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使うのを認める,来たのを知らせる、のように、「の」を、直前の単語の体言として(?)
使うことがありますが、これは口語上の使い方だと思っていました。

しかし、最近新聞等でも使っているのを見かけます(と言いつつ、自分でも使ってるが)。
この前は、社説でも使われており「いいのか?」とビックリしたこともあります。

この文法は以前から文語上も正式なものとして認められているのでしょうか?
あるいは、昨今の「日本語の乱れ」が原因で目につくようになっているのでしょうか?

皆さんの認識をお聞かせ願います。

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A 回答 (2件)

「こと」や「もの」その他の具体的な体言に置き換えることのできる「の」の用法は、格助詞「の」の「準体格」という用法で、平安文法から確立しているれっきとした文語文法です。


準体格、準体言、体言の代用、ともいいます。

「枕草子」で、中納言隆家が中宮定子に献上した扇のことを、「いまだかつて見たこともないすばらしい骨に、最高級の紙を張らせた」と自慢するので、見たこともない骨といえば、「扇のにはあらで、海月のななり(扇の骨ではなくて、海月の骨であるらしいね)」と冗談を言います。
「扇の」の「の」、「海月の」の「の」は、それぞれ、「扇の骨」、「海月の骨」という体言を内包した、準体格の用法です。

質問者様がなんとなく違和感を覚えられるのは、平安の文献のような和語の柔らかい語感の中では自然なものが、憲法条文とか、政府広報のような、漢語調で堅苦しい文章の中では、浮き上がって見えるからでしょう。
文法としては確立したもので、用法としてなんら問題はありませんが、いずれにせよ、あるべき体言を「省略」した用法であることは間違いないので、誤解を生じては困る文章とか、正確無比に内容を伝達することを第一義とされている文章の中で用いることは、望ましくないのかもしれませんね。
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この回答へのお礼

御回答有難うございます。

> 文法としては確立したもので、用法としてなんら問題はありませんが、
そうなのですか... れっきとした正しい使い方なんですね。でも、この用法を「新聞」
で見かけるようになったのは最近になってからのような気がするんです。
以前はそれほど目にしなかったような... ← 以前はラテ欄しか見てなかったから??

なぁんか気に障るのですが、文法上は問題ないとのことで納得しておきます。

お礼日時:2007/11/26 16:38

#1で回答されているとおりです。


格助詞「の」の用法のひとつ「準体格」ですね。

>以前はそれほど目にしなかったような...
いえ、そんなに気にならなかっただけでしょう。

>これは口語上の使い方だと思っていました。
それはあなたの思い違いですね。
なぜ口語上だとお思いなのでしょう?
昔からの用法ですよ!

>なぁんか気に障るのですが、文法上は問題ないとのことで納得しておきます。
なぜ「気に障る」のかが分かりません。
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