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こんばんわ。

昔のカメラを一杯持っていますが、最近デジタルカメラがすごい勢いで出てきているので気になっています。
そこで、詳しい方に教えてもらいたいのです。
機能的には、アナログカメラのオプション類を一杯つけたすごい高機能ですが、電池の寿命が短い。部品の保有期間が短い。ということは、将来は使い捨て?と思ってしまうわけです。

今もっているカメラは、50年経ってもまだ現役で使えています。
こう考えるとどうなんでしょうか。価値があるのでしょうか。
割り切って使い捨ての道具として使うべきなのでしょうか。
御意見をお願いします。

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A 回答 (11件中1~10件)

 ryuuha-rosuさん こんばんは



 フィルムを使うカメラと現在のデジカメとの違いは色々有るのですが、一番の違いは「受光帯(フィルムを使うカメラで言えば「フィルム」・デジカメで言えば「センサー」)を交換出来るかどうかです。ですから例えば50年前のカメラであっても最新の高性能フィルムを使えば50年前当時に撮影した写真とは一味も二味も違う綺麗な色合いの写真が撮影出来ます。ところでデジカメの場合は現状ではセンサーが交換できませんから、10年後・20年後と言う事を考えても製造された時と同じ色合いの画像しか撮影出来ないんです。これが一番の違いだと思います。

 もし50年後や100年後でも現在のデジカメの部品が存在するのであれば、修理し続けれは使う事は可能でしょう。しかし50年・100年と言う長い年月でなくても高々10年と言う先の事を考えただけでもセンサーや映像エンジンの性能は現在のデジカメより高性能になっていると思います。と言う事を考えると、カメラの基本的な機能(例えばAF・各種AE機能・シャッター速度等)に一切変化が無くても、10年後のデジカメで撮影した画像と現在(2007年)のデジカメで撮影した画像とは、画質等が格段に違っていて当たり前です。これはセンサーや映像エンジンの性能差から来る物です。と言う事を考えると、センサーや映像エンジンの交換が出来ない現在のデジカメは、画質と言う意味での高性能を追求するならある意味「使い捨て」なんだと思います。

 ところで今のフィルムが規格化しているのと同様にセンサーや映像エンジンのチップが大きさ・端子等全て規格化されて交換出来る様になれば、デジカメも「使い捨て」の時代から壊れなければ長期間使えるカメラへと変貌すると思います。現在コダックの○○と言うフィルムを使ったら云々・フジのXXと言うフィルムを使ったら云々と言う議論が一部ではされていますが、それと同様にコダック製のセンサーを使ったら云々・ソニー製のセンサーを使ったら云々・キヤノン製の映像エンジンを使ったら云々・ニコン製の映像エンジンを使ったら云々のと言う談義がカメラ雑誌上で賑わう様になると思います。もしそう言う時代が来るのであれば、今のフィルムカメラ同様に50年・100年後でも現役で使えるデジカメになると私は考えています。そう言う意味で、現在はある意味「使い捨て」のデジカメですけど、将来は「何時までも現役」なデジカメが登場す事を期待しています。そう言う時代が来るのは何時の事なんでしょうね。
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この回答へのお礼

面白いですね。センサーやCCDが交換できれば楽しそうですね。しかし、今のデジカメの筐体で何年持つでしょうか?ニコンFやキャノンF-1ぐらいの強さが欲しいですね。ありがとうございます。

お礼日時:2007/11/09 23:01

No5です。


>もうギャラリーを借りて個展を開くという時代ではないのですね。
そんな人は写真人口の果たして何%でしょう。
割り切って「表現領域」を広げる道具と断ったのですが・・・。
>写真とネットでずらっと並んだ写真では大きな違いがるような
>気がしますが、時代遅れでしょうか?
時代遅れとは言いませんが、作品の価値はパネルにしなくても
額装しなくても良い物は良い筈ですが、埋もれた名作を発見する
楽しみもあります。
大きさで言えばネット上でも1280pixel位で見せてもらえば4ツ切り
サイズです。
機械式カメラウンヌンで言えば、所詮道具は道具です。
写真の表現上は全く関係が無い筈です。機械式で撮影したから
良い写真が撮れる保障があるならプロはまだ機械式カメラで
撮影していることでしょう。
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この回答へのお礼

当分今のままで行き、時計のスプリングドライブみたいな機構のデジカメが出たら飛びついてみますか。
所詮道具ですね。
いろんなフィルムを使い、いろんな現像液を使い組合せで楽しんできたのでまた、デジタルという組合せを楽しんでみます。
ありがとうございます。

お礼日時:2007/11/09 22:57

Ano3です。



私の場合、カメラのレストアも趣味にしてるのですが、
写真としてならデジタルもフィルムも
「表現をする道具」としては、同等なのですが、
造形美とすれば機械式カメラでしょうね。

でもよく機械式は、治せるからって言いますけど
なかなかこれがまた難しいのですよ^^;

50年で現役ということは、しっかりメンテナンスされてるのでしょうね

うちで一番古いのは、第一光学 ゼノビアフレックスかな

よく出来てるカメラです。

レンズシャッター式も修理するのは楽しいですね♪

フィルムがなくなっても空シャッター切るのも楽しいですから

私もはじめは、あんまりデジタルのことが好きになれなかったのですが、
使わずにとやかく言うのもと思い使ってみましたが、これはこれでありです。

でも機械ですからね

形あるものは、いつかは壊れます。

壊れるまでどう付き合うかが問題だとおもうのですけどね・・・

使ってあげなければ機械は、かわいそうだと思いますよ。

でも中判のポジをみるとデジタルってなんだかなって思うのも

事実かな^^;
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この回答へのお礼

レストアができるというのは、すごいですね。
私なんぞは、ミノルタのコンパクトタイプのAFですら壊れたから部品取りしようとジャンク品を買ってきても直しきれません。
しかし、昭和30年ごろのミノルタオートコードを2台まだ残っていますが、十分使えます。キャノンIVSbとミノルタ35は、人に譲ってしまいましたがおそらくまだ現役で使えるでしょう。みんな個性があって無骨で面白いですよね。再度ありがとうございます。

お礼日時:2007/11/09 22:50

市場からは姿を消してしまいましたが、電子式のアナログカメラもありました。

ソニーの「マビカ」という商品が有名でしたね。フィルムカメラ=アナログカメラではありませんので・・

さて本題。フィルム式のカメラと言っても、AF一眼が現れた頃から、制御関係の電子化が進み「電池なければただの箱」と言われてましたから

>電池の寿命が短い。部品の保有期間が短い。ということは、将来は使い捨て?

という状況は、1970年代後半のフィルムカメラから始まっています。コンパクトクラスのフィルムカメラならもっと前からですね。

ですから50年も現役で使えるカメラは、極一部の例外を除いて、今から20~30年前にはほとんど絶滅してます。デジカメ時代になって始まった事ではありまえん。私は、40歳を超えてますが、小学生時代にカメラを始めた頃から、コンパクトではそういうカメラが主流で、自分で稼いだ金で一眼レフが買えるようになった、大学の頃には一眼レフも「電池なければただの箱」全盛時代でした。ご質問者のような疑問というか、意見は1980年代に機械式カメラが急速に電子式カメラにシフトしていった時代に、カメラマニアの間で熱く論じられ、それは以来、今に至ってます。

ですから、言われているような「デジカメ」になったから使い捨てという印象は持っていません。カメラは古くなったら使えないものだと思ってます。

批判があることは承知の上で、ざっくりと分けてしまうと、カメラという機械を愛するのか、画像という結果を愛するのかという価値感の問題ですから、100人居れば100人の考えがあるのでしょうね。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。同世代の方ですね。私の学生時代は、みんな電池式のカメラを避けていました。その頃に集めたカメラが主流ですので未だに使えます。おっしゃるようにそれ以降のコンパクトカメラは、デジカメでないですがただの箱化しております。

お礼日時:2007/11/09 00:02

クラシックカメラには「ベスト判」というサイズがあるんですが、


このサイズのフィルムは今現在入手不能なんですよね。でも、その
カメラを使いたい人たちは、既存のフィルムをカッターで切って
使う・・・なんて言うすごいことをやっています。

機械にほれ込む人たちは、フィルムが無くなったら自分で作る、
位のことをすると思いますよ。多分アナログレコードの針のように
1社くらいはフィルムを継続して作る会社も残ると思いますし。

銀塩カメラは機械式の時計のように、それ自体が美しい工芸品です。
ですので、「写真」そのものを撮る機械が全面的にデジタルになった
としても、無くなることはないと私は思っていますけど。
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この回答へのお礼

そうですね。私も8×10のカメラを1台持っていますが、フィルムが手に入らないためまだ1枚も取ったことがありません。2眼レフは結構活躍しますけどね。ありがとうございます。

お礼日時:2007/11/08 23:58

既出の回答に同意見です。



銀塩カメラの場合は、フイルムと印画紙(乳剤)、処理廃液の、
環境問題・環境負荷、材料価格高騰などが気になりますね。

感光剤で、「無害なもの、廃液が出ないもの」が開発されないと、
プロユースはともかく、
アマチュアユースは、煙草の煙みたいに悪者にされそうです。

映画など、同じような原理媒体を、
大量に使う業界があればまだ続きそうですが、
昨今のハイビジョン映像を見ると、
映画もゆくゆくはVTR化しそうです。

ちょっと寂しい気もしますが、
仕方が無いでしょうね。
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この回答へのお礼

時代の流れですかね。
デジカメも35万画素時代から当時175万画素の一眼レフも使いましたが、あまりピンと来ないので、今は、200万画素の小型のみ残っています。一眼レフは、どうしようかな?という状態です。ありがとうございます。

お礼日時:2007/11/08 23:56

現状を考えれば使い捨て?でしょうね。

とてもとても50年なんて
持ちません。しかし、昔(つい5~6年前)と写真の表現方法が
違って来ています。今や一般人が撮影した写真をネット経由で
作品としてドンドン発表しています。より表現する道具として
カメラが昔より使われています。
アナログカメラも存在するし中判、35mm(僅かですが)があります
から住み分けは出来るんじゃないでしょうか。
>割り切って使い捨ての道具として使うべきなのでしょうか。
割り切って「表現領域」を広げる道具でしょう。
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この回答へのお礼

もうギャラリーを借りて個展を開くという時代ではないのですね。
でも、手焼きで1枚1枚仕上げてパネル張りしてスポッティングした写真とネットでずらっと並んだ写真では大きな違いがるような気がしますが、時代遅れでしょうか?
ありがとうございます。

お礼日時:2007/11/08 23:53

メカニカルカメラとデジタルカメラのお話は、ゼンマイ式腕時計と水晶発信式腕時計に似ていますね。


1970年代前半にお目見えした水晶発信式腕時計は、瞬く間に普及し、1980年代中盤までは、機械式腕時計メーカーは氷河期でした。
水晶発信式時計は、その絶対的な精度と機械式時計には実現不可能な機能を、いとも簡単に実現しました。
1970年前半から15年間で、世界中のたくさんの時計メーカーが潰れました。
それでも、機械式時計は生き残りました。
絶対的な生産量では、水晶発信式時計の圧勝です。
それでも、機械式時計は多くの人々に愛され、一つのジャンルとして新たな機械が生まれています。

デジタルカメラが一般的に普及したのが2000年頃からです。
2015年頃には、また、フィルムカメラが趣味の一つのジャンルとして、復活してくるのではないかと私は考えています。
クラシックカメラは、手のひらの中で転がすだけで、酒が旨く飲めます。
デジタルカメラは、酒の相手にならないのがその理由です。
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この回答へのお礼

いいお話ですね。
セイコーのグランドセイコーのスプリングドライブ張りのデジカメが出てくるのを期待したいですね。
美味しいお酒が飲めそうなお話ありがとうございます。

お礼日時:2007/11/08 23:49

一長一短でしょうか



フィルムに比べて良い面もあれば悪い面も

デジタルカメラは、長い目で見ての使い捨てでしょうけど

それは機械式も同じ

寿命は、ものすごく違いますけど^^;

ただフィルムは、印画紙、薬品、最も重要なフィルム・・・

生産がなくなれば機械式も使えなくなります^^;

私も半世紀たつカメラとかありますよ^^

だた金属磨耗した部品の為、ちょっと癖が出てきていますけど
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この回答へのお礼

同じといえば同じかもしれませんが、7年と50年では大きな差があるような気がします。癖は大いに結構ですね。ありがとうございます。

お礼日時:2007/11/08 23:46

フィルム交換できるかどうか が大きいと思います。





50年前のカメラということは、マニュアルで機械式のタイプでしょうか?(バッテリー駆動しない)
単純な機械部品の塊と、デジタルカメラのような電子部品の塊では耐久年数の違いも有りますし、電子部品だとどうしても過去の規格は忘れ去られる可能性も秘めています。

銀塩(フィルム式)カメラは歴史も長く、機械としては熟成している感がありますので、基本的構造は変わらず、電子化、コスト優先、精度優先、使いやすさ優先、などの方向で進歩しています。
画質にはカメラそのものの性能も関与はしますが、フィルムそのものの性能も大きく関与してきますよね
フィルムだけを見た場合はある程度まで熟成されてきているとは言え、各社研究されていますので未だに進歩しています。

それに対して、フィルムの代わりになるCCDはカメラの一部として内蔵されています
ですから、
デジタルカメラのCCD(フィルム)が進歩する = 本体そのものを買い換える
という弱点が存在します


つまり、銀塩式を50年使い続けられるのには、「フィルム交換」 というデジタルカメラには真似のできない構造を持っているからです。
その一方でデジタルカメラは長い写真文化の中ではまだまだ出始めたばかりです
・未発達の技術の塊であること。
・フィルムに相当するCCDが交換不可であること。
・電子部品を多くつかうため部品寿命が短め
これらが、古い技術のデジタルカメラは「使い物にならない」という印象を与えているのではないでしょうか?


将来的にデジタルカメラがある程度熟成されて落ち着いたとしても、どうしても電子部品や内部的なプログラム、パソコンとの連携を考えた場合、陳腐化する時はやってくるものだと思います。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。そうなんです。メーカーの部品保有期間が、製造中止後7年ぐらいで、アナログのように作るということがほぼ不可能なため本当に使えないただの箱になってしまうのが嫌なのです。
時計も同じで、一杯持っていますが、電池が切れてそのままのものが10本ほど寂しく仕舞われています。いつも持っているのは、自動巻きや手巻きばかりです。

お礼日時:2007/11/08 23:44

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