。
仰るとおり、「私の心の方向」と「現在の方向」に「ズレ」があるのかもしれません。
それ故に、道に迷い、今、哲学という霧の中にいるのかもしれません。

興味深い話でした(もっと聞いてみたいかもしれません:笑)。
ありがとう御座います(合掌)

お礼日時:2007/11/04 15:23

現実に埋もれて、大切なことを忘れてしまう。

見失ってしまったので、虚無感が時折飛来して、鳴く。そして自分は自身に問います。
「大切なことは何であったのか。」
その大切なことと言うのが、悲しみではないでしょうか。人が見失ってしまうものです。悲しみを忘れなければ、諸々の悪に打ち負けません。
 根本的解決のためにはどうすべきかと言うことを、自己の在り方に求めたものとして、前回答を挙げました。
そうすれば、全面的に、自分を生きていける、そうしたいと自らも望み、そうしたかったのだと確信できる生き方になりうるからです。
世界が果てしなく広いと言うのは、世界とそこに起こる事象を限定しない、できない、されえない、する必要もないという意味です。
とめどなく清い、純粋であるというのは、何も触らない、触れない、不可侵、届かないという意味です。
そして悲しいというのは、つまり生きる理由があるということです。
果てし無く、純粋である世界が、悲しいから、私は○○でいよう、ということが、生きる意味ではないでしょうか。
届かない所に届かんとして、現在であるということ、それが、私達の可能な限りの現状であり、これが人生の始まりだと思うのです。それで、人生は錆びないのです。
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この回答へのお礼

>現実に埋もれて、大切なことを忘れてしまう。見失ってしまったので、虚無感が時折飛来して、鳴く。そして自分は自身に問います。
>「大切なことは何であったのか。」
仰るとおりです。
私にとって「大切なこと」とは何であったのか…。
何故、悲しんでいたのか…。
今ではもう分かりません…。

どうやら、長い年月のうちに仕事に忙殺され、忘れていたようです…いえ、忘れたかったのかもしれません…(そうせざるを得なかったのかもしれませんが…)


>世界が果てしなく広いと言うのは、世界とそこに起こる事象を限定しない、できない、されえない、する必要もないという意味です
確かに、仰るとおりだと思います。

>純粋
純粋というのは、つまり私達には手が届かない。
「理解できない」「到達できない」という比喩(?)でしょうか??

>届かない所に届かんとして、現在であるということ、それが、私達の可能な限りの現状であり、これが人生の始まりだと思うのです。それで、人生は錆びないのです。
つまり、私達は「届かない」ところに「届こうとしている」。
しかし、私達は暗に「届かないという事を無意識に理解している」。
そして、それが「悲しみという形」で存在しているが、私(人間)には仕事があるし、家庭もある。
だから、「忘れるしかない」。
しかし、それは自分にとって「大切なもの」。
だから、「悲しみ」を「忘れる」事にしたが、それがぽっかりと心に穴を開け、それが「虚無感」として心の穴から風となって私の心を吹き荒れている。
と、まぁこういうことでしょうか…?;(なんだか強引な解釈のような気がしないでもないですが)

ありがとう御座います。
だんだん分かりかけて来た気がします。

お礼日時:2007/11/04 23:22

悲しみに応じて、ということが、存在の意味であるような気がします。

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この回答へのお礼

確かに悲しみは必要ですね。
しかし、その先にあるものは?その意味とは?

ありがとう御座います。

お礼日時:2007/11/04 15:14

世界は果てしなく広いのだということ、とめどなく清いのだということ、そして悲しいということ、自分は如何に在ればよいのでしょうか。

この回答への補足

すみせん;何となく言いたい事は分かるのですが、もう少し具体的に説明していただけると、助かります;

補足日時:2007/11/04 15:12
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Qniceの反対語

goodの反対語はbadですよね。
それでは、niceの反対語は何でしょうか?

Aベストアンサー

状況によって
・bad
・unpleasant
・nasty
・horrible

などが当てはまりますね。

Q時々強烈な虚無感に襲われるのは何故でしょう?2

挙げる必要はないかもしれませんが(先程締め切ったばかりなので)、こちらの続きになります。
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa3486060.html

回答者様に悪いので、いったん締め切らせて頂きました。
難解な質問になりますが(答えがあるのかどうかも怪しいですが)、ただ少しづつ私なりに分かりかけてきたような気がします。
アドバイス・書籍の御紹介程度でも構いません。
皆さんのお考えをお聞かせ下さい。

Aベストアンサー

 質問者様が対峙していらっしゃる事態に対してどれだけの意味を与えることのできる言葉になるかどうかはわかりませんが、あまり複雑になりすぎない程度答えさせていただきたいと思います。私自身にとっても、昔から何度も考えるこうした古典的なテーマを質問者さまの問いを通して、定期的に答えてみたくもあります。

0.これに答える私はある人から言わせればニヒリストだと言われる立場になります。ですが、私は自らをニヒリストだと考えません。現実にそれなりに不満を持ちながらも、人よりもそれなり以上に希望を持って生きています。

1.生きることにも世界にも根源的な意味などという話を、メタ的につきつめていくと究極的には意味や価値など存在しなくなるように思います。世界がいまこのようになっている根拠はないし、究極的には無為です。

2.ただし、それは単に「メタ的に」考えるからそうなのだと、いうところがあります。そして、我々は世界を無根拠や無為と考えずに生きることが可能です。おおざっぱに二つの方向性に整理します。
 2a.一つは宗教によるものです。宗教は世界の価値に説明を与えるための方法です。メタ的に、神の視点というトップダウンの意味づけの可能性を与えます。まず、神ありき。

 2b.一つは我々の身体によるものです。我々はセックスをしたり、人を好きになったり、何かに情熱を燃やしたり、現代社会の関係性の中に生きます。関係性の中において意味がある、ということがあります。ボトムアップの意味づけの可能性はこちらにおいて与えられます。

 以上の見取り図を前提に考えます。
 宗教は世界に意味や価値を与えます。ユダヤ教は現世におけるつらい体験を「やっとられん」と思うのではなく「試練」と考えるという意味づけを与えられることによってそれに耐える。どんなに、自分の実身体/現実が辛い経験にあっていても、その辛い目に遭っている実身体を「価値がある」と見なす、神の視点が与えられていればそれは辛いことではなくなります。
 しかし、辛い現実の身体を価値付けるための神の視点が、そこからスポッと抜けて辛い生身の身体しか残らなかったとすると、それは確かに空虚だろう、と思います。自分の辛い現実に価値を与えていたものが、無くなるわけですから。
 絵をお描きになると辛い理由は――明確にはわかりませんので、非常に無責任と言われても仕方のない憶測なりますが――どのような絵をお描きになられているのか、にも拠ると思いますが、絵を描くことが現実からの逃避、あるいは現実に愉悦をもたらすものとしてではなく、なんの意味も持たない自分の身体とまざまざと向き合うことを強制させられる気分になるからなのではないか、という気が致します。例えば、その状態で自画像などお描きになられれば、そういう気分はいやがおうにも高まってくるように推察致します。もし、そのような絵をお描きになっているのであるとすれば、絵を描くという行為は質問者様にとっては自傷行為のような辛い作業になるのではないか、と思います。

 と、すれば他の回答者様と言っていることは逆になりますが、質問者さまにとって自己分析を徹底することがよいことだとは私は必ずしも思えません。十分に辛すぎる現実を前に、自分の存在とむかあわなければならなくなっている質問者さまが、自己分析を推し進めるのは、むしろ自分を鞭打つ行為であるかのようにも思います。もちろん、哲学の森に分け入りたいのであればそれもいいかもしれませんが、それが質問者様の求めることではないように思えます。
 現在、質問者さまがおいくつであるかは、存じ上げません。どれほど辛い状況に置かれていらっしゃるのかも存じ上げませんので、以下の処方がどれだけ妥当なのかもわかりませんがいくつか思ったことを提示させていただきたいと思います。

1.「質問者さまが絶対的な何を求めているように見える。それは愚かである」という責めるような見方はいささか酷な答えのように存じます。質問者さまにとって自己を肯定し、価値付けるための枠組みが何もなく、しかもかつて強力に宗教的な意味によって世界を生きていた人であるのならば、それは致し方ないという気がします。虐待をされていたのならば、特に宗教は救いの物語として極めて有効に、強力に機能したことでしょう。よって、私は質問者さまは救われない状況にはあるが、けっして愚かではないように思います。

2.ただし、質問者さまが、今後、自分の価値づけるための世界観をさらっと得る、というのは読ませていただくと、すこし難しそうだとは思います。
 2a.一つの方法は社会的に自らが価値のある存在になるように努力する、ことですが、これは楽観的にそのことができる人と、気がついた時にはそういう可能性に諦めを付けたくなるような状態になっている人がいる、というのは悲しいながら事実だと思います。例えば、ドラッグでぼろぼろになった35歳以上の中卒の方が生きていくのはこの社会では至極困難なことだろうと思います。また、その他にも障害がなくとも、社会で生きづらい人というのはいろいろといらっしゃることは了解しているつもりです。そういう人にむかって「頑張れ」という言葉を無邪気に投げかける気は私は起きません。「夢を持て」だとかそんな話を40手前の人とか、あっけらかんにするのは、馬鹿げていると思っています。
 2b.もう一つの方法は、社会的な/他者からの価値付けを想定するのではなく、もう少し内的な快楽を得る手段を見いだすことが一つです。ただし、ドラッグやアルコールのような依存性の高い手段はとるべきではない。個人的には、徹底的にマンガオタクとか、ゲームオタク、映画オタクとかになることをおすすめしたいところですが……いままでのものを読ませていただくと、多分そちらはダメそうなので、スポーツとか、ダンスとかそういうもの方が質問者さまにはいいかもしれません。間抜けな回答に聞こえるかもしれませんが、マッサージめぐりとかをやってみるのもいいような気もします。芸術で感傷がわかなくとも、身体に直接訴えかける手段を取るのがよいのではないか、と。自分にとって、ある程度、コンスタントに悦楽を確保できる何かに時間を投じることができれば、それがまずはよいのではないか、という気がします。

*

 現実が辛い/さもしい/過酷であることの実態は、その現実の解釈を変えることによってしか対処できないように思います。「今を耐えれば、後においしい何かが待っていると思えるならば耐えられる」というのは現実を<試練>と見なす発想の典型ですが、これがおそらく質問者様には通用しない。となると、現実について、ある程度のわりきった諦めを持ちつつ、現実を生きるための何かしらの悦楽を確保する。社会的に質問者さまが価値があろうが、なかろうが関係ない。そして、そういう悦楽の手段を保ちつつ、過酷な現実を生き延びている自分を、自分で好きになれるかどうか。そういうことがとりあえずの手段であるように思います。

 ちなみに、僭越ながら、質問者さまのいままでのやりとりを多少読ませていただいて、ご自分では虚無感にさいなやまされているのかもしれませんが、何度も悩みを反芻しつきつめた意識をお持ち方だな、という気が致しました。私はそういう方はけっこう好きです。少なくとも凡庸なものとは少し違う、近くにいたら話を聞きたいと思えるような方だという感触を抱きました。

 以上、あまり考え無しの言い回しを書き走った形になってしまいましたが、何かしらの足しになりましたら幸いです。

 質問者様が対峙していらっしゃる事態に対してどれだけの意味を与えることのできる言葉になるかどうかはわかりませんが、あまり複雑になりすぎない程度答えさせていただきたいと思います。私自身にとっても、昔から何度も考えるこうした古典的なテーマを質問者さまの問いを通して、定期的に答えてみたくもあります。

0.これに答える私はある人から言わせればニヒリストだと言われる立場になります。ですが、私は自らをニヒリストだと考えません。現実にそれなりに不満を持ちながらも、人よりもそれなり以上に...続きを読む

Q恐怖の反対語って何ですか?

恐怖の反対語って何ですかね?反対語データベースにものってなかったので気になりました。快感ってのは聞いたことあるんですけどなんか違うような。。。。っていうか反対語はないのでしょうか?

Aベストアンサー

『A Dictionary Of Synonyms And Antonyms』(類語反語辞典)という本(英語)で、恐怖(fear)の反対語を調べてみましたが、十数種類の単語が並んでいました。
その中で、最もストレートな反対語は、fearlessness(恐れないこと。大胆)です。
文学的な表現なので、どの語が正しいというようなものはないのかもしれませんけどね。

参考URL:http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=fearless&search_history=%B6%B2%C9%DD&kind=je&kwassist=0&mode=0&ej.x=15&ej.y=10

Q哲学カテと宗教カテについての問答

 
問う人:
 一つ訊いてもえーか。

「人の道」:
 何でも訊いてみい。
 ここは質問し答えを出す場所や、なんにも遠慮は要らんのや。

問う人:
 あのなー、前から思うとったんやがなぜここには宗教カテがないんや。

「人の道」:
 それを不思議に思うのは当然や。
 他で聞いた話やが以前はここに宗教カテがあったらしい。
 しかしいつの頃からか宗教カテは消えて無くなったと聞いておる。
 そこで宗教カテの住民は行き場を失いこの哲学カテに流れ込んできたちゅー訳や。
 そのおかげで哲学カテはいま半分宗教漬けになってしもーたんや。

問う人:
 なぜ宗教カテは消えて無くなったんや。

「人の道」:
 それは少し勘を働かせば判ることや。

問う人:
 つまり宗教がらみの議論は問題が多すぎるちゅーことか。

「人の道」:
 そーや、問題が多すぎるんや。
 もし宗教が真理を探究するもんならそんな問題は起こらんのや。
 しかし宗教は真理を探究するもんではのーて漬かるもんや。
 漬かった人間ばかりが議論してもお互い争うばかりでろくな考えは生まれんのや。
 このことは宗教がこれまで世界に何をもたらしてきたか歴史を振り返れば容易に判ることや。

問う人:
 成る程なー、そうやって宗教カテは消えていったちゅー訳か。

「人の道」:
 そーや、漬かることばかりに明け暮れると結局そーなるんや。
 その経緯について詳しく知りたかったら皆にも訊いてみるとえー。

問う人:
 宗教カテが無くなったこと、皆はどー思うか聞かしてくれ。
 

 
問う人:
 一つ訊いてもえーか。

「人の道」:
 何でも訊いてみい。
 ここは質問し答えを出す場所や、なんにも遠慮は要らんのや。

問う人:
 あのなー、前から思うとったんやがなぜここには宗教カテがないんや。

「人の道」:
 それを不思議に思うのは当然や。
 他で聞いた話やが以前はここに宗教カテがあったらしい。
 しかしいつの頃からか宗教カテは消えて無くなったと聞いておる。
 そこで宗教カテの住民は行き場を失いこの哲学カテに流れ込んできたちゅー訳や。
 そのおかげで哲学カテはいま...続きを読む

Aベストアンサー

▼カテゴリー追加・削除のお知らせ [2000/12/21]
■カテゴリーの削除について

 「宗教」のカテゴリーを12月18日をもって、廃止させていただきました。会員の方から掲載内容についての問い合わせを頂くこともあり、オーケイウェブでは対応をしてきておりましたが、この度「宗教」のカテゴリーを維持していくことは困難であると判断させていただき、廃止を決定をさせていただきました。
 これまで、ご利用いただきました会員の皆様には、深くおわび申し上げますと共に何卒ご理解を頂けますようお願い致します。

http://web.archive.org/web/20010408034653/www.okweb.ne.jp/info.php3?view=info

Q反対語を教えてください

1. 「すでに」の反対語は?


2. 「整然」の反対語は?


教えてください

Aベストアンサー

>1番のすでにの反対語ですが、「いずれ」「さきに」の二択の場合は
>どちらでしょうか・・・・・?

時間軸で考えると分かり易いと思います。
”すでに”は、始まっているということなので今よりも前のことです。

”いずれ”はこれから始まるであろうことで今より先のことです。(起こる起こらないは別の話ですが)
”先に”は今の時点からすると先に始まっていることなので、正解は”いずれ”になります。

 今回はソシーラス使ってませんよ、エライエライ(自分で自分を誉めてます)

Qなぜ他のカテから逃避し、哲学カテにのみ引き籠もって

この哲学カテゴリーを興味深く拝見しています。
先日も、この哲学カテで、興味ある回答とそのお礼がありました。
以下は、ある常連の方が質問をし、それに対してある回答者の(1)回答と、その質問者の(2)お礼です、
(1)回答 <哲学ではなく物理や科学カテゴリーで質問するべきです。>
(2)回答へのお礼 <物理や科学の世界では権威ある法則が多くて 自由に考えられないのです。>
このカテで回答される人を見ていると、他の各種のカテに頻繁にお顔を出されている方もいます。しかし、上の例のように、この哲学カテの常連さんが、このカテにのみしか、質問されていない方がみうけられます。
なぜ、他のカテに参加しないのでしょうか? 哲学のみでなく、歴史・心理・国語・科学・物理・天体学など、関連カテが沢山あります。一つの問題を、哲学一種類のみのカテでなく、他の関連カテを利用して多面的に考察した方が、理解が深まる、と思います。(私は、他のカテにも参加されている方の方(ほう)が、説得がある回答をしているような気がします) 
なぜ、哲学カテにのみ引き籠もり、他流試合を避けているのでしょうか? 

この哲学カテゴリーを興味深く拝見しています。
先日も、この哲学カテで、興味ある回答とそのお礼がありました。
以下は、ある常連の方が質問をし、それに対してある回答者の(1)回答と、その質問者の(2)お礼です、
(1)回答 <哲学ではなく物理や科学カテゴリーで質問するべきです。>
(2)回答へのお礼 <物理や科学の世界では権威ある法則が多くて 自由に考えられないのです。>
このカテで回答される人を見ていると、他の各種のカテに頻繁にお顔を出されている方もいます。しかし、上の例のように、この哲学カ...続きを読む

Aベストアンサー

ご親切な「お礼」を毎回ありがたうございます。この質問ページの核心に迫つてくるのかと予想したのですが、拍子抜けです。

穏便にすませるつもりで一番回答をしたのですが、うまくいかなかつたやうです。

私は、他流試合などしなくても、自流試合がすばらしいと思つてゐます。左翼右翼のページに自作自演者が書いてゐますが、似た者同士のやうに見えます。右翼も左翼も、相手を見れば、自分の姿が見えてくるのではないかといふ気がしてゐます。なほ、右翼への正攻法は、逆効果です。左翼は、物の理に足が向かない人とばかり話して、いくらかでも物の理に関心がある私のほうが無視されるのは、寂しいものです。

>>各自、自分に相応しい手段・方法を持っているのですね。

このたびせつかく、おすすめいただきましたので、たまには物理学カテゴリにも投稿してみようと思ひます。

>>それらを少しでも齧っていれば、世の中の見方がもう少し変わっているだろう、
>>と嘆いています。

回答番号6に書いたことですが、知つてゐることも、知らないことも、ともにすばらしいことではないかと、考へてゐます。

>>両方とも日常に考える材料が転がっている、ということです。

さうしたことに興味をもつのが通常だとおもひます。私もふくめて。「素粒子」などといふものに真剣になる人は、どこか変です。益川敏英さんなど、その最たる人でせう。いかにもノーベル賞にふさはしい人物です。

ご親切な「お礼」を毎回ありがたうございます。この質問ページの核心に迫つてくるのかと予想したのですが、拍子抜けです。

穏便にすませるつもりで一番回答をしたのですが、うまくいかなかつたやうです。

私は、他流試合などしなくても、自流試合がすばらしいと思つてゐます。左翼右翼のページに自作自演者が書いてゐますが、似た者同士のやうに見えます。右翼も左翼も、相手を見れば、自分の姿が見えてくるのではないかといふ気がしてゐます。なほ、右翼への正攻法は、逆効果です。左翼は、物の理に足が向かな...続きを読む

Q中止の反対語は再開ではないようですが…

中止の反対語は継続や続行のようです。
では、再開の反対語はなにになるのでしょうか?

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>再開の反対語は?

再開の反対語は存在しない。あえて、候補を挙げれば<休止>。

Q虚無と向き合う

生きてると、その意味が感じられなくなって虚無と向き合うことがあって辛いですが、それよりも、同じように感じない、そんな話ができない他人に寂しくなります。
寂しくなりませんか・

Aベストアンサー

おそらく本物を望まれているのでしょう。なかなか本物に出会うことはできません。「3000年に一度咲く優曇華の花を見るがごとく」ですからね。孤独に絶えることも大切なことなのです。旅人が目的地に達するためには脇目も振らずに旅をしないと行き届かないということですね。しっかり学んで孤独の先を見出すことですね。

Qtrapの反対語ってなんですか?

trap(罠をかける)の反対語ってなんですか?

また、英語の反対語が載っているURLなどが
ありましたら、教えてください!

Aベストアンサー

(↓)ではtrapの反意語はみつかりませんでしたが。
ほかにも、音がにている単語、類義語なども調べられます。

参考URL:http://www.rhymezone.com/r/rhyme.cgi?

Q虚無感

虚無感

結局今までやってきたことは無意味なんじゃないんですか?
貨幣経済を否定するわけにもいかないので、トリビアがふえただけで、へぇとも言われず…。

実は知識は役に立たないのでは?

Aベストアンサー

> 親や親戚に馬鹿にされて陰口言われてつらいから、身分が欲しいって言ってるでしょう。何で病気にもなってこんなに苦しんでるのに精神異常者や怠け者として扱われないといけないのさ

 ご心象害されましたなら、深くお詫び申し上げます。

 単に、“虚無感”、“生への渇望感の欠如”。これらから、勝手に“欝状態”と判断した次第でございます。ですが、診療内科での診察を強くお薦めいたします。

 残念ながら、現在では、弁護士含め、以前では高嶺の花として特権階級の地位・身分にあったものも、規制緩和等により、ほぼそのステータスを失っています。
ソース:http://news.ameba.jp/domestic/2008/03/11590.html 

 つまり、年配者の側から価値があったとみなされていたものは、今ではもうなくなっているということでございます。

 では、なぜご質問者様が親御様含め、ご親戚にも馬鹿にされるかでございますが、以下の3点(4点)が考えられます。

(1)地位(身分・肩書き)があれば、世間体がよくなる。逆に申しますと、地位がなければ、世間体が悪くなります。
(2)自分たちの経験則上、自分たちに従った生き方をすれば大丈夫だという“幻想”。
(3)平和ボケ。
(4)その他、悪人情等です。

 1番目の項目に関しましては、説明は不要かと思われます。

 2番目の項目につきましては、以前、つまり、不動産バブルが弾ける前までは、基本的には、右肩上がりでした。すなわち、その過去の経験則が今も根強く残っているということです。因みに、未だに、愚生も幾度と無く言われています。「給料はいつあがるのか?」、「もっといい就職先がないのか?」等です。

 「だったら、自分たちが作ったこの国の借金をどうにかしてから文句を言ってくれ!」 といいたくもなりますが、抑えています。はっきり申しまして、辟易しております。

 3番目につきましては、もし、平和ではない緊急時だとします。かような場合、地位なんて(金も含めて)関係ありません。また人様のことなんて心配している余裕もありません(親御様は心配されるでしょうけれど)。

 ご参考になれば、幸いでございます。

> 親や親戚に馬鹿にされて陰口言われてつらいから、身分が欲しいって言ってるでしょう。何で病気にもなってこんなに苦しんでるのに精神異常者や怠け者として扱われないといけないのさ

 ご心象害されましたなら、深くお詫び申し上げます。

 単に、“虚無感”、“生への渇望感の欠如”。これらから、勝手に“欝状態”と判断した次第でございます。ですが、診療内科での診察を強くお薦めいたします。

 残念ながら、現在では、弁護士含め、以前では高嶺の花として特権階級の地位・身分にあったものも、規制緩和...続きを読む


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