周易繋辞傳   河  圖  洛  書  聖人之  則る  伏羲(庖犧)氏  黄河  紋   

河図  禹王  夏王朝  黄河  治水  窮状  洛水  黄河  神亀

宋代初期  河図   信奉  九宮  九疇

↑のような言葉の「読み仮名」を教えて下さい。

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A 回答 (1件)

周易繋辞傳 しゅうえき‐けいじでん


河  か、かわ
圖→図  ず
洛  らく
書  しょ
聖人之  せいじん‐の(?)
則る  のっと・る
伏羲(庖犧)氏  ふっき‐し
黄河  こうが
紋   もん
河図  かと
禹王  う‐おう
夏王朝 か‐おうちょう
黄河  こうが
治水  ちすい
窮状  きゅうじょう
洛水  らくすい
黄河  こうが(重出)
神亀  しんき
宋代初期 そうだい‐しょき
河図  かと(重出)
信奉  しんぽう
九宮  ?
九疇  ?

中国文学や古代史に関係なくふつうに読める字も多いはずです。
ものによってはオンライン辞書で確かめたほうがよほど早いですよ。
複合語は区切って調べるのがコツです。
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Q倶利迦羅紋紋という言葉について

ライフカテで質問したのですが、カテが不適切だったようなのでこちらに移してみました。


入れ墨のことを「くりからもんもん」っていいますよね? なんでそう呼ぶんだろう? とgoo辞書を見てみました。

>倶利迦羅竜王を彫った入れ墨。また、単に大きな入れ墨のこと。

と記述がありました。倶利迦羅竜王というのは不動明王のことらしいです。こういうのにまるきり知識がないのに質問して恐縮ですが、どなたか蘊蓄を傾けて下さいませんか。

倶利迦羅紋紋という用語が定着したのは、倶利迦羅竜王が入れ墨の文様としてよく使われるということでしょうか? それにはなにか理由があるんですか、強いからですか? 使われるようになったきっかけ、(面白い)エピソードなどありましたら教えて下さい。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

以下「密教辞典」から抜粋です。

●倶利伽羅龍王●
[(梵)kulikaクリカー(古力伽・矩里伽・句律伽):黒龍・尊勅]
倶利伽羅龍王剣とは、不動明王と外道(仏の道に外れる悪鬼)が争い、明王が龍となって外道の剣を呑み、仏法の守護者として従えた説話を元にする。
●不動明王●
[(梵)Acalanathaアチャラナータ(阿遮羅嚢他):不動のもの]
五大明王・八大明王の主尊。仏法に採り入れられたシヴァ神の異名。全ての仏・宇宙の中心である大日如来の教令輪身(教えの障害となるものを下し、また教えを受け入れ難い者を力で諭す時の姿)。

刺青(入れ墨と書くと、島流しなど刑罰としての意味になります。紋々は大阪での俗語。)の代名詞として使われたのは、
江戸中期、鳶や火消しなど命を張る荒っぽい職業人が、守護の意味+もろ肌脱いだ雄姿を見せるため神仏を背負ったのが始まり。
「火伏せ」と来ればふつう三宝荒神ですが、こちらはお姿がポピュラーでないため、より見栄えのする「炎の中に立ち倶利伽羅龍王剣を持った不動明王」が好まれるようになったという事です。

Q孫子の言葉。無事之名馬、無事之貴人、日日是好日、上策は謀を討つ。を現代語に訳すとどういう意味になりま

孫子の言葉。無事之名馬、無事之貴人、日日是好日、上策は謀を討つ。を現代語に訳すとどういう意味になりますか?

Aベストアンサー

孫子の言葉ですか。不勉強で、存じ上げませんが、参考までに解釈をしてみました。

無事之名馬「ぶじこれめいば」は、菊池寛。無事之貴人「ぶじこれきにん」は、禅宗の言葉ではないでしょうか。

解釈としては、「無事之名馬」競馬では、ケガをせずトラブルのない馬が結局は最後まで活躍できるので、名馬だと言える。
人生でも事業でも、トラブルのないことが成功する或いは良い状況を続けるこつができる、という意味でも使われています。

「無事之貴人」、すべき事が何もない人こそが、全てを成し終えていると言えるので、貴人である。邪念・妄想を無くすれば、心は平常でいられるので、平穏・安泰である。

「日々之好日」は、前述の言葉を受けて、そうすれば日々が素晴らしい、毎日が活き活きとして生活できる。

「上策は謀を討つ」は、上策つまり貴人が考える欲得のない案・計画は、謀(はかりごと)や欲のために画策された邪悪な案・計画に勝る。

と、なると考えられます。

Q長江と黄河

 長江と黄河をまとめて、表現することばは江河となり、実際にも使われているのでしょうか?

Aベストアンサー

 こんにちは。中国人です。

 中国語では、「江河」は河川の総称です。「長江と黄河」の意味はないと思います。

Q昔の治水方法って?

昔は川の治水はどうやってしていたんですか?

知っている人がいたら教えてください。

福井県の日野川という川の昔の治水方法も、もし知っ

ている人がいたら教えてください。

1番目に書いたことだけでも知っていたら教えてくだ

さい。

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

原理的には現在と同じです。
1)堤防を作って川の水があふれないようにする。
2)運河を作って水の流れを人が住んでいない場所へ導く
3)川の流れが強くて堤防などが削られてしまう場所では川の流れを弱める。

現在は鋼鉄やコンクリートという強い材料を使うことができますが、当時はそのような材料は無かったのでいろいろな工夫がされました。
1)では武田信玄が築いた信玄堤というものが有名です。堤防を頑丈にするため、祭りのみこしを堤防上を通らせ、住民に踏み固めさせたといわれます。
2)では江戸時代以前は東京湾に注いでいた利根川を現在の位置に変えた徳川家康の利根川東遷事業などが有名です。
3)では、丸太を組んで川に沈めた「聖牛」(下記URL)、枯れ枝を束にして沈めた「粗朶沈床」、川の流れと平行に堤防を築く「霞堤」などが知られています。

これらは現在は伝統的治水工法と呼ばれており、全国で再現されているところもあります。

参考URL:http://www.ogane.co.jp/seigyu/

Q『宋名臣言行録』の現代語訳

『宋名臣言行録』の一部で、

欲因呂蒙正弟献以求知。其弟伺間従容言之。


という文で、書き下し文は

呂蒙正の弟に因りて献じて以て知を求めんと欲す。其の弟間を伺ひて従容として之を言ふ。

となってます。

話は、朝廷の役人が古い宝である鏡を呂蒙正に差し上げようとして、その弟に頼もうとしているところだと思うのですが、一文目の「知」と二文めの「伺間」をどのようにとればいいか分かりません。
教えてください。

Aベストアンサー

求知は「歓心を得る」と取っていいでしょう。「伺間」は「機会をうかがって」でしょう。


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