出産前後の痔にはご注意!

タイトルのとおりで、日本人(東洋人)と西欧人の自然観の共通点と違いは何なのかがわからないので、知識のあるかた教えてください。よろしくお願いします。

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A 回答 (5件)

相違点は、東洋人は仏教の影響で、行けるもの全てが仏であるという考え方をします。

また、日本人の場合は特に、仏教が入ってくる前の神道のアニミズム的感覚が残っており、自然のありとあらゆる場所に神が宿っていると考えます。これは、自然との共生や環境問題に対応するには適した思考法ですが、日本で被差別部落ができた理由のひとつに、殺生を嫌う仏教と血をけがれと見なす神道の影響により、屠殺や皮加工を下層民に押し付けるという構造が出来上がってしまったことも見逃せません。

西洋人は、人間は神の似姿に作られた特別な存在であって、世の中の生き物を自分のために利用する権利があるという考え方をします。特にキリスト教は、ユダヤ教の厳格な食のタブーを受け継がなかったため、ありとあらゆる動植物を自分たちの生活のために、征服し利用することを正当化するものとなりました。進化論が初めてダーウィンにより提唱された時、世間からの反発は非常に強く、ヨーロッパには猿がいないという事情もあって、進化論が科学として受け入れられるまで時間がかかりました。今でも、アメリカは、進化論を認めず、人間や動物は神に創造されたのだと信じている人が1000万人単位でいるという、恐ろしい世界です。(実際に猿を見慣れている東洋人からすれば、あれが人類と同じグループの動物であることは、明らかです)

西洋と東洋の共通点としては、自然とは自然環境のことだけをいうのではなく、人間の体の中は、内なる自然であるという考え方があります。西洋ではトイレに行くことを、自然が私を呼んでいる、と言ったりします。また、英語のNatureは自然だけではなく、物事の本性という意味があって、人間の本質とは何であるかをめぐる法学理論が自然法と呼ばれているわけです(他のヨーロッパ語でも同じです)。東洋の場合、中華料理にあるように医食同源の考え方があって、自然をいかに体内に取り込み、体内の自然環境をいかに正常に保つかが医学の本質であるという考え方をします(西洋医学と違い、中国の医学は治療ではなく予防が本質です。伝統的には、患者は普段から医者に金を払って健康にかんするコンサルティングを行ってもらうのですが、万が一、病気になってしまったら、それは医者の見逃しが原因であるという考えによって、医者から患者に金が返ってきます)。

ちなみに、中国の薬学や針灸学は日本にも影響を及ぼしているほか、盲目の人の専門職として針灸が位置づけられるという習慣が江戸時代には定着していたため、盲目の人の社会進出という点では、日本はヨーロッパの国より、はるかにすすんでいます。ヨーロッパ旅行中に、プラットフォームや道路の黄色いデコボコマークや、ひとりで棒を操りながら歩いている人を見かけたことは一度もありません。知人のドイツ人によると、盲目の人が外で事故に合うと、「ひとりで外出するほうが悪い」と言われるのが普通だそうです。
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この回答へのお礼

詳しくわかりやすい回答、ありがとうございます。
とても勉強になります。

お礼日時:2007/12/01 20:13

やはり共通するのは、自然の背後には、「神」や「仏」と言った超越した存在がいるのを認めている点です。

違いは、東洋では、自然と人は共存しようといった考えですが、西洋では、自然は、征服するものであると考えられているようです。(モーゼ書第7,8の書では人が神を使役する呪術が載っています。)※この書は15世紀の「カルケドン公会議」に縁って異端とされ聖書の編纂時に削除されました。
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 あまり参考になるかはわからないのですが、手始めとしてワーズワースの詩(とくに「ルーシー詩編」など)を読んだり、フランク・ロイド・ライトの建築を見たりすることをお勧めします。

ワーズワースもフランク・ロイド・ライトも自然を愛した人々ですが、彼らの作った芸術作品を見ていると欧米人と東洋人の自然観はどこが違っており、どこが似ているのかなんとなく感性で理解する助けになるのでは…と思います。自然観にも個人個人でかなり違いがあるので言葉ではなかなか説明しづらいところですが、百聞は一見にしかずということで…下にライトの代表作「落水荘」のサイトを貼っておきます。

 なお、共通点ということでは、アッシジの聖フランチェスコはエコロジーの守護聖人などと言われており、小鳥と話せたなどの逸話に事欠かず、西洋の著名人の中では比較的東洋人にもわかりやすい自然観を持っていたのでは…という気がします。下にウィキペディアのリンクを貼っておきます。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%83% …

参考URL:http://homepage2.nifty.com/y-structure/sub-photo …
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難しいことはわかりませんが、身近な簡単な例では、


日本人は、虫の音を聞くと秋を感じ情緒があるなぁと感慨にふけりますが、西洋人には単なる「雑音」にしか聞こえないんだそうです。
「風流」と言う言葉が通じないのかなと思います。
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一般的にいうと、


東洋的には「人間も自然の一部」よって人間と自然は共生する。
西洋的には「人間と自然は対立しあう」よって快適に暮らすには自然を征服する。
もともと西洋にも東洋的な考えがあったんですが、ルネサンス以降“モノ”を客観的に観察する。という考えが主流になり人間(主体)と自然(客体)を分けて考えるようになったんですね。キリスト教的な自然は神様からの贈り物という考え方と相まって、このような自然観が形成されたのでしょう。

共通点は難しいですね。今風に言えば「限りある資源を有効に使いましょう」とか「(動物の)命を大切にしましょう」なるのですかね・・・
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
参考にさせていただきます。

お礼日時:2007/12/01 20:09

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Q西洋での自然観について

『近代科学を超えて』村上陽一郎著 での一節で気になる記述があります。

(Z会 現国問題集より抜粋)
西洋的発想に立てば、人間も自然の一部(被造物)である以上、人間の営みだけを人為として自然から切り離すことを不自然と受け取るー (中略) ー 日本や東洋に対して、機能としての両者(注1)の本質を、後者(注2)よりも融合的に見なす、というのはパラドキシカルかもしれないが、ー
(注1)「両者」は自然と人間を指します。
(注2)「後者」は日本や東洋を指します。

質問なのですが、西欧では本当に人間も自然の一部または自然そのものとして考えられているのでしょうか? 旧約聖書では神は人に対して「地上の全てを人に支配させよう」というようなことを言ったのではなかったでしょうか? ですので人と自然を同一視するはずがないと思えます。

人が自然の範疇内であれば、自然という言葉には勝手に変化する意味合いもあり、それはまるで地球を遠くから眺めた時にあたかも人を微生物のように見るという印象を受けます。つまり人を自然に組み込むと結局は人間不在の考え方になるかと。

被造物すなわち自然、という定義もどうかと思います。

詳しい方のご意見をお待ちしております。

『近代科学を超えて』村上陽一郎著 での一節で気になる記述があります。

(Z会 現国問題集より抜粋)
西洋的発想に立てば、人間も自然の一部(被造物)である以上、人間の営みだけを人為として自然から切り離すことを不自然と受け取るー (中略) ー 日本や東洋に対して、機能としての両者(注1)の本質を、後者(注2)よりも融合的に見なす、というのはパラドキシカルかもしれないが、ー
(注1)「両者」は自然と人間を指します。
(注2)「後者」は日本や東洋を指します。

質問なのですが、西欧では本当に人間も自然の一部...続きを読む

Aベストアンサー

>質問なのですが、西欧では本当に人間も自然の一部または自然そのものとして考えられているのでしょうか?


概ね、質問者さんの認識で正しいです。
この作者の言い分は誤りです。(一文しか読んでいないので、真意は他にあるかもしれませんが。)



欧米人の自然観は、「神が地球を作った。その地球の自然を管理するために人間を作り、人間にその職務を委任した。そして、その労力の対価として牛を食する権利を認めた。」


これが、欧米人の自然観です。


自然は、目下の存在で「管理する対象」に過ぎません。



一方、日本人は「頂きます」という食事の言葉が代表するように、いただきますの意味は、「自然の命を頂きます」という意味です。日本人は太古から、自然とともに生き生かされているという自然観を持っています。

よく、映画で欧米人の食事の挨拶で十字を切る光景を目にしますが、あれに「自然の命を頂く」という意味は一切ありません。そもそも、あんな事やっているのは映画の中だけで、実際の欧米人の食事は「何も合言葉(十字を切るなどの決まり文句)を言わないで、勝手に食べる」が主です。





日本人の「人間も自然の一部」とは、自然は偉大で崇高であり、大地震や大嵐は人間に太刀打ちできないほどの力を持っている。そして、自然の中に生き生かされている。人間は自然の一部なのだ。と言う価値観ですが、


欧米人の「人間も自然の一部」とは、管理している庭が荒れたら住みづらくなるし、住めなくなったら、死ぬかも知れない。だから、問題があったら改善しなければならない。自然(庭)と人間は一心同体といっても過言ではない。と言う人間中心主義の価値観に過ぎません。

根本的に、意味が違います。



この作者は、カトリック教徒みたいですが、根本的に「人間も自然の一部」の意味を違って言っている可能性があります。

>質問なのですが、西欧では本当に人間も自然の一部または自然そのものとして考えられているのでしょうか?


概ね、質問者さんの認識で正しいです。
この作者の言い分は誤りです。(一文しか読んでいないので、真意は他にあるかもしれませんが。)



欧米人の自然観は、「神が地球を作った。その地球の自然を管理するために人間を作り、人間にその職務を委任した。そして、その労力の対価として牛を食する権利を認めた。」


これが、欧米人の自然観です。


自然は、目下の存在で「管理する対象」に過ぎません...続きを読む

Q東洋人と西洋人の考え方の違いが行動に表れる場面

かなり大雑把に一般化されて、
東洋人が周囲との協調性を重んじて行動をとるのに対して
西洋人は個人主義性が強い
といわれることがありますが、
実際にその価値観の違いが現れるような場面(状況)にはどのようなものがあるでしょうか。

ある共通の状況に対して両者がとる行動の違いを具体的に挙げた文章を書きたいと思っています。
もしよろしければ、体験等をお聞かせください。


ちなみに、自分は海外経験や外国人との交流経験に乏しく、
英国に行ったときに、同じ気温にもかかわらず半袖を着ている人と長袖を着込んでいる人が半々、街を歩いているという状況にびっくりした、というくらいしか思い浮かばず困っています。
(日本人がいっせいに長袖を着たりするのは協調性というよりは、同じ民族だから温度に対する感じ方が同じというだけかもしれませんが↑
例えばこれをファッションにしてみたほうが適切かもしれませんね^^;)

個人主義ー集団主義 の認識の違いから生じたトラブルや、面白いとおもったエピソードをお聞かせください。

Aベストアンサー

アメリカ在住です。

こちらでも、質問者様の言うように、コートを着ている人もいれば半袖で歩いている人がいたりもします。自分が心地よければ良いということですね。

私の住んでいるところは寒いので、冬に日本に帰ったら東京の気温が温かく感じました。ですからコートを着ないで外出しようとしたところ、母親に「真冬にコートも着ないで歩いてたら変な人だと思われるから、コート着ていきなさい」といわれました。日本はやはり、周りと同じ行動しないといけないんだなーと思いました。(私はべつに変な人と思われても構わないのですけどね。笑)

あとちょっと違うかもしれませんが、個人的に面白いなーと思ったのは「刃物の使い方」。日本だと、たとえばナイフでりんごを剥くときは、刃を自分に向けますよね?他人に刃を向けるのは失礼だし危険なので。アメリカだと逆で、自分に向けると自分を切ってしまう危険性があるので、外を向けるようにと教育されています。

個人主義が悪いほうに影響している例として、日本でリサイクル運動がどんどん進む中、アメリカではまだゴミの分別さえ行われていないことですね。「子供たちのために」とか「国の将来のために」という意識が弱いです。自分が都合の良いように行動する場合が多いのです。ですから、ゴミ分別など面倒なだけで自分に直接的利益のないことはしない。という傾向が目立ちますね。それを強制しない政治家や自治体にも問題ありますが。もちろん、そうでない方もいますけどね。募金やボランティア活動に積極的に参加している人も多いですし。

とりあえずこんなところで。また思いついたら書きますね。

アメリカ在住です。

こちらでも、質問者様の言うように、コートを着ている人もいれば半袖で歩いている人がいたりもします。自分が心地よければ良いということですね。

私の住んでいるところは寒いので、冬に日本に帰ったら東京の気温が温かく感じました。ですからコートを着ないで外出しようとしたところ、母親に「真冬にコートも着ないで歩いてたら変な人だと思われるから、コート着ていきなさい」といわれました。日本はやはり、周りと同じ行動しないといけないんだなーと思いました。(私はべつに変な人...続きを読む

Q年齢確認が甘い居酒屋チェーン店

20歳をとっくに超えているのですが同い年の友人と居酒屋に行ったりするとたまに年齢確認をされます。
まだ未成年だった時はなんにもなかったのに…。
最近は厳しいのでしょうか。
しかし私は証明する物を持っていません。
免許もなければフリーターなので社員書もなし。
パスポートもありません。
なので口頭で生年月日を言えば通してくれる居酒屋ってどこですか?
甘い店を教えて下さい!

Aベストアンサー

最近確認が厳しいですよね…
私も、よく聞かれるんですが同じく運転免許持ってないし、
パスポートや保険証持ち歩くのも怖いので病院の診察券持ち歩いてます。

生年月日書いてるので、居酒屋チェーンとかならこれでOKですよ♪

直接の回答でなくてごめんなさい。

Q昔の日本と西洋の住宅の違いについて

昔、日本の住宅は木造、西洋の住宅は石造が多く、この違いについて原因はどうしてかを教えてください。

Aベストアンサー

地震は関係ないと思いますね。地震のない地方でも木造が発達してもおかしくないはずですし、メキシコなどは地震が多いのに木造が主流ではないですよね?
たぶん、古代の習慣からではないでしょうか。

ラスコー洞窟の壁画など古代欧人は石に囲まれた洞窟で生活していた。それで石造建築が発達した。

古代日本では縦穴式住居で木や草で覆いをかけた住居だった。それが木造建築に発展した。

今でも、中央アジアのパオや東南アジアの住居などモンゴロイド系の家は木を組んで皮や草をかけたものが多いですよね。

以上、私見ですが。

Q東洋思想と西洋思想の違い

東洋思想と西洋思想の違いはなんだと思いますか。東洋思想はヨーガ、ヒンドゥー教、仏教、道教、儒教など
が根本だと思います。一方西洋思想はキリスト教、ユダヤ教が根本だと思っています。
東洋思想は仏教の空の思想に代表されるように
「一元論的」、「相対的」だと思います。
一方西洋哲学は一神教の思想に代表されるように
「二元論的」、「絶対的」といえるのではないかと
思います。
世界に二つ対照的な文化の流れがあるのはなぜでしょうか。それでは

Aベストアンサー

意外かも知れませんが、まず「腸の長さ」があると思います。


中東~欧米人の狩猟民族と、アジア系の農耕民族では腸の長さが違うんです。
さらに消化酵素にも差があります。

ちなみに肉食が主だと攻撃的、能動的、体臭がきつい、瞬発力にすぐれ持久力が無い・・・等の特徴があるんです。

もちろんアジア系も残忍なことをする人が沢山いますし、逆に、欧米人にも温厚な人がたくさんいると思いますが、やはり欧米人のほうが食文化的に感情的に走り、暴力に訴えることが多かったのだと思います。

そうすると、必然的に、それを抑圧しようとする動きも出て来ますので、「悪いことをすると警察に掴まるよ!」的な脅し、警告の意味もかねて、宗教的に「地獄に落ちるぞ」とか絶対的な神を置いたのではないかと思います。


つまり、絶対的な存在という【脅し効果】によって、人々の行動を抑制、統制しようという歴史、民族的な背景があったのではないかと推測します。




これに対して農耕民族は、穀物が生育するに適した、比較的温暖な気候の中で育っているということですから、肉食文化とは違う性質を持っているんだと思います。

欧米人とアジア人の、体格をみても一目瞭然ですよね。
あれはつまり食文化の違いです。


そんな風土、環境の中ですから、インドのヨガ(歴史5000年以上とも言われています)、中国の気功(3000年以上?)のような内省的なものが生まれたんだと思います。
だから、これらは欧米人から見たら「東洋の神秘」と言われるのではないでしょうか?
彼らには理解不可能な価値観だったのかも知れません。


そんな中で誕生したのが仏教なんだと思います。

「アレが在って、コレが在る」(縁起説)
例えば、「光」が在るから、「眼」が在るんです。
だって、光の届かない深海の生物には、眼が無いんです。

と、いうことは、この世のもの全てが相互依存的な条件で成り立っているということですから、おのおのに「本質」というものが無いということになります。
これが「空の思想」です。(「空」とは「欠けている」という意味です)

また、相互依存的な条件で生じているんですから、
逆説的に相互依存的な条件で滅しもするんです。
生まれるという性質を持つものは、同時に死ぬという性質も持っているんです。(諸行無常)


本当の仏教は宗教では無いんです。
論理的、合理的な真理・真実を述べているだけです。

アジア人がこういう論理的、合理的な知識を受容できるだけの気候風土に恵まれていたのかも知れません。


まるで憶測と偏見に満ちた回答ですが、遠からずだと思います^^

意外かも知れませんが、まず「腸の長さ」があると思います。


中東~欧米人の狩猟民族と、アジア系の農耕民族では腸の長さが違うんです。
さらに消化酵素にも差があります。

ちなみに肉食が主だと攻撃的、能動的、体臭がきつい、瞬発力にすぐれ持久力が無い・・・等の特徴があるんです。

もちろんアジア系も残忍なことをする人が沢山いますし、逆に、欧米人にも温厚な人がたくさんいると思いますが、やはり欧米人のほうが食文化的に感情的に走り、暴力に訴えることが多かったのだと思います。

そう...続きを読む

Q羅生門の段落分けについて

友人と芥川龍之介の羅生門の読み比べをしています。
「ある日の暮れ方のことである・・・~下人の行方は、誰も知らない。」とどなたもご存知だと思いますが、友人が4つの段落に分類できるんだけど分かる?と聞いてきました。ですが、私はセンスが無いせいかただ読んではいるもののわかりません。もし、わかる方いらっしゃいましたら、段落の始まりの部分でもけっこうですので教えて頂けませんでしょうか?文学に興味を持ち始めたものの、センスの無さを痛感しております。

Aベストアンサー

「羅生門」の段落分けは、何を定義とするかによって異なってきます。4段落に分ける場合は、「場面」設定によるとすることが多いのです。

第1段落・・衰微した都と「羅生門」の下で雨やみを待っている下人。
第2段落・・羅生門の楼上に出るはしごの上で、老婆の様子を窺っている下人。
第3段落・・楼上に飛び上がり、老婆と格闘、そして老婆の考えを聞く下人。
第4段落・・下人の去った後、外を覗いている老婆。
となります。ですから、あなたが分けた1・2・4段落の通りになります。すると、第3段落は、下人がはしご段を駆け上がる部分からになります。つまり「そこで、下人は・・・」が答えとなります。

内容で分けると、上の第1段落は、「羅生門」の場面設定をした部分と、下人が現在の窮状に迷っている部分の二つに分けられます。
また、第3段落も老婆を格闘の末取り押さえた後、老婆の考えを聞く部分と、新しい勇気が生まれた下人が行動に移す部分に分けられます。
つまり6段落に分けることも可能です。

Q科学技術の発明が欧米人に多いのは何故なのか

中世後期のガリレオ・ガリレー,コペルニクスらの天文学,ワット,フォード,ライト、エジソン等の科学技術や近年のノーベル賞受賞者は圧倒的に欧米人が多いです。-湯川秀樹氏より以前の日本人の中には明らかに賞を受けても当然の人が2~3人いましたが逃しています。この件は黄色人種への差別と批判されたため,授与側も公正さ保つ事に努力して,2002年には当時日本でも無名であった田中耕一氏が受賞して大きな話題になりました。
それにしてもアメリカの科学部門の受賞者はは約130人(日本の科学賞は9人ーアジアでは最多数)と圧倒的でして,欧米人の受賞が約90%を占めます。
人類は15万年前にアフリカの一人の女性を共同の祖先とするミトコンドリア・イブ説が有力ですが,コーカソイド(ヨーロッパ人)と東アジアのモンゴロイドでは体型的にも発明・発見的な要素の違いがでてきた原因にも不思議さを感じます。
超弩級の人口を要するお隣の中国(モンゴロイドの代表格)は文明や文化には華やかさがあり,数々の文化遺産を残していまますが,科学秘術面でみると目を見張るものがありません。
コーカソイドとモンゴロイドは同一起源なのでしょうか。同一起源であれば何故このような違いが出てきたのでしょうか。

中世後期のガリレオ・ガリレー,コペルニクスらの天文学,ワット,フォード,ライト、エジソン等の科学技術や近年のノーベル賞受賞者は圧倒的に欧米人が多いです。-湯川秀樹氏より以前の日本人の中には明らかに賞を受けても当然の人が2~3人いましたが逃しています。この件は黄色人種への差別と批判されたため,授与側も公正さ保つ事に努力して,2002年には当時日本でも無名であった田中耕一氏が受賞して大きな話題になりました。
それにしてもアメリカの科学部門の受賞者はは約130人(日本の科学賞は...続きを読む

Aベストアンサー

論議が盛り上がっていますので遅まきながら参加させていただきます。

私は後天的のものと考えています。
ヨーロッパは広くもない土地で非常に多くの戦争を経験してきました。
必要は発明の母といいますが戦争は論理的な思考が鍛えられる機会になり、また科学が飛躍的に発達する契機になるものです。

ヨーロッパでは戦争のなかった時期を探すのに苦労するほどで断続的ですが100年戦争や30年戦争といった長期にわたる殺し合いが頻発しています。

そしてその都度科学や経済の躍進を経験しています。
このような風土、環境は東洋の場合も存在しましたがある時期永い平和の時期がありました。
中国では王朝の交代が起こりましたがそれぞれかなりの平和な時期があり、国土が広いので戦争も局地的な感じで関係していない地方は平和な状態といえたでしょう。
また康煕帝が中華は欲しいものが全て揃っておりこれ以上なにを望むのかと広言したほどでした。
このような刺激のないところへ閉鎖的社会を形成すると論理的思考は鍛えられず、科学の発展は停止するでしょう。 そして芸術への嗜好が科学よりも優先されるようになります。

この差が次第に定着してきたのではないかと考えます。 
いわゆる学力差は教育格差であり先天的能力差ではないとかんがえます。  その証拠がノーベル賞でしょう。

論議が盛り上がっていますので遅まきながら参加させていただきます。

私は後天的のものと考えています。
ヨーロッパは広くもない土地で非常に多くの戦争を経験してきました。
必要は発明の母といいますが戦争は論理的な思考が鍛えられる機会になり、また科学が飛躍的に発達する契機になるものです。

ヨーロッパでは戦争のなかった時期を探すのに苦労するほどで断続的ですが100年戦争や30年戦争といった長期にわたる殺し合いが頻発しています。

そしてその都度科学や経済の躍進を経験しています。
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Q「すいません」と「すみません」どちらが正しい?

 タイトルにあるとおり、素朴な疑問になりますが、「すいません」と「すみません」ではどちらが日本語として正しいのでしょうか。分かる方ぜひ教えてください。

Aベストアンサー

もともとは「すみません」ですが、「すいません」と発音しやすく変えたものもたくさん使います。
話す時はどちらでもいいですよ。

ただ、私個人の語感で言うと、公式的な場では「すみません」の方がいいような気もします。「すいません」はちょっとくだけた感じかな。でも、これはあくまで私個人の語感。人によって、あるいは地方によっても感じ方は違うだろうと思います。

書くときはもちろん「すみません」にしましょう。

発音しやすく変化した発音の他の例としては
手術(しゅじゅつ→しじつ)
洗濯機(せんたくき→せんたっき)
などがあります。これも、話す時にはどちらでもいいです。「しじつ」「せんたっき」と書いてはいけませんが。

Q西洋思想と東洋思想との比較思想について学ぶにはどうすればいいでしょうか

私は西洋哲学(主に分析哲学)や仏教哲学(インド・チベット中観思想、唯識思想、日本仏教思想、西田哲学)に興味を持っており、その両者を比較して研究することにも関心があります。
そこで次の2点について質問します。
1比較思想を行っている有名な学者さんはどのような方がいらっしゃるでしょうか?
2また比較思想の学科を置いている大学はどのようなところがあるでしょうか
何卒、ご回答よろしくお願いします。

Aベストアンサー

参考意見です。
 最初に注意しておきたいのは、安易に比較研究をしようとすると多くは薄っぺらな結果しか出てきません。これを行えるのは、実力のある学者か、天才だけです。
 とはいえ、普通の東洋思想の研究者は、西洋思想の中の自らの研究領域に似ている分野に関する知識は最低限もっています。現代は西洋人の研究者と交流することが多いので、東洋思想だけやって、西洋思想は知らないでは済まされない時代になっているからであり、なにより比較によってその思想が鮮明になるからです。
 例えば、唯識を学ぶのであればカント哲学のあたりは当然勉強していますし、道教を研究するならばキリスト教の知識は必須です(そして道教とキリスト教は驚くほど似ていることがわかる)。
 日本では何故か西洋思想研究が人気で、東洋思想研究は閑古鳥状態なので良質な学者が少なく、世間で売っている東洋思想に関する書物の大半は嘘つきだと思ってください。故に私は東洋思想を主軸にして研究を進めてゆくことを勧めます。
 
 比較思想研究を試みている人は多く、仏教学者では中村元、三枝充悳の名が挙がりますが、やはり井筒俊彦の著作は必読です。

 比較思想といったら京都学派の名が挙がりますが、問題も多いです。ハイデガーを禅の用語を使って訳してますが(『時と有』・・・。
 研究は基本的に原典の読み込みから出発しますので、文献学をしっかりと学べる大学が宜しいと思われます(以外に文献を読めない人が多く、特に仏教関係の読みはデタラメで、まともに読めている人はほんの一握りしかいません)。
 

参考意見です。
 最初に注意しておきたいのは、安易に比較研究をしようとすると多くは薄っぺらな結果しか出てきません。これを行えるのは、実力のある学者か、天才だけです。
 とはいえ、普通の東洋思想の研究者は、西洋思想の中の自らの研究領域に似ている分野に関する知識は最低限もっています。現代は西洋人の研究者と交流することが多いので、東洋思想だけやって、西洋思想は知らないでは済まされない時代になっているからであり、なにより比較によってその思想が鮮明になるからです。
 例えば、唯識を...続きを読む

Q東洋と西洋の違いについて

 哲学で東洋と西洋では地理的にどこでわけたらいいんでしょうか?
 また、世界で初めて東洋、西洋といった人は誰で、いつ、どの書籍で言って
いるのでしょうか?
 最後に東洋と西洋の哲学は自然の接し方で違っているといわれていますが、
どう違うのですか?
 わかる人は教えて下さい。

Aベストアンサー

 地理上の概念で言うと、北から順にウラル山脈、カスピ海、カフカス山脈、黒海、ボスポラス海峡と来て、地中海を経てスエズ運河、紅海と切っていって、そこから東がアジアになります。
 ところが、「東洋思想/西洋思想」というときの東洋・西洋は、必ずしもその線の東西とは重なりません。古代ギリシアの時代だと、今のトルコあたりを「オリエント・東方」と呼んでいますが、少し時代が下って、イスラム哲学あたりになりますと、中心地が中東であっても(北アフリカやスペインまで勢力を伸ばした時代もありましたが)、西洋思想として扱われます。これは、プラトンやアリストテレスの思想が中世ヨーロッパに伝わったのがイスラム経由だったという事情が関係しています。というわけで、明確な区分線を持つ地理学上の概念と「東洋/西洋」は一致しません。
 実は「東洋/西洋」という捉え方の枠組み自体が「ある一つの世界観」なのです。それ自体が「ある一つの思想」ということです。この二分法自体、例えばアフリカやオセアニアに「思想」が見出されれば成立しません。事実、この二分法はそれら地域の思想を排除する「差別」との批判も向けられています。

 が、いちおう便利ではあるので皆さん使うのですね。私も使います。私は「西」はまだしも、「東」に関しては激しく無知です…なんてぐあいに。
 哲学・思想における東西の区分は、上記のように時代によってもちがいますが、とりあえず近代以降に関しては割と明確でしょう。「欧米の近代西洋思想」が「西洋思想」で、それ以外が「東洋思想」です。…乱暴だな…。
 少し言い方を変えれば、一方が他方よりも優れたものと考えようとしたり、一方が他方を批判しようとしたりする際に浮上してくる枠組みが「東洋/西洋」です。近代初頭から植民地時代まで、西洋人は東洋人をおおむね見下しておりましたが、その際、近代理性主義を中心化しようとすれば、あんまり論理的でも理性的でもなさそうで、個人の尊厳にもさほど顧慮しているようには見えない東方の思想が「東洋思想」として蹴り落とされます。逆に「西洋の近代理性主義は、もうあかんで」という反省が始まった最近になりますと、「東洋思想にもいいとこあるじゃないか」ってな感じで「見直し」がなされ、中心化されていた西洋思想が「脱中心化」されます。
 そういうわけで、「一方が他方を…」という際に、ほとんど無意識のうちに採用してしまう枠組みが「東洋思想/西洋思想」ということで、その境界線はというと実はアタマの中にあるわけです。

 が、そういう形で境界が頭の中にあるのだということを発見した人というのはおりまして、E・W・ザイードという方がそれです。『オリエンタリズム』(1978年)におきまして、「(オリエンタリズムとは)オリエントを支配し再構成し威圧するための西洋の様式である」と指摘しております。「西・東という枠組みそのものへの反省」はここに始まるようです。

 最後のご質問についてですが、「東洋思想/西洋思想」の区別自体が上記のごとくにさほど有意義とは言えぬものですので、その枠組みに乗った比較の議論もそれほど有意義とは言えなくなると考えます。ごく大まかな議論しかできないであろうと。
 それでも一つ挙げるとしますと、その枠組みに何の疑問も抱かずに乗っかって、東洋思想ないし日本思想の優位を唱える自称哲学者・梅原猛氏の著作が、浅はかとはいえ分かりやすいでしょう。公立高校の入試問題によく取り上げられるレベルですから、わかりやすいことはまちがいありません。論文というより、エッセイですし。
 彼が地球の木材資源を浪費しつつ撒き散らしている与太は、わりと短く要約できます。要するに「西洋思想は自然に対して敵対的、支配的であり、東洋思想は自然に対して調和的・融和的である」ということです。

 梅原猛氏の文章は「わかりやすさ」がほとんど唯一の美点ですので、はまって抜け出せなくなる恐れもあります。ですから、解毒剤も処方しておきましょう。
 梅原猛を摂取してしまった後、もしくは摂取してしまう前でもよいのですが、オギュスタン・ベルグ著『地球と存在の哲学』(ちくま新書)を服用しましょう。「非西洋」という立場からの立論が、いかに盲目的な「自文化中心主義」に陥りやすいかについて、最初の方に書いてあります。

 地理上の概念で言うと、北から順にウラル山脈、カスピ海、カフカス山脈、黒海、ボスポラス海峡と来て、地中海を経てスエズ運河、紅海と切っていって、そこから東がアジアになります。
 ところが、「東洋思想/西洋思想」というときの東洋・西洋は、必ずしもその線の東西とは重なりません。古代ギリシアの時代だと、今のトルコあたりを「オリエント・東方」と呼んでいますが、少し時代が下って、イスラム哲学あたりになりますと、中心地が中東であっても(北アフリカやスペインまで勢力を伸ばした時代もありま...続きを読む


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