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中国の文明はゆっくりと時間をかけて順調に発展し、西洋の文明は停滞期があり、またルネサンスなどによって一気に伸びた時期もあったりと紆余曲折を経て発展したというイメージがあるのですが…この捉え方は正しいのでしょうか?

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A 回答 (3件)

 ヨーロッパも中国も同じです。



 文明論の見方は、もうすでにオリエンタリズム批判(サイード)がなされて大きく変わりました。西洋が文明、東洋が野蛮という思想が大間違いであることはすでに明らかです。

 いわゆる四大文明、ほかにもマヤ文明など、ヨーロッパよりもはるかに前に世界で最も栄えていたのです。今のフランスやドイツあたりは、むしろど田舎で誰もよりつかないところでした。

 古代ギリシャ、ローマ文明は、やはり地中海という海域にあったことで、エジプト文明などともつながり、発展したものと考えられるでしょう(フェルナン・ブローデルなどが『地中海』で解明)。その後、西ヨーロッパでの発展が進みます。

 アメリカはご存じ、大航海時代の後です。

 中国は黄河文明が栄え、東洋哲学は独自に発達していることは説明するまでもないことです。しかし、いくつか不幸なことがありました。1つは民族の対立と紛争がひどかったということです。

 今なお中国には数十の民族が混ざっていると言われています。上からはモンゴル、イスラム圏の民族もいます。あらゆる言語と民族が対立していました。
 それがイギリス支配によってとどめられ、いわゆる植民地時代の幕開けとなり、東洋への発展の抑圧がはじまります。

 とくに東南アジアをはじめ、モノカルチャー経済を強制して、植民地時代の後も経済的な問題を引きずることになります。
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中国に関してはイメージとしては正しいと思いますが、西ヨーロッパ世界については少し問題があります。



> 西洋の文明は停滞期があり、またルネサンスなどによって一気に伸びた時期もあったりと紆余曲折を経て発展した

西ヨーロッパ世界の文明は、西ローマ帝国滅亡後、停滞というよりもむしろ後退します。そして、ルネサンス前夜にイスラムから輸入されたのがいわゆる西洋文明の始まりになります。
その証拠に、ルネサンス以後の強国はまずイタリア・シチリアなどの地中海沿岸部、ついでイスラムを駆逐して得たイベリア半島のスペイン・ポルトガルに興ります。イギリスやオランダ、フランスが登場するのはもっと後です。
要するに、文明が一気に開花したのではなく、イスラムからの輸入(今風にいうと技術移転)の結果であった、というわけです。
西ヨーロッパ世界の文明が一気に開花するのは、産業革命の前夜からですが、一気にといっても100年単位の時間がかかっています。
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それは西洋中心主義の見方だと思います。

ヨーロッパ人は、古代ギリシャ・ローマの子孫は自分たちだと思っているので、途中で文明の停滞期があったという発想をして、中世のことを暗黒時代などと呼ぶわけです。しかし、ギリシャ・ローマの文化はゲルマン人ではなく、イスラム教徒に引き継がれ独自の発展を続けていたのを忘れてはいけません。また、西ローマ滅亡後も東ローマ帝国は長きにわたり存在し、ギリシャ正教というカトリックやプロテスタントとは異なる独自のキリスト教一派をまとめあげ、近代法のモデルとなったローマ法大全を書き上げるなど、独自の文化的発展を地中海から東欧にいたるまでの地域にもたらしました。したがって、そもそも「西洋の文明」という枠組みを作ることが間違いです。西洋とイスラムと東ローマを含む「地中海世界」の枠組みで物事を考えなくては、正しい歴史認識になりません。

中国の歴史は、かなり波乱万丈ですが、地中海世界と比べると、比較的、順調な成長を遂げてきたと思います。漢民族が統一国家を作り、文字や統一された度量衡や貨幣といったものを早い段階から使っていたところに、周辺騎馬民族が流れ込んできて金、元、清といった国を作るたびに、再び漢民族が支配権を取り戻すということの繰り返しで歴史が流れていきます。元元の文明がしっかりしているため、他民族に征服されても、漢民族の文明は途切れることはなかったと言えます。
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